赤。  
 真っ赤。  
 それが私の色。  
 
 気がついたら、血まみれで私は立っていた。  
 顔も手も、体中が真っ赤に染まっている私。  
 制服のセーラー服の襟を赤で汚して、プリーツの沢山入った紺のスカートも赤黒く濁っている。  
 
 いつからなのか、わからない。  
 ただ覚えてるのは耳をつんざくようなブレーキの音。鈍い音。衝撃。  
 
 気がついたら、私は血まみれでそこにいた。  
 
 
 私の横を人々が通り過ぎていく。  
 私はこんなに苦しいのに。  
 私は息ができなくて死にそうなくらい辛いのに。  
 
 だれも気づいてくれない。  
 だれも助けてくれない。  
 
 
 だから、私は呪った。  
 だから、私は恨んだ。  
 私に気づいてくれない奴らを。  
 私を助けてくれない奴らを。  
 
 
 明るいうちはだめ。  
 私の声が聞こえないから。  
 
 薄暗くなってから、一人で通りかかる奴がいい。  
 そんな奴の後ろから、耳元で囁く。  
「苦しい・・・よぉ・・・助けて」  
「なんで助けてくれないの」  
 
 霊感、というのだろう。そういうのを感じる奴が十人に一人くらいはいる。  
 たまに、びっくりして辺りを見回す奴がいるのが楽しい。  
 霊感が特に強い奴は私の姿を見れるらしく、半狂乱になりながら逃げていくのを見るのは胸のすく思いだった。  
 真っ赤に染まった顔で奴らの顔を覗き込んだとき。  
 恐怖に歪む顔が楽しい。  
 その顔がおかしくて。  
 
 毎日、そんなことばかりやっていた。  
 
 
 でも。  
 ……頭がおかしくなりそうだ。  
 私は怖がらせることしかできない。  
 一部の人に、わずかな声を聞かせることしかできないから。  
 そして私の姿はほとんどの人には見えない。  
 たまに霊感の強い人には見えるらしいが、そんな人は慌ててきびすを返して別の道を行くか、あるいは目をそむけて私を無視しながら歩き去るか、二通りのパターンしかなかった。  
 
 
 私はこんな毎日を過ごす。  
 終わらない毎日を。  
 幽霊は死なない。  
 だから、永遠にそんな毎日を続けるしかない。  
 そしてちょっとづつ、私はおかしくなっていくんだろう。  
 ケタケタ笑いながら、永遠に路地をさ迷う、地縛霊になっていくんだ。  
 何も考えられず。  
 生きているものへの怨恨と呪詛だけを抱きながらさ迷い歩くナニカになってしまうんだ。  
 
 悲しい。  
 そして悔しい。  
 道を歩いてる人たちは、仲良く笑ったりおしゃべりをしたりして楽しそうにしている。  
 私はこんなに孤独なのに。  
 それを見ているうちに怒りがこみ上げてきて。  
 そんな子たちの耳に呪いの言葉を囁いて。  
 怖がらせるのは楽しい。でも、それは一瞬だけ。  
 恐怖に駆られて走り去る子たちの後姿を見ていると、虚しさしか残らない。  
 
 
 夜。  
 夜はキライ。  
 暗くて、だれもいなくて寂しいから。  
 朝。  
 朝はキライ。  
 人たちがみんな楽しそうに歩いてるから。  
 夕方。  
 夕方は一番キライ。  
 人たちがみな、どこか自分の帰れる場所に帰っていくから。  
 
 
 
 
 
 
 いつもと同じような日。その日、夕方頃。私はアイツに出合った。  
 
 夕暮れ時の狭い道。そこを一人で歩いている男の子がいた。  
 私はそいつに近づくと、  
「苦しい…」  
と喉の奥から搾り出すような声を出す。  
 聞こえる奴はそれだけでびっくりするから。  
 
「うわあっ」  
 返ってきたのは、若い驚いたような声。でも、いつも聴く声とは少し違う。  
「ええええ!? ……あ、あの、大丈夫なんですか?」  
 と、その男の子は私の姿を見て言った。  
 血まみれの私の姿まで見えるらしい。  
 
「ふふ」  
 こんなとぼけた子は珍しい。  
「か、顔、血だらけですよ」  
「そう?」  
 にっこり笑いながらわたしは言う。  
「私ね、幽霊だから」  
 そう言って私は男の子の胸に指を触れさせる。  
 いや、触れない。  
 生きているものは私には触れない。  
 だから、指先は男の子の制服の胸を透けて通り抜ける。  
 
 さあ、叫べ。  
 さあ、怖がって逃げ出せ  
 
 でも、その子の反応は違っていた。  
「あの…痛くないんですか?」  
 男の子の声は変わらない声でそう問いかけてくる。心配そうな声色のままだ。  
 
「…私が怖くないの?」  
 とその顔を覗き込むと、  
「いや、だって、その…痛そうだし」  
 そう言いながら恥ずかしそうに顔をそらす。  
 なんだろう。  
 この子、なんなんだろう。  
 
「歩道で話してるのもなんだし、ちょっと座らない?」  
 私は廃ビルの入り口の階段に腰掛けると、男の子に手招きをする。  
 なぜだろう。  
「あの、血、大丈夫なんですか?」  
「血? わかんない」  
 私はなぜだかスカートのポケットにあったハンカチで顔を拭く。  
「取れた?」  
「あ、右の眉毛の上がまだちょっと」  
 なんでこんな普通に話をしてるんだろう。私、幽霊なのに。  
 
 私は会話の仕方を思い出すのに苦労する。  
 なんて言えばいいのか。  
 相手の言葉になんと答えたらいいのか。  
 言葉を探りながら、私はその子と会話を続けた。  
 
 拓海、とその子は名乗った。  
 私よりすこしだけ背が低い。  
 年齢は高校一年生。  
 
 ということは、私も死んだときはそれくらいの歳だったのかな。  
 そう言ったら、「そのセーラー服は○女のだよ」と拓海君は言った。  
 名門のお嬢様学校だそうだ。  
 
 私はそんなことすら忘れていた。知らなかった。  
 
 拓海君と他愛のない話をした。  
 私は自分のことがよくわからないのでもっぱら拓海君の話を聞くだけなのだけれど。  
 
 拓海君に母親は居ないけど、でも寂しくはないということ。  
 父親が毎晩遅くまで働いているので、家の事は全部拓海君がやっているということ。  
 高校の授業は難しくて大変だけど、大好きな父親が褒めてくれるのが嬉しいので頑張って学年で十位くらいの成績をキープしてるということ。  
 中学校までは陸上部だったけど、お母さんが死んでから家のこととか弟の世話とかしなきゃならないので高校では部活に入っていないこと。  
 背が伸びるように毎日牛乳を一リットルは飲むようにしているということ。  
 
 私のことを聞いてきても、答えられないのが辛い。  
 私には拓海君に、自分の名前すら教えてあげられることができない。  
 
「じゃあ、僕がつけていい? 幽霊だからユウコさんってのはどう?」  
「ユウコ…」  
「うん。夕焼けの夕じゃダメかな。夕子さん」  
「夕子。」  
「いい名前だと思うよ。夕子さんは夕日に映えて美人だし」  
「…美人?」  
「うん。夕子さんはすごく美人だよ」  
「…そう」  
 
 なぜだろう。  
 口元が勝手に緩んでしまう。  
 なにか言おうとしても、もごもごと意味のないつぶやきになってしまう。  
「あの、最初ビックリしたのは、あんまりキレイな人だからからかわれてるのかと思って」  
 拓海君がそう言うと、なぜだか胸がドキドキした。  
 死んでからこんなこと言われたこと無い。生きてるときも言われたことあるのかどうかわからないけど。  
 はにかみながらそんなこと言ってくる拓海君はなんだろう。……すごく可愛い。  
 
 
「あ、もうこんな時間か」  
 最初に会った頃は夕焼け時だったのが、今はもうすっかり日が暮れきってる。  
 帰ってしまう。  
 拓海君が。どれだけぶりか思い出せないけど、私とお話をしてくれる人がいなくなってしまう。  
 途端に怖くなった。  
 この子がいなくなってしまったら。  
 もう二度とおしゃべりができなくなってしまう。  
 どうしよう。  
 どうやったら引き止められるだろう。  
 私は立ち上がる拓海君を見ながら必死に考える。  
…なにも思いつかない。  
 私は拓海くんに触れられない。行かないでと腕を掴んで引き止めることもできない。  
 
 拓海君は、そんな私に振り返ると、言った。  
「…あのさ、夕子さん。ここにまた来てもいい?」  
 一瞬、息がつまって言葉が出なかった。  
「来てくれるの?」  
 やっとそれだけを口にすると、拓海君は顔を伏せながら  
「夕子さんが迷惑じゃなかったら」  
 と言ってくれた。  
 
 
 嬉しい。  
 嬉しい嬉しい。  
 拓海君が。拓海君とまた会える。拓海君がまた来てくれる。  
 
 

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