「動くな」
夜道を歩いていた私はその低い声がした後、羽交い締めにされてナイフを首に突きつけられました。
「騒ぐと殺すからな」
男の低い声がまた言います。
怖くて怖くて騒ぐなんて無理です。足もすくんで動きません。
「いい子だね、大丈夫大人しくしてれば何もしないよ?」
「お……お金なら……」
「お金なんて要らないよ……?それよりも名前教えてよ?免許証見せて?」
私はカバンからゆっくりと免許証を出して男に渡しました。
「へぇ……千秋ちゃんか……ねぇ千秋ちゃん、お願いがあるんだ……」
男はそう言って真っ白なハンカチを差し出しました。
「これには麻酔薬が染み込ませてあるんだ、ほらサスペンスドラマでよくある、意識を失っちゃうんだ。
君にこれを嗅いでほしいんだ」
「……………………」
私が何も答えられないでいると、男はナイフに力を入れました。
「これを嗅いで、意識を失うか、今ここで死ぬかだよ……。大丈夫、意識を無くしたら無くしたで殺すなんてしないから」
私は少しでも助かる見込みのある方を選びました、というより、為す術がなかったんです。
私はハンカチを黙って受け取ります。
「いい子だね千秋ちゃん、口と鼻にしっかりハンカチ当てて吸い込むんだよ?」
言われた通り顔にハンカチを当てると、何だか言葉に表し辛い匂いがしました。
「さぁ、吸って吸って」
もし私がもう少し冷静なら吸って意識を失ったフリをして、隙を見て逃げたり出来たでしょう。
このときの私はただバカ正直に麻酔薬を吸うことしか出来ませんでした。
すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、と何回も吸い込むうちに、頭がくらくらしてきました。
目も霞んで来ました。
体にも足にも力が入らなくなって、私は倒れ込んだところを、男に抱き抱えられました。
「わざわざ自分で麻酔薬を嗅いで意識を失うなんて、可愛いね千秋ちゃん」
そんな男の声も聞き取れるのに認識できません。
「お休み、千秋ちゃん。君今から犯されるから俺に。君が小柄なのにおっぱいが大きいのを悔やんでね」
意識を失う直前、男がそう言った気がしました