仕事が長引くと、いつもの帰り道は人気がなくなり、真っ暗になります。  
私も「妙齢の独身女性」に分類される女なので、少しばかり危機感がないかなと思うのですが、他の道は10分以上遠回りなので、ついついこの道を通ってしまうのです。  
一本向こうが比較的車の通りが多い道路だから無音ではないのがせめてもの救いです。  
 
今夜も私は、この暗くて狭い路地で帰路についています。  
お気に入りの歩きやすいパンプスでトコトコ音を立てて歩きます。  
薄いスプリングコートを羽織っただけの春物スーツ姿だと、少し寒くて、自然と速足になりました。  
 
トコトコ、トコトコ。  
コツコツ、コツコツ。  
 
足音が響くほど静かじゃない路地です。  
けれど自分以外の足音が聞こえないほどではなくて、誰かが後ろから近づいてくるのだと気付きました。  
丁度、道路の脇に路上駐車しているライトバンがあります。  
このまま同時にすり抜けるのは無理でしょう。  
後ろから来る人が追い越していけるよう、私は少し歩くペースを落としました。  
 
けれど、その人が私を追い越すことはありませんでした。  
 
「うっ、ふむぅううう……っ」  
 
いきなり背後から二本の腕が巻きついてきて、片方の手が私の口と鼻に布を押し当ててきたのです。  
柔らかいガーゼのような布は冷たく湿っていました。  
驚いた私は反射的にもがき、顔を覆う手を退けようとしましたが、両腕は胸元に回された腕に抑えられていて、足をばたつかせることしかできません。  
 
「んーっ、んうぅーーーー!」  
 
首を振っても、皮手袋をした大きな手は離れません。  
私を捕まえているのは長身の男のようでした。  
小柄な私との力の差は歴然としていて、どれだけ足に力を入れても、体をひねることさえできません。  
 
「むぅ、んんぅ、ん……、……」  
 
ガーゼにしみ込んだ液体からはツンとした刺激臭が鼻に入り込み、苦しくなって吸えば吸うほど、クラクラと頭が重くなってきます。  
徐々に手足の感覚がなくなって、瞼が自分のものじゃないように震えてきました。  
もう両腕はだらりとぶらさがってしまっています。  
そのままゆっくりと地面に膝をつくように体を降ろされ、自由になった腕が硬いアスファルトに触れました。  
背中を支えられて抱き起こされた格好で、がくりと上向いた顔に布をあてられているだけの体制です。  
今、目を開ければ相手の顔が見えるでしょう。  
けれど、すでに私は顔にあてられた布の感触さえわからなくなっていて、意識が暗い暗いどこかへと滑り落ちて行きました。  
 
 
男は私の体から完全に力がぬけて、くったりとなると、やっとガーゼを顔から離しました。  
そして気を失った私を道路に横たえ、目の前に駐車してあるライトバンの後部座席のドアを開けました。  
彼は今夜、私を襲うために車とクロロホルムを用意して待ちかまえていたのです。  
 
男は優しい手つきで私を横抱きに抱え上げ、フラット状態の後部座席に運び込みました。  
ドアが自動で閉まる音をバックに、膝から下をシートから垂らした格好の私をじっくりと見つめます。  
手袋をはずして座席にちらばる私の髪をなで、前を合わせていなかったスプリングコートを開き、服の上から胸にそっと触れました。  
大きな手のひらで二つのふくらみを包んだ彼は、ほぅ、と幸せそうな息を漏らしました。  
 
「可愛いねぇ」  
 
ここにきて男が初めて喋りました。  
意識を失った私には聞こえない声でした。  
 
「はじめまして、高坂悠子さん」  
 
男は私の頬をするりと撫で、空いた手で私の胸を柔らかく揉みながら、唇にキスをしてきました。  
力が抜けて半分開いていた私の唇を舌でこじあけ、舌を絡めてきます。  
彼はしばらく、ちゅっ、ちゅっ、と音を立てながら私の舌と唇を吸っていましたが、ややあって体を離し、コートを脱がせにかかりました。  
 
薄手のコートもダークグレーのジャケットも、するすると袖を抜かれてしまいます。  
ついでとばかりに腕時計を外され、靴も脱がされてしまいました。  
男は几帳面な性格なのか、脱がせた上着をハンガーにかけてカーテン付きの窓側のホックにかけました。  
薬を嗅がされている間に落としたバッグもきちんと助手席の足元に置いてありました。  
 
彼は白いブラウスと膝丈のフレアスタイルのスカート姿になった私をしばらく堪能してから、右手を私の左ひざに乗せ、這うように上に動かしていきました。  
肌色のストッキングの上を指先が滑るのと一緒にスカートの裾が捲れていきます。  
やがて指が脚の付け根にたどり着くと、男は左手で私の腰を浮かせ、スカートの中に入れた右手でストッキングを一気に膝まで引っ張り下ろしました。  
そして露わになったサテンのショーツ越しに、僅かに開いた私の脚の間を指で探り始めました。  
左手でブラウスの上から胸をさすったり揉んだりしながらです。  
 
「ん……ぅ」  
 
弄られているうちに薬の効果が薄れてきて、私はうつらうつらと意識を取り戻しはじめます。  
男の親指がショーツの上から敏感な部分をくるくると撫でると、下半身がふるっと震えました。  
ほんのりと湧きあがる快感に夢うつつで息を漏らしていました。  
 
「ぁ、ぁん……、ぅ……」  
 
私が目覚めかけていることに気づいた男は、車内に置いてあるクロロホルムの小瓶の中身をガーゼに含ませ、再び私の口と鼻に押し当てました。  
片手でしっかりとクロロホルムを嗅がせつつ、もう片手の指で局部を愛でるのです。  
朦朧としていた私が抵抗できるはずもなく、甘い感覚と刺激臭に包まれながら、もう一度眠りに落ちていきました。  
 
私の意識が完全に落ちると、男は名残惜しそうに体を離し、脱がせかけだったストッキングを爪先から抜かせました。  
そして、さっきまでの愛撫を交えた動きとは打って変わって、てきぱきとスカートとブラウスを脱がせていきます。  
半裸の私は肌色のキャミソールと白地に淡い菫のレースのブラジャーとショーツ姿。  
そこまで脱がせた男は私の両足を折り曲げ、横向きに丸まるようにシートに寝かせて上からブランケットを被せました。  
 
「続きは誰もこない場所でゆっくりと、ね」  
 
静かに眠る私の頭を撫でながら、男は愉快気に笑っていたのでした。  
 
 
 
風が寒い。  
ぶるりと体が震えて、私は重たい瞼をあけました。  
薄暗い視界にぼんやりと目を彷徨わせているうちに、いつもの帰り道の路地にいるのだと気付きます。  
ダークグレーのスーツにスプリングコート、そしてお気に入りのパンプス。  
身につけている物を確認して、私は今日(もう昨日ですね)を認識することができました。  
 
「どうして、こんな所で寝ていたのかしら」  
 
どうやら私は路地の影が濃い一角の電柱にもたれて夜を越してしまったようなのです。  
立ちあがってみると、下半身がだるくて、あまり力が入りません。  
こんな場所に座り込んで、いつ寝入ったのかも思い出せないなんて、何か病気にでもかかったのでしょうか。  
 
不安と釈然としない気持ちを胸に、私は自宅に向けて歩きだしたのでした。  
 
 
 
 
不可思議な目覚めの朝から2週間が過ぎた土曜日。  
今日は久しぶりのショッピング日和でした。  
シングルライフを送っている私ですが、こんな日はランジェリーからアクセサリーまで念入りにお洒落をしました。  
普段はブローしているだけの髪は「ゆるふわカール」にしています。  
服装はオフホワイトの七分丈ティアードワンピに、ぶかぶかの桜色のニットカーディガンです。  
足元はヒールが高めのベージュ色の春パンプス、バッグは奮発して買った某ブランド物にしました。  
メイクもアクセも少女チックで可愛らしいものです。  
 
おめかしをした私は、朝から大型ショッピングモールに行っていたのですが、すっかり日も暮れた今、一人暮らしのアパートに戻ってきたところです。  
私の部屋は小さなコーポの最上階、4階の角部屋です。  
エレベータから一番遠い、非常階段から一番近い三号室で、一号室と二号室は現在空き部屋になっています。  
廊下は目の前が8階建てのビルなので日当たりが悪いですが、下が誰も通らない路地なので、とても静かです。  
人曰く、安全面が赤点の物件だそうです。  
私には理由がわからないのですが……  
 
ドアに鍵を差し込んで開けるのは、いつもの動作です。  
けれど非常階段からの僅かな足音は違っていました。  
この階には私しか住んでいないし、それ以上に何故エレベータを使っていないのか。  
嫌な予感がした私は階段口に振りむこうとして--  
 
「ん!? むっ、うむぅんんんッ!!」  
 
いきなり顔に黒い布を被せられ、その上から鼻と口に手を押し当てられました。  
咄嗟すぎて固まった私の胸にも手が触れ、むんずとカーディガンの上から左の乳房をつかみます。  
鼻と口を覆う手も、胸をがっしりと包んだ手も、どちらも私が手をかけて身をよじったぐらいでは離れません。  
布に閉じられた視界はまったく真っ暗です。  
あまりの恐ろしさに心臓の鼓動がバクバクになっていました。  
 
「ふむぅっ、んんんーーーーっ」  
 
顔にあてられた布から甘い刺激臭が鼻いっぱいに広がってきます。  
吸えば吸うほど頭がぼんやりして、息を止めようとしましたが、長くは持ちませんでした。  
男の腕力から逃げることなどできずはずもなく、結局、私は肩を震わせながら深く深く息をしてしまったのでした。  
 
「う……むぅ……」  
 
ぐにゃんと世界がねじ曲がる感覚に意識が沈んでいきます。  
男の手が胸をやわやわと揉んでいるのに気づいても、もう憤慨する力さえありませんでした。  
瞼が鉛のようの重くて、両腕も指先まで骨がなくなったように弛緩していました。  
そして私は鍵がささったままのドアに寄りかかり、胸を弄られながら完全に眠ってしまったのです。  
 
私が気を失ったと確信した男はクロロホルムをしみ込ませた布をポケットに戻し、私の顔から布を外しました。  
 
「こんばんは、悠子さん。お邪魔します」  
 
男はそう言って、私を軽々と肩に担ぎあげると、ドアを開けて中に足を踏み入れました。  
カチャリと軽い音をたてて閉まる扉とかけられた鍵。  
男は私を担いだまま靴を脱ぎ、几帳面に揃えて置いてから、私のパンプスを脱がせて同じようにしました。  
 
「俺のためにお洒落して待っていてくれたんだねぇ」  
 
可愛らしいパンプスと肩からぶらさがるワンピース姿の下半身を見比べて、男はにやにやとしています。  
そして悠々とした足取りで部屋の奥のベッドに直行したのでした。  
 
 
 
 
ぞくぞくと下半身からせりあげる痺れで私は目を覚ましました。  
どうやらベッドに横たわっているようですが、瞼が鉛のように重くて、体はこんにゃくみたいに力が入りません。  
パンティ以外、服は全部脱がされており、誰かの大きな手が右胸をしきりに揉んでいます。  
乳首を指の間に挟まれて胸を揉まれると、きゅんと下腹部に力が入り、僅かな振動音と共に一定の刺激が与えられていることがわかりました。  
 
「ぁ、あん……、ゃん……」  
 
ヴヴヴという音の正体は、桜柄のパンティの上からクリトリスに当てられている小型マッサージ機でした。  
私の上に圧し掛かっている男が巧みにそれを押し付けているのです。  
朦朧としながらも、意識が戻ったことで快感が募ってきます。  
すでに男の指に可愛がられている乳首はピンっと尖っていました。  
 
「まだデートの最中だから、大人しく寝ててね」  
 
男が優しく耳元に囁くのと同時に、柔らかい布で口と鼻を覆われました。  
その布からは甘くてツンと鼻につく匂いがしました。  
 
「ん、んん…………」  
 
マッサージ機の角度を変えられて、さらにクリトリスに振動が伝わってきます。  
腰が溶けるような快感に喘いでいるうちに、私の意識は再び闇の中へと沈んでいきました。  
そしてクロロホルムに完全に屈した後も、私の下半身は絶頂にむけてひくん、ひくんと揺れていました。  
 
男はそんな私の様子を満足げに見ていました。  
私の顔からガーゼを外した後は、また乳首を弄り、こねまわしたり時に唇に挟んで吸ったり好き放題しています。  
 
「……ぁ、はぁ……ッ、んっ……」  
 
性感帯を念入りに弄ばれて、私はついに意識がないまま達してしまいました。  
顔も体もほんのり赤らみ、腰から下が爪先まで小刻みに震えます。  
パンティの中は愛液でとろりと濡れていて、男がマッサージ機を離すと、布に浸透したそれが糸を引くほどでした。  
順番に愛でられていた乳首も硬くなっていて、まるで果実のようです。  
 
「イっちゃったねぇ」  
 
男はくすくす笑いながら、パンティの両端に指をかけました。  
 
「次は俺の番。ちゃんと避妊するから心配いらないよ」  
 
悠子さんの処女いただきまーす、と明るい宣言が一人部屋に響きます。  
とても重大な宣言でしたが、深い眠りについた私には聞こえませんでした。  
するすると最後の一枚を脱がされていく中、私はされるがままにベッドに横たわっていたのでした。  
 

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