勇者軍と覇王軍が西部の新興勢力を殲滅し、両軍の間に和平条約が結ばれた。  
帝国の領土が大幅に縮小され、自治権が東部の良心的な貴族達に与えられ、  
その問題が済み次第、皇女様の正式な婚儀が執り行われるらしい。  
宰相になった妹が送ってよこした便りには各地では祝祭が催され、活気が戻ったと  
記されていたが、職を辞し、隠居した私にはもう関係ない。そう私には関係ないのだ。  
そう思い書物を読み悠久な時間を送る日々を過ごしていると一人の騎士が私を訪ねてきた。  
その者の手には皇女様のサインが入った委任状があった。  
どこかで見た事のある紅い髪をたなびかせるその騎士…それは――――――  
 
 
『紅髪の騎士様と軍師様』  
 
 
平穏…とは言えども水面下では、未だに燻り続けている戦争の爪痕。  
その解決に旧帝国軍がそのまま運用される事が多々あった。  
まだ大戦が終結したといっても1年足らず、まだまだそういった灰汁が出てくるご時世だ。  
それを見越して議会も帝国の軍を解散させずにおいたのだろう。  
 
大陸軍の編成も着々と進んでいるようで  
最終的には大陸軍の一部に組込まれるであろうが、それまでの間に合わせだ。  
その中の一つに、魔女の大鍋に狂戦士と狡猾な盗賊に類人猿を加え、  
10年ほど煮込んだらこんな感じになるのだろうと思われる集団があった。  
旧帝国軍第22騎士団、通称『血騎士(ブラッドナイト)団』  
いつの頃からか、甲冑を皆、紅一色で統一した事からそう言った名が付いたらしい。  
『血騎士』と大層な部隊名だが、元は素行の悪い者や職にあぶれた傭兵をまとめて  
編成した無法者の半懲罰混成部隊だった。  
そんな者達をまとめた部隊の駐屯地など不衛生・不潔の極地に達していると思われたが、  
意外にも衛生的で清潔な駐屯地であった。不思議に思い、しばらく観察していると合点がいった。  
ここの連中は指揮官であるキエルヴァの白い肌と燃えるような紅色の髪に瞳。さらには  
瑞々しい果実の如く実った胸と豊満な尻を神の御印と崇拝し、天孫降臨とばかりに祈りを捧げている。  
彼女の言葉は神の神託の如く、絶対なようで、『夜は10時に就寝』『早寝、早起きは三文の得』  
『酒は飲んでも飲まれるな』『喧嘩両成敗』『掃除・洗濯・歯を磨け・清潔第一』などと規律が細部に渡っている。  
そうでなければこの地域は蝿が集(たか)るゴミの集積所と化しているだろう。  
彼女はそういったバカ共が心の底から皇女様に忠誠を誓い、  
皇女様の為に戦場を駆け抜ける勇敢な部下達だと誇りに思っているようだ。  
実際に私は彼女の口から直に聞いた。  
「どうです?優秀な部下達でしょう」と言わんばかりに自信に満ちたキエルヴァから。  
確かに忠誠心と戦闘能力は高い。騎士達や傭兵上がりの兵卒達は皆『キエルヴァ=ノールマン』の為に戦っているのだから。  
 
その証拠に私がこの部隊に正式に軍師として派遣された歓迎会。  
場所は野営基地の片隅、時間帯は深夜。その席で最古参の老兵が私に言った言葉を思い出した。  
「皆、団長の成長を見てきた。ワシらみたいな荒くれ者の部隊に団長が来たのは17の時だ……  
ここの連中はな…みーんな…団長を自分の娘や孫のように思っているんじゃよ……」  
としみじみと語った。その直後、いきなり巻き舌になり  
「じゃから……可愛い孫娘の側に長耳なんざいらねぇんだよボケェ!手ぇ出す前にぶち殺してやる!」  
と剣を抜き放ち襲いかかってきた。その眼は血走っており、もはや冷静さを失っている。  
「ワシのアンナに手ぇ出すなああああっ!」  
……さっきはリリー、ナオミ、テヴァーナ、ユリン、トゥリエットにリコ、それで今度はアンナか……  
このバカ共は、何らかの事故やら流行病で亡くした自分の娘や孫娘の幻影を  
キエルヴァに重ねているのだろう。やれやれ…………ちなみに「長耳」とはバカ共が「エルフ族」を指して使う用語だそうだ。  
 
キエルヴァが皇女様に申請してまで私に助力を求めてきた理由は明白だ。  
隠居中の私に軍師としてもう一度、軍扇をとって欲しい、助言を請いたい…この一言につきる。  
既に第一線から退いていた私だが、司令部として大戦時に接収した古びた洋館の広間で  
キエルヴァが示してくれた地図に眼を通した。  
「帝国の領土が縮小された事を受け、それに乗じた盗賊団が徒党を組んで周囲の集落を  
襲撃し略奪を繰り返しているようです。当初はすぐに鎮圧できると思っていたのですが、  
敵が神出鬼没で効果的な対策がとれません。捕らえた盗賊に口を割らせたところ近頃  
西部で殲滅した敗残兵が盗賊団に加わったそうでして……その数を合わせ、総勢500名はいるかと」  
「ふむ……この部隊の半数程か……」  
「はい…軍師殿、民達は国の基盤。その治安を守るのは我等が騎士の務め。どうか知恵をお貸し下さい」  
確かにこの部隊には腕が立つようだが、知恵に秀でているものがいない。  
この紅髪の女騎士も優秀だが、それは戦場における指揮官としてであって、軍師には不向きだ。  
それも仕方がない、元は帝都周辺を警備していた部隊であり、前線の出ることは先の西部討伐戦が  
初めてだったのだ。しかも、その時にはこの部隊に勇者軍の賢者と女神官戦士が配属され、軍師を務めていたはずだ。  
確か名前は…グリエルドとアクスと言ったか……そのアクスという神官戦士は人間の女性で  
キエルヴァに次いで人気があったようだ。一度その女性の下着が盗まれ、キエルヴァが激怒したらしいが  
……いや、今は関係ない。私は余計な考えは排除して、キエルヴァに言った。  
「この記録を見るにやつらの略奪行が兵の増加に比例して、その間隔が短くなっている。  
兵の質はともかく……その口を満たす術は無く現地調達のようだな……この辺りから締め上げるか」  
私は軍扇で地図を指した。  
「神出鬼没とはいっても奴らも拠点があるはずだ。それは把握しているか?」  
「はい。周辺住民から得た情報ではこのツァボ山の山頂にある遺跡に盗賊団が潜伏しているそうです。  
しかし、ここを攻め落とす為にはこの山の斜面を登るしか方法はありません。  
斜面は傾斜が高く木々が茂っており、さらには罠まで……  
敵の反撃によってこちらに多くの死傷者が出るのは目に見えています」  
「ふむ…賢明な判断だ」  
そう、強引に攻めなかった事は賢明だ。重装備でこの斜面を登るなど自殺行為に等しい。  
 
「ここは剣を使って攻める必要はない、使うのはここだ」  
私は己の頭部を指し、言った。一瞬、きょとんとしたキエルヴァが  
その意味を理解したのか、見る見る内に顔に血が上って、頬を紅潮させ言った。  
「そっ、それは理解しています!ですから軍師殿をお呼びしたのではありませんか!」  
「その通りだ。では、まず貴公の考える策を聞こう。条件は剣を使わずに盗賊団を壊滅させる方法だ」  
しばらく、じーっと思案していたキエルヴァがボソッと呟いた。  
「…………槍を使うとか?」  
私は嘆息してヒントを出してやることにした。  
「地図を見ろ、地形を考えるのだ。この地形、何か気付かないか?」  
「地形と言われても……山は斜面しか……山…山…川…川?……あっ!」  
「気付いたようだな?」  
キエルヴァの顔が輝き、この策ならば!と私の方に振り向き言った。  
「ありがとうございます、軍師殿!」  
「私は軍師ではない。今は無官の徒だ。呼ぶときは名前で構わん」  
「は……はっ!了解しました軍師殿!」  
「だから軍師と呼ぶな」  
「も、申し訳ありません!」  
 
盗賊団の潜伏する山を攻略するには実に簡単であった。  
奴らの潜むのは山頂であり、略奪行為によってその口を満たし、  
そして山の麓に流れる川から水を得、その喉を潤していたのだ。  
地元の領民によるとツァボ山には湧き水や石清水の類はなく、  
水を得るためには麓の川まで降りるしかないとのこと。  
ならば我々はその川を押さえるだけでよかった。  
500もの口を満たす事は容易ではない。  
しばらくは略奪した物品でしのげるであろうがそれも数日の間だ。  
しだいに士気は下がるだろう。そこで私はもう一手を打つことにした。  
 
「補給馬車をわざわざ敵に襲撃させるのですか?」  
山の麓を包囲して2週間が過ぎた頃、私はキエルヴァに言った。  
「そうだ。それも敵の眼に見えるように大規模な補給馬車の隊列をな」  
「そのような事をすれば敵に塩を送るようなものです」  
「ああ…むしろ襲って貰わなければ困るのだ」  
「軍師―――――い、いえ、ヘスタトール殿、その…理由をお聞かせ願えますか?」  
私はククッと笑って見せた。そうだまだ若干19歳の団長だ、経験の浅さが手に取るようにわかる。  
徐々に顔が紅潮して、カッと噴火する。その後のやり取りは実に愉快だ。  
だが、学習能力がないわけではない。教授した事は砂が水を吸収するように身につける。  
近頃ではそれを応用する術を見せるようになった。  
――良い逸材だ―――  
私は素直にそう思った。いずれは女王陛下の剣として名を馳せる武将となるだろう。  
「貴公は頭が固いな。生真面目なのは結構だが、それだけでは騎士団長は勤まらんぞ?」  
コレにはカチンと来るだろうと思っていたが、キエルヴァは何とか押し止まったようだ。  
そしてこちらが何を言わんとしているのか、やっと悟ったらしい。  
「ヘ、ヘスタトール殿!それはわかっています!その馬車に兵を忍ばせ、決着をつけるのでしょう?」  
「そうだ。包囲して2週間――――――頃合いだ。奴らもそれぐらいは察知しているだろうが  
空腹でそれどころではない。包囲している輪の一部を緩ませ、そこに補給馬車を通すのだ」  
「了解しました」  
 
盗賊達は見事にこちらの策に嵌ってくれた。  
空腹の為にろくな思考もできなくなっていたのであろう、隊列が通る街道の茂みから  
怒濤の如く馬車の隊列に殺到した。  
しかし、その荷台に積まれているのは補給物資ではなく、  
てぐすねひいて待機していた完全武装の血騎士達。  
盗賊達の歓声が悲鳴に変わり、完膚無きまでに叩き潰された。  
かろうじて逃げ延びた者も今度は領民の鋤や鍬、斧に追い回される事になるだろう。  
では、これで………と駐屯地を去ろうとした時に帝都から再び委任状が届いた。  
それも数十枚も……内容はツァボ山頂にある遺跡の調査、野生化した生物兵器の討伐、  
作物を食い荒らす妖精の捕獲に周辺集落の清掃活動、駐屯地を開放してのイベント等々……  
面倒事が一気に送られてきたのだ。  
しかも委任状のサインには……宰相・ヘスタプリン=マイステンの文字が……  
それを震える手で持ち、私は呻いた。  
「ヘスタプリンめ……」  
「あ、あの…これでまたご一緒できますね…軍師殿」  
とおずおずとキエルヴァが言った。  
「……だから…私は軍師ではない!!」  
 
続  
 

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