第四話
安心したのか泣き疲れたのか絶頂し疲れたのか、多分その全部でしょう、
イーシャさんは両手でドュリエス様の服をきゅっと握ったまま、小さな寝息をたて始めてしまいました。
無防備な寝顔です。
それで時々、
「んー……ドュリエス様ぁ……」
などと寝言を漏らすので、ドュリエス様は身悶えを抑えきれません。
「やあああああんっ! もう、なんなのこの子! わたくしをときめきで殺す気かしら?
まさかあの『王都の鬼娘』が、こんな素晴らしいお嬢さんだったなんて……」
「ドュリエス様の仰る通りです。イーシャ様、普段はとっても格好良くって凛々しいのに、
寝台の上ではこんなにお可愛いなんて……。
それに、うふふふふ……とっても良い匂いです……」
そう言うシーリオさんは、寝台の敷き布に顔を埋めて、イーシャさんのお漏らしをくんかくんかしています。
と思ったら、今度はちゅうちゅうと吸い始めました。
「はふぅー……イーシャ様のおしっこと汗の味が混ざって……ドュリエス様のお味も……ああん……」
この人、おとなしそうな顔をして実はただの変態さんですね。
「本当。こんな子を騎士団なんかに埋もれさせておくなんて、もったいないわ。
なんとかしてわたくしの手元に置いておけないかしら?」
「別に埋もれてはいないと思いますが」
ナオミさんが指摘する通り、王都守護隊の副隊長はそれなりの要職です。
「ドュリエス様、それは難しいと思う」
と、そこへ声をかけたのは、お風呂の準備から戻った、十一、二歳位の黒髪の侍女さんでした。
「クロエ、ご苦労様。お風呂はもう入れる?」
「ごめん、ドュリエス様。あなたとナオミのことだから、もっと時間をかけてじっくりたっぷりねっとりと、
シトリン様を心ゆくまで犯しつくすのかと思って、かなり熱いお湯を張ってきちゃった。
まさか、もう失神させてるなんて思わなくって。お風呂、もう少ししないと、ちょうど良い温度まで下がらない」
「そう。クロエは如才無さがたまに裏目に出るわねぇ」
「……面目ない」
「いいのよ。そこがあなたの可愛い所でもあるんだから」
「しかし仕方がありませんわ。私達にしても、まさかイーシャ様があんな、
幼子のように泣き出してしまうなんて、予想外でしたもの」
「そうね。お漏らしも沢山させてしまったし」
「次は私がイーシャ様のおしっこ直飲みしたいです」
「ちょ……ちょっと、三人とも、どれだけ激しく責めてるのさ。あんまりひどいことしちゃダメじゃない」
クロエさんが腰に手を当ててたしなめます。
侍女たちの中では一番若いのに、一番の常識人のようですね。
しかし、ドュリエス様は
「そんなに激しいことはしてないわよ」
と、しれっと答えます。
「でも、シトリン様、初めてだったんでしょう? いきなりは……」
クロエさんはそこまで言って、この場にいる三人をあらためて見て、溜息をつきました。
「いじめっ子二人に変態一人じゃあ、しかたないか……」
「わ、私変態じゃないもん! クロエちゃんに言われたくないもん!」
くんかくんかしながらシーリオさんが反論します。
「……シーリオ。説得力って言葉を知ってる?」
「十歳の時、初めてなのに『や、やめないれー! おまんこいかへてぇ! もっろいかへてぇ!』って
腰振っておねだりしちゃったクロエちゃんは使えない言葉でしょう」
「な……ボ、ボクは『へてぇ』なんて言ってない……ぞ……」
「言ってたじゃない!」
「言ってたわよねえ?」
「言っておりましたわ」
言ってたようですね。
「う……ぐ……。と、とにかく! さっきの話だけど!」
クロエさん、やや強引に話を逸らしました。
どうでも良いですけど、後の二人は「いじめっ子」であることを否定する気はないようですね。
「シトリン様って上級騎士じゃないか。ボク達のように侍女にするという訳にはいかないでしょ。
上級騎士と言ったら陛下直属、宮廷序列は貴族に並ぶ身分だし、役職としても、王都守護隊の副隊長は
騎士団の幹部で、命令を下せる人も限られてるし、それにシトリン家はハリ伯爵に連なるお家柄で
家格だってそこそこ高いし、いくらドュリエス様でも勝手なことは出来ないと思うな」
「まあ、私を誰だと思っているの。陛下の姪よ? 陛下、王太子時代から、わたくしのおねだりには弱いのよ。
『ねーえオジサマぁ、わたくしぃ、お願いがあるんですのぉ』
って猫撫で声で申し上げると、大抵のことは聞いてくださったわ」
「へ…………陛下…………」
一瞬、この国の将来に不安を感じてしまったクロエさんですが、
「大丈夫よクロエ。いかに陛下がドュリエス様のおねだりに弱くとも、
国政や国益に反することまでなさるとは思えないわ」
ナオミさんのこの言葉で少し安心しました。
「そりゃ、そうだよね……はは……。
そ、それに、騎士団の人事ともなれば、騎士団長アモティ様の了承だって得なければならないし」
「あら、あの方も問題ないわ。わたくし、あの方に頂いたお手紙を、全部大事に取ってあるもの」
「手紙? ドュリエス様、騎士団長と個人的な交流があるの?」
クロエさんの質問に、ドュリエス様は悪戯っぽく笑って答えます。
「わたくしには、あの方とお付き合いするつもりは全く無いのだけれど、あの方は私とお付き合いしたかったようよ。
それも、とても深い仲に」
「……そうなんだ。それで、お付き合いをちらつかせて、言うことを聞かせる、と。
なんとも、ドュリエス様らしいというか……」
「いいえ。違うわよ、クロエ。そんなことはしないわ。ただこう言うの。
『六歳の頃からあなたに頂いたお手紙、わたくし、全部大事に取ってありますのよ』
ってね」
「ふうん、そんな昔からお手紙を……って、え? も、もしかしてその頃から、手紙には深い仲になりたい、と……?」
「ええ」
「六歳の頃から?」
「そうよ。でも十歳になった頃から頂かなくなったわねぇ」
「…………あのオッサンも変態だったか」
「ふふふ、お手紙が、何かの拍子に陛下の目に触れたら、どうなるかしらねぇ」
無垢な笑顔でそんなことを言うドュリエス様。
こういう人には、後々まで残る証拠を渡してはいけませんね。
「でも、そういう搦め手を使って、例えばシトリン様の騎士資格を剥奪したりとか、
その上どん底まで追い詰めておいて救いの手を差し伸べるとか、そういうのはやめてよね」
「もちろん、そんなことはしないわよ。クロエは私がそんな人間に見えるの?」
「欲しい物はどんなことをしてでも必ず手に入れる人に見えるよ。
……ううん、本当は、大事に想う人が心から嫌がることはしないって、知ってるけどさ。
手に入れられた人間は、おおむね幸せだし……その……ボクとか」
「もちろん、私も幸せですわ」
「私も、もう、ドュリエス様のお側からは離れられません」
「ふふ。ありがとう、あなた達。まあ、イーシャのことはわたくしに任せて頂戴。悪いようにはしないから」
はい、と侍女さん達は声を揃えて答えました。
「ところで、さっきから気になっているんだけど」
とクロエさんが言います。
「そろそろ、そのぐちゃぐちゃの寝具を片しちゃった方が良いんじゃないかな。それに服も着替えないと。
臭くなっちゃうよ。まあシーリオはその方が嬉しいだろうけど」
「クロエちゃん、そんなことないよぉ」
「そう? まあ流石にそれはないか」
「そうだよ。わざと染み付けた匂いなんて、邪道だよ」
「ああ、うん、そうだよねー。……ごめんボクが悪かったよ」
クロエさんには分からないこだわりでした。
「そうね、それじゃ片付けて」
ドリュエス様が言いかけた時、部屋の扉が叩かれました。
「アキです。ただ今戻りました」
「お帰りなさい、開いているわ」
「はーい」
入って来たのは、明るい茶髪を一本お下げに結った、十五、六歳くらいの活発な印象の少女。
ドュリエス様に付き添って、鑑定の場に同席した侍女さんでした。
「ご苦労様、アキ。で、我が国の重鎮達は、どのような結論に達したのかしら?」
「はい、それがあぁぁぁっ!?」
報告しようとしたアキさんは突然叫び声を上げると、寝息を立てるイーシャさんを指差しました。
「も、もうシトリン様、頂いちゃったんですかぁっ!? ひどおい、あたしだけのけ者ですかぁっ!?
あたしもシトリン様とちゅっちゅっしたかったのにぃっ!」
「安心して、アキ。ボクも仲間外れだったから」
「ふふふ、心配しなくても大丈夫よ。あなた達二人が戻って、わたくしの可愛い子猫ちゃん達が全員揃ったのだから、
この後、ちゃんとイーシャの歓迎会を開くわ。その時にあらためてご挨拶すればいいでしょう?」
「そうですかー? そういうことならまあいーですけどぉ」
ぶー。
アキさんは渋々といった感じでしたが、
「で?」
とドュリエス様にうながされると、話を続けました。
「あ、はい。えー、とりあえずシトリン様の回復を待って話を聞こうという流れでした。
王宮に出入りできる身分で一級鑑定官の資格持ってるのって、シトリン様だけなんですってね」
「そうなの? 流石はわたくしの可愛いイーシャ。やっぱり有能なのね」
「あ、でもそれとは別に、トルキラの刻印工房に協力を要請しようって話も出てましたよ」
「トルキラの? イ・バブ・アー工房?
確かにあそこは専門機関だけれど、中立を標榜している以上、一国家からの依頼を受け付けるかしら?
ああ、偉い人達の考えていることは分かるわ。
これを機に、工房と、その長たる『砂漠の女主人』になんとかして繋がりを持ちたいと考えているのでしょう?」
「ですねぇ。まあ、ダメ元でって感じでしたけどねー」
そんな二人の会話を聞いて、シーリオさんがナオミさんの袖を引きながら尋ねました。
「あの、刻印工房とか、『砂漠の女主人』とかって、何の話ですか?」
「えっ、ええっ!? そっ、それはあれよ、えーと、こ、刻印工房と言えば、トルキラ砂漠の中立地帯にあって、
刻印に関する道具の作成とか、鑑定官の資格試験とかが行われていて、『砂漠の女主人』はそこで
一番偉い<刻印の子>……でしょう?」
「それくらいは私だって知ってます。ドュリエス様とアキさんが話してる内容を解説して欲しいです」
「いえ、その……ごめんなさい、私、政治にはあまり詳しくなくて……」
「ふうん。ナオミさんって、実は意外と物を知らないんですね」
やれやれって感じで首を振るシーリオさん。
肩のすくめ方がわざとらしくて、これはナオミさんでなくともいらっとしますね。
「なっ、あっ、あなたに言われたくはないわ! だいたい、私は家事や作法や宮廷内の噂以外は専門外なのよ!」
「本当、普段はあんなにお姉さん風を吹かせているのにねー。残念だねー」
アキさんがにやにや笑いながら便乗してきました。「……そ、それは、別にお姉さん風とかじゃなくて……だ、だって……私は侍女頭だし……うう」
ナオミさんは、目に見えて弱ってきました。
ドュリエス様は、そんな彼女に愛でるような眼差しを送っています。
クロエさんが、溜息を一つ吐きました。
「……工房に関して、この中で一番詳しいのは多分シトリン様なんだから、あとでゆっくり聞かせてもらおう。
シーリオ、それで良いでしょう?」
「……え、あ、まあ」
「あはは、シーリオちゃん、本当は興味ないんじゃない?
多分、ナオミさんを困らせたかっただけだよね?
おかげで、あたしもナオミさんの困り顔を見られて良かったよー」
「もう、アキ。キミまで何言ってるのさ。さっさと報告を終わらせて、後片付けしちゃおうよ」
「はいはい。クロエちゃんは相変わらず真面目ちゃんだなあ。あ、ドュリエス様、報告は以上で終わりですので」
「わかったわ。ご苦労様」
「ドュリエス様も、弱ってるナオミを嬉しそうに見てないでさ」
「だって、ナオミはいつも責めてばかりで責められ慣れてないから、
たまに自分が責められると、すごく可愛い反応をするんだもの」
クロエさんはもう一つ溜息を吐きました。
「ほら、ナオミさん、片付けの指示はあなたがしないと」
クロエさん、すっかり場を仕切ってますね。
どうやらこの一番幼い黒髪の侍女さんは、実は影の実力者のようですね。
「え、ええ、そうね。……クロエ……その……あ、ありがとうね……」
「っ! ……う、ううん、気にしないで」
ドュリエス様の仰る通り、普段強気なナオミさんの少し気弱になった表情は、新鮮でとても可愛らしく、
この顔が見られるなら、確かにいじめられる時にはいじめてしまいたくなるかも……とクロエさんは
ちょっと思ってしまいました。
ナオミさんの今後が危ぶまれます。
「それでは、アキはドュリエス様のお召し替えをお手伝いして。その間に……」
「あ、待って頂戴。ねえ、その前に、イーシャの歓迎会を開いてしまわない?」
指示を出し始めたナオミさんをさえぎって、ドュリエス様が提案なさいました。
「え、今からですか? 一応、偉いさん達がシトリン様を待ってるんですけど」
アキさんが言いますが、
「良いじゃない。
『まだ回復しておりませんので、殿方の前にはお連れできかねます』
って言っておけば文句も出ないはずよ」
「ですよねー! やった、シトリン様とちゅっちゅだー!」
「ふふふ。ナオミもシーリオもクロエも、それで良いわね?」
「もちろんですわ」
「はい。さ、イーシャ様、また気持ちよくなりましょうねー」
「……良いけどね。何度も言うけど、あんまりひどいことはダメだよ」
「クロエ、さっきあなた言ったじゃない。わたくしは、相手が本当に嫌がることをしないって。
大丈夫、イーシャにとっても忘れられない、素敵な歓迎会になるわ。ふふふふふ……」
こうして、幸せそうに眠り続ける本人をよそに、イーシャさんのための
ドュリエス様流“歓迎会”の準備が始められるのでした。
続く