この世には『贈り物』と呼ばれているものがあります。  
 つまり、人に生まれつき備わっている、天賦の才ってやつです。  
 程度の違いこそあれ、それは誰にでもあるものです。  
 例えば、足が速い。  
 例えば、物覚えが良い。  
 例えば、手先が器用。  
 商才。文才。楽才。  
 心が広い、なんていうのも、一つの才能ですね。  
 しかし極稀に、この『贈り物』を神様、あるいは悪魔から、過剰に頂いて生まれてくる人間がいます。  
 彼らは、生まれつき体の一部に「刻印」と呼ばれる複雑な文様を描く特殊なアザを持ち、  
<刻印の子>などとと呼ばれています。  
 彼らが受け取った『贈り物』、それは異能の力です。  
 すさまじい怪力、どこまでも見通す目、自然や人の心を操るといった、所謂「魔法」……。  
 
 これは、そんなこの世に数十人しかいない<刻印の子>達と、その周囲の人たちのお話です。  
 
 
 【第一章】 少女騎士イーシャ、刻印に触れ愛を得るのこと  
 
 
   第一話  
 
 
 トゥアール王国は大陸の中央に位置する小さな国。  
 三つの大きな街道が交差し、大小幾筋もの川が走る交通の要所にあり、国土は小さいながらも  
古くから栄えてきた、交易の国です。  
 
 しかしここ近年は、西の新興国家アトイリア教導帝国、東のクォルツ・イーラー連合王国、  
この二大勢力に挟まれ、両者の覇権争いをのらりくらりとかわしながらなんとか中立を保っている、という  
不安定な情勢が続いておりました。  
 
 王太子ご夫妻に待望の男子がお生まれあそばされたのは、そんな折でございます。  
 王国の将来に対するそこはかとない閉塞感を払拭するこの明るい知らせを、トゥアールは国を上げて寿ぎました。  
 
 ルーオレイス・イオーティアと名付けられたその王孫殿下はしかも、刻印を両の手の平に一つずつ、  
合わせて二つも持っておられました。  
 これは大変なことなのです。  
 数少ない<刻印の子>の中でも、複数刻まれた者はさらに稀で、  
今の所知られている限りでは全部で九人しかいません。  
 ルーオレイス殿下は、その十人目ということになります。  
 能力によっては、東西の大国に対しての大きな牽制になり得ます。  
 
 大きな慶びに包まれる中、古い王家にありがちな出生にまつわる一通りの儀式を済ませ、  
さあではこれらの刻印は一体どのような力を司っているのかと、刻印ごとに違うその能力を鑑定する  
刻印鑑定官が早速召喚されました。  
 この世界では、そんな技術も確立されているのです。  
 認定機関が北方トルキラ砂漠の中立地帯にある、国際資格です。  
 
 ちなみにその鑑定官、<刻印の子>出生時には勿論必要ですが、それは本当にとても稀なことですので、  
普段は主に<刻印の子>による犯罪や、<刻印の子>を騙った詐欺事件の捜査等で活躍します。  
 それだって、そう多くは無いんですけどね。  
 そんなわけで需要も供給も少ないですし、鑑定官のほとんどは捜査権を持つ騎士や兵士の兼任です。  
 鑑定官資格があると仕官に多少有利だよ、みたいな。  
 
 今回召喚されたその女性鑑定官、イーシャ・ゴウト・シトリン女史も、普段は王都を守護する騎士であります。  
 栗色の髪を耳の辺りで切り揃え、目付き鋭く、まだ幼さの残る顔立ちながら凛とした雰囲気のある彼女、  
刻印鑑定官として王孫殿下に直接触れるということで、今日は普段の騎士団お仕着せの軽量鎧姿ではなく、  
透けるような紗(うすぎぬ)を何枚も重ね合わせた儀礼用の衣服を身に付け、寸鉄も帯びていないにもかかわらず、  
どこか威厳を感じます。  
 それもそのはず、イーシャさんは十四歳と言う若さながら上級騎士に序せられており、  
王都守護隊副隊長を務め、純粋に戦士としても超一流、さらに一級刻印鑑定官の資格を持っているという、  
巷でも有名な天才少女なのです。  
 トゥアール王国正騎士団上級騎士、王都守護隊副隊長兼一級刻印鑑定官。  
 トゥアール王国正騎士団上級騎士、王都守護隊副隊長兼一級刻印鑑定官。  
 長い肩書きなので二度言いました。  
 別名、王都の鬼娘。  
 刻印など無くとも才能に恵まれた者はいる、という良い例ですね。  
 もちろんそこには、並々ならぬ努力もあるのでしょうが。  
 
 広い王宮の奥に進み、王族の私室へと通じる廊下へたどり着くと、その入り口を二人の衛士が守っておりました。  
 ところで、イーシャさんが今日のような女性らしい衣装を身に纏っている姿など、  
特別に親しい数人を除いて、今まで誰一人として見たことがありませんでした。  
 ですから、その衛士達の対応も、致し方ないものだったのです。  
 
「失礼ですが、お嬢様。ここから先は王太子殿下とそのご家族がお住まいの宮。許可の無い方はお通しできかねます」  
「お嬢様、お連れの侍女とはぐれられましたか? よろしければ誰かに王宮を案内させましょう」  
 二人は膝をつき、頭を垂れて礼をしながら制止しました。  
 多分、どこかの貴族のお嬢様が道に迷って来たのだと思ったのでしょう。  
「許可は頂いております。こちらが允許証です。ご確認を。  
それと、ハイダリ殿、ミギュイ殿、その話し方は何かの冗談なのですか?」  
 二人の衛士、ハイダリさんとミギュイさんは怪訝な顔で「なぜ我々のことを知っているのだろう?」と  
通行許可証である木札を差し出すその「お嬢様」を見上げました。  
 見上げて、どこかでお会いしたことがあるような気がして、そしてやっとミギュイさんが気が付きました。  
「こっ、これはシトリン殿!」  
「えっ!? あっ!!」  
 二人ともあわてて直立不動です。  
「そ、そういえば今日はシトリン殿が鑑定士として来るとは聞いていたのですが、  
まさかシトリン殿がシトリン殿とは気が付かず失礼いたしました!」  
 ハイダリさん、言ってる意味が分かりませんよ。  
「いっ、いんとこっ、ちょ、に、もんにゃいにゃりゃりゃ…………。えー……んんっ!  
允許証に、問題は、ありません。どうぞ、お通りください」  
 ミギュイさんは噛みまくりですね。  
 どちらも慌てすぎです。  
「二人とも、どうかしたのですか?」  
「いえ、何でもありません。ちょっと驚いただけです」  
「そうなのですか? しかしあなた達は誉れ高き王宮衛士なのですから、もっとしっかりしてもらわねば困ります」  
「はっ! 肝に銘じます!」  
 
 イーシャさんが行ってしまうと、二人とも顔を見合わせました。  
「…………おいミギュイよ」  
「なんだハイダリ」  
「王都の鬼娘って、あんな美少女だったっけか」  
「俺も今知ったよ。いや、前から凛々しいとは思っていたが……。  
今日のあの格好は割と反則だよな。びっくりして噛んじまったよ」  
「俺、王都守護隊への転属を願い出ようかな」  
「そんな不順な動機が通るわけ無いだろ」  
「じゃあ、王宮衛士隊から王都守護隊への合同訓練申し込みを申請しよう!  
そして俺が手取り足取り武術指導して差し上げるのだ! ふへへ」  
「…………お前さ、そんな性根でよく王宮衛士になれたよな。あと、武術指導『して頂く』の間違いだ」  
「え、何、あの子そんなに強いの? そりゃ話には聞いたことあるけど、でも俺だってかなり強いよ?」  
「以前、王都守護隊の訓練を見たことがある。武器持った十数人相手に素手で立ち回ってたよ。  
しかも一人一人の欠点を指摘しながらだ。そしてその後全員のされてた。隊長も含めてな」  
「…………本当?」  
「本当」  
「…………」  
「…………」  
「年下の美少女にのされるってのも、それはそれでいいかもしれん」  
「お前もう黙ってろよ」  
 
「イーシャ・ゴウト・シトリン、参りました」  
 そう言上し、呼び出された王宮の一室に入ると、既に皆様お待ちでございました。  
 別にイーシャさんが遅くなったわけではありません。逸る皆様が早く集まりすぎなのです。  
 
 なお、今回この鑑定にお集まりの皆様は、畏れ多くも両陛下、王太子セイヴィア殿下と王太子妃オルテイリア殿下、  
王弟であるドゥカーノ公夫妻、そのご息女ドュリエス公女殿下といった王族の中でも発言権の強い方々、  
その他に、信任の厚い数名の有力貴族や大臣達、それから皆様のお付の侍従や侍女達、  
全部で二十数名といったところです。  
 
「うむ、ご苦労。ああ、細かい挨拶は結構だ。さっそく始めてくれたまえ」  
「は。それでは失礼いたします」  
 ルーオレイス殿下の大叔父にあたるドゥカーノ公にうながされ、イーシャさんは寝台の上でおとなしく眠る  
愛らしいルーオレイス王孫殿下、王国の希望の光の傍らに跪き、まずは左手を恭しく取りました。  
 しばらくかけて刻印の形を確かめ、それから自分の右手首に嵌めていた腕輪を外して言いました。  
「これは、未発動の刻印の力を一時的に引き出す宝具にございます」  
 報告例が少ないので正確な所は分かっていませんが、刻印の力は  
生後数週間、少なくとも十日程は発動しないようです。  
 どういう理屈かはわかりませんが、まあ、攻撃的な力の刻印が胎内で  
発動してしまったら、母体が大変なことになってしまいますもんね。  
 ちなみにこの腕輪、先述のトルキラ砂漠中立地帯で作られています。  
 
 その腕輪をルーオレイス殿下の左腕に通し、それからイーシャさんは自らの右人差し指を  
ギリと強く噛み、傷を付けると、  
「ご無礼仕ります」  
 と一言申し上げ、傷付いた指でルーオレイス殿下の左手の刻印に触れ、そして厳かに告げました。  
 
「『癒し』の御印とお見受けいたします」  
 
 確かに、イーシャさんの指の傷は、何事も無かったかのように塞がっています。  
 おお! と集まったやんごとない方々は喜びにどよめきました。『癒し』なんて聞こえが良いし、  
やがて一国を導く者として民衆の心を掌握するには申し分ない能力ですものね。  
 
 さて、続いてもう一方です。  
 イーシャさんは同じ様にルーオレイス殿下の右手を取り、刻印を確認します。  
 が、今度は少し時間が掛かっています。  
 どうやら初めて見る刻印だったようですね。  
 しかし、どの刻印も幾つかの文様の組み合わせで構成されていますので、  
それを読み解くことが出来れば、司る力を特定できます。  
 
 と、イーシャさんは急に、信じられない、とでも言うような、険しい表情になりました。  
 一体どうしたのか?  
 危険な能力なのか?  
 だが、それならそれで、諸外国に対する切り札になるかもしれない。  
 この場にいる国の重鎮達は、様々な思いをめぐらせます。  
 やがて彼女は意を決したようにフッと息を吐くと、殿下の右手に例の腕輪を掛け、そして恐る恐る、  
本当に恐る恐るといった感じで刻印に指を伸ばし、ちょん、と触れました。  
「んぅ……っ!」  
 その途端、小さく喘ぎ声を上げました。  
 顔が、みるみるうちに赤く染まっていきます。  
 やはり人を害する類の能力なのでしょうか?  
 全員が固唾を飲んで見守る中、彼女は  
「た……大変申し上げ難いのですが……」  
 と前置きした上で告げました。  
 
 
「『催淫』の御印とお見受けいたします」  
 
 
 ――――全員、固まりました。  
 
 
「……すまない、聞き間違えたかもしれない。もう一度言ってくれないか」  
 皆さんを代表して、ルーオレイス殿下の父君たるセイヴィア王太子殿下が尋ねます。  
「はっ。『催淫』の御印にございます、殿下」  
「さ、『催淫』……まことか? 何かの間違いではないのか?」  
「刻印の文様を読み解いた結果、そのような結論に至りました。  
また……その……刻印に触れた私の体にも、そ、そのような効果が、表れております故……」  
「そ、そうか……。意外と平気そうに見えるが」  
「少し触れただけですので、何とか堪えることが出来ております」  
 さすがイーシャさん、上級騎士として、武術だけでなく精神力も鍛えてありますものね。  
 
 しかし、刻印鑑定官としては場数を踏んでいるわけではないのが災いしました。  
 まあ場数を踏む機会自体が少ないんですが。  
 あと、相手が生まれたばかりの赤ん坊だったため油断した、というのもあるのでしょう。  
 イーシャさんはとっとと腕輪を外すか、ルーオレイス殿下から離れるべきだったのです。  
 
 とにかく、その時何が起きたかというと、目を覚ましたルーオレイス殿下が、幼子の本能に従って、  
目の前にある物、つまりイーシャさんの指を掴んだのです。  
 ――右手で。  
 
「きゃあっ!!」  
 
 王都の鬼娘たる普段の彼女を知るものには到底信じられないような素敵な悲鳴を上げ、  
王族達の前であるにもかかわらず、イーシャさんはその場にへたり込んでしまいました。  
 ルーオレイス殿下の『催淫』の力が突然一気に流れ込んできてしまったのだから、  
いかにイーシャさんが鍛えていると言っても、とても堪えられるものではなかったのです。  
 そもそも真面目一辺倒で生きてきた副隊長殿は、この手の刺激には全く慣れていなかったですしね。  
「んんぅー…………っ! ふぅーー…………ふぅーー…………うっうぅぅぅぅ…………っ!」  
 涙目になって、口の端から涎を一筋垂らしながら、自分の両腕を指が白くなるほど抱きしめ、  
歯を食いしばって身を貫く衝動を押さえ込もうとするイーシャさん。  
 元々整った顔立ちなだけに、息も絶え絶えにふるふると震えるそんな彼女はひどく艶かしく、  
その場の誰もが動くことも忘れ、生唾を飲み込んで見入ってしまっています。  
「ふはぁー…………ふはぁー…………もっ申し訳っ、ありっ、ありまっ…………ふぅぅぅ…………っ!  
ごぶっごっご無礼をっおっおおっお許しをっ…………おぉぉぉぉぉっ…………!」  
 
「皆様、何をぼさっと突っ立てらっしゃいますの!?」  
 そこへ人々の間から飛び出してきたのは、淡い緑の衣装に身を包んだ、ふわふわとした金髪の清楚な少女。  
 王弟であるドゥカーノ公の一の姫、御歳十六になられる、  
ドュリエス・テアティ・ユオリノ・リーヴァー・ドゥカーノ公女殿下でございました。  
 この、日頃慈愛の微笑みをたたえるトゥアール王室の麗しの女神は、  
今は心配そうに顔を曇らせ、イーシャさんに駆け寄ると、支えるようにそっとその肩に手を添えます。  
「あなた、大丈夫?」  
「うあぁ…………あっ…………こ、公女殿下ぁっ…………わ、私など、に…………  
おっ、恐れ多い、ことで…………ござっ…………うぅっ…………っ」  
「何を言っているの。そんなこと言っている場合ではないでしょう。  
とりあえずこの子から腕輪を外しますわ。このまま外してしまってよろしくて?」  
「はぁっ…………はい…………お願い、い、いたします…………ああ…………っ」  
 公女殿下はルーオレイス殿下から腕輪を外すと、それを控えていた自分の侍女である  
明るい茶色のおさげ髪の少女に持たせ、何事か耳打ちなさいました。  
「さあ、立てまして?」  
「は、はい…………も、申し訳っ、あ、ありませ、んっ…………きゃふ…………っ」  
 公女殿下は肩を貸してイーシャさんを立たせます。  
 
「皆様方、刻印の力は判明致しました。神の恵みたる、ルーオレイス殿下の素晴らしき力を寿ぎましょう。  
それでは、わたくしは鑑定官殿と共に失礼させていただきます。後のことは、聡明なる皆様方にお任せいたしますわ。  
如何に陛下の姪とは言え、公女如きが政策に口を挟むなど、おこがましいですものね。  
両陛下、セイヴィアお兄様、オルテイリアお義姉様、お父様、お母様、ならびに皆様、  
小娘の出すぎた発言、平にご容赦を。  
さあ鑑定官殿、わたくしの部屋までご案内差し上げましょう」  
 そう一気にまくし立てて、イーシャさんを寄り添わせるようにして退出なされたのでした。  
 
 
続く。  
 

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