そもそも、ロイドが剣を、ディアナが杖を手にしていなければ、このような事態にはなり得なかった。  
この流れを作ったのは紛れも無くケルミス。しかし、全て仕組まれていたものと決め付けるには無理がある。  
彼がロイドを味方に付けた理由。ラストニアがロベリアを含む周辺小国に手を出そうとした原因は、元はと言えば  
ロイドにあるのだ。  
 
それでも、ケルミスが全ての元凶であると確信した所以。  
彼は致命的なミスを犯した。ある一言さえなければ、確信には至らなかっただろう。  
ヴェルニカの荒廃した塔で、彼が口にした台詞。  
エルネストが身を置いていた村、つまりディアナの故郷が、ロベリアの謀略によって殲滅させられたという情報。  
ディアナはその事実に驚いていたが、ロイドが反応したのはそこではない。  
 
彼は、ディアナがエルネストの娘であるということを知っていたのだ。  
今この世界でその事実を知っている人間は、当人を除き恐らく二人しかいない。  
ディアナを連れているロイドと、彼女を逃したジーク。  
その二人を除き、世界では『エルネストの娘』は死亡したということになっているはず。  
 
情報源があるからこそ、情報業が成立する。ケルミスはその情報を、どこで手に入れたのか。  
 
ロイドでなければ一人しかいない。彼は、ジークに接触したのだ。  
ジークが応じるであろう情報の対価は恐らく、ディアナとの対決。  
クレアがロイドを脅してまでディアナを戦地に赴かせたのは、その約束を果たすため。  
 
ロイドが味方に付こうと敵に回ろうと、彼らにとってはどちらでも良かったのだろう。  
どちらに転ぼうとも、強力な味方が付くことに変わりは無い。  
必要なのは、ロイドの確かな意志。ロベリアとラストニア、どちらに付けば良いかをジークに伝えるために、  
クラウ・ソラスを入手させたのだろう。  
 
そして、疑わしき彼の計略。ケルミスは決定的な証拠を残した。  
全てを知った上での、あたかもジークの参戦など知り得なかったような振舞い。  
彼は、ロイドを欺いたのだ。  
 
不審な行動に気付く機会はいくらでもあった。  
発端は、頼んでいないにも拘らずディアナの情報を洩らさぬよう、ケルミスが同業者に圧力を掛けたこと。  
理由は単純。彼らの組織の体質は、どちらかと言うと守銭奴であるためだ。  
だからこそ、何の取引もなく顧客に有利な行動を取ることがどうしても解せなかった。  
 
そしてやはり、鍵となるのはクレアの存在。ロイドの意志を試すため、ケルミスはクレアの前に姿を現した。  
態度に出すことはなかったが、ロイドはそれを不思議に思っていた。  
いくら仲間であろうとも、情報屋が情報屋に姿を晒すだろうか。  
クレアは手下とは言え、その道に精通している人間のはず。  
自分の情報を洩らされることがまず有り得ないという確信、或いは、漏洩してしまったとしても自分の力で  
抑え込む、確たる自信があったのだろう。  
 
つまり、ケルミスはクレアの情報屋としての力を信用していない。  
実際にクレアと同行した経験を顧みても、彼女の情報は頼りなかった。  
また、彼が訪れた酒場の顔触れを思い返すと、全員『請負業』側の人間だった。  
確証はないが、ラストニア兵の姿をしていた人間もそうなのだろう。  
それらの状況から推察すると、彼女に関する一つの結論が導き出される。  
 
クレアは情報屋ではなく、請負側の人間なのだ。では、彼女の本職は一体何なのか。  
ロイドはディアナに、クレアへの心を問い掛ける。  
 
「ディアナ。クレアは好きか」  
「?好き……だけど」  
「だったら、覚悟しておけ」  
「覚悟……?」  
 
まだ推測でしかない。しかし、もし本当だとしたら。  
真実を知り、最も悲しむのはディアナだろう。  
クレアは彼女にとって、ただ一人の女の話し相手だった。  
 
「……裏切られる覚悟だ」  
 
穏やかでない表情を浮かべるディアナを背に、ロイドはヴェルニカの方角へと歩みを進めた。  
 
 
 
『やっぱり生きてたか。殺しても死なねえ奴だな』  
 
高く日の昇るヴェルニカ。防水性の袋へと納められていた通信機を取り出し、即座にケルミスに連絡を取ると、  
彼は開口一番、ロイドの生存を祝った。  
嫌疑を掛けられていることなど気付いていない様子だったが、誤魔化すつもりはもうない。  
 
「ケルミス……、茶番はもう止せ」  
 
まるで睨み合いでもしているかのような沈黙。ロイドは黙ってケルミスの言葉を待つ。  
今までどれほど彼らを訝しく思っていても、口に出すことはできなかった。  
どうしても、目的がわからなかったのだ。  
万が一良からぬことを企んでいると知れたら、ロイドを敵に回すことになる。  
デメリットこそあれど、彼らにメリットは一つもない。考え過ぎだと言われると、反論できなくなってしまう。  
 
しかし、今回は目的がわからずとも問題は無い。  
ロイドの考えはただの憶測でしかないが、その推察を前提に過去を振り返ると全て筋が通る。  
状況から見て、間違いないという確信があった。  
 
『……いつ、気付いた?』  
「答えるとでも?」  
『……、言い逃れはもう無駄だな』  
 
ロイドの迷いの無い口振りから、鎌掛けではないことを察したのだろう。  
ケルミスはあっさりと奸計を認め、まるでこの状況を面白がるように鼻で笑った。  
 
『ロイド、俺と勝負しろ。おまえが勝ったら洗い浚い白状してやるぜ』  
「勝負?」  
『単純な内容だ。俺の居場所を見つけ出してみろ。見つけることができたらおまえの勝ち、できなければ俺の勝ち。  
 期限は夕刻。それまで逃げも隠れもしない。どうだ、乗るか』  
 
ヴェルニカはそれなりに広い。その上、ロイドは機械文明にはそれほど精通していない。  
余程見つからない自信があるのだろうが、無論それらを承知の上で、ロイドは躊躇無くその勝負を引き受けた。  
 
「いいだろう。乗ってやる」  
 
元々彼を探し出すつもりで訪れたのだ。勝負のネタにされようとも問題は無い。  
ケルミスの挑戦をディアナに伝えると、彼女もやはり、不安げな表情を見せる。  
 
「大丈夫なの?見つけられるの?」  
「簡単だ」  
 
ケルミスに限り、見落としなどはないだろう。見落としでなければ、彼は一つ、大きな読み違いをしている。  
彼の居場所を突き止める方法。それを実現させるための条件。  
ロイドが今、その二つを手にしていることに、ケルミスは気付いていない。  
 
時間は左程掛からなかった。障害となる壁や封鎖された扉、地下に設けられていた侵入者の迎撃システムも、  
全てディアナに破壊させた。防ぎ切れない攻撃は、彼女の唱える魔法障壁で遮断すれば良い。  
絶対的な力の前では、小細工など無意味。ロイドが持っていないものを、ディアナは全て備えている。  
 
 
全身を黒で覆った彼は、薄暗い一室に佇んでいた。光源は彼の座席に置かれたモニターの光のみ。  
ロイドが姿を見せても、特に動揺するわけでもない。  
まるで見つけ出されることを待っていたかのように、ケルミスは落ち着いた瞳で侵入者を見据え、暗闇に静かに  
溶け込んでいた。  
 
「これで詰み、か。それにしても随分早いな。何故ここがわかった?」  
「おまえは……自分で自分の首を絞めたんだ」  
 
無造作に、ロイドは有らぬ方向へと道標を投げ付ける。  
答えを求めたケルミスが目にしたもの。鋭い金属音を立てて弾き飛び、それでも尚も敵を指すクラウ・ソラスの  
切っ先を目の当たりにし、彼は初めて怪訝な表情を見せた。  
 
「読み誤ったな。俺がラストニアやロベリアを敵視するとでも思ったか?」  
 
ロイドは別段、祖国など何とも思っていない。  
以前、クラウ・ソラスが示した深層意識の正体。ラストニア、つまり国の代表である父親に対する反抗意識以外に  
考えられなかった。しかし今はもう、彼に対し何の感情も抱いていない。  
先のラストニア戦で難色を示したのは、自国を相手取った戦いであるためではない。  
放棄したはずの自分の役割。戦略を練ることそのものに、抵抗を示したのだ。  
 
国の規律を信じ、戒律に従い行動を起こしたロベリアを悪く思うつもりもない。  
片腕を失い、戦力を大幅に落としたジークは最早敵ではない。彼も当分姿を見せることはないだろう。  
ロイドが敵と認めるのは、自分に確かな害を与え得る存在のみ。今はケルミス以外に、敵意など持っていない。  
 
「参った。これは確かに俺の負けだ。敗者は勝者に従うものだ、好きにしな」  
「ケルミス……。おまえ、一体……」  
 
最後までわからなかった彼の目的。尋ね掛けたその瞬間、背後から忍び寄る殺気に、ロイドの背を守っていた  
ディアナが逸早く反応した。  
逆光が描く女のシルエット。見慣れたラインから知れる人影の正体。  
ケルミスに睨まれながらも拳銃を構える彼女を目前に、ディアナは震えた声を発した。  
 
「ク……、クレア……さ……」  
「ケルミス。あたしも振り回しておいてそれはないんじゃない?」  
「やめろ、クレア。おまえを呼んだ覚えは無い。銃を降ろせ」  
「冗談じゃないわ。このままこいつに殺されるつもり?あんた、どれだけの人間を抱え込んでると思ってんの?  
 勝手に死なれたら迷惑なんだけど」  
 
恐らく、独断での行動なのだろう。  
ケルミスの制止の声にも耳を貸さず、彼女はロイドを睨み付ける。  
 
「ほんと、あんたの担当、嫌だったのよ」  
 
ロイドの背に向けられた拳銃の引き金に、指が当てられていた。  
ケルミスがロイドを欺いたのならば、当然クレアも彼に同じなければならない。  
人を欺き、騙す。それが、彼女の本当の職務。  
 
「専属の密偵だなんてバレたら、殺されるもの」  
 
引き金が引かれる瞬間。即座にクレアを押さえたのは、誰よりも彼女を慕っていたディアナだった。  
突風により通路の壁まで吹き飛ばされ、決死の思いで拳銃ごと取り押さえに掛かったディアナに、彼女は  
冷たい言葉を吐いた。  
 
「あら……、あんなに仲良くしてあげたのに。あなたに攻撃されるなんて、思ってなかったわ」  
「……!」  
 
一瞬の動揺。その隙をついて形勢逆転を図ったクレアに、ディアナは尚もしがみ付き牽制を続ける。  
銃口を突きつけられようと、苛立ちを露わにした視線を受けようと、ディアナは決して怯まなかった。  
 
「放しなさい!撃たれたいの!?」  
「撃たれてもいい!もう二度と、失うわけには……!」  
「クレア!やめろって言ってんだろ!俺を殺す気か!」  
 
ケルミスの怒号に動きを止め、クレアは不可解な表情を浮かべ振り向く。  
無言の問い掛けにも彼は一切答えず、溜息を吐きながら、自分から視線を外さないロイドに答えを与え始めた。  
 
「この業界で生き抜くためにはな、ただデータを掻き集めてばら撒くだけじゃ駄目なんだ。  
 馬鹿の一つ覚えみたいに、手当たり次第に溜め込むだけなら誰でもできる。  
 俺はそういう奴らの上に立つ人間でなければならん。でなければ、いずれ足を掬われる」  
 
必要なのは、柔軟性とカリスマ性。手元の情報を元に、常に移り変わる情勢の先を読む。  
もし、その移り変わりを意図した方向へと導くことができたならば。  
自分達の手でその先を生み出すことができたなら、それは彼らにとって至高の技術だろう。  
 
ケルミスは、その照準をロイドに当てた。通信機を渡された時点で狙い定められていたのだ。  
クレアを送り込んだ理由。標的であるロイドについて知り、意図した方向へと導き易くするため。  
彼女が持ち掛けて来た情報提供は、それを隠すためのカムフラージュ。  
クレアはロイドに同行し、ただ様子を観察するだけで本来の役割を果たしていた。  
 
時折見せた媚びた態度は、如何にも味方に引き込もうとしていると見せ掛けた、油断を誘う罠。  
全ては陽動。ロイドの深読し勝ちな性格を逆手に取り、本来の目的に感付かれぬよう、ラストニアの侵攻を  
理由に全てを隠した。  
目を掛けられているディアナをも巻き込み、標的を揺さ振っては『流れ』を作り出し、手元に残った材料を元に  
更にその先を生む。  
 
彼は、ロイドを利用して自分の力を試していたのだ。  
狡猾で利己的で、自分善がりな目的。身に覚えのある理由に、ロイドは僅かに瞳を伏せた。  
 
「おまえは俺を殺さない。有能な人間は始末するよりも利用すべきだ。  
 クレアのことは見逃してやってくれ。おまえを間近で見てきたからこそ、俺を殺すと思ったんだろう。  
 だが、今ここでおまえの女が死んだら、おまえは俺もあいつも殺すだろう?」  
「……だろうな」  
 
尤もらしい理屈を吐き、最後まで『流れ』を作り出そうとしている。  
今度は自分を利用させることで、この場を乗り切ろうとしているのだ。  
互いの能力を利用し合おうと目論むのだから、一度手を組めば余程のことがない限り、裏切ることはないだろう。  
最後まで『力』を渇望する彼の姿勢。敵ながら、評価せざるを得ない。  
 
「いいだろう。ケルミス、おまえを利用してやる。  
 ただし、俺はいつでもおまえを消せる。それだけは覚えておけ」  
 
ロイドの手打ちに、ケルミスはにやりと笑った。これも計算のうちなのだろうが、彼らを大人しくさせることが  
できるのならば形式は問わない。  
 
彼の仲間は世界中に散らばっている。彼らはいつでも、世界中の情報を収集することができる。  
ラストニアの智将を翻弄したケルミスと、張り巡らされた罠を最後に見抜いたロイドの、双方の機略性。  
その気になれば、世界中の国々を裏から操ることも可能だろう。  
ケルミスの上に立ったロイドは事実上、彼の組織を武器として世界を制することも可能となった。  
しかし、その権利を行使するかは別の話。それよりもまずは一つ、手を打たなければならないことがある。  
 
「まずは、ディアナがエルネストの娘であることを全世界に流せ」  
「!?」  
 
ケルミスに与えた最初の指令。狙いは勿論、彼女の汚名を少しでも返上すること。  
背後で驚き、戸惑うディアナの気配が伝わり来る。  
 
「わかった。それだけか?」  
「それだけだ」  
 
そもそも、エルネストに悪印象を抱いていたのは、ロベリアを含む極一部の人間。  
ロイドもエルネストの名は知っていたが、名の知れた魔道士であるという認識しかなかった。  
彼女は必ずしも、万人に疎ましく思われていたわけではない。だとすれば、必ず憧れを持つ人間がいる。  
悪名高いロイドでさえ、その手の人間は抱えている。  
 
何も知らず、一方的に畏敬の念を抱くような人間。アルベニアでロイドの盾に利用され、短い生涯を終えた  
マリシア王女がその代表。  
事実を知れば、娘であるディアナに対する風当たりも、少しは弱くなると読んだ行動だった。  
二人の会話が途切れた頃、ディアナは未だ納得のいかない表情のままケルミスに近付き、恐る恐る口を開いた。  
 
「あの……、知っていたら、教えて下さい」  
 
視線のみを自分に向けるケルミスを目前に、彼女は緊張した面持ちで先を続ける。  
滅多に姿を見せないジークに接触したならば、彼は恐らく必要以上の情報も搾り取っていることだろう。  
ジークが自分の力を試した理由。頑なに命を守り、エルネストとの約束を果たそうとした理由。  
心に残していた疑問を、ディアナは彼に、はっきりと尋ねた。  
 
「そんなことか。あいつはな、後悔してたんだ」  
「後悔?母様を……死なせたから?」  
「正確には少し違う。自分より強い人間を卑怯な手で殺したことだ。約束なんてただの言付けに過ぎん。  
 結局は自分の力に見合う、同じ力を持つライバルが欲しかったんだろうよ」  
 
理由はどうあれ、彼も彼なりにディアナを成長させようとしていた事実。  
求めていた答えを得られ、心の整理がついたのだろう。  
ケルミスから告げられた真実に、彼女はどこか、吹っ切れたような表情を見せる。  
礼を述べて引き下がったディアナはロイドの元へと戻り、それ以降、クレアと目を合わせることはなかった。  
 
 
 
その後訪れたのは、ヴェルニカから離れた街の、何の変哲も無い宿。  
店主はディアナの姿に反応を示したが、ロイドが恫喝的な態度を見せるとあっさりと部屋を提供した。  
ここ暫らくの間、獲物である剣の状態を全く気に掛けていない。  
鞘に収められていたとはいえロベリアの川の激流で、川底に沈む瓦礫に刀身を衝突させているのだ。  
 
日の光を当て、刃の状態を確認しているロイドの傍らで、ディアナは頻りに何かを気にした様子で座り込んでいた。  
真横から注がれる視線。気が散って仕方が無い。物言いたげにしながらもなかなか切り出さない彼女を急かすと、  
ディアナは躊躇いながらも怖々と口を開いた。  
 
「ラストニアに……、戻らないの……?」  
「俺は死んだことになってる」  
「え!?」  
 
 
不完全ながらもディアナに蘇生され、ロイドが目を覚ましたのは彼女が連行された数日後。  
 
自室で意識を取り戻し、自分の生存を理解できずにいるロイドに、傍らに佇んでいたアルセストがある現状を告げた。  
既にロベリアは動き出し、ラストニアを外堀から埋めるように国境付近の街を侵攻しているという現状。  
しかしそれよりも、彼は罪人となったディアナの通達を真っ先に告げたのだ。  
 
司令官が不在である上、魔道士を抱えていないラストニアが追い詰められるのは時間の問題。  
迷いから二の足を踏むロイドの背中を押したのは、他でもないアルセストだった。  
彼の言葉は、今でもはっきりと覚えている。  
 
ラストニアは、貴方が思っているほど脆くはない。  
今助けに行かないのなら、一生貴方を軽蔑するという彼の言葉。  
 
だから、ロベリアの最高司祭を討ったのだ。ディアナの無念を晴らすことが目的ではない。  
ロベリアに動揺を与え、自国に少しでも有利な状況を作り出すこと。  
アルセストの恩義に報いることこそが、真の目的だった。  
 
未だ諍いは続いているのだろうが、助けに戻るつもりはない。  
ラストニアの限界を国王に理解させるためだ。  
対抗心など最早ない。争いが収束した時、アルセストが自分の死を伝えることになっている。  
苦戦を強いられるようならば、ロベリア本国に再び圧力を掛ければ良いだけのこと。  
 
「やっぱり、全部私のせいで……」  
「くどい。それに、死んでいた方が都合がいい」  
 
ロイドの死を真に受けない人間は、確実に存在する。ラクールで再三の脅しを受けていたエミルだ。  
理由は単純。ロイドが彼の資金を押さえているためだ。  
エミルも決して馬鹿ではない。不審な金の動きを見せてやれば、察しの良い彼なら間違いなく気付く。  
利用する価値のある人間には生存を匂わせる。今はそれだけで十分。  
 
ディアナが気に掛けていた、身元が割れるという懸念も解消される。  
『ラストニアの総司令官』は最早この世には存在しないのだから、割れる身元など端からない。  
 
自分の死をも利用し、ロイドはディアナと共に在ることを選んだのだ。  
流石に何の感情も抱いていない人間を相手に、そこまではすることは有り得ない。当然彼女も感付いているはず。  
ディアナは瞬き一つせずに、ロイドの横顔を見つめていた。  
 
「守るって、言った……」  
「言ったな」  
「も、もしかして、本当は私、好かれてたり……」  
「そうだな」  
「──し……、……え?」  
 
冗談のつもりで言ったのだろう。適当な相槌で口を挟んでいると、ディアナは狐につままれたような顔を見せた。  
今、彼女は罪人という立場上、世界を敵に回している。ロイドが居ようと居まいと、それは変わらない。  
もう彼女の気持ちを拒む理由がなくなってしまったのだ。  
 
「ロイドが?……私を?」  
「そうだって言ってんだろ、何度も言わせるな。それより邪魔だ、退け」  
「…………」  
 
言動不一致な態度に呆然としながらも、ディアナは大人しくベッドへ引き下がった。  
それきり不自然なほどに何の反応もない。  
予想に反し、落ちた静寂。あまりに静かで気味が悪い。  
 
彼女の元へと顔を向けると、そこに見えるのは毛布で身を隠し、丸くなっているディアナの姿。  
いつしか見たような光景だった。剣を立て掛けてベッドに近付き、その塊に触れると、途端に表面がびくりと震え  
中から篭った声が聞こえた。  
 
「こ……来ないで」  
「ディアナ?」  
 
予想外の言動。不思議に思い、いつしかのように強引に彼女の姿を晒すも、ディアナはしっかりと毛布に腕を  
回したまま離れない。様子を窺おうと覗き込むと、すぐに顔を逸らす。  
頭を掴み、訝しげな眼差しを以って無理やり目を合わせると、彼女は見る見る頬を染め、突然声を張り上げた。  
 
「来ないで!そっち行って!ロイド、生き返って頭おかしくなったんじゃないの!?」  
「…………」  
「だって、こんな、有り得な……」  
 
ロイドの蔑むような視線に、言ってはいけない言葉に気付いたのか、彼女は怯んだ様子で畏まる。  
ディアナが取り乱している理由は察しがついていた。  
彼女にとっては夢のような現実。突然の出来事に頭がついて行かず、混乱しているのだ。  
しかし、それを差し引いたとしても聞き捨てならない。  
 
「今、何て言った?」  
「……ご、ごめんなさい」  
 
非人道的な振る舞いや、過去の不行跡を批難されることは致し方ない。  
しかし、自他共に認める天賦の才能を卑下されることだけは、たとえ謝られても許し難い。  
脅しのつもりでベッドに軽く突き飛ばし、逃げ場を無くしてディアナを組み敷くと、彼女はやはり頬を赤らめ  
慌てて目を逸らす。  
未だ現実を疑う彼女を大いに混乱させ、気が済むまでからかった後、すぐに引き下がるつもりだった。  
しかしその意思も、彼女の前では全く意味を成さなかった。  
 
死を経たところで変わらないものがある。  
人の能力、過去の所業。そして、ディアナも認めたロイドの性格。  
 
彼女はいつも、ロイドの嗜虐性を煽る。  
恥じらいに満ちた仕草や表情。それらを見ていると、どうしても可愛がってやりたくなる。  
況して今は拒まれる理由もない。逆に今まで虐げてきた分、積極的に彼女を愛してやるべきなのだ。  
獲物を捕らえたようなロイドの眼差しに、ディアナは困った様子で目を泳がせた。  
 
「まだ外、明るい……」  
「だから?」  
 
有無を言わさず着衣を乱そうと彼女の胸に手を添えると、ディアナは慌ててその手を払う。  
軽く手を添えただけで伝わって来る、明らかな胸の鼓動。相当な緊張が窺い知れる。  
圧倒的な優位性に、思わず笑みが零れた。強引に胸を開けさせ、太腿に手を滑らせると彼女は再び大声を上げた。  
 
「いやっ!待って!ちょっと待って!」  
「何だよ」  
「こ、心の準備、が……」  
 
今まで散々抱かれて来ているのだから、今更そんなものは不必要。ロイドはそれを、口ではなく行動で示す。  
茂みを隠す邪魔な布切れを取り払い、舌と指を使って上下の局部に触れ、彼女の乱心を煽る。  
デリカシーの欠片も無い行動に、ディアナは明らかに本心とは異なる拒絶の声を発した。  
 
「やだあぁっ!離して、あっち行ってっ!!」  
 
苦笑せざるを得ないほどの暴れ様。心が通う前の方が、余程大人しかっただろう。  
両手を掴んで身動きを封じようとも、全く静まる気配を見せない。この状態では、続けるには支障を来す。  
 
「おとなしくしろ!」  
 
ロイドの一括にびくりと震え、ようやく彼女は静まり返る。  
やり口が今までと何ら変わっていないが、それでも構わず先を続けた。  
戸惑いの声を上げる彼女の表情は、過去に何度も見てきた悲しげなものではない。  
恥ずかしさと、何より嬉しさから紅潮して身を隠すディアナは、過去に目にしてきたどの姿よりも艶やかで、  
魅惑的だった。  
 
心持ち一つでここまで変わるものなのだ。  
首筋に寄せていた唇を耳元へと移動させ、再び好意を伝えて安堵を促すと、途端に彼女の身体から力が抜けた。  
 
「ずるい……、どうして、もっと早く……」  
 
もっと早く伝えていれば、もう少しましな展開が待ち受けていただろう。  
恨めしそうな声を零す唇を塞ぎ、夕日に輝く金色の髪を撫でながら、ロイドはディアナを慰める。  
 
閉じられた瞳から零れ落ちる雫も、過去に目にした涙とは全く異質のもの。  
唇を割り、その奥を求めて舌を絡めると、彼女も拙いながらも自らそれに応じた。  
 
そのまま、忍び込ませた指で偶然を装って陰核に触れつつ熱を帯びた溝を割り、丁寧に撫でる。  
手前から徐々に侵食し、深くまでは差し入れない。  
漏れる吐息を押さえるように深く口付け、喘ぐことすら許さない。  
指を増やして中を往復すると、それほど時間も経たないうちにそこは十分な潤いを纏い始めた。  
 
握っていたディアナの手が汗を帯びる。指が絡められ、吐息が徐々に切なげな声に変わり行く。  
焦れったいのだろう。それでもロイドは、ディアナの希望には添わない。  
唐突に関節を曲げ、当たった先を指の腹で押し込むと、彼女は身体を反らして甘い声を漏らした。  
その声すら聞き流され、指での圧迫が続けられる。彼女が達しない程度に、優しく、ゆっくりと。  
 
呼吸の間隔が狭まって来ると、ロイドは指を抜かずに動きを止め、塞いでいた唇を解放した。  
恍惚とした、彼女の瞳。真っ直ぐに見つめながら、更に彼女の恥辱を煽る言葉を吐く。  
 
「どうして欲しい?」  
 
突然の言葉に、ディアナは我に返ったように瞼を上げた。  
初めて耳にした言葉。意味を理解すると、彼女はまるで上気したような顔を見せ、何度も瞬きながら口籠もる。  
もう一度指を曲げて彼女を鳴かせ、ロイドは同じ質問を投じた。  
 
「ディアナ。どうして欲しい?」  
「う……、あ、あの……」  
 
言葉を詰まらせる度に指で答えを催促するも、余程恥ずかしいのかディアナは一向に期待する言葉を口にしない。  
小さくそそる胸の突起を口に含み、舌で先を突いて返事を急かしても、彼女は健気な反応を返すだけで何も言わない。  
 
「……やめるぞ」  
「いや、待って……、やだ、こんな……」  
 
最早、自分でも何に対して嫌と言っているのかわかっていないのだろう。  
ディアナは必死に理性と戦っているのだろうが、彼女を欲しているロイドも同様。  
戸惑い、首を振る彼女を目の前に、ロイドは仕方なくディアナの希望に添った。  
ここで答えなかったことを、すぐに後悔させてやる。  
良からぬ企みを持ち、ロイドは彼女を求めて止まない自身を躊躇いなく埋め込んだ。  
 
「んっ……!」  
 
握られていた手に力が込められる。間もなく始まる行為に備え、彼女は目を閉じて身構えている。  
しかし、ロイドは微動だにしない。恐る恐る目を開くディアナに、ロイドは三度目の質問を突きつけた。  
 
「……で、どうして欲しい?」  
「……!!」  
 
再び返答を迫ると、急激に上がったハードルに、ディアナは一層言葉を詰まらせる。  
先を求める眼差しを向けられてもロイドは一切応じない。  
全く動き出す気配を見せないロイドに向かい、彼女は観念したように口を開いた。  
 
「……、う、動いても、いい、よ」  
「どう動けと?」  
「そ、その……、抜いて……」  
「その次は?」  
「…………」  
 
渇望と批難の入り交じった瞳。明らかに弄ばれていることを感じ取ったのか、彼女はロイドを睨み付け、  
せめて一矢を報いようと精一杯の反撃を試みる。  
 
「変態……」  
「…………」  
 
彼女を抱くに際し、根底にある思い。彼女を愛でる心が、甚振り尽くす意志に摩り替わった瞬間だった。  
悟られぬよう、ロイドがゆっくりと腰を動かし始めると、ディアナは自分で発した暴言の末路に怯え、身を固くする。  
始めは苦しめるつもりはない。胸を揉みしだき、身体を撫でて緊張を解すよう促すと、彼女は素直に応じた。  
 
同時に声に熱が篭り出す。深く貫いては腰を引き、幾度も往復する度に、ディアナは吐息の混じった声を上げて  
快感を訴える。  
潤んだ瞳を向けられる度に逸る心を抑え、ロイドは徐々に速度を上げ確実にディアナを追い詰めて行く。  
従来とは明らかに異なる声。彼女はそれを証明するように、喘ぎながらも懸命に言葉を成した。  
 
「あ、あ……っ!き、気持ち、い……、よ、ロイド……っ」  
「……ディアナ」  
 
呟かれた自分の名に、彼女は嬉しそうに目を細め、抱擁を求めて弱々しく手を伸ばす。  
強く抱き竦めて要求に答えると、ディアナは安心したように背に手を回し、送り込まれる快楽にただ陶酔し続けた。  
求められるままに腰を打つ。手前から最奥まで一思いに突き上げる度、応えるように歓喜の悲鳴が上がる。  
男の精を求め、本能的に蠢く蜜壁。勢いを保ったまま執拗に責め続け、更なる収縮を促す。  
ディアナはロイドの背を掴んで必死に悶えながらも遂には耐え切れず、最後は自分の中で爆ぜる快楽に、声を  
詰まらせて酔い痴れた。  
 
束の間の休息。安堵を与えるように、ロイドは再びディアナに口付ける。  
本来ならばこのまま余韻を味わわせ、終わらせても良かった。  
先程の余計な一言さえ無ければ、これから嫌と言う程鳴かされることもないだろうに。  
ロイドは心の内でディアナに同情し、口付けを交わしたまま強く腰を打ち始めた。  
 
「ぅんっ!?」  
 
突如再開された抽送。喫驚の混じる声を漏らし、彼女は止まない快感に身を捩る。  
逃れようと捻る腰を押さえて奥を突く度、ディアナは唇を塞がれたまま懸命に吐息を零す。  
衰えることを知らない快楽。彼女は何とか唇を外し、制止の声を上げた。  
 
「待っ……!も、もう、いいっ……!」  
「おまえが良くても俺は足りない。自分さえ良ければそれでいいのか?」  
「そういう、わけ……、じゃ……」  
 
弱々しく首を振って否定するディアナを、ロイドは涼しい顔で喘がせる。  
特に今回は、そう簡単に解放するつもりはない。  
快楽に咽ぶ彼女を容赦なく甚振ると、身体を押し返そうと肩に手を添えられた。  
 
「何だこの手は?」  
 
故意に発した、不機嫌な声色。彼女は叱られた子供のように、気まずそうに腕を落とした。  
透かさずその手を無造作に掴み、殊更激しく彼女の中を抉り回す。  
殺せもしない声を懸命に押し殺す彼女に、鋭い抽送を以って執拗に快楽を要求する。  
突かれる度に声を上げ、ディアナがどれほど望みに応えても、ロイドはただ一層深い快楽を貪るのみ。  
 
自分の所為で、ろくに呼吸もできず喘ぐ彼女の姿。  
思う通りに悶えるディアナは、見ていて実に気分が良い。  
加減をすれば安心して息を吐き、急激に責め上げると面白いほどに良く鳴くのだ。  
 
彼女が何度果てようと知ったことではない。名を呼ぼうと音を上げようと、一切取り合わない。  
尽きぬ欲求が満たされるまで、徹底して彼女から快感を絞り取る。  
当然一度達する程度で収まるはずもない。両脚を抱え上げて体重を掛け、そのまま嫌がらせのように最奥を  
掻き回すと、彼女は普段の姿からは想像もつかないような乱れた姿を晒した。  
 
「ロ、ロイドっ!やっ……、ちょっと、止まっ……!ああぁっ!!」  
 
余程辛いのか、ディアナは息を詰まらせながら、必死に声を張って一時の休憩を欲する。  
その度ロイドが耳元で、皮肉のように情愛を仄めかすと、彼女は困惑した様子で口を濁す。  
更には口付けを以って確かな愛情を伝え、それに託けて一層激しく突き上げる。  
 
ディアナの意思を無視した、果てを迎えるための追い込み。  
瞳を固く閉じ、反射的に再び抵抗を始めた彼女の身体を強く抱き竦め、全てを力で押さえ込む。  
 
自業自得なのだから、抵抗する権利はない。  
限界が近付くにつれ、ディアナは身動ぎしなくなった。  
抵抗を止めたわけではない。過剰な快楽に耐え切ることで精一杯で、身体が動かなくなったのだろう。  
ロイドは自分の下で震えるディアナを憐れみつつも、一瞬たりとも動きを止めず、自分が昇り詰めるまで一切の  
余裕を与えなかった。  
 
幾度目かもわからない絶頂。最後は共に迎え、腰を突き出し彼女の奥深くに精を注ぐ。  
ロイドの腕から力が抜けると、ディアナは息を上げながら切実な瞳を向けて口を開いた。  
 
「……、ま、まだ、するの……?」  
「何を?」  
 
からかうつもりで返事をすると、彼女は再び批難の眼差しをロイドに向ける。  
 
「……やっぱり、変態……」  
「……まだ夜もあるんだぞ」  
 
『二度目』の確定宣告。これで終わると油断したか、彼女ははっとした様子で慌てて前言を撤回する。  
当然聞き入れられるわけもなく、その夜もディアナは余すところ無く全てをロイドに蹂躙され、最後はあまりの  
疲労に死んだように眠ってしまった。  
 
 
アルセストとの約束は、ロイドの死の通達のみでは契られなかった。  
彼もラストニアを故郷とする一端の宮廷騎士。明らかに負の効果しか生まない約束を契りはしない。  
彼は約束を果たす代わりに、ある条件を提示した。  
国王が統治能力を失ったら、必ず戻って来ること。そして、父親を決して憎まないこと。  
子を愛さない親はいない。気に触る手口であったかもしれないが、彼なりに息子を一人前にしようとしていた事実。  
意地を張り合い、全く素直にならない親子の仲を取り持つように、彼は国王の真意を伝えた。  
 
ロイドとて、決して祖国を見捨てたわけではない。  
国に不利な情勢は、ケルミスを通じて察知し、裏から抑えるつもりでいた。  
息子の死の真偽。不自然なほどに都合の良い偶然が続けば、国王ならば気付くだろう。  
 
問題は、被害に遭った街を建て直すための財力。流石にそこまでエミルに集るわけにはいかない。  
ロイドはそこで、自身の財産に目をつけた。  
過去に世界中に足を運び、各地の利と共に得た、剣を主とした数々の戦利品。  
そのほとんどは、所謂宝剣と呼ばれる代物。つまり、通貨の価値に左右されない、確実な資産。  
 
それら全てをアルセストへ託し、対価として自由を得たのだ。  
 
 
その後は特に、取り沙汰するほどの出来事もない、比較的穏やかな日々が過ぎ去った。  
ディアナがエルネストの娘であるという事実が、彼女に対する周囲の目を一変させたためだ。  
偉大なる魔道士の娘。同時に、指名手配を受けている大罪人。  
彼女の扱いに、会う者のほとんどが困惑に陥り、隙を見せる。  
ロベリアへの引渡しを謀る者はロイドが仕留め、決してディアナに触れさせることはなかった。  
 
ケルミスと接触することもほとんどない。国の統治すら面倒なのだから、世界を動かすなど以ての外。  
祖国、そして父親のことは時が近付いてから考えるつもりでいたが、彼女を手離すことだけは未来永劫ないだろう。  
今までと何も変わらない、自由奔放な旅。ディアナが望んだ何事も無い旅を、思うが侭に続ける。  
変わったことは極僅か。ロイドが以前に増して、所構わずディアナを求めるようになったこと。  
そしてその度、ディアナが幸せそうに微笑むようになったこと。  
 
平和の定義は人の数だけ存在する。  
今やロイドは隣にいるだけで、ディアナに永久の至福を約束する。  
 
彼女の笑顔と共に行き着く先。やがて訪れる定めの時。  
それはまた、別の記録として引き継がれることとなるだろう──  
 
 
 

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