貿易都市ミランダの大富豪、トマ・アドルフの訃報は瞬く間に街全体に広まった。  
彼の力で裏で繋がっていた人物もいただろうが、裏事情には何の興味もない。  
普段よりも騒々しさを増した商人の街を後にし、二人はヘレナを連れ西の山を登っていた。  
目指すは頂上。そこには古くから修道院が存在しているという情報を入手し、ディアナの提案でヘレナを  
その場所へと連れて行くこととなったのだ。小高い山でそれほど距離もなく、目的地へはすぐに辿り着いた。  
 
ロイドは元々神など信じていない。所詮偶像に過ぎない人の心の産物を崇拝するという行為が如何せん  
理解し難く、このような場所は苦手だった。  
 
「ロイド!ここで引き取ってくれるって!」  
 
ディアナを見送り、外でぼんやりと宙を眺めているうちに突如聞こえた、彼女の歓喜の声。  
修道生活を許可され、ヘレナはここでシスターへの道を歩むこととなる。本人も満更ではなさそうだった。  
ヘレナは申し訳なさそうな表情をディアナに向けたが、それはすぐに含羞の笑みへと変わった。  
 
「あんなこと言ってごめんなさい……。助けてくれてありがとう」  
 
ディアナは素直に礼を述べるヘレナに微笑み掛ける。ヘレナは最後にふとロイドに視線を送ったが、  
すぐに感情を殺し目を逸らした。仮にも『神』の下に身を置くことになるのだから、復讐などという  
憎しみに囚われた行為は許されない。そしてそれは、ロイドが彼女を始末する理由の消失にも繋がる。  
ディアナがそこまで緻密な計算を巡らせていたとは到底考えられないが、事態は比較的平和に収束した。  
 
用が済んだのならば、修道院など長居すべき場所ではない。早々に去るべくロイドが修道院に背を向けると、  
それに気付いたシスターが背中越しに声を掛けた。  
 
「西へ向かうと貴族の街があります。ここを離れるのでしたらそこで宿を取ると良いでしょう。  
 ただ……、この先の森にはお気をつけ下さい」  
「森?」  
「この辺は魔物こそ出ませんが、山の麓には妖精が住んでいると言われる森があります。  
 昔の話だと聞いておりましたが、最近になって妖精を見たという者が後を絶たないのです」  
 
妖精と言っても、人間に害を与える種から幸福を与える種まで様々であると言われている。  
関わらずにいることが最も賢明であることは明白だった。  
ディアナはロイドの代わりにシスターに頭を下げ、興味深そうな面持ちでロイドに話し掛けた。  
 
「本当にいるのかな……?」  
「好奇心旺盛なところ悪いが面倒な事態は避けたい。森は迂回する」  
「えっ」  
 
本当に妖精が存在するのならば、最悪の場合森から出られなくなる可能性もある。  
渋々承諾するディアナを連れ、ロイドは一先ずシスターに教わった街へと向かった。  
道の途中に立ちはだかる『妖精の森』は意外に大きく、街中に入った頃には日が暮れていた。  
宿を探しながらも目に付く、豪邸が立ち並ぶ街並み。おそらく、ミランダで大きな利を得た者が集っている。  
しかしそれよりも、ロイドは街に入った時から感じていた妙な違和感を気に掛けていた。  
 
様々な方向から絶えず注がれる視線。ロイドへ向けられたものではない。ディアナへの視線だった。  
 
他人へ向けられているものであるとはっきり感じ取れるほどに、道を歩く男が必ずディアナに目を向けるのだ。  
それに気付きもせず、ディアナは遠方に混雑している宿を見つけると、確保すると言い残し慌てて走り出した。  
 
「おい!待……」  
 
突如感じた思わぬ気配により、言い掛けた言葉はその意味を成し得ずに途切れた。  
視界の端に捉えた、見覚えのある姿。おもむろにその方向に顔を向けると、小路の先に佇む金髪の女の姿を  
目にした。  
彼女は見知らぬ男の頬を両の手で包み、顔を近づけている。  
その先の行為を終えると、彼女は視線に気付いた様子で男を解放し、ゆっくりと振り向いた。  
瞬間、ロイドは目を疑った。  
 
胸まで伸びた波掛かった金髪に、あどけない碧い瞳。  
機動性が重視された、ベルト付きの白く短いローブ。  
その姿は、ディアナ以外の何者でもない。  
 
彼女は迷わずに歩を進め、ロイドの目の前に佇む。言葉が見つからず、暫し見つめ合う形となった。  
 
「おまえは……」  
「私は、何?私は願いを叶える精」  
 
言い掛けた瞬間、彼女はロイドが投げ掛けた質問を予めわかっていたかのように自問自答する。  
彼女の姿に何か違和感を感じながらも、意表を突いたその行動にロイドは呆気に取られてしまった。  
 
「何故この姿を?主の命令だから」  
「どこでこの姿を?東の大陸の街で見つけた」  
「この姿で何を?この大陸の人々の望みを叶えてる」  
「主は誰?それは言えない。言わないことが主の願い」  
 
彼女はロイドが一瞬でも心に思ったことを次々と拾い上げ、その答えを口にする。  
心を読まれている。そうとしか思えなかった。  
 
実際のところ妖精の存在など半信半疑ではあったが、こうも的確に心中を察されてしまうと、嫌でも信じるしか  
なくなってしまう。  
 
「何故答える?答えを得ることがあなたの望みだから」  
 
本人よりもやや透き通った声で最後の自問自答が終えられた。  
ロイドが何も考えを持たなくなると、彼女は満足げな笑みを浮かべ踵を返す。  
その後ろ姿も正しくディアナそのものだったが、彼女の身体のラインから先程から感じていた違和感の正体が  
何なのか、ロイドははっきりと理解した。そしてその確信と共に感じる、強い焦燥感。  
 
彼女は本人よりも女らしい身体つきをしている。  
ディアナは数日前、孤島でクレアに自分の体型を気にする発言をしていた。  
そして今目の前にいた彼女は、願いを叶える精だと言った。  
おそらくディアナの些細な願いも、無意識のうちにその姿に投影しているのだ。  
 
「ロイド?何難しい顔してるの?」  
 
宿から戻って来たディアナの声で、ロイドは我に返った。  
彼女は傍らで、道端に立ち尽くす姿を不思議そうに見つめている。  
目の前の彼女は本当に本物なのか。ロイドは真っ先にディアナの胸元に視線を送った。  
 
「あの宿もう満室で……、ってどこ見てるの?」  
 
控えめな身体が、彼女が本物であることを証明していた。  
ディアナは容姿は良い方だが、年齢の割りに幼い顔立ちをしている。  
しかし彼女に扮した先程の精霊が備えていたのは、男を惑わすような独特の色香。それがディアナの幼さを  
完全に補完していた。  
そのような姿で言い寄られて、落ちない男はまずいない。その上彼女の身体を見慣れているロイドにしか、  
本物かどうか判別することはできない。  
 
「宿で暢気に休んでる場合じゃない」  
「どうして?」  
 
この街にはディアナに魅了された男が大勢いる。この街どころか、この大陸中にいると考えるべきだった。  
どこへ行っても、ディアナの単独行動が危険を伴う状態となってしまっている。  
 
「ディアナ、絶対に俺の傍を離れるなよ。絶対にだ」  
「な、何?どうかしたの?」  
 
状況を全く理解していないディアナにいつもより強い口調で命じると、ロイドは遠くから視線を送っている  
一人の若い男の元へと歩み寄る。  
 
「おまえ、この女を知っているな?」  
 
男は問いには答えず、怪訝な表情をディアナに向け、震えた声で彼女に話し掛けた。  
 
「君……、男がいるのに俺とあんなことをしたのか……?」  
「何?何のこと……?」  
「名前も教えてくれないし、調べても何もわからないのはそういうことだったのか!?」  
 
ディアナは男の剣幕に圧され、助けを求めるようにロイドを見上げる。  
ロイドは構わずに質問を続けた。  
 
「この女を抱いたのか?」  
「ああ、そうだよ。でも恨まないでくれ。男がいるなんて知らなかったんだ」  
「調べたと言ったな?何をどう調べた?」  
「写真があるんだ。撮らせてもらったんだ。それで名前や素性について聞き込みもしたし、  
 情報屋にも当たった。けど結局何もわからなかったんだよ。なぁ、もういいだろう?」  
 
わざと殺気に満ちた声色で問い詰めると、男は許しを乞うように洗い浚い白状した。  
何の情報も掴んでいないのならば、彼女の『飼い主』が誰かなど知る由もない。  
 
「……わかった。もういい」  
 
逃げるように立ち去る男を尻目に、今起きている事態を整理する。  
何がどうなっているのかと執拗に尋ねるディアナは相手にせず、即座にケルミスに連絡を取った。  
通信が確立された瞬間、相手の都合など気にも掛けずにロイドは不躾に質問を投げ掛ける。  
 
「ディアナの情報を求める人間が増えていないか?」  
『前から多いぜ。心配するな、同業者も脅してある』  
「客層は?」  
『……顧客情報を漏らすかよ』  
 
徐々に詮索していくつもりがすぐに見抜かれてしまう。  
一方的に通信を切ると、ロイドはディアナを連れて仕方なく森へ向かった。  
 
先程の男の話で確信した、妖精の言う『主』の目論見。  
ロイドがケルミスにディアナの情報を口止めし、ケルミスが他の情報業者に圧力を掛けたせいで今の事態が  
起きている。  
ディアナの素性を知りたいがために、何者かが森に住む妖精の性質を利用し、人海戦術を取って調べ上げて  
いるのだ。  
 
「こっち、森でしょ?面倒事は避けるんじゃなかったの?」  
 
そのつもりで迂回した森だったが、既に街に入る前から妖精の手によって面倒な事態に陥れられていた。  
ディアナに今の事態を簡単に説明しつつ、ロイドは森の中を適当に彷徨う。  
妖精の気配など全く感じられないが、彼女は必ず森に戻って来る。森で妖精を見た者が後を絶たないと言った  
シスターの言葉から、それは確信していた。  
 
やがて木の葉の隙間から、不規則に煌めく光が漏れ始めた。  
光の元へ向かうと、そこに広がっていたのは大きな湖。  
水面(みなも)が蒼い月の光を反射し、一層幻想的な雰囲気を醸し出している。  
 
「ねえ、あれ……」  
 
ディアナが指差す方向に人影が見えた。何者かが湖で水浴びをしている。  
二人が湖畔に近付くと、その者は足音に気付きすぐに振り返った。  
大きな赤い瞳を携えた、蒼白い肌。透き通った湖に似た色の髪は、おそらく地につくほど長い。  
人間とは思えないその姿と雰囲気から、ロイドは森に住む妖精であることを確信した。  
彼女は臆することなく二人に近付くと、すぐにロイドの心中を察する。  
 
「……そう。私はさっき、あなたと会った」  
「飼い主は誰だ」  
「それは言えない」  
「居場所も言えないのか」  
 
彼女はロイドの傍でじっと様子を窺っているディアナを見つめ、暫し沈黙した。  
何か考え込んでいる様子だったが、程無くして彼女に顔を向けたまま小さく呟いた。  
 
「主は……あなたに会いたがってた。二人とも連れて行ってあげる」  
 
妖精は特に姿を変えることもなく、人目を忍んで二人を街のある邸宅へと導いた。  
立派ではあるが比較的小さなその屋敷からは、全く人の気配が感じられない。  
メイドの一人や二人くらいいてもおかしくないとは思ったが、彼女の主一人しか住んでいないようだ。  
彼女は二階の奥の小さな部屋へ二人を連れると、音を立てずに扉を開いた。  
 
一人の老人が、古びた椅子に座りながらぼんやりと窓の外を眺めている。  
明かりはなく、月の光だけが部屋を照らしていた。  
彼女はディアナの手を引いてその老人に近付き、静かに囁いた。  
 
「この人が、主が会いたがっていた人間」  
 
彼はたった今彼女の存在に気付いたかのように振り向く。  
ディアナとロイドへも順に目を向け、まるで脳に焼き付けるかのようにじっくりと顔を観察している。  
最後はディアナに視線を戻し、彼はゆっくりと口を開いた。  
 
「君がここへ来たということは……私も覚悟を決めなければならないようだ」  
 
彼は傍らの引き出しから一枚の写真を取り出し、ディアナの顔と写真に交互に目を移す。  
 
「この写真の娘に付き添う剣士。君がラストニアの……」  
「そういう広まり方をしているのか」  
「いいや、まだ一部の人間しか知らないだろう。だが広まるのも時間の問題だろうね」  
 
穏やかな口調で淡々と話す彼を、ディアナは不安げな表情で見つめている。  
ロイドの動向にも気を配っている様子だった。  
 
「状況を見ればわかる。私は君に殺されるのだろう?」  
「目的次第だ。狙いは俺か?」  
 
彼は問いには答えない。代わりに思い出を語るかのような懐かしげな声で、誰に言うわけでもなく呟き始めた。  
 
「この大陸の街には、ラストニアの侵略から命辛々逃げ延びてきた人間が多く存在する。  
 かく言う私もその一人だ。孫も娘も皆死んでしまった。今は財力だけで生きているが……何の実りもない、  
 変わらない毎日を繰り返している。いつだったか、珍しい赤い目の鳥が毎日餌を食べに来ていたが、  
 あの鳥もいつの間にか来なくなってしまった」  
 
再び窓の外をぼんやりと眺めながら、彼は全てを諦めたような面持ちで話を続ける。  
 
「これは私の、君に対する細(ささ)やかな復讐なんだ。私は何の力を持たない。  
 だからこうして君に繋がる情報を流してやれば、誰かが君を窮地に追いやってくれるだろうと考えた。  
 この写真は噂を聞いて他人に頼んだものだ。この世の中、金で動く人間が多いからね」  
「……主」  
 
傍で老人を見つめ続けていた妖精が何か言いたげに口を挟むが、彼はそれを遮るように彼女に礼を言った。  
 
「君が何故私の前に現されたかわからないが、こんな薄汚い願望のために動いてくれて感謝しているよ」  
「主……、本当に……」  
「これで全て白状したつもりだ。君が知りたかった情報は含まれていただろう?今更知ったところで  
 どうにもならないだろうがね」  
 
彼女の言葉を最後まで遮り続け、彼はロイドの反応を待たずディアナに向き直った。  
そしてすぐに、面目ないといった様子で、折り入って自らの非行を詫び始めた。  
 
「巻き込んでしまってすまなかった。しかし、君にはどうしても一度会っておきたかったんだ」  
「私に……?」  
「君達をひと目でも見た人間の認識は大体こうだ。君は彼に丸め込まれているか、彼と同じ思想を持つ人間だと。  
 教えてくれないか?君が彼に味方する理由を」  
「それ……は」  
 
ディアナは答えなかった。彼女なりの答えは持っているのだろうが、その心も揺らいでいる。  
躊躇いに満ちた表情がそれを物語っていた。  
 
老人はその様子を見、優しい眼差しでディアナを諭した。  
 
「無理に答えなくていい。困らせて悪かった。君は君の思う通りに生きるといい」  
「あ、あの」  
「さて、私をどうする?また何を仕出かすかわからないし、君にとって害悪でしかないだろう。  
 私ももう長くない……殺すなら一思いにやってくれ」  
 
言いたいことを一頻り言い終えると、彼は窓越しに天を見上げた。  
復讐からの解放、そして最愛の家族に迎えられる喜び。  
穏やかな瞳を湛えた表情が、それを滲み出している。  
 
「ロイド……まさか……」  
 
ディアナは全てを言い切らず、暗にロイドを牽制する。  
既に目の前で空を仰いでいる老人は、脅威でも何でもなくなっている。  
一先ず彼に仕える妖精を何とかすれば、これ以上事が大きくなることはないのだ。  
何とも言えない表情で老人を見つめる妖精に向かい、ロイドが声を掛けると、彼女はすぐに振り向いた。  
利用すべきは、先程から彼女が気に掛けていること。  
 
「おまえは何だ?」  
「私は……、願いを叶える精……」  
 
彼女は躊躇いがちに答える。彼女はおそらく、願いを叶える性質など持っていない。  
心を読む性質を利用し、老人がそうさせたのだ。  
 
「早く主の望みを叶えてやれ」  
「…………」  
 
老人は椅子に座ったまま、何も言わずに全てを受け入れるかのような眼差しを彼女に送っている。  
彼女はゆっくりと彼に歩み寄るが、何も出来ずにただ立ち尽くしていた。  
やがて彼が慈愛に満ちた表情を見せると、彼女は愁いを湛え彼に唇を寄せた。  
皺の寄った細い腕が、力なく椅子から垂れ落ちる。彼女が唇を離した頃には、老人は既に動かなくなっていた。  
 
「森へ帰れ。ここはおまえの居場所じゃない」  
 
彼女は暫らく、呆然とした様子で冷たくなり行く主を見つめていた。  
全ては彼のための行動だったはずが、最後には死を望まれてしまったのだ。  
やがて無言のまま、安らかな表情で眠る彼からゆっくりと離れ、ロイドの言葉に従い森へ向かった。  
 
 
「……当分、この森でおとなしくしてる」  
 
湖に辿り着くと、彼女はこの先人里に出ないことを約束した。  
そして街を出た時から俯き続けているディアナに面と向かい、自責の念を浮かべ口を開いた。  
 
「勝手に姿を借りてごめんなさい。お詫びにあなたの願い、叶えてあげる」  
「まだそんなこと言ってるのか?」  
「これが最後」  
 
ディアナは戸惑いながら顔を上げた。二人は暫し見つめ合っていたが、まるでディアナに感化されたかのように  
彼女を見つめる妖精も戸惑いを見せた。  
 
「あなたの願いがわからない。心が迷いに満ちてる」  
「……!」  
 
ディアナが顔を伏せると、森の妖精は残念そうに退いた。  
が、すぐにロイドの視線に気付き、ディアナは誤魔化すように彼女に声を掛けた。  
 
「あ、あの、ところでどうしてあの人を主に?」  
「私も恩義は感じるから」  
 
彼女は目を細めて微笑み、小さな赤い目の鳥に姿を変えて森の奥へと飛び去っていった。  
意外に話が続かず、ディアナは困ったようにじっと自分を見つめるロイドの様子を窺う。  
街へ戻ろうと彼女に催促されるが、ロイドは全く応じる気配を見せない。  
 
「何を迷っている?」  
 
帰途につかないロイドに、ディアナは一層困惑する様子を見せる。  
言いたくない、という思いが態度に有り有りと表れていた。  
 
「別に、迷ってるわけじゃ」  
「……ディアナ」  
 
心を読む妖精に迷いを指摘されている以上、嘘は通用しない。  
名を呼んで彼女の嘘を咎めると、ディアナは首を振って退いた。  
 
「私だって、知られたくないことくらい……」  
「駄目だ。話せ」  
「ね、もう戻ろう。ずっとここに居ても仕方ないし」  
「街に戻っても行く当てはない」  
 
何も言い返せず、ディアナは視線を逸らして口をつぐむ。  
一つだけ感付いていた。彼女の中で一つだけ、絶対的な思いがあるはずだった。  
彼女はずっと、自分の思いがロイドに受け入れられることを望んでいたはずなのだ。  
つまり、それさえも迷っている。たとえ僅かだとしても、ロイドは彼女の心が自分から離れつつあることを  
感じ取っていた。  
突き刺さる視線に居心地の悪さを覚えたのか、ディアナはロイドに背を向け一人歩き出す。  
 
「私、一人でも戻る」  
「俺から離れるなと言っただろ」  
 
未だ彼女を探す人間が多く存在している。今街に戻るのは、決して良い選択とは言えない。  
踏み止まる彼女に背後から近付き、不意に肩に手を置くと、ディアナはびくりと身を震わせた。  
 
「……何怯えてんだよ」  
「怯えてない……」  
 
後ろから彼女の頬に手を回し、試すようにゆっくりと唇を近付けると、彼女は逃げるように顔を逸らした。  
それを咎める視線で彼女の瞳を射抜くと、先程の言い分に反しディアナは明らかに怯んだ様子を見せる。  
 
予想は大きくは外れていない。そう思うと同時に、ロイドは強引に唇を引き寄せた。  
 
「っ……!?んっ」  
 
逃がさないよう頬を強く押さえ、より深い口付けを与える。  
ディアナは抵抗の声を漏らしながら離れようと抗うが、僅かに力を弱めてみせると、彼女はすぐにロイドの胸に  
手をついて突き飛ばし脱出を図った。  
ロイドはそれを見越していたかのように、透かさずその手を引いて彼女のバランスを崩し共に草むらに倒れ込む。  
ディアナの表情に焦りの色が見えた。  
 
「こんなことしたって……!いや、待っ……」  
 
顎を掴んで背けられた顔を定位置に戻し、ロイドは再び強く唇を押し付ける。  
ディアナは何とか逃れようと首を振るが、無駄な徒労に終わっていた。  
唇を割ってその先を求めるも、彼女は頑なに侵入を拒む。仕方なくローブの上から胸の膨らみを弄ると、  
ディアナは反射的に短く息をつき、あっさりと侵入を許した。  
 
今しがた、彼女が自分を拒絶した声がロイドの耳に残っていた。  
本当はそうあるべきなのだ。万人に憎まれる人間になど、心を寄せてはならない。  
それでも彼女に対し、それを許さない自分がどこかに存在することを、ロイドははっきりと自覚していた。  
 
舌を絡めて隅から隅まで彼女を堪能しつつ、彼女の胸元を閉じている細いリボンを解く。  
晒された柔らかな胸の先端を指の先で何度も撫でると、次第にそこは硬くなり、その存在を主張し始めた。  
後はとにかく、時間を掛けて愛撫を続ける。苦しそうに声を詰まらせながらも、ディアナはロイドの腕を掴み  
抵抗の素振りを見せるが、その手はすぐに離された。意図は拘束の回避。彼女ながら賢明な判断だった。  
 
最後に唇を舐め長い口付けを終えると、ディアナは森の冷たい空気を何度も吸い込み、熱の篭った脳を冷やす。  
その姿からは、先日のような積極的にロイドを組み敷こうと意気込む姿など全く想像できない。  
 
「言うから、やめ……あっ」  
 
内腿の奥を覆う、僅かに湿った布を剥ぎ取りそっと奥に触れると、彼女は慌てて脚を閉じる。  
片足を抱え、彼女の膣口をなぞるようにゆっくりと指を這わせながら、ロイドはディアナの様子を眺めていた。  
先日とは打って変わり、ロイドに向けられているのは明らかな拒否の眼差し。  
 
「いや……あっ、あぁっ!」  
「嫌?好かれてるつもりでいるんじゃなかったのか?」  
「それ……はっ……!ああぁっ!!」  
 
不意に彼女の小さな芽を擦り上げると、ディアナは身を捩って喘ぐ。  
少しずつ指を捻じ込み、指の腹を押し付けながらゆっくりと往復させると、更に情欲を煽る声が上がった。  
 
「い、言えば、止め……」  
「……言えればな」  
 
言うわけがないのはわかっていた。当人を目の前に、負の感情をディアナに伝えられるはずがない。  
尤もらしい嘘をつけばそれで済むことなのだ。  
徐々に速度を上げて彼女の中を掻き回し、快楽によって偽りを生む思考を妨げる。  
ディアナの身体が震え大きな嬌声が響き始めた頃、ロイドは指を押し込み動きを止めた。  
彼女はまだ、達してはいない。  
 
「言ってみろ」  
「……っ!」  
 
どう見ても話せる状態ではない。絶頂間際で突如止んだ快楽に彼女の身体は熱く火照り、もどかしそうに  
身動ぎしている。  
もう一本の指を切なげに蠢く花弁に触れさせ『二度目』の開始をそれとなく伝えると、彼女は慌てて口を開いた。  
 
「わ、私……、ん……っ!」  
 
ロイドはすぐにディアナの首に手を回し、開き掛けた唇を塞ぐ。  
同時に二本の指で中を何度も穿ると、彼女は身を反らして大きく悶えた。  
くぐもった声を漏らし、ディアナは震えながらロイドの腕を強く掴み快楽に耐え続ける。  
やがて、一際強く腕を握りつけられ痛みさえ覚えた瞬間、ロイドは指を引き抜き唇を離した。  
 
「う、あ……、いやぁ……」  
「何が?」  
 
ディアナは頬を染めながら何も言わずに顔を背ける。  
静かにベルトを外し、固くなった自身を彼女の秘所に押し当てると、ディアナは固く目を閉じて身を強張らせた。  
 
「止めて欲しいか?」  
「…………」  
 
彼女は暫らく沈黙していたが、ロイドが少しずつ侵入を始めると、焦った様子で制止を訴えた。  
 
「やっ……、やめてっ!」  
「その前に言うべきことがあるだろ」  
 
要求とは矛盾し、ロイドは激しい抽送を以って打ち明けさせまいと彼女を絶頂へと導く。  
ディアナはすぐに全身を震わせ、悲鳴とも取れる声を上げた。  
 
「いやっ……、あっ!あああぁぁっ!!」  
 
発せられた言葉とは裏腹に、彼女はまるで待ち侘びていたかのように打ち込まれる固い楔状の塊を締め付け、  
離すまいと引き込む。  
だが、その先はまだ与えない。逸る欲望を抑え込み徐々に腰の動きを緩やかにしていくと、ディアナは  
落ち着かない様子で何度も息を吐いた。  
 
「んっ……う……、私、ロイドが……」  
「信じられないんだろ?」  
 
瞬時にロイドに向けられる、強い意志を宿した眼差し。  
やがてそれは驚きと戸惑いに揺らぎ、力なく首が振られた。  
 
「ち、違う……!」  
「これだけ明らさまに態度を変えておいて、何が違う?」  
「違う、話を……」  
 
聞く気になどなれない。ディアナの胸の内と若干の差異があろうとも、どうせ方向性は変わらないのだ。  
片足を抱え込んだまま覆い被さり、何度も貫いて沈黙を強要するが、彼女は喘ぎながらも必死にロイドの言葉を  
否定する。  
 
「あ、ぁっ!いや、話を……っ!お願……」  
「話したいなら話せ」  
 
自己の満足よりも、既に限界に近い彼女に与える悦楽を優先し、ロイドは猛然と彼女の告白を妨害する。  
ディアナは釈明の機会を乞いつつもついに堪えきれず、絶え間なく送り込まれる大きな快楽に呑まれた。  
 
「と、止ま……ぁぁあああっ!!」  
 
この程度で終わらせるつもりなどない。ロイドは抑え切れずに声を上げる彼女を抱きすくめ、腰を突き出して  
小刻みに最奥を圧迫し続けた。  
木々に囲まれた閉鎖的な空間に必然的に響き渡る、悦びとも苦しみとも取れる女の叫び。  
ディアナはロイドの背を掻き毟るように掴み、白い喉を見せながら仰け反り続けた。  
 
奥へと押し込んだまま動きを止めると、ディアナは息を詰まらせながら瞳を滲ませる。  
身を固くし、爪を立てて指に力を込めるその様子から窺えるのは、更なる快楽への警戒心。  
ロイドは再び同じ要領で動き出し、彼女の覚悟に応えた。  
 
「いっ……、やあぁっ!ああぁあっ!!」  
 
絶え間無く二人の耳につく、高い嬌声と粘液の混じり合う音。  
それはたちまち大きくなり、ディアナは批難の声でロイドの名を呼び、再び果てた。  
 
ロイドは余裕の表情でディアナを見下ろす。片腕を引きながら立つよう命じるも、ディアナは小さく呻き身体を  
動かせずにいる。  
ふと、傍らの湖の畔に、急な傾斜を持つ岩を目に留めた。  
彼女の身体を引き上げその岩の前に無理やり立たせると、ロイドは再び拒否を許さない声色で命じた。  
 
「手をつけ」  
「…………」  
 
少しの間を置き、岩肌に弱々しく片手が添えられる。  
ロイドが唐突に腰を打ち始めると、ディアナは否応無しに両手で身体を支えなければならなくなった。  
唇を噛み締めて抑え切れない声を殺し、彼女は俯いたまま与えられる快感に耐えている。  
 
不意に背後から手を回し、胸の突起を指の付け根で挟み込み揉み上げると、ディアナは驚いて喚声を上げた。  
すぐに胸元へと向いた彼女の意識を戻すべく、ロイドは背後から貫いた状態で乱暴に彼女の中を掻き乱す。  
 
「ぁあ、あんっ、や……っ!」  
 
上下同時に責め立てられ、ディアナは何度も喘ぎつつ力なく岩へもたれ込んだ。  
夜露に混じり、明らかにそれとは異なる滴が彼女の太腿を濡らしている。  
それは、度重なる交接に対する順応の証。  
 
「この程度じゃ足りないだろ?」  
「……、もう、十分……んっ!」  
 
背を押し付けて湿った岩に密着させ、彼女が最も声を張り上げる場所を、擦り込むように集中的に突く。  
許しを乞う声は全て聞き流し、代わりに著しい責め苦を与え続ける。  
悲鳴に似た叫びが響く中、ロイドは幾度も角度を変え欲望のままに彼女を突き立てた。  
 
「いあぁっ!だめ、だめっ!も……あっ、あああぁっ!!」  
 
ディアナが果てても尚、ロイドは腰を打ち続ける。徐々に込み上げる猛りを感じると、彼女が息を詰まらせて  
喘ごうとも全く気に掛けず、自らの欲望を解放すべく一層激しく突き上げ続けた。  
 
「いや!お願……っ!や、め……あ、ぁっ……──っ!!」  
 
歯を食い縛って絶頂に耐えながら、彼女は全ての精を搾り取るかのように自らを貫く楔を強く締め付け、離さない。  
ロイドは滾る情念に敢えて流され、自分を刻み込むように初めて彼女の中に己を放った。  
ゆっくり彼女から自身を引き抜くと、白く濁った液体が彼女の内股を伝い、零れ落ちた。  
 
 
久々の野宿。何気なくそう思いつつ、ディアナを抱えてその場に座り込む。  
彼女は結局最後まで、自分の意思を伝えることができずにいた。  
今も口を利ける状態ではなく、彼女は諦めた様子でロイドに身を預け、静かに瞼を閉じた。  
 
ロイドは互いの身なりを整え、ディアナを見つめる。彼女が一体何を思い、心を揺らがせたのか。  
そんなことは、自分の所業とその結果を目の当たりにした人間相手ならば、容易に推測できること。  
そして且つ、それは取るに足らないことだった。彼女が何を思おうとも、絶対に自分の元から逃がしはしないのだ。  
 
それよりも当面の問題は、一人の老人の復讐劇がディアナを愛する人間が多く残してしまったこと。  
寝息を立てるディアナの隣で、ロイドは気が滅入った面持ちで宙を仰いだ。  
 
この大陸にいる限り、気が休まらないことを覚悟した。  
 
 

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