船出が三日後に控えていた。この大陸を離れるためには、再び海を渡らなければならない。  
それまでの三日間、ロイドは極力街に出ることを控えていた。  
唯でさえカジノでディアナの姿を晒してしまった上、ラクールは友好国。  
ラストニアから訪れる人間が少なくない。顔を見られてしまったら、流石に気付く人間がいる。  
カジノの件で懲りたのかディアナは思いの外おとなしく、出航までの日々は特に何事もなく過ぎ去った。  
 
事が起きたのは、当日。ロイドは顔を隠すための帽子を被り、ディアナには髪を束ねさせ、不自然でない程度に  
姿を変えて港までの道を歩む。  
 
「ロイドが顔隠すなんて……」  
「友好国だと言っただろう。国の人間がいる」  
「え?あれ本当だったの?じゃあもしかしてここ、ラストニア行きの船あるの?」  
 
本人は隠しているつもりだろうが、行きたいとはっきりと顔に書いてある。  
あると言ったところで、向かうわけがないこともわかっているはず。  
ロイドは無視を決め込み、港へ向かうため人混みを掻き分ける。  
 
実に、掻き分けなければならないほどに、人の多い日だった。それ故、気付かなかった。  
少しの距離を置き、自分の顔を覗き込んでいる人物がいることに。  
 
「総、督……?」  
 
馴染みのある単語にロイドは反射的に振り返り、声の主に自分の顔をはっきりと晒け出してしまう。  
途端、目の前に立っていた私服姿の若い青年が、驚嘆の声を上げた。  
 
「ほ、本当だ!本当に総督だ!今まで何してたんですか!?流石に今回は城を空け過ぎです!皆探してますよ!」  
 
彼は恐れることなくロイドに詰め寄り、帰国を要求する。  
ロイドの放浪癖はラストニアでは有名で、それ故今まで大々的な捜索が成されていなかった。  
しかし、昔は遅くとも数週間のうちには戻っていたものの、今回は数年間帰国していない。  
既に本格的に捜索されていても何らおかしくはなかった。  
 
「走れ!」  
 
乱暴にディアナの腕を掴み、港へと突き進む。  
ディアナは頻りに先程の若者を気にしている様子だったが、構っている暇はない。  
彼は「本当だ」と言ったのだ。何者かに仕向けられた可能性が高く、もしそうならば仕向けられた人間も  
一人ではないはず。悠長に問い詰めていられる時間はない。  
出航寸前の客船に乗り込み、ロイドは難を逃れた──つもりだった。船上でも同じことが起きたのだ。  
 
ラストニアの人間をけしかけた張本人も、一緒に船に乗り込んでいると考えた方が良い。  
しかし、探し出せる状況でもない。結局二人は、割り当てられた部屋から一歩も外へ出ることが出来なかった。  
 
「ここから陸地に移動するのは……、いや、無理か……」  
「移動魔法?失敗したら海に落ちるけど……」  
 
ディアナは苦笑しながら自分の力不足を伝えるが、彼女の表情はすぐに穏やかになった。  
 
「……意外に友好的なのね」  
「何が」  
「もっと怖がられてるのかと思ってた」  
 
相変わらず、ロイドは何も言わない。自国に関することは、あまり触れて欲しくはなかった。  
無論、それはディアナもわかっている。わかった上で、彼女は問う。  
 
「ねえ、どうして戻らないの?」  
「…………」  
「どうして……、国を出たの?」  
「……関係ない」  
 
昔も返した答えを、今再び彼女に返す。  
ディアナはどこか寂しげに視線を落とし、口をつぐんだ。  
 
目的地は南の大陸。最寄の街へは一日で到着した。細心の注意を払って港へ降りるも、状況は変わらず。  
まるで謀られているかのように、ラストニアの民との遭遇が続く。不自然にも程がある。  
寝る間も惜しんで大陸の横断を続け、自国民と出くわさなくなったのは、とある森の奥の小さな村に辿り着いた  
頃だった。  
 
木々の緑に囲まれた、リスレという旅人の憩いの村。しかし村に入ると、至る所で妙な噂を耳にする。  
この村からそう遠くない、森の奥にある洋館。そこを訪れる旅人が、毎晩悪夢にうなされていると。  
そしてそれらはきっと、洋館に潜む悪魔の仕業であるのだと。  
ディアナは気にする様子を見せたが、ロイドは何の興味も示さない。  
ひとまず休憩を兼ねて付近の酒場へ向かうと、見知った顔が昼間から酒を呷っていた。  
 
「クレアさん!?」  
「あら、二人とも奇遇ね」  
 
ディアナは嬉しそうにクレアの座るカウンター席に駆け寄る。  
その様子を目で追いながら、ロイドは直感していた。犯人はこの女だと。  
 
「待ち伏せか?」  
「何のこと?」  
 
クレアは如何にも親しげにディアナの相手をしつつ、含みのある笑みを漏らす。  
隠すつもりはない、ということだ。しかし白を切っている以上、目的を問い詰めたところで自白は期待できない。  
疑いの眼差しを向けるロイドを真っ向から見据え、彼女は臆面もなく話を逸らした。  
 
「そうそう、この村の変な噂、もう聞いた?」  
「悪いが興味ない」  
「まぁ、そう言わずに。例の洋館に纏わる美味しい話があるんだけど?」  
「……買えと?」  
 
クレアは図々しくもにっこりと笑い、頷く。  
流石に情報の押し売りなどという低劣な行為に走るとは思っていなかった。  
ロイドが一切取り合わずにいると、彼女は標的を移し、ディアナに絡み始める。  
 
「ねぇ、ディアナちゃん?あなた強くなりたいのよね?自分はちゃっかり剣を手に入れて、あなたには  
 一切新しい武器を与えないなんて、不公平だと思わない?」  
「武器……?」  
 
馴れ馴れしくディアナの名を呼び、彼女に取り入って情報の購入を要求するあからさまな工作。  
しかし、情報の対象がディアナであることは事実である様子。  
話の流れから察するに、例の洋館に杖か何かが隠されているのだろう。  
結局ディアナが行くと言って聞かず、値切りはしたものの商談を成立させられてしまった。  
 
彼女の情報は、知る人ぞ知る伝説の杖に纏わる話だった。  
破滅の杖という意味を持つ、魔の杖レーヴァテイン。伝説は所詮伝説に過ぎず、洋館に隠されているのは  
所持者を必ず破滅に導く故にその伝説の名を与えられた、クラウ・ソラスを上回るほどの曰く付きの杖。  
毎回どこからそんな情報を仕入れるのか不思議に思っていたが、ケルミス達の情報はいつも確実なもの。  
そして、金銭を要求する以上それは嘘であってはならない。  
クレアが何を企んでいようとも、取引に応じた時点で杖の存在は確かなものとなったのだ。  
 
例の洋館へ向かう以上村の噂が引っ掛かるが、悪魔など存在するわけがない。その正体も高が知れている。  
目的の場所は確かにそれほど距離もなく、ただ不気味な雰囲気を漂わせ、森の奥に佇んでいた。  
予想通り、中は魔物の巣窟。全く手を貸さないロイドと、何故か行動を共にしているクレアをディアナは  
一人で守らなければならなかった。  
 
「ロイド、あんた何で戦わないの?」  
「俺がわざわざ手を出すまでもないだろ」  
「はぁ……?普通、魔道士は魔力を温存させるものじゃないの?」  
 
クレアは呆れ顔でロイドを批難する。  
事実、ディアナに任せた方が手っ取り早く、彼女の修行にもなる。本人もそれで納得している。  
しかし、他人に隠すべき理由が他に存在した。  
それをクレアに洩らすなど以ての外。高値で売り飛ばされるのが目に見えている。  
 
背後で交わされている会話など気にも留めず、ディアナは懸命に道を開ける。  
目的は自分の武器なのだから、文句の出ようはずもない。  
彼女は無数にある部屋を虱潰しに調べ上げるが、杖らしきものはどこにも見当たらなかった。  
洋館の大広間で、ディアナはくたびれた様子で座り込む。  
 
「これだけ探しても、ないなんて……」  
「言っとくけど、ガセじゃないわよ。ケルミス直々の情報だもの」  
「……そんな情報をあの値段で売ったのか?」  
 
互いに睨み合いながらも、最後は半額以下まで値切ったのだ。そんな額でも取引を成立させるほど、与えたい  
情報だったということになる。更には確実に足手纏いになるにも拘らず、彼女はこうしてついてきた。  
クレアから目を離さずにはいたものの、ロイドは今一つ、彼女の目論見を読めずにいた。  
 
「……何か聞こえる」  
 
不意にディアナが声を上げて立ち上がり、誘い込まれるように広間の中央の階段へと向かう。  
既に探索済みの上階へは上らず、死角となっていた階段の裏側へ回ると、ディアナは目を輝かせて二人を  
呼び寄せた。  
そこには地下へと続く階段がひっそりと佇み、侵入者を拒むかのように深い暗闇を湛えている。  
ディアナは掌に炎を灯し、未知への好奇心故の度胸を携え、恐れることなく階下に下る。  
肌を突く冷たい空気の先に、宝物庫らしき小さな空間が広がっていた。  
 
その部屋の奥に、それは存在した。  
禍々しい力を帯びる、破滅を呼ぶと謳われる杖。そして杖に近付くにつれ鮮明になり行く、背後に迫る敵の気配。  
ディアナが杖を手にした途端、それは咆哮と共に根城を荒らす侵入者に飛び掛かった。  
無論、魔物の排除はディアナの役目。ロイドが何も反応せずにいると、彼女は慌てて攻撃魔法の詠唱を開始する。  
 
刹那、ロイドとクレアの間を埋めるように放たれた巨大な闇の閃光。  
この狭い空間に放つには余りに大き過ぎる威力に、敵は姿を認識されることもなく消え去った。  
魔力制御を誤ったのか、彼女らしくもない攻撃。一歩でも動いていたら巻き添えを食らっていた。  
しかし、立ち尽くすクレアの傍らで、ディアナ本人が最も面食らった様子を見せる。  
 
「私、唱えてないよ……?」  
 
彼女の問いに答える者はいなかった。  
何も言わずとも察していたのだ。紛れも無く、杖の力だということに。  
 
結局不吉な杖を手に入れることで目的は達したが、ディアナの言動で一つだけ、不可解な点が残された。  
彼女が階段を見つける直前に呟いた言葉。ロイドもクレアも、何も耳にした覚えがない。  
 
ほとんどの敵を一掃したことにより、ディアナは悪い噂に困り果てていた村人から感謝の言葉を送られた。  
しかしそれと引き換えに、彼女はその夜から悪夢を見るようになった。そしてそれは、ロイドにとっても  
負担でしかなかった。  
見張りを兼ねる立場上、僅かな異変で簡単に目が覚めてしまう上に、真夜中に苦しみ出す彼女を放っておく  
わけにもいかない。何を見たのか尋ねても、ディアナは顔を赤くして押し黙る。  
容態は日に日に酷くなり、村を出るにも出られず、一切の放置を予告したところで彼女はようやく白状した。  
 
「知らない人に……、その、される夢……」  
「される?」  
 
視界を奪われ、身動きを封じられ、舌で舐められ、目を覚ますまで辱められる夢を毎夜見ると彼女は言う。  
誰なのかもわからない相手に一方的に凌辱され、最後には予知夢であると囁かれ、現実にまで恐怖を与える夢。  
その悪夢に怯え、ディアナは片時もロイドから離れない。宿での待機にも応じず、ロイドもいい加減鬱陶しく  
感じていた。  
所詮夢なのだと言っても聞かず、結局ディアナの強い希望で、未だ村に居座っているクレアと接触することに  
なってしまった。  
 
「悪夢?何かに取り憑かれたんじゃないの?」  
 
クレアは冗談めかして村の噂を口にするが、ディアナにとっては冗談になっていない。  
彼女は深刻な顔付きでクレアを見つめ、助けを求めた。  
 
「あの人、呼んで欲しい……。以前私を助けてくれた、白い女の人」  
「あぁ……、でもあの子、ケルミスの言うことしか聞かないから。ロイドに頼みなさい。金払うのこいつだし」  
 
ディアナは言われるがまま、切実な瞳をロイドに向ける。  
その視線に気付きながらも、ロイドは一切目を合わせず無言を決め込んだ。  
 
「あんた、カジノでエミル王子を恐喝してたんでしょ。金ならあるんじゃないの?」  
「……ディアナ。こいつの言う通り、杖の情報料はエミルの金だ。こんなことでまたあいつの金を使う気か?」  
「…………」  
 
ディアナは複雑な面持ちで黙り込む。尤もらしいことを言いつつも、実際は彼女を引き下がらせるための  
口実でしかなかった。  
 
根底にあるのは、クレアの不審な行動に対する懐疑心。それはつまり、クレアに指示を与えるケルミスへの不信感。  
それでも何とかして欲しいと、ディアナから痛いほどに心痛な視線を浴びせられるが、ロイドは最後まで  
折れなかった。  
 
その夜、ディアナはとうとう涙ながらに眠りたくないと訴えた。  
彼女は既に、相当追い詰められている。そろそろ手を打たなければ、ロイドにとっても煩わしい。  
 
「わかった。ディアナ、そこに座れ」  
「ここに……?」  
 
ディアナは指された通り、ベッドに腰掛ける。  
不思議そうな目を向けられる中、手頃な布を手に、ロイドは彼女の背後に回った。  
その布で、彼女の目を覆って縛り、視界を奪う。  
 
「あの……、これ、何……?」  
 
答えの代わりにディアナをベッドに倒して衣服を剥ぎ、両腕を頭上で縛り上げて身動きを封じる。  
全ての準備を終えると、ロイドはその意図を口にした。  
 
「予知夢だと告げられたのなら、さっさと現実にしてしまえばいい」  
「……、え?」  
「相手が誰かわからないんだろ?俺でないと言い切れるか?」  
「…………!!」  
 
ディアナは事態を呑み込み慌てて暴れ出すが、もう遅い。  
後は彼女が伝えたことを、そのまま実行するのみ。  
 
「で?どこを舐められたって?」  
「知らないっ!」  
「おい、おまえのためにやってるんだぞ」  
 
問い詰めてもディアナは口を割らない。どうしても吐かないならば、上から下まで順次当たれば良いだけのこと。  
最初に狙うは唇。指で押させて彼女の唇を割り、易々と舌を絡め取り、存分に舐め付ける。  
逃げる頬を押さえ、軽く顎を持ち上げてより熱っぽく舌を動かすと、すぐにディアナの全身から力が抜けた。  
 
唇を離し、そのまま首筋に触れながらその下の膨らみへと向かう。  
膨よかな丘の頂で小さく張り詰めている突起を口に含み、舌の先で突いてやると、ディアナは敏感に小さな声を  
漏らした。唇を閉じて甘く噛み、空いている手で片側の胸の先を擦り、身体の芯に確実な熱を与える。  
やがてディアナは息を上げ、観念したように解放を訴え始めた。  
 
「そこ……は、違う、から、やめ……」  
「じゃあどこだよ」  
「やっ……喋っちゃ、っ……」  
 
胸でなければ、普通に考えて残りは一ヶ所しかない。  
最後に胸の頂を強く吸い上げ鋭い嬌声を絞り取り、無理やり太股を開いてその中央に唇を近付ける。  
 
視界を塞がれながらも秘所に掛かる吐息で、彼女は状況を察して慌てて足を閉じ、手首の布を外そうともがき  
始めた。それすらも、おそらく夢の通りなのだと思いつつ、ロイドは迷わず深くまで舌を差し入れる。  
 
「そ、そんな、とこ……!いやっ……、ぁ……、ああぁっ!」  
 
女の匂いを漂わせ、既に十分な潤いを保つその中で舌を蠢かせると、彼女は健気にも腰を跳ね上げて快感を訴える。  
ロイドはそれさえも押さえつけ、蜜を纏った柔らかな壁を割り、時間を掛けて執拗に粘膜を擦り合わせた。  
快感を和らげられず、今にも泣き出しそうな声で喘ぎ続ける彼女が、この上なく艶かしい。  
彼女から僅かに離れ、傍らで小さくそそり立っている肉芽に舌を這わせると、ディアナは一層高い声を上げた。  
心地良く耳に響く彼女の喘ぎを止ませるまいと、何度も優しく舐め上げているうちに、彼女は悲鳴に近い声を上げ続け  
あっさりと果てた。  
 
蜜を滴らせ、彼女の花芯は震えながら男を待ち詫びている。  
ロイドは自らを触れない程度に充てがい、ディアナを抱き締めた。  
視界を奪われている今の彼女は、何をされるか予測がつかない。  
ディアナの身体の震えが収まるまで、いつしかのように髪を撫でて安心させ、油断させる。  
やがて緊張が解れ始めたところで、一思いに彼女を奥深くまで貫いた。  
 
「ぁあああっ!!」  
 
既に十分に濡れている。遠慮は要らない。  
太腿を抱え、身を反らすディアナを抱き締めたまま激しく中を掻き回す。  
突如与えられ始めた著しい快楽に、ディアナは戸惑いに満ちた甘い声でロイドを誘う。  
突いては更なる深みを求め、引いては甘く痺れる摩擦を与え、彼女を再度の絶頂へと導く。  
絶えることのない艶めきに満ちた声が、ロイドの情欲を際限なく掻き立てていた。  
 
今はディアナを抱くに足る理由がある。拒まれる謂れはない。  
今だけは純粋に、彼女のために愛することができる。  
抑え込まれていた理性を全て欲望に変え、泣き叫ぶ程に自分を感じさせ、何度も声を失わせた。  
 
問題はいつまで続けるか。予知夢の実現という建前の理由を貫き通すためにも、ディアナの告げた言葉に  
従わなければならない。目が覚めるまで犯され続けたということは、朝まで続ければ確実。  
しかし、ディアナだけでなく流石にロイドも持たない。  
できる限り焦らしてやれば良いが、頭ではわかっていても身体はそうはいかない。  
 
貪欲に彼女を、彼女が絶頂と引き換えに与える快楽を求めていた。肢体を震わせて悶える彼女の姿を見れば、  
尚のこと。  
自制が利かず、ロイドは本能のままにディアナを求め続ける。  
彼女の弱い箇所を小刻みに突き、徐々にその速度を上げていく。  
 
「や、めっ……いやっ、あああぁっ!!」  
 
強い収縮と共に感じ始める、鋭い快楽。その瞬間、ロイドは我に返り唐突に動きを止めた。  
我慢しなければならない。せめて、彼女を起こしていた真夜中までは。  
一転してゆっくりと、控え目な抽送を始めると、彼女は熱の篭った声を上げ始める。  
 
「あっ、あ……、や、やめて、もう、……」  
「……だから、これは」  
「も……いい、から……、これ、外して……」  
 
正当性を主張しようとすると、ディアナは音を上げて再び解放を求めた。  
視界を奪われ神経を研ぎ澄まされ、手首を縛られ逃げることもままならない。  
批難される道理もなく、彼女の五感を全て支配することができるまたとない機会。これを逃すなど、有り得ない。  
優しく確実に最奥を責めつつ胸の先に触れ、できる限り弱い刺激で時間を稼ぐ。  
やがて彼女は、溜まりに溜まった快楽を持て余すかのように身を捩り、甘く苦しげな声を零し始めた。  
その悩ましい姿に欲望を駆り立てられ、ロイドは無意識のうちに徐々に強く腰を打ち始める。  
 
「い……っ!あ、ああぁぁっ!!」  
 
ディアナの一際高い叫びに、気付くと動きが加速していた。  
溢れ余る快楽を受け止め切れず、彼女は腰を振る度に煽情の声を上げ、ロイドの理性を奪う。  
本能のままに彼女を求めると、ディアナはそれに答えるように自分の中で暴れる肉欲を締め付ける。  
 
最早限界だった。ディアナを相手に、二度も耐え抜くことはできない。  
強く抱き締め逃げ場を奪い、執拗に腰を打ち続けると、彼女を続け様に何度も果てた。  
強制的に迎えさせられる絶頂に溺れ、酷く喘ぐ彼女を尚も突き立て、限界を感じた始めた瞬間、最奥まで深く貫く。  
同時に全身にぞくりと熱い衝動が走り、ロイドはすぐに身を引き彼女の身体を汚した。  
 
「はぁ……、ぅ、あ……」  
 
彼女は意味を成さない言葉で身体の限界を訴えている。  
一度我慢したためか、ロイドも精力尽きた感が否めない。  
既に夜は更け、毎夜ディアナに起こされていた時間が近い。  
縛り付けていた布を解くと、彼女は僅かに潤んだ瞳をロイドに向ける。が、疲労のためかすぐに目を閉じ、  
眠りに落ちた。  
 
 
 
翌朝。客のいない酒場に現れた、意外な人物。  
 
「……頼んだ覚えはないぞ」  
「あたしは、あいつにちょっと吹き込んだだけなんだけど」  
 
以前ディアナを助け出した、白い法衣の魔道士が村に訪れていた。  
不機嫌そうな様子を見るに、おそらくただ働きを強要されたのだろう。  
クレアによる目的のわからない嫌がらせに、媚へつらうかのような無償の人員派遣。  
ますますケルミスの企みがわからなくなる。  
 
「で、誰がどうしたんですか」  
「シシル、もうちょっと愛想良くしなさい……。本業でしょうが」  
 
クレアに戒められつつ、シシルと呼ばれた破魔の魔道士は、隅のテーブルに伏せているディアナに近付く。  
ぐったりとしている理由は無論昨夜の行為だが、端から見れば悪夢により消耗しているようにしか見えない。  
彼女は眠そうな目を向けるディアナに静かに触れ、容態を探る。束の間の静寂と共に、片手に携えられている  
錫杖の環が、音も立てずに揺れていた。  
 
「……夢魔ですね。その手の敵に呪詛でも掛けられたのではないですか」  
 
思い当たる節のあるディアナは、途端に不安な表情を見せる。  
シシルは身を案じる言葉さえ掛けず、早々に祈祷を彷彿させる言霊を紡ぎ始めた。  
見えないところで繰り広げられる、実体のない戦い。  
やがて彼女は錫杖を地に突き、何事もなかったかのように平然とした顔を周囲へ向けた。  
 
「終わりました。魔を払っただけで本体は別にいますが、そこまで対応しません。頼まれていませんので」  
「あぁ、そう……」  
 
クレアも呆れるほどの御役所仕事ぶり。しかし、だからこそ彼女は信用できる。  
ケルミス達は情報業者であり、ロイドとディアナは飽くまで顧客という立場にある。  
そしてそれは、金銭などの取引があって初めて成立する。  
今回、ロイドは何の見返りも与えていない。顧客としての立場が確立していない以上、ケルミスの行動には  
絶対的信頼が伴わない。  
始終怪訝な表情を浮かべるロイドを横目で見据え、彼女は静かにもう一つの目的を口にした。  
 
「私はこのためだけに、この村へ訪れたわけではありません。他にあなたに用がある方がいます」  
 
その言葉の直後、木造の床が背後で軋む。振り向くと、シシルの視線の先に三人の男の姿があった。  
 
体格の良い傭兵らしき男と、顔を隠したラストニア兵。そしてその二人の間に、全身を黒で覆い尽くした  
若い男が佇んでいる。彼は獣を思わせる鋭い視線を落とし、一歩、また一歩とロイドに近付く。  
三人とも会った記憶がない。しかしシシルの態度と現れたタイミングから、中央の男が何者なのか、ロイドは  
自分の勘を疑いつつも察していた。  
 
「……おまえ、まさか」  
「待て。名は呼ぶな」  
 
今になって何故姿を現したのか。彼はロイドの表情からその疑問を読み取り、自分の姿を見て苦笑するクレアに  
皮肉の視線を送って答える。  
 
「そこの女がちっとも役に立たなくてな」  
「……こいつ、逃げてばっかりで全く接触しないんだもの」  
 
二人の会話から確信する。間違いなく、この男はケルミス本人であるのだと。  
自国の兵を連れて来たということは、おそらくここで接触させることが目的。  
隣の傭兵はおそらく用心棒といったところ。  
しかし、肝心の兵は一切の反応を示さない。接触させたいならば、けしかけた方が早いはず。  
ロイドが沈黙を守っていると、ケルミスは何も期待していない様子で口を開いた。  
 
「一言くらい話してやってもいいんじゃねえのか?」  
「何の用だ」  
「…………」  
 
敢えて話を噛み合わせず、互いに表情一つ変えることなく睨み合う。  
ディアナを始めとする周囲の人間全員が、事の成り行きを黙って見守っていた。  
重い沈黙の中、先に口を切ったのはケルミスだった。  
 
「はっきり言え。おまえはラストニアの敵か味方か。どっちだ」  
「……正直に答えると思うのか?」  
「思ってねえよ。だからクレアに探りを入れさせた。それでもこいつはなかなか尻尾を掴めない。  
 だからこの俺がこうしてわざわざ出向いてやったんだ。何が言いたいか、わかるな?」  
 
彼は正体をばらすリスクを負ってまでロイドに姿を晒した。  
つまりこれは、彼なりの誠意なのだ。そして、その誠意に答えることをロイドに要求している。  
一体何が、彼をそこまで動かすのか。それだけがわからない。  
ロイドの疑問に感付いたのか、ケルミスは唐突に話を切り替えた。  
 
「俺達の拠点がどこなのか、おまえなら察しがついてるだろ。あの付近に国が密集しているのは知ってるな?」  
 
大陸の東端に、小国の密集区域が存在する。その中に混じる、ケルミス達の拠点。  
機甲都市ヴェルニカ。情報業を生業とし、その業界でトップクラスの実力を維持する彼らにとって、発達した  
機械文明は必須のはず。  
 
「ラストニアがあの辺一帯の制圧を企てているという情報が入っている。おまえがどっちにつくかで情勢が  
 大きく変わるんだよ」  
「なに……?」  
 
ロイドは眉を顰めた。司令塔が存在しない軍を、一体誰が動かすというのか。  
もしその情報が確かならば、ケルミスの取った謎の行動が一応は全て繋がる。  
しかし、答えることができなかった。自分の立つべき位置を、考えないようにしていたのだ。  
一瞬の動揺を隠し、一貫して黙秘を続けると、ケルミスは冷めた目でロイドを見遣り傍らの傭兵に合図を送った。  
 
「おまえがそのつもりなら、力ずくでも答えてもらうぜ」  
 
傭兵は待ち侘びていたかのように大剣を携えて前進し、ロイドに自らの名を告げる。  
仮にもケルミスが、戦闘要員として雇った男。油断ならないのは百も承知。  
 
「私の名はクリスト。剣豪として名を馳せる貴方と一戦できるという条件で、この者についている。  
 手合わせ願いたい」  
 
悪名高く、且つ実力を備えたロイドを降せば、自ずと名声を手にすることができる。  
今まで挑んで来た者のほとんどは、それに近い野心を携えていた。  
ケルミスはその心に付け込み、彼を利用している。そして、クリストの体格から察するに彼はおそらく重量型。  
これが偶然なのかどうか、今の段階では判断し兼ねる。  
 
席も立たずに勝負を渋っていると、クリストは問答無用で剣を振り被り、決闘を強要した。  
流石に逃げ場のない狭い室内で剣を振り降ろされては、応戦せざるを得ない。  
仕方なく、咄嗟に剣を抜いて振り下ろされた刃を受け、余りある勢いで周囲のテーブルを打ち倒す。  
困惑する酒場のマスターを見兼ね、クレアが慌てて大声を上げた。  
 
「あんたら、外でやりなさい!」  
 
クリストに追われて表へ出たその瞬間、ケルミスの僅かな笑みが視界に飛び込む。  
ロイドは確信した。これは偶然ではなく、彼がその事に気付いた上でクリストを選んだのだと。  
重い一撃を受け流し、素早さを武器にクリストを翻弄するも、彼は体格に似合わず俊敏で絶対に背中を見せない。  
クリストは、ロイドが最も苦手とするタイプの戦士だった。  
 
「なるほど、確かに言われた通りの動きをする」  
 
おそらくケルミスにより吹き込まれたであろう戦闘情報に、クリストは自信に満ちた表情を浮かべる。  
ロイドの戦術は決して攻撃的ではない。回避に専念しつつ相手を挑発して虚を突き、手の内を見せないよう  
可能な限り少ない手数で仕留める戦法。それ故、ロイドには弱点が存在する。  
戦術の所以、そして森や洞窟でディアナの手助けをしない理由は全て、それを隠すためのものだった。  
 
負けるつもりなど毛頭ないものの、クリストは相当腕が立つ。  
ついには撒き切れず、襲い来る刃とまともに交えさせられてしまう。  
彼の一撃の重さから逃れるように剣を払い、ロイドは大きく後方に飛び退いた。  
 
ロイドの決定的な弱点。それは破壊力の欠如と打たれ弱さ。  
スピード重視の戦法故に力が伸びず、どうしても他の剣士に比べ見劣りしてしまう。  
腕力のあるクリストの一撃を受け止めることが、ロイドにはできないのだ。  
更に今、他にも不利な要素が存在する。  
心配そうにロイドを見つめるディアナの様子からも、それははっきりと窺い知れる。  
 
自分でも自覚できるほどに、動きに切れがない。  
やがてクリストもそれに気付き、苛立ちを露わにロイドを睨みつけ、呟いた。  
 
「……嘗めるな」  
 
後退するロイドを追う彼の表情が、見る見る怒りに染まる。  
 
「そんな迷いのある剣を振るとは、私を愚弄する気か!?」  
「……!?」  
 
動揺を誘う言葉で一瞬の隙を作り、彼は鋭い一閃を繰り出す。  
それでも尚、ロイドは瞬時に迫る剣の軌道を読み、攻撃の回避を試みる。  
 
鈍い音が耳に響いた。  
彼の剣は空を斬り、その刃はロイドには届かなかった。正確に言うならば、ロイドを狙ってはいなかった。  
振り上げられた白刃は、腰に携えられていたもう一つの剣──追尾の剣を高々と弾き飛ばす。  
クラウ・ソラスは鞘に収められたまま空高く舞い上がり、固唾を呑んで見守る地上の人間に向かい自然落下を  
始めた。  
 
切っ先が、心にもなかった人間に向けられる。  
やがてその人物は、予め示し合わせていたかのように、直撃寸前で身を退いた。  
クリストは攻撃の手を止めている。最初から、これが目的だったのだ。  
 
「それが、おまえの答えだな」  
 
始終観察に徹していたケルミスが静かな笑みを湛え、ラストニア兵の足元に落ちた剣の意思を、言葉に換える。  
ロイド自身が、誰よりも驚きを隠せずにいた。  
別段祖国を嫌っているわけではない。況してや憎んでいるわけでもない。  
しかし、クラウ・ソラスはロイドの深層意識を如実に物語っている。  
 
「ロイド、俺達の味方につけ。拒否権はないぜ」  
「……、まさか、最初からこのために……」  
 
このためだけにクラウ・ソラスの情報を渡したのか。しかし、そうだとしてもやはり腑に落ちない。  
ロイドがラストニアの味方についたら、どうするつもりだったのか。  
 
餌となった兵は、ラストニアの皮を被ったケルミスの仲間だった。  
完全に彼の策に乗せられたことになる。だとすれば、先日手にしたディアナの杖はどうなのか。  
クレアが意味もなく同行したのは、杖の入手を確認するためだったのではないか。  
 
ディアナが携えている『レーヴァテイン』を尻目に、一抹の不安を抱えながらもロイドはやむを得ず彼の要求を  
呑んだ。勝者はロイドでもクリストでもない。他ならぬケルミスであるのだから。  
一頻り決着がついたところでシシルが歩み出る。おそらく、本来の役割を果たすために。  
 
「移動します。ヴェルニカへ……」  
 
辺りの景色が歪み出し、光が全てを包み込む。  
望まぬ戦いが、刻一刻と近付いていた。  
 
 

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