かつて訪れた森の祠の傍に、神竜は悠然と佇んでいた。逃げも隠れもせず、まるでティトの訪れを  
予め知っていたかのように。  
 時が止まったまま眠り続けるセラを抱え、ティトは恐れもせず神竜と向かい合った。  
 彼女の仇を見据える瞳には、憎悪や絶望などは欠片も宿っていない。  
 湛えられるはただ一つ。命を捧げる覚悟のみ。  
「返して貰いに来た」  
 口にせずともわかっているのだろうが、ティトは敢えて目的を告げる。神竜は微動だにせず、陽の光を  
受けて黄金に輝く眼を足元の人間へと落とした。  
 待っていたのだろう。人間であるティトが、自分の元を訪れるまで。  
「返してくれないか」  
 育む命がないのなら、自分の命を与えても構わない。そう心に願い、ティトは自分を殺せと訴える。  
 その覚悟を拾い上げ、神竜は再び人の言葉で語り掛けた。それは、ティトが求めた答えではなかった。  
『私は何者の干渉も受け付けない』  
 無論、そう簡単に要求に応じないであろうことは予想の範疇ではあった。ここで食い下がらなければ  
ならないことも想定の範囲内だった。  
「だったら、何故ここで僕を待っていた?」  
『貴様を待っていたわけではない。人間ならば誰でも良かった』  
 これだけ多くの命を奪っておいて、今更何をしようというのか。真意を問われる前に、神竜は先の死闘で  
ティトが抱いた疑問に答えた。  
『私は誰の味方でもない。しかしそれ以上に、誰もが敵と認める存在であってはならない』  
「……何が言いたい?」  
『全ては予定調和だ。それはまだ終わっていない。私が鎮めた魂は、まだ我が手中にある』  
 意味深な言葉を残し、神竜はおもむろに天を仰いだ。神々しき純白の翼を広げ、先とは全く異質の  
鳴き声を発した。  
 高く美しい歌声が、たちまち天空を支配する。それは数多の命を乗せ、雪のように地上へと降り注ぐ。  
 ティトはその光景を唖然として見つめていた。奪った命を持ち主へと返したのだ。神竜が何を意図して  
このような行動に出たのか、理解するには数秒の時を要した。  
『人間よ、これは天啓と思え。同じ過ちを繰り返すな。無論、我々もだ』  
 返されたのは、神竜によって理不尽な死を与えられた者の命。覇竜に殺された者は生き返らずとも、  
死んだはずの人間が揃って息を吹き返せば誰もが『神』の意を感じずにはいられないだろう。神竜の姿を  
目の当たりした人間ならば尚更である。  
 
 この光景を目の当たりにした人々は喜びの裏で、この先の未来を『神』の怒りに触れぬよう、畏れながら  
生きて行くことになるのだろう。  
 
 セラを抱えていたティトの手は、少しずつ人の温もりを感じていた。失われていた命は律動を始め、  
彼女の全身を温かな血が巡る。固く閉じられていた瞼からは、僅かに茶褐色の瞳が覗いている。  
『貴様の命など必要ない。ただし、約束を違えたその時は……』  
 最後まで告げずに警告を終え、神竜は静かに森の奥へと姿を消した。  
 今度また、人と魔物の間で無意味な殺生が繰り広げられたなら、神竜は再び姿を現すのだろう。  
一切の救済を許さない、完全なる滅びの唄と共に。  
 
 事態の終息を呆然と眺めるティトに、不意に細く弱々しい声が掛けられた。  
 自分の名を呼ぶセラに、ティトは何も言わずに顔を向ける。生気を取り戻した少女の姿は、記憶の中の  
どの姿よりも生やかで、美しい。  
 愛しき少女の生還に歓喜する心とは裏腹に、ティトの表情には寂しげな微笑みが湛えられていた。  
 
 
「先日の約束、取り下げさせて頂きます」  
 ラスニール城に辿り着くなり、ティトは国王に向かい、とある口約束の破棄を求めた。セラとの婚約の件である。  
「……ほう」  
「ティト?本気で……?」  
 興味深げに様子を窺う国王の前で、セラは開口一番、信じられない台詞を吐くティトに疑問を呈した。  
一時的な約束ではあるものの、まさか求婚した本人の口から婚約解消が言い渡されるとは思っていなかったのだ。  
「正直なところ、背後でどこぞの誰かが一枚噛んでるのかと思ったんだけど、そうでもなかったようだね」  
「……失礼します」  
 理由を告げることもなく、ティトは二人に背を向ける。帰国後とは言え、王女の身の安全という  
最も破ってはいけない約束を破ったのだ。彼女を娶る資格などあろうはずもない。  
「ティト、私はもう貴方のことは……」  
「ごめん。これで、全部終わりにしよう」  
 引き止めに掛かるセラの目の前を横切り、ティトは部屋の扉に手を掛ける。  
 これで彼女は、何に囚われることもなく生きられる。金輪際、関わることはないだろう。  
 
 別れの扉は不自然なほどに軽かった。反対側から何者かが同時に扉を開いたのだ。  
 時をほぼ同じくして国王の元へと訪れた人物に、ティトは正面から衝突した。見上げると、父親である  
ロイドに見下ろされていた。  
 
「と、父さ……」  
 腕を掴まれて引っ張られ、ティトは再び国王の元へと戻される。  
 ロイドの背後にはディアナが、姿を隠しもせずに付き添っていた。  
「久しぶり。あの家燃えたんだって?まさかこの城を明け渡せなんて言うわけじゃないだろうね」  
「そうだな。ついでにラストニアでも復活させるか」  
 平然ととんでもないことを言い放つロイドを前に、国王は顔を強張らせた。彼は遠慮なく目前まで  
歩みを進め、含みのある笑みを見せながら国王を見下ろしている。  
「……冗談だろ?」  
「さぁ?それはおまえの対応次第だ」  
 再会早々の脅迫行為。昔と全く変わらない手口に、ディアナは深い溜息を吐いた。  
 しかし脅迫といえども、別段国に不利益をもたらそうというわけではない。今や祖国を同じくしている以上、  
国王とてそれは理解している。  
「で……、何がお望みなんだよ……」  
「全騎士団を俺に寄越せ。それから、俺の素性を国中に知らしめろ。ラストニアの姓も、過去の功績も何もかもだ」  
「!?ちょっと待て、そんなことしたら……」  
 国王が何を危惧しているか、ロイドは当然わかっている。  
 ラストニアとラクールの力関係は明らかだ。もし、ラストニア王家の末裔、しかもほとんど全ての  
戦役を勝利に導いた司令塔となる人物が生きていると正式に知れたら、自国よりも力で劣るラクール側が  
国を治めているという現状にラストニア兵は勿論のこと、ラストニアの民までもが不満を抱くかもしれない。  
本人の意図せぬところで築き上げられたものではあるが、彼にはそう危惧させるほどの人望がある。  
 しかし、ロイドは決して自己顕示欲は強い方ではない。ラクール出身者を含む騎士団の均衡を保つためにも  
素性を明かさず、初めは現騎士団長であるアルセストを介した指揮系統を築くべきである。  
 もし城に留まることのみを目的とするならば、わざわざ身元を明かす必要はなく、一体何を狙いとした  
行動なのか国王には理解できなかった。  
「心配には及ばない。こいつとおまえの娘が国を継ぐことになれば、何の不満も出ないだろ」  
「へ!?父さん、何を!?」  
「この国を乗っ取りたい、王女にも気がある……何か不満か?」  
「それ、誰に聞いたの……」  
 聞かずとも知れている。ケイトしかいない。気まずさのあまり、弟の話を持ち出してしまったのだろう。  
余計なことを吹き込んだ姉のせいで、今まさに、政略結婚という予想だにしない道が開けようとしているのだ。  
 
「俺は当分この城に滞在する。ディアナのことは気にしなくていい。どうせもう時効だ」  
 国王は気圧されるように首を縦に振ったものの、先程とはまた別の危機感を抱いていた。  
 ラストニアより次期王が誕生し、ラクールより次期王妃が選ばれる。実質どちらが力を持つかは明らかだ。  
「まずい……本当に乗っ取られる……」  
 息子にさえも一切の反論を許さず、ロイドは国王の苦慮を耳にしながらディアナを連れて部屋を後にした。  
 
 国の重鎮的存在となれば、クレア達からの無茶振りを正当な理由で断ることができる。ディアナが切に  
望んで来た日常を、今度こそ実現させることができる。しかしロイドがそう説明しても、彼女はいまいち  
納得しない。  
 長年共に同じ道を歩んで来たディアナは、ロイドの性格を知り尽くしている。今回の大胆な行動の裏にある  
本当の目的にも、薄々勘付いていた。  
 彼は真っ先に、騎士団の譲渡を要求したのだ。  
「これ、もしかして……あの人への報復?」  
 恐る恐る真意を問うディアナの前で、ロイドは然も当然であるように答えを返す。  
「誰の女に手を出したのか思い知らせてやる。一生脅えて生きるがいい」  
 ある意味予想通りの返事を嬉しく思う反面、自分達に関わってしまった若く未来有望な騎士に対し、  
ディアナはどうにも同情を隠し切れなかった。  
 
 
 この日、セラは初めて他人を自ら自室へ招き入れた。話をしたいと頼んでもなかなか首を縦に振らない  
ティトを、強引に部屋の中へと引き摺り込んだのだ。  
 ティトは決して良い顔をしていない。一方的な都合で決め付けられてしまった将来を撤回させるため、  
一刻も早く父を追わなければならないと思っていた。  
「セラ、僕達もう会わない方がいい」  
「何故ですか?」  
「何故って……自分の身に何が起きたか、わからないわけじゃないだろう?」  
 彼女のためにも、これ以上関わりを持つべきではない。ティトがいくらそう説得しても、セラは一向に  
納得しない。むしろ、説得を試みるほど反発する。  
 自分の考えを絶対とし、他人の言い分には耳を貸さない。何を言っても聞く全く耳を持たず、一秒でも早く  
部屋を出ようとするティトの態度は、セラにとって苛立たしいものでしかなかった。  
 
「貴方はいつも勝手です!初めてここへ来た時も、ケイトを助ける時も、私の言うことなんて何一つ聞かずに  
 自分本位な行動ばかり取っていました!」  
「……うん」  
「今朝もそうです!貴方は、自分の命を……、捨てようとしていました……」  
「…………」  
 ティトは決してセラと目を合わせようとしない。しかし、彼女が涙を堪えているであろうことは察していた。  
声が、震えているのだ。  
「私のためですか……?私のせいで、貴方まで命を落とすところだったんですか……?」  
「……、もう行くよ」  
 扉へと伸ばされた手を押さえ、セラは扉の前に立ちはだかる。  
 道を塞がれ困り果てるティトを睨み付け、精一杯の虚勢を張る。  
「許しません。もう、貴方に振り回されるのは沢山です」  
 ティトは一歩、また一歩と迫り来るセラから逃げるように後退る。ベッドの傍まで追い込まれるなり  
肩を押され、そのままシーツの上へと難なく倒されてしまった。慌てて起き上がろうと手をつくも、  
セラに腰の上へと乗り上げられ、動くことすらままならない。  
「こ、こんな真似するなんて、君らしくないな。早くそこを……」  
「お黙りなさい。これは報復です」  
 言い切られる前に言葉を遮り、セラはシーツに手をついて困惑するティトを見下ろした。長く透き通った  
琥珀色の髪が流れ落ち、紗幕のように二人の視界を覆う。  
 近付けられた彼女の瞳は、どう見ても復讐を企てる人間のものではない。むしろ、かつてティトが  
欲していた、淡い慕情さえ感じ取れるほどだ。  
「動かないで下さい」  
 伸ばされた手が、ティトの頬に触れた。指示に従わず顔を逸らしても、彼女は動じない。  
 このままではまずいと強引に半身を起こすと、セラは再びティトの肩を押して共に倒れ込み、自分の  
身体で動きを封じた。  
 完全に、抱き付かれた形となっていた。ふわりと漂う彼女の香りが、ティトの嗅覚をくすぐる。  
 鼓動と温もりが布越しに伝わって来るだけで、幸福感が満ち溢れる。それ以上を望むのは、贅沢というものだ。  
「セラ、離れて」  
「嫌なんですか?」  
 腕に力が込められると共に胸元に柔らかな感触を覚え、ティトは思わず目を閉じた。本心の赴くままに  
抱き締めてしまいたいという衝動を抑え、固く拳を握り締めていた。  
 
「……嫌なんですね」  
 頑なに自分を受け入れようとしないティトを、セラはどこか悲しげに見つめている。やがて彼女は  
俯いたまま静かに起き上がり、ゆっくりと身体を離した。  
 膨れ上がる煩悩を制し、つい気を緩めたその直後。安堵の息を吐いたティトの下半身を、思わぬ感触が襲った。  
「ちょっ……、セラ!?何してる!?」  
「身体を張った嫌がらせです」  
 言いつつ彼女は手を潜り込ませ、拙い手つきで懸命に互いの秘部を触れ合わせる。セラの生気に溢れた  
女の身体はティトの色情を再び煽り、必要以上の昂ぶりを与える。  
 彼女は思い切った行動に出ながらも恥ずかしそうに顔を逸らしていたが、やがて指先に力を込め、  
ゆっくりと腰を下ろし始めた。  
「待っ……!だ、だめだ、やめ……」  
「貴方も最初、私が嫌だと言ってもやめませんでしたよね」  
 意外にも、彼女の中は僅かに湿っていた。もう悪感情を抱かれていないのだと察することができるが、  
ティトはどうしても受け入れることができない。  
 行為を強行するには潤滑に乏しく、彼女の顔は苦痛に歪んでいた。それでも生じる痛みに耐え、セラは  
ティトの陰茎を根元まで埋め込むと、そのまま長く息を吐き、静止した。  
「無理しないで、早く離れて」  
 身を案じる言葉に、セラは首を振って少しずつ腰を揺すり始める。身体が強張っているためか膣内は  
非常に狭く、彼女が少し動くだけで互いのものがきつく擦り上げられる。  
 漏れる呻きを耳にしては手応えありと踏み、彼女は徐々にペースを上げて行く。  
「も、もう、やめるんだ……、痛いだろ」  
「嫌です。平気です」  
 何度やめるよう言い聞かせてもセラは一向に耳を貸さず、しかしだからと言って乱暴に扱うこともできない。  
 ティトは必死にこの状況を打開するあらゆる手を考えるが、口を出る台詞はどれも説得力に欠けるものだった。  
「君はあの時、身分を理由に僕を拒んでいたのに……、いきなりどうしたんだ」  
「あんなもの言い訳に過ぎませんし、もう意味もありません。貴方、ラストニアの人間だったのでしょう?  
 第一、私の身体を二度も奪っておいて何の責任も取らないつもりですか?  
 お父様にも借金があるはずです。このまま踏み倒すつもりですか?」  
「いや……、それは……」  
 怒涛の追及を受け、ティトは二の句を告げなかった。過去の所業が今全て、自分に返って来ているのだ。  
 
 視線を交えながらも絶句し、全く心変わりする様子を見せないティトをセラは更に追い詰める。懸命に  
腰を揺すって互いの粘膜を擦り合わせ、望まぬ快感で苦しませ、ティトが音を上げるまで決して声を漏らさない。  
「ぅ……っ!セ、セラ、わかってくれ、君の、ためなんだよ……」  
「私のため?私の気持ちも考えないで、何が私のためなんですか?」  
 ティトは思わず目を見開いた。蒼の瞳に映る彼女の面持ちは至って真剣で、とても揶揄されているとは  
思えない。しかし、一度は大嫌いとまで言われた相手の口から飛び出す台詞とも思えなかった。  
 気付けばセラの顔が目前に迫っている。目が合うと、彼女はそっと自分の唇を重ね合わせた。  
「……本気?」  
「命まで賭けられては、気も変わります」  
 ──逃げられない。迷いなく答えるセラを目にし、ティトは戸惑いながらもそう悟る。  
 今まで彼女のためと思い取って来た行動は、ことごとく裏目に出てしまっていた。  
 だから離れようと決意した。しかしその決断が今、再び彼女を傷付けようとしている。  
 ティトは観念したように目を閉じた。もう悩むことすら億劫だった。結局のところどの道を選んでも、  
二人にとっては茨の道にしかなり得ないのだ。  
「覚悟はできてるんだろうね」  
「覚悟?」  
 セラは女だ。これ以上恥を掻かせるわけにはいかない。  
 問い返すセラの肩を掴み、ティトは彼女の身体を軽々とベッドに押し倒して形勢逆転を図る。そして、  
真剣な眼差しで彼女を見据え、最後の質問を投じた。  
「僕はきっと君を不幸にする。幸せになれる保証なんてどこにもない。それでもいいの?」  
「それは貴方が気にすることではありません。幸せかどうかは私が決めます」  
 強気な台詞とは裏腹に、セラは薄っすらと微笑んでいた。返事の代わりに口付けが与えられると、彼女は  
一層顔を綻ばせた。しかし、この状態で接吻のみで終わるはずもない。  
「わかってると思うけど。こんな中途半端な状態で終わろうなんて考えてないよね?君がそのつもりなら、  
 最後までさせてもらうよ」  
「……はい」  
 頬を染めて頷くセラを、ティトは軽く抱き締める。体勢を整え、抜け掛けた陰茎を再び奥まで埋め込む。  
 セラは小さな呼吸を漏らしながら、背に腕を絡めた。ティトの首元に顔を埋め、これから襲い来るであろう  
快楽に備えていた。  
 
 期待に応えるように、ティトはゆっくりと動き始める。しかし、優しく扱うのは初めのみ。  
 既に彼女が強行した行為により、十分過ぎるほどに色欲を煽られているのだ。ティトは自分の欲求に従い、  
遠慮なく速度を上げて行った。  
「あ、あの……っ、ティト……」  
「何?」  
「やさ、しく……」  
「今度ね」  
 やられっ放しは趣味ではない。ティトは口には出さず、行為で示す。広がるスカートの裾をたくし上げて  
片脚を肩に掛け、体重を掛けて自身を奥まで押し込むと、セラは堪らずに身を捩り甘い声を上げた。  
 そのまま掬い上げるように、何度も腰を打ち込む。彼女の喜ぶ腰使いで、水音を立てながら突き上げる。  
「あっ、は……っ!ああっ!!」  
 快楽から脱しようと反射的に撓う肢体を、ティトは決して逃すまいと強く抱き竦めた。互いの身体を  
密着させ、快楽に悶える身体を押さえて容赦なく奥を貫いた。  
 腕の中で跳ねる身体から、彼女が得ている快感の度合いが窺い知れる。セラの身体が大きく仰け反る  
瞬間を捉え、ティトは即座に同じ要領で腰を打ち始めた。  
「ぁああっ!だっ、だめっ!ティ、ト……っ!」  
「腕に力を入れて。しっかりしがみ付いて。まだまだ辛くなるよ」  
 セラは素直に従い、自分に覆い被さるティトの身体に力の限り抱きついた。昔ならばここでじっくり  
可愛がっていたのだろうが、今のティトにはそんな余裕はない。  
 耳元で頻りに叫ばれる制止の声を糧に、ティトは早々に追い込みを掛ける。素直な反応を返す身体を  
力一杯抱き締めながら、加減も忘れて夢中で突き込む。  
「ああっ、ん……っっ!!」  
 セラは固く目を瞑り、声もなく悶え続けている。急激に狭まり、快楽に蠢く柔らかな蜜壁が彼女の状態を  
ありありと示している。  
 粘膜が擦れ合う度に彼女は過敏に身体を捩る。その度に纏わり付き締め上げられる感覚に、ティトは  
堪らず喉元から声を漏らした。  
 燻ぶり続けた快感が、堰を切って溢れ出す。二人は互いに求め合い、たちまち絶頂の波に襲われた。  
「うっ……!セラ……ッ!」  
「わ、私、もう、……っ!あぁああっ!」  
 ティトは引き込まれるように最奥まで導かれ、脈打つ欲望を吐き出した。華奢な身体を一際強く抱き締め、  
逃すまいと腰を押し当て最後の一滴まで注ぎ込んだ。  
 
 全ての事が済んでも、セラは絡めた腕を離さない。余韻に満ちた甘美な時間に酔い痴れるように、  
自ら身を寄せている。ティトはただ自分の心に正直に、細くしなやかな身体を抱き留めた。  
 
 やがて呼吸が整い始めた頃、二人はゆっくりと身体を離した。ティトは機嫌を窺うように、意中の少女の  
顔を覗き込むが、そこに望んだものはなかった。  
 緊張の糸が切れたのだろう。目が合うなりセラは悲しげに顔を歪め、涙を浮かべて心中を訴え始めた。  
「私……貴方の言うこと、ちゃんと聞きます。ずっと貴方を支えます。だから、もっと私のことも考えて下さい。  
 もう会わないなんて……言わないで下さい」  
「……そう、だね」  
 ティトは自分の愚行を認め、嗚咽を漏らすセラの髪を慰めるように撫で梳く。  
 もう二度と悲しませまいとした少女に、最後の最後で涙することを許してしまった。結局彼女の希望に  
沿うことが、最も確実な贖罪方法となるのだろう。  
 『王女』のためではない。全ては彼女個人のために。  
 生涯の献身を胸に誓い、二人は深く、口付けを交わした。  
 
 
「あ、あの、父様」  
 ロイドとディアナが城門を抜けると、二人は不意に、聞き馴染みのある声に呼び止められた。  
揃って振り返ると、普段の快活な姿など微塵も感じられないほどに硬くなったケイトが、ぎこちなく  
歩みを進めていた。胸には覇竜に傷を負わせた剣が、大切そうに抱えられている。  
「これ……」  
 抱えられていた剣がそっと差し出される。しかし、ロイドはすぐには受け取らない。視界に入った  
丸腰の娘の姿に違和感を覚えたからだ。  
「剣がないのか?」  
 俯いたまま黙り込み、ケイトは何も答えない。しかし答えずとも、昔から片時も剣を手離すことなど  
なかったのだから答えは知れている。  
 差し出されていた剣に手が伸ばされる。そのまま持ち主の元へ返るかと思いきや、しかしケイトは  
手の平に別の感触を覚えた。よく見るとそれは、ロイドが過去に愛用していた細身の剣だった。  
「まだ使える。折るなよ」  
「……え」  
 半ば押し付けられる形で手にした、思いも掛けない新たな剣。使い込まれているためか、柄はケイトの  
手にもよく馴染む。  
 全く予測していなかった事態に困惑し、絶句する娘をディアナは微笑ましく眺めている。  
「ケイト、また後でね」  
「…………」  
 気恥ずかしそうに固まる娘に声を掛け、ディアナはロイドと共に崩壊し切った街へと向かった。  
 
 
 それからケイトは、以前よりも笑うようになった。ロイド不在の際に滲み出ていた殺伐とした雰囲気など  
一切なく、周囲に柔らかな印象さえ与えるほどだ。躍起になって鍛錬に励むこともなくなり、ライラと  
共に過ごすことも多くなった。  
 別に彼に気を使っているわけではない。新たな住み処であるラスニール城がどうにも肌に合わず、  
外で過ごす割合が増えたのだ。彼は黙っていても寄って来るため、単に話相手としているに過ぎない。  
 この日も破壊された訓練施設の近くの丘で、二人は休憩がてら、復興に追われる街をぼんやりと眺めていた。  
「ラストニアの血筋、ねえ……」  
 ロイドの生存は、ラスニール騎士団総帥への就任と同時に国中に知れ渡った。勿論、元ラストニア軍  
総司令官の肩書きを共にして。政略結婚の餌食とされたティトの身元も公となり、必然的にケイトの素性も  
白日の元に晒されることとなってしまったのだ。  
「聞いてねえ……」  
「私も聞いてない……」  
 ケイトにとっても寝耳に水。しかし、別段普段の生活に大きな変化が伴うわけではない。城を住み処と  
することも、今は慣れずともいずれ馴染むことだろう。国家間の事情にも特に興味はなく、この会話も所詮  
ただの世間話に過ぎない。  
 故に多くを語る必要は皆無であり、本音を零すライラを横目に、ケイトは普段と変わらぬ調子で適当に  
話を切り替えた。  
「それにしてもおまえ、情けなかったなぁ。神竜を挑発して結局何もできず仕舞い。何がしたかったんだよ」  
「……それは」  
 ライラは気まずそうに俯く。本当ならば挑発により注意を引き、動向を探るつもりだった。  
 しかしその目論見が達成されることはなかった。眩い謎の光を浴びたあの時から、神竜の思考を拾うことが  
できなくなってしまったのだ。  
 原因は不明。落としどころのない曖昧な説明を受けるも、ケイトは特に関心もなさそうに答えを返した。  
「邪魔者扱いされてたな。よくわからないけど、元に戻されたんじゃないのか?」  
「…………」  
 可能性は十分にある上、確認手段がないわけでもない。彼の血に帯びる覇竜の魔力は今、脳へと届く  
直前で中和され、中枢神経を侵すことなく全身を巡っている。  
 つまり、永続的に魔力を放ち、ライラの命を守っている魔道石の髪留めを外してみれば良い。  
 
 当人も何となく勘付いてはいた。しかし、どうしても踏み切ることができなかった。こめかみ付近へと  
恐る恐る手を伸ばしても、触れるのみで終わってしまう。  
 もしこれで、死を臭わせるほどの苦痛に苛まれてしまったなら、他に手がない現状ではもう二度と  
元の身体に戻ることは叶わないかもしれない。僅かな希望を根こそぎ奪われてしまうことは、彼にとって  
恐怖でしかなかった。できることなら誰かに、背中を押して欲しいと思っていた。  
「なぁ、ケイト。もしこれで、全て元に戻ってたら……」  
「戻ってたら?」  
 言い掛けて、ライラは俯き口を噤む。今まで散々迷惑を掛けて来た上、自分の都合で身勝手な要求を  
飲んで貰うなど虫が良すぎる。  
 しかし一人躊躇するライラへと、ケイトは特に他意もなく、当たり前のように激励を送った。  
「そうだなぁ。元に戻ったら、いずれ好きな人と結ばれて、子供だって作れる。長年の悲願が叶うわけだ。  
 でも、今勇気を出さないと永遠に叶わない。試してみて損はないよ」  
「……言ったな?」  
 何の気無しに零された発言に、彼は待ち侘びていたように食いついた。今までの苦悩など嘘のように、  
躊躇いなく髪留めを掴み、握り締める。そして僅かに浮かせて苦痛が伴わないことを確認するなり、  
無造作に地に落とした。  
 ケイトが振り向いた時には既に、魔道石は天を向き、草むらに転がっていた。  
 平然と送られる視線を感じつつ、ケイトは誤解を与え兼ねない自分の発言に気付く。はっとして  
ライラの顔を見遣るも、そこには感動など欠片もない。  
「ケイト。おまえ俺の本心知ってるよな?自分の言葉には責任持てよ?」  
「そう言えば……そうだった……」  
 一種の平和呆けか、或いは現実から乖離し過ぎた出来事だったためか。以前に比べて最近は特に  
何事もなく、ライラとの悶着を含めた神竜の一件など、既に絵空事になり掛けていた。  
 それを知ってか知らずか、彼は脅迫的、かつ高圧的な態度で近付く。ケイトが慌てて後退っても、  
二人の距離は一向に縮まらない。  
「いいんだな?わかってて言ったんだよな?」  
「ちょ、ちょっと待て、目が本気だぞ」  
「当たり前だ」  
 自分の発言に責任を持つのは当然のこと。ケイトは思慮の足りない発言を悔やむが、既に後の祭り。  
言い切ってしまった手前、ライラが本気である以上彼の気持ちを無下にするわけにもいかず、かと言って  
前言撤回が認められる空気でもない。  
 
 彼は後退るケイトとの距離を遠慮なく詰め、反応を試すように手を伸ばす。逃げるように身を引きながらも、  
ケイトは以前のようにきっぱりと拒絶することができなくなっていた。彼は、根は悪い人間ではないからだ。  
しかし顎に指が触れた途端、ケイトは反射的に腕を伸ばし、ライラを突き飛ばしてしまっていた。  
 予想していたであろう結果を、彼はどこか寂しげに受け止めている。その様子を見てケイトは気まずそうに  
背を向け、取り繕うように言い放った。  
「さ、先に言いたいことがある。一応、おまえのおかげで私もティトも助かったんだ、礼は言っておく。  
 でも、まだ全て許したわけじゃない。だから、どうしてもと言うなら条件がある」  
「条件?」  
 瞳に僅かな光を宿し、彼はケイトの提案に耳を傾けた。元気付いた姿を尻目に心の内で安堵しつつ、  
ケイトは父より授かった剣を握り締める。  
 そして悪戯に笑みを浮かべながら、期待の眼差しを湛えるライラへと、絶壁の如く高いハードルを課した。  
「私の父様に認められてみろ。父様が認める人間なら、喜んで生涯付き添ってやろう」  
「…………」  
 突破不可能としか思えぬほどの難壁を提示され、彼は座り込んだまま硬直する。  
 相手はかつて圧倒的軍事力を以って世界中を震撼させた、ラストニアの王位後継者であった人物だ。  
認めさせる方法など検討もつかない。  
「会ったことすらねえよ……」  
「いずれは通る道だろ。今のうちに片付けておけば後々楽になるぞ」  
 これは、何度も強引に身体を奪った代償のつもりだった。たとえ正当な理由があったとしても、それなりに  
辛辣な試練を課してこそ、釣り合いが取れるというもの。むしろこの程度では甘いと思えるほどだ。  
 ライラは苦渋の色を浮かべながら思い悩んでいたが、やがて真剣な面持ちでケイトを見据えた。  
 やっと腹を括ったのかと思いきや、しかし彼は突拍子もない提案を口にした。  
「ケイト。駆け落ちしよう」  
「はぁ!?」  
 有無を言わせず背後から腕を回し、断らせる間も与えずに彼はケイトは身体の自由を奪った。  
 暴れても女の力では到底敵わず、ただの無駄な徒労に終わっている。  
 
「こっ、この根性なし!こら、どこを触……」  
 胸元を手で押さえられ、反射的に振り向いたケイトの唇は、まるで狙い計られていたかのように塞がれた。  
即座に頭部を押さえられ、ケイトはそれを振り解けぬまま草むらへと身体を倒された。  
 反論を封じる口付けは容易には解かれず、撓う身体の線をなぞるように手が下方へと這う。衣服の中に  
指が忍び、肌を直に触れられる。人肌の感触に震え上がり、ケイトは堪らず蹴り飛ばしてやろうと  
意気込むが、彼は瞬時にそれを察し、意外にもあっさりと拘束を解いた。  
 酸素を求めて呼吸を乱すケイトを満足気に見下ろし、彼は勝ち誇った様子で笑みを浮かべている。  
「わかったよ。その条件呑んでやる。ただし無期限でな」  
「おま……覚えてろ……」  
 ロイドに異様に高い理想像を吹き込むか、或いは如何にライラが非常識な人間であるかを説いても良い。  
軽率な行動を後悔させる術はいくらでもある。  
 たとえ泣き付かれても絶対に妥協しないことを心に誓い、ケイトは固めた拳を地へと落とした。  
 
 
 甚大な被害を受けたラスニールの復興も、ライラの悲願成就も、双方共に相当な時間を要する。  
 神竜の力によるものか、頻繁に出現していた魔物は全く姿を現さなくなっていた。ティトが気に掛けずとも、  
種族間の争いは嘘のようになくなったのだ。  
 しかし、彼らは決してその存在を消したわけではない。神竜の棲む森は確かに存在する。急成長を  
促された木々は天高くそびえ立ち、数多の生命を抱え、侵入者を拒むようにその入口を閉ざしている。  
 森は今も成長を続け、より堅固な不可侵領域を築き続けている。それ故その森は人々に畏れられ、  
いつしか誰一人として近付かなくなった。  
 
 ラスニールが落ち着きを取り戻した後も、世界は常に目に見えぬ不可思議な気配に包まれていた。  
 彼らの存在が記憶から薄れて来ようとも、ふと空を見上げる度に、ケイトもティトも在りし日の  
断罪の旋律を思い出す。残された深い爪痕と共に、それは永遠に二人の記憶から消えることはないだろう。  
 
 不滅の空は未来永劫変わりなく、この世の全てを繋ぎ止める。  
 今日もまた、全てを統べる天空に、命の系譜が響き渡る──  
 
 
 

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