様子のおかしいティトを置き去りにし、家へと戻ったケイトは書物を整理している母の姿を目に留めた。  
 
 母の名はディアナ。ケイトもティトも、母親に前科があることを知っている。詳細は教えられていないが、  
その咎故に二人の母は堂々と外を出歩くことができず、外出の際は必ず身を隠す。しかしそのおかげで、かつて  
全世界に広まっていた罪人としてのお触れもいつしか人々の記憶から薄れて行った。  
 その記憶を呼び覚まさないためにも、ディアナは極力外出を控え、息子のために家で魔道の勉学に励んでいる。  
 ティトが養成所で始終不真面目な態度を取っているもう一つの理由は、そもそも通う必要がないからだ。魔道を  
学ぶのなら母から教わる方が手っ取り早く、より確実。ケイトも幼い頃から父親に剣の指導を必死に頼み込んで  
いたが、今となってはケイトの成長の手助けをしているのは皮肉にもライラのみとなってしまった。  
 
 どれほど待っても、一向に戻って来ない父親。母はただ帰りを待っている。  
 時折見せる哀愁漂う表情が、その心中を有り有りと示す。そして、今も。  
「母様……」  
 呟かれた名に、ディアナが顔を上げた。その表情は、既にいつもの優しい笑みに戻っていた。  
 我が子を大切に育て上げ、誰よりも二人に優しく接する母親。前科などケイトにとっては関係ない。  
「もう、忘れた方がいいよ。父様のことなんて」  
「……ケイト」  
「いつもはぐらかしてるけど、本当は知らないんでしょ。今、どこで何してるのか」  
「…………」  
 返答に困り果てる様子こそが真の答え。それでもディアナは笑顔を湛えたまま、愛しげに娘を抱き締める。  
「二人がいてくれればそれでいいの。だからせめて大人になるまで、どこにも行かないでね」  
 ディアナにとって唯一つの切実な願い。ケイトは黙って頷いた。決して弱音を吐かない母が寂しさに  
押し潰されないよう、ずっと傍で守ると決めているのだ。  
 
 
 翌日もケイトは養成所へと向かった。家族を守る確実な力をつけるため、しつこくちょっかいを出して来る  
ライラを利用して鍛錬を続けた。セラが実戦場に顔を出すようになったことを不思議に思いながらも、特に  
気に掛けることはなかった。  
 
 そんな彼女をも巻き込む出来事は、ちょうど四人が揃った某日に起きた。ライラの過剰な挑発に乗り、付近の  
森まで場所を移動したケイトが、自分達を追うセラとティトに気付き一時休戦となったその頃。  
 控え目ながら頻りに向けられるセラの視線に、当人であるライラが真っ先に気付いた。  
「誰だ?」  
「国の王女くらい知っとけ……」  
 呆れながら呟くケイト。セラの様子を気にするティト。  
 いつも通りの光景。この日も、何事もなく過ぎ去るはずだった。  
 
 それを打ち崩したのは、突然背後に現れた漆黒のマントに身を包んだ女の声。  
 
「──早くしなさい」  
 
 謎の言葉が四人の耳に届いた直後、周囲の風景が歪み出す。  
 この時ティトは見逃さなかった。淡い光が四人を覆い出す直前の、ライラの表情の変化。  
 
 気付くとそこは森の中。先程まで居合わせていた森とは明らかに異なる見知らぬ土地。振り向いても、  
女の姿は既にない。  
「転送されたようだね」  
 全員が口を閉ざす中、特に慌てる様子もなく、周囲を見渡しながらティトが状況を口にした。  
 どの大陸の、どの森に転送されたのかは誰一人としてわからない。更には森と言えば、どの地域でも例外なく  
魔物の巣窟と化している。長居するわけにはいかないが、どこへ向かえばいいかも判断がつかない。  
「戻らないと……」  
 状況を理解するなり、ケイトが呟いた。深刻な表情を湛え、取り乱した様子でティトの袖を掴み、訴え始めた。  
「早く戻らないと、母様が一人になる!どこにも行かないって約束したんだ!おまえの力で戻れないのか!?」  
「ケイト、落ち着いて。ここがどこかわからないんじゃ無理だ。移動系の魔法はそんなに単純じゃないんだよ」  
「同じ方向に歩いていればそのうち抜けるだろ。街でもあれば場所がわかる。日が沈む前にここを出るぞ」  
 付近の気配を警戒しつつ、ライラがその場を取り仕切ると三人は無言で同意した。ティトからは距離を置き、  
ライラの隣には落ち着いて居られないセラにはケイトが付き添って先陣を切り、背後を男二人が守る陣形で  
四人は歩みを進める。  
 
 隣を歩くライラはティトにとって、今やライバルと化した不可解な男。探りを入れるならば今が好都合。  
 先陣を切る女二人と距離を取り、ティトは彼に不躾な質問を投げ掛けた。  
 
「さっきの女、あんたの仲間だろ」  
 二人の歩みが止まるのは最早必然。ケイトとティトの知り合いでもなく、かと言ってセラの知り合いとは  
考え難い謎の女。だとすれば、残るは唯一人。  
「ずっと黙ってたけど、ちょっと不味い状況だから言っとくよ。あんた、どこかのモルモットだろ?」  
「……モルモット?」  
「その首輪と頭に付いてるそれ。その風貌知ってるんだ。実験体に番号の付いた首輪を嵌めて飼う都市。  
 どうせそこの生まれなんだろ。実はもう洗脳でもされてるんじゃないの?」  
「…………」  
 家にある書物を読み漁り、偶然身につけた知識。付け焼刃の知識を突きつけられたライラは、視線のみを注ぎ  
押し黙る。  
「何も言い返さないってことは、図星?」  
「さあな?」  
 誤魔化しながらも不意に浮かべられた笑みは、どこか寂しげで、自嘲さえ感じ取れる。それでもティトは、  
決して予断を許さない。  
「あまりケイトに近付くな。セラにもだ。あんたの化けの皮、今に剥がしてやるよ」  
「やってみな。やれるもんならな」  
 相変わらずの挑発文句を最後に、二人の間に沈黙が落ちた。それから森を抜けるまで会話が交えられることは  
なく、左程強力な敵にも遭遇することなく、日が暮れる前に四人は小さな村に辿り着くことができた。  
 森から大分離れた小さな村。周辺に人里はなく、休息を目的に訪れる旅人が多い。  
 一体今、どの大陸にいるのか。情報を得るならば酒場が基本。村の酒場を訪れた一行は、しかしそこで自分達の  
居場所よりも気掛かりな情報を耳に入れた。  
 
 この世界には、様々な伝承が存在する。明らかに作為的なものから、現実に存在するものまで幅は広い。  
 その誰もが信じることのなかった作為的伝承の中で今、突然現実味を帯びてきたものがある。  
 
 この世のどこかに存在すると謳われる、三頭の竜の伝説。  
 紅蓮の鱗を纏い、魔を司るとされる魔竜。  
 漆黒の鱗を纏い、力を司るとされる覇竜。  
 純白の鱗を纏い、命を司るとされる神竜。  
 
 三頭はその存在だけで人ならざる者、つまり魔物の秩序を保っているという根も葉もない話だが、現に村を  
南下した先で黒い竜を始めとするドラゴンが続々と目撃され、調査、或いは討伐を目的とする、各国を代表した  
人間で構成された隠密隊がその森に駐屯しているとのことだった。  
 
 ドラゴンとの遭遇話に怯えるセラと、他人事のような顔で宙を見遣るライラの隣で。ケイトとティトは  
優れない表情を浮かべていた。  
 
 紅蓮の鱗を纏う魔竜。二人はこの姿に似た竜の話を記憶に残している。  
 二人の母であるディアナが唯一誇れる奮闘の歴史。あまりの魔道力に通常の魔法では全く歯が立たず、  
最高クラスの禁呪に手を染めたことで倒したという赤い竜。わざわざ父の居る前で、胸を張って自分の勇姿を  
語る母の姿を二人はよく覚えている。  
 更に今、自分達の中に潜む白竜の存在。偶然であって欲しいと願いつつも、二人は自覚していた。  
 白竜に取り憑かれたあの日から、最早後戻りのできない状況となってしまったこと。  
 
「行ってみよう」  
「い、行くんですか……?」  
 ティトが口にした決意に、怖々とセラが反応した。実戦経験のない彼女にとって、未知のドラゴンとの遭遇は  
恐怖でしかない。そんなセラを気遣い、ケイトはティトに小声で耳打ちする。  
「何も、セラまで巻き込まなくても……」  
「わかってるよ。でも僕ら二人、ずっとこのままでいるわけにもいかないだろ。母さんのあの話も、もしかすると  
 関係あるかもしれない。折角掴んだ手掛かりを手離すつもりはないよ」  
「それはまぁ、そうだけど……」  
 向かうならば日が長い方が良い。その日は宿で休み、朝から村を南下する計画となった。しかし、怖気付き、  
途方もない不安で表情を曇らせるセラの意向を無視するわけにはいかない。  
 ケイトとライラを宿の確保に向かわせ、ティトは彼女を酒場に残し適当な席に座るよう促した。  
 周囲に人がいる状況。手を出す気はないというサインを理解し、彼女はおとなしく従った。  
「本当に行くんですか?何のために?」  
「いいかい、セラ。これからの行動は全て僕らの都合だ。怖いならここに残ってもいい。ただ、駐屯地に  
 辿り着くことができれば身の安全は保障されると思う。うまく行けば国に戻る手配までしてくれるかもしれない。  
 特に君の場合はね」  
「でも、道の途中でもし何かあったら……」  
「僕もケイトもついてる。危険な目には遭わせない」  
 何故わざわざ、自分達に無関係なことに首を突っ込むのか。何故自ら危険を冒す真似をするのか、セラには  
理解できなかった。しかし、言われるがまま見知らぬ土地に一人で残るなどできるはずもない。  
「……、わかりました。気は進みませんが、あの人もいますし……」  
「…………」  
 
 ケイトは強い。しかし、ケイトを純粋な力で圧倒するライラは更に強い。それはティトも認めている。  
 しかしそれが事実だとしても、仄かに頬を染めて視線を落とすセラの様子を目にする度、ティトの心に黒い  
負の感情が渦巻く。  
「セラ……、何度も言うようだけど、本気?」  
「な、何が、ですか?」  
「惚けるな、ライラだよ。見てればわかる」  
 煮え切らない態度を示し続けるセラに、ティトは珍しく苛立ちを抑えられずにいた。  
 こんな流れにするつもりではなかった。彼女を安心させるために残したはずだった。しかし、ライラを思う  
セラの姿に、最早本来の目的などどうでも良くなっていた。  
「別に僕を見ろって言ってるんじゃない。君のために言ってるんだ。あいつだけは絶対にやめるべきだ」  
「どうして……?」  
 まるで理解し難いものを見るような視線。ティトにとっては不快でしかなく、醜い感情を自覚しながらも  
胸の内を吐き出さずにはいられない。  
「君より僕の方がずっとあいつのことを知ってる!粗暴で乱雑で、絶対腹に何か抱えてるんだ!」  
「ティト……?」  
「現に今こんなことになったのも、全部あいつのせいかもしれない!それに実際、純粋な人間かどうかも……」  
「……!」  
 ティトの懸命な説得は、セラの不穏な表情により中断を余儀無くさせられた。普段は見せない怒りの眼を湛え、  
彼女は静かにティトを睨み付けている。  
「貴方が……、そこまで他人を貶めるような人間だとは思いませんでした……」  
「……?セラ?」  
 勢いに任せ過ぎたかと思っても既に手遅れ。このままでは彼女との間に、修復不可能なほどに深い溝が  
できてしまうことを、ティトははっきりと予感した。  
「ちょ、ちょっと待ってくれ。僕は何も根拠もなしに言ってるわけじゃ……」  
「関係ありません。人であることを否定するなんて、人間に対する最大の侮辱です。  
 ティト。貴方、最低です。貴方のような人間は大嫌いです!」  
「!!」  
 ティトの瞳を正面から見据えてはっきりと言い放ち、セラは不機嫌な様子で酒場を飛び出した。  
 周囲から痴話喧嘩かと冷やかされながらも、ティトの耳には何の言葉も入らない。  
「大……嫌……」  
 生まれてこの方一度も掛けられたことのない、全く以て無縁だったはずの言葉。  
 セラの残した残酷な響きに打ち拉ぐティトに、酒場の店主から慰めの酒瓶が手渡されていた。  
 
 
 一人になりたいというセラの希望で、女二人で泊まる予定だった宿の一室は姉弟であるケイトとティトが  
使用することとなった。  
 気分転換に付近を散歩し、部屋に戻ってシャワーを浴びてもケイトの気分は晴れない。  
 ケイト自身が気分を害しているわけではない。ティトが酷く落ち込んでいるのだ。  
 乾き切っていない髪を腰まで垂らし、肩に掛けたタオルで胸を隠し、灯りもつけずに窓際のテーブルに  
突っ伏している弟にケイトは皮肉の言葉を掛けた。  
「セラに振られたって?女を使って国を乗っ取ろうなんて、馬鹿なこと考えてるからそうなるんだよ」  
 それにしても意外に打たれ弱い。弟の意外な一面に驚きつつ、喉を潤すためティトが飲んでいたであろう、  
傍らに置かれていた瓶を何気なく奪い、中の液体を流し込んだ。  
「……っ!?」  
 喉元を過ぎる液体に、その通り道をことごとく焼かれる感覚。予期せぬ不快な熱に耐え切れず、咽せ返りながら  
瓶のラベルを確認するとそこにははっきりと『アルコール』の文字が刻まれていた。  
「弱いくせに自棄酒か!どこの親父だおまえは!」  
 僅かに顔を上げ、ティトは瓶底をテーブルへと乱暴に叩き付ける人物を見上げた。  
 虚ろな瞳に映る半裸の女の姿。身長に加え、解かれた髪の長さも金色に輝くその様も、脳裏に焼き付いた  
『彼女』に酷似した姿。厳密に言えば至るところが異なってはいるが、今のティトにはその判断がつかない。  
精神的ショックと体内を巡るアルコール成分から思考回路は完全に短絡し、最早その役目を失っている。  
 弟の情けない姿に呆れ果て、溜息をついてテーブルから離れるケイトの背に、黒い人影が落ちた。  
 背後に近付く弟の気配に振り向いた瞬間、ケイトの身体は傍らのベッドの上へと突き飛ばされていた。  
「!?な、何だよ?」  
 追うようにベッドの上へと乗り上げるティトの下で、ケイトは全く事態を把握できずにいる。  
 先程の嫌味が癪に触ったのかと勘繰るも、それとは明らかに様子が異なる。月光を背にして影を落とし、  
俯いたティトの顔から表情を読み取ることはできない。  
 男である上、ある程度剣も心得ているティトはケイトと同等かそれ以上の力を持つ。力の限り握り締められた  
手からは痛みが生じ、ケイトは堪らず顔を歪ませた。  
 
 この時ならば、まだティトを突き飛ばして無理やり酔いを覚ますことも可能だっただろう。  
 どれほど女に見境がないとは言え、流石に血の繋がった人間には手を出すまいという思い込み。少し考えれば  
すぐに気付いたはずの危機を、ケイトは全く捉えることができなかった。  
「ティト?どうした……?」  
 一枚のタオルだけで隠された胸は簡単に晒け出され、その白く柔らかな丘の上を細い指がゆっくりと這う。  
 頂上周辺をなぞる指にいくら弄ばれようと、ケイトは不可思議な何かを目の当たりにしているかのように、  
ただティトに視線を向けていた。  
 心地良いなどとは感じない。その類の感性を素直に享受している場合ではない。様々な思念の入り交じる  
マイナス方向に突出した行き場のない感情が、鮮明に伝わって来るのだ。  
 しかし胸の先端を舌で擦られた瞬間、ケイトの身体は否応なしに女の反応を示した。ティトはその反応を欲し、  
執拗に目の前の身体を求めた。  
「こ、こら!目を覚ませ!誰に手出してるかわかってんのか!」  
 ケイトの一喝と同時に、ティトの動きが止まる。ラスニール城に忍び込んだ時に吐かれたセラの台詞とよく似た  
言葉が、混沌としたティトの心中を掻き乱す。  
「まだ……言うのか……」  
「……?」  
 言葉の意味が理解できずとも、ケイトはティトの中に別の感情が芽生えたことを察した。  
 嫉妬とも哀しみとも取れる、深く、静かな激情。それが一体誰に向けられたものであるか。弟が今、姉である  
自分を見ていないこともわかっていた。  
「おまえまさか……本気でセラを……」  
 言い掛けた瞬間、ティトの手が下半身へと滑り込む。相手を身内と油断し、無防備極まりない姿を晒していた  
ケイトは容易に一糸纏わぬ姿と変えられ、もどかしく、慣れない指の圧迫に息を呑んだ。  
 正気でないティトを気に掛ける気持ちが先立ち、妨害しようにも手を出すことができない。意を決して殴り倒し、  
気絶させようものならば恐らく自分まで巻き込んでしまう。無理に逃れようにも今のティトならば、力ずくで  
この場に押し留めるはず。  
 脱出手段を考えているうちにも、ケイトの身体は熱に侵されて行く。伊達に長く夜遊びを続けて来たわけでは  
なく、朦朧とした意識下でもティトは女の身体をよく理解している。  
 
 押し除けようにも腕に力が入らない。痛みを感じるならばまだしも、ライラに身体を慣らされてしまっている。  
このままではまずいとわかっていても抵抗も儘ならない。  
 手が離れた瞬間に、力を振り絞って気絶しない程度に伸すしかない。何とか脱出方法を考えつつもティトの  
様子を窺う余裕はなく、ケイトは声を殺してその時を待っていたが、物事は思い通りには進まないもの。  
「っ!?」  
 指が抜かれると共に、意表を突くように唇を塞がれた。その瞬間、ケイトの脳内で巡っていた企みは完全に  
吹き飛んでしまった。  
 ケイトにとって接吻は初めてなのだ。それをまさか、弟に奪われようとは思いも寄らない。しかし、思考と  
共に吹き飛ばされた判断能力は、最も好ましくない事態を迎えることで危機感と共に取り戻されることとなった。  
 熱く固い何かが自分の体内に侵入する感覚。ケイトは慌てて唇を外し、ティトの頭を押さえて声を荒げる。  
「ばっ……!馬鹿、やめろ!自分が何してるのかわかって……」  
 言い終える前に、その口は噤まれた。わかっていないからこそ、今の事態があるのだ。  
 躊躇なく根元まで埋め込まれ、即座に開始された緩やかな抽送。ここまで来てしまった以上、最後まで  
突き進められる覚悟を決めなければならない。  
 手前まで引き抜かれては奥まで押し込まれ、繰り返される同じ動きに押し殺された声が上がる。  
 速まる動きに合わせて揺れる乳房を無造作に掴まれ、それを支点に勢いを付けて腰が振られ。  
「ん……くっ……!こ、このっ、酔っ払いが……!何か言ったら、どうだ……」  
 端から見ると八つ当たり以外の何物でもない行為。しかし今、ティトの意識下に在るのはセラの姿。どれほど  
皮肉ろうともケイトの声は何一つ届かず、沈黙を守っているティトの言葉もケイトに向けられるものではない。  
 必死の強がりは何の意味を成さず、単調な、しかしながら確実な快感が常に全身を駆け巡る。  
 ティトの動きは相手の状態を一切考慮しない、ただ自分の欲望を追求するだけのもの。ある一線を超えた瞬間  
ケイトに直に伝わり始める快楽を、本能のままに追い求めている。  
 
 恐れていたその瞬間はすぐに訪れ、それは同時に終わりが近いことを示していた。  
 身悶えするケイトの肩を掴み、夢中で行為に没頭するティトを止める術はない。絡み合う粘液が全身を巡る  
快感を頗る増長させ、欠片も残っていないティトの自制心を完全に破壊する。  
「ティ、ト……!やめ……っ、うあぁっ!!」  
 たとえ届かずとも訴えないわけにはいかない。深い快感を覚える瞬間は互いに完全に一致する。その全てを  
享受するケイトにとっては堪ったものではない。  
 身体が震え、声を出すことは愚か呼吸すら満足にできない。ティトの飽くなき欲求が満たされるまで強制的な  
絶頂を何度も味わい、目くるめく快楽に幾度も意識が遠退き。時間感覚も判断能力も何もかも、既に麻痺していた。  
 邪魔な負の感情を全て吐き捨てるかのように強く腰を叩き付けられ、嬲り尽くすかのように最奥部を猛打され。  
 脳の奥から骨の髄まで、全てを侵蝕する耐え難い快楽。最後に二人同時に限界を超え、子宮に向かい精を放った  
ティトは力尽きるように倒れ込んだ。  
 
 肩で息をするケイトの隣で安らかな寝息を立てる弟に、既に意識はない。理不尽な扱いを受けたケイトは  
やり場のない怒りを覚えていた。  
「こ……こいつは……っ」  
 叩き起こそうにも、酔いが醒めなければ話にならない。傷心していることにも変わりはない。  
 握り固められた拳を解き、ケイトは憤りを抑えてティトに休息を与えた。気だるい身体を起こす気力もなく、  
そのまま弟の隣で静かに眠りについた。  
 
 
 小鳥の囀りと共に、時の針が卯の刻を刻む頃。東向きの窓より朝陽は早々に室内へと差し込み、二人を夢から  
現実へと引き戻す。二人同時に薄っすらと目を開けるなり、視線を交えたティトが訝しげに呟く。  
「……何で一緒に寝てんの?」  
「…………」  
 何も記憶に残していないティトを一思いにベッドから蹴り落とし、ケイトは早々に身支度を始めた。  
 しかし自分の仕出かした不始末を全く覚えていないとは言え、白竜を通してケイトが感じた深い劣情は今でも  
ティトの心の底に残っている。普段から劣等感を感じたことのない人間ほど、立ち直りは遅いもの。  
「ティト。セラのこと、まだ気にしてるのか?本気ならそれくらいでへこたれるな。らしくないぞ」  
「……、確かに、らしくないね。それ、慰めてるつもり?」  
 一瞬沈んだ表情を見せたティトは、すぐに普段の余裕の笑みを湛え、からかうように皮肉を返した。  
 この様子ならば大丈夫だろう。気を持ち直した弟の様子を窺い、ケイトはそう解釈しながらティトに近付く。  
「じゃあ、もう何されても平気だな?」  
「何されても……って?」  
 意味を理解できていないティトの腕を掴み、ケイトは唐突にその腕を引いて弟の身体を床へと張り倒した。  
 直後、見事に決められた関節技。廊下にまで響き渡る苦悶の叫びが、その威力を物語る。  
「は、離せっ!僕が何したんだよ!というか君も痛いだろっ!」  
「知るか!人の大事なものまで奪いやがって!こうでもしないと私の気が収まらん!  
 これでチャラにしてやるって言ってんだ、ありがたく思え!」  
 激痛に耐えながらも尚与え続けられる体罰は、異変に気付き駆けつけたセラによって食い止められた。  
 窓の外から呆れた目でその光景を眺めていたライラにも急かされ、その場はひとまず事無きを得るも、ティトは  
納得の行かない様子で腕の関節をさすっている。  
 
 今は揉めている場合ではない。それは言わずとも、皆わかっていること。  
 向かう先は南の森の駐屯地。セラが恐れるドラゴンの棲む森に足を踏み入れなければならない。  
 決して良いとは言えない雰囲気の中、四人は村を後にした。  
 
 

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