村の南に広がる森。鬱蒼と繁る無数の枝葉が視界を阻む中、どこに潜んでいたのかと疑うほどの小型の  
ドラゴンの群れに一行は幾度も遭遇した。  
 その度に竦み上がるセラにはライラが付き添う。彼女を守ると宣言したはずのティトは、その当人に無闇に  
近付くことができない。迫り来るドラゴンは後方の二人には目もくれず、ケイトとティトにばかり群れるのだ。  
「な、なんで私達にばかり……」  
「おまえら先に行けよ。その方が安全だ」  
 懸命に応戦する二人の助太刀すらせず、傍観を決め込み更には厄介者のように自分から遠ざけようとする  
ライラからティトは決して離れない。たとえセラから賛同の視線を向けられようとも、姉弟で囮となり、二人を  
残すことなどできはしない。  
 我先にとこぞって前方の二人に突進するドラゴンの群れ。その勢いが衰え始めたのは、森の中の開けた空間が  
視界の先に見え隠れし始めた時だった。  
 
 戦い、或いは逃げ疲れた二人を待っていた、敵避けの結界に守られた安全区域。目指していた駐屯地だ。  
中には大小様々な大きさのテントが張られ、慌ただしい様子で武装した人間が行き交っている。魔を破る術を  
持つセラが結界の一部を中和し三人を中へと通すと、侵入者に気付いた一人の女が四人の元へと歩み寄った。  
「誰?ここは関係者以外立ち入り禁止……て、子供じゃない。迷子?」  
 褐色の髪を肩まで垂らした、決して若くはない女。生涯現役と言わんばかりに活力に満ち溢れた印象を振り撒く  
彼女は、四人を眺めるなり突然眉を顰め、ケイトとティトの顔を覗き込んだ。  
「……何だか、見てると無性に腹が立って来る顔してるわね……どこかで会った?」  
「い、いえ……」  
 独特の威圧感に負けずに否定の答えを返すティトの隣で、ケイトは一人微動だにせず、とある方向のみを  
注視していた。テントの隣の木の幹に寄り掛かり、明らかに暇を持て余している人物。慌ただしい光景に似合わず、  
やる気を微塵も感じさせない一人の人間を確かに捉えていた。  
「……父……様」  
 納得の行かない表情で父親の姿を見つめるケイトに次ぎ、姉の視線を追ったティトが納得顔で呟く。  
「あぁ、そういうこと」  
「あー……」  
 二人の呟きを耳にした彼女は、面倒臭そうにテントの裏側へと四人を誘導し今現在の状況を簡潔に説明した。  
 
 今しがた、長い間鼬ごっこを続けて来た黒竜が森の奥で発見され、どうにも対応に困っているのだと彼女は話す。  
 その話に疑問を感じたティトが、自ら会話の役目を請け負った。  
「討伐を目的とした部隊なのに何を困る必要が?」  
「いろいろ事情があるのよ。とにかく今は無駄な揉め事は起こしたくないの。悪いけど、あんたらの相手を  
 してる暇はないわ」  
「僕らもその竜に纏わる情報なら持ってる。間違いなく誰も知らないものだ。欲しければ教えてもいい。  
 ただし、情報交換が絶対条件だ」  
「……餓鬼のくせに、確証もない情報でこのあたしと取引しようっての?」  
 食い下がる二人。しかし暫しの睨み合いの後、先に折れたのは女の方だった。不確実なものであることも、  
今は少しでも情報が欲しいという点も双方に言えることで、取引は互いの利益となる。  
 
 
 全ては仮定であることが前提。三頭の竜の伝承が、本物であった場合の話だ。  
 
 十数年前、魔竜が人間の手によって倒された。魔物の凶暴化の兆候はその頃から表れ、今となっては手が  
つけられないほどに顕著となっている。昔は姿すら現さなかった覇竜までもが暴れ出し、人の住む島々を次々と  
潰す始末。  
 当然ながら倒してしまえば良いのだが、問題はもう一頭の存在。覇竜を倒すと次は神竜が現れるのではないかと  
いう憶測から、討伐に二の足を踏んでいるのだ。  
 行方も知れず、力の程もわからぬ神竜。覇竜以上の能力を備えていたとしたら、現状よりも最悪の事態に  
陥ることに違いはない。  
 
「確かな情報なんて何一つないし、どの国でも噂されてる話よ。誰も知らない話なんて、あるなら聞いてみたい  
 ものね」  
 確実であるとわかったことはただ一つ。彼女らが、神竜の情報を欲しがっているということ。無論自分達を  
危機に晒すような話をするつもりはなく、無難な範囲で神竜の情報を匂わせておけば良い。ティトは最初から  
そのつもりで取引を持ち掛けたのだが、真実は思いも寄らないところから暴かれた。  
「神竜ならここにいる」  
「!?」  
 誰も知るはずのない秘密。白竜に憑かれた姉弟を見遣り、それを平然と口にしたライラにケイトが振り向く。  
「おまえ、何故、それを……」  
 思わず彼の言葉を肯定するケイトに、ティトは深い溜息を吐いた。  
 
 端から見ると何の根拠のない戯言なのだ。慌てず冷静に否定しておけば、誰も信じることはない。しかし  
心配などせずとも、女の顔は疑いの色一色に染まっていた。  
「ふーん、その二人が?じゃあお祓いでもする?」  
 情報など最初から期待していなかったのか、明らかにからかっていると見て取れる口調で魔除けを提案する  
彼女に、二人は凍り付いた。たとえ冗談であっても、笑い事では済まされない。今白竜を追い出してしまうと、  
二人とも死んでしまうのだ。  
「ま、どうするかはあたしより上の人間に決めて貰わないとね。ちょっとそこで待ってなさい」  
 勢いを失った二人の様子から偽りの情報であると確信し、女は待機を言い渡して一時その場から姿を消した。  
 
 残された気不味い空気。耐え兼ねたセラが口を出す。  
「あの、何のお話でしょうか……?」  
「…………」  
 互いに視線で牽制し合い、誰も答えを口にしない。そこへ、唯でさえ重苦しい空気を更に重くする人物が現れた。  
限りなく黒に近い藍で染まったマントで全身を包み隠す姿は、まるで騎士。正しくケイトが凝視していた二人の  
父親を、女が強引に引き連れて来たのだ。  
 表情を曇らせるケイトに近寄り、彼女は笑顔を繕いながら『父親』を紹介した。  
「あなたのお父さん、ここの責任者なのよ」  
「だから、俺は承諾してな……」  
「今更四の五の言わない!」  
 犬猿の仲とも取れる会話を交わす二人を見つめるケイトは、完全に上の空。言葉にし尽くせぬ感情に震える  
姉の様子を横目で窺い、ティトは敢えて何も言わずに一連のやり取りを眺めている。  
「ほら、あんたの身内でしょ。神竜に取り憑かれてるらしいから斬るなり払うなり好きにすれば?」  
 彼女が湛えているのは、嘘をついた子供に罰を与えるかのような眼差し。無論二人の父も、彼女の言葉を  
鵜呑みにはしていない。  
 
 突然の再会を果たした二人の父親。全くやる気を見せないにも拘わらず覇竜討伐という重要な責務を負わされた  
彼は、祖国ラスニールの片割れであるラストニアの今は亡き統治者、国王ジラルドの息子と同じ名を持つ。  
しかし姓が異なるため、ケイトは全く無関係な事実として受け止めていた。  
 何も知らずに自分を睨む娘を見遣った彼は驚きもせず、にべもない言葉を吐き捨てる。  
「何故ここにいる。帰れ」  
「……!」  
 
 一途に帰りを待つ母への言葉も、自分達を気遣う言葉もない。  
 母がどんな思いをしていたか。何故連絡すら入れないのか。  
 募り募った疑心が抑え切れぬほどの憤りへと変わり、ケイトの心から溢れ出る。  
「母様も、私達も……、全部放り出しておいて何を偉そうに……」  
「黙って言うことを聞け。それから俺がここにいることは誰にも言うな」  
「どうして!母様がずっと、どんな気持ちで……!」  
 戻れぬ理由を知るだけでも、母は気が楽になるはずなのだ。しかしケイトがどれほど理由を求めても、彼は  
ただ無言で娘を見下ろすのみ。  
「帰れだって……?冗談じゃない……、こんな時だけ父親面するな!」  
 思いの丈をぶつけても、激情は収まらない。その場に居た堪れなくなったケイトは最後に捨て台詞を吐き捨て、  
有らぬ方向へと走り出した。  
「こんな所、居られるか!」  
「おい、ちょっと待て!一人はまずい!」  
「え!?あ、あの……、待って下さい!」  
 野生のドラゴンに狙われやすいケイトを追ってライラが走り出し、激高するケイトを頻りに気に掛けていた  
セラまでもが後を追う。  
「何だよ、帰りたいんじゃなかったのか……?」  
 選りに選ってセラまで。彼女の背を目で追いながら不満を呟き、取り残されたティトは再び溜息を吐いて  
父親へと振り向いた。  
「父さん、僕は別に何とも思ってないからね。ま、好きにしなよ。ケイトは僕が何とかしておくから」  
 返事も待たず、ティトはすぐに三人の後を追った。一部始終を面白がりながら見物していた傍らの女の言葉は、  
向けられた当人にしか届くことはなかった。  
 
「ロイド、あんたやっぱり最低だわ」  
 
 
 闇雲に走り抜け、辿り着いた森の奥。息切れは川のせせらぎに紛れ、ケイトの背後には後を追っていたライラが  
無言で佇む。  
「どうして、知ってる」  
「…………」  
「何故ばらした」  
「親がいるなら自分の元に置くか、無理にでも国へ戻すと思ったんだけどなぁ。これじゃ全く意味ねえよ」  
 肝心な質問に対する返答を誤魔化し、惚けた口調で答えを返す彼をケイトは非難の目で睨む。その瞳にセラと  
ティトの姿が映り、それ以上詰問が続くことはなかった。  
 しかし代わりに始められたのは、神経を逆撫でするようなティトの挑発。  
 
「ケイト。あんなやり方じゃ伝わらないよ。寂しいなら寂しいって言ったら?」  
「寂しい?誰が……」  
「母さんの容姿に憧れて髪を伸ばして、父さんの力に憧れて戦法を真似て。ほんと、君はわかりやすいよ。  
 まぁ、その感情的な性格は君の大好きな母さんに似たんだろうね。そのせいでただでさえ酷い確執が更に  
 悪化しても、君にとっては本望なんだろうね」  
「おまえ、喧嘩売ってんのか!?」  
 弟の指摘を、ケイトは全く自覚していなかった。腸が煮え繰り返る思いから実は図星なのだろうと自ら悟るも、  
募る苛立ちは収まらない。  
 
 そんな殺伐とした空気を打破したのは、予想だにしない者だった。  
 言い争いを続ける姉弟に困惑するセラの背に落ちる巨大な影。真っ先に不穏な気配に気付いたライラが、  
引き攣った表情で声を絞り出す。  
「おまえら……とんでもないものまで寄せ付けてくれたな」  
 二人同時に振り向いた先には、敵を睨んで息巻く巨大な黒い竜。  
 逃げるか闘うか──判断が下されるより早く、振り回された長い尻尾が四人の排除に向かう。  
 実戦経験のあるティトとライラは心配無用。問題はセラであると踏んだケイトが一番早く、彼女を庇うべく  
地を蹴った。  
「セラ!動くな!」  
 勢いに乗り、びくりと動きを止めた彼女の背に手をつく。突き飛ばされた彼女の行く手は黒竜の足元。  
予想以上に強烈な打撃を代わりに食らい、ケイトは何とかティトに目で合図を送るも側面へと働く力には抗えず、  
そのまま大きく弾き飛ばされてしまった。  
 近付く流水音から、川への落下の覚悟を決めたケイトを待っていたのは、復帰不可能なほどの断崖絶壁。  
 ふと、過去に無理に聞き出した母の昔話が蘇った。親子共々同じ道を歩むのかと苦笑しつつ、ケイトは重力に  
従い崖下へと姿を消した。  
「ケイト!」  
「やばい、この先は……」  
 名を叫んで駆け寄るセラより早く、顔色を変えたライラが川へと飛び込む。ティトはその様子を見ても決して  
気を急くことはなかった。非常事態である今こそ、冷静でいなければならない。  
 自分の中に潜む白竜の意識のざわめき。それすら全く歯牙に掛けず、セラを助けろというケイトの合図に従い  
彼女の腕を引いて黒竜からの逃亡を図る。幸いにも黒竜は追って来ることはなく、崖に沿って流された二人を  
追うもその姿は既に遥か遠くに消えていた。  
 
「まずい……。これ結局、あいつの、シナリオ通り、なんじゃ……」  
「……?何を言って……?」  
 息を切らす二人に、暫しの沈黙が落ちた。何も知らないセラにとっては、全く理解不能な事態だろう。しかし  
事情や秘密を明かすわけにいかず、第一信用されるはずがない。彼女を巻き込みたくなくとも、駐屯地へ後戻り  
している場合でもない。  
「ケイトを助ける。セラ、悪いけどもう少し付き合ってくれ」  
 滅多に見せないティトの真剣な眼差しに、セラは黙って頷いた。無鉄砲な姉の行動の末路など見慣れているが、  
今回ばかりは見過ごすわけにはいかないのだ。  
 村で見掛けた地図から、川の存在は知っていた。問題はその下流にある科学都市。  
 そこは、いつしか読んだ本で見掛けたマッドサイエンティストの集落。ティトが危惧していた、ライラが  
育ったはずの都市だ。  
 
 
 流れの緩やかな川下に流れ着き、重い衣服を引き摺り上げて何とか岸に上がった二人は言葉を交わす余裕もなく  
咳き込み、或いは飲み込んだ水を吐き出していた。  
 全く以て酷い災難。こともあろうかこんな奴と一緒とは。  
「自分から飛び込むなんて馬鹿か……」  
 心と口で別々の悪態をつき、ケイトは目前に構える城塞都市を見上げた。無機質な石壁に囲われた、不気味な  
雰囲気を漂わせる砦。不思議と何も言い返さず、黙って前方を睨み付けるライラの顔色は明らかに悪い。  
「……?おい、大丈……」  
「やっと連れて来たの?ちゃんと邪魔者は振り切ったようね」  
 身を案じる声を不意に遮る女の声。先日、養成施設の傍の森で現れた、地に着くほどに長い漆黒のマントを  
羽織った女と同一の声だ。黒と赤を基調としたビスチェを身に付ける彼女の姿は、まるで魔女。  
「何その目?まぁいい、ひとまず連れて行きなさい」  
 女の命令を機に、先程から一言も言葉を発さないライラと状況を全く呑み込めないケイトを、傍らの男二人が  
拘束し強引に歩かせる。  
 進路は城塞。二人は建物内の研究施設らしき一室まで連れ込まれ、そこで解放された。  
 疎らな人間と、何よりも見たこともない怪しげな小物や機器がケイトの目を奪う。興味深げな視線を送る  
ケイトの傍らで、行く先を先導していた女がライラへと振り向いた。  
「さて。約束通り、その娘は貰うとして」  
「貰う?何の話を……」  
 
 決して好ましくない言葉に反応したケイトの問いに、彼は一切答えない。いつものように自分を茶化し、彼女の  
言葉など適当にあしらって否定するのだろうと、ケイトは何の根拠もなく思っていた。  
「約束は守るんだろうな。こいつを差し出せば、本当に……」  
「おい!?何の話だよ!」  
 予想外の台詞に慌ててライラに掴み掛かるも、やはり彼は目を合わせない。湛えられた苦々しい表情こそ、  
彼が本気であることを窺わせる。これから自分は裏切られるのだと自覚しながらも、ケイトは心の片隅で信じ難い  
現実を否定していた。  
「あなた何も知らないの?ってことは、知られたくなかったのね?」  
 嫌な笑みを向ける女。ライラは険しい表情で睨みつけ口外を禁じるが、彼女は平然とその先を続けた。  
「こいつにはね、昔黒竜の血を注入してやったの。そのせいか、ドラゴンの意思がわかるようになっちゃってね。  
 こう見えて、他にもいろんな恩恵を授かってんのよ」  
「黒竜の血?まさか。どうやって……」  
「あれでも昔はまだおとなしかったの。犠牲を払えば少し怪我させて血を戴くくらいわけなかったんだけど、  
 どういうわけか最近は暴れ回っててね。まぁそんなことはどうでもいいとして」  
 彼女は恨みがましく自分を睨み続けるライラに向き直り、彼の期待を絶望へと変える言葉を口にする。  
「代わりの実験体を差し出せば元に戻れる?そんなの無理に決まってるでしょ。身体中の血液を抜き取って  
 分解していいって言うなら話は別だけど」  
「な……!?」  
「何驚いてんの?どうせわかってたんでしょ?だからずっと戻って来なかったんでしょ?  
 それとも、そんなにこの子と遊ぶのが楽しかった?」  
 怒りに染まる彼の表情は、どことなく既に覚悟を決めていたような印象を周囲に与えた。しかし、その覚悟が  
何なのかケイトにはわからない。  
「こっ……!この野郎!!」  
 冷静さを失い、怒りに任せて殴り掛かるライラの姿をケイトは呆然と眺めていた。突然明かされた、信じる  
ことなど到底できない彼の身の上の事情と本来の目的。全く頭が追い付かず、言葉もない。  
 男二人の手により即座に取り押さえられたライラに向かい、女は冷たい笑みを浮かべて歩み寄る。  
「野蛮ね。副作用も全部抑えてやってるのに。でも、役に立たない欠陥品は処分対象。そのために今回あんたを  
 回収したの」  
 
 彼女の両手が彼のこめかみへと伸びる。そこにあるのはただの髪飾りとしか思えなかった、装着されている  
首輪と同じ柄の、幅の広い大きな装身具。  
「待て、やめろ……」  
 いつも決まって人を馬鹿にした表情しか見せないライラの顔が、瞬時に強張った。  
 無情にも女にはたき落とされ、金属音を立ててケイトの足元へと転がったそれらは、一見何の変哲もないただの  
髪止め。しかしその裏側を見ると、無尽蔵に魔力を放ち続けると言われる魔道石が一面に埋め込まれていた。  
「何だこれ……?」  
「それ、どうせいらないしあげる。形見として持ってたら?」  
 縁起でもない言葉にケイトが顔を上げた直後、部屋中にライラの苦悶の叫びが響き渡った。膝をつき、その場に  
崩れ落ちる彼を女は鬱陶しそうに見下している。  
「やっぱり凄い拒絶反応ねぇ。早く楽になりたいでしょ?可哀想だから、せめてその血が馴染むようにしてやるわ」  
「おい、おまえ!何のためにこんな……!」  
 今にも悶絶しそうな彼を見兼ね、ケイトは声を張り上げた。いくら嫌いな男とは言え、彼は人間なのだ。  
目の前で人間外の扱いを受ける彼を放っておくことは、ケイトの信じる仁義に反する。  
「あぁ、その子はもういい。連れて行きなさい。こいつの行く末、見たくないでしょう?」  
 ライラを拘束していた男二人に腕を掴まれ、ケイトは地下へと続く階段へ強引に連れ込まれた。  
 頭を押さえて苦しむ彼の周囲に突如出現し、不気味な光を放つ魔方陣。それが、ケイトの瞳に焼き付いた  
最後の光景だった。  
 
 
 地下は牢獄。実験体として囚われた女子供が、怯える毎日を強いられる場所。後々面倒を起こさないために、  
身寄りのない孤児を中心に集められているのだと男は言う。  
「調べはついている。罪人の娘ならば、何が起ころうとも世間から厳しい目は向けられないというわけだ。  
 暫くここでおとなしくしていろ」  
 剣を取り上げられ、ケイトは牢の一室に幽閉された。扉は厳重に施錠されており、脱走は容易ではない。  
 
 罪人の娘。重い言葉が伸し掛かる。誰も知らないはずの事実を知り、保身のために接触して来た彼は一体何を  
思い、剣の相手をしていたのか。考えたところで答えが出るはずもなく、ケイトはその場にうずくまり目を閉じた。  
 啜り泣く女の声。無知故に、元気に大人を励ます子供の声。そして遠方より徐々に近付きつつある地鳴り。  
休もうにも、決して落ち着ける環境ではない。  
 
「……地鳴り?」  
 不自然な揺れに、ケイトは瞳を薄く開いた。先程までは一切揺れていなかった地下牢の石畳が、突然微かな  
振動を伝え始めたのだ。  
 研究員の騒ぎ立てる声が、上階で何かが起きたことを表している。やがてその喧騒が鮮明になった瞬間、  
突如局地地震のように一定間隔で伝わる揺れと、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が地下牢を襲った。  
「な、なんだ!?」  
 床に手をついて身体のバランスを保った直後、牢獄に響き渡る囚われの女の悲鳴。何事かとケイトが顔を  
上げると、そこには壁を破壊して地下へと飛び込んで来た一頭の赤いドラゴンが雄叫びを上げていた。人間の  
身の丈を僅かに越す程度の小型の図体ではあるが、周囲を圧倒するには十分な威圧感を振り撒いている。  
 殺気に満ちた瞳は囚われの女子供には向けられず、ケイトの姿のみを捉えた。目が合うなり、ドラゴンは  
施錠された檻へと突進し、渾身の体当たりを繰り返す。護衛と共に慌てて地下へと降りた黒マントの女が事態を  
把握した頃には、牢の鍵は完全に破壊されていた。  
 衝撃の反動で開いた扉の隙間から牢内へと侵入し、今にも食らいつき兼ねない気迫で獲物を睨む。戦闘に  
おいては傲慢な態度を取るケイトでも、流石に武器を持たない現状では戦おうなどという気は起きない。壁まで  
後退る『獲物』へと迫るドラゴンを確認し、女が護衛に向かって指示を出した。  
「今のうち!鍵閉めて!」  
 歪んだ扉が閉じられ、牢内に逃走したドラゴンを残し再び錠が下ろされた。  
 逃げ場を完全に失ったケイトに、肉を食らう牙が近付く。しかし何気なく視線を下方へと移した途端、極限まで  
達していた危機感は驚愕へと一変した。伸ばされた首に、見覚えのある首輪が嵌められていたのだ。  
「その首輪……、おまえ、まさか……!?」  
 肉を引き千切りに掛かるかと思われた鋭い牙は、本来の役目を果たすことはなかった。敵であるはずの人間の  
姿を捉え、安心したように眼を細めたドラゴンは代わりに長い舌を差し出して頬を舐め、ケイトの身を震わせる。  
「あら、随分気に入られてんのねぇ」  
 事態の収拾を見計らって牢に近付いた女は、からかうような口振りでケイトに声を掛けた。彼女がライラを  
ドラゴンに変えたのだということは、状況から考えても明白。  
 
「あいつに何をした……」  
「黒竜の血が人間の身体に合わないなら、いっそのこと竜になってしまえばいい。苦しみから解放してあげたのよ。  
 何か問題でも?」  
 悪びれる素振りすら見せず、平然と非人道的な台詞を言って退ける女。じゃれ合おうと付き纏う彼を無理やり  
押し退け、自分の信条と相反する道を歩む彼女を、ケイトは強く睨み付ける。  
「人間は道具じゃない……。意味のわからないふざけた実験のために……!」  
「ふざけた実験?世間知らずの小娘が戯言抜かしてんじゃないわ。一部の動植物の血肉や根に回復作用や  
 致死作用があること。今では常識となってる知識が、何の犠牲もなしに得られたと思ってるの?」  
「そんな屁理屈……、って踏むな!離れろ鬱陶しい!」  
 人間と戯れるドラゴン。護衛の男を先に上階へと向かわせ、女は通常の手段では決して見られない珍しい  
光景を眺めていたが、やがて飽きた様子でつまらなそうに檻を離れた。  
「正直黒竜の血を甘く見てたけど……そいつ、今は完全に野生のドラゴンだから。一応本人の脳は健在だし  
 潜在意識くらいは残ってるんじゃない?とりあえず、あんたも含めてどうするか相談してみるわ」  
「ちょ、ちょっと待……」  
 大人しくなったドラゴンを牢に残し、彼女は地上へと姿を消した。呆然と地下通路を見つめるケイトの頬に  
再び長い舌が這う。普段と何分変わらぬしつこさに振り向き掛けた途端、不意に両脚が地を離れた。  
 背後から襟を咥えられ、牢の隅へと無造作に落とされたケイトの衣服の中に、彼の鼻が潜り込む。上へ上へと  
寄せられた服の裾から現れた双の膨らみをざらついた舌が伝い、やがて触れた先端を丹念に舐め始める。ケイトが  
どれほど力を振り絞って顔を退けようとしても、一寸たりとも動かない。  
「おま……、こんな時に何を、っ……!」  
 もう一方の胸へと舌を移しては甘い刺激をひたすら与え、彼はケイトの身体から力を奪う。  
 
 何故こんな事態に陥っているのか。これから何をされるのか。執拗な愛撫を受けながら、女の残した言葉から  
ケイトは薄々感付いていた。  
 囚われた女はいくらでもいる。にも拘わらず、彼はケイトの元へと真っ先に駆け寄った。おそらく、僅かに  
残された人間としての意識がそうさせたのだ。そして『雌』を見つけた野生の獣が取る行動は何か。答えは  
自ずと限られて来る。その答えを裏付けるように、彼の鼻が下半身へと移動した。  
 
「やめろっ!おい!蹴るぞ!」  
 通じるかどうかもわからない人間の言葉での威嚇を続け、固い顔面へと蹴りを入れても彼の行動の阻害にすら  
ならない。それどころか、脚を振り上げた弾みで腰が浮いた瞬間に器用にもショートパンツを下着ごと食い破られ、  
『雌』の臭いを最も漂わせる場所へと鼻先が近付いた。  
 決して内部へは侵入せず、機械的に表面のみを嘗め回す舌は幾度も陰核を擦り上げ、その都度ケイトの身を  
強張らせる。身体は徐々に熱を帯び、疼きを覚えた下腹部は本人の意思とは無関係に『雄』を欲して潤いを  
溜め込み始める。  
「な、何で……いつも、こんな目に……」  
 経緯は違えど、普段から頻りに強要される交接。自分の性(さが)を恨みながら、ケイトは余儀なく彼の行為に  
甘んじた。  
 石壁に仕切られているとはいえ、声は周囲の女子供にも届いている。  
 決して他人に知られるわけにはいかない痴態。途切れぬ快楽に耐え、自ら口を塞いで微かな声をも封じて  
いるうちに、這いずり回っていた舌が下腹部から離れた。  
 鼻先で身体を裏返され、俯せとなったケイトの身体に鈍い重みが掛かる。広い腹の下に挟み込まれた身体は、  
脱出は愚か身動きさえ取れない。それでもどうにか抜け出そうと振り絞られる力も、ドラゴンの力の前では  
全くの無意味。  
 ひ弱な抵抗など気付きもせず、彼はまるで壊れ物を扱うように遠慮がちに背筋を舐める。全身へと広がる  
悪寒から、ケイトの身体から力が抜ける瞬間。彼の狙いはそれだけだった。  
「うっ!!」  
 人間のものでない、不快な侵入物にケイトは顔を顰めた。  
 種付けの意志を持った獣の生殖器官。人間には大き過ぎると思われたそれは、小型のドラゴンであるが故、人の  
同器官に裂傷を負わせるほどのサイズには達していない。  
 潤滑剤の役割を果たす滑りが、より深くへの挿入を促す。繁殖という動物的本能の下、すぐさま小刻みで  
単調な動きが始まった。やや細くはあるものの、雌の膣内への挿入という共通の役目を負う点で、獣と言えど  
感覚は人間のそれと左程変わりはない。しかし、相手は猛獣。魔物の中でも獰猛な部類に属するドラゴンとの  
交わりへの恐怖が何よりも先立つ。万が一子を宿しでもしたらと思うと、気が気ではない。  
 
 それでも、彼の人間としての意識は確実に潜んでいる。獣らしくもない、女の身体を熟知しているかのような  
扱いからケイトは確信していた。しかし名を呼んで閉ざされた意識に働き掛けようとも、何食わぬ顔で続けられる  
生殖行為に無駄であることを思い知らされる。  
 膣内で蠢く獣の肉塊。触れたそばから周囲の肉壁を掻き乱し、互いを高みへと導いて行く。どちらのものも  
知れない耳障りな水音は牢内に響き、突かれる度に腹から絞り出される声を押し殺すことは最早容易ではない。  
「ライ、ラ……、ちゃんと、聞こえてるんだろ……、っあ……っ」  
 心のどこかで返答を期待するケイトの耳元に届くのは、獣の低い呻り声。積もり積もった快感は既に恐怖など  
物ともせず、女の悦びをケイトの身体に刻み込む。  
「く、うっ……!な……なんで、こう、私の周りは、最低な奴ばかり、なんだろな……」  
 唇を噛み締めて快楽に耐え、いつものように皮肉を吐いても何の返り文句もない。  
 自分勝手で人の心を汲まない弟、何を訴えようとも全く取り合わない父親。そして散々手篭めにしておきながら、  
最後の最後に手の平を返した剣の相方。  
 途方もない虚しさだけが心に残っていた。  
 もう、どうにでもなればいい。瞳を伏せ、母との再会すら諦め掛けたケイトの心に付け入るように彼の陰茎が  
暴れ回る。  
「いっ……!?あ、あぁっ!!」  
 現実から目を背けたケイトの意識は、快楽の享受という逃避行為に注ぎ込まれた。  
 彼の陵辱を自ら受け入れることで軽減される、心身への負担。逃避を求めることにより研ぎ澄まされる神経を、  
より顕著となった快感が巡り巡る。しかし何の変化もない動き故に、そう簡単に達することはない。  
 やがて拳を握りながら悶え続けるケイトの中で、小刻みな抽送を繰り返していた肉茎が脈打ち始める。  
そのまま子種を注ぎ込まれるも、終わるかと思われた番い行為が終えられることはなく、単調な抽送が再開された。  
「だ、から、しつこいって、何度……、はぁ……あっ……」  
 確実に子を成そうとする習性か、ケイトは容易には解放されない。先程までとは打って変わり、内臓を  
揺さ振るような激しい責め苦に何度も達し、その度彼は然も当然であるかのように勢いを保ち、犯し続ける。  
 
 周囲を気に掛ける余裕など既にない。労わりを込めて身体を這う舌が余計に昂ぶりを与え、聞くに堪えない  
声を牢に響かせている。いい加減、尽き果てるのではないかと思われるほどに何度も精を注ぎ込み、最後は大きな  
両の眼を眠たげに閉じ、彼はケイトを解放した。  
 止め処なく溢れ出る粘液が、彼の果てしない精力を物語る。ケイトは俯けのまま、傍で丸くなっている  
ドラゴンに視線を送るが、その顔に彼の面影はない。  
 心に穴が開いたような、不思議な悲しさに襲われていた。  
 
 
 数刻後、ヒールの響く音が牢に響き渡り、漆黒のマントを羽織った女が姿を現した。  
「何?その格好。もしかして襲われたの?」  
「黙れ……」  
「余計なことしてくれたわねぇ……今はドラゴンと交わった人間なんて要らないんだけど」  
「…………」  
 最早言い返す気力もない。視線を地に落とし生気を失ったようなケイトを見遣り、女は口元を歪めた。  
「そんなに落ち込まないの。別に二人まとめて殺そうってわけじゃないんだし。そいつの処分内容を教えに来て  
 あげたんだけどこの分だとあんたも一緒かもね」  
 ろくに興味も示さず俯き続けるケイトへ牢越しに近付き、女は満面の笑みを浮かべた。一体何を意味する  
笑みなのか、今のケイトには推察する力もない。しかし彼女が発する言葉は、そんな朦朧とした意識すら  
吹き飛ばすものだった。  
「二人一緒に売り飛ばしてあげる。せめて研究費くらいにはなりなさいって話。買い手がついたら、そこで  
 第二の人生でも歩んだら?」  
「な……」  
 最後まで人を人として扱わない女。言葉が全く出ないのは、ドラゴンに犯されたためだけではない。  
 見開かれた瞳に信じられない現実を映し、ケイトの心に絶望感が満ちる。  
 
 降り掛かる災難は、当分収まることなどないのだろう。  
 
 
 

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