巨大な布で覆われた小型の檻が、船へと積み込まれていた。外界からの光を完全に遮断している鉄格子の中には、
ドラゴンへと姿を変えられ、轡と枷を嵌められながらも暢気に眠っているライラの姿がある。共に閉じ込められて
いるケイトには、牙により引き裂かれた衣服の代わりに質素な布の服が与えられており、当然ながら獲物である
剣も手元にはない。
檻はドラゴンの力を以ってすれば破壊できそうなものではあったが、如何せん彼はケイト一人の前では全く
暴れない。暴れるよう手を出しても、蚊が止まったかのような涼しい顔で再び丸くなってしまうのだ。
出航の汽笛が科学都市との別れを告げる。煙を上げる船にケイトが乗船しているとも知らず、姉を追って
街へと辿り着いたティトはセラと共に、港を素通りして城塞へと向かっていた。一般公開されていない研究施設に
余所者が入れるはずもなく、駆け付けた二人の行く手は門番により阻まれてしまった。
「許可のない者を通すことはできない」
「金髪の女の子と赤い奴が来たはずだ。門番なら見ただろう?」
「あの二人ならまとめて出荷された。ここにはもう居ない」
「出荷……?」
セラの呟きと不穏な眼差しに、ティトは彼女を連れて慌てて門から離れた。今の彼女ならば果敢にも門番相手に
食い下がり、騒ぎを起こし兼ねないと判断したのだ。
「出荷ってことは人身売買か……多分、さっきの貨物船だな」
「早く後を追いましょう!」
「ここの連中がわざわざ僕らのために、しかも同じ港への船を出すと思う?」
セラは首を振るが、どうしても先を急がずにはいられなかった。ライラの無事を祈る気持ちは当然あるが、
自分を庇ったせいで川へ落ち、挙句の果てには人身売買などという非合法な取引の材料にされてしまった
ケイトが何よりも気掛かりなのだ。
「人間を商品として搬送できる都市なんて一つしかない。ケイトもあれでも一応女の子だし、余計なのが
付いていても買い手くらいつくだろう」
「先回りはできないでしょうか?」
「無理だね。万全を期すなら、二人とも権力者の手に落ちた前提で打つ手を考えるべきだ」
力尽くで奪い返す手もあるが、問題はセラの存在。彼女を一人放置するわけにはいかず、かと言って一国の
王女に賊の真似事に加担させるわけにもいかない。
「僕に考えがある。一度ラスニールへ戻ろう。世界屈指の大国だし、待っていれば船の一隻くらい出るはずだ」
悠長に国へ戻っている場合ではない。セラはそう言い掛けたが、ケイトの弟であるティトが姉の救出に手を
抜くとも考えにくい。
急がば回れということなのだ。セラは逸る気持ちを抑え、ティトの指示に従った。
自分達を乗せた船が目的地へと到着し、然るべき場所へと運び出されようとしている。檻全体の揺れが、
ケイトに今現在の状況をそう伝えていた。ドラゴンを刺激しないよう搬入に細心の注意が払われている中、
掛けられた布をこっそりと捲り外の様子を覗くと、都市名が刻まれた看板がケイトの目に飛び込んだ。
その都市の名は、外界についてはほとんど無知であるケイトでさえ耳にしたことのあるもの。
『ミランダ』──かつて貿易都市と呼ばれ、数多の交易商人を抱え込んでいた都市。それも今となっては
完全なる闇市場と化してしまっているという。それ以上の知識については、ケイトの知り及ぶところではない。
とある屋敷の中へと運び込まれたところで視界を遮っていた布が取り払われ、再びケイトは檻ごと地下の
牢獄へと幽閉された。ドラゴンの手足に繋がれている枷は、彼が寝ている隙に頑丈な鎖へと繋がれた。
これによりライラは完全に自由を封じられたが、最後に檻の扉が開かれ、ケイトにのみ牢内を自由に動き回る
権利が与えられた。
ライラを自由にすれば脱走の可能性も見えて来るのかもしれないが、枷も鎖も硬質でそう簡単には壊せない。
彼の目蓋を強引に抉じ開け眠りから覚ましても、特に怒る様子もなくただ穏やかな眼差しを湛えるのみ。
やはり脱走は無理かと諦め掛けたその時、突然牢獄内に足音が響いた。ケイトが咄嗟に振り向くと、牢の外に
同い年ほどの少年が佇んでいる。憐れみの眼でケイトを見つめる彼の手に握られているのは、牢の鍵だ。
「ここから出してあげようか」
「!?」
到底考えられない台詞に、ケイトは少年を睨み付けた。こうも簡単に解放されるような都合の良い展開など、
あるはずがないのだ。
「甘い言葉は信じない?だったら……」
警戒の視線を浴びながら彼はおもむろに牢の鍵を開け、こともあろうか自ら牢内に入り込む。扉は開放された
ままであるが、何を企んでいるかもわからない人間に近寄ることはできない。
「ここは昔収容所として使われていたところだ。それなりに設備が整っているから脱走は難しい。だけど
ぼくなら逃がしてあげられるかもしれない」
「人を買収した奴の台詞じゃないな」
「君を買い取ったのはぼくの父だ。昔ここに囚われていた女の人達を売り渡したとかで、あの都市の人間とは
昔から付き合いがあるらしい」
互いの距離を保ったまま、少年は平然と裏事情を話し出す。味方であるという意思表示だとしても、真意が
わからないうちは油断はできない。警戒態勢を崩さず、ケイトは鎌掛けを兼ねて挑発文句を口にした。
「つまり人身売買なんて日常茶飯事だと。ここの人間、頭おかしいんじゃないか?」
「……そう、おかしい。ここだけじゃない、この街自体おかしいんだよ。だからせめて、助けられる人は
助けてあげたい」
少年の真っ直ぐな眼差しは、彼の言葉が嘘偽りないことを示している。澄んだ瞳に毒気を抜かれ、拍子抜け
してしまったケイトに彼は僅かに笑い掛けた。始終ドラゴンに睨まれていようとも決して恐れず、歩みを
進めようとした、その瞬間のこと。
ケイトの背後から低い咆哮が上がった。傍らで沈黙を守っていたライラが突然牙を剥いて立ち上がり、
少年を威嚇し始めたのだ。
「ど、どうした!?」
この娘に近付く者は誰であろうと敵と見なす。そう訴えるかのように、彼の眼は敵意に満ち溢れている。
ケイトがいくら宥めようとも、迸る殺気は一向に収まらない。
「……君をここに閉じ込めたのは、そのドラゴンがいるからだ。君がいれば大人しくなると聞いている。
皆が寝静まった頃……夜にまた来るよ」
少年は如何にも残念そうな面持ちで牢を施錠し、ルイスという名を名乗って地下から立ち去った。
その後、彼の父親らしき人間を含む数名が地下に訪れたが、ケイトの耳には何の言葉も届かなかった。
差し出された食事にも手を付けず、牢越しであろうと少しでも自分に近付く人間を威嚇し続けるライラを
ただ呆然と眺めていた。
ドラゴンへと姿を変えられた時から、彼は自分を守り続けている。今も、そして恐らくこれからも。
野生のドラゴンが人間を守るはずがない。これは、紛れもなくライラ自身の意志なのだ。
そう考えながらケイトが何気なく頭部を叩くと、彼は心地良さそうに目を細め一度だけ尻尾を振った。
「犬みたいだな……」
呟かれた言葉の意味を知ってか知らずか、彼は安心した様子で再び目を閉じ休息に入った。その寝顔を見つめる
ケイトの表情は、苦渋に満ちている。
黒竜のDNAを持つ青年。他者の意思に干渉できる白竜とならば、意思の疎通は可能であるはず。『救出』を
理由にケイトを強引に外へ連れ出して事に及んだあの夜から、彼は白竜の存在を知っていたのだ。
先日の裏切り行為もどうにも腑に落ちなかった。実戦における力量差は明らかで、その気になればいつでも
連れ去ることができたはずだった。にも拘わらず、彼はそうしなかった。
彼の意図と何よりも、心の底が見えない。問い質そうにも、今は人の言葉を話せない。
「ライラ……、おまえ、よくわかんないよ……」
吐かれた弱音は静寂に消える。返事代わりに入れられるはずの喝もなく、先日も感じた虚しさが再びケイトを
支配し始める。
苛立ちしか覚えなかったはずの普段の何気ないやり取りが、如何に大きく自分の日常を占めていたか。
修行相手としか見ていなかったはずの彼の存在を欠いただけで、何故これほどまで喪失感に襲われるのか。
心の混乱は、背後より響いた足音によって一時的に鎮められた。牢の扉は解錠され、ルイスと名乗った昼間の
少年が牢の外から中の様子を窺っている。
「出ておいで。ここに居ても退屈だろう」
「……そう、だな」
彼が何を思っていようとも、外の様子を窺える機会であることに変わりはない。普段通りの気丈な態度を装い、
眠りに落ちているライラを残してケイトは静かに牢を抜け、ルイスに付き従った。
予め手配しておいたのか、地下を出ても警備の人間は見当たらず、二人は何の苦もなく二階のある一室へと
辿り着いた。一目で彼の部屋と見て取れるその部屋にはバルコニーが設けられており、ルイスはその場所まで
ケイトを導く。横からの視線を感じながらも、ケイトは振り向かずに街の景観を眺めている。
「辛そうな顔をしていたね。やっぱり自分の国に帰りたい?」
「こんな状況じゃ誰だってそうだろうよ」
「あのドラゴン何?何であんなに君に懐いてるの?」
「そんなの、こっちが知りたい」
素っ気無い返答にも顔色一つ変えず、淡い瞳と同じ色の髪を夜風で靡かせながら、ルイスはケイトと共に
街の景観を眺めた。
元の姿に戻れるかどうかもわからないライラと、今頃自分を探しているであろう母を思い不安に駆られても、
ケイトは弟の助けと彼の協力を信じ、辛抱強く毎日を送っていた。
「この街も、一昔前はもう少しまともだった。詳しくは知らないけど、当時この屋敷で起きた事件を境に少しずつ
おかしな方向に傾いて行ったらしい。ぼくの父は、その頃からの権力者なんだ」
「つまり、首謀者だと?」
「そこまでは……わからない。でも、ぼくはこの家の跡取りだ。将来的にこの街を変えることも不可能では
ないと思ってる。それからケイト、近々君をここから逃がすことも……」
彼は至って真剣な面持ちで話してはいるが、現にこうして牢から出られている以上、ケイトには逃げる機会は
いくらでも与えられている。今も、負傷を覚悟でバルコニーから飛び降りてしまえば脱走は可能なのだ。
しかし、それではライラが取り残されてしまう。仮に枷を外すことができたとしても、ドラゴンを引き連れて
誰にもばれずに屋敷を出ることなど不可能だ。
「ここにあのドラゴンを残すことはできない。一人でというわけにいかないけど、いずれ必ず帰すと約束する。
父の考えはまだわからないけど、何とか説得してみるよ。君も早く家族に会いたいだろう」
「…………」
該当する人物の姿が、ケイトの脳裏を過ぎる。それは自分を探しているであろう母と弟、そしてもう一人の姿だ。
不意に押し黙り、拳を握り締めるケイトの表情は明らかに曇っている。様子の変化に気付きながらも敢えて
そのことには触れず、ルイスは近々の解放を約束してケイトをドラゴンの眠る牢へと戻した。
やるせない気持ちを誤魔化すよう、枕に見立てたライラの胴体に飛び込み、渡された毛布を被って目を閉じる。
そのままできるだけ何も考えず、まどろみを待った。
その日から夜には必ず牢を抜け、ルイスの話し相手となることがケイトの日課となった。たとえ解放の目処が
立たなくとも、彼は他愛無い話でケイトを楽しませようと努めていたが、本当に楽しんでいるのは誰でもない
ルイス本人であることをケイトは感じ取っていた。普段の彼の姿など知る由もないが、二人で話すこの時だけは
彼は笑顔を絶やさない。羨ましく思うほどに、嬉々とした表情を見せるのだ。
だからこそ、ケイトはルイスは信用した。どの道一人の力で脱走などできるはずもなく、何より心から
笑い掛けてくる人間に悪意などあろうはずがない。それに、今頃ティトが救出に向かっているかもしれないのだ。
しかし、会話の始めに必ず報告されていた説得状況も、いつしか行われなくなっていた。屋敷の主人である
ルイスの父親への探りは常に行われているものの、彼は最近、その結果を報告したがらない。良い手応えを
得られていないのだと予想はできても、流石に数日間一切の報告も無しとなるとケイトも口を出さずには
いられなかった。
「本当に、最近は何の進展もないのか?まだ私達の扱いを決め兼ねているのはわかってるけど……」
「あ……、あぁ……」
唐突に話を切り出され、彼は決まりが悪そうに視線を落とす。わざわざ金を出して引き取った人間を、ただで
解放するなどという虫のいい話はまず有り得ない。それでも彼は、根気強く父親への説得を続けているのだ。
「父の意向は固まっていたよ。ある程度予想はしていたけど……このままでは君は身体を売らなければ
ならなくなる。元を取るにはそれが一番手っ取り早いんだ」
「身体を?冗談じゃない。そんな話応じるわけ……」
「そう、冗談じゃない……」
不意に低い声調で、ルイスはケイトに同調した。その声色に孕む静かな怒りは、ケイトが思わずたじろいで
しまうほどのものだ。
「ケイト。今すぐにでも祖国へ戻りたい?ここに落ち着くという選択はない?」
二人が将来を約束する仲となれば、当然ルイスの父も考えを改める。息子が気に入った娘ならば、資産的
損失に対する対価も見出せるはず。外出の許可を取れさえすれば、旅行という名目でいくらでも他国へ足を
運ぶことができる。
先々のことまで考えられたルイスの案に、しかしケイトは首を縦には振らなかった。
「だめだ、できるならすぐにでも戻りたい。母様は今一人なんだ。今戻らなければ意味がないんだよ。
第一、おまえだって好きでもない女に嫁がれても嬉しくないだろうに……」
「そんなことはない!」
ケイトの気遣いに、ルイスは咄嗟に強く反発した。すぐに我に返り口篭るが、自分の気持ちをはっきりと
言動で示してしまった以上、最早誤魔化しは利かない。腹を括ってケイトを真っ向から見つめ、彼は粛々と
思いの丈を打ち明け始める。
「嫌いな女の子とこうして毎日会おうとするものか。最初はただの同情心しかなかったかもしれない。
でも、今は違う」
「会ってまだ日も浅いのに、そんなに簡単に他人を好きになれるわけないだろ……」
「時間なんて関係ない。君は芯の強い優しい女の子だ。一緒に話していれば、それくらいわかる」
決して煽てて口説き落とそうとしているわけではない。心から好意を寄せ、父親の謀りから自分を守ろうと
している。彼の直情的な口振りは、それらをケイトに自覚させるには十分だった。
悪意無き人間を傷付けたくはない。その思いから、どうにも気の利いた答えを返せず困惑するケイトの頬に触れ、
彼は静かな声で問い掛ける。
「既に誰か、気になる男でも?」
「え?」
不意に、見慣れた男の顔が脳裏を過る。それが誰であるのかを認識した瞬間、ケイトはルイスの手を払い
大きく頭を振った。
「そ、そんな奴、いるわけない!」
自分の問いを全力で否定するケイトへと、彼は安堵の眼差しを湛えて再び近付く。
ケイトが顔を上げた頃には既に二人の距離は零に等しく、唇同士の接触から逃げることは叶わなかった。
触れるだけの口付けではあるものの、後頭部を押さえ逃すまいとする行動が彼の確かな思いを示している。
想定外の行動に戸惑うケイトの髪を、身体を、彼は愛惜しげに撫でて行く。腰へと達した手は二人の距離を
更に縮め、程無くして長い口付けが終えられた。
「もう一度言う。このままだと君は金儲けの道具にされる。少しの間だけでいい、ぼくを受け入れてくれないか」
「それは……できない……」
「……他の男の餌になった方がましだと?」
徐々にルイスの表情から穏やかさが失われて行く。声は震え、激情を必死に抑え込んでいる様子が見て取れる。
自分の恋人である振りをするだけでも良いと言っているのだ。その程度で最悪の危機を回避できるならば、
彼の提案に乗ることは悪い選択ではないはずだった。しかし、母親の事情を差し引いても明らかに乗り気でない
自分がいるのだ。ケイト自身その理由がわからず、それ故追及を続けるルイスにも説明がつかず。遂には自ら
牢へ戻ると言い残し、逃げるように部屋の入り口へと向かっていた。
当然ながらルイスとしても、見す見す逃すわけにはいかない。背後から腕を引かれ、身体の重心をずらされた
ケイトは簡単にベッドへと倒された。
肩を押さえる手の震えが、彼の人間性を明々と示す。しかし良心の呵責に苛まれた末にルイスが導き出した
結論は、正しく彼の本心そのものだった。
「他の男に手を付けられるくらいなら……!」
「ル……っ!?」
再び唇が重ねられ、粗末な衣服の内側をルイスの手が這い回る。触れるだけだった口付けは一転して濃厚な
ものへと変わり、彼は執拗に舌を絡ませながら胸を揉み拉く。唇をすぐに離し、声が部屋の外へと漏れないよう
タオルを巻いてケイトの口を封じ、彼は掴んだ両手を握り締めながら胸の先端を吸い上げた。
「うっ……!」
顔を顰めるケイトの様子を気に掛けることもなく、彼は夢中で行為を続ける。密やかに存在を主張する突起を
口に含み、唇で挟んでは丹念に扱く。集中的な愛撫は女の本能を刺激し、ケイトに男を受け入れる準備を
整えさせている。伸ばされた手に纏わりつく潤いがそれをルイスへと伝え、埋め込まれた指は先を急くように
荒々しく蠢いた。
指の腹による摩擦と圧迫は愛液の漏出を促し、塞がれた口とタオルの隙間から艶のある声が漏れ始めていた。
絶頂を与えられることはなかったが、彼は片足を持ち上げいつでも挿入可能な体勢を取っている。そのまま
子供をあやすように優しく髪を撫で、この期に及んで再び取引が持ち掛けられた。
「ケイト、今ならまだ引き返せる。考え直してくれないか」
「…………」
頷きさえすれば、自制心を取り戻せると思っていたのだ。しかし、ケイトは首を縦にも横にも振らない。
一向に交えられない視線から答えを察し、彼は悲しげな瞳を湛えた。
握られている手に力が篭る。瞬間、強い快感がケイトの身体に襲い掛かる。
「んっっ!!」
一息に行われた挿入を経て、彼は火がついたように腰を振り始める。突かれる度にくぐもった声が漏れる中、
その勢いは衰えることを知らない。卑猥な音を立て、彼は言い訳のように耳元で同じ言葉を繰り返し呟きながら、
小刻みに腰を打って快楽を味わっている。
「好きなんだ、本当に……」
「ぅっ……、んんっ!」
声を絞り出し、首を振って制止を訴えても俯いている彼の瞳には映らなかった。
ルイスの気持ちは紛れも無く本物だ。しかし異性に本気で慕われたことのないケイトにとって、この状況下で
どうすれば彼を傷付けずに諦めさせることができるのか検討がつかない。何も考えず、行為が終えられるまで
大人しく身を委ねてしまっても良いのかもしれないが、心の底に燻る罪悪感がそうはさせなかった。
ライラは今、人であることを放棄させられ地下で何もできずに眠っているのだ。
それなのに、自分は今ここで何をしているのか。
ルイスとて、ケイトの心が自分に向いていないことは承知している。しかし、もう抑えが利く段階ではない。
本人の意に反し、侵入物を締め上げるケイトに応えるよう、彼はより強く、奥深くまで突き上げる。
相手を悦ばせることを最優先とした小刻みな抽送はなかなか終えられず、その過程でケイトは何度も震え上がった。
やがて二人の息が急激に上がり、彼の腰使いもたちまち激しいものに変わり行く。先程までとは一転し、
強く長いストロークでの打ち込みが繰り返される。
「──!!」
彼が果てるまで身を捩ることも許されず、ケイトは積もり行く快楽に悶え続けるしかなかった。
精は身体の外へと放たれた。口を塞いでいたタオルが解かれても、ケイトは決してルイスを罵倒するような
真似はしなかった。その代わりに、強引に自分を手篭めにしたことに対する見返りを与える。
代償は、不屈の信念。
「金で、身体は買えても……、愛情は……、買えないぞ……」
弱々しく言い放たれた言葉が、ルイスの心を大きく揺さ振る。身売りのみを指して言っているわけではない。
自分にも向けられた言葉であることを、ルイスはケイトの重い眼差しから否応なしに痛感させられた。
「……ごめん」
冷静さを取り戻し、途端に罪悪感に駆られ始めたルイスが口にすることができたのは、ただ一言の謝罪のみ。
今は自分の下で眠り始めたケイトを抱き締めることしか、償いの手段は思い付かなかった。
せめて今日だけでも、朝まで温かい布団の中で眠らせてあげたい。そう思うのは山々ではあったが、地下に
戻さなければ毎夜ケイトを連れ出していることが屋敷の人間にばれてしまう。
自分の精で汚れたケイトの身体を拭き取り、毛布を何枚も与えてルイスは地下へと向かった。無意識のうちに
枕代わりのドラゴンに寄り添い、寝息を立てるケイトを尻目に、名残惜しげに立ち去る彼の足取りは重い。
ルイスの好意に気遣い、ケイトはあからさまな非難を行わなかった。しかしそれこそが、彼にとっては正しく
罰と成り得るものだったのだ。好意を抱いている少女に対し、嫌なものを嫌と言わせず、我慢することを強いて
しまったのだから。
明日はどんな顔をして会えば良いのか。自責の念に駆られるルイスの心には、後悔しか残されていない。