数日の航海を終え、祖国へと帰着したティトとセラの前には今、国王の姿があった。  
 王女誘拐の容疑を掛けられようとも、人集りを押し切り国王との謁見を強行した結果だ。これらは全て、  
ティトの意志による。売り払われた二人を取り戻すため、セラは与えられた指示を忠実に守っている。  
 
 ティトにより与えられた指示は二つ。  
 何よりも先に、国王との謁見を優先させること。  
 嘘に気付いても必ず話を合わせること。  
 
 たとえ気を許すことができない相手であろうとも、ティトの狡猾さを身に沁みて理解している以上、セラは  
過去のしがらみには一度目を伏せて策に乗ろうと決めていた。  
 
 セラの父親であるエミル国王は、ティトの両親については昔から係わりがあったためによく知っている。  
故に、二人の息子であるティトがどのような人間であるかはそれほど想像に難くはない。故意に国から  
連れ去ったわけでも、王女を誑かしたわけでもないとする主張も、国王はあっさりと信用した。ティトに  
とってはそれも想定の範囲内で、本題を切り出すまでそれほど時間は要さなかった。  
 
「それで、用件とは?」  
「単刀直入に申し上げます。次期王位の座を私にお譲り頂きたい」  
「……。何かの聞き間違いかな。もう一度言ってみなさい」  
 促されるままに同じ言葉が繰り返されると、国王はまるで不可解な生物を見るような目でティトを見つめる。  
 ティトの様子からも冗談であるとは到底読み取れず、隣に佇む娘の存在から真意を探るしかない。  
「あぁ、そうか。つまりセラを娶りたいと」  
 肯定の返事と同時に、セラは慌ててティトへ振り向く。既にそのような仲であるのかと問われると、ティトは  
即座にそうであると返す。複雑な面持ちで事の真偽を問う国王に、セラは即答することができなかった。  
 これはティトの言う『嘘』なのだ。救出計画のために話を合わせることに同意してしまった以上、ここで  
否定することはできない。  
「…………その、通りです……」  
「…………」  
 歯切れの悪い返答に、国王は如何にも納得のいかない表情を浮かべる。疑って下さいと言わんばかりに、  
セラの態度はあまりに不審過ぎるものだった。  
 彼女の抱いている不安の払拭、そして返答を渋る国王の背中を押すため、ティトはあらゆる場面に備えて  
用意していた台詞の一つを口にする。  
 
「私にその資格がないと判断されたら、即座に全権限を剥奪して頂いて構いません。今後王女が拒否した場合も  
 然りです。今すぐに御返答を」  
「……何か企んでいるね。希望はそれだけかい」  
「可能でしたら、資金提供も。お貸しして頂くだけでも構いません」  
 最後の一言で、セラはティトの目論みに気付いた。地位と資金を利用して、二人を買い取るつもりなのだ。  
 これでは人を物のように扱っていた科学都市の人間と何ら変わりは無い。しかし事実、それが確実な方法で  
あることも確かで、有効な代替案が浮かぶわけでもなく何も言い出すことができなかった。  
 俯くセラの隣で、二人のやり取りは未だ続いている。  
「認められない、と言ったら?」  
「失脚して頂くことになります」  
「…………」  
 平然と暴言を吐くティトの目は本気だ。しかし仮にも高い軍事力を誇る一国の王を貶めるなど、並大抵の力では  
成し得ない。これは飽くまで脅しであるということは、国王も気付いていた。ここまで言われて何も反論しない  
セラの様子から、何か事情があるのだということも。  
「セラ、おまえもこの少年と同意見なのか。まさか騙されてるわけじゃないだろうね?」  
「え……」  
 否定は許されない。今は二人を助け出すことが最優先事項なのだ。嘘であるとばれないように目を合わせ  
セラが小さく頷くと、国王は憂鬱そうに深い溜息を吐き、小言を呟いた。  
「血は争えないな……」  
「……?何か?」  
「い……いや、何でもない。ともあれ、私はセラを信用している。娘がそう言うのならある程度は譲歩しよう。  
 ただし王位については正式なものではない。私が不相応と判断したら、直ちに身を引くこと。いいね」  
「承知の上でございます」  
 もう暫らくの外出の許可、他の地域への移動手段の要求も国王は飲んだ。自国という狭い世界しか知らない娘に、  
外の世界を見せてやって欲しいという思いもあったのだ。ただし、全ては身の安全を前提としたもの。  
「セラはまだ実戦経験がないはずだ。絶対に危険地域へは連れ出さないこと。娘の身にもし何かあったら……、  
 わかっているね。与えた地位の濫用も許さない。……セラは後で事情を説明しなさい」  
 ティトとしても、言うまでもない。今回の目的以外に権力を振り翳すつもりもない。国王を妥協させた父親の  
威光に感謝しつつ、ティトは軽く会釈をしてセラと共に応接間を後にした。  
 
 
 これで準備は整ったことになるが、首尾良く婚約者としての座まで獲得してしまったティトの策に、セラは  
黙って乗っているわけにもいかなくなっていた。  
「どこまでが本当なんですか」  
「何が嘘であって欲しい?」  
 背を向けたままティトは質問を質問で返す。まるでからかうような口振りにも、セラは毅然とした態度を貫く。  
「勘違いしないで下さい、今貴方と共に行動しているのは全てあの二人のためです。先程の件は後々取り消させて  
 頂きます。私は貴方が嫌いだとはっきり伝えたのですから」  
「そうだね。僕は気があるとはっきり言ったのに、あの夜から君は僕を受け入れなかったね」  
「だって貴方は、本気ではなかったでしょう!」  
「そうだよ。そのはずだった。でもあんなに鈍いケイトにまで指摘されちゃ認めるしかない。多分、僕は  
 本気なんだと思う。いつからと聞かれると困るけどね」  
 セラにとっては意外な返答だった。しかしどんな顔をして答えているのかもわからず、あまりに淡々と  
しているために真偽を測ることができない。故にどう答えて良いか判断がつかず、別の話へと逸らすことしか  
できなかった。  
「そ、それに、お金を使って二人を取り戻すなんてやり方、私は賛成できません」  
「じゃあ他に手はあるの?御尋ね者になる覚悟で、力に訴えて取り戻す?郷に入っては郷に従わなければならない。  
 君の思う正義がどこでも罷り通ると思わない方がいい」  
「どうしても、そうしなければならないなら……。権威なら私だって……」  
「君はこの国の王女なんだよ。こんな汚い真似させられるわけないだろう。汚れるのは僕一人で十分だ」  
「…………」  
 何を言っても無駄だった。決意は固く、綺麗事だけではティトの意志を曲げることはできない。  
 自分の無力さに、セラは悲しげに肩を落とす。『地位』とはセラにとって、有効な武器であるはずだったのだ。  
 背後で沈む彼女の姿を、ティトは見ていない。  
 
 急遽手配された船が出航の狼煙を上げるまで、二人は適当に時間を潰すこととなったが、ティトは母親に  
会いには戻らなかった。無断外泊など絶対にしないケイトが居ない今、姉の身に何かがあったことは明白で、  
下手に顔を見せると尚更心配させてしまうと思ったからだ。  
 
 ラスニールからミランダまで、航行に要する日数は五日ほど。ケイトが売り払われてから、実に一週間以上の  
日数が経つことになる。全く心配していないと言えば嘘になるが、姉が無事であるということは自分の生存を  
以って保証することができる上、ケイトの自我の強さを知っているティトにとって時間はそれほど問題には  
していなかった。  
 
 金と権力さえあれば、何事でも押し通すことができる。それがミランダという堕落した都市。  
 地位は王女であるセラが証明してくれる。疑わしく思われるならば、直接ラスニール本国へ確認させれば良い。  
 
 
 ルイスの前に二人が現れるまで、それほど時間は掛からなかった。取引額の二倍の値でケイトを引き取るという  
案に、彼の父はまるで媚び諂った笑顔を見せるが、付け加えられた謎の条件にティトは怪訝な表情を見せた。  
「あの娘が欲しいと仰るなら、一緒にいるドラゴンもお引き取り願いたい」  
「ドラゴン……?」  
 二人の会話を遠くから聞いていたルイスは慌てて地下へと駆け下り、ケイトに現状を知らせた。たらい回しに  
されてしまうとは言え、地下に閉じ込めるしかないこの屋敷から出られることを思えば望ましいことなのかも  
しれない。しかし今となっては、ルイスも素直に喜ぶことができなかった。  
「ラスニールの王位継承者?……誰だよ」  
「とにかく、これでここから出られるんだ」  
 牢からの解放を祝う台詞とは裏腹に、ルイスは明らかに気を落としていた。解放の約束をしている上、強引に  
ケイトの身体を奪ってしまったのだから、これ以上自分の我侭を押し付けることはできない。口が裂けても  
本当は残っていて欲しいなどとは言えないのだ。  
 こればかりはケイトも口の出しようがなく、悲しげな眼差しを受けたまま黙り込んでしまった。  
 
 不意に響き出した足音が、何者かが近付きつつあることを二人に知らせる。落ちた人影はやがてその実体を  
現し、ケイトはその者を、その者はケイトの背後に佇むドラゴンを見遣る。そして、互いに絶句した。  
「……ケイト。何、そいつ」  
「王位……って、おま……まさか本気で乗っ取……」  
「ケイト!無事で良かったです!」  
 言い掛けられた言葉を遮り、牢越しにセラが近付く。しかし、牢の外を睨み続けるドラゴンの首元を目にし、  
ライラが無事でないことを悟った途端セラもまた口を噤んでしまった。  
 
 交わされた会話から三人とも顔見知りであることを察し、ルイスは再び視線を落とした。これでいよいよ  
引き止める理由が無くなってしまったのだ。  
 寂しげな笑みを湛える彼に、ケイトは決して別れの言葉を掛けなかった。  
「あの夜のことを許したわけじゃない。でもおまえは真っ直ぐな奴だ、その性格は嫌いじゃないよ。頑張れ」  
「……、ありがとう」  
 街の変革を望む彼の気持ちは本物なのだ。ケイトなりの激励にルイスは素直に感謝の言葉を述べ、解放の約束を  
果たした。  
 
 
 解放先は郊外の山の麓。街中でドラゴンを晒すわけにはいかないため、檻に閉じ込めたまま人気の無い場所まで  
運び出したのだ。見覚えのある首輪を目にし、ティトは難しい顔でケイトに問い掛ける。  
「……で、これがあいつの正体ってこと?何かあるとは薄々勘付いてたけど……そうか。やっぱり」  
「そんなわけあるか!あの黒い魔道士の女にやられたんだ。あの城は薬品や小道具だらけだった。  
 もしかしたら、薬でも使われてこうなってしまったのかも……」  
「人の細胞が何と反応してドラゴンの硬い皮膚に変質するんだよ。非科学的なこと言わないでくれ」  
「…………」  
 魔法を駆使する魔道士の存在こそ非科学的だ。そう言いたい衝動を抑え、ケイトは解決の糸口を求めた。  
「じゃあ、何だって言うんだ」  
「禁呪か呪術……。でも禁呪はそう簡単に人前で使えるものじゃない。多分あの女、呪術師だ。  
 それよりケイト、ライラを元に戻したいの?あんなに嫌ってたのに」  
「それは……」  
 好きか嫌いか以前に、あるべき姿に戻してやるのが道理。それに、問い詰めたいことが山積みとなっている。  
 躊躇い勝ちにケイトが頷くと、ティトは複雑な面持ちで答えを返した。  
「呪術だろうと禁呪だろうと結局は魔の力。破魔の力があれば解くことができる。……適任者、いるだろ」  
 名は呼ばれず、ティトの隣に佇むプリーストが暗に示唆される。ケイトの視線を浴びたセラは、自信なさげに  
顔を上げていた。  
「セラ。僕は別に、君をただの女の子として見ていたわけじゃない。君の勤勉さはよくわかってるつもりだ。  
 解呪、できるはずだよね」  
「……はい」  
 ケイトにも後押しされ、セラは意を決してドラゴンを見据えた。  
 携帯していた短い杖を握り締め、ケイトの手により檻から出された彼に、おずおずと歩み寄った。  
 
 しかし今、ケイトとドラゴンは隣接している。結果としてケイトに近付いたセラに牙を剥き、ライラは  
当然のように吼え猛る。今にも襲い掛からんとする激しい威嚇に、セラは驚きを隠せなかった。  
「え!?」  
「ばっ、馬鹿!大人しくしろ!元に戻れるんだぞ!セラ、早く!」  
 両腕で口を押さえ込み、懸命にライラを牽制するケイトの姿を目にし、セラはいつしかのティトの言葉を  
思い出していた。  
 「あいつはケイトしか見ていない」という忠告が、セラに現実を見せ付ける。ケイトは良くとも、自分は  
近付くことすら許されないのだ。彼にとってはケイトさえ居れば、他は何も要らないのかもしれない。  
 
 要らぬ雑念を振り払い、揺れる心を落ち着かせ、神経を集中させる。現実から目を背けるように瞳を閉じ、  
セラは解呪の言霊を紡ぎ始めた。  
 
 意中の男に向けられる彼女の態度は至って真剣だ。  
 もしライラの立場に自分が在ったなら、セラは同じく接してくれるのだろうか。  
 彼女の姿はティトにそんな不安を与える。過去の軽率な行動を悔いても最早手遅れで、今更謝ったところで  
許されるはずもない。  
 ただ直向きに破魔の術を行使するセラの姿を、ティトは直視することができなかった。  
 
 やがてライラを包み込んでいた眩い光は拡散し、細かな光の粒子となって天に消え行く。  
 人の姿を取り戻した彼の頭を両手で抱えたまま、ケイトはその場に座り込んでいた。手には隠し持っていた  
装身具が忍ばせられている。  
「……自分でつけろ」  
 状況をまるで理解できていないライラに一言だけ言い捨て、ケイトは彼に背を向けた。どうせ何も覚えて  
いないのだろうし、元に戻ったライラの姿を目の当たりにした途端、無性に腹立たしくなってしまったのだ。  
 背を向ける直前に見せたケイトの表情から、ライラは何も言えずに俯いてしまった。それは今までに見たことも  
ないほどに切なげで、実験体としての引渡しに応じた自分を責めるものだった。  
 
 
 目的は達したが既にラスニール行きの船は全て出航を終えており、帰国は翌日に回されることとなった。  
 治安の悪い繁華街を避け、取られた宿は街の外れ。個別の部屋ではあったが、足手纏いだという理由で  
ティトから剣を借りたケイトは護衛を兼ね、セラと同室とされた。  
 
 ライラの潜在意識に拒絶されたセラとしてはケイトの気持ちが最も気掛かりではあったが、普段の姿を  
見ていると彼を煩わしく感じているようにしか思えない。今が本音を聞く良い機会であっても、返って来る  
答えは知れている。  
 結局、自分から動かなければ何も変わらない。ケイトにその気がないのなら、自分にもチャンスはあるはず。  
 腹を据え、セラは直接本人に話し掛けてみようと腰を上げた。しかし護衛という名目で部屋を同じくしている  
ケイトなら必ず行く先に付いて来る。ケイトの目の前で、彼と腹を割って話せる自信はない。  
 だからセラは、初めてケイトに嘘を吐いた。  
「セラ?どこへ?」  
「その、……ティトの部屋へ。二人で話したいことが」  
 ライラの部屋へ行くと言えば逆に心配されて付いて来兼ねないが、弟であるティトならば、二人で話したいと  
言えば遠慮してくれるかもしれない。セラの目論見に気付くこともなく、ケイトはむしろ弟への応援のつもりで  
あっさりと個人行動を許した。  
 
 たどたどしい足取りで部屋の前まで移動し、震える手で扉を叩く。しかし、いくら待っても返事が無い。  
 断りを入れて部屋を覗くが、そこは蛻の殻。開け放たれた窓から、外へ出たのだと察したセラは窓の桟を  
よじ登り、隣接している林へと向かった。  
 夜空の見える開けた場所へと出ると、草むらに人影があった。彼は手頃な岩に腕を乗せ、枕代わりにして  
寝転んでいる。眠っているのかと思いセラが静かに近付くと、不意に愛想の無い声が掛けられた。  
「何か用か」  
「こ、このようなところで眠っていては、風邪を引きます。部屋に戻らないのですか?」  
 ライラは目を閉じたまま何も答えない。暫し気まずい沈黙が流れたが、やがて彼は上体を起こして僅かに  
顔を向け、躊躇い勝ちに答えを返す。  
「今は、あそこには居辛い」  
「居辛い?」  
 恐らく今、彼は落ち込んでいる。落とされた視線、弱々しい声音からもそれは明らかで、セラは了承も得ずに  
傍に駆け寄りライラの隣に座り込む。  
 この状況はセラにとっては勇気付けられるものだった。今相談に乗ることができるのは自分しか居ないのだ。  
「貴方の身の上の事情はケイトから聞きました。でも、それ以上のことは教えてくれませんでした。  
 何かあったんですか?」  
 
 二人の間に何かが起きたのだということは、ケイトの不機嫌な態度からも勘付いていた。事情についても  
ケイトが自発的に教えたわけではなく、ライラが過去に実験体として扱われていたという事実をセラが無理に  
聞き出したに過ぎない。  
 何があったのかを知りたい。その上で、二人の関係を見極めたい。その一心で待っていても、彼は期待する  
答えを与えなかった。  
「なぁ、元に戻してくれたことは感謝してる。でも今は放っておいてくれないか」  
「放っておけません」  
「頼む。一人にしてくれ」  
「ケイトが来ても同じことを言うんですか?」  
 全く遠慮の無い言葉に、ライラは思わず振り向いた。自分を見つめるセラは如何にも悲しげで、溢れるつつある  
感情を懸命に抑え込んでいる様子が見て取れる。  
「ケイトでなければだめですか?話を聞くことも、相談に乗ることも……、私ではだめなんですか?」  
「お、俺は別にそんなつもりで言ったわけじゃ……」  
「二人の姿、ずっと見てました。私、どうしても勇気が持てなくて、ただ傍から見てることしかできませんでした。  
 いつも貴方と一緒にいるケイトを羨ましく思っていました。でも、ケイトは貴方を見ていません……」  
 普段のセラからは想像もつかないほどの積極的な態度に、ライラは気圧されていた。自分の前では物静かで、  
ろくな会話すら交わしたことのない彼女が、一体どんな気持ちで自分を見ていたのか。この時初めて知ったのだ。  
「ケイトが好きなんですか?だからいつも一緒にいるんですか?振り向かれなくても、一緒に居るだけで  
 幸せなんですか?」  
「ちょ、ちょっと落ち着……」  
「私は嫌です……好きな人に振り向いて欲しいです。ケイト以外の人は眼中にもないんですか?私では……」  
 途中まで言い掛けて、セラは口を噤んだ。抑え切れずに発してしまった言葉に、恥ずかしさに頬を染めたまま  
何も言えなくなってしまった。  
 
 ライラは呆気に取られた様子でセラを眺めている。一国の王女に好意を寄せられるなど、とてもではないが  
予想できることではない。普段の様子からも、ただの引っ込み思案な少女としか思っていなかったのだ。  
 それでも現実を見つめ直し、どうにか平静を取り戻すことができても疑問だけが残っていた。  
 特に気品があるわけでも、生まれが良いわけでもない。王族に好かれる要素など何一つ持ち合わせていない。  
 
 それ故に、在り来りな台詞を交えた疑問を以ってしか、返事をすることができなかった。  
「き、気持ちは嬉しいが……、わからない。何故俺なんだ。俺はあんたに好かれることなんか何一つしてない」  
「……一目惚れ、だったのだと思います。でも、敢えて挙げるなら……」  
 敢えて挙げるとするなら、彼はセラにとって新鮮な存在だった。多少粗暴であるものの、その自由奔放さは  
王女である自分を誰もが気遣うラスニール城内の人間には全く見ない性質だ。同じ女であるケイトの強さには  
憧れていたが、そのケイトをも凌ぐ力は尊敬に値するものだった。  
 セラが国王に頼み込んでまで養成施設へ通った理由は、国を代表する者として恥じることのないよう、  
いざという時に国のために動けるように力を付けるため。そして何より、自分の知らない外の世界に憧れを  
持ったため。ライラはセラにとって、『未知』の象徴的な存在だった。  
 
 胸の内を語られたライラは、ここでようやく納得のいく表情を見せた。セラが本当に惹かれている対象が  
自分自身ではないのだと悟ったのだ。  
「違うな。あんたは別に俺を好きなわけじゃない。自分の知らない世界を俺を通して見ているだけだ」  
「!?違います!私、本当に……」  
「いや、何も違わない。ただの勘違いに気付いていないだけだ」  
 セラの瞳が憂いに満ちる。極限の緊張に耐え、勇気を持って思いを告げたつもりだった。にも拘わらず、  
自分の気持ちが全く汲み取られていないのだ。  
 瞳が潤んで来ようとも、彼の態度は変わらない。はっきりと断られた方がましであるとさえ思っていた。  
「信じて……下さらないんですか……?どうしたら、信じて頂けますか……?」  
「俺が逆に聞きたい。どうしたら気付いてくれる」  
「わ、私、は……」  
 返答を得るどころか、スタート地点にすら立てていない。自分の好意が本物であるのだと伝えることが  
できなければ、全てが無駄に終わってしまう。  
 誠意を見せるしかない。たとえそれが、どんな形であろうとも。  
 途方も無い焦りが、セラを彼女らしからぬ行動へと駆り立てる。胸元のボタンが外され、緩んだ法衣は肩から  
落ち、未成熟故の瑞々しい肌がライラへと迫る。  
 
「お、おい!ちょっと待て!何やって……」  
「これでも信じられませんか!?本気で好きでもない人の前で、こんな姿を晒すと思いますか!?」  
「わかった!わかったから隠せ!」  
「何もわかってません!」  
 恥辱心など、最早どうでも良かった。手を伸ばして彼へと飛び付き、セラは何度も自分の思いを訴える。  
 ライラとしてもセラには特に何の感情も抱いていないのだから、望む答えを返すことはできない。しかし  
拒絶の言葉や無闇な優しい言葉は、結果として彼女を傷付け兼ねない。  
 困惑するライラに、セラは涙を浮かべて身を寄せる。蒼白い月の光に照らされた白い肌は年齢に似合わず妖艶で、  
ライラに目の行き場を失わせていた。  
 押し付けられた胸に反応してしまうのは、悲しき男の性。悟られぬように膝を立て、これ以上自分に  
近付けさせまいとする行動は、逆にセラに次の一手を与えてしまう。  
 自分の身体を捧げる覚悟を見せれば、彼も応えてくれるはず。これ以上の愛情表現などあるはずがない。  
 覚悟を決めたセラが取った行動は、ライラが最も危惧していたものだった。  
「私、本気です。後悔なんてしません」  
「!?」  
 腰のベルトへと伸ばされた手が、彼の局部を晒す。腰をずらし、その上へと馬乗りになろうとするセラを  
押さえ、ライラは慌てて声を上げた。  
「待て!早まるな!頼む、正気に戻ってくれ!」  
「私はいつでも正気ですっ!」  
「ど、どこが……、っ!?」  
 ローブの裾へ手を潜らせて自分の秘部を晒し、セラは反対を押し切って強引にライラの上へと腰を下ろした。  
 左程濡れていなくとも勃ち切っていないことが幸いし、経験の浅いセラにそれほど酷い痛みは走らなかったが、  
狭く温かい空間に挟み込まれた陰茎は確実に体積を増して行く。それを感じ取ったセラは痛みなど顧みず、  
拙いながらも懸命に腰を揺すり始める。  
 ライラはここでも成す術がなかった。止めさたいのは山々ではあったが、無理に引き止めてしまうと逆に  
彼女を煽り兼ねない。それに何よりも、セラは自分のプライドを捨ててまでこのような行動に出ている。  
中途半端な説得に応じるはずが無いのだ。  
 下半身を何度も襲う快感に耐え、ライラは可能な限り平静を装い、鈍い痛みに耐え続けるセラに声を掛けた。  
 
「なぁ、あんた、王女だろ?俺じゃ釣り合わないってわかってるだろ?」  
「え……?」  
 一瞬の震えと共に、セラの動きが止まる。過去に身分を楯にしてティトを拒絶したのは、他でもない  
セラ自身なのだ。身分を理由に拒まれては、返す言葉がない。  
「それに、もっと年が近くてちゃんとあんたを見てる奴がいるだろ」  
「そんな話、今しなくても……」  
「今だから言ってんだよ。あのケイトの片割れ、生意気で性格は悪いが言ってることは大体的を射てる。  
 何言われたか知らないが、一方的に嫌ってないでもう少し向き合ってやれよ」  
「…………」  
 ティトを出しに使い、自分を遠ざけようとしている。セラにはそうとしか感じられず、ライラの説得は火に油を  
注ぐ結果としかならなかった。  
「話を逸らさないで下さい!ちゃんと私を見て下さい!嫌なら嫌と、はっきり……っ」  
「!?や、やめろ!そんなに、動……」  
 半ば自暴自棄となったセラに勢い任せに腰を振られ、快感を我慢していたことが災いしライラは急激に  
昇り詰め始める。漏れ始めた水音が聴覚を刺激し、男としての本能を呼び覚ます。  
 目の前で行為に耽る少女を組み敷いて、好きなだけ欲望をぶつけることができればどれほど楽だろうか。  
 一瞬そんな煩悩に苛まれ掛けるも、それはライラの理性が決して許さなかった。  
 どれほど顔を顰められようとも、セラは一瞬たりとも止まらない。慣れない腰つきで、懸命に献身を続ける。  
 不意に覚える快感に驚き、つい動きを止めてしまってもすぐに気を持ち直し、汗も拭わずに再開した。  
 彼に心地良さを覚えて貰えるほど、自分の心を理解して貰えると信じて疑っていなかった。  
 
 出そうだと訴えても全く気に掛けない彼女の様子から、自分の中で果てさせるつもりなのだと察し、ライラは  
我慢の限界に達するとセラを強引に引き剥がしに掛かった。  
「あっ……!?」  
 華奢な身体は容易に草むらに押し倒され、その弾みで抜けた陰茎は地に向かって精を放つ。  
 息を上げるライラを見上げ、冷静さを取り戻したセラは自分の仕出かしたことを自覚し、不安に打ち震え出す。  
 
「ご……ごめんなさい……、私、こんな、勝手な……、はしたないことを……」  
 目尻から涙が零れていた。もう答えを聞かずとも、嫌われてしまったと思い込んでいた。  
 そんな不安を拭うように気にするなと声を掛け、ライラは自分を責めるセラの髪を優しく撫でる。  
 しかしセラが待ち侘びていた肝心の返答は、決して彼女の望むものではない。  
「俺は今、あいつのことしか頭にない。あいつの誤解を解かない限り、他のことは考えられないんだ。  
 だから、今はあんたの気持ちには応えられない。これで納得できるか」  
「…………はい……」  
 開けた法衣を整えてその場に立たせ、宿へ戻るよう促す彼の背を眺め、セラは泣き出したい衝動に懸命に  
堪えている。そして、噛み締められたその口で、細やかな希望を求めた。  
「一つだけ、お願いがあります……」  
「何だ?」  
「名前……、呼んで下さい。私の名前、一度でいいんです……」  
 涙も拭わずに乞われた願いは、普段の彼女らしく控え目で、儚いながらも切なるものだった。  
 その望みを叶えることはあまりに容易で、それはライラに罪悪感すら与えた。  
「……セラ。戻るぞ、送ってやる」  
 頷きつつもセラが最後に見せた笑顔には、隠し切れぬ悲しみが滲み出ている。  
 木陰から聞こえた落ち葉を踏み締める音も、二人には風の音としか届かない。  
 
 
 ティトの部屋を誰も訪れていないと知り、慌ててセラを探していたケイトが木陰で全く動けずにいたことを、  
二人は知らなかった。  
 
 
 

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