全ての始まりは十数年前。二人の母親である魔道士ディアナが、『魔竜』と思しきドラゴンを禁呪に  
手を染め倒したことから始まった。  
 ロイドがディアナの前から姿を消して数年が経つ。これは彼の傍若無人で自由奔放な気質が起因している  
わけではない。そもそもラスニールが誕生した直接的な理由は、紆余曲折を経てディアナが罪人という烙印を  
押されてしまったことにある。  
 世に知れた罪人を正室とするわけにはいかず、彼女を傍に置くためにも彼は王位を捨てなければならなかった。  
そこで当時の友好国であったラクール国王の息子に、それまでの数々の非礼の詫びとしてラストニアを引き渡し、  
全てを任せることにしたのだ。  
 
 生涯を共にすると誓いを立てた女性の元を離れることは、苦痛以外の何物でもない。  
 当時、訳有って某情報組織のトップの座に名を連ねていたロイドは、特に組織のために何をするわけでもなく、  
それ故有らぬ因縁を付けられて今の厄介事を押し付けられるに至っている。  
 事実、各国から集められた猛者を束ねるには、彼らが認めるほどの実力を備えた人物でなければならない。  
それには良くも悪くも世界中に名を馳せていたロイドが適任であり、そのポジションに収まっているだけで  
十分に効力を発揮していた。  
 
 組織所属の、移動系魔法を得意とする某女魔道士を買収し、一時的にディアナの元へ帰還していた時期も  
あったが、組織側から釘を刺されたようでいつしか彼女はロイドの要求に応じなくなってしまった。  
 それ以来、彼はディアナは勿論のこと、誰とも一切の連絡を取っていない。早々に役目を終えてしまえば  
国へ戻れるのだが、『覇竜』討伐任務は実質暗礁に乗り上げた状態となっていた。  
 存在自体が疑わしい『神竜』はこの際置いておくにしても、相手は『力』の象徴だ。普通に考えて  
人間ごときの力で敵うはずがない。ドラゴンという種族の性質上魔力耐性も尋常ではなく、硬質な鱗は  
如何なる攻撃も受け付けない。禁呪を使えば多少の希望は見えるのかもしれないが、魔道帝国と謳われる  
ロベリア出身の高位魔道士は、術の禁断性を理由に断固として使用を拒絶する。  
 既に犠牲者も出している現状では、迂闊に手を出すことはできない。  
 
 最善策は有効な策が得られるまで決して手を出さないこと。  
 それまでは、『覇竜』と思しき黒竜について回る魔物から各地の人間を守ること。  
 これが、ロイドが彼らに与えた指令である。  
 
 今もまた、黒竜を筆頭とする魔物の群れから村の壊滅が阻止されたところだった。  
 全く同じ対応を、彼らの行く先々で繰り返すのみ。あるかどうかもわからない有力情報をただ待ち続け、  
このまま一生自国へ戻ることなどできないのではないかとさえ思っていた矢先、事態は急転した。  
 終わりの見えない任務に辟易していたロイドの元を、昔からの付き合いである組織の女が慌てた様子で訪れた。  
「ロイド!ちょっと不味いことになりそうよ」  
 彼女の名はクレア。ロイドに遠慮なく物を言えるというだけの理由で、こちらもまた当人の意思とは無関係に  
彼のサポートを押し付けられた立場にある。  
 煩わしそうに顔を向けるロイドの目の前で、クレアは状況悪化を臭わせながら両手で地図を広げた。  
 近頃の黒竜の移動傾向に特徴が見られると、彼女はペンを片手に語る。更にはその傾向が顕著となったのは、  
ちょうどケイトとティトが駐屯地を訪れた時期からであると言う。その頃からの黒竜達の移動先を彼女が線で  
繋ぐと、それは実に綺麗な直線となった。  
「……これは」  
 何か目的があるとしか思えない軌跡ではあったが、当面の問題はその先の大陸だ。  
 描かれた直線の延長上には、世界屈指のとある大国が存在する。  
「ここが目的地かどうかはわからないけど、このままだとあんたの国、やばいんじゃない?」  
 クレアの指差す先に在るのはまさしくロイドの祖国。ディアナの待つ、ラスニールだ。  
「至急ラスニールへ向かう!クレア、今すぐ召集を掛けろ!」  
「……自国が絡むとやる気出すのね」  
 命令に従うべく呆れ顔で立ち去る彼女を見つめるロイドを、途方もない焦燥感が襲う。  
 
 今までの敵の挙動から黒竜の目的が何なのか、ロイドは既に察しがついていた。  
 実際、各地の人里を襲っていたのは黒竜に纏わり付いている魔物であり、黒竜自体は何もしていない。  
まるで探し物でもしているかのようにその地の人間を観察し、各地を彷徨っているのだ。  
 
 魔物が活発化し始めたのは『魔竜』が倒された頃。もしも『覇竜』との異名を持つ黒竜が、ある敵を  
探しているのだとしたら。『魔竜』を討ったディアナの命を狙っているのだとしたら、非常に厄介なことになる。  
 
 無論推測の域を出ないが、万が一その読みが当たっていた場合、笑い事では済まされない。  
 何の対策も打てていない今、常に最悪の事態を想定して動かなければならない。  
 
 本当はケイトとティトに事情を説明しても良かった。しかし、真に伝えられてまずいのはディアナだ。  
 彼女に今の状況を伝えれば、少しでも早く元の生活に戻ろうと間違いなく参戦を申し出る。  
 敵に勝つ術を持たない今、黒竜と対峙されてしまっては命を落とすしか道はない。  
 
 下手な嘘は却って疑心を植え付ける。彼女の命を守るためにも、ロイドは連絡を絶たなければならなかった。  
 ロイドが今、どこで何をしているのか。ディアナにだけは、絶対に知られてはいけないのだ。  
 
 
 無論そんな事情を知る由もなく、ディアナは一人、ラスニールに取り残されている。  
 彼女は子を成してはいるものの、実のところロイドと婚姻関係は結んでいない。何故なら彼は、過去に  
広まった自身の死亡説を撤回しておらず、現在ラストニア王家の血筋は途絶えたとされているためだ。  
 一部の人間にこそ生存は知れ渡っているが、彼の手回しによりそれを公にしないことは暗黙の了解となっている。  
これは、また厄介事に巻き込まれ、平穏を取り戻したディアナの日常に支障を来すまいとする彼なりの配慮だ。  
 
 既に死亡したとされる人間との関係が公的に認められることはない。二人の子であるケイトとティト、  
そしてロイド本人が傍にいることが、ディアナにとっては婚姻の証だった。  
 しかし、当の娘と息子は忽然と行方を暗ませ、最愛の人も一向に戻って来ない。  
 街中を探して回っても二人の姿はなく、突然帰って来る可能性を考えると長々と家を空けるわけにもいかず。  
 ロイドの知人であるエミル国王に相談しに行こうにも、ローブで姿を隠さなければ行動できないディアナでは、  
当人の元へ辿り着く前に門前払いを食らってしまう。  
 
 何が悪かったのか。一体どこで道を踏み外したのか。  
 子供のためにも一処に留まりたいと言い出したのはディアナだ。放浪の旅を好むロイドには、それが  
苦痛だったのかもしれない。  
 そんな引け目を感じているからこそ、ディアナはロイドが自分の元を離れても、何も不満を口にしなかった。  
 しかしもう限界だ。日課としていた勉学も最近は全く手がつかず、ただ涙に暮れる日々を送るのみ。  
 
 その日も机に向かおうとも到底書物を読む気になどなれず、ディアナはただぼんやりと窓から外を眺めていた。  
 こんな時、一番傍にいて欲しいはずの人がいない。もしかしたら、彼の身に何かあったのかもしれない。  
そう考えるだけで、自然と涙が頬を伝う。  
 愛する人の姿を思い浮かべ、ぽつりとその名を呟いた時。突然扉を叩く音がディアナの耳に届いた。  
「!?」  
 ロイドか、もしくはケイトとティトが戻って来たのかもしれない。ディアナは慌てて身体を起こし、  
淡い期待を胸に、音の聞こえる方向へと急いで足を運んだ。  
 身内ならばまずノックなどしないはずで、普段は必ず相手を確認するよう細心の注意を払っていたのだが、  
この時ばかりはディアナはそこまで気が回る状態ではなかった。  
 出入口まで駆けつけ、確認もなしに勢い良く扉が開かれる。しかしそこに、彼女の期待した姿はなかった。  
 代わりに佇んでいたのは、ディアナよりも一回りほど若いラスニールの騎士。特に面識があるわけでもなく、  
ディアナは姿を隠すことすら忘れ、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。  
「……?どなた、ですか?」  
 辛うじて口にした質問に、男は何も答えない。思い詰めた面持ちでディアナを見つめているかと思いきや、  
彼は突然有無を言わせず家の中へ足を踏み入れる。そして後ろ手に扉を閉じ、当惑しているディアナに向かい  
一方的に語り掛け始めた。  
「俺は……数年前、実力を買われてこの国の騎士団の一員となった者です。だから、貴女がどんな事情で  
 ここに閉じ込もっているかは知りません」  
「あ、あの……?」  
「貴女は知らないでしょう。貴女の主人が行方を暗ましてからこの日まで、我々は上の命令で貴女の様子を  
 見守って来ました。別に一日中張り付いていたわけではありません。貴女は毎日定刻に、机に向かって  
 勉学に励む。我々はただその姿を遠くから確認するだけで良かった」  
 
 自分が今までどのような状況に置かれていたか、ディアナはここで初めて知らされた。彼女が子供と共に  
今の住み処に居着いていることは、一部の人間を除き誰も知らない。身を案ずる者がいるとすれば、それは  
自ずと限られて来る。  
 昔、ラクールで初めて会話を交わした現ラスニール国王、事、エミル国王。  
 或いは、ロイドに直々に仕えていたラストニアの宮廷騎士、事、現ラスニール騎士団長。この国に身を  
置く者ならば『宮廷騎士アルセスト』の名を知らぬ者はいない。  
 
 いずれにせよ、ディアナが絶大な信頼を置いている人物であることに違いはなく、それ故今目の前に  
現れた男に対して警戒心が緩んでしまっても、それは致し方ないことだった。本来ならばすぐにでも  
追い返すべきだったはずが、既に屋内への侵入まで許してしまっているのだ。  
 彼は相手の扱いに戸惑っているディアナを、どことなく哀愁を湛えながら真っ直ぐに見つめている。  
「俺はずっとあの窓から、貴女の姿を見て来ました。子供を持つ貴方に、抱いてはならない感情を  
 抱いていることも気付いていました。だから決して近寄らず、ただ遠くから貴方の姿を目にするだけで  
 満足していました。しかし、最近の貴女は定刻になっても姿を見せず、現れてもただ泣いているばかり……」  
 
 溢れんばかりの感情を抑え、彼は淡々と心中を述べ続ける。気の緩んだディアナに迫るよう、室内へと  
突き進む。生活空間であるはずの一室は辛うじて足の踏み場はあるものの、書物が疎らに散乱している。  
その有り様は、彼女らしくもない荒んだ日常を物語っていた。  
「貴女は若々しく美しい。貴女の人生はまだやり直せます。子供を連れてでも構わない。  
 俺と共にここから出て欲しい」  
「な、何を……」  
 純粋な彼の瞳には、邪な光など欠片も宿っていない。本気で気に掛けられているのだと察することは  
容易ではあったが、ディアナは堂々と人前に出ることはできない。  
 彼は自分が誰なのか知らないのだろうか。ディアナはそんな疑問を抱いたが、考えてみれば初めて罪人として  
顔が世に知れ渡ったのは十数年前。面影は残っているものの、人々の風化した記憶に残る若き頃の風貌は、  
今現在のディアナのそれとは異なる。彼が気付かなくとも不思議ではない。  
 しかし、たとえ人々の記憶に残っていまいと、ディアナが家を出る理由にはならない。彼女にとって、  
生涯を共にすると心に決めた人間はただ一人なのだ。  
「私はここを出るつもりはありません。待っている人がいますから」  
「……やはりあの男ですか。もう数年間戻っていないのでしょう。いつまで待ち続けるつもりですか?  
 他に女がいるのかもしれない、裏切られたのかもしれないとは思わないんですか?」  
 
「そんなことは……有り得ません……」  
 男はロイドの人物像については一切知らされていない。偶然それらしき人物を目にしたことはあっても、  
顔までははっきりと見ていない。一体何者なのか、どんな人物なのか、彼には知る由もない。  
 ロイドの身を案じて視線を落とし、不安に曇る表情を見せながらも頑なに彼を信じ続けるディアナに、  
男は徐々に苛立ちを見せ始めた。気付けばまるでディアナを責めるように声を荒らげていた。  
「信じているなら、何故そんな顔をするんですか!?俺はもう、貴女の泣き顔など見たくないんです!  
 あの男のせいで貴女が不幸な目に遭うのなら、俺は何としてでも貴女をこの手で救い出します!」  
「!?は、離して下さい!」  
 勢い余って細い腕を鷲掴む男の手を、ディアナは力の限り引き剥がしに掛かる。思わぬ抵抗に驚くあまり  
彼が唐突に力を緩めると、ディアナの身体はその反動で背後の小さなソファへと投げ出された。男はまるで  
信じられない光景を見ているかのように、呆然と立ち尽くしている。  
「こんな孤独な生活を……自ら望むと?」  
「あなたは私達のことを何も知らない。余計なことはしないで下さい」  
「そこまであの男を?一生戻って来なくとも、それでも貴女は彼を信じると?」  
「それは絶対にありません。必ず戻って来ます。とにかくあなたが何を言おうと、私はここから出ません」  
 震えた声で信を問う彼に、ディアナは毅然とした態度を以って応える。  
 二人の信頼関係は、赤の他人には理解し得ないものだ。彼は、ディアナは信じていたはずの主人に裏切られ、  
絶望の淵に追い遣られているのだと思っていた。救いの手を差し伸べれば、喜んで縋り付いて来るとさえ  
思っていた。しかし、彼女はそれに応じるどころか信に反するもの全てを拒み、悲しみしか伴わないはずの  
道を選ぶと言う。  
 長く思い焦がれて来た女性の、失意に満ちた毎日をこれからも見守らなければならない。  
 それだけは何としてでも阻止しなければならない。彼はそのために、私生活への干渉という禁を破ってまで  
ディアナの前に姿を現したのだ。  
 
「……貴女をあの男から解放する。俺はそのためにここに来た」  
 立ち上がろうとするディアナを押さえてソファに留まらせ、彼は愛しげに頬に手を伸ばす。狂気とも取れる  
光を宿した瞳に射抜かれ、ディアナは思わず身体を硬直させていた。  
「どうしても忘れられないと言うのなら、俺が忘れさせてやる」  
 ディアナが反発する間もなく、互いの唇が触れ合った。子を生んだことで大きく実った胸を弄りながら、  
男の手はディアナの上半身を押し倒して行く。逃れようにも力の差は歴然としており、着用していた白い  
ケープが外され、彼女の肌が肩から曝け出されて行く。  
 肩紐へと掛けられた手が払い除けられると、男はディアナを強く抱き締めた。そして耳元に唇を寄せ、囁いた。  
「貴女はずっと孤独な夜を過ごして来た。貴女の身体は男を欲しがっているはずだ」  
「あなたが欲しいなんて言ってない!離して!」  
「そんなことは今に言えなくなる。俺はこれから、奴の束縛を解くために貴女を抱く」  
 男はこれから行われる行為をはっきりと予告し、急くように再び衣服に手を掛ける。女として成熟した  
柔らかな肌に手を這わせ、滑らかな身体のラインに沿って腕を伸ばして行く。片手は乳房を揉み拉き、  
下半身へと伸ばされた指は繁みの中を弄り始めた。  
「や、やめて!これ以上続けるなら、私も強硬手段に出ます!」  
 ディアナが魔道士であることは、護衛対象の情報として知らされている。  
 しかし、だからどうだということはない。攻撃魔法を唱えられなければ、ディアナはただの非力な女なのだ。  
「この場で俺を排除するつもりですか?この状態でできるとでも?」  
 言いつつ彼は指を奥深くまで挿入し、潤い始めたその中を撫でるように掻き回す。ソファのカバーを両手で  
握り締めて快感に耐えるディアナの姿を一瞥し、胸に唇を寄せて先端を丹念に舐め上げる。  
 男の言う通り、しばらく身体の欲求を満たしていなかったことは事実で、これらの愛撫によりディアナの  
身体は見る間に熱を帯び始めた。  
「やっ、う……あっ……」  
 魔法の詠唱にはそれなりの集中力を要する。この状態でディアナが攻撃に転じることなど、不可能に近い。  
 つまり攻撃の手を封じるには、彼はディアナに絶え間ない快楽を与え続ければ良いのだ。  
 
 ディアナとしても、強がったはいいものの勝算など皆無だった。蜜を掻き出すように内部を穿る指の動きは、  
彼女から甘い声を容赦なく引き出す。身体に力が入らず、身を捩ることもままならない。  
 やがて指が引き抜かれ、ディアナに安堵の息を吐かせるがそれも束の間。今度は二本の指が捻じ込まれ、  
彼はそのまま関節を曲げて女ならば誰しもが悦ぶであろう、ざらついた壁を圧迫し始めた。  
「んっ!は……、あぁっ!!」  
「この感覚、久しいでしょう。気持ち良いでしょう?貴女の主人は、貴女の心も身体も、ここまで欲求不満に  
 陥れている。わかりますか」  
 
 少なくとも、本人の意思とは無関係に過敏に反応してしまう身体は、彼の指摘が正しいことを示している。  
しかし当然ながら、ディアナは決してその事実を認めようとはしない。目を閉じながら首を振るディアナに、  
己の身体が如何に『雄』を求めているかを自覚させるべく、彼は圧迫を続けていた指を露骨に暴れさせた。  
「やっ、やだ、ぁ、ぁぁああっ!!」  
 迸る快感がディアナの身体を駆け巡る。背筋を伸ばして震える身体は、容易く絶頂を迎えたことを  
示している。男は満足げに指を引き抜くも、そこは未だに微かな痙攣を続けて指を離さず、更なる快楽を  
待ち詫びていた。  
「相当溜まってますね。こんなになるまで放置されているのに、まだ信じると?目を覚まして下さい」  
「あ、あなたには、わからない……、もう、やめて……」  
「……わからない人だ」  
 彼は憐れみを込めた眼差しを向け、勃ち切った自分のものをディアナに充てがった。はち切れんばかりに  
膨張した陰茎は、恋い焦がれて止まなかった女性を求め、先端から徐々に、その姿を消して行く。  
「だめ!それだけは……、んっ……!」  
「ずっと、こうして貴女を抱きたいと思っていました」  
 両脚ごと彼女の身体を折り畳み、両手を握って抵抗を封じ、彼は既に半分以上埋め込まれている自身を  
根元まで突き入れた。長い間男を一切受け入れていなかったディアナの身体は、挿入されただけでほんのりと  
肌を朱に染め上げ、逸るように侵入物を締め上げる。  
 身を硬くするディアナを見つめながら、彼はゆっくりと腰を振り、期待に応えるように次第に速度を上げて行く。  
「い、いやっ!や、あうっ!」  
「どうですか。あの男との経験など、もう記憶に残っていないのでは?」  
「そんな、こと、ぁあっ」  
 
 自分を刻み込むよう、男は腰を突き出して奥深くまで、幾度もディアナを貫く。その度に見せる彼女の  
甘い反応は、彼にとって過ぎるほどに好ましいものだった。しかし、それはディアナの信頼を裏切り  
今も苦しみを与え続けている憎き男が、過去に何度も彼女を悦ばせた証なのだ。そう思う程、彼の腰遣いは  
荒々しいものとなっていった。  
「いやぁ!やめて!こんなこと、しても、何も変わらな……、ああぁっ!」  
「貴女があの男のことを諦めるまで……、忘れ去るまでやめません」  
 訴えを遮るよう、彼は一際激しく腰を打ち込む。鼻に掛かった悲鳴に混じりロイドの名が呼ばれる度、  
その記憶を消し去ろうとするかのように強く腰を叩きつけ、ディアナを酷く喘がせる。  
 
 強烈な快楽に悶えながら、ディアナは堪らずに涙を零していた。ロイドとの記憶を忘れ去ることなど  
できるはずがない。一時は命を落としてまで身を守り、地位も権威も全てを手離してまで共に歩む道を  
選んだ彼が、子供諸共自分を棄てるなど絶対に有り得ない。  
 必ず戻って来ると信じている。彼以外の人間に屈するなど、絶対にあってはならない。  
 ディアナは身を苛む快楽に耐えつつ、心の中でそう誓う。それは同時に、今自分を襲っている男に対する  
猛烈な反抗心を芽生えさせる。  
「まだ、気は変わりませんか」  
「こ、この程度で、変わると……本気で、思ってるの?」  
「……この程度?」  
 男の声色が変わっていた。返答次第では事態の悪化を招き兼ねなくとも、ディアナは精一杯の抵抗を、  
自分の確固たる意思を示すこと以外頭になかった。  
「こんな、少し身体を満足させたくらいであなたについて行くと思ってるの!?この程度、あの人の  
 足元にも及ばない!」  
 
 相手の神経を逆撫でするであろうことはわかっていたが、ディアナはどうしても抑えることができなかった。  
 口走ってしまった挑発文句に、男の目に深い嫉妬の光が宿る。  
「この程度、か……」  
 彼はぽつりと呟き、突如腰を強く打ち付ける。そのまま膣の最奥部である子宮口に亀頭を押し付け、  
ディアナの腹から小さな声を絞り取る。  
 その直後、二人の叫びが交わった。  
 
「これでも同じことが言えますか!?これでも奴に劣ると!?」  
「あ、あっ、あぁああっ!いやああぁぁっ!!」  
 小刻みに最奥を圧迫され、内臓を揺さ振られ、望まぬ深い快楽にディアナはただ咽び泣く。泣きながら  
やめてと叫んでも、男は息を上げながら夢中で快感を貪っている。決して達するまいと、絶頂へと導く  
快楽に唇を噛み締めて耐えていたが、結果としてそれが無駄な徒労と終わるのは時間の問題だった。  
 子を持ちながらも主と認めた人間以外の男と身体を重ね、こともあろうかその身体は悦に入ってしまっている。  
混濁して行く意識の中、ディアナは自責の念から一筋の涙を流す。  
 
 快楽に呑まれ、弾け飛ぶかと思われた意識は、突然耳に届いた慌しい足音により持ち直された。それは  
行為に没頭していた彼も同じで、はっとした様子で部屋の入り口に顔を向けている。  
 そこには任務の都合で急遽帰国を果たした、ディアナが再会を切に願っていた人物が息を切らしながら扉を  
開け放っていた。しかし、ディアナの悲鳴に血相を変えて駆け付けたロイドを目にしても、男は全く動じない。  
それどころか自分達の関係を見せ付けるかのように殊更激しく腰を打ち、最後の最後までディアナを喘がせる。  
「っ!?いやあぁっ!もうやめてぇっ!!」  
 震えながら泣き叫び、ディアナは為す術もなく昇り詰めていた。意識が白み、再度の絶頂を覚悟した時。  
 ディアナはロイドの手により男と引き離され、果てさせられる寸前で底知れぬ快楽の海から救い出された。  
 
 ロイドの瞳に、快楽の余韻に苦しむディアナの姿が映る。伴侶と認めたはずの女が、見知らぬ男との姦通に  
甘んじていた。  
 恥部に猛烈なピストンを受けて絶頂を迫られる彼女の姿は、ロイドに思いも寄らない現実を見せつけていた。  
しかし合意の上の行為でないことは、涙に濡れた彼女の顔を見ればわかること。  
 ディアナから強引に引き剥がされ、床に叩き付けられた男は悪びれる様子もなく、自分の胸倉を掴むロイドを  
睨み付けている。  
「俺を殴るのか?彼女をここまで悲しませておきながら……今更のこのこ戻って来た分際で、俺を殴れるのか?」  
 
「……そうだ、全部俺が悪い。ディアナが一人悲しんでいたことも、今ここにおまえがいることも、  
 全て俺のせいだ。だから……」  
 言い掛けて、ロイドは握り締めていた拳を渾身の力を込めて振り下ろす。男の頬へと叩き付けられた  
その一撃だけで彼は立ち上がり、怯んだ男を見下ろしながら先を続けた。  
「今日はこれで見逃してやる。俺の気が変わる前に失せろ」  
 騎士剣を所持している彼はどう見ても城の人間であり、顔さえ覚えていれば後でどうにでも処分できる。  
今は男のことよりも、望まぬ肉体関係を強いられたディアナの精神状態の方が余程気掛かりだった。  
 
 殴り倒されながらも男は物言いたげにロイドを睨み付けていたが、ディアナの嗚咽に気付くと、何とも  
やるせない表情を湛え視線を落とした。  
 結果として、ディアナの言う通りロイドは彼女の元へと戻って来た。今この場にいる者のうち、邪魔者が  
誰なのかわからないほど馬鹿ではない。彼は悔しげに拳を握り締め、再びロイドに向き直る。  
「またこの人を泣かせてみろ……二度目はないぞ」  
 ロイドの返答も待たず、男はよろめきながら立ち上がり、名残惜しげにディアナを一瞥した。釈然としない  
表情を湛えながらも、彼はおとなしくその場を立ち去った。  
 男の背を見届けていたロイドの耳に、不意にディアナの恨めしそうな声が届く。  
「どこに……行ってたの……」  
 半身を起こして乱された着衣を押さえ、彼女はロイドを見上げている。悲しみに染まった碧い瞳からは、  
大粒の涙が零れていた。  
「ねえ、今までどこに……!」  
 最後まで言葉を紡げずに泣き崩れるディアナを、ロイドは声を掛けることすら忘れて抱き締める。  
数年という空白を埋めるよう、寂しさに支配された彼女の心を少しでも満たすよう、身動きも取れぬほどに  
強く抱き締める。  
 言い訳をするつもりなど毛頭なかった。理由はどうあれ、長い間妻子を置き去りにしていたことは事実なのだ。  
「ディアナ……すまない」  
 ロイドは自分の胸で泣き続けるディアナに一言謝罪を述べ、彼女の顎を引き上げて唇を塞いだ。  
 再会を願っていたのはディアナだけではない。次に会えた時は、彼女が音を上げるまで愛してやろうと  
決めていた。  
 
 彼女をソファの背に寄り掛からせ、涙が落ち着くまで彼は決して唇を離さなかった。孤独に染まった  
ディアナの心が安らぐまで、惜しみ無い口付けを落とし続けた。  
 ロイドがディアナの不自然な仕草に気付いたのは、それから程なく時間が経った頃。彼女はどこか  
もどかしそうに、何度も内腿を擦り合わせている。  
 認めたくはなくとも、玄関先まで悲鳴が届くほど悦ばせられていたのだ。女という生き物である以上、  
本能的にその先を求めるのは当然のこと。しかしディアナはそれを誤魔化すよう、自分の中の情欲を  
抑え込むように、固く太股を閉じている。  
 そんな自制に満ちた姿を見せられて、彼女の希望に応えずにいることは不可能だ。今、ディアナが誰を、  
何を求めているのかは、最早わかり切ったことなのだ。  
「我慢するな」  
 しかしロイドが遠回しに脚を開くよう指示しても、ディアナはそれに応えない。催促を兼ねて太股に手を  
這わせると彼女の身体は再び熱を帯び、当のディアナも上気した顔を見せるが、やはりロイドの指示に  
従おうとはしない。  
 見知らぬ人間と関係を持ってしまったことを気にしているのかもしれない。  
 そう勘繰り、ロイドが半ば強引に両脚を抱え込むと、ディアナは慌ててその行為を止めに掛かった。  
「ちょ、ちょっと待って!」  
「どうした」  
「二人が……ケイトとティトが戻って来ないの。今はこんなことしてる場合じゃない」  
 ディアナの訴えに、ロイドは訝しげに眉を顰めた。  
 すぐに帰国するよう言いつけたはずの二人が、まだ戻っていない。最近やけに反抗的な態度を取るケイトでも、  
慕っていたはずの母親の元を長く離れるとは考えにくく、流石に気に掛けないわけにはいかない。  
 
 しかし。仮に二人を見つけ出したとして、心身共に弱り切ったディアナを見て何と思うだろうか。  
 ケイトは母親に似て感情的な行動を取ることが多々あるが、ティトは反対に冷静で極力面倒事を避ける  
傾向にある。つまりティトが同行している限り、大事に至る可能性は低い。  
 今は少しでもディアナの心を満たしてやることが、最終的に好ましい結果を生むはずなのだ。  
 
「俺が後で探して来る。何も心配しなくていい」  
 性的欲求が溜まっているのはロイドも同じこと。乱され、露となったディアナの白い肌を目にするだけで、  
今すぐにでも彼女が欲しいと身体が訴える。逸るように膝を折って内腿を開かせ、その中心部へと猛る陰茎を  
押し当てるだけで、ディアナはびくりと震えた。  
「待って、だめ、今すぐ二人を……」  
「大丈夫だ。もう少し信用してやれ」  
 返答も待たずにロイドは一気に腰を進め、自身を根元まで埋め込んだ。彼女は変わらず二人を探すよう  
訴えているが、ロイドにとってはディアナも大事な存在なのだ。他の男の手がついた状態で放置しておくこと自体  
癪に障る上、挿入してしまった以上彼女が自分に溺れる姿が見たくて仕方がない。  
 軽く奥を突くとディアナは小さく吐息を漏らし、それきり口を閉ざした。ゆっくりと腰を引くと頬を染めて  
身悶えし、勢いをつけて突き入れると身体を反らして高く悩ましい声を上げる。  
 それを何度か繰り返していると、ディアナはロイドの肩に手を添え、戸惑いに満ちた眼差しを向けた。  
 子供が行方不明なのだから、情事に耽っている場合ではない。彼女の瞳は未だにそう訴えている。  
「そんなに心配か?」  
「だって、もう半月近く戻ってないもの。今すぐ探しに……」  
「そうか。じゃあ手早く済ませてやる」  
 言いつつ彼女の身体を手前に引き寄せ、互いの腰を密着させ、ロイドはソファの弾力を利用して強く腰を  
打ち始めた。沈み込むバネに合わせるようなディアナの心地好い嬌声が、途端に部屋中に響き渡る。  
「あっ!やぁっ!ロイド、だめ、早く……!」  
「わかってる」  
 要望通り、彼が腰の動きを唐突に速めて行くと、ディアナはろくに動かない腰を懸命に捻りながら  
見る見る昇り詰めて行く。  
「ああぁっ!!ち、違っ……、ん……っ!ああぁあっ!!」  
 既に絶頂寸前まで追い詰められていた身体は難なく限界に達し、ディアナは声を張り上げながら力無く  
腕を落とした。  
 繋がったまま、ロイドは脱力し切ったディアナをソファから自分の腰の上へと引き摺り下ろし、両腕で  
その身体を抱え込む。彼女も弱々しいながらも背に腕を回すと、二人は絡み合うように抱き合った。  
 
 抱擁に応じたが最後。ロイドは膝を立ててディアナの下半身を押さえ、結合部の上に座り込んでいる彼女を  
下からを持ち上げるように突き上げ始める。立ち上がれぬように肩を掴み、全身を覆い隠している大きな  
マントで彼女の身体全体を包み込み、完全に逃げ道を失わせる。  
「んっ……うっ、あっ!」  
 密着することはできても、僅かにも離れられる体勢ではない。突き上げられる度、ディアナ自身の体重が、  
埋め込まれた陰茎を最奥部まで導く。  
 声を押し殺して喘ぐディアナの姿は、昔と何ら変わっていない。どうしてもロイドから逃げられず、逆に  
彼にしがみ付いてしまう仕草も、爪を立てて背を掴み快楽に耐える様も、耐えさせまいと一層激しく揺さ振られ  
何度も達してしまう姿も、昔と何も変わっていない。  
 異なる点は、恍惚とした彼女の表情が決して晴れていないこと。子供の行方が気になって仕方がないのだ。  
それでも見知らぬ男ではなく、自分の愛すべき人から立て続けに絶頂を与えられ、ディアナは既に至福に  
満たされつつあった。  
 しかし、ロイドの欲求はこの程度では収まらない。今まで周囲に女が居ないわけではなかったが、  
最早他の女には何の興味も沸かなかった。もう、何をするにもディアナが相手でなければ駄目なのだ。  
 
 彼女が泣こうと叫ぼうと、ロイドは一瞬たりとも動きを止めない。止めたかと思うとぐったりと体重を  
預けるディアナをしっかりと抱き直し、休む間も無く再開する。どちらかの体力が尽き果てるまで  
交わり続ける執拗さは昔から見られるものではあるが、久しく身体を求められていなかった上、ある程度  
年齢を重ねたディアナにとっては堪ったものではない。  
 一頻りディアナを悶えさせると、ロイドは彼女の身体を軽々と持ち上げてソファに横たえ、その上に  
覆い被さり再び唇を貪った。今度は深く、味わうように舌を絡め、そのまま彼女自身を求めて一心に腰を  
打ち始めた。  
 
 耳に届く心地好い喘ぎがロイドを煽るが、彼の欲求は一向に満たされない。こびり付いて離れない一抹の  
不満が原因だった。誤魔化すように一際深く自身を押し込み、捏ね回し、ディアナの乱れる様を眺めても、  
彼女が自分以外の男と身体を重ねてしまったという不満を拭い去ることはできなかった。  
 腰を掴み、手前から奥まで水音を立てながら一思いに何度も貫くと、ディアナはその度身を捻り歓喜の  
悲鳴を上げる。しかし、全く足りない。先程玄関先で耳にした甘い叫びは、この程度のものではなかったのだ。  
 無意識のうちに膣内での往復速度が上がって行く。ディアナがどれほど喘いでも、何度ロイドの名を呼んでも、  
執拗に繰り返される抽送は全く終わる様子がない。  
 積もり積もった快楽に耐え切れず、彼女が声を詰まらせ始めた頃。ロイドは勢い良く奥深くまで自身を捩じ込み、  
そこで動きを止めた。焦点の定まらぬ瞳を向けるディアナに優しい眼差しを返し、安心させるように抱き締める。  
応えるよう、彼女も力を振り絞って首に腕を回したその途端、ロイドはディアナの下半身を揺さ振るように  
小刻みに腰を動かし始めた。  
「ぁあっっ!!────っっ!!」  
 堪らずに身を強張らせ、ディアナは声も出せずに腕に力を入れる。しかし最奥を圧迫されたまま執拗に  
身体を揺さ振られ、ディアナはやがてあられもない声を上げ始めた。  
「いっ、ぁああ……っ!だ……め、ああっ!やあぁあっ!!」  
「ディアナ、そうだ、もっと鳴け」  
 全神経を以て自分を感じさせるよう、ロイドは震えるディアナを揺すり続ける。喉を晒して果てる彼女から、  
更なる甘い叫びを引き出し続ける。  
 愛する人に与えられる快楽は測り知れず。それは顔も知らず、一方的に情事を強いた男の比ではない。  
 拘束でもしているかのようにしっかりと抱き竦められ、一切の身動きも許されず、ディアナはその無尽蔵な  
快楽にただ悶え、叫び続けるしかなかった。  
「ロイド!だめ!もうだめっ!」  
「これくらい、いつものことだろ」  
「そ、んな、や、あああぁっ!!」  
 絶頂を迎えても延々と奥を突かれ、ディアナは縋るように彼の背を握り締める。息も絶え絶えに喘ぎ続ける  
彼女を更に強く抱き締め、ロイドは尚も腰を打つ。  
 
 今や溜まりに溜まった欲求不満の捌け口は彼女しかない。ロイドは気の行くまで、限界を感じるその瞬間まで、  
過ぎる快楽に咽ぶ彼女を更なる快楽を以て愛し続ける。彼に力の限りしがみつき、身を貫く凄まじい快楽に  
震えながら、ディアナは呼吸もできずに身体を仰け反らせ続けた。  
 突如急激な収縮を始めた膣壁は、同時に達したロイドの精を余すことなく搾り取る。彼は堪らず小さく呻き、  
自身の収まりを待ってゆっくりと腰を引いた。  
 互いの情に塗れた粘液が、止め処なく溢れ出ていた。  
 
 
 腰まで伸びた美しい金色の髪を撫でられ、ディアナはどこか嬉しそうな眼差しを返す。ロイドは絶頂の  
余韻に浸るディアナを見つめたまま、答えの知れた質問を投じた。  
「動けるか?」  
「動けない……」  
「じゃあここでおとなしく待ってろ。これから二人を探すよう手配して来る。絶対に外に出るな」  
 ロイドは一方的に言い放ち、ディアナの顔色の変化に気付きながらも返答も待たずに表へと出た。  
 ディアナは慌てて気だるい身体を起こし、覚束無い足取りでその背を追う。  
「待って!」  
 与えられた指示に従わず、ディアナは屋外へと姿を現した。乱れた着衣を整えもせず、迷わずに飛び付いて来た  
ディアナを、ロイドは正面から受け止めるしかなかった。  
「私も一緒に行く!」  
「だめだ!すぐ戻るから待ってろ!」  
「嘘!そうやってすぐ居なくなるんだもの!もう一人で待つのは嫌なの!もう、置いて行かないで……!  
 ロイド、お願い……」  
 
 必ず戻ると彼がどれほど説得しようとも、ディアナは決して首を縦には振らなかった。  
 
 気休めを口にしているわけではない。ロイドはもう、彼女の元を離れるつもりはなかった。  
 もし黒竜の狙いがディアナなら、ここで如何なる手を使ってでも黒竜を食い止めなければならない。  
 ただの杞憂に終わったとしても、心身共に消耗してしまった彼女をこれ以上一人にしておくわけにはいかない。  
 いずれにせよ、ラスニールが最終決戦の舞台となることは必至であると読んでいた。  
 
 一緒に行きたいと涙ながらに縋り付いて来る彼女を、ロイドはただ無言で抱き締めることしかできなかった。  
 買収していた魔道士の移動魔法を濫用して先回りしたはいいものの、敵はいつラスニールに辿り着くか  
わからない。万が一黒竜の目に触れてしまったら一巻の終わりだ。  
 ディアナを片時も離さずにいるのなら、ロイドは外を出歩くことはできないのだ。  
 
 
 途方に暮れながらも彼女を抱き締めるロイドと、孤独を恐れて泣き付くディアナの姿を、今しがた帰国した  
ケイトが複雑な面持ちで遠くから眺めていた。ティトはその隣で、面白そうに姉の様子を観察している。  
「どっちに妬いてんの?」  
「…………」  
 冷やかしを入れるティトを睨み付け、ケイトは再び視線を戻す。浮かない表情を見せる姉を、ティトは  
溜め息を吐きながら、仕方なしに諭しに掛かった。  
「大人の事情ってものもあるんだよ。君のその素直じゃない性格はどう見ても父親譲りなんだから、  
 父さんのあの態度も何か隠してるんだって普通にわかるよ」  
「……本当に?本気でそう思ってる?」  
「思ってるよ。何で疑うんだよ……。とりあえず一度出直そう。親と言っても一応男女なわけだし。  
 まさかここで気遣いもできないほど空気読めないわけじゃないよね?」  
「おまえはいちいち一言多い!言われなくてもわかってる!」  
 ケイトは小声で弟を怒鳴り付け、ティトの腕を掴んで有らぬ方向へと引き返す。向かう先には森しか見えない。  
「ケイト?どこ行くの?」  
「ライラが用があるんだと。後で来いって」  
「……なんで僕も付き合わなきゃいけないんだよ」  
「おまえも連れて来いって言われてるんだよ。ちょっとくらい構わないだろ。付き合え」  
 ティトは思わず眉を顰めた。ライラに呼ばれるなど心外にもほどがある。しかし、ここで彼の企みを  
勘繰ってもわかるはずがなく、結局黙ってついて行くしかない。  
 
 日は既に沈み掛けている。二人の姿は、暗い森の奥へと消えた。  
 
 

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