呼び出された場所は人気のない森の中。鬱蒼と繁る木々が、一面に広がる湖を囲うだけの何もない空間だ。  
 両親と会わずに向かったため早過ぎたか、二人が辿り着いた頃にはまだライラの姿はなかった。  
 仕方なく湖畔に座り込み、彼が現れるまで二人は時間を潰すことにした。思えば姉弟二人でのんびりと  
他愛ない会話を交わすのは、記憶を辿れぬほどに久しい。白竜に取り憑かれて以来、予想だにしない珍事が  
ありすぎて、落ち着く暇もなかったのだ。  
 ティトはケイトの隣で寝そべると、夜空を見上げて呟いた。  
「結局何もわからなかったなぁ」  
「何が?」  
「神竜の伝承だよ。こいつ、いくら話し掛けても何も反応しないし。何考えてるのかさっぱりわからない」  
「あ、あぁ……そういえば」  
 生活にもほとんど支障がなく、一方的に何か語り掛けて来るわけでもない。その存在感の希薄さは、  
依り代とされていること自体を失念させてしまうほどだ。  
「ケイト、僕らは人間だ。ドラゴンよりも短命なんだ。この状態が続けばいずれ共倒れするのは目に見えてる。  
 そうなる前に、こいつは必ず別の媒体に移るはずなんだ」  
「そうなったら、私もティトも終わり……か」  
 姉弟の命を繋ぐ契約は、依り代としての役目を終えた瞬間に無効となる。二人の中に潜みつつ、着実に  
力を蓄え、より都合の良い媒体が見つかれば白竜は間違いなくそちらへ移る。たとえ二人の命の灯火が  
燃え盛っていようとも、彼らにとって取るに足らない存在である人間の命など簡単に切り捨てるだろう。  
「私が命を差し出せば、ティトだけでも生きられるのかな」  
「笑えない冗談はやめてくれ。そんな重い十字架背負ってまで生きたくないよ」  
 双子として生を受けた以上、運命は共に受け入れる。ケイトもティトも、それは共通の意識として  
持ち合わせている。  
 だからこそ、二人がこれからも共に生き続けられる道を、何としてでも見つけ出さなければならない。  
 白竜が、次の依り代を得る前に。  
 
 
 当てもない希望を胸に、二人は揃って満天の星々を見上げた。  
 あらゆる物質を呑み込み、悠久の時を経る広大な宇宙は、人という存在の儚さを実感させる。  
 たとえ二人がその若き命を散らせようとも、万物は滞りなく流転し、時の歯車は一寸の狂いもなく  
回り続けるのだ。  
 運命には逆らえないのだという絶望感が、未来へと掛けられる二人の希望を奪って行く。  
 重い沈黙が場を支配し始めた時。唐突に、二人の背後から声が掛けられた。  
「なんだ、諦めるのか」  
 二人同時に振り向いた先にあったのは、湖畔に歩み寄るライラの姿。普段ケイトと接する時とは異なり、  
至って真面目な面持ちで、座り込む二人を見下ろしている。  
「……人を呼び出しておいて盗み聞きとはね。いるならさっさと出て来いよ」  
 相変わらずのティトの皮肉にも、彼は顔色一つ変えない。ただケイトに視線を送り、黙って様子を窺っている。  
 
 彼は『神竜』、つまり白竜の存在を知っている。竜の意思を拾う彼の力を以ってすれば、人の精神に  
介入する白竜から何らかの情報を得ることは造作も無い。  
「もしかして、何か知ってるのか?何か方法があるのか?」  
「ないことはない。ただしケイト、おまえ次第だ」  
 二人を白竜による命の束縛から解放すること。彼の含みのある物言いから、これが姉弟揃って呼び出した  
理由なのだと、ティトは察した。  
 しかしティトの命は一度失われている。仮に白竜が協力に応じたとしても今の弱り切った力では、  
第三者の命でも捧げない限り、二人が個々の命を得られるとは考え難い。  
「僕ら、こうなってまだ数ヶ月しか経ってないんだ。こいつがどこまで力を取り戻しているかは知らないけど、  
 新たな命を生み出せるほど回復してないと思うよ」  
 『無』から『有』を生み出すには膨大なエネルギーを消費する。これは万物における絶対不変の理であり、  
当然ながらドラゴンにも同じことが言える。しかしライラはそれを肯定した上でティトの主張を撥ね退け、  
ケイトに向かってきっぱりと言い放った。  
「命ならある。なぁ、ケイト」  
「…………」  
 ケイトの身体から、嫌な汗が滲み出ていた。  
 彼が一体何を示唆しているのか。何をさせようとしているのか。船でつわりと思しき吐き気に襲われた  
ケイトに、わからないはずがない。  
 
 動揺と疑りの眼差しを向けるケイトに、彼は疑心を拭い去る確信的な言葉を浴びせ掛けた。  
「助けてやるって、言っただろ?」  
「!!」  
 ライラの思惑を完全に理解した途端、凄まじい重圧がケイトの身に圧し掛かる。  
 決して産声を上げることのない生命を宿し、失われた命に替えること。  
 これこそ彼がケイトの元を訪れ、外に連れ出して強引に身体を重ねた理由なのだ。  
 
 ライラの子供であるという確証はないが、彼はケイトが自分以外の男と身体を重ねた事実は知らず、  
ティトも自分が姉と肉体関係を持っていることを知らない。第三者から見れば、ライラに孕まされた  
子供であると考えるのが最も自然であり、要らぬことを言うと無駄に話が縺れてしまう。  
 絶句するケイトに、何も知らないティトが横から口を挟んだ。  
「内輪話されてもわからないんだけど……」  
「……私、多分妊娠してるんだ。しかも、こいつの」  
「……は?妊娠!?」  
 突然の告白からティトは全てを悟り、同時に釈然としない様子でライラを見遣る。  
 未熟と言わざるを得ない状態の生命を、個々の命に替えることが可能なのか。できるとすれば白竜しか  
いないが、果たして人間の要求に応じるのか。  
 ティトの懸念に気付き、ライラは敢えて声に出して白竜に語り掛けた。  
「おい、神竜。聞こえてるんだろ。俺はおまえの指示を守り続けた。約束を果たせ」  
「ちょ、ちょっと待て!本気で言ってるのか!?」  
 尊き命を奪うなど、冗談でも口にすべきことではない。詰まるところ、本気で言っているのだ。  
 それを理解した上で、ケイトはライラに否定の返事を求めた。このような勝手な理由で奪われる命など、  
あってはならないのだ。  
 しかし、望む答えを得る前に、全員の意識下に何者かの思念が入り込む。  
 それは紛れもなく、一切の沈黙を守っていた神竜の『合意』の意思。  
「ケイト。異論は……ないよな」  
「待て、こんなやり方……、私は……」  
 
 ケイトの意思に関係なく、神竜が動いた。  
 宿された命の欠片を拾い上げ、残された魔力を以って、その生命力を増幅させて行く。  
 
 数秒と掛からずして完成した個の命が、元の器に戻ることはない。  
 姉弟を繋いでいた命はティトに受け継がれ。  
 ケイトが止めに掛かる間もなく、神竜は、二人に個々の命を与えた。  
 何の前触れもなければ何の異変も伴わない、ただ一瞬の出来事だった。  
 
「終わったそうだ」  
「……嘘だろ」  
「嘘じゃない。弟で試してみろよ」  
 ライラに促され、ケイトは即座に傍観を決め込んでいたティトへ振り向き、その腕を掴む。  
 そして、固唾を飲んで一歩退く弟の身体を張り倒し、慌てて関節技を仕掛けた。いつしか痛みを感じた  
力を以て、あるはずの痛みを求めて、苦悶の叫びを上げる弟を懸命に締め上げた。  
「も、もういいだろケイト!僕はこのために呼ばれたのか!?」  
「痛く……ない……?」  
 感じるはずの激痛がなく、ケイトは唖然とした様子で激痛に悶える弟から手を離した。関節を押さえつつ、  
呆然と立ち尽くすケイトの頬を引っ張り、ティトは仕返しに現実を突き付ける。  
「……痛い?」  
「……痛い」  
 痛覚が機能している以上、夢ではないのだ。痛みが伝わらないにも拘わらず、二人は生きている。  
 これはつまり、この世に生を受けるために誕生したはずの命が、失われてしまったことを意味している。  
 
 ケイトは恐る恐る、ライラへと振り返った。彼の常軌を逸した倫理観に何も言葉が出ない。  
 悪びれる様子もなく、無表情のまま自分を見つめる彼を目前に、徐々に痛烈な悲しみが込み上げていた。  
 勢い任せにライラに掴み掛かるも、その力はあまりに弱々しいものだった。  
「他に……やり方はなかったのか」  
「これは神竜お墨付きの方法だぜ。やるなら俺が適任だろ」  
 好きでもない男との子供を生みたかったわけではない。しかし、堕胎という行為にはあまりに抵抗がある。  
 結局どうすべきであるのか、ケイトは答えを得ることができていなかった。  
 しかし、否応なしに種を仕込み、不本意であろうとも私事に巻き込み、挙げ句の果てには与えた命の  
行く末を、ケイトの判断も待たずして決めてしまう始末。  
 命を救うためとはいえ、人生を左右し兼ねない大事な局面までも振り回され、ケイトはもう、穏便に  
事を済ませることはできなくなっていた。  
「私とティトを助けるため……?そのためなら命の一つくらい、平気で捧げられると……?」  
「……殴りたきゃ殴れよ。それで気が済むなら」  
「お、おまえ……ッ!」  
 拳に力が込められる。しかし、どうしても手を上げることができない。  
 先日の彼の告白の通り、ケイトに宿されていた命は決して息吹くことのないものだ。未来ある人間の命に  
替えられるなら、子孫を残せぬ彼にとっては本望だろう。たとえ選んだその道が、背徳的な道であろうとも。  
 
 最早何が正しくて何が間違いなのか、ケイトにはわからなかった。  
 拳を振りかぶって見せるも、それが彼に向かって振り降ろされることはなく。  
 代わりに残されたのは、弱々しい精一杯の『強がり』だった。  
「…………最低……だ……」  
「……?ケイト?」  
 静かに拳を下ろし、悲しげに俯くケイトの様子は普段の威勢の良い姿とは明らかに異なる。ケイト自身も  
思いも寄らぬ自分の異変に気付き、慌てて二人から離れて背を向けていた。  
 何度名を呼ばれようとも「寄るな」と突っ撥ね。  
 遂にはどうにも居た堪れずに、森の奥へと姿を消してしまった。  
 
 残されたティトが、深く長い溜め息を吐く。そのまま腕を組み、実に煩わしそうにライラに声を掛けた。  
「追わなくていいの?後で面倒見るの僕なんだけど」  
「化けの皮剥いでやるとか、あいつに近付くなとか言ってなかったか?」  
「ケイトが全部ばらしちゃったからなぁ。もう剥ぐ皮も無さそうだし、結局敵でもないようだし。  
 あんたのこと、ケイトの方がよくわかってるだろ。別にもう興味ないよ」  
 
 邪魔者は退散すると言いたげに、ティトはライラに背を向けた。神竜の出した『指示』に興味はあったが、  
今はそれでどころではない。  
 今回ばかりは、恐らくティトの言葉はケイトには届かない。当事者同士でなければ解決できないことなのだ。  
「わかってると思うけど、言いたいことははっきり言わないとケイトには伝わらないよ。  
 僕もこう見えて、いつも苦労してるんだ」  
 この状況を何とかしろと遠回しに言い残し、ティトは来た道を戻り始める。はためく黒のマントが  
視界から消え去っても、ライラはその場から動くことができずにいた。  
 
 ケイトが最後に見せた反応は、ライラにとって実に意外なものだった。  
 失望され、罵られ、いつものように力で訴えて来るものと思っていた。これからも変わらぬ姿で  
生きていてくれるなら、それで良いと思っていた。  
 しかし、現に示された反応はそれとは正反対のもの。ライラが強いた現実は、まだ多感な年齢期である  
少女にはあまりに重過ぎた。ケイトの芯の強さを、信じ過ぎていたのだ。  
 
 おもむろに、彼はケイトの元へと足を踏み出す。湖畔に沿って森の奥へと進み、湖頭を越えるとそこには  
また別の湖が広がっていた。  
 
 ケイトは湖畔の岩陰で丸くなり、膝に顔を伏せている。  
 ライラが近付いても振り向かず、無言のまま肩を震わせている。  
「なんで……泣いてんだよ」  
「…………」  
「どうせ死ぬんだぞ。生まずに済むなら願ったり叶ったりだろ」  
 無神経な言葉に、ケイトは勢い良く顔を上げる。  
 非難の眼差しを受けると同時に目が合い、彼は謝罪すら忘れてその場に立ち尽くした。  
 
 蒼白い月の光を受けて煌き、音もなく揺蕩う湖面。  
 その傍らに佇む、翠の瞳に涙を湛える少女。  
 
 これらの情景が相俟って、月光に照らされたケイトの姿は、ライラにはこの上ないほどに魅力的で、  
恐ろしいほどに妖艶に映る。場違いな感情であるとわかっていても、普段の明朗快活な姿との驚くほどの  
差異に魅せられ、彼はつい言葉を失ってしまった。  
「わ、悪い……」  
 一呼吸置いた後、掠れた声で失言を謝るも、ケイトは変わらず彼を睨み付けている。  
 普段ならば、挑発にはすぐに乗って来るはずだった。何度か会話を応酬すれば、すぐにいつもの調子を  
取り戻すだろうと思っていた。  
 しかし、ケイトは何の言葉も返さない。正確には言うならば、何も言葉にできずにいる。  
 これは順調と思われたライラの計画が、最後の最後で失敗してしまったことを意味していた。  
 ライラは静かにケイトの隣に座り込む。自虐的な笑みを浮かべた彼を、ケイトは不思議そうに見つめている。  
「……ケイト。おまえが知りたがってたこと、教えてやろうか。少し長いぜ」  
 
 
 当時、少年であった彼の記憶は死に等しいほどの苦痛から始まる。  
 それ以前の記憶はなく、自分の年齢すらわからない。生まれて十年と教えられたが、年齢など時機に  
意味を成さなくなると言われていた。  
 
 脳を蝕む激痛は、死んだ方がましだとさえ思えるほどのものだった。  
 痛みが和らいだかと思えば、見知らぬ女に失敗だと言い捨てられ。  
 数年間いいように使われたかと思えば、ある時まるで厄介払いでもされるかのように、外界へ出て  
代わりの人間を連れて来るよう命じられた。裏切りを働かぬよう、口先だけの約束と共に。  
 示されたターゲット情報を手に、彼は頷いた。自分の身体を戻すことを条件に、必ず連れて帰ることを誓った。  
 
 人間らしい成長など一切遂げぬまま。身も心も未熟なまま、彼は自由を求めて外の世界へと飛び出した。  
 本当はもう、自分の身体のことなどどうでも良かった。  
 約束を守るつもりなど微塵もなかった。  
 
 
 拉致対象とされていた少女は、偶然訪れたとある国の訓練施設で出会った。  
 幼いながらも剣を振るい、確たる目標に向かう彼女の生き様に、彼は惹かれた。  
 恐る恐る声を掛けると、少女は親しげに接してくれた。  
 記憶に残っている限り、人間らしい会話を交わしたのはこれが初めてだった。忘却の彼方に消えていた  
『嬉しい』という感情を、ここで初めて思い出したのだ。  
 だから、少女に近付いた。人として持って然るべき心を求め、少女の隣にいる資格を得ようと試みた。  
 使えもしない剣を手に、彼女と同じ土俵に立った。  
 
 多少しつこくても、少女は軽く手を出すだけで簡単に相手をしてくれる。  
 家庭事情によるものか、素行が荒れ始めた時期もあったが、接し方は変えなかった。  
 あまりに執拗過ぎたか、いつしか疎ましがられるようになってしまったが、それでも態度は変えなかった。  
 人間らしい扱いを受けた記憶のない彼にとって、誰かに振り向いて貰えるだけで嬉しかった。  
 その時だけは過去を振り返らず、前を向いていられたのだ。  
 
 一人善がりな行動であることはわかっていたが、それ以上は何も望まなかった。  
 できることならこの時が、永遠に続けば良いと思っていた。  
 
 
 ある時少女は『竜』を連れて来た。それは実体はなく、彼女の中に宿っていた。  
 
 ドラゴンと呼ばれる種族のうち特に高い知力を誇る者は、魔力を以って周囲と意思の疎通を図ることがある。  
 甚大な魔力を帯びた黒竜の血は、彼にその受け皿を与えていた。その気がなくとも彼らの意思を、気配を、  
肌で感じ取ることができるようになっていたのだ。  
 
 自分の存在に気付いた彼の呼び掛けに、竜は応えた。  
 『神竜』と呼ばれる存在であることを告げたその竜は、彼女達の死の運命について触れた。  
 
 絶対に死なせたくない。そう思った彼は、神竜ととある契りを交わし、救出の手立てを得た。  
 救うには、もう一つの人間の命が必要であると言う。ただし、完成された命である必要はない。  
 少女に命の源を与えるだけで事足りるのだと。  
 
 彼は迷った。彼女は真っ直ぐな人間だ。授かった命の未来を奪われることに抵抗を覚えないはずがない。  
 それがもし、好きな男との子供なら尚更である。  
 しかし、彼はお世辞にも好かれているとは言えない状況である上、子孫を生きた状態で残せぬ体質だ。  
 
 苦渋の末、彼は決断を下した。後をつけて住み処を割り出し、強引に外へと連れ出して少女を抱いた。  
 試しに好意を仄めかしても、彼女はその気にはならなかった。  
 悲しくないと言えば嘘になる。しかしそのおかげで、安心して己の心を封じ込めることが叶った。  
 それからは、数日間に渡り繰り返し彼女を犯した。決して愛情など感じさせまいと唇は奪わず、  
抱き締めもせず、憎まれ口を叩き続けた。  
 
 後は、懐妊を待って彼女の命に替えるのみ。  
 好きでもない男に与えられた命なら、心傷も少ないはず。  
 大嫌いな人間に無理やり授けられた、生みたくもない命であるのだと割り切らせ。  
 最後は彼女自身が持ち前の屈強さで、何とか乗り越えるはずだった。  
 
 しかし、現実はそう甘くはない。  
 己の信を貫き通して来たその少女は今、信じるべき道を見失い、助けを求めるかのように目の前で泣いている。  
 こうなってしまっては、嫌われ役に徹しても何の意味もない。  
 
 項垂れながら自分の浅はかさを呪うライラの姿は、今まで誰も目にしたことのないものだ。  
 人の神経を逆撫でするような言動は全て、ケイトの精神的負担の軽減を図るためのもの。  
 大切に思うからこそ、愛されてはならない。変わらぬ姿を願うからこそ、彼は、自分の人生を変えた少女に  
忌み嫌われなければならなかった。  
 
 真実と共に、ケイトはライラの計り知れぬ苦悩を知った。抱いていた嫌悪感は完全に消え失せていたが、  
掛けるべき言葉が見つからない。  
 恐る恐る肩へと伸ばされた手を、彼は突然掴んだ。そして唐突に顔を上げ、吹っ切れたかのように  
ケイトの華奢な身体を抱え込んだ。  
「どうしても、生きていて欲しかったんだ!」  
「ラ……、!?」  
 抱き締められたかと思いきや力強く唇が塞がれる。驚きの余り逃れようと首を振り、身体を押し返そうと  
もがくと、彼はケイトの身体を傍らの岩肌に押し付けた。  
 
 もう嫌われる努力をする必要も、自分の気持ちを隠す必要もない。胸の内に封じ込められていた思いは  
箍が外れたかのように溢れ返り、求めていた少女へとただ向けられている。  
 可能ならば、せめて一度は心から愛し、抱いてやりたい。しかし真相を伝えたところでケイトがライラへ  
好意を持つはずがなく、万が一子供ができてしまっては元も子もない。  
 そう思った時。ふと彼はあることに気付く。その途端、急くように目の前の小さな身体をまさぐり始めた。  
「なっ、何を、して……、んっ……!」  
 慌てて抵抗を始めたケイトの唇を再び塞ぎ、大きく膨らむ胸元を覆う麻の布を下ろし、彼は露となった  
双の胸に直に触れる。先端を親指で愛でながら、時折摘んでは鋭く甘い刺激を与え、ケイトの身体を慣らして行く。  
引き離そうと彼の頭に添えられた手には全く力が入っておらず、ケイトは混乱の中必死に声を押し殺していた。  
 
 こんな時に何故このような行為に及ぶのか。ライラの考えが全くわからず、ケイトはただ「いやだ」と  
繰り返し、じわじわと襲い来る快楽に耐えている。  
 やがて下腹部に指の感触を覚えると、途端に身体が恐怖で強張り始めた。その場所に触れられた後に  
何をされるのか、最悪の場合、再び同じ悲劇が繰り返される可能性があることをわかっているからだ。  
 浅く、深くと指が動き出した途端、ケイトは取り乱したように泣き叫び始めた。  
「やだっ!いやだっ!もうこんな思いしたくない!」  
「ケイト、大丈夫だ」  
 涙を流して泣き出したケイトを抱き締め、彼は可能な限り優しく、ゆっくりと指を滑らせる。  
「な、何が、大丈夫な……、あ、うっ……」  
 肩に手を置き、くたびれた上着を握り締めるケイトを横目に、ライラは小さな声で囁いた。  
「さっきまで身籠ってただろ。だから、大丈夫だ」  
「…………?」  
 つい先程までケイトは妊娠していた。つまり今は、絶対に排卵していないことになる。今ならば、  
いくら身体を重ねても身籠る心配はない。これは子を作ることの許されぬライラにとって、ケイトを  
気兼ねなく抱ける絶好の機会なのだ。  
 身勝手な理由であることは重々承知していた。それでもライラは、この機を逃すことはできなかった。  
 一度で良い。どうしても、自分を人間として扱ってくれた少女を、心行くまで愛してやりたかった。  
 
 彼が不意に小さな芽を摘むと、ケイトはびくりと震えて肩を握り締めた。撫でると小さな声を漏らしながら  
身を捩り、一層固く目を閉じる。続けているとやがて湿気を帯び始め、再びその奥へと指を差し入れ丹念に  
這わせると、明らかに熱の籠った声が上がり始める。  
 かつてないほどに弱々しく、素直な反応を見せるケイトを、ライラは心から愛しいと思った。  
 指を抜いたついでにホットパンツを下着ごと掴んで強引に脱がせると、ケイトはやはり激しい抵抗を見せた。  
一種のトラウマと化してしまったか、いくら大丈夫だと宥めても泣いて止まない。  
 仕方なく、身を苛む罪悪感を殺し、彼は互いの局部を密着させる。  
 はっとしてライラを見上げるケイトの瞳には、大粒の涙が湛えられていた。怯えをも孕むその瞳は、  
彼女が決して人に見せたことのない、許しを乞う眼だった。  
「……ごめん。ケイト、ごめんな」  
 苦しげな面持ちで謝罪を述べ。彼は、その先に待つ行為を強行した。  
「いっ、いやだっ!や……ぁああっ!」  
 恐怖で強張る身体を強く抱き締め、彼は夢中で腰を打ち始める。岩肌を背に、逃げ場のないケイトはただ  
叫び続けている。突かれる度に高く発せられるその声は、泣いているのか喘いでいるのか最早判別がつかない。  
 不安を和らげようと身体を撫でつつ、ゆっくり腰を動かしても結果は変わらない。どれほど優しく接しても、  
ケイトは恐怖と快楽の狭間で悶え、苦しみ続けている。  
「ケイト、落ち着け」  
「やだ、もうやだ……、ぅっ、あぁっ……」  
 ライラがいくら話し掛けても、ケイトの耳には届かない。早く済ませてやろうと激しく動くと、  
一層泣いて取り乱す。  
 
 彼が望んだのはこんな姿ではなかった。  
 己の信念を貫き、決して折れぬ心を持つ。そんな姿に惹かれ、憧れて来たのだ。  
 ケイトの怯え切った姿など、できることなら見たくはなかった。  
 
「おまえ……こんなに弱くないだろ」  
 堪らず呟かれた言葉に、ケイトの動きがぴたりと止まる。まるで夢から覚めたかのように呆然と顔を上げ、  
涙を湛えた瞳はしっかりと彼を捉えていた。  
「この程度で音を上げるような玉じゃねえだろ!しっかりしろよ!」  
「なっ……!?誰のせいだよ!」  
「俺のせいに決まってるだろ!だからおまえは、黙って俺を見限ってりゃ良かったんだ!  
 いきなりしおらしくなってんじゃねえよ!」  
「こっ……!このやろ……!」  
 
 強気を通り越して殺気すら漲らせ始めた瞳を目にし、ライラは安心して頬を緩めた。  
 それもケイトには見られぬように、自然を装い首筋へと唇を寄せ、行為を再開した。  
「ぅあっ、……っ!もう、全部、終わったんだろ、何でまた、こんなっ……」  
「理由なんて一つだろうが」  
 威勢を取り戻したケイトを再び抱き竦め、ライラはゆっくりと腰を回した。纏わり付く蜜壁を擦りながら  
音を立てて奥を突き、味わうように掻き回す。  
 神経を芯より侵す快感は、ケイトから抵抗力を根こそぎ奪って行く。  
 漏れる水音は顕著となり、唇を噛んで殺していた声も抑えが利かなくなっていた。  
 
 生きて欲しい。その思いの裏にある本心は、好意と同じ類いの感情に他ならない。  
 自分を見限れと言った彼は先日の船旅で、嫌々ながらもケイトの尋問に応じた。  
 嫌われたければ、意地でも黙っていれば良いはずだった。  
 
 嫌って欲しいのかそうでないのか。好いているなら今何故、心の傷を抉るような真似をしているのか。  
 やること成すこと全てにおいて、全く筋が通らない。  
 
 もう何でも良い、ただ本心を知りたい。ケイトがそう考えている間もライラは絶え間無い抽送を繰り返し、  
腰を引いては一気に最奥まで貫いて来る。特に好意など持っていなくとも、彼に害意がなかったことを  
知ったためかどうしても気の緩んだ声が漏れてしまっていた。  
 ケイトが普段の調子を取り戻したことを認め、ライラは草むらに身体を倒して体勢を整えた。より奥まで  
届くようケイトの腰を持ち上げて引き寄せ、投げ出された両手を握り締め、抵抗の術を奪って遠慮なく腰を打つ。  
 堪らず高い声が上げられる度、より好い反応を求めて狭い膣内を夢中で擦り続ける。  
 
 今やケイトは恐怖より、快感に身体を強制支配されている。何かに縋らなければ自分を保つことができず、  
不本意ながら掴まれた手を懸命に握り締めていた。  
 意地を張りつつ涙を滲ませ、必死に声を殺して手を握り返す少女を目の前に、勢い付かない男はまずいない。  
 確実に奥へ届くようにと身体を撓わせて腰を進め、逃がさぬようにと両手を押さえ。  
 ケイトの頭上には岩が立ちはだかり、側面には湖が広がっている。逃げることも暴れることもできず、  
触れて欲しくないところを幾度も突かれ、ケイトはただ、背を反らして著しい快楽に翻弄され続けている。  
 行為は徐々に激しさを増し、二人を更なる高みへと追い立てていた。  
 
 真意を問うなら今しかない。間が空けば必ずはぐらかされてしまう。  
 意識を呑まれて言葉を失う前に、ケイトは精一杯声を張り上げた。  
「やっぱり、よくわからない!好きでも嫌いでも、何でもいい、はっきり言え!」  
 ライラの手に、僅かに力が込められる。躊躇い勝ちに俯くも、黙って腰を振り続けている。  
「んっ、く……っ!ああぁっ!!な、何とか、言……っ!」  
「……言えるわけないだろ」  
 彼は俯いたまま小さく呟く。痛みを感じさせるほどに手を強く握り締めたかと思えば、顔を上げて  
ケイトを真っ向から見つめ、突然声を荒らげた。  
「そんなおこがましいこと、言えるわけないだろ!?」  
「お、おこがまし……?っ、うっ、あぁっ!!」  
「仮に俺がおまえを口説いても、おまえは絶対に聞き入れちゃいけないんだ!俺がいくら他人を好いても、  
 俺はそいつに好かれることだけは絶対に許されないんだよ!」  
「ちょ……っ、や、やめっ……!あっ……」  
 八つ当たりのように腰を激しく叩き付け、彼は苦しそうに顔を歪めた。  
 
 子を残せぬ上、彼は成長における時間軸が通常の人間と異なる。長寿であるドラゴンの血は、彼の身体の  
成長を大幅に遅らせている。よほど強い絆でもない限り、相手との間に不整合が生じることは目に見えている。  
生半可な覚悟では、いずれお互いを不幸にしてしまうだけなのだ。  
 彼の勢いは増すばかりで、ケイトはもう耐えられる状態ではなかった。親身になってやりたくとも、  
そんな余裕は全く与えられない。  
「お、おまえっ、言ってることと、やってることが滅茶苦茶だ!」  
「あぁ、わかってる。頭では理解していても、やっぱり駄目なんだ」  
 憧れ、惹かれた人間に慕われたいと思うのは人間として自然なこと。しかし、彼はそれを望むことが  
できない。諦めようにも、他人への好意は易々と否定できるものではない。  
 前にも後ろにも進めぬそんな中。前方の道は神竜により塞がれ、退路はケイトが断ってしまった。  
 進む道は、ライラ本人が自分の意思で切り開くしかない。  
 
 密かに慕っていた少女が目の前で泣いているのだ。これ以上、無闇に突き放す真似はできなかった。  
 
「なぁ、ケイト。俺は……」  
 ケイトの耳元で、彼は物言いたげに呼び掛けるが、それきり口を噤んでしまった。  
 絡みつく戒めの鎖は、これ以上の本心の披瀝を許さなかった。  
 ライラは悔しげに固く瞳を閉じ、再び手に力を込める。ただ一時の幸福を求め、何も考えずにケイトの  
身体を求め続ける。今後二度と聞くことはないであろう『女の声』を耳にしながら、限界を訴えられる度に  
一線を超えさせようと盛んに突き立てる。  
「も、もういっ……、はっ、ぁああっっ!!」  
「……っ!く……」  
 終わりは早かった。強烈な締め付けを食らい彼も同時に達するが、これ以上要らぬ不安を与えないためにも  
草むらへと吐精した。  
 休む間も与えずに、彼は直ぐ様息を上げるケイトの身体を起こし、力任せに抱き締める。  
 そして静かに、悲痛な声で問い掛ける。  
「俺は……どうしたらいい」  
「…………」  
 そんな大事なことを一人で抱え込んで、馬鹿ではないのか。  
 それからこの礼は、近々必ずさせてもらう。  
 
 返し文句はいくらでも出て来るが、如何せん会話ができる状態ではなく、ケイトは力を振り絞って  
手を伸ばす。慰めるよう、背を掴みながら片手で頭を数回叩いてやると、彼はぎこちなく力を緩めた。  
 離れようと思えば簡単に離れられる状態ではあったが、ケイトはそうはしなかった。ライラに身体を  
預けたまま、黙って目を閉じている。  
「ケイト……?」  
「動くな。身体がだるいんだよ。支えが欲しいだけだ」  
 わざと言っているのか、そうでないのか。ライラにとっては、この際どうでも良かった。  
 結われて靡く、長い髪を見つめながら、今という時を噛み締めていた。  
 
 しかし、その時間も長くは続かない。突如悍ましいほどの殺気を感じ、彼は逸早く空を見上げた。  
 そこに見えるのは、満天の星々などではない。  
「ケイト!立て!」  
 寄り掛かっているケイトを強引に立たせ、二人は空を仰いだ。夜闇の中でもはっきりとわかる、  
『黒』の巨体が物凄い速度で上空を横切っている。  
「あれは……、まさか……?どうしてこの国に……」  
「呆けてる場合か!早く戻らないとおまえの母親殺されるぞ!」  
「!?」  
 問答する間も惜しんで、二人はラスニール本国へと向かって駆け出した。  
 上空を飛行していたのは、紛れもなく黒竜である。人口の多いラスニールで暴れられては一溜まりもない。  
 
 草木を掻き分け、道なき道を真っ直ぐに駆け抜け、辿り着いた郊外の地にはティトの姿があった。  
 後方から呼び掛けても何も返事はない。傍まで駆けつけ、弟の視線の先を見遣り、ケイトはその理由を理解した。  
 
 家が、燃えているのだ。母と暮らした、二人の家が。  
「か……、母様……!?」  
「いないよ」  
「見たのか!?」  
「見てない」  
 燃え盛る炎へと向かうケイトを、ティトは即座に引き止める。  
 非常時にも拘わらず至って落ち着いている弟の姿は、却ってケイトに焦りを与えるほどだ。  
「ケイト、母さんを見くびってない?君と僕で束になって掛かっても絶対に勝てないよ。  
 それほど実力のある魔道士が、この程度でやられるわけないだろ?父さんもいたんだし、尚更だよ」  
「じゃあこんなところで突っ立ってないで、早く探しに行けば……」  
「待ってたんだ。そいつを」  
「……俺?」  
 ティトの視線を受け、ライラは訝しげに顔を向ける。まさか、興味ないと言い捨てたティトが自分を  
待っているとは、思ってもいなかった。  
「神竜との約束、今すぐ教えろ。内容によっては僕らは下手に動けない」  
「……どうせもう、なるようにしかならん。別にいいだろ。教えてやる」  
 
 二人の命を助ける代わりに彼が神竜と交わした契約。  
 それは、もし彼らの目的を察知してしまっても、絶対に他言しないこと。  
 余計なことを吹聴して、覇竜とディアナの接触の邪魔をするなと言っているのだ。  
 
 真意は計れずとも、これらの約束を守ることは彼にとって容易なことだった。  
 何も言わずにいるだけで、二人の命が助かるのだから。  
 
「……まだ何か隠してるだろ」  
「さぁ?どうとでも思えよ」  
 ティトはどうにも腑に落ちない様子でライラを睨んでいる。  
 彼の供述からわかったことは三つ。  
 
 覇竜がディアナの命が狙っており、今、その危機が迫っていること。  
 神竜と覇竜の目的は、必ずしも一致しないこと。  
 その目的は、まだ達成の兆しが見えていないこと。  
 
 根拠は至って単純。神竜に取り憑かれてからも、二人はディアナと共に過ごしている。彼らの目的が  
同じなら、既に彼女は殺されているはずである。目の前の命を奪うことは、神竜にとって容易いことなのだから。  
 そして、ライラの不明瞭な態度は何を意味するか。  
 これは神竜の目的が、まだ口外してはいけない、つまり達成するに及ばない段階であるのだと推測できる。  
 手に入れた新たな命を確実に守るためにも、彼はこれ以上の追及には応じないだろう。  
 
 何にせよ、神竜の意図を気にしていても埒が明かず、この状況で覇竜を放置するわけにもいかない。  
 三人は既に黒煙の上がり始めている街へと向かった。各々の、守るべき者のために。  
 
 
 

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