街は既に混戦状態。巨大な地鳴りと爆音が、三人を戦地へと誘う。  
 ロイドの手回しにより住民は既に城へ避難しているため、街中は武装勢力と人ならざる者との対立状態と  
なっている。  
 ラスニールの強みは国を守る騎士団のみならず。様々な目的で訓練施設で己を鍛え続けた人間が数多く  
存在し、その真価を発揮すべく集っている。更には各国の覇竜討伐の任を課せられた精鋭部隊が勢揃い  
しているこの状況は、この世界の人類が持ち得る最大級の戦力であると言っても過言ではない。  
 まさに総力戦。手を抜けば自分の命は愚か、一国の存亡にも関わるであろうことを誰もが理解できるほど、  
敵の力は見るからに脅威だった。  
 今まで自ら動くことのなかった覇竜が、ここに来て初めて人間の命を狙い始めたのだ。  
 しかし衛兵が捌き切れなかった数多の魔物が国内へ侵入し、戦力はほとんどそちらへ注がれている。  
 
 現状を一言で言い表すならば、どこから手をつけるべきか計り兼ねる状態。  
 剣を片手に立ち尽くすケイトの腕を引き、周囲の魔物には目も呉れず、ティトは直ぐ様遠方で暴れている  
覇竜の元へと駆け出した。  
 親玉を討たなければ状況は悪化の一途を辿ることは明らかであり、これほどの戦力が揃っているならば  
雑魚を相手にする必要はない。  
 路地裏、小道を移動して敵の目を掻い潜り、躍り出た街の広場には、見るに堪えぬ死闘の爪痕が残されていた。  
 武器を片手に持つ人間は、士気を奪われたかのように血を流して沈黙し、覇竜はただ一人の人間の命を  
狙い続けている。フードで顔を隠したディアナを、最優先で抹殺しようとしていた。  
 
 覇竜とディアナが鉢合わせてしまったこの状況は、完全にロイドの誤算だった。まさかここまで早く  
ラスニールへ辿り着くとは思っていなかったのだ。エミル国王の元へ赴き、彼の最高権力を以て娘と息子への  
捜索の手を広めさせ、ひとまず彼女を連れて戻るつもりだった。  
 街中を戦地とすることを許してしまった上、暴れ回る魔物が邪魔で国外へ誘導することもできない。  
 そして何より、最悪の誤算は覇竜の実力である。本気で敵を狩る姿を一度も見たことがないにしろ、  
無尽蔵な『力』など、当たりさえしなければ意味を成さない──と、今この時まで思っていた。  
 
 問題は、想像を絶するほどの身のこなし。覇竜の司る『力』とは、単純に破壊力のみを指しているわけでは  
なかったのだ。少しでも油断しようものなら一瞬で追い付かれ、前後左右、あらぬ方向から攻撃を受ける。  
これではロイドも回避で手一杯で、ディアナを抱えた状態では反撃すらままならない。  
 明らかに足手纏いとなっているディアナも参戦を申告していたが、身体能力を理由にロイドに却下されている。  
 魔竜を仕留めた禁呪魔法は、逃亡と詠唱を両立させられるような代物ではない。  
 敵がディアナを狙っている以上、彼女の力に頼ることはできないのだ。  
 
 飛び散る礫がダメージを蓄積させ、ロイドの動きを徐々に鈍らせる。このまま体力を消耗し続ければ、  
結果がどう転ぶかは明白である。  
 攻撃を完全に回避できなくなりつつあるロイドを遠目に見遣り、駆け付けたティトがケイトの隣で呟いた。  
「このままだとまずい。母さん、同士討ちでやられるかも」  
「同士討ち!?」  
「この状況をどうにかしたいなら、標的にされてる人間を殺してしまうのが手っ取り早いんだよ。  
 父さんはともかく、あまり素性が知れ渡ってない母さんは……」  
 青褪めた顔で、ケイトは嵐のような攻撃を負う二人を見つめた。  
 国の存亡のために、唯一無二の存在である母が殺されてしまうと言うのだ。  
 
 助けようにも戦力となり得るライラは神竜との契りが邪魔で覇竜には手を出せず、アルセストを始めとする  
ラスニール騎士団は、既に満身創痍で手も足も出ない。ケイトとティトが参戦したところで、彼らの二の舞に  
なるだけだろう。  
 負傷者はラスニール城内へと担ぎ込まれ、王妃を始めとする癒し手により救命が行われている。  
 戦力が減りつつある中、ロイドもまともに攻撃を食らい始めており、このままでは二人とも持たない。  
 力になれないとわかっていても、この状況下では助太刀するなと言う方が無理がある。  
「ティト、私はやるぞ」  
「ケイト!?勝算は!?」  
 勝算など考えていては、両親を守れない。ケイトはただ一言「わからない」と言い残し、覇竜に向かって  
駆け出していた。  
「心配なら行くしかねえだろ!援護くらいなら俺もできる!」  
「わかってるよ……何で毎度こうなるんだ」  
 ライラに急かされ、ティトも一緒にケイトを追う。  
 
 勝機を見出すこともなく、ただ闇雲に敵に突っ込むなど無謀の極み。命亡くして何を得られると言うのか。  
 そんなティトの考えを真っ向から否定するかのように、ケイトは剣を抜いた。  
 歯が立たなくとも良い。まずは力の差を知るために、覇竜へと剣を一閃する。  
 
 その刹那。鈍い音と共に、振り下ろしたはずの刃が視界から消え去った。  
 白刃は弧を描いて弾き飛び、大地へと突き刺さる。  
 折れたのだ。先日借りた、ティトの剣が。  
「なっ……何だこのおもちゃ!?」  
「僕はそっちは専門じゃないんだよ!間に合わせの剣に決まってるだろ!」  
 一瞬の油断をつき、覇竜の反撃がケイトを襲う。敵の行動を読んだライラがケイトを救出するが、肝心の  
獲物を失ってしまっては話にならない。  
 ライラの剣を借りても、覇竜相手では恐らく同じ道を辿るだろう。彼もまた、生粋の剣士ではないのだから。  
 
 長い年月を掛けて磨き上げた力は、大事な人間を守るためのものであるはずだった。  
 その力は、まさに今、発揮しなければならないはずだった。  
 しかし現実は、その舞台さえ与えない。剣を持たないケイトはあまりに無力で、このままでは母親のみならず、  
父親までも失ってしまう。  
 
 果てしなき焦燥感に、視界が揺らぐ。想起された最悪の結末に目眩さえ覚えたその瞬間。  
 名を呼ばれ、目前に出現した剣を、ケイトは反射的に掴んでいた。  
「ケイト!使え!」  
「父、様……!?」  
 二人の参戦に気付いたロイドが、自分の剣を投げたのだ。それは娘の前では一度も抜かれたことのない、  
彼の持つ第二の剣。  
 若干の戸惑いを覚えながらも、『敵』の命を狩るその剣を、ケイトは強く握り締めた。  
 鞘から静かに刃を抜き、覚悟を決めた翠の眼で再び覇竜を捕捉する。  
「ライラ。援護しろ」  
「おうよ」  
 全く役に立たないティトを差し置き、ケイトは再び地を蹴った。覇竜が次の攻撃を繰り出すと同時に、  
死角から漆黒の背を駈け登る。  
 僅かでも良い。まずはダメージを与えなければならない。  
 父の助力を手にし、迷いなどあろうはずもなかった。ケイトはまるで剣に導かれるかのように身を翻し、  
文字通り覇竜の眼前に下り立つ。  
 そして剣を逆手に持ち直し、紅蓮の瞳を眼下に見据え。  
 磨き上げた力を手に、自分を睨む瞳を真っ直ぐに貫いた。  
 
 鮮血が飛び散り、けたたましい咆哮が天を裂く。振り落とされたケイトを受け止め、ライラは断末魔の如き  
悲鳴を上げる敵を見上げた。苦しげに巨躯を撓わせ、それはやがて力を失ったかのようにその場に崩れ落ちる。  
 『覇竜』と呼ばれ、人々に恐れられたドラゴンが、いとも容易く倒れた光景は、誰の目から見ても  
不自然極まりないものだった。  
 各国の精鋭部隊ですら傷一つつけられなかった覇竜が、瞳を突き刺された程度で力尽きるはずがない。  
 この不可解な事象の理由を、二人だけが瞬時に理解していた。  
 戸惑い勝ちに上がり始めた歓声の中、ケイトとティトだけが、顔色を変えて後退っていた。  
「ケイト……、これ、最悪の展開じゃ……」  
 覇竜の身体が、淡く光る。今ここで、二人は初めて神竜の真の目的を知ったのだ。  
 
 彼らは魔竜が死に際に伝えた情報から、ディアナを自分達にとっての『脅威』として認知していた。  
 駐屯地で出会った覇竜に、二人の記憶から得たディアナの居場所を伝え。  
 全戦力を結集させて彼女を守らせ、覇竜に僅かなりとも傷を負わせ。  
 生命の綻びから、生きる力を奪う。  
 
 全ては、残された力で覇竜の身体を乗っ取るため。  
 二人の歩んだ道のりは、『神』の意に則った単なる戯曲に過ぎなかったのだ。  
 これらの真実は今この瞬間、神竜から二人へと直に伝えられた。祈願成就の礼として。  
「……随分皮肉の利いた礼だね。全部計算済みだったってことか」  
 ティトの呟きと共に、神竜は二人の中から完全に消え去った。  
 同時に覇竜の身体は眩い光を発し、漆黒に包まれていた鱗は神々しき白に染まる。  
 身体も力も全てを呑み込み。人々の目に触れることのなかった神竜が、今ここに、完全な力を持して降臨した。  
 
 現状を理解した者は皆、滅亡への幕開けに戦慄する。  
 ある者は果敢に立ち向かい、ある者は残された力を振り絞る。  
 しかし完全に畏縮してしまっている人間も少なくはなく、死傷者多数、ロイドも負傷しているこの状況で、  
勝てる見込みは零に等しい。  
 そんな中、神竜へと敵意を剥き出しにし始めた周囲の魔物を目に、ティトはある疑問を抱いた。  
 駐屯地へ向かう途中の森で、ケイトとティトだけが敵に狙われた。しかし、敵の真の狙いは二人ではなく、  
神竜だったのではないか。だとすれば、神竜は一体誰の味方であるのか。  
 
 抱かれた疑問に、神竜は答えない。代わりに巨大な翼を広げ、天に向かって高らかに吼え猛る。  
 それはドラゴンとは到底思えぬほどに、全てを魅了する美しい声だった。  
 人も魔物も関係なく、戦意を持つ者は皆その声に心を奪われ、声もなくその場に倒れた。  
 何の苦痛も伴わない、安らかな死が与えられたのだ。  
 
 これこそ、白竜が『神』と呼ばれし所以。人智を超えた力を持ち、生ある者全てを畏れさせる。  
 永久の安息を与え、魂を眠りへと誘う咆哮は、まさに鎮魂歌。  
 
 数え切れぬほどの遺体が一面に散らばる惨憺たる光景は、この世界の終焉すら彷彿させる。  
 幸いにもロイドとディアナはアルセストに強制的に匿われ、楯突く意思のなかった者は命を奪われずに  
済んだものの、完全に戦意を喪失してしまっている。  
 誰もが途方に暮れる中、ただ一人、空気を読まない人間がいた。  
「良かったな、思惑通りに事が進んで。これで俺は、晴れて自由の身になったわけだ」  
 戦意もなく挑発するライラを、神竜は静かに睨み付ける。  
 そのまま瞳を細め、人の解する言葉を言い放った。  
『……貴様のその力』  
 足元から光の塵が舞い上がる。  
 それはたちまち濃度を増し、まるで防御壁の如く神竜を包み込む。  
『邪魔だ……!』  
 力ある声と共に、光の壁が弾け飛んだ。瞳を突き刺す閃光は、痛みを伴わぬ浄化の光と化し、戦う意志に  
関係なく周囲の人間を吹き飛ばす。  
 至近距離で謎の光に当てられたライラは、何か理解し難いものに遭遇したかのように、不可思議な力を  
放った神竜を呆然と眺めていた。  
 
 得体の知れない光を最後に、神竜に刃向かう者は誰一人として居なくなった。  
 ケイトもティトも、抵抗する気など端からない。依り代となり得る器が数多く在るこの状況下では、  
戦う意味がないことを知っているからだ。  
「ティト、こいつ、どうすれば……」  
「精神体を相手に戦っても不毛なだけだよ。やるなら……封印するしかない」  
 打開策はただ一つ。神竜以上の魔力を以て、覇竜の身体に精神諸共封じ込めること。  
 しかし、この時点で不可能である。圧倒的な戦力を提供していたラストニアは元々魔道士が皆無であり、  
必然的にラスニールも魔道戦力の乏しい国となっている。  
 魔竜を倒したディアナには魔封じの力はなく、魔道国家ロベリアより派遣されたプリーストの力を  
以ってしても、伝説と謳われる神竜の魔力には遠く及ばない。  
 
 他の手段を模索し、試行錯誤している最中。唐突に、ティトの背後からか細い声が上がった。  
「私がやります」  
 二人揃って振り向くと、神竜を真っ直ぐに見上げるセラが佇んでいた。  
「セラ!?君じゃ無理だ!早く城に戻れ!」  
「嫌です。やってみなければわかりません。お願いです、やらせて下さい」  
 彼女はいつになく真剣だ。護衛を振り切ってまで戦地に身を投じ、神竜の封印に加担しようとする勇姿は、  
二人にとっても予想の範囲外だった。  
「私にも力があると仰って下さったのは、ティト、貴方です。だから私は、もう逃げません」  
「違う……、勇気と無謀を履き違えちゃ駄目だ。君が動いたら、こいつは……」  
「ではこのまま黙って国の危機を見過ごせと言うんですか!?私は今まで何のために、施設で貴方達と共に  
 過ごして来たのですか!?」  
 ずっと、弱く臆病な自分を責め続けて来たのだろう。大声を上げて胸の内を訴えるセラに、ティトは何も  
言い返せなかった。  
 彼女を駆り立てるのは、勇気でも度胸でもない。国を背負う者としての使命感だ。  
 神竜に楯突いた者は種族を問わず、皆命を奪われた。ここでセラが動けば、彼女も間違いなく殺される。  
 
 命亡くしては何も得られない──しかし彼女は、自分の命よりも国の担い手としての誇りを重んじている。  
 彼女のプライドを傷付けることを恐れたティトの一瞬の迷いが、セラを神竜の元へと導いていた。  
 
 迷いなく魔封じの言霊が紡ぎ出す彼女を、神竜はどこか寂しげに見つめている。  
 その瞳は、ティトに背筋も凍らせるほどの恐怖の予感を与える。  
「セラ……駄目だ!やめろ!」  
 周囲から上がる身を案じる声も、ティトの悲鳴に近い懇願も、セラの耳には入らない。  
 ティトが彼女の元へと駆け出すと同時に、神竜は再び翼を広げ、天を仰いだ。  
 常しえの安穏を願う、祈祷の如き美しき咆吼から逃れる術はない。  
 奏でられた死の旋律は、ティトがセラの身体に触れると同時に、何も知らない彼女の脳を射抜く。  
 詠唱の中断を余儀無くされ、たちまち崩れ落ちるセラの身体を、ティトは両腕で支えるしかなかった。  
「セ、セラ……?」  
 名を呼んでも返事はない。返事どころか、呼吸すらない。  
 未来を約束されていたはずの命は、彼女を思う人間の目の前で、たった今、呆気無く奪われてしまったのだ。  
 
 思考は完全に停止していた。ただ呆然と立ち尽くし、腕の中で息を引き取った少女を見つめ続ける  
ティトに、ケイトは慌てて走り寄る。しかしその足は、至って不自然な形で止められることになった。  
 滅多に感情を露わにしない弟から、身の毛もよだつほどの激しい憎悪を感じ取ったのだ。  
 既に神竜から解放されている今、二人の感情は共有されていないはずだった。にも拘わらず、怒り、  
悲しみ、憎しみ、絶望──あらゆる負の感情が、弟の瞳から苦しいほどに伝わって来る。  
 渦巻く激情の矛先は、言うまでもなく神竜へと向けられる。セラを胸に抱き、底の見えぬ憎悪に満ちた瞳を  
湛えて立ち上がるティトに、ケイトは全力で飛びついた。  
「だめだ!やめろ!おまえまで居なくなったら、私はどうしたらいいんだ!」  
 セラへ掛けられた台詞と同じ言葉を、弟の耳元で叫ぶ。ケイトの悲痛な願いは、二人が双子でなければ  
届かなかったかもしれない。  
 我に返ると同時に希望の光を失い、虚ろな瞳を地に落とし、ティトは何も言わずにその場に膝をついた。  
 
 こうして、神竜に抗う者はいなくなった。事態の収拾を願う人々を一瞥し、神竜は静かに森へと姿を消した。  
 気が気でない様子で弟を心配するケイトに、ティトは至って落ち着いた、しかしながら全く感情の篭っていない  
低い声で、一方的な指示を与えた。  
「……ケイト、君は母さんに会って、安心させてあげて。セラのことは、誰に何を聞かれても誤魔化しておいて。  
 この件は、僕一人で決着をつけるから」  
 ケイトに反論の余地すら与えず。ティトはセラを抱えたまま淡く弱い光を纏い、瞬く間に姿を消した。  
 弟が本当に冷静さを取り戻したのかどうか、ケイトにはわからない。厚顔無恥である反面、過剰なストレスに  
弱いことを知っているからだ。  
 一抹の不安を胸に残し、ケイトは自分の名を呼ぶ母の元へと向かった。  
 
 
 とあるラスニール郊外の森に、二人は現れた。  
 そこは初めて神竜と出会った森。全ての始まりの場所だ。  
 息のないセラを胸に、ティトは適当な木に寄り掛かり、項垂れたままずり落ちるように座り込んだ。  
「僕の、せいだ……」  
 小型のドラゴンすら恐れていた彼女は、いつの間にか伝説のドラゴンに立ち向かうほどに成長していた。  
その成長に誰が関わっていたか、最早言うまでもない。  
 ケイトを救出する際に、ティトはセラの王女としての立場を守るため、その役を与えなかった。  
 失恋に気を落とし、自分の不甲斐なさと無力さを嘆く彼女を船上で叱りつけたのも、他でもないティトである。  
 守るべきもののため、己の命を犠牲にしてでも強くあろうとする心は全て、ティトが与えてしまったものだ。  
「こんなことになるなら……君は弱いままで良かったんだ」  
 嘆くには、あまりに遅すぎる。その後悔の裏で、ティトは自分がこれから取るであろう行動を自覚していた。  
 
 命を取り戻すためには、孕ませてしまえば良いのだ。事実、方法を同じくして得た命があるのだから。  
 神竜が力を貸すかどうかはわからない。死亡直後の人間が身籠るかどうかもわからない。  
 しかし、僅かにも可能性があるなら、やるしかない。やらなければならない。  
 
 セラの身体を静かに横たえ、ティトは彼女の頬に触れた。まだ温もりの残る白い肌を愛しげに撫で、  
躊躇い勝ちに肢体を外気に晒して行く。  
 ローブに掛けられる手が震えていた。当然の反応だ。死者の身体を穢すなど、許されることではない。  
「こんな不貞、君が知ったら失望するだろうね……」  
 決して返事をしないセラに語り掛けながら、ティトは小さく膨らむ胸にそっと手を添えた。手の平で  
包み込むように持ち上げ、安らかに眠る幼い顔を見つめる。  
 鼓動を伝えぬ心臓が、ティトの心を痛いほどに締め付けていた。  
 夢であると願いたかった。しかし手中に収まる小さな膨らみが、これが現実であると知らしめる。  
 気付けば頬を、涙が伝っていた。  
「泣いているのか……僕は」  
 過去に誰にも見せたことのない涙を拭い、ティトは固く瞳を閉じた。現実から目を背け、両足を抱えて  
彼女を抱き締め、首元に顔を埋めた。  
 
 仄かに香るセラの匂いが、生前の姿を脳裏に刻む。それはティトが彼女に手を出す前の、仲睦まじく  
過ごしていた頃の記憶だ。  
 あの時余計な手出しをしていなければ、セラがティトを嫌うことはなかった。  
 ライラに出会うことも、四人纏めて攫われることもなかったかもしれない。  
 全ての元凶は自分自身であるのだと、ティトは自分を戒める。そして、それを最後に腹を括った。  
 責任は必ず取る。そのために、これから自分は死した少女を犯すのだと。  
 
 固く揺るがぬ誓いを立て、彼女の秘部に優しく触れる。瞳を閉じ、恥辱に悶えていたセラの姿を思い起こす。  
 意中の少女の悩ましい姿は、男の本能を刺激する。たとえそれが、幻であろうとも。  
 濡れることのない女の奥地を、その上の小さな花芯を丁寧に撫でながら、ティトはあるはずのない反応を  
求めていた。心のどこかで、彼女の死を、まだ受け入れることができていなかった。  
 物言わぬ少女を見つめ、ティトはやがて諦めたように、至極簡単な魔術を呟いた。  
 指先を伝い、徐々に彼女の中に湿気を与えていく。空気中の水蒸気を集め、水滴として流し込んだだけだ。  
滑り気は少ないが、何もしないよりはましだろう。  
 雫が滴る入口に、そそり始めた己を充てがい、心に迷いを残しながらも腰を進める。  
 まだ硬直が始まっていないセラの身体は、ティトに僅かな温もりと有らぬ錯覚を与えていた。  
 それは虚構への逃げ道となり、ティトの躊躇いを一時的に和らげる。生存という有りもしない幻想と  
彼女との記憶に縋り、ティトは可能な限り心を現実から引き離した。  
 そしてゆっくりと、腰を動かし始める。  
 セラの死に身を記憶の中の現せ身と重ね。徐々に、そして確実に、己の気持ちを高めて行く。  
 ここで奥まで貫けば、彼女は拒絶しながらも一層恥ずかしそうに喘いだ。  
 続けていれば、熱に浮かされたような顔で、男を誘う声を上げた。  
 
 今となっては幻の、彼女の『女』の姿に思いを馳せ、許されざる悦楽を求める。  
 背を反らせて自分を感じていた過去の記憶から、精神的快楽を。  
 まだ狭くきつい膣より、達するに必要な肉体的快楽を。  
 悲しみもプライドも、全てをかなぐり捨て。ただ彼女のために、罪深き愛欲に耽る。  
 
 脳裏で切なげに鳴き続けるセラに煽られながらも、ティトは決して激しく動きはしなかった。  
 これ以上死者に鞭打つ真似はせず、腰を密着させて優しく扱う。奥深くまで挿入しては、彼女自身を  
味わうように、じっくりと掻き回す。  
 休む間も無く刺激を求め続けた身体は、既に一線を超え掛けている。その上で、逸る欲望を抑えて  
気を散らさぬように最後まで、柔らかな膣壁に差し挟まれ一層快楽を深めていた。  
 果てるセラの幻影が、目前に迫り来る。  
 自分の名を叫ぶ幻聴に答え、やがてティトは彼女の名を呼んで己を放った。  
 
 荒れた呼吸が交わることはない。ティトは一人息を切らし、ゆっくりと身体を離して瞼を開く。  
 開けた胸元から覗く夜闇に映える雪の肌は、生気を感じさせぬほどに白々しい。  
 昂ぶっていたはずの心は、既に憂いに包まれ始めている。  
 セラの亡き骸を腕に抱き、ティトは再び木に寄り掛かった。  
 
 果たして奇跡は起こるだろうか。起こしたければ、もう一度交わった方が良いのだろうか。  
 苦悩が頭をもたげるが、これ以上セラの身体を穢すには気が引ける。そもそも神竜が力を貸さなければ  
叶わぬ目論見だ。  
 ティトは黒のマントで彼女を包み、再び魔術で冷気を集めた。魔力が続く限り彼女の身体を冷却し、  
肉体の損壊を妨げ続けた。  
 もしこれで、新たな命が芽吹かなかったなら。その時は、この身を彼女に捧げるまで。  
 それはまさに、命を賭して得られるもの。愛すべき少女の死に触れ、ティトは初めて見出した。  
「このままでは終わらせない。僕の命に替えてでも……取り戻す」  
 腕の中で眠り続ける少女と、ティトは絶対遵守の契りを交わす。  
 
 闇より深い夜は二人を包み。音もなく、ただ静かに更けて行く。  
 
 
 

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