災いというものは、得てして尽きるものではない。戦争という人為的災厄を終えて尚、世界は不穏な空気に  
包まれていた。  
 理由は明白。数年前から魔物が人間を襲うようになったためだ。  
 人が自ら狩りに出ない限り決して動き出すことのなかった彼らが、自ら巣を出、人里に下り始めた理由は  
定かではない。しかし皮肉にも、そのおかげで各国々は争いを止め、国の防衛に死力を尽くすこととなっていた。  
 
 ケイトとティトの住む国も例外ではない。二人は魔物を討つ力をつけるため、そして何より母を守る力を  
つけるために国の経営する戦闘員養成所へと通っている。  
 ケイトは気丈な女剣士。ティトは冷静で穏便な性格の魔法剣士。二人は性別の異なる双子で、城から大分  
距離を置いた、人目に触れぬ隠れ家とも言える住み処から街の養成所へと足を運んでいる。  
 
 外敵から国を守る、戦闘要員を育む養成所。エリートを生み出すことを目的とした施設ではない。  
年齢・性別に関係なく、本人が望めばいつどの時間に訪れることもでき、魔道や魔物の知識を授ける講義を  
受けることも可能。子供から見ると単なる学校のようなものだ。  
 施設内で二人が顔を合わせることもほとんどなく、ケイトは実戦のため外へ、ティトは知識をつけるという  
建前の元、施設内に残ることが常だった。  
 しかしある日、ケイトのほんの思いつきで起こした行動が、二人の命運を大きく変えることとなってしまった。  
 
 ケイトには物心ついた頃から、当たり前のように剣を交えて来た人間がいる。その日はたまたま不在で、  
暇を持て余したケイトは窓際で居眠りをしている弟を誘うべく、教養施設へと向かっていた。  
 日光を浴びて翡翠輝石の如く輝く前髪を引っ張られ、ティトは目を覚ました。半開きの碧い瞳に、見慣れた  
ウェーブの掛かった金色の髪と女にしては若干きつい、深い翠の眼が飛び込む。  
 自慢の長いポニーテールを揺らしながら、ケイトは嬉々としてティトに声を掛ける。  
「ティト、ちょっと付き合え」  
「……何で僕が」  
「どうせ女の子漁りにしか来てないんだろ。セラも今日はいないし、たまには身体動かしに来い」  
 
 魔法剣士と言っても、ティトは多少剣を扱える魔道士といった程度の腕しかなく、攻撃魔法の方が断然強い。  
無論ケイトもそれは承知の上で、自分の剣の相手にティトを誘ったわけではない。  
 セラはプリーストの少女で大抵ティトと一緒に居るが、今日は不在。ティトに全くやる気がないのはそのためで、  
故に暇を持て余していることも確か。ケイトは渋々部屋を抜け出した弟の腕を引き、とある場所へと向かった。  
 
「で、ケイト。どこ行くの」  
「魔物の巣」  
 この大陸の人間を襲う魔物は、決まって国境を越えた先にある大きな森から姿を現す。ケイトはその森へ  
向かおうとしているのだ。笑顔が湛えられた返事に、ティトは思わず抗議を返す。  
「ちょっと待て、僕は君と違って好戦的じゃないんだ。行くなら一人で行ってくれ」  
「たまには本物を相手にしないと、勘が鈍る。おまえも引きこもってばかりだと腐るぞ」  
 
 強くなって母を守る。そう思っているのは実はケイトだけで、ティトはそうではない。両親の長所のみを  
掻き集めたと言っても過言ではない端麗な姿を利用し、事あるごとに女を口説く、言わば好色男児。  
 ティトの不貞行為は目に余るものがあるが、魔道士である母親の血を受け継いだその力だけは、ケイトは  
絶対の信頼を置いていた。しかし、二人は十六歳。まだ子供なのだ。発展途上の身体が生み出す力は不確実で、  
何より経験不足。それ故その日、二人は由々しき事態を引き起こすこととなった。  
 
 有名な剣士を父親に持つケイトは確かに強く、森に踏み込んだ途端に襲い来る敵を瞬く間に一掃して行く。  
ティトも保身のため剣で敵を牽制しつつ仕方なく応戦していたが、掠り傷一つ許さない確かな力を備えていた。  
 それ故、驕りもあっただろう。森の奥深くで小さな祠らしき洞穴を見つけ出すと、ケイトは興味深げに内部を  
覗き込み、背後で退屈そうに突っ立っているティトに侵入を告げた。  
「ティト。ここで終わりにしよう」  
 言われるがままに付き添い、興味も尽きたような顔で何の反応も示さないティトを強引に引き連れ、通り風とも  
獣の呻き声とも取れる、不気味な低音を発する洞穴に足を踏み入れた。  
 
 洞穴内に敵の気配はない。しかし、得体の知れない何かが確かに存在するような、何とも不思議な空気が全てを  
支配している。所々の岩陰から細く差し込む日の光がやけに神々しく、まるでその光に誘われるかのように  
進んだ洞穴の最深部には、ケイトの期待を決して裏切らないものが存在していた。  
「ケイト、帰ろう」  
「冗談言うな。こいつが親玉かもしれないだろ」  
「君、触らぬ神に祟り無しって言葉、知らないの?」  
 神聖な色彩を巨体に纏う、衰弱した一頭の白い竜。最早虫の息で覇気がなく、今にも力尽き兼ねないほどに  
弱り切っている。魔物が人を襲うようになった原因がもし目前の白竜にあるのならば、今がその根本的元凶を絶つ  
絶好の機会だろう。  
「私はやるぞ。怖気付いたならそこで黙って見てろ」  
 目が合っても襲い掛かる素振りを見せない白竜を見据え、ケイトは静かに細身の剣を抜く。  
 凶悪な敵とは遭遇していないとは言え、傷一つ負うことなく外の敵を倒したのだ。ケイトには、今の自分なら  
やれるという絶対の自信があった。  
 
 しかし、その自信が命取りとなる。剣を構えた瞬間、初めて白竜が反応を示したのだ。  
 見開かれた眼はケイトを捉え、ゆっくりと羽搏き始めた翼は緩やかな風を起こす。それでも尚悠然と剣を構え、  
すぐにでも敵に斬り掛からんとするケイトの背後で、ティトが真っ先に異変に気付いた。  
「……?」  
 風に乗って流れ来る、耳に障る音色のような謎の旋律。それが決して良い結果をもたらすものではないと  
本能で悟ると、ティトは咄嗟にケイトの元へと駆け出していた。  
「ケイト!聞くな!」  
 返事も待たずに両手でケイトの耳を塞いだティトの脳を、白竜の奏でる旋律が揺さ振る。まるで魂を根こそぎ  
引き抜かれるような虚脱感に襲われながらも、ティトは決してケイトを離さない。  
「な、何してる!?離せ!」  
「う……、動く、な……」  
 訴えが聞き入れられたのは、白竜が翼を収めた頃。風が止むと、鈍い物音と共にケイトは解放された。  
 振り向いてもティトの姿は無く、足元に視線を送るとそこには俯けで倒れ伏す弟の姿があった。  
 身体を抱え、ケイトが何度名を呼んでも返事をしない。  
「ティト……?おい、悪い冗談はやめろ……」  
 
 完全に、息の根を止められている。今更助けを求めに街へ戻っても、手遅れであることは明らか。  
 ケイトの過剰な自信が、最悪の結果を招いた瞬間だった。  
 我が目を疑い、最早何も考えられなくなった時。空いた思考を埋めるように、突如何者かの意思がケイトの  
脳に侵入した。  
 
──『その人間の命が惜しいか』  
 
「!?」  
 咄嗟に周囲を見渡しても、人は居ない。それ以前に、ケイトは『人の言葉』を一切耳にしていない。  
だとすれば、出所は唯一つ。今、真っ直ぐにケイトを見つめている白竜が伝達対象の精神に直に介入し、自らの  
意思を理解させるべく脳に直接働き掛けているのだ。  
 ケイトが出した答えは勿論肯定。頷き掛けた瞬間、白竜は素早くその答えを得、対価となる条件を突きつける。  
 
──『命が惜しくば、我が依り代となれ……』  
 
 即座に固められたケイトの意思を拾い、白竜は眩い光に包まれた。得体の知れない何かが侵入して来る感覚に  
眩暈さえ覚えながらも、ケイトはただ、弟が息を吹き返す瞬間を待ち詫びる。  
 望みの時が訪れた頃には、目の前には絶命した緑色の竜が横たわっていた。  
 そして、透かさず二人に舞い降りる白竜の意思。衰弱した白竜には命を与える力は最早残されておらず、今は  
ただ二人の命を繋ぎ、共有させただけに過ぎないという。  
 ケイトとティト、どちらのものでもない命。どちらかが命を落とせば、二人とも死ぬ。  
 
 この日を境に、二人は徐々に変わり行く周囲の変化、そして何より自分達の異変を感じ取っていた。  
 第一に、ティトの激しい感情や感覚が、ケイトに伝わるようになってしまったこと。原因は、二人の命を繋ぐ  
竜の魔力。  
 魔道に精通するティトは魔力に耐性があるため、白竜の衰え切った魔力の影響をほぼ完全に遮断する。  
しかし生粋の剣士である故全く耐性を持たないケイトは、直に影響を受けてしまっていた。  
 それでも、普段の生活にはほとんど支障はなかった。ティトは元々感情を表に出すタイプではなく、激昂する  
ことは滅多にない。どちらかと言えば喜怒哀楽が激しいのはケイトの方で、その点は不幸中の幸いと言える。  
 
 第二の変化もすぐに訪れた。翌日施設に訪れた、ライラという赤髪の剣士。脳を圧迫する形状の、対となった  
髪飾りが特徴的なケイトの剣の相手。しかし、別段剣技に優れているわけではない。振られる刃はむしろ荒っぽく、  
粗末であるとさえ感じるほどだ。  
 にも関わらず、ケイトはライラにどうしても勝つことができない。彼の本当の武器が剣ではないからだ。  
 ライラの最大の武器は、ケイトの敏捷さを凌駕する異常なまでの身体能力。それ故ケイトの剣が届くことは  
ほとんどなく、その上で執拗に手出しして来るライラを、ケイトは滅法嫌っている。  
 だからこそ対峙する度、今度こそ致命傷を負わせてやろうと意気込むのだ。  
 
 しかしその日、ライラが勝負を仕掛けて来ることはなかった。彼は警戒するケイトを興味深げに見つめ、  
思いも寄らない言葉を口にした。  
「ケイト。おまえ、厄介事に首突っ込んでるだろう」  
「!?」  
 白竜の一件については、母親にさえ告げていない。口外しない方が良いと言い出したティトが洩らすことも  
到底考えられず、ケイトは驚きを露わにせざるを得なかった。  
「な、何を言い出すかと思えば……関係ないだろ」  
 指摘された事実を誤魔化し、外方を向くケイトを見つめたままライラは押し黙る。  
 それは、例えるならば無言の詮索。心の内を探られる感覚にケイトがあからさまに不快な顔を見せると、彼は  
結局何も追求せず、沈黙を守ったまま実戦施設を後にした。  
 厄介事。今は白竜の件しか思い当たらない。しかし、彼がそれを知るはずがない。  
 
 
 答えを得られぬまま、日が暮れた。夜のしじまが落ち、誰もが寝静まった頃。突然部屋に響いた窓を叩く音に、  
ケイトは重い目蓋を上げた。  
 窓へと向けられた瞳に映る、見知った顔。意外な来客にケイトは慌てて飛び起き、窓を開け放つ。  
「ライラ!?こんな時間に何を……、いや、それよりどうしてこの場所を知……、っ!?」  
 非常識な訪問を批難し始めた瞬間。片手で口を塞ぐように掴まれ、腕を乱暴に引っ張られ、ケイトは強引に  
外へと引き摺り出された。延々批難を続けるケイトをライラは軽々と抱え込み、人気の無い近隣の雑木林へと  
場所を移し、無造作に草むらへと落とす。  
 
 普段の彼とは似て非なる、相手を威圧する鋭い眼光にケイトは思わず息を呑んだ。  
「ケイト。俺がおまえを助けてやる」  
「はぁ?何を意味のわからないことを……って、待て!どこを触……!」  
 衣服の上から荒々しく乳房を掴まれ、苦痛に顔を歪めるケイトを彼は唇の端を釣り上げながら見下ろし、  
就寝中故の無防備同然の肌着の中に手を滑らせる。  
「や、やめろ!おまえ、好きでも何でもない女によくこんなことを……!」  
「そんなことはない。俺は強い女が好みだからな」  
 必死の抵抗も空しく、自分でも触れたことのない場所に指が這う。丹念に、優しく周囲を直に撫で回すその指は  
やがて体内へと侵入し、まるで割れ物に触れるかのような丁寧な動きで往復を始めた。  
 謎の熱を伴う、未知の感覚。ケイトは顔を顰めて心中を訴える。  
「き、気持ち、悪い……」  
「今に気持ち良くなる」  
 男を受け入れる準備が整いつつあるものの、まだ狭くきついその場所に、侵入物が増やされた。  
 二本の指が与える不快な圧迫。本人の意志とは関係なく息が乱れ、潤いが増して行く。  
「お、おまえ……、ただじゃ、おかな……」  
「強がるなよ。獲物を持たないおまえはただの女なんだぜ」  
 剣がない上、ライラはケイトなど足元にも及ばないほど力が強い。今は彼の意志に決して抗えないことを、  
ケイトはまざまざと痛感していた。  
 膝上までを隠したショートパンツを下着ごと下ろされ、いよいよ暴れ出すかと気を詰めていたライラが目にした  
ケイトの表情。それは予想に反し、至って冷静なものだった。  
 自分を襲う男を無言で睨み、ケイトは静かに口を開く。  
「ライラ。おまえ何歳だ」  
「?……二十四」  
 答えを耳にした瞬間。ケイトの瞳にたちまち殺気が帯びる。  
「……このロリコンが!千切れて死ね!」  
 空いた片手が拳を成す。勢いに乗って殴り掛かるケイトの拳を彼は容易に受け止め、両手をまとめて頭上で  
押さえ、尚も自分を睨み続けるケイトを皮肉った。  
「髪を下ろせば女らしく見えるのに、そう口が悪いんじゃどうしようもねえな」  
「うるさい!嫌なら消えろ!」  
 力では敵わないとわかりきっている現状では、ケイトはライラを罵るしか抵抗の術がない。  
 
 始めてしまえば罵倒する余裕も失せるだろう。そう思いつつ、ライラは片手で固くなった自分の一物を晒け出し、  
強引にケイトの中へと埋め込んだ。  
 初めてであることは明白で、侵入物を拒絶するかのように行く手を阻む肉壁を、無理やり割って奥へと進む。  
「っ!い、痛……」  
「痛みなんて慣れてるだろう。動くぞ」  
 破瓜の痛みに、ケイトの瞳に涙が滲む。  
 引き抜く度に僅かに漏れる、処女を証明する赤い滴。目にしようともライラは気にも留めず、女の蜜と血を  
纏うその中を、幾度となく押し分ける。  
 苦痛に耐え続け、小さく呻くケイトにはまともに話す余裕もない。未成熟ながらに膨よかな胸をどれほど  
揉みしだかれようと、批難の視線を浴びせることしかできない。  
 しかし強気な態度とは裏腹に、身体は確実に火照り出す。神経を侵す何とも言えぬ不思議な感覚に、ケイトは  
困惑を隠せずにいた。  
「く、っ……!い、いやだ、放せ……!」  
「助けてやるって言ってるだろ?」  
「だから、意味が……!」  
 未だ痛みは残っているものの、全く別の未知の感覚が徐々にケイトの身体を侵し始める。ライラはその様子を  
観察しながら、何も知らない身体に確実に雄を教え込む。  
 結合部から漏れ始める粘着質な水音が、ケイトの今の状態を表していた。辛そうに拳を握るケイトの様子を窺い、  
十分に身体が慣れ切ったことを悟ったライラの動きから、遠慮の色が消えて行く。  
 突かれる度に声を殺し、引き抜かれる度に背筋を走る未知の悪寒に耐え。しかしその周期が短くなると、声を  
殺すことすら困難となる。  
「気持ちいいだろ?女なら」  
「いい、わけ、あるか……」  
「女じゃないって言ってんのか?」  
「こ、このやろ……!うっぁああっ!?」  
 奥まで突き上げられると同時に、木々の緑に閉じられた空間にこだまする悲鳴。行為に没頭するライラを咎む  
声を交え、それは暫らく止むことはなかった。  
 一頻り犯し切ったところで彼はケイトの片足を抱え上げ、虚勢を張り続けるケイトを黙らせに掛かる。  
腰を打たれる度、神経を灼かれる感覚がケイトを襲う。互いの昂りと共に激しさを増す抽送に、最早響く声もない。  
貫かれる都度弾ける粘液音と、互いの荒い息遣い。それだけが、二人の空間を支配していた。  
「ケイト、出すぞ……」  
「だ、だめだ、やめろ……!」  
 
 せめて外へと訴えるケイトの肩を押さえ、ライラは射精感に苛まれ行く自分を追い詰める。  
 限界はすぐに訪れ、彼は震えながら身を撓わせるケイトの最奥へと自身を押し込み、懇願の声を完全に無視して  
欲望の全てを吐き出した。  
「今日はこれで勘弁してやる。子供は帰って寝な」  
「お、おま……殺す……!」  
 最後の精一杯の虚勢も、彼の前では何の意味も成さない。帰り道を把握しているケイトをその場に残し、  
ライラはまた明日も来ると言い残して立ち去った。ケイトはその背を、ただ見ていることしかできなかった。  
 
 
 自室に戻るため林を抜けると、外壁にティトが腕を組んで寄り掛かっていた。ケイトが近付くと視線だけを  
向け、ティトは静かな声で疑問を投げ掛ける。  
「さっき、ライラが来なかった?」  
「……いや?」  
「じゃ、どこ行ってたの」  
「散歩だよ」  
 苦し紛れの言い訳をするケイトに特に興味を示すわけでもなく、ティトは先を続ける。  
「ふーん……。今更だけど、気を付けなよ。僕、あいつ嫌いだ。絶対何か企んでる」  
「そ、そうだな……」  
「まぁ、今はそんなことどうでもいいんだ。それよりケイト、知ってる?この国の話」  
 
 世界最大の経済力と軍事力を持つ二人の祖国、ラスニール。この国はかつて、二つの国に分かれていた。  
 高い経済力を誇るラクールと、高い軍事力を誇るラストニア。両国が統合し、新たな大国として名を改めたのだ。  
 ラスニールの王は、当時のラクール王の息子、エミル王子。ラストニアから統治を申し入れられただの  
押し付けられただの、様々な諸説があるが事の真偽は定かではない。  
 そして、養成所で普段からティトと共に居るセラは、エミル国王の娘。彼女は魔物が蔓延るこの御時世に、  
何もできない自分の無力さを痛感し、自分の意志で養成所へと通っている。  
「ラクールの王族はこれだけ表舞台に立っているのに、ラストニアの王族の話はどこに行っても聞かないよね」  
「だから……何だよ?」  
 ティトは含み笑いを浮かべ、唐突に話を切り替えた。  
 
「ところでこの家、定期的に城の人間が遥々見回りに来てるの、知ってる?」  
「……いいや」  
「父さんが家を空けるようになってからだ。僕らがいなくても来てる。多分、母さんの安否を確認してるんだ」  
「…………」  
 ケイトは母親は好きだが、頻繁に家を空ける父親を嫌っている。母に事情を聞いても「仕方ない」の一点張り。  
 それでも昔は定期的に戻って来ていた。その都度実に嬉しそうな笑みを湛え、父に駆け寄る母の姿をケイトは  
いつも目にしていた。  
 だからこそ、父の去り際に見せる母の寂しげな表情が、いつまでも鮮明に心に残っていた。  
 そして、母を悲しませる父が嫌いだった。  
 
「城の人間が、ただの一般庶民の安否をこうも頻繁に確認すると思う?」  
「ティト……?何が言いたい?」  
「君、本当に鈍いよね……」  
「だから、何が言いたいんだよ!」  
 侮蔑とも取れる視線を受け、ケイトは如何にも不快な表情を見せる。  
 声を荒げる姉には目もくれず、ティトは林の彼方に佇むラスニール城を見つめ、静かに言い放った。  
「ケイト。二人でこの国、乗っ取ってみない?」  
「…………は?」  
 ケイトの頓狂な声だけが、月夜の闇に溶け、消え入った。  
 
 
 

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