「ねえ君。吸血鬼って――居ると思う?」
レストランのバイトの帰り道、同僚の娘がいきなり切り出してきた。
「はぁ? 吸血鬼ったらあれか? 蝙蝠に化けたり人の血吸ったりする…」
「そうそう。それ、実在していると思う?」
駅に向かっての近道である路地。
頭上には丁度中天に差し掛かった三日月がぽっかりと浮かぶ。
真夜中だからか静寂そのもの。
バイトの先輩の言葉を借りれば「イイ雰囲気」とでも言うだろうか。
「…いるっちゃいるんじゃないか?」
俺の実家にゃ尾が割れた猫とか喋るキツネとかいるし。
そう言い掛けて慌てて台詞を噛砕く。
普通の人に知られたら不味い。
「へえ、君はそう思ってるんだ――良かった」
心なしか、娘の声のトーンが変わる。
ギョッとして前方に向けていた視線を彼女に向ける。
真っ直ぐ此方を見ていた娘と視線が重なった。
ぞ、と背筋が泡立つ。
そういえばこの娘、ここ最近は夜間しかバイトに出てきていない。
それに気がついた瞬間、いやな汗が流れるのを感じた。
「おい、お前、まさか……?」
「なぁに?」
にこり、と首を傾げて笑う彼女の眼が、一瞬赤く染まったのは俺の錯覚だったのだろうか。
そう信じたくなって目をつぶり、開く。
「……?」
すぐ傍に立っていた同僚の娘の姿が掻き消えていた。
それを理解した次の瞬間、真横からの襲い掛かってきた衝撃に押され、路地の壁に叩きつけられる。
「が…!?」
肺から空気が押し出され、呻く。
ぐらぐらと揺れる視界に、同僚の娘が映った。
「……君が悪いんだから、ね……」
ゆっくりと動く彼女の唇が、月明かりの中異様に際立って見える。
艶やかなそれの奥に見える白い輝きは言わずもがな。
女の細腕とは思えないほどの剛力で壁に押し付けられる。
いつの間にか真紅に染まった瞳と同じくらいに頬を赤らめながら、同僚の娘が口角を吊り上げた。
長く伸びた犬歯が、覗く。
その牙が首筋に突き立つのを感じながら、俺は意識を手放した。
―もしこうなったことがばれれば実家の猫と狐に浮気者扱いされて殺されるな―と、のんきな感想を憶えながら。