「た、ただいま、も、戻りまちた……」  
「あら、智花ちゃん、お帰りなさい。まあ、可愛いランドセルなんて背負っちゃって、誰に貰ったの?」  
 重たい脚をひこづるように智花は織江と病棟に帰ってきた。ナースステーションに規則である挨拶を  
行うと看護婦が、まるで小学校低学年の児童を迎え入れるように微笑みかけてきた。  
「蛭間……先生に……」  
「まあ、先生たら良いところあるわね。先生の息子さんも智花ちゃんと同じ順健大学附属初等部の5年  
生にいるのよ。前々から女の子が欲しいって言ってたから、きっと、先生は智花ちゃんのことを娘さん  
のように可愛く思っているのね」  
 ナースたちの笑い声に智花はすぐに自室に駆け込みたかった。しかし、彼女は看護婦たちが許可する  
まで部屋に帰ることができなかった。智花は脱走未遂事件を起こしたことを受け、病棟側は対策として  
智花の部屋をナースステーションからすぐに見ることのできる部屋にいつのまにか交換していた。  
 そのことを織江と帰っている途中に偶然あった病棟ナースにある程度は情報して聞き知っていた。だ  
が、少女の想像を越える設備の設置であった。それは、業者が入り奉仕特待生の部屋ドアの隣には埋め  
込み式の液晶テレビが設置されており、鮮明な画像で、誰もいない部屋を映し出していた。今までの部  
屋にも監視カメラはあったが、一つだけであった。しかし、巨大な液晶テレビは画像を四分割して室内  
の死角なく映し出している。それはナースだけでなく一般の患者の目にも智花の私生活が余すことなく  
曝されることは容易に想像がつき暗澹たる気分になった。  
 しかも、さらに彼女の精神を追い討ちかけるようにドアに設置されているのは、自室ないでなく外の  
廊下に面した場所に設置された重そうな鉄の蝶番であった。病院では考えられないほどの異様な光景で  
ある。しかし、その部屋が智花のものを示すように『奉仕特待生・白石智花・小学5年生』とプレート  
が取り付けられていた。  
 
「あれ? 智花ちゃん、パンティはどうしたの?」  
「本当ね。スカートからオムツがはみだしているわね」  
「…………」  
目ざといナースの発言に智花は自室から視線を外して俯いた。超ミニで幼稚園児が穿くようなスカー  
トからはオムツが少し露出していた。パンティの時はギリギリ隠せていたが、蛭間にあてられたもこも  
ことした紙オムツは少女の可愛いお尻をかなり膨らませていた。そのため、スカートの生地はどうして  
も上に押し上げられてしまい下着を隠す本来の機能を果たすことができず、オムツを披露させていた。  
 智花はそれを隠すようにスカートの裾を抑えたが、まったく効果はなかった。恥らうように脚をモジ  
モジと擦り合わせると紙オムツのかさついた無機質な感触がお尻に如実に伝わった。また、カサカサと  
いうオムツの生地が擦りあわされる音が周囲に聞こえてしまうのではないかと心配になった。  
「智花ちゃん、先生にオムツをどうして穿いているか聞かれたら、確り理由を言うように言われたでし  
ょう。えらい子は言えるよねぇ?」  
 長身の織江が膝を曲げて小柄な智花に囁いた。いくら下を向いて現実から視線を逸らそうとしても、  
声はダイレクトに聴覚を介して脳に届けられる。少女は陰湿な蛭間医師にオムツをこれからも穿くこと  
について、病棟ナースに説明するように指示し、さらにどんな人にでもオムツについて聞かれたら智花  
がオムツを穿いている理由を述べるように命令されていた。  
 彼女は唇をワナワナと震わせながら、搾り出すような声でとても舌足らずな言葉を発した。  
「と、智花は、な、なまいちにも……パンチィを穿いてまちたが、おちっこも満足にコントロールでち  
ない智花は……あ、赤ちゃんとおんなちでちゅ……だ、だから、ちぇんちぇいにお願いちて、ちょうがく  
5ねんちぇいなのにオムチュをはかちてもらいまちた……で、でちゅから、と、智花のことは……これか  
ら……あ、赤ちゃんとちてあつかちぇくだちゃい……」  
「それで智花ちゃん、赤ちゃん言葉だったのね」  
「その恥ずかしい言葉遣い、とっても、智花っぽくて可愛いわよ」  
(智花、本当は中学生なのに……赤ちゃん言葉なんて嫌だよぉ……似合ってるなんて言わないで……智花  
そんなに、小さな子供じゃないのに……)  
 
 看護婦がいうように智花は、中年医師から赤ちゃんならそれに準じた言葉使いをするように指示され、  
もし、赤ちゃん言葉以外を使った時は懲罰の対象になると嚇されていた。褒められると褒められるほど  
惨めな気持ちに追い討ちをかけた。ナースだけでなく、織江も蛭間も少女の赤ちゃん言葉を似合っている  
と褒め称えたが、一人の人格を持った少女にとって赤ちゃん言葉は死ぬほど恥ずかしかった。  
「ちょうど良かったわね。大人用のベッドが足りなくなったから小児用のベッドを用意しておいて」  
「そうね。やっぱり奉仕特待生はオムツじゃないとね。この後で看護学生さんにオムツカバーを当てて  
貰いなさい」  
「そうそう。スカートはオムツあてるなら要らないわよ。ここで脱いで返してちょうだい」  
 智花は看護師たちに集中される中で観念したようにスカートを降ろした。解放的なナースステーション  
の様子は患者にもよく見えており、疾患を持て余し退屈していた大人たちが集まって成り行きを見守って  
いた。智花はナースステーションの入り口付近にいるため、スカートから露出した双臀を覆ったオムツが  
プリプリと露出している姿を晒していた。彼女は極力患者たちには気づかない振りをしてスカートを脱ぎ  
降ろした。  
「す、スカート……あ、ありがちょうございまちた……」  
「まあ、スカートにもおしっこで濡れてるじゃない」  
 スカートを受け取ったのは、智花にスカートを渡した際に手を叩いたナースで、スカートの染みを発見  
すると眉間に皺を寄せて心底汚い物を見るような視線で、スカートとオムツ姿を晒している智花を交互に  
見比べた。  
「スカートよごちて……ご、ごめんなちゃい……」  
 智花はまた叩かれるのではないかと恐怖から逃れるため頭を下げて謝った。するとその様子を見ていた  
看護婦たちからまた声があがる。  
 
「谷口さん、智花ちゃんは赤ちゃんなんだからお漏らしは仕方ないから許してあげたら」  
「これからは奉仕特待生としてオムツ生活になるんだしね。先生が気まぐれてパンティでも与えない限り  
はオムツを濡らすだけで、衣服まで濡れることはないと思うわ」  
 看護婦たちの智花に対する援護は、周りに集まった暇な患者たちにまで聞こえた。彼女たちの口調は優  
しかったが、少女はこの上なく惨めな気持ちになった。  
「そう。みんながそういうなら良いわ。お漏らし娘がいたらナースステーションまで臭くなりそうだから  
さっさと病室に帰してあげて……藤澤さん、あなた、この奉仕特待生のプライマリーでしょう。部屋の説  
明をしてあげなさい」  
「は、はい」  
 指名され緊張気味に返事をしたのは藤澤という娘と言っても通用しそうな若いナースであった。かなり  
の童顔の新米ナースで智花の隣にいる織江の横に並ぶとどっちが年上かわからないほどであった。  
 織江は新人研修中の可愛らしい若いナースを見ながら思った。きっと、智花が普通に成長できていたら  
彼女のような可愛くて、他人の保護欲を掻き立てるような大人になったであろうと想像した。だから、織  
江は似た物の二人に少し嫌悪感を抱いていた。彼女は自分自身の容姿に確固とした自信があった。昔から  
チヤホヤされ育ったため、男を誰でも振り向かせれるという矜持があった。しかし、彼女が高校生の時に  
好きになった人は、才色兼備な織江ではなく平凡で取り得のなく子供っぽい同級生を選んだ。それからと  
いうもの織江は智花や藤澤などといった可愛い系の美少女に憎悪にも似た嫉妬心を抱いていた。しかし、  
嫉妬を抱くということは負けを認めたことになると考えている織江にとっては、他人にその浅ましい感情  
を悟られないようにひた隠しにしていた。  
「二人とも、自己紹介しなさい」  
「は、はい、わかりました……白石さん、よろしくね。私は白石さんのプライマリーナース……あ、専門  
用語でごめんなさい。プライマリーナースとは受け持ちナースのことで、わ、私は白石さんのプライマリ  
ーナースです……って、す、すみません……受け持ちの藤澤由姫(ふじさわ・ゆき)です」  
 
 表情が硬いままで由姫はしどろもどろと頓珍漢な自己紹介をした。女子高生でも充分に通用する美少女  
の由姫の自己紹介を聞いていたナースステーションの内外で、看護婦たちや患者の笑い声が鳴り響いた。  
「あははは……ふ、藤澤さん、初めての受け持ちだからって緊張しなくてもいいわよ。奉仕特待生の智花  
ちゃんは新人ナースに自信をつけてくれる教材よ。色々と自信のない看護技術を行って自信をつけるもの  
よ。そんなに緊張しなくてもいいわよ」  
と、ナースが言った言葉に智花は自分自身の人権が軽く見られていることを悟った。そして、家畜のよう  
に首輪をされている自分自身を再認識した。  
「由姫ちゃん、儂に注射する時は奉仕特待生で確り練習してきてから頼むぞ」  
「は、はい」  
 由姫は前後でナースと患者たちに笑われ、両方の言葉に返事をしながら頭を下げていた。  
「智花ちゃんも自己紹介」  
 織江は智花の背負った赤いランドセルをポンポンと軽く叩いて促した。  
「……ほ、ほうしとくたいちぇいの……白石智花でちゅ……小学校5ねんちぇいです……」  
「よ、よろしくね。で、では、白石さんのお部屋に案内をしてきますね」  
 智花と握手をした由姫は自信なさそうにナースステーションのプリセプターナースの指示を仰いだ。  
「藤澤さんにお願いするわ。しっかりと病室の説明をしてあげるのよ」  
「わ、わかりました……それじゃあ、智花ちゃん、お部屋に戻ろうね」  
 握手したままの手を握ったまま智花は由姫に連れられ、すぐ前の病室のドア前まで連れて来られた。  
「えっ!?」  
 智花は近くに寄ってみて初めて気が付いたことに対して小さな感嘆の声をあげた。  
「こ、これはどういうことでちゅか?……」  
 
 少女の視線の先は大型液晶画面の頭上に貼られた一枚の紙に顔を仰ぎながら質問した。由姫は握った手  
の力や汗から彼女の言葉で言い尽くせない負の感情を感じた。しかし、由姫も新米とは言えナースである。  
順健大学の看護科の卒業生でない由姫は、狭き門の高待遇の順健大学付属病院に就職できた恩恵を逃した  
くはなかった。独自の奉仕特待生制度については正直、彼女たちに憐れみや不憫な思いに駆られることが  
あるが、郷にいれば郷に従えという言葉通り、由姫は順健大学附属病院に就職したからには慣れていかな  
くてはならなかった。  
「こ、これは白石さんの1日の予定表です。さ、昨日、師長さんに奉仕特待生の日課の説明があったでし  
ょう。それがわかりやすいように記載されているのです。あ、後は奉仕特待生の白石さんが、どう言う子  
か皆さんがわかりやすいように書いてあります」  
 智花は詰まりながらの新米看護婦の説明を聞いていると、頭がクラクラしてきた。それでも、辛うじて  
立位を崩すことなく貼られた2枚の紙を眺めた。  
*      *      *      *      *  
★☆★奉仕特待生の紹介★☆★  
名前:白石智花  
年齢:11歳(本来は14歳)  
所属:順健大学附属病院南館4階病棟・順健大学附属初等部5年  
身長:147cm  
体重:36kg  
ローレル指数:113.3(やや痩せている)  
スリーサイズ:80・54・76cm:Cカップ(奉仕特待生によりブラジャーの着用禁止)  
 
身体的特徴:処女・陥没乳首(近日治療予定)  
と、書かれた下に写真が3枚貼られていた。  
1枚目は一日目の身体検査のときに無理やり撮影された直立不動の素っ裸の写真  
2枚目は陥没乳首を克明に表すような乳房のアップ写真  
3枚目は剃毛後に撮影された童女のようになった後の全身写真  
*      *      *      *      *  
★☆★奉仕特待生の1日の生活★☆★  
6:30……起床  
【検査】毎日:バイタルサイン(検温・脈拍測定・血圧測定・SPO2測定)  
    月曜日:採血  
    3日毎:検尿・検便  
7:00……朝食  
7:30……オムツ交換・登校準備  
8:15……小学校登校  
9:00〜12:15……午前の授業  
12:15……昼食(学校時は給食)・お昼休憩  
13:10……オムツ交換  
13:20〜15:10……午後の授業(奉仕活動によって免除の時あり)  
15:15……下校  
16:00……月・水・金曜日:入浴  
17:40……夕食  
18:10……オムツ交換  
18:10以後……自由時間  
21:00……オムツ交換・就寝  
奉仕特待生・智花の生活を巨大モニターから観察して医療発展に従事する私たちを理解してください。  
*      *      *      *      *  
 
「ほう、オムツ交換は1時間後くらいか……由姫ちゃんのお手並みは意見しましょうかな」  
「智花ちゃんって言うんだぁ……小学生なのにこんなに胸が大きくても、オムツなんて恥ずかしいね」  
「今まで、奉仕特待生でこんな風に私生活を覗けることがなかったから楽しみですな」  
 患者たちの雑談は茫然自失の智花の耳に滑り込んでくる。首輪をはめられた少女はまるで自分が動物  
園の珍獣みたいに紹介され、行われる看護援助は動物たちのショーのように大型液晶モニターに映しだ  
される現実に自虐的な気分に陥った。  
「それでは、お、お部屋に入りましょう」  
(あ、ああ……ドアにも大きな鍵がついてる……これじゃあ、牢獄だよ……でも、智花、首輪されてる  
し、病院にモルモットみたいに扱われているから……このお部屋は牢獄じゃなくて、家畜小屋……檻?)  
 織江が重そうな蝶番の鉄板を取り上げると部屋が開いた。他の患者たちが中を覗こうとしたが、智花  
は由姫に手を握られたまま、部屋に足を踏み込み、最後尾の織江が部屋のドアを閉めた。  
「業者の人が朝から白石さんのために、作ってくれたのよ」  
 慣れてきたのかちょっとだけ滑らかな口調になった由姫は智花の病室を説明しはじめた。  
「お部屋は6畳よ。ポ、ポータブルトイレは必要ないわね。えっと、う〜んと、あと、濡れたパンティ  
は乾燥機で乾かしてあそこの箪笥にオムツカバーと一緒に入ってるわ。下の段は全部紙オムツよ……お、  
オムツ交換の前に自分が穿きたい紙オムツを用意してね。えっと、オムツカバーは原則として朝の学校  
に行く前と帰ってからの2回交換することになってるから、オムツカバーも選んでね」  
 羞恥と屈辱に頬を染め、瞳に溜めた涙が今にも零れ落ちそうな智花から、由姫はわざと視線を外して  
見ないようにしてから自分の業務である説明を続けた。  
「え、えっと……お部屋のガラスは強化ガラスだから絶対に割れないわ。今は、カーテンを閉めていて  
わからないと思うけど……百聞は一見にしかずっていうから、開けて見せてあげるわね……」  
 
 智花の泣き出しそうな表情に再びおろおろと取り乱しはじめた由姫は、少女の握っていた手を解く口  
実を作るように部屋の奥のカーテン部分に移動した。そして、カーテンを戸惑いながら開いた。  
「と、智花、ペットじゃないよ!……」  
「…………」  
 夕日に照らされて開かれた窓越しには重厚な鉄格子が狭い間隔で埋め込まれていた。智花の悲痛な訴え  
に新米看護婦は気圧されたように押し黙ってしまった。そして、室内に静かな沈黙が訪れる。ドアの外の  
廊下で患者たちが喋る声が良く聞こえ、中の様子を窺い知られていることがわかった。そして、室内の沈  
黙を破ったのは学生の織江であった。  
「そうよ。智花ちゃんはペットじゃないわ。でも奉仕特待生よ」  
「…………」  
 小さな肩をつかまれ智花は織江の見下ろす視線に捉えられる。するとすぐに智花は視線を逸らしてしま  
う。それはまるで自然界の力関係を現すような数秒間であった。  
「智花ちゃんは、奉仕特待生なのに、今朝、病院から脱走しようとしたわ。だから、窓には鉄格子も付く  
し、部屋の中全体を監視できるように監視カメラの強化もされたのよ。それにドアだって、普通の従順な  
奉仕特待生は自由時間には自分で出ることもできるのよ。この部屋の設備にいくらしたと思っているの?  
そして、こんな部屋に入らなくてはいけなくなったのは智花ちゃん自身の責任よ」  
 ランドセルのベルト越しにでも織江の力は驚くほど強く、智花は骨が折れてしまうのではないかという  
恐怖心に駆られた。そして、その恐怖心から逃れるためにこの病院で学んだ処世術は素直に謝り、従順に  
なることであった。  
「ご、ごめんなちゃい……と、智花がわるかっちゃのでちゅうぅ……駄々をこねて、ごめんなちゃい」  
「そう。わかったら良いのよ。それじゃあ、良い子の智花ちゃんはお姉さんの説明の続きを聞けるよね」  
「は、はい……」  
 智花の屈服した返事を聞くと満足した織江は、にっこり微笑み少女の頭を撫でた。そして、その一部始  
終を見ていた由姫は、説明の続きを学生に振られたことに気が付き慌てて説明を再開した。  
 
「あ、あと……えっと、用事があるときはこれを押すとナースコールで繋がるわ」  
 しどろもどろと由姫は、ナースコールの場所や使い方。さらには学習デスクに箪笥の中にある上着の仕  
舞い位置やベビーベッドの柵の下ろし方、上げ方などを説明した。  
「えっと、わからないところあるかしら?……」  
「あ、あの……ベッドにお布団がないでちゅ……」  
「あ、そうね。お布団のこと説明してなかったわね。白石さんのお布団はナースが就寝時間に持ってき  
ますよ。そして、朝起きたら、毎朝、お布団はナースステーションに持ってきてね」  
 智花は由姫の言葉を聞きながら絶望感にさいなまれた。布団で監視カメラから隠れようと画策していた  
少女にとって、寝るとき以外には布団を与えられないことはそれ以外の時間は全てオムツ姿を監視カメラ  
に曝すことになる。畢竟、オムツ姿は廊下で半日以上放映されてしまうことを意味していた。  
「そ、それじゃあ、夕食の時間まで自由にしていてね」  
「智花ちゃん、私は記録を書いたら学校に帰るわね。また、明日ね」  
 ランドセルを背負ったままの少女を残して、2人の医療関係者は退出していった。その後、ドアの外か  
ら蝶番を軋ませながら、鉄格子がゆっくりと閉まっていく音が心の底にたまった智花の清純な湖に不穏に  
鳴り響いた。  
*      *      *      *      *  
 
「白石さん、夕食の時間ですよ」  
 準夜勤である新米ナースの由姫が奉仕特待生の病室を訪れると少女は、勉強机と対になっている椅子に  
ランドセルを掛けて、机に向かって『小学5年生・算数ドリル』と書かれた教材を眺めていた。  
「あ、あれ〜、白石さんは勉強熱心ですねぇ」  
 智花は無理に明るくしようとする声の主が由姫であることに気が付いたが、振り向かなかった。人に優  
しくできそうな精神状態でなかった。しかし、少女の意志は自然現象によって脆くも崩れた。  
 ――クウゥゥゥ……  
 お腹の虫が智花を嘲笑うかのように鳴り響いた。少女は頬を染めて俯くしかできなくなってしまった。  
智花は朝も昼も食事を取っていなかったため、お腹が大変すいており、由姫が持って来た夕食の匂いに気  
持ちとは関係なく身体の器官が反応してしまった。  
「フフフ、お腹すいているのね。今日の夕食は、和風ハンバーグとポテトサラダに豚汁よ。朝とお昼の食  
事を抜いて治療に頑張ってたから、え、栄養科に頼んでちょっと量を大目にして貰ったよ。あ、あとね。  
デザートにプリンケーキもあるから、ちょっと、勉強机の上を片付けて貰えるかなぁ?」  
「…………」  
 智花はいかにも渋々という態度を装いながら、素早く机の上を片付けた。ダイエットなどしたことのな  
い少女にとって、体験したことのない空腹時の夕食の匂いには抗えぬ魅力があった。  
「はい。綺麗に片付けられましたね。あ、明日からは食事は勉強机じゃなくて、専用の食事用の机と椅子  
を師長さんが注文しているからそれで食べようね」  
「は、はい」  
 智花は由姫の言葉に思わず返事を返してしまった。彼女の全ての医療関係者を無視するという誓いは脆  
くも瓦解してしまったのだ。一度、瓦解してしまうともう智花は意地を張ることを止めて、食事が机に置  
かれるを今かと手を拱いていた。  
 
「はい。白石さんの夕食ですよ。あ、ちょっと待ってね。食事の前にこれをつけようね」  
「…………」  
 智花は美味しそうな夕食を乗せたトレイを机の前にして動きが固まってしまった。その隙に新米ナース  
はポケットから取り出した物を奉仕特待生の首に回して、長い髪を書き分けてうなじ部分で蝶々結びをし  
た。  
「ど、どうしてなのですか?……」  
「白石さん、あ、赤ちゃん言葉じゃなくなっているわよ……こ、これは、先生から指示が出たのよ……  
い、言い難いんだけど……白石さんは他の奉仕特待生と違って、じ、自分から赤ちゃんだから……オムツを  
穿かせて……言ったみたいだから……せ、先生がこれからは赤ちゃんとして扱うようにって……」  
 智花が呟いた言葉に由姫はおどおどと説明を加えた。その会話で、智花はトレイの上に置かれた物品の  
意味を理解した。  
(と、智花が赤ちゃんになるって……こういうことだったの……)  
 少女は愕然としながら、目の前の物を見詰めた。美味しそうな食事はともかくとして、水分補給のため  
の水分が入った容器は慣れ親しんだコップではなく、少し大きめの哺乳瓶であった。そして、智花の首に  
装着されたのはフリルの縁で覆われた幼いデザインの涎掛けであった。  
「白石さん、ごめんね。さ、さっきはオムツカバーを穿かせてあげるの忘れたから、食事の後のオムツ交  
換が終わったらオムツカバーも穿こうね」  
 紙オムツを穿き、涎掛けに哺乳瓶と揃うとまさに智花は大きな赤ちゃんになった気分であった。  
 鬱々とした気持ちに追いやられた智花の気も知らないように新米ナースは、少女の柔らかい太腿のお肉  
に手を乗せると左右に少し押し開いた。机に膝小僧があたってすぐに限界は来たし、抵抗するようにすぐ  
に股を閉じたが、しっかりと由姫にオムツの状態を確認されてしまった。奉仕特待生が使う紙オムツは特  
殊でお漏らししたら恥ずかしい染みができてすぐにわかるようになっているのだ。  
 
「白石さん、お漏らししちゃったのね。食事が終わったら綺麗綺麗にしましょうね」  
「……ほ、欲しくありません……」  
 お腹がすいている智花であったが抵抗を示した。新米ナースは他の看護婦たちと違い律儀に苗字で「さ  
ん」付けをしてくれるが、返って年相応に扱われているようで赤ちゃん言葉を使うのも赤ちゃん用品を使  
うのも羞恥心が余計に煽られていた。もちろん、そのことに新米ナースは気が付かないし、智花自身も由  
姫に対する苛立ちの理由が呼応の呼び方に寄るものだとはわからなかった。  
「また、赤ちゃん言葉じゃありませんでしたよ。せ、先生に言いつけますよ。それに食事を全部食べない  
と意識が回復したお兄さんとの面会は許可しませんからね」  
 由姫は奉仕特待生が自分にばかり反抗するので少しムッとなって大人気ないことを言った。食事を食べ  
る食べないに関わらず智花の双子の兄が意識を取り戻したことは伝える手筈になっていたのだ。それを聞  
いた少女は驚いたように瞳を輝かせた。  
「ほ、本当に優介(ゆうすけ)の目が覚めたんですか?」  
「赤ちゃん言葉でしょう?」  
「……ほ、ほんちょうに……ゆうちゅけの目がちゃめたのでちゅか?」  
「ええ、30分ほど前に内線があって意識が回復したそうよ。あ、あと、落ち着いていて喋れるようよ。  
そ、それで、ご両親の不幸のことを知って悲しんでるみたいなの……し、白石さんが無事だと知って、あ、  
あなたにとっても会いたがってるみたいよ……」  
 由姫は子供っぽい感情で智花に食事を食べるまで面会ができないと言った嘘を付いたことを後悔してい  
た。他人の彼女でも唯一の肉親が意識不明から生還したなら食事よりすぐに会いに行きたいと思うだろう。  
その気持ちをしっかりと支えることのできなかった自分を不甲斐なく思いながら、これから、哺乳瓶の中  
身について説明しないといけないと思うと気が重くなりそうだった。  
 
「た、食べだら会いにいっちぇもいいでちゅか?……」  
「え、ええ……」  
「い、頂きまちゅ……」  
 哺乳瓶に手をつけないように智花は食事を食べ始めた。言わなくてはいけないと思いながらも新人ナー  
スは何度も口を閉ざしてしまった。眼を瞑って深呼吸してから、意を決したように眼を開き口も開いた。  
「し、白石さん……あ、あの……しょ、食事は残しても良いです……け、けど、ほ、哺乳瓶の中のミルク  
は絶対に全部飲まないと……だ、ダメです……そ、そのミルクの中には……せ、成長抑制剤っていうお薬  
が入っていて、し、白石さんが大人にならないようにするお薬が……ひ、蛭間先生から処方されてます…  
…そ、それを飲まないと、ダメなの……ダメなのよ……そ、そんな眼で見ないで……」  
「…………」  
 智花の瞳には「嘘でしょう?冗談ですよね?」という疑惑に満ち溢れていた。その瞳はあまりに真摯で  
人を疑うことの知らない清純無垢な輝きに満ちていた。綺麗な心を持った子供だけが持つことの許される  
瞳に由姫は映し出され、自分が汚れた大人であることを認識した。  
 そして、その認識は彼女にショックを与えるよりも、その汚れた大人であるありのままの自分を受け入  
れる開き直った勇気を与える結果になった。新人ナースの中で小さな自己革命が起こった瞬間でもあった。  
「白石さん、哺乳瓶で飲めないなら口から管を入れて無理やりに飲ませないといけなくなるわよ。管が痛  
くてきっと吐きそうになるけど絶対に飲ませるからね。それに哺乳瓶で自分から飲まない限り面会はさせ  
ませんからね。お薬は食事と化学反応するようなものでないから安心してのんでちょうだいね」  
 ふっ切れて滑らかな口調になった由姫はいつまでも哺乳瓶を掴むと、遠ざけたままで手をつけようとし  
ない智花に差し出した。配属されて数ヶ月でおどおどしていた彼女からは想像もできない大胆な行動であ  
り、本人も自分の行動と気持ちの変化に少し戸惑った。  
 態度が急激に変化したナースに驚いた少女は箸を置き、恐ろしい物を持つように哺乳瓶を両手で持った。  
小さなもみじのような手に少し大きめの哺乳瓶を携えた姿は擬似的な赤ちゃんであった。  
 
「早く飲んでオムツを綺麗綺麗して、面会に行きましょうね。さあ、全部飲んでね」  
「あ、あうぅぅ……」  
(智花、赤ちゃんみたいにミルク飲みたくないよぉ……智花、赤ちゃんやだよぉ……成長できないなんて  
やだぁ……大人になりたいよぉ……で、でも……ゆ、優介……優介に会いたいよう……)  
 由姫は自分の感情の急激とも言っていい変化に困惑していた。  
 今までは奉仕特待生に対して憐れみや同情を感じていたが、潤んだ瞳で哺乳瓶をじっと見詰めて唇を開  
けたり閉めたりしている智花の葛藤を見ると何とも言えない昂揚感があった。幼少の頃に蝶々の羽を毟り  
芋虫と化した美しかった蝶を生きたまま蟻の巣付近に置いた。すぐに蟻が群がり小さな暗い穴の中に引き  
こまれていった蝶の末路に胸がざわめいた感覚と似ていた。  
「うぅぅ……」  
 智花は悲しい悲鳴を小さく開けた口から漏らした。声が漏れる少しの隙間が開いた初々しい唇の間に哺  
乳瓶のゴムの吸口を持っていった。  
 双子の兄に会いたい一心で頬を窄めて哺乳瓶からミルクを吸った。口の中に何とも言えないミルクの味  
が広がると屈辱感が広がった。それが咽喉から胃へと嚥下されると絶望感が広がった。  
成長抑制剤入りのミルクを飲み込むごとに智花は身体に見えない鎖でがんじがらめにされる気がした。  
少女は小学生の身分に落され、永久脱毛をされ、オムツを穿かされただけではなく、素敵なレディーにな  
る可能性を秘めていた身体さえも永遠のロリータのままで保存されるのである。  
「智花ちゃんは、これからはコップの利用も禁止よ。飲み物は全部、哺乳瓶で飲ませてあげるわ」  
 由姫はいつのまにか、「白石さん」から「智花ちゃん」に呼び名を変えていたが、智花は新人看護婦の言  
葉を聞きながら暗い未来のことではなく、唯一の肉親となった優介に会うことだけを考えて、哺乳瓶に吸い  
付いていた。口の端からこぼれたミルクが少女の乳白色の顎から涎掛けに一滴垂れ落ちた。  
 
 

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