広大な渓谷を挟む断崖に、鍾乳洞に見る千枚皿さながらに貼り付く街並みが、
僕たちの住む都市、「ウォゼル」の景観だ。
ウォゼルは狐族と鼬(イタチ)族が共存する都市だ。
"知恵ある者たち"の中で体の小さき種族は辺境に住み、
互いの特質を活かして共同生活を営むことが多い。
高度な技術力を誇る狐族、俊敏で高い活動能力を有する鼬族は、
どちらも果実と畜肉を主食とし、衣服を纏い、
少し折り曲がった短い下肢で二足歩行するという共通した生活様式を持っていた。
成長は早く、約二歳で言葉を話し、就学する。
物心つく前には子供は親の手を離れ、ほとんどの場合、親子の縁はそこで途絶える。
幼児期から青年期を都市周辺部の隔絶された学習区で暮らす。
義務教育は六年。
その後、成人を迎えた者は晴れて大人たちの仲間入りを果たし、
都市中央部に移り住むことになる。
「また、女の子だけの授業?」
「って言っても、今日のは鼬の子だけだな」
僕の居る教室──三つある六年生の学級の一つには、四十三名の生徒が居て、
そのうち半数が女子。さらに半数が鼬族だ。
「みんな服を脱いで検診、とかあるらしいぜ?
レックも見たいんだろ、あの子のハダカ」
「よせよ……」
レック、というのが僕の名前。
独り立ちして大人の居住区に移って初めて家名をもらう僕たちは、短い愛称で呼び合う。
あの子、というのは、僕の好きな鼬族の女の子のことだ。
名前は、フィオ、という。
狐族よりもたいてい一回りは体の小さい鼬族の中でも、彼女は特に小さかった。
ひとえに鼬族と言っても、色々な亜種が居る。
顔と背中は灰褐色、首からお腹にかけて純白の毛を持つフィオの種族は、
ここウォゼルにおいてとても珍しく、この学習区では他に見かけたことが無い。
彼女の毛は冬にはさらに美しく、黒い尾の先端だけを残し、
頭の先から真っ白に生え変わる。その姿がとにかく、可愛いんだ。
頭の回転がよくない鼬族の中で、彼女の成績は学年トップ(もっとも、
それは鼬族の子に限った場合で、狐族も含めてでは僕の方がちょっと上だ)。
いつも明るい笑顔を振りまいていて、女子たちの会話の中心になっている。
誰からも好かれ、慕われる、憧れる存在。そんな女の子なんだ。
今の彼女は桃色のパーカーが似合っている。(流行りの服装で、
大人たちが製造したものが学習区に配給されている。)
狐族も、鼬族も、下着は身に着けない。服を脱げばその下は素裸なんだけど、
羞恥心を忘れさせるには前とお尻がちょっと隠れるほどのトップスだけで十分だ。
そんな姿で過ごしている僕たちだけど、女の子の裸を想像するとやはり、
とても興奮する。
級友の言葉に、頭の中でフィオがパーカーを脱いだ姿を想像して、
僕はドキドキした。純白のきらきらしたお腹の毛並みに、可愛く膨らんだおっぱいと、
桜色に染まった小さな二つの乳首──。
「お前があいつとお揃いの服にしてるの、気付いてんだぜ?」
フィオと同じデザインの、薄緑のパーカーを僕は着ていた。
何故それを選んだのかっていえば、そう、こいつの察してる通りだよ。
彼女とはまた少し違う色だけど、僕の体も頭から背中にかけて灰褐色の毛に包まれている。
赤や銀色の多くの狐族の美しい色に決して引けを取らないと僕は思っている自慢の毛並で、
そして、フィオと同様に、僕が珍しい亜種の狐であることの象徴なんだ。
彼女には僕の方から勝手に共感を覚え、勝手に気に入って、
──そして、勝手に恋焦がれている。
フィオたち鼬の女子が、特別な授業から教室に戻ってくる。
特別な授業──、女の子の授業。男子の妄想を掻き立てるその時間に、
彼女たちは何を聞き、何を思うのだろうか。
皆、普段の騒がしい様子と違って、このときだけはいつも考え込むようにしていて、
静かだ。
今は五月の連休直前。
鼬族の女子は、初夏を迎える前に一足早く、大人たちの住む都市部へ移る。
何故だかは知らないけれど、彼女たちの神妙な面持ちは、そのことによるものだろう。
フィオも同様で、僕の隣の席に座ると、ふうっと小さくため息をついた。
そんな彼女を前にして言い出しにくいのだけど、
もう会えなくなると思えば、数日後に控える大型連休が最後のチャンス。
僕は意を決して、告げる。
この連休、二人で遊園地にでも行かないか──って。
案の定、驚いたように僕の顔を見る彼女。
これまでずっと同じ学級で、何度か隣の席になっていたけれど、
彼女が教科書を忘れてきたときに(鼬の子は本当によく忘れ物をする)
見せてあげるくらいの付き合いしかないのに。
あとは、ときどき目が合って、彼女がいつもの顔でにっこり笑いかけてくる
(これがまた可愛いんだ)くらいの、その程度の関係である僕が、
こんな誘いをかけてくるとは思ってもみなかったろう。
フィオはちょっと首を傾げ、くりくりした可愛い瞳をパチパチと瞬かせる。
そしてすぐに、「いいよ」と答えた。
「えっ?」
「だから、一緒に連休を過ごすんでしょ」
にっこり笑う彼女に、僕の方が驚きを隠せない。
「──服もお揃いだしね」
彼女は短い手を突き出して、僕の胸をポンと叩いた。
ウォゼルの学習区では、恋愛は自由だ。
女の子は早い子で、五年生の半ばには性成熟を迎える。
「特別な授業」が始まるのもその頃で、恋愛に関する規則も教わるらしい。
鼬族と狐族が付き合ってもいい。種族が違えば──言いにくいけど、
性交──だってしてもいいことになっていた。
狐と鼬とでは、子供ができる心配がないからね。
そうしたカップルも何組か見ているよ。でも、彼女が……、
真面目で清純な雰囲気のあるあのフィオが、狐族の僕と付き合うだなんて、
誘っておきながらなかなか信じられなかった。
もちろん、その、言いにくいけど、彼女と──性交したいとか、
そういうつもりで誘ったわけでもなくて……。
分かってる。
フィオにとってはほんの友達付き合い程度の感覚で、
僕に対する恋愛感情など、きっと無いんだ。
それでも、僕の頭は嬉しさで爆発しそうだった。
彼女の好きな食べ物は何だろう?
準備は念入りに。お弁当の干し肉は色々用意した。
牛肉、馬肉、鹿肉、山羊肉、ワニの肉。
果物も、イチジク、リンゴ、キイチゴに干しブドウ。
全部、乾物だから、喉が乾かないよう水筒も三つ用意して……。
いっぱいの荷物を抱えて、僕はフィオと遊園地に行った。
コーヒーカップ、お化け屋敷、絶叫マシン、とひと通り楽しんだ後、
彼女は突然、こんなことを言い出した。
「ねえ、レック。誰にも声を聞かれない場所に行きたいの」
何だろう?
彼女の真剣な眼差しが、僕のいけない想像に歯止めをかける。
言われるままに僕が探し出したのは、大きな観覧車の土台の部分にある、
地下のメンテナンス通路だった。
関係者以外立ち入り禁止の張り紙がしてあったけど、入口の三桁の錠は、
ゾロ目で簡単に開いた。
通路の奥、小さな配電盤と計測器だけがある部屋の薄暗い蛍光灯の明かりの下で、
僕とフィオは隣り合わせに座り込んだ。
「将来のことって考えてる?」
それがフィオの話したいことらしかった。
僕は拍子抜けした。そんな話なら、わざわざこんな所に来なくたって。
「レックはどんな仕事がしたいの?」
「そうだなぁ」
「まだ決めてないんだ?」
フィオは悲しそうな表情をする。
どうしてだろう?
僕は期待しちゃだめだ、と自分に言い聞かせる。
彼女が僕のことを好きだ、なんていう思い上がった期待は。
思えば、彼女はこの連休が終われば、
大人たちの仲間入りをする。ちょうど将来のことを思い悩む時期なんだ。
相談相手に選ばれただけ、と思えば悔しくもあるが、それでも嬉しいじゃないか。
裏切られることを恐れながら、それでも僕は思わず口にしてしまう。
「もしかして……、僕と同じ仕事をしたいと思ってる?」
フィオは小さな声で、「うん」と答えた。
一歩前進だな、と僕は嬉しくなった。
でも、いい出来事には必ず邪魔が入るもので、特に今回はそれが酷かったと言える。
僕たちがどんな仕事を一緒にできるだろうか、話を始めた途端、それは起きた。
大きな地震だ。
構造的に地震に弱いウォゼルの都市(人工的な基盤を渓谷の両岸に並べているのだから、
当然だ)だから、各地に大きな被害が出たことだろう。
僕たちの居る地下の小部屋は、揺れと共に天井から降りてきた隔壁で入口を閉ざされた。
壁には亀裂が入り、床は少し傾いた。蛍光灯はピンと甲高い音を立てて切れ、
数十秒に一回ほど不規則にチカッと光る点灯管が照らす一瞬のときを除いて、
ほとんど何も見えない暗闇に閉じ込められてしまった。
「どうしよう、どうしよう……」
フィオはオドオドしながらも、僕から離れようとはせず、足元でぐるぐると回る。
「大丈夫だよ」と僕はフィオの小さな体を引き寄せる。
鼬の子は皆、こうだ。その場その場を生きているふうで、先のことをあまり考えない。
フィオだって、将来のことをよく考えてる方だけど、
こういう状況においてはやはり鼬だ。
どうしていいか分からなくてパニックになっている。
助けを呼ばないの、と問うフィオに僕は、大丈夫と繰り返した。
食べ物も水も数日持つくらいはある。ここには電気設備があるから、
地震の復旧作業の際、必ず誰かが調べに来るんだ。
「外の音がまったく聞こえないだろう? こちらからの声も届かない。
でも、ときどき声は出してみよう、体力を消耗しない程度にね」
フィオは「うん」と頷いて、僕にギュッとしがみ付く。
普段見慣れている姿の印象以上に、彼女の体は小さく可愛らしく思えた。
そのときの僕は、すぐに救援が来るものと思っていた。
そして、この後起きることが、僕とフィオの運命を大きく変えることになるなんて──。
「レック、お水が欲しいの。薬を飲まなくちゃ……」
「薬って?」
「鼬の女の子の薬……」
フィオはポシェットから小瓶を取り出した。
暗闇の中で、それがどんな形か見えなかったけれど、ガラスの瓶だ。
何故分かるのかって?
それは、「音」を聞いたからだ。
「あっ」という声がして、カランと床に響く音が続く。コロコロと転がる音がして、
そして、壁に当たったのとは違う、ゴトッという嫌な余韻が耳に残った。
フィオが手を滑らせて落とした薬の瓶は、
壁に出来た亀裂の奥へ嵌まり込んでしまったんだ。
こんなときに限って点灯管は沈黙して、僕らに手掛かりを与えてくれない。
「どうしよう……」
彼女の声は、何故だか地震のときより怯えたように震えている。
「あなたの長い手なら届かない?」
鼬の可愛らしい手で亀裂を探ったフィオは落胆し、僕に懇願する。
床と壁の境目に開いた穴に手を入れると、
奥に閉鎖された古い通路が続いているようで、広い空間がある。
指先に瓶が触れてほっとしたのも束の間、それはつっと逃げるように、
更に奥へと転がってしまった。
「だめだったの?」
悲痛な声のフィオ。そんなに大事なものだったなんて。
詫びる僕に、彼女は「レックのせいじゃないよ」と言ってくれるものの、
それが何の薬なのかは教えてくれなかった。
掴みかけていた彼女の心が、少し遠のいた気がした。
お腹が空いてお弁当を食べた。
フィオが気に入ったのは鹿肉にキイチゴの実を挟んだものだ。
少し口にして、二人で異口同音に、
美味しいものは最後にとっておこう、と言ったのが可笑しかった。
雰囲気は悪くない。だから、僕は(少なくとも僕の方は)暗闇など平気だった。
誰かがここを探してくれるのを待ちながら、
僕たちは学校での様々な出来事について話した。
ずっと同じクラスだった二人に共通の思い出はいくらでもあり、話題は尽きない。
けれど、最初弾んでいたフィオの声は、次第に沈んだ響きを持ち始める。
不安なんだろうな。すぐ先に待っている新しい生活のこと――。
フィオの様子がおかしくなったのは、救援が現れぬまま二日を過ぎた頃だ。
並んで座って体を寄せるフィオの吐く息が荒くなっている。
小さな丸い頭にそっと手を置くと、彼女は震えていた。
「どうしたの? 怖いの? フィオ」
冗談で言ったつもりなのに、フィオはこくりと頷いた。
「おっぱい……」
「えっ?」
僕は彼女の言葉に耳を疑う。
彼女はすっと立ち上がり、僕の前に立った。
点灯管はもう気紛れ程度にしか点滅しなくなっていて、暗闇の中、
息遣いと布の擦れる音で、彼女がパーカーを脱いで床に落としたことを知る。
今、全裸のフィオが、僕の目の前に居るんだ。
「おっぱい、触って欲しいの……」
彼女は確かに、そう言った。
真面目な彼女が、冗談や、あるいは淫らな気持ちでそんなことを言うとは思えない。
僕は思い当たることを口にした。
「それってあの薬と何か関係あるの?」
うん、と頷き、あまり聞かないで、と彼女は言う。
「してもらわないと、大変なことになるの。
レックじゃなきゃ、こんなお願いできないよ」
僕はずっと好きだった女の子に抱きつき、想いをぶつけたい衝動に駆られながら、
切実で苦しそうな彼女の言葉に応えようと、必死に欲望を抑え込んだ。
乱暴にならないように、お尻をついて自分のお腹にそっと彼女を抱き寄せる。
向き合えば、そのまま股間を押し付けてしまいそうだから、
彼女の体をぐるっと返して背中から優しく腕を回す。
指先に、柔らかいものが触れた。
フィオのおっぱいは温かくて、産毛に包まれふわふわしている感じだった。
想像していたより少し小さめのそれは、お椀状の綺麗な形をしていて、
不思議な柔らかさがある。
「ねえ、フィオ。このおっぱいを、どうして欲しいの?」
フィオが答えるのを待たずに、僕は彼女のおっぱいを円を描くように優しく撫でていた。
フィオは抵抗しないことで、それが望んでいることだと僕に伝える。
指先がフィオの乳首に触れる。きっと桜色に染まった可愛い乳首だ。
それは儚いくらい小さな突起で、軽く擦ってあげると少しずつ硬くなり、
存在を主張する。自分の指の動きに反応する彼女の体がとても愛おしい。
フィオは、ふーっと気持ちよさそうな息を吐いて、僕に体重を預けた。
軽い。
背丈は僕の半分ほどしかない彼女の鼬族の体は、
思っているよりもずっと軽くて、頼りなげだ。
手を止めると、彼女は頭を巡らし、僕の顎の下にそっとキスをして、
「続けて」と囁いた。
暗闇の中でずいぶん長い時間、僕はフィオの乳房を撫で続けた。
彼女はときおり、「んんっ」と気持ちよさそうに呻いては、
荒い呼吸を続ける。
気持ちいいの? フィオ。
僕はフィオのことが可愛くってたまらない。
腕の中で喘ぐ大好きな女の子の存在を確かめながら、僕は、
男の劣情が込み上げてくるのを必死に我慢した。
股間はもうカチカチで、フィオの体がこんなに小さくなかったら、
鞘から飛び出した先端が彼女に触れて気付かれるんじゃないかとひやひやした。
だけど、僕が音を上げるより早く、彼女の様子が変わった。
呼吸がさっきより苦しそうになっていた。
彼女は、悲痛な叫びを上げた。
「ああ、やっぱりだめ……。
これだけしてもらっても、熱が治まらないの」
「……どういうこと?」
フィオは身を翻して、僕に抱き付いた。
「レック……」
彼女が続ける言葉を予想して、僕はゴクリと唾を飲んだ。
でも、それは期待していたものと違っていた。
「わたし、このままだと死んじゃう……」
「えっ?」
「できれば、知られないまま外に出られたらよかったんだけど──」
フィオは震える声で、説明してくれた。
それは、鼬の女の子が、
遠い祖先──四つの足で大地を踏みしめていた獣の時代から受け継いでいる、
宿命の話だ。
鼬の体は、子孫を確実に残すために色々と複雑な仕組みがあるらしい。
特に困りものなのが、発情の性質だ。
若いメス鼬が性成熟を迎えると、ほどなくして彼女は発情する。
発情は性行為を行うまで治まらず、治まっても受精しなかった場合は、
しばらくしてまた発情する。
驚いたのは、つまり、フィオを始めとした六年生になった鼬の女の子は、
全員が常に発情している、という事実だ。
先祖と比べればほとんど鼻が利かないと言っていいほど退化した僕たちの嗅覚では、
それに気付かずにいるだけだ。
何人かの子は、狐族の男子と関係を持つことで発情を抑え、
そうでない者は、いつも薬を飲んでいるのだという。
(狐と鼬は恋愛自由、という規則ができた理由がこれで分かる。)
フィオはそして、もう一つ、恐ろしい事実を教えてくれた。
「発情して性行為をしないままでいるとね、わたしたちの体は、
過剰に分泌されたホルモンで中毒を起こすの。
あの薬は、発情よりもそれを中和するのが目的のものなの……」
フィオが最後に薬を飲んでから、三日も経つらしい。
彼女の体を包む熱は中毒の症状の現れで、もう一刻の猶予もないことを示していた。
「どうしてそんな大事なことを教えてくれなかったの?」
「だって、恥ずかしいから……」
そりゃあ、いつも発情していることを男の子に知られたくないのだろうけど。
「もう時間がないんだよね?」
「レック、ごめんね、わたし……」
結論を早く言って欲しい、と思った。
迷うことなんてないだろうに。
僕にとっては、彼女のためにしてあげられることで、
こんなに嬉しいことなんてないというのに。
恋人でもない僕を相手にすることを躊躇してるんだろうかと思うと、
歯がゆくてたまらない。
ずっと後になって、彼女がためらっていた本当の理由を知ったとき、
僕はこのときの気持ちを恥じることになる。
それはともかく、彼女はようやく決断してくれた。
「あなたの……、挿れて欲しいの」
僕は喜んで、うん、うん、と頷いた。
けれど、それには奇妙な注文が付いたんだ。
「でも、中には絶対に出さないで」
「えっ?」
ちょっと待って、と僕は心の中で叫ぶ。
挿入だけして射精は我慢してくれ、だって?
だいたい、好きな子の中に精液を流し込みたいというオスの本能は、
理性でどうにかなるものじゃない。
彼女にはきっとまだ秘密にしたいことがあって、だからこその願いだとは思っても、
納得がいかない。
「そんなのきっと無理だよ……」
込み上げる気持ちを抑え付けた声でフィオの返事を伺う僕に、彼女は、
お願い、と繰り返した。
「どうしても、だめなの?」
僕の声には、かなり落胆の響きが篭っていたらしい。
フィオは暗闇の中でも感じ取れるくらいに首を左右に大きく振った。
「ああ、レック、ごめんなさい。
死ぬのが嫌だから必死でお願いしてる、なんて思わないで欲しいの」
フィオは体をくるっと返して僕の胸に頬を寄せ、優しい声でこう言った。
「あなたのできる範囲で頑張ってくれたら、わたしは嬉しい……」
鼻先を下に向けると、ちょうど舌の届く位置にフィオの小さくて真ん丸の、
可愛い頭がそこにある。
僕は彼女を安心させるように、その額を優しく舐める。
小さな裸の体をこうして僕に委ねている彼女が、
僕の気持ちを弄ぼうとしているわけではないことを身に染みて感じた。
「分かったよ。頑張ってみる」
「ありがとう、レック……」
パーカーを脱ぎ捨てると、僕は改めてフィオを腕の中に抱き寄せた。
胸に直に感じる彼女の体は新鮮で、温かくて、そしてとても柔らかくて、
僕はドキドキする。
焦る気持ちを落ち着けるよう自分に言い聞かせながら、
僕はフィオをそっと床に寝かせる。
フィオの小さな頭が床に打ち付けられないように、片手で優しく支える。
手にかかるのは儚いくらいの僅かな重さで、
これまでただ恋焦がれるだけだった彼女が、こうして触れ合うことで、
僕にとって何があっても守ってあげたい存在に変わっていく。
彼女はどう思ってるんだろう? 僕のこと。
少なくとも好意は抱いてくれているのだろうけど──。
仰向けになった彼女の股間を、僕はそっと舐めた。おっぱいとはまた違う、
不思議な柔らかさの女の子の部分が僕の舌にねっとりと絡み付く。
そこはすでに僕の唾液とは別のもので潤っていて、
触れるものを迎え入れようとしてゆっくり収縮していた。
柔らかいお肉の中心に窪みがあって、その少し上に舌が引っ掛かる僅かな膨らみがある。
そこは女の子の体で一番敏感な場所で、僕の舌を感じて硬さを増す。
フィオは身を捩って快感を露わにした。窪みから、トロトロとお汁が溢れてきた。
もう半分以上も鞘から飛び出した自分の股間の突起をその部分に寄せて、
僕はふと、ためらった。
「どこまでやったら、……したことになるんだろう?」
「わからないの。でも、体の熱が取れるまでは──」
そうじゃない。僕が気にしているのは、この狐族の性器の形状だ。
フィオの小さな体に収めてもらうにはあまりにも大きく、長く、
そして根元には彼女の中で大きく膨らむはずの意地の悪い瘤状の器官が付いている。
「いいよ、全部入れて──」
彼女は、僕の気持ちを見透かしたように言った。
「大丈夫だよ。狐の男の子のこと、教わって知ってるから」
「女の子だけの授業?」
「うん。ちょっと怖いけど、大丈夫。頑張るから」
その言葉にまた沸き起こる愛しさを噛み締めながら、僕は思い切って腰を突き出した。
温かく、ぬるぬるした感触が、僕の敏感な突起を包み込んだ。
フィオの女の子の部分は、喜びに震えるように優しく蠢きながら、
僕をその奥へと誘う。彼女を傷付けたくなくて、
本能の導くままに腰を振りたくなる衝動を抑える僕の性器を、
有り難いことに、フィオは無理なく受け入れようと頑張ってくれる。
ときおりフッフッと苦しそうな息を吐きながら、おそらく、
今まで閉じていた部分をじりじりと開かれる恐怖と痛みに耐えているんだ。
「大丈夫?」
「うん……」
フィオの声は少し震えている。
「……もっと、奥まで入れてもいいよ」
「うん……」
そんな風に言葉を交わしながら、僕は彼女の中に体を沈めていった。
フィオの女の子の内側は、不思議な弾力がある。
温かいお肉の壁が僕の性器に密着して、離さないように包み込んでくれる。
ときおりキュッと締まって緊張する、その可愛らしいところへ性器を押し込むと、
ギュギュッと擦れるような感触があって、
その度にお腹の底のあたりに気持ちいい、熱い塊のようなものが集中する。
気を抜けば、それが爆発してフィオの中に流れ込みそうだった。
(だめだ、だめ。射精しちゃいけない……)
僕はゆっくり深呼吸をしながら、フィオの体を満たしていった。
残ったのは、狐族特有のオスの性器にある根元の瘤の部分だけ。
最後まで入れたい――。
僕の気持ちはどうしようもないオスの本能に揺さ振られていた。
でも、僕のものを締め付けるフィオのここは、もう限界なんじゃないかと思えてくる。
そこまでしなくても、フィオを苦しめなくても、
彼女の熱を抑えることはできるんじゃないか。
わずかに勝ったフィオへの思いやりが僕の動きを止めた。
先端はすでにフィオの小さな子宮をかなり押し上げているようで、
彼女の呼吸は苦しそうに、やたらと吐息ばかりが目立って聞こえる。
「フィオ……」
「んっ……」
「大丈夫……?」
「ん……」
それは肯定なのか否定なのか分からないくらいの、
必死に振り絞ったフィオの返事。
僕は――、卑怯だ。
「挿れて……いい?」
何を?
そう問わずに、フィオはまた、
「ん……」
と小さく答えた。
(フィオ、ごめん……)
僕はフィオの小さな入口に、すでに大きくなりかけた瘤を押し付ける。
彼女が抵抗しないのをいいことに、体重をかけて瘤を埋め込んだ。
フィオの慎ましい女の子の部分がじんわりと広がって、
そして、引き込むようにして僕のオスの部分全体を受け入れた。
苦行に耐え切ったフィオの体の緊張が解ける。
狐と鼬の体は、元々そのように創られていたんじゃないかと思うくらい、
完全に収まってしまえば不思議なくらいに馴染んでいた。
フィオは大きくひと息、深呼吸をして、
もうさほど苦しくはないことを僕に伝えてくれた。
「やっと、入ったね……」
フィオにそう言われて僕は、
彼女の体を押し潰しそうになるほど興奮して圧し掛かっていた自分に気づき、
慌てて体を起こし、仰向けになって小さな愛しい鼬の女の子をお腹の上に乗せる。
フィオと僕は性器の瘤のおかげでしっかりと繋がっていて、
このくらいの動きでは決して離れない。
「レック、ありがとう……」
僕のお腹に乗ったフィオのあそこにかかる負担は彼女の体重だけになり、
ずいぶん楽になったはずだ。
そして、次に苦しむのは僕の番だ。
「んっ、んっ」と可愛い喘ぎ声を上げながら、フィオは小さく腰を揺する。
「だめだよ、刺激しないで」
中には出さないように頑張るって、約束したのに。
彼女が意地悪をしているんじゃないか、と思ってしまう。
フィオの可愛らしい腰の動きが気持ちよくってたまらない。
フィオもそうしていると気持ちいいの?
心臓がずくんずくんと弾む。
さっきお腹の底に感じていた熱いものがまた溜まって爆発しそうになる。
「動かさないで……」
フィオは腰の動きを止めて、「んんっ」と呻いた。
ああ、また──。
フィオ自身は動いてないけど、今度はフィオのあそこが僕を包んだまま規則的に収縮する。
柔らかいのに不思議と力強いフィオの粘膜が、僕の性器の表面を流れるように撫で回す。
気持ちよくってたまらない。このままだと射精してしまうのは時間の問題だ。
「どうして……」
そんなに刺激するの、と言おうとした僕の言葉と同時に、フィオは小さく叫んだ。
「ああ、だめ。体が勝手に動くの。だって──」
フィオのその言葉を聞いたときの、嬉しさで跳び上がりたくなるような気持ちを、
僕は一生忘れない。
「だって、好きなんだもん、
レックのこと――」
そうだったんだ。
彼女も、僕を──。
あっ、と思ったときにはもう遅かった。
フィオを想う気持ちが募って、とうとう爆発してしまった。
僕の大きな性器はフィオの中で踊るように跳ね、
その先端から熱い液体が迸る。
彼女の体が怯えたようにビクッと震える。
彼女にとっておそらく、狐の精は体に取り返しのつかない変化をもたらす何か、なんだ。
でもそれはもうどうにもならない奔流で、
フィオのお腹の奥に、子宮に叩きつけられるように噴き出していく。
激しい鼓動と同時に精が吐き出される度、
僕の下腹部にはツーンとするような快感が広がった。
(ごめんよ、フィオ……。でも、止まらない……)
しばらくして射精の勢いが収まっても、僕たちの体はまだずっと繋がったままで、
長い間隔を置いてほんの少しずつ精液は射出される。
でも、もうほとんど本番は終わったと言っていい。
お腹に流し込まれるものを感じなくなったフィオはひと息ついて、言った。
「やっぱり出ちゃったね、レック」
約束を守れなかった僕を、フィオは責めなかった。
けれどそれは、嬉しいのか悲しいのか、優しいけれど複雑な響きの声だ。
「フィオ、僕も──」
突然、僕の胸にぽたぽたと温かい滴が落ちる。
「ごめんね、嬉しいのに、こんな風に泣いてごめんね」
フィオが泣いていた。
僕だって、こんなに嬉しいのに彼女を泣かせてしまってることに困惑する。
きっと鼬の女の子には、まだ他に言ってはならない秘密があるんだ。
もどかしい気持ちでいっぱいになる。
お互い頑張ったけど、どうしようもなかったじゃないか。
「ねえ、フィオ。分かってると思うけど、
僕もフィオのことが好きなんだ」
せめて彼女にも気持ちよくなってもらおうと、
体を引き寄せ、おっぱいに手を当てる。
僕の手の中でフィオはうっとりとした様子で、体を預けてくる。
「もっと近くにいさせて」
小さな両手で、彼女は僕の胸にギュっとしがみ付く。
柔らかくて可愛いフィオのおっぱいを胸に感じて、ドキッとする。
小さな、小さな可愛いフィオ。
僕のフィオ。
たまらなく愛しいフィオを、僕は改めて抱き締める。
「レックのこと、ずっと好きだった。好きだって伝えたいと思ってた。
やっと言えたよね。
これまで黙っててごめんね。声をかけるのが怖かったの。
レックはいつも素敵だったよ。運動も、勉強もよくできて……」
そんな風に言われると、なんだかこそばゆい。
「成績だったら、フィオだって」
ううん、と彼女は首を振る。
「わたしが勉強頑張ったのはね、
大人の国であなたと一緒の仕事に就けるかもしれないから。
五年になって女の子の授業を受けて、それを知って……、
それからでしょ? 成績が上がったの」
言われてみれば、そうだった気がする。
「ここでは異種族同士の恋愛は認められてるけど、
そのままの関係は向こうへ持っては行けないの。
鼬と狐では籍を入れられないんだって」
フィオはただ、大人の国で長い時間を僕と共に過ごしたかったのだ、と言った。
こんなに嬉しいことってあるだろうか。そして、こんなに悲しいことも。
互いを想い合って、それがあと少しというところで災いした。
彼女が積み重ねてきた想いはもう叶わない。
「狐族の精を体に受けた女の子は──」
フィオはそう言いかけて、ハッとしたように言葉を切った。
小さな腕を伸ばし、上体を起こす。
きっと僕の顔を真っすぐに見ている。
暗闇の中で見えるはずがないのだけど、
寂しそうに微笑む彼女の顔が、見えた気がした。
「レックも卒業したら……。向こうの世界へ来たら……。
いつかわたしを探してね──」
彼女の言葉はこの後ずっと僕の心に引っ掛かっることになる。
フィオは僕──男の子の知らない大人の世界のことを知っていて、
悔しいことに、僕は何も知らない。
でも彼女は、それ以上詳しいことは話してくれなかった。
行為の後、僕たちは汚れたところを互いに舐め合って綺麗にした。
ほどなくして救援がやって来て、
そこからは、僕とフィオはほとんど言葉を交わすことのないまま、
別々の病院に運ばれ、僕は衰弱していないかの検査を受けた。
フィオは……。
──連休が明けた教室に、フィオの姿は無かった。
フィオを皮切りに、鼬の女の子は一人、また一人と学校から居なくなり、
それが鼬族にまつわるウォゼルのしきたりだと、僕は改めて知らされたんだ。
(つづく)