すっかり人口の減った近未来。  
 各地に放置された過去の残骸、そして作られた自然へと退化した小さな島国。  
 この国では人の血は混ざりに混ざってしまい、純の面影を残す者などいない。  
 言わば、残すのが必要ではなかっただけのこと。  
 私はそんな中、居住区を抜けて樹海を進んでいる。  
「キナこ、何処向かテル?」  
 手と手で繋がっている相手が、声を発した。  
「南南西の軌道線を軸に歩いている」  
「キナこの言うコト、難シクてチとも分カラん」  
 彼女の名前はメイ・レイ。孤児院から引き取った、孤児。  
 
「足元に気を付けなさい」  
 手を握ったまま慎重に歩くメイを確認して、私も前に進む。  
 彼女は褐色肌に黒髪、しなやかな体つきで、南国系が色濃い混血。  
 ただ障害を持っていて、両目の視力が著しく低い。  
「みートいしょ、不便ナイか?」  
 言葉遣いもこんな調子で、出会って数日――慣れるのに苦労した。  
「大丈夫」  
 本当なら人のいる場所で生活すべきだった。彼女にもその方が良い。  
 ただ今回は、私の我侭である。  
 
 秘密基地であり、隠れ家。それは大抵高く暗く、人目につき難い場所。  
 そんなものを探してみたくなる、限りある退屈の日常。  
 遠い昔のロマンに思いを馳せ、知りもしないのにDNAに刻まれているような、夏の終わりの感傷的な記憶に、足を引かれる。  
 ――という口上が必要だったのかは、私も分からない。  
 とにかく人口が減って管理しきれなくなった物が増えた時代。  
 温暖な半島の南端に、役割を失い放置された灯台があると聞いた。  
 なのでそこに一時、居を構えてみようかと考えた次第だ。  
   
「ヘンな、におイ?」  
 彼女がそう言って、私の腕を辿る。  
「潮の香り」  
「うム」  
 べったりと腕に絡まって、足を止めない。  
 風を感じる。長い長い人工繁殖の樹海を抜け、遂に本物の海へと辿り着いたのか。  
 遠くの波止場らしき岩場を前に、見えるは白い塔。灯台。  
「どシタ? みーハマダ、歩ケルぞ」  
 段々と足元の砂が、細かくなるのを感じていた。  
 防砂林の限界。その先に、地面はない。  
 もう貝殻の破片すら、落ちているような場所だ。  
 
 私たちは小さな砂浜に出た。  
 灯台への道に行くには、ここを沿ってぐるりと歩く必要がある。  
「ぽカぽか、すル」  
 日差しを感じた彼女は、私の手を離れて伸びをする。  
「キナこ、不思議だナ? 気持ちイい」  
 居住区では感じられなかった、自然を肌で感じているのか。  
「行こう」  
 昔は毛細血管のように国中に通じていた道路も、地震や劣化の影響を受けて壊れてしまった。  
 更には自然回帰の為作られた木々に地面ごと侵食され、今は飲み込まれて跡形もない。  
 そんなライフラインの断絶したこの地に、人が来なかったのは当然と言える。  
 私はまた後で来ようと約束して、彼女の手を引いた。  
 
 波の音。すぐ足元で、寄せては引く。  
 昔この辺りは小規模な砂丘だったらしいが、水面が上昇した現在、小さな浜が残るのみ。  
「何カ、落ちてル」  
 彼女は足に当たった何か――貝殻を拾い上げた。  
「コレ、なぁ?」  
「星屑」  
 海には星の力を感じさせる、何かがある。  
 そして月を、遠い遠い場所に輝く天体を、人はその時代なりに想う。  
 光を反射し七色に光る貝殻は、星屑。  
 砂に埋もれた星屑は、とても絵になる。まるで時間に置き去りにされた宝物のように。  
 彼女はそれを、顔で触れる。  
「みー、懐かシイ」  
 私も同意。  
 
 拾った宝物を、彼女はワンピースのポケットに入れた。  
 しばらく歩き、石の階段を上って灯台へ。  
 近くまで来てみると、恐らく真っ白だった塗装は、潮風で剥げてしまっていた。  
 ただ大きさは充分、酷い劣化も見当たらず、簡単な居住には問題ないだろう。  
 私は錆付いた南京錠を壊すと、重々しいドアを開けた。  
「……!」  
 セピア色の空間、とでも言おうか。  
 散らかっているのに、落ち着く光景。居住区の煩雑したそれとは全く違って、趣すらある。  
 ともあれ、  
「まずは片付ける」  
 今日から、ここに住むのだから。  
 
 私たちは、特にサバイバル生活をしようとしているのではない。  
 毎日少しずつ、ここを改造していく。  
 今日持ってきたのは主に適当な道具類だけだが、勿論それだけで生活が出来ないのは分かっている。  
 必要な物資は、無線連絡で大手の問屋に一括注文。  
 月・水・金の週三回、民間の貨物飛行機がこの上空を通過していくので、その時に落としてもらうことにしている。  
 費用は、当分尽きることはないだけの預金が入っている口座から引き落とし。  
 単に山奥に別荘を建てて引きこもるのと、大した違いはないのである。  
 
 円い部屋と螺旋階段。最上階には、使われていない回転灯。  
 見て回って、そして物を整理する。  
「キナこ、楽しイナ」  
 捗らない。独特の高揚感と言うのだろうか。  
 これだけで、わざわざこの場所に住もうと思った甲斐があるくらいだ。  
 彼女もまたそんな感じで、年相応にはしゃいでいる。  
「…」  
 汚れを掃った床に腰を下ろし、一休み。足を伸ばす。  
 すると彼女も隣に座ってきて、私の二の腕にもたれた。  
「みー、こレカラ、キナこといしょ。二人、キり」  
 そう。そして、誰にも邪魔されない場所で、二人きりになりたかったのかもしれない。  
 
「メイ」  
「なァ?」  
「…何でもない」  
 愛すべき感触。自然と肩を抱けてしまう。  
「隠シごと、するナ」  
「これからも、よろしく」  
 言葉を飾って、そのまま息を吐く。  
 私を慕ってくれる彼女を、単に呼んでみたくなっただけ。  
 血の繋がりはないが、契りを境に、欠かさず寝食を共にしてきた。  
 引き取った理由は、その時の気分に過ぎない。思えば、私は金ばかり余らせて一人に慣れ過ぎた。  
 誰かと下手なりに不器用なりに、感情を分かち合ってみたいと、心に留意するものがあったのだろう。  
 そして、人との交わりが希薄なここでは、ただ一人のパートナーを、強く意識出来る。  
 
 古いベッドを掃除すると、割と使うには足る状態になった。  
 日も暮れたので、缶詰と携帯食の栄養タブレットを食べて、今日は休むことにした。  
 二人寄り添って横になると、ランプの灯りを消す。  
「…嬉しイ、カ?」  
 真っ暗になった部屋に、彼女の声。  
「早く寝なさい」  
「うムム…難シい」  
 そう言いながら、私を軸に程好い寝相を探している。  
 密着した肢体が、もぞもぞと動く。腕枕の先の手のやり場に、ふと困る。  
「キナこ、もと、キテ」  
 
 横になって、体を包み込む。  
 彼女はこの体勢で眠るのが一番好きらしく、よくこれを催促する。  
 溜息が出た。無意識に抑えようと、している何かに。  
「……メイ」  
「ぽカぽか」  
 孤児は同い年の普通の子に比べ、貰える愛情は多分、乏しいものだろう。  
 求められるのは、その穴埋めでもある。違うとどこかで分かっていても、”親”だ。  
「良い子だね」  
「?」  
 私などに、迷わず心を開いて甘えられる純粋さ。  
 何をしてやったと言うのだろう。たいしたことは、していないじゃないか。  
 それなのに、私を救ってくれる。救わせてくれる。  
 
 程好い疲れは睡眠薬。  
 メイを抱いたまま、朝まで心地良く眠ることが出来た。  
 上から微かに漏れてくる光で、目が覚めた。  
 海辺は悪天候の影響を諸に受ける。時化れば波風が叩きつけてくる。  
 よって頑丈な分、重厚だ。普通の家よりも閉鎖的なものを肌で感じてしまう、空間。  
 …それが好きでもあるのだが。  
 朝も二人で簡単に食事を取って、再び片付け。  
 これから毎日、この灯台に手を入れつつ、自給自足の真似事でもしようと思う。  
 釣りをしたり、近くの森を探索したりしよう。することは、自分で見つける。  
 
 とりあえず今日は、快晴。汗ばむ陽気といったところだ。  
 正午近くに荷物が届いたので、ロープを解いて片っ端から中に運び込む。  
 結構な量でくたびれた。昼を回ったので、再び缶詰系で食事。  
 ガス電気水道は使えないが、時代は進化している。  
 海水を濾過し浄水として使えるようにするフィルター、圧縮電池を使った小型コンロに、冷蔵・冷凍バッグetc…。  
 食後に寛いでいると、彼女は私の肩を揺すった。  
「キナこ、約束。アソこ行クぞ?」  
 …相変わらず捗らない。けれど、それも良い。  
 
 二階の現在物置の部屋で、私たちは交互に着替えることにした。  
 居住区にもプール程度はある。持って来た水着の上から、洋服を重ねる。  
「変ナイか?」  
 部屋から出て来た彼女は、ワンピースとビニールバッグ、落ち着いた統一色を装っていた。  
「大丈夫」  
 すると、嬉しそうに私の手を探り、握り締める。  
「良ス。行コ」  
「はいはい」  
 そんな様子にこちらまで、何だか嬉しくなる。  
 午後はしばらく、海辺で遊ぶことになりそうだ。  
 
 手を繋いで、もう片方の手で荷物を担いで、外に出る。  
 そして昨日歩いて来た砂浜に下りる。強い日差しで足元は温かい。  
 しばらく歩いて、出来るだけ広く綺麗な場所を選んで、そこにシートを敷いてパラソルを立てる。  
 完成。  
「キナこ!」  
 彼女は一人で、海風を受けていた。  
 ワンピースが光で透けて、細い足のラインを映し出す。  
「何?」  
「こなニ気持ちイいの、初メテ!」  
 彼女の目は微かながら光を、そして海を感じているのだろう。  
 人の溢れた場所では感じ難かった、開放感。そして、五感に働きかける自然。  
 両手を広げ、体中で受け止めている。  
 心に眩しさを感じるくらいに、情景的だった。  
 
 待ちきれなかったのか、彼女は見たこともないはしゃぎ様だった。  
 他に誰もいないビーチで、私の補助も忘れて目の前で。  
 足から波に触れ、その冷たさに驚く姿。バランスが崩れて、手を突く。  
 そんな様子を見ていて私は、自分を忘れそうになる。  
「キナこ、みーと泳グか? 砂デ遊ブか? なナ?」  
「どちらでも、良いよ」  
 すると私の元に戻って来る。  
 濡れて砂の付いた足からサンダルを脱いで、ワンピースのボタンを外す。  
「……」  
 見惚れてしまい、言葉を失ってしまった。  
「どシタ?」  
 服と服の隙間から、ちらちらと覗く褐色の体と、黒いビキニ。  
 
 ワンピースが、シートの上にはらりと落ちる。  
 普段よりも一段と異性を感じて、胸が焼けつくようだ。  
 疚しい下心を持っている自分に、呆れてしまう。  
「チと、窮屈ダな」  
 全身をタイトに覆う、水着の感想。体を捻って感触を試している。  
 その様子にまた、年甲斐もなく悩殺される。親心と出来心が共存している。  
「まダカ?」   
「少し、待っていなさい」  
 思わず取り繕うように返事をして、変に思われなかっただろうか。  
 
 簡単にストレッチをして、二人で海へ。  
 海水は冷たかった。少し体を密着させて、暖を分かち合う。  
 水温に少し慣らすと、彼女は早速泳ぎたいと言い始めた。  
「手、握てテ」  
 少し深い所で、バタ足の練習。意外と上手い。  
「プは…はッ…!」  
 息継ぎの度に確かめるように、向けられる顔。  
 握った手の体温と、海水の温度差が際立つ。  
「……ふゥ。キナこ、泳ゲるのカ?」  
 短い髪がしっとりと濡れて、光る。  
「…一緒に泳ごうか?」  
 
 少し練習すると、彼女はクロールに慣れた。  
 腰の支えも要らなくなったので、二人で並んで泳ぐ。  
 勿論、前はよく見えていない。変な方向に行かないように、気を配りながらの数分。  
 それでも、嬉しかった。人に溢れた居住区では、こんなことは難しい。  
「ハぁ…はァ――キナこ?」  
「何?」  
「いしょナノ、感じタ。魚にナたみタイ」  
 体は温まっていた。だが、彼女の温もりが、欲しくなる。  
 私は腰まで水中に浸った状態の彼女を、そのまま腕の中に寄せ、頭を撫でた。  
「…?」  
「メイは、一緒なのは私だけで、寂しくない?」  
 嬉しいが、心細さを掻き立てられる、二人きりの海。そして生活。  
「みー、ヨク分カラん。でモ、キナこ、信頼シてるゾ?」  
 
 気の済むまで泳いで、疲れた体で陸に上がる。  
 波の及ばない乾いた砂の層と、濡れた砂の層。  
 満干の中で、如序に動いていく境界線の、私たちはちょうどその境目に腰を下ろした。  
 足と臀部に、薄い波が撫でていく。不思議な感覚は、心地が良い。  
「海水、ちト塩辛イな」  
 まるで毛繕いをする動物のように腕を舐めてみて、彼女はそんな感想を口にした。  
 愛らしい仕草に、思わず綻んだ息が漏れる。  
「デも、キナこの息遣イ、海ノ息遣い、皆好キ」  
 そう言うと、空を抱くように大の字で横になるメイ。  
「みー、すゴク感動シてる」  
 私も、呼吸すら苦しくなるほどに、胸が満ちている。  
 
 海と大地を背中に、空を前にして、二人でしばらく、そうしていた。  
 聞こえるのは波の音だけ。  
「キナこ」  
 そこに、彼女の声が交ざる。  
「何?」  
「手、繋ゴ」  
 上下に振って、私のそれを求める手。  
 見つけさせてあげると、今度は形を探るように、撫でられる。  
 やがて彼女の指は、私の指と指の間に絡み込んできた。  
「……ズと、いしょ、だゾ?」  
 握る力は、大きなものを臨んで、心細く不安になった心の表れなのかもしれない。  
「勿論、そうだよ」  
 だから、固く強く、意思表示をする。  
 
 それから、濡れた砂をすくって顔や体に塗りつけてみたり、小さな穴を掘って海水を引き込んでプールにしてみたり、した。  
 二人きりでも、こんなことをしているだけで楽しかった。  
 彼女の好意と、そして純粋な感動は、一つ一つ違う表情を見せてくれる。  
 彼女と、その周りの全てが大切に思える。  
 だが、一通り遊んだところで、  
「そろそろ一休みして、引き上げようか」  
 と、声をかける。  
「モウ、か……うム」  
 遊び足りない部分は、次のお楽しみ。次を考えるのも、また楽しい。  
 
 体についた砂を海水で流して、シートに戻る。  
 彼女にタオルをかけてあげると、妙に元気が無いことに気づく。  
「キナこ。みー、変ないカ?」  
「どうして?」  
「……キナこ、今日、トても優しイ、かラ」  
「メイ?」  
 それは、普段よりも愛おしいから、なのか。  
 そして、その言葉にふと勘づいた。  
 まだ幼い少女が経験した、”取り残された日”。  
 両親が彼女を残して姿を消してしまった時も、そうだったと言う。  
 ”前日、妙に優しかった”――そんな落差が記憶に焼きついて、今もそのまま。  
 自分に置き換えてみる度、胸が痛くなる。  
 
 頼りなさげな肩を、抱き寄せる。  
 彼女はしがみつくように、私の体に腕を回す。  
「みー、捨テナい? まタ何度も、キナこといショに、こコ、来たイヨ」  
「捨てないよ」  
「こコ、誰もイナいかラ、みー、キナこシカ、イナいかラ……」  
 私しか、相手をしてやれる人が、いない?  
「…居住区にいた方が、良かったかな」  
「違うノ! みー、う…ゥ…」  
 胸元に、温かく湿った感触。  
 そのまま私は、泣かせてあげた。  
 
 成長途上だが、涙は流しても、彼女は子どもではない。  
 自分を抑え込むように静かに泣いて、そしてすぐに平常を取り戻す。  
「……みー、キナこノ、なァ?」  
「大事な人。家族――かな」  
「デも、血ハ繋ガテない」  
 ならば、義理の家族。それとも……?  
「血、繋げテ」  
 血を、繋げる…?  
「……メイ」  
「ナぁ?」  
「――愛してる」  
 
 結局、自分のしたかったことは、これだろうか。  
 彼女は、確かな保障が欲しいのだろう。どんなに抱き締めてやっても、優しくしても、不安は拭いきれない。  
 だから、血の繋がりを求めた。  
 義理でない本物の家族を、もう一度取り戻したいのかもしれない。  
「……」  
 口づけは、少し塩気交じりの味。  
 ただ大人しく、じっと受け入れるように、彼女は応じてくれた。  
 私の一方的かもしれない感情表現に、健気にも何を思うのだろうか。  
「……メイ」  
「…な、ァ?」  
「本当はメイのこと、こうしたいと思っていたんだよ」  
「……みー、ヨク分カラん。でモ、落ち着イタ」  
 そしてもう一度、私の胸の中へ。  
 
 誰もいない代わりに、私は何百人分の存在でなければならない。  
 そこまで強力に意識させるには? そして、血を繋げるということは?  
「――良い?」  
「…うム。ソれスレば、血、繋がテ、キナこニも、嬉しクなテモらえル」  
 メイは異性に対する感情を、自分の中ではっきり認識出来ていない。  
 私を純粋な恋愛対象として見ていない内に、こんなことをするのは良くない。  
 だが、  
「みー、キナこの幸セニなル。ずト、キナこと生きテク。それガ、みーの愛しテルというコト」  
 そう言って聞かない。  
 理性を納得させて、彼女を背中から、抱く。  
 
 ビキニの上から、まだ小振りな胸を揉みしだく。  
 物足りないとは思わなかった。心地良い、メイの感触が嬉しい。  
「メイ…」  
「くすグたイ、ゾ」  
 だが、私が彼女にしようとしていること。  
 それは、私の我侭か。ここに連れて来たのも、何もかも。  
 或いは、最初から好意漬けにして、身も心も言いなりにしてしまおうと?  
 本音は自ら引き出せない、深層心理の中。しかし人間…失格かもしれない。  
「…はぁ…」  
 情けない。  
 自分の思いを、こんな誤った形でしか、伝えられないなんて。  
「……苦しイ、のカ?」  
 
 彼女は体を返すと、私の顔に触れてきた。  
 丁寧に慈しむように、何度も撫でられる。数滴、涙が零れた。  
「キナこ、みーの前デ、泣いテクレる。初めテ?」  
 心配するような表情。  
「心配、しないで」  
「みーガ泣いタ時、キナこは優しク、慰めテくれル。だカラ、みーも慰めルよ」  
 ……そうか、対等なんだ。  
 私と彼女、持ちつ持たれつ。それで心は満たされていた。  
 大事にしたいから、ここに連れて来た。以前よりも、そして何よりも。  
「? キナこ、笑テるナ?」  
 息遣いでこちらの感情を把握する彼女。  
「そうだね。――メイ。これからも、私の傍にいてほしい」  
 
 私が小さく口づけをすると、彼女は背中からシートに寝そべった。  
 呼吸で振れる体。膝に軽く跨って、再び胸に手を伸ばす。  
 収めて、揉み解す内に昂りを感じていく。  
 手を中に差し込んで、今度は直の膨らみを感じ取る。  
「ぁ…」  
 そしてビキニを捲し上げ、やや強く揉む。  
 乳首を優しく捏ねると、彼女の吐息が漏れた。  
 今度はそっと顔を近づけて、舌で弄ぶ。  
「ッ…!」  
 下半身にも手を伸ばし、腰や股の辺りを、擽るように撫でる。  
 細く締まった体を感じながら、次に、水着越しだが彼女の筋に触れる。  
「…キナこ、そコ、変ナい…っ」  
 危うい感触と、声。  
 
 私は彼女に覆いかかると、腹部から指を、下に下にと滑らせた。  
 水着の中の、先を探れば探るほど、息遣いがおかしくなっていく。  
 やがて辿り着いた秘部は、滑らかで柔らかく、そして仄かに熱かった。  
「はッ…ァ…っ」  
 感じているのか――そんなことを考えながら、指で擦る。  
 彼女の孔は、少しずつ濡れ始めた。  
「んッ…っ…!」  
 恐さと切なさを噛み堪えるように、悶える健気な姿。  
 見慣れた褐色の肌が、見たこともないほど魅惑にしなる。  
「キナこ…みー、みぃ…っッ!」  
 体がびくりと仰け反って、硬直した。  
 彼女が初めて、覚えたであろう絶頂。指に絡む、彼女の液。  
「はッ…ハっ…!」  
「とても、可愛かったよ」  
「…? …みー、変、ナのに…熱クテ、やじャ、ナい」  
 深い呼吸。それは安堵したような、休息だった。  
 
 彼女の水着を、下ろす。濡れた秘部に、美しい体の線。  
 胸が焦げるほどに熱く、歯止めはもう、利きそうにない。  
「ウ…」  
 恥ずかしげに顔を覆う仕草に感じながら、丸まったそれを、片足だけ外してもらう。  
 そして、与えた羞恥の代わりに今度はこちらを脱がしてもらうと、彼女は私の竿に気づき、徐に手を宛がった。  
「キナこのコれ、こナに大きカタか?」  
 彼女の手が、直に触れている。不慣れで恐る恐る、しかし興味深そうに。  
「っ!」  
 強く握られるだけで、電気が走る。  
 彼女と会ってから捌け口の無かった欲求が、下半身を強く支配する。  
「痛かタか? チと、優しクする」  
「構わないよ。メイにしてもらえて、嬉しいから」  
 
「うっ――!」  
 溜まっていた液が、勢い良く抜けた。  
 血液が、全身を廻っているのを中から感じる。  
 言い様もない快感に、思わず全身の力が抜けていく。  
 彼女は丁寧に竿を扱いてくれた。それが却って、半端にならず推進力になった。  
「タクさン、ベとべトしタのガ、付いタぞ」  
「…ありがとう、メイ」  
「こレモ、熱いナ。みーのト、ヨク似てル」  
 顔に白濁の液が散って、妙な面だ。  
「少し、待ちなさい」  
 私はタオルを取って、一旦彼女の顔を拭った。  
「体、熱いヨ…もト、シタい」  
 
 私たちは体位を入れ替えた。  
 そして横になって全身を密着させると、彼女が前後に動く。  
 体で体をブラッシングするように、行ったり来たりを繰り返す。  
 濡れた肌は滑りが良く、擦れる感触がたまらなく気持ち良い。  
「固いノ、当タルっ…!」  
 私が頼んだことなのに、彼女は渋々どころか熱中するように、動くのを止めない。  
 またこれだけで、自分を抑えきれなくなりそうな刺激だ。  
「――メイ、またっ…!」  
「キナこ?」  
「…っっ!」  
 反射的に彼女を捕まえたその時、二度目の射精に至った。  
 再び大量に抜けて行く、私の熱分。  
「あ…ああ……」  
 彼女は私の胸の中で、じっとしている。  
 
「気持チ、良かタか?」  
「…とても、ね」  
 そう答えると、彼女は私の首元に、顔を犬のように擦りつけてきた。  
「みーモ、多分、気持チ、良ス」  
 離れようとしない。その内にまた、込み上げる熱。  
「メイ、顔をこっちに近づけてごらん」  
 頬に触れて誘導すると、彼女は私の目の前に顔を現した。  
「なァ?」  
「愛してる」  
 そしてもう一度、口づける。今度はもっと長く。  
 何度も唇で唇を食み、何度も舌で舌を貪る。  
 彼女の唾液が、重力に則って私に伝わる。  
 これら全て、そしてこれからやること――ずっと望んでいたことのような、幸福感。  
 メイ、好きだ。  
 
 体を横にして、そして再び入れ替えて、今度は彼女に唾液を送った。  
 口づけだけで散々に感じ合って、やっと舌を離しても、独特の味が口内に残る。  
「はぁ……メイ」  
「…ナぁ?」  
「血を、繋げよう。そして二人でいつか、子どもを作ろう」  
 円らな瞳が、大きく私を映した。  
「キナこの、子ドモ?」  
「私とメイの、子ども」  
 想像と理解が追いつかないのも、無理はない。  
 しかし、子は繋がった血の結晶であり、何よりの証明。  
「……うム。キナことナら、恐クなイ」  
 逞しくも儚い、そしてただ、限りなく愛おしい彼女。  
 
 彼女を下に向かい合って、竿を秘部に挿入する。  
「…っッ!!」  
 小さな孔。避けんばかりの、痛みだろうか。  
 私はその手をしっかりと握った。自らも彼女の器に包括される、快感と同時に来る痛みに耐える為に。  
 温かい液体は、恐らく血液。膜を貫いて、苦しそうに喘ぐ姿。  
「キナ…こぉっ…!」  
「メイ…熱い」  
 それでも入る所まで、入ってしまった。少し準備をしていたから良かったのか。  
「…はっ…はぁっ…」  
 侵食が止まったことにふと安心したのか、彼女は荒い息とともに腕で顔を覆う。  
「ダメだよ、ちゃんと見せて」  
 腕を退けると涙が、止め処なく流れていた。  
 
「み…痛イの、ホンとハ、凄クヤで、恐カタの…ニ……変ナい、ヨぉ」  
 まるで底から湧き上がるものを覚えたように、表情が蕩けている。  
「キナこ…」  
 繋がったまま、可能な限り体を密着させ、そして口づける。  
 どこでも良い。彼女を快感で、満たしたい。  
 きつく締まる彼女の中。私の竿が、悶えるように更に大きくなっていく。  
「動かすよ」  
「――うムッ! みー、もト、変ナく、して!」  
 竿を上下に出し入れし始めると、摩擦が一層下半身の暴走を促進させる。  
 跳ね返るような水音が何度も、卑猥に響き渡る。  
 腰が、止まらない。彼女との接触が、あまりにも気持ち良くて、そして絞られるように切ない。  
 
「あンっ…フわッ…っ…!」  
 目の前で、彼女の体が艶かしく振動する。  
 その嬌声は少しだけ初々しくあって、けれど私を、心の芯から捕らえて離さない。  
「はアッ…あっ…んっ…!」  
 まだ、愛し足りない。勢いに乗ってきたところで、体位を変えていく。  
 背面座位、騎乗位――様々な格好を一つ一つ、試すようにして何度も突いた。  
「キナこ…み、ぃっ…こレ…はぁッ…好キっ…!」  
「メイ…っ」  
「キナこっ…好キっ…みー…好きダよッ…!」  
「メイっ…!」  
 彼女の言葉が、私の今を、欲望を満たしていく。  
 そして全てを受け止めさせてと、彼女が全身で呼びかけてくる。  
 
 最後にまた対面座位の格好になって、抱き合ったまま、上下に動く。  
 私の精は、抑えきれなくなっていた。  
「もうっ……中に…注ぎ込むっ…!」  
「キて! …タくさン、みー、欲しイ…ッ!」  
 巻かれた腕が、力を強めた。私も、同じようにして、そして――。  
「――くぐっ!!」  
「キナ、こっッ…!? …ッ!! …!!」  
 私の竿が激しく鼓動し、そして全てが抜ける。  
 余すもの無く、全て。  
 しかしそれは、彼女が全て、受け止めてくれる。  
 精も、欲も、溢れるほどの感情も――どく、どく、どく、と注ぎ込まれていく。  
 このまま意識も存在も、消失してしまっても良いくらいの、計り知れない達成感。  
 充実と解放。  
 
 意識が明確に戻って来た時、真っ先に感じたことがある。  
 それは、腕の中で必死に私と繋がろうとした、彼女の感触だった。  
 消えてはいけない。少なくとも、彼女よりも先には。  
「メイ…愛してる。大好きだ」  
 そう告白し、もう一度彼女の顔を手に取って、笑いかけて、そして口づける。  
「…ン」  
 これで、終わり。私と彼女の、最初。  
 もっと相応しい場所があったのかもしれない。  
 だが、今澄み渡った心の中に、後悔を挟むのは無しとしよう。  
「…ハァ…はァ……みーも、キナこ、愛シテる。大好キ」  
 真似するように言うと、目の前で幸福の笑みを返してくれる、彼女。  
 涙で汚れてはいるが、その表情はこの世の何よりも大切な、そして美しいものだった。  
 
 
「猿渡キナコ」  
 ここは病院だろうか。そして私を呼ぶ声は――。  
「詳しいことが分かった。そこに座れ」  
 やはりそうだ。総合病院の医師、笑宮アルマ。  
 古くから付き合いのある友人の一人だ。  
 しかし、私はいつの間に、居住区に戻って来たのだろう?  
「呆けるな。お前の引き取った、孤児の検査結果だ」  
「メイの、か」  
 このやり取りを、知っている。数日前のことだ。  
「…!」  
 悪いニュース。そうだ、こんな時に。  
「結論から言おう。彼女が二十歳まで生きられる可能性は、40%」  
 
 その台詞の後、確か私は少し、取り乱した。  
 焦りを覚えた。残された時間が、漠然とだが決まってしまったのだ。  
「生まれ持った寿命なんだ。視力と同様、残念だが…どうすることも出来ない」  
 それは私にとっては、短い。思えば思うほどに、短く感じる。  
 だが、皮肉にも決心が固まる切欠にもなった。  
「彼女を幸せにしてやれ。莫迦なお前が、思いつく範囲でも良いだろう」  
「…」  
 アルマの言葉を、真に受けた。  
 そうだ。どこか遠くに連れ立って、そこでメイを愛してあげよう、と。  
 私は彼女だけを、彼女は私だけを……それは独占・依存という、ある種歪んだ思いつきだったのかもしれない。  
 だが、最期の時まで、彼女を満たし続けることを、莫迦な私の生き甲斐にしたい。  
 そんな責任まで引き取った上で、私は彼女の小さな体を、胸の中に収めたのだから。  
「…ああ」  
 夢は、そこで途切れた。  
 
 
 幸せの境地に、可能ならば忘れたままでいたかった、現実。  
 目が覚めると私は灯台に戻り、ベッドの中にいた。  
「フぅ…スぅ…」  
 寝息を立てているのは、生まれたままの感触を私の腕に押しつけて、心地良さげに眠るメイ。  
 私も全裸に布団だけを被っていた。  
 思い出す。  
 昨日は海辺での行為の後、ここに戻って来て一旦体を洗い直した。  
 それからまた、このベッドの上で何度も、我を忘れたように体を交えた。  
 肉体に刻み込まれた互いの味と相性には、飽きれる要素が見当たらない。  
 たった一度で彼女の方も、性交の病みつきになってしまったらしく……くたびれ果てるまで絡み合い、中に注ぎ込み――そして、夢を見た。  
 
「ン……キナこ?」  
 声と共に、寝惚けたように目を擦る。  
「ここにいるよ」  
「…オハよウ」  
「おはよう」  
 挨拶を交わしてから、顔を見合わせる。  
「…んン…」  
 当たり前のように軽く口づけて、優しく抱き締める。  
 一日でも長くこんな日が続いて、そして生きてほしい――そう願いを込めて。  
「…キナこ、みー……」  
「何?」  
「オ腹、空いタゾ」  
「…ふふ、そうだね。朝食作ろうか」  
 
 食後の休憩。  
 差し込む日差しを浴びながら、彼女と持たれ合う。  
「メイ」  
「なァ?」  
「昨日のこと、覚えている?」  
 尋ねてみると、弾む気持ちを抑えるような口調で、  
「…ウむ。忘れナイ」  
 そう呟いた。  
「キナこと一ツになレタのガ、こナに嬉しイのダナ」  
 
「キナこは、ドしてみーヲ、引き取タ?」  
「理由なんて、分からないよ」  
 如何わしい欲望の為か、無意識に飢えていた愛の為か、或いは両方だろうか。  
 数いる孤児の中で、彼女を見初めた理由……。  
「みーモ、分かラン。デも、みー、キナこと繋ガて、感ジた」  
 膝の上には、ここに来た時に拾った星屑。  
 それを玩びながら、彼女は笑う。  
「きと、みータち、いショになル為に、生まレテきた」  
「…!」  
 彼女の言葉に、何故かとても納得させられた。  
 ”運命”。  
「…みー、生意気言テるな。怒らナイか?」  
「…怒ったりしないよ。ありがとうメイ。メイは、とても良い子だよ」  
 
「……」  
 穏やかな気持ちだ。  
 そして人の目を気にせず、純粋に正直に、感情を出していけそうな気分だ。  
「キナこ、機嫌良イな」  
 巧みな言葉も気の利いた行動も出来ない私を、頼ってくれることが結局、嬉しい。  
 自分が頼らせているという負い目もあるが、こうしていると自然に感じられる。  
 そればかりか、彼女から返ってくる、好意・気遣い・優しさ――様々なものに、時めく。  
「勿論だよ」  
 彼女の為にと思っていたが、違う。  
 ささやかだが、これが多分、自分がずっと求めていた、理想だったのだ。  
 
 
 それから毎日、幸福な日々が続いた。  
 失う日を思えば泣きたくなるくらいの、満ち足りた世界。  
 それを忘れんが為に、時に切ない思いを共有し、時に荒々しく口づけを交わし、体を求める。  
 言動一つ一つに、心が揺れ動く。生きているという実感。  
 触れ合う度に、癒されていく。  
 たまには喧嘩をしたり、意地悪をしたくなったりもした。  
 けれども、やはり深く深く好きなのだと、認識して抱き締め合う。  
 
 三年後、灯台での生活が板に着いた頃、彼女は妊娠した。  
 一時居住区に戻り、出産以降もしばらく、子どもを優先した環境に置く。  
 彼女は自分の年をしっかりと把握していなかったが、まだ十代半ばだった。  
 しかし最初に比べ、そして産んでからは一層、大人びてきていた。  
 長く伸びた髪に、私に少しだけ追いついた身長。  
 平らに近かった体にも曲線が出て、胸も丸みを帯びた。  
 そして灯台に戻り、また生活を再開する。  
 二人の時間に、子育てが加わった。  
 
 それからも営みを続けた。  
 彼女を愛せる時間は、他の家族よりも限りなく少ない。  
 愛し続けて、気がつけば私たちは、五人もの子どもを儲けていた。  
 そして彼女は、いつしか優しい母親になっていた。  
 まだ幼い少女の頃の面影を残しながらも、成長した私の妻。  
 この灯台が好きらしく、居住区に戻ろうかと試しに訊いてみるが、常に首を横に振る。  
 穏やかさは誰に似てきたのだろうか。落ち着いていて、いつもにこにこと笑っている。  
 てきぱきと家事をこなし、子どもたちの親となり教師となり、私を忘れることなく愛してくれる。  
 こんな素晴らしい女性、考えられる限り他にいない。  
 
 あれから十五年。  
 二十歳まで保つか難しいと言われていた寿命が、ここまで続いたのは奇跡かもしれない。  
 子どもたちもそれなりに大きくなった、冬の入りのことだった。  
 彼女は…私の妻は、静かに息を引き取った。  
「メイと一緒にいることが出来て、本当に良かった」  
 その言葉をあの日から、何度繰り返し呟いてきたことだろうか。  
 聞こえる小波の音は、十五年前と、何ら変わらない気さえした。  
 遺体は、生前の彼女の頼みで、海へと帰した。  
 彼女が宝物として、生涯大事にしていたあの星屑も、首飾りにしてかけてあげた。  
 小さな欠片だけが、私の手の中に、残った。  
 
 それから夢の中に、何度か彼女が出てきた。  
「泣カなイ。きト、まタ会エルよ」  
 そう言って、老け込んだ私の体を、優しく包み込んでくれる。  
 ならば、私はその日まで、この灯台に残る。  
 子どもたちは皆、居住区の方に移り住んでしまったが、私はここで、何年でも待ち続けよう。  
 
 
「メイ」  
「なァ?」  
「今日は何処に行こうか」  
「キナこノ行きタいトコ。みー、色ンなトコに、行キタい」  
「私ばかり、それだとメイに悪いよ」  
「みーハ、キナこトいショにイルだけデ、すゴク、楽シクて、嬉しイ。ソれは、キナこガそナに、導イてクレるカら」  
「?」  
「みー、キナこガ好キ。タくサン、たくサん、好キ」  
「…私もメイのこと、好きだよ。これからも、よろしく」  
「ウむっ!」  
「そして、ずっと愛してる」  
 
 
おしまい  
 

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