やはり彼に嘘はつけない。・・・分かっている。彼が思っているのはあの娘なのだから、ここでこの事を知らせれば、まず間違いなく彼はあの娘を助けに帰るだろう。
そして女ならば、愛しい人に傍にいて欲しいと願うに違いない。自分を絶望から解き放ってくれた、長年ずっと来て欲しいと思っていた男ならなおさらだ。
しかしそれでも私は口をつぐむ事はできない。あくまで問題が「彼と彼女」のものである以上、部外者に過ぎない私が勝手に握りつぶすわけには行かないだろう。
そんなのは、ヒトとしてアンフェアだ。よし、腹は決まった。
・・・あいつが知らない真実を洗いざらいブチまけて、のほほんと森でサボっていた分を取り返させる。ひょっとすると気が動転してパニックを起こすかもしれないが大丈夫。
私がしっかりと現実に立ち返れるよう蹴りのひとつもくれてやる。なるっべくキツいのを力いっぱい。乱暴?好きな女がいるにもかかわらず他所の女―というか私―に色目を使うような軽薄男にはこれでも十分やさしいといっていい。
後は野となれ山となれ、といいたいところだけれど、アイツ丸腰だし、私より足遅いし― 一緒にうさぎがりしたときは楽しかったけど― 万が一負けて死なれたら寝覚め良くないし、
しょうがないから武器のひとつも用意してやろう。
・・・それにあいつ「俺は追放者」って言ってたから、理由もなく村に帰ってきたのがばれたらまた袋叩きだろう。とはいっても追放を宣言した村長の息子の方が悪党だということが証明できれば、きっと村人も納得するに違いない。
人間ってたくさん集まれば「派閥」ってものができるそうだし、何より悪党は陰で恨まれてるものだ。
でもあいつ要領悪いし、一度何かに熱中すると周りが見えなくなるところあるし―釣りの時だって私の耳いじくるのに夢中になって魚逃がしちゃったし、・・・ちょっと気持ちよかったけど―
やることやったら、「彼女の純潔の仇はとった」とか言ってそのまま満足げに自決したりして。・・・ありうる。とにかく、あいつってば女の気持ちなんか、ほんのこれっぽっちも考えないで衝動的に物事決めちゃうようなやつだから。
仕方がないから策のひとつも考えてやろう。
まったく、やれやれ、本当に面倒で手がかかるヤツだよあいつは。・・・友人として、そう、仲のいい、たった一人の、大切な友人として、ほんのちょっとだけ手を貸してやることにしよう。
そんなことを思いながら、森精は暗い森の中を駆け出していた。その走りはまるで、内面から湧き上がってくる葛藤を力づくで無理矢理振り切るような荒々しさに満ちていた。
さて、まずは武器だ。
その日、あいつは現れなかった。いつもはこう、何やかやと言っては俺の傍にいて、「狩りに行こう」とか「あっちは見晴らしがいい」とか楽しげにはしゃいでいたというのに、
今日は来ない。
やれ、人が気持ちよく二度寝を楽しんでいたら「起きろねぼすけー」とかいってケリくれて起こしに来る様な姦しいヤツだったのに、
今日は来ない。
あいつといるだけで俺は孤独も後悔も忘れてただ笑っていられるというのに、
・・・今日は来ない。
不安に駆られて可能な限り探し回った。寂しかったからだけではない。もしかして病気や怪我で動けないのかもしれない。そう思いもしたからだ。
しかしあいつは見つからなかった。森はあまりに広く、俺は無力なただの人間だった。また、考えてみればこの広い森の中、そもそもあいつがどこで寝泊りしているのかすら知らなかったからだ。
・・・日が暮れるころになって疲れと空腹から捜索をあきらめた。「明日になればまたひょっこり現われるかもしれない」そう思って、いつもの場所で眠った。
あいつがやってきたらまた引っ張りまわされるに違いない。そのときに備えて身体を休めておこう。
月が昇った。
月光を浴びて男は眠る。木の根を枕に、柔らかな土を臥所に、山盛りの枯葉を掛布にして男は眠る。森精の友として森に認識されている男の眠りを妨げるものはいない。
そう、ただ一人を除いては。
ザ・・・ザザ・・・・・・ザザザザザザザザザザザッ!
落ち葉を跳ね飛ばし、枝を掻き分け、下草を飛び越えて一直線に泉を目指して近づいた「それ」―細長い布包みを背負った人型―は眠る男を跳ね飛ばし、その感触でブレーキを掛け始め、土ぼこりを上げつつ地面を抉って泉のすぐ傍でようやく停止した。
「ぐえっ」
「起きろ馬鹿者」
この日、初めて二人は言葉を交わした。
激しい衝撃に強制的に目を覚まさせられ、うめいたところで聞きたかった声を聞いた。
「お、おハヨう。今朝はずいぶん荒っぽい起こし方だな」
「まだ夜だ。だが話がある。おまえにとって大切な話だ」
「?大切な話・・・ぃイ!?」
瞬時に意識が覚醒する。
泉のほとりに森精がいた。
だが、それは果たして彼女なのだろうか。
愛用のロングブーツはドロだらけでひどく磨り減り、ついでに左のつま先は破れて足指が覗いていた。
愛用のホットパンツとハーフジャケットは小枝が絡まり、所々にかぎ裂きができて白い地肌ー蚯蚓腫れが目立つ―が覗いていたし、
弓掛を兼ねた長手袋は片方しかなく、残った方も服と同様の有様だった。
そしてそのすべてがまるで水から上がったようにぐしょぬれでしかも全身から湯気が上がっているのが夜目にもはっきりと分かった。
小さな胸はふいごのように激しく上下し、とがった頤からは今も汗の雫が滴り落ちている。
そして何より、その髪。
邪魔にならないように、と背中で三つ編みにしていた(先端は腰の辺りにくる)髪はばらばらに解けてレースのように広がり上半身全体を包んでいたし、
加えてその色は、
目の覚めるような金色をしていた。
若葉のような深い翡翠色は陰も形もなく、月光の艶と陽光の輝きを持つそれは上気した肌をしっとりと包み、荒々しい息吹と相まって野生動物―それも大型の猫科の肉食動物―のような
躍動感を振り撒いていた。
――美しい。
ぼろぼろの服装にもかかわらず、持った感想はただその一言だった。
「な、お前、その髪!?いやそれよりなんでそんなボロボロに?というか少し休・・・」
「話が先だ」
うろたえる男の言葉を森精が一言で切って捨てる。その声色は鋼のように硬く、眼光は―目の色も流水のように澄んだ青へと変じている―射抜くように鋭い。
「分かった。話を聞こう」
その森精のただずまいに男の動揺が去っていく。途轍もなく重要な話のようだ。
「お前の幼馴染という女を見てきた。どんな女か興味があったからだ」開口。
「!?」とたんに動揺する男。
「新婚とのことだが、あれはどう見ても幸福とは言えまい」かまわず続く鋼の声。
「え、それって、どういう?」耳で聞いた言葉を、脳が理解できなかった。
「六人がかりでモノのように犯されてうれしい女などいまい」断言する。
「・・・」男は声も出ない。
「お前の村では新婦を新郎と友人が奴隷のように犯す風習でもあるのか」森精の追求は続く。
「いや・・・ない・・・そんなものは、無い」ひりつくような喉を、無理矢理こじ開けた。
「信じられないか?信じたくないか?」声の威圧感を若干減じ、森精は男に問う。
「ああ、正直、そんなのは嘘だ、と思いたい・・・」目の焦点は合っていないが、その声は急激に明瞭さを取り戻していく。
「ならば、お前の目で確かめろ。そして成すべき事を成せ」
そこで森精は背負った布包みを降ろし、中身を露出させた。
ちゃきっ・・・しゃらん
月光を冴え冴えと跳ね返すその銀光は、紛れも無い刀身だった。
柄頭から鍔元までは約20センチ。汗にも血にも滑らぬように、丁寧に獣皮が巻かれている。鍔は刀身に垂直な棒状のもので、剣全体のフォルムを十字架のように見せている。
全長50センチと若干短めの両刃の刀身は、その幅20センチ、厚みを3センチと肉厚で、その鋭くとがった先端とあわせて剣呑な印象を与える。
鍔にも柄にも飾り彫り一つ無く、ましてや宝石なども無い。無骨だがシンプルにして力強い姿。
曇りひとつ無く磨きこまれた刀身は未だ穢れを知らぬ乙女にも似て美しいが、その存在理由は「殺傷」に他ならないことはあまりにも明らかだった。
ショート・ソード。
屋外でも屋内でも、一騎打ちでも乱戦でも、順手でも逆手でも、斬っても刺しても、非力なものでも戦上手でも、
相手を「殺す」ことができる一品の逸品。
森精は「ソレ」を男に差し出した。
「これを持ち、あの娘の家のそばに潜め。六人目が家に入り、しばらくしてからこっそりと窓を覗け。お前の知らぬ真実が見られるだろう。あとは勝手にしろ」
「でも、きちんと話をしてからでも遅くはないんじゃあ」
「おまえはそれで真実をつかめたか?あの男も、女もわずかでもこの事を匂わせていたか?おまえはそれに気付けたのか?」
「いや・・・無理だった」
「もしかしたら今日は奴等は来ないかもしれない。この半年で137回だそうだからな。だから三日、最大で向こう三日だけ待て。奴等六人があの女の家にそろうのを。分かったな」
そう言って森精は鞘に収めた小剣を男に握らせ、食料の詰まった袋を渡した。
「ありがとう、俺、行くよ。ところで、お前はこれからどうするんだ?」
荷物を纏めつつ、男は森精に尋ねる。
「お前は今の私を見てどう思う?」
「すごくきれいだ」
「バッ、馬鹿、そういう意味ではない!何か気付くことはないかと聞いているんだ!」鋼の声が少しだけ娘色を帯びた。耳を動かさないよう注意する。
「あー、その、キンパツ、デス、カミノケ」男は怒らせたと受け取ったらしい、萎縮している。
「そう、私はもう、『森精』では無くなった。だからエルフの村へ行く。お前とはもう、お別れだ」俯いて告げる。声は普通・・・だったと思う。
「そっか。・・・元気でな。全部終わったら、アイツにも紹介するよ、森ですごい美人と仲良くなれたっ・・・」
「ぐずぐずするな!さっさと行け!お前の村はあっちだ」そう言って森精―いまはエルフか―は俯いたまま森の一角を指差した。
「?ああ、わかった、行って来る」
「さらばだ」
こうしてエルフと男は別れた。男は前だけを見て、エルフは男だけを見て。
だから男は気付かなかった。エルフは下唇をぎゅっと噛み締め、必死に何かを堪えていたことに。小さく口の中で言葉をつぶやいていたことに。
「ばか・・・最後の最後に、ようやくわたしを『きれいだ』っていってくれても、・・・遅すぎるよ・・・バカ・・・」
あの茜色の時間に、誰かと比べてではなく、ただ、その言葉を聞けていたら、
今の問答はなかったに違いない。
男が視界から消えて、ようやくエルフは堪えていたもの―涙―を地にこぼした。
男は走った。ただひたすらに走った。真っ暗な森を走った。
泉は空が見えていたし、その周囲は樹木の密度が低かったから月光が差し込んでいたが、走り出して一分も立つと真っ暗で何も見えなくなった。
それでも男は迷わない。三台続く狩人としての血は優れた方向感覚を男に与えており、何よりこの道を示した者の姿はいまだに眼裏に焼きついていたのだから。
走りながら、男は思う。一週間前にこの道をたどったことを。
―あの時は何も考えてなかったな。もうワケわかんなくて、絶望して、ヤケクソになってて、ガムシャラに走って、
気がついたらオヤジも近づくなって言ってたあたりまで入り込んでて、でもちょっとでも村から離れられれば死んでもいいって思ってて―
半農半猟の貧しい村でも、彼の父は一番の猟師だった。その父でさえ生前は「危険だ」といって立ち入らなかった森の奥―昼間でも松明なしでは一寸先も見通せないような密林―
にまであの時の男は入り込んでいた。
―歩くうちに心細くなってきて、ついでに腹も空いて、疲れ果てて倒れこんだときに遠くに空が見えて、それで夢中で駆け出して、泉についてそのまま眠って次の日に―
「この森は森精の領域だ、人間の領域ではない、立ち去れ」
「あいにくと俺は『獣人』なんだよ」
「? 普通の人間にしか見えないが」
―アイツに会ったんだ―
不思議と村についてからのことは考えていなかった。男はただ、今はエルフとなった友人である森精との思い出を反芻していた。
それでも足は止まる事無く進み、きっちり三時間の全力失踪の後、彼は自分の産まれた村へと着いた。戸数50戸ほどの、小さな村だ。
そのまま幼馴染の少女の家の傍の木に登り―それは森精が登った木だった―家の中を覗き、
脳髄が沸騰した。
床に―ベッドがあるにもかかわらず、あえて床―四つんばいにさせた赤毛の少女に、後ろから大柄な男が気分良く男根を突き立てている。
「ふん、ふんっ、やっぱり一番最初はいい。やりまくった後でドロドロになったのもいいが、なんかこう、達成感のようなものが違うね。ふふーん」
「もう何回やったと思ってるんだよ、いまさら達成感もクソもねーだろが」
「あっ、ああっ、キツイ・・・あっ」
腰と尻とが立てるパンパンという乾いた音にぐチュぐチュという粘膜の音、かすかに聞こえるうめき声と男の鼻歌が部屋を満たしていた。
男は六人の中で一番大柄で、慎重は2m弱になる。少女との体格差はまるで大人と子供だった。
嵐の海に浮かぶ小船のように、少女の身体は激しく揺れる。その前後の揺れに、時折ビクッと縦の揺れが加わっていた。
「昨日はケツばっかりだったからなあ、たまにヤるとま○このヒダも新鮮にかんじるな、ふっっん」
「あっ、ふ・・・かいっ、ひうっ、あ、熱ッ」
「にしても都会の人間ってヘンタイばっかなのな。オンナにロウソクなんて垂らすの良く思いつくわな。締まって気持ちいいけど」
昨日尻を叩いていた男は、今日は火の点いたロウソクを少女の背中に傾けていた。白いロウが背中に掛かる度、少女は身体と胎内を激しく痙攣させる。
「本当は火傷の心配の無いよう、専用の低温ロウソクを使うのですが、まあ問題ないでしょう」
「イヤァッ、熱ッ、熱いィィ」
「さすがにちょい可哀相な気がするぞそれは・・・良く締まっていいけどさ」
「液体は気化するときに熱を奪います・・・消火活動を行えばいいでしょう」
「つまり汗まみれになるほど激しくしてやるのがコイツの為ってことか。よーし」
「はぅぅうぅぅっ、速過ぎ・・・ッは、激し・・・ッ、ひいぃぃぃっ」
「股間から摩擦で火が出たりしてな」
嘲笑。
今日も男たちは少女を辱めて笑う。単調な仕事、単調な毎日。その単調なストレスを少女を貶めて晴らす。今日も一日良く働いたし、この程度の役得はあってもいいだろう。
村のために良く働いてくれている友人たちをもてなす俺って人徳あるよな。などといった内面の身勝手さが良く現われている、歪んだ癒しの時間だった。
そのうちに一人が思い出したように言う。
「そういえばアイツがリーダーをぶん殴ったとき」「あんときゃムカついたな」「リーダーアイツを『獣』って呼びましたよね」「ああ」「アレ皮肉が利いててヨカッたっすよ」
「?」
「アイツのオヤジは『狼』ジイ様は『熊』の異名を取った凄腕の狩人でしたからねえ」
「そりゃあ知らなかったな。ならアイツはさしずめ『負け犬』だな」
嘲笑。
大柄な男は笑う友人を尻目に、一心に腰を叩きつけていた。さて、どこに出そう、一番に膣内に出すのもいいが、やわらかい背中を真っ白に染めてやるのも気持ち良さそうだ。
少女は意気も絶え絶えに感じていた。膣内で大きくなってる。このまま出されるのだろうか、それとも身体に掛けられるのだろうか。飲まされるのかもしれない。
少女の意識はだんだん遠くなってくる。絶望と呼吸困難と快楽が、彼女の意識を胎内にのみ集中させていた。
やがて感じる生暖かい感覚。それは膣内、背中、背中とやってきた。始めの二回はほぼ同時、男根がズルリと引き抜かれての三回目。
おかしい。
では、二回目の液体は何?
意識が戻ってきた。
男たちが笑っていたとき、大柄な男が射精の直前まで来ていたとき、それは起こった。
爆音を響かせて家の扉が吹き飛び、室内に飛び込んできた影が何かを横に振った。
ざしゅっ。
その音を残して、大柄な男の首は胴体から引き離された。そのショックで身体は射精を開始したが、やがて硬直した身体は仰向けに倒れこみ、辺りに精液を撒き散らした。
飛び散ったのは噴水のような血が先だったが。
そこで初めて部屋の中の一同は侵入者に気付いた。
鮮血を絡めた小剣を携え、剣よりなおも激しく目をギラつかせ、飢えた豹より激しい殺気を迸らせる、返り血に染まった追放者の姿がそこにはあった。
誰も指一本動かせなかった。
『獣』の殺気に飲み込まれ、呼吸すら満足にできなかった。対する『獣』も動かない。あまりにも激しい感情の奔流に、自身の身体が制御できないようだ。
誰も動かないまま、床を血溜まりだけが広がってゆく。
ぴちゃり
『獣』のつま先に血が触れた。
その音に弾かれたように全員が動き出す。蝋燭を投げつける男、酒瓶を投げる男、少女を人質に取ろうとする男、窓から飛び出そうとする男・・・
『獣』は、身を屈めて蝋燭を避け、そのまま前進して酒瓶とすれ違い、蹴り足を出して男を牽制し、立ち止まった位置は逃亡者と窓の中間地点だった。
そしてすべては剣の間合いの中。
叩き切り、薙ぎ払い、切り降ろし、突き刺す。
血溜まりは一気に五倍の広さとなった。『獣』の剣先は的確に致命傷―腕の付け根、下腹部、右肩を鳩尾まで、肩甲骨を貫通して心臓―を与えたが、どれもショック死を除けば死因は失血死となる場所だった。
男たちはしばらくもがき、やがて静かになる。
地に落ちた蝋燭が液体に浸され、じゅっ、と音を立てて消えた。
そして部屋には、『獣』と少女と村長の息子だけになった。
村長の息子は壁際にへたり込んでいた。幸運、と言えるかもしれない。『獣』から一番遠かった、故に生きている。
不幸、と言えるかもしれない。復讐者の前に一人で残されたのだから。
いずれにせよガタガタと震え、尻でいざり下がろうとして壁に背を阻まれている男は生きた心地がしなかった。
ぴちゃ、ぴちゃり
『獣』が近づいてくる。
ぴちゃり、ぴちゃり
少女の前を通り過ぎて、自分のほうへと向かってくる。
ぴちゃり、ぴちゃり
友人の血を絡めた剣を持ち、友人の血に塗れた顔を向け、友人の血の海を渡って!
ぴちゃり、ぴちゃり
『獣』が近づいてくる。
「近づくなああああ!」
ぴちゃ
目と鼻の先で『獣』が止まった。
「な、何なんだよ、何なんだよお前は!」
村長の息子に言われたから『獣』が止まったかどうかは分からない。単にそこが小剣の間合いだったからかもしれない。だが、男にそんなことは関係なかった。
ぎりぎりまで締め上げられ、限界まで高まった恐怖が狂気のように噴出した。
「何なんだよお前は、何の権利があってこんなことしたんだよ、してるんだよこの人殺し!近づくんじゃねえよこのケダモノ!俺は次期村長だぞ、この村で一番偉いんだぞ、貧乏人風情が近づくんじゃねえよ睨むんじゃねえよ!」
男の狂気は支離滅裂にも切れ目が無い。
「ロクに金も無いコネもない貧乏人風情が逆恨みするんじゃねえよ汚らわしい!大体お前がもっと裕福だったら
コイツのオヤジの薬買えたんだろうがコイツ犯れたんだろうがだったら金が有った俺がコイツを犯って何が悪い
当然の権利じゃねえか俺が買った俺の妻じゃねえか横恋慕するなよこの間男!それに俺の友人みんなブッコロし
やがってどうするんだよどう責任取るんだよこいつらがいなかったら明日からこの村の何人が飢えるか知ってる
のかよこの貧しい村で稼ぎ頭の若者が六人もいなくなってみろジイさんバアさん餓鬼どもみんな苦しむんだお前
のせいだお前のせいだお前のせいだ!大体コイツラがオンナを犯ってたんだって村のために働いて身も心も疲れ
きってたからだ気晴らしの娯楽で一服して明日からまた元気にガンバロウ今日も一日お疲れさん!っていう村の
ために働いた報酬みたいなもんだろうが!この村が貧しいからこんな娯楽しかないんだろうが仕方ねえ仕方ねえ
仕方ねえコトなんだよ!だから俺は悪くないコイツラも悪くなんか無いビンボで物の道理も分からないおまえご
ときが偉そうに正義の味方ぶるんじゃねえそれにオンナだって仕舞いにはヒイヒイヨガってヨダレとションベン
とマ○汁垂らしながらもっとちょうだいもっとちょうだいってエロ声あげて俺たちのチ○ポにしゃぶりついて」
「黙れ」
ズドン
男の死に物狂いの狂態を『獣』が一言で切って捨て、男の眼前すれすれに小剣を撃ち込んだ。
床に三分の二ほど刀身を埋め込まれた小剣は、途中で異物――男の前髪と淫水焼けした肉棒と陰嚢の皮とピンク色をした梅の実ほどの
球体(ぱっくりと断面をさらしている)――を切断した。
男は初め何が起こったのか理解できなかったようだが、己の股間からどっぷりと赤黒い血が吹き出して床といくつかの肉塊を被い尽くすのを見て悲鳴を上げる。
「ひ・・・いぎゃあぁあああぁぁぁぁああああっ」
それは反射的で止めようの無いものだったが、『獣』の言葉と反するものであった。
「黙れといったぞ」
ぴうっ
村長の息子の顎の下を風切り音が通り過ぎた。言葉は止み、ひゅうひゅうという壊れた笛のような音だけが漏れた。
(た・す・け・て・く・れ・し・に・た・く・な・い)
男の唇はその形に動いた。それは誰の目にも明らかだったが、『獣』は辛辣に言い放った。
「何言ってんのか聞こえねえよ」
男はなんとか言葉を発しようとするが、そのたびに喉の傷から太く断続的に血が噴き出すだけだった。
人体構造上「仕方の無い」理由により、必死の思いも空しく男は死んだ。
真っ赤になった部屋の中には男と女と死体だけがあった。
小剣の銀と返り血の赤を纏いつかせた男は、じっと幼馴染の少女を見ている。
血の赤と精液の白を纏いつかせた少女は、幼馴染の男に震える声で呼びかけた。
「お兄ちゃん・・・」
しかし言葉は続かない。何を言っていいのか分からない。だから、もう一度同じ言葉を紡ぐしかなかった。
「お兄ちゃん・・・」
なおも沈黙を続ける男に、少女はすがりつくように呼びかけ、
「おに」
「お前が結婚を拒んだ理由は」
男の声は静かだったが、少女はびくりと身を竦ませた。
「これだったんだな」「うん・・・」「理由を聞いても答えられなかったのも・・・」「うん・・・」
「半年ぐらい前から妙に女らしくなったのも・・・」「うん・・・」「何も無いところで転んだのは疲労のせい?」「うん・・・」
男の身体から力が抜ける。これでもう幼馴染が犯されることは無いだろう。しかし、時間は巻き戻りはしない。
少女の純潔も、愚かにも何も気付いていなかった自分の過ちも、
何も無くなりはしないのだ。
もうどうでもよくなった。じっと右手の剣を見る。・・・これで終わりでいいかもしれない。
その時、
ぴるるるるるるるるるる
夜を切り裂く甲高い音が聞こえた。
鏑矢、という矢がある。鏃に特殊な穴が開いており、矢を放つと風圧により隙間が笛の要領で甲高い音を立てる。
軍隊などでは突撃、勝利、撤退などの合図で使われる品だ。
村においては、火事、夜盗団などの緊急事態を伝えるのに使われている。
ぴるるるるるるるるるる・・・カッ
鏑矢は少女の家に窓から飛び込み、壁に突き立った。
ぴるるるるるるるるるる
ぴるるるるるるるるるる
鏑矢は二矢、三矢と続けて放たれる。村中が起き出すのも時間の問題だろう。
ぴるるるるるるるるるる
ぴるるるるるるるるるる
少女の家の窓の方角には森しかない。・・・誰が射っているのか、男には心当たりが一人しかいなかった。
その時、男はエルフの書いたシナリオを理解した。
そして同時にそれを否定した。
「村のみんなが来たら、この部屋と今までのことを包み隠さず話せ。お前は被害者で、ついでに次期村長の正式な妻だ。
その点を生かし、情と金で立ち回ってこの村を立て直せ。こんな小さな村でも派閥ってものがある。コイツラと反目している人たちもいるだろう。
もしもこの事件をネタに強請るようなヤツがいて、お前の手に負えなかったら、この方角にまっすぐ進んだところにある泉のほとりの木に赤い布を巻きつけろ。
俺がきっちり片をつける。」
そう言い残して、男は家を出ようとした。
「お兄ちゃん・・・行かないで・・・一緒にいてよ・・・助けてよ・・・」
その背に少女の声がすがりつく。
「好きなひとができたんだ。」
男の答えはシンプルだった。
「そんなの!私だって、私だってずっとお兄ちゃんのこと好きだもん!」
「なあ」
男はそんな少女に優しく語り掛ける。
「おまえが抱かれてたのは、親父さんには薬が必要だったからだろ」
こくん。少女はうなづく。
「で、俺に黙ってた理由は、話したら俺ならこうするって思ったからだよな?俺を人殺しにしたくはなかった」
こくん。血だまりを見て少女はうなづく。
「それ以上に、辱められてる自分を知られるのが怖かった、それを知って俺がお前を軽蔑するのが怖かった、俺が去っていくのが怖かった。」
こっくん。少女は大きくうなづいた。
「それが、お前のずるさだよ」
目を見開く少女に男はやさしく追い討ちをかける。
「知られたくない、離れたくない。それでおまえはどういう手を打った?ただ座って泣いてただけだ。違うか?」
そういう俺も自分から何も知ろうとしなかったんだけどな。そういって男はさびしそうに笑った。
「でも、そんな情けない俺を助けてくれたヤツがいるんだ。目を覚まさせてくれたヤツがいるんだよ。武器用意して、お膳立て整えて、
俺がお前のトコに行っちまうのを覚悟して、俺のこと好きなくせに自分から身を引いてさ。バカだよな」
ここにはいない誰かを語る男は楽しげだった。
「必死こいて自分ごまかして、偉そうに『これが友としての勤めだ』とか胸張って・・・それで陰で泣いてるようなヤツを、俺はほっとけない」
だから行くよ。そう言い残して男は消えた。
そんな男を、少女は引き止められなかった。
分かったのだ。自分がいかに甘えていたのかを、文字通り身をもって、はっきりと。
そしてその「だれかさん」に人として女として、はるか遠く及ばないことを。
強くなりたかった。大人になりたかった。いい女になりたかった。幼馴染という縛りに頼らず、好きな人を『好き』と胸を張って言いたかった。
男の消えた森を見つめる少女の目から、透明な雫が止め処もなく滴り落ちる。
「さよなら、お兄ちゃん」
それは子供時代との別離の言葉だった。
ただ走る。走りながら、俺は頭にきていた。鏑矢なんて普通は使わない。ついでにこの小剣だって相当な業物だ。どこにでもホイホイ落ちているようなものじゃない。
「エルフは物資面で森精を保護する」
ならばその村まで行って受け取って来たに違いない。
・・・二人で無邪気に遊んだとき、一緒に木登りをしたことがある。この森で一番高い木。幹にコケの代わりに別な木が生えているような大きな大きな林檎の巨木。
「デザートはこの上だ」とかいって昼食後に登ったはずなのに、一番低い枝についたときには―何度か滑り落ちた。木登りというよりフリークライミングだった―
三時のおやつ時だった。死ぬかと思った。林檎は命の味がした。
その枝から北のほうを見たとき、遠くに雪を被った山脈が見えた。アイツはその中ほどを指差して、
「あそこにエルフの村がある。私がエルフになったらあの村に行って暮らすことになるな。歩いて三日の小旅行だ」
とか言っていた。
で、あのバカは幼馴染の話をした日の次の日の夜に小剣を渡してくれやがりました。あえて言おう。
歩いて片道三日の距離を20時間ぐらいで往復するんじゃない!
そういうことは生涯の伴侶のためになら命を懸けてやっていいかどうかという類のことだろうが!たかだか会って一週間の、他所の女のノロケ話を鼻の下伸ばしてするようなヤツのためにするコトじゃない。
おまけにナニが「エルフの村へ行く」だ、行くんならさっさと行きやがれ俺の村なんかで寄り道してんじゃねえよこん畜生!というか方角正反対だろうが!
そんなことまでやっといて他所の女とくっつけようとするな!
俺が離れられなくなるだろうが
殺気とは別の意味で頭に血が上る。きっちりと話をつけねばなるまい。だから俺は、より早く走った。
きゅっ
干し肉を詰めたザックの口を縛る。これだけ有れば一月は十分持つだろう。
替えの下着と服、解熱鎮痛腹痛虫下し用の薬草、愛用の弓と矢とナイフと代えの弦、干した果物、新しいものと取り替えたブーツ。
うん、これだけあれば大丈夫。
エルフの村どころか、北の山を越えて極北までだっていけそうだ。
ちょっと準備に時間を掛けすぎたかもしれない。でもまあ、何が起こるかわからないのが旅というものだ。何もおかしいことなんて無い。多分。
・・・水を汲んでくるのを忘れていた。乾物だけでは喉が渇くだろう、それは困る。
皮製の水筒を手に泉へと向かう。・・・その動作は、なぜか異常に素早かった。
泉に着いた。つい挨拶しそうになり、あわてて首を振る。ここには誰もいないのだから。
水筒を両手で抱え、ゆっくりと水面に近づく。そういえば、アイツにはじめて出会ったときも、コレを持って水を汲みに来たんだっけ。
結局汲まずに帰ったけど。
ふふ。
悲しいことなんて無い、だから笑っている。心残りなんて無い、思い出してなんかいない、楽しかったとかつい思ってしまったのは錯覚だ。
村に着いたら新しい生活が始まる、はじめの挨拶はしっかりとしなければ、そこにはいい男はいるだろうか、たとえば、バカで不器用で口下手なくせにツッコミだけはしっかりと入れてくる、愉快で優しい男は――
きゅっ
水筒を両手で抱きしめる。おかしい、晴れているのに雨が降っている、水面が揺れているのは雨のせいだ、そこに映っている私の顔がクシャクシャなのは揺れのせいだ、ザ、ザザッて音がするのは雨音だ・・・。
ザザザザザザザザ・・・ガサガサッ!
落ち葉を跳ね飛ばし、枝を掻き分け、下草を飛び越えて一直線に泉を目指して近づいた「それ」は潅木の茂みをふっ飛ばしてブレーキを掛け始め、土ぼこりを上げつつ地面を抉って泉のすぐ傍でようやく停止した。
ぽと・・・ぽちゃん
呆然とするエルフの手から水筒が滑り落ち、水面を大きく揺らした。
ぜー、はー ぜー、はー
男の呼吸音がやかましい。延々と続くその呼吸音を、エルフは初めぽかんと見つめ、次に赤面してグシグシと涙をぬぐい、目をパチパチとしばたかせて両頬をパンと叩いて気合をいれ、
ようやく作ったしかめっ面をしながら遮った。
「おまえはこんなところでなにをしている。成すべき事を果たしたのか」
精一杯作った声は十分硬く厳しい。しかしうれしげにぱたぱたとはためく両耳のせいでなんかいろいろとダイナシだ。
「お前を追放した連中こそが人の道に外れていたことを証明するものがきっちりそろっていたからな、あの家には」
男の呼吸はようやく収まってきた。
「だからもう、お前は追放者ではなくなるのだ、少なくとも正当性を主張できる、胸を張って村へ帰れ」
男はつかつかとエルフに近寄る。エルフはそっくり返って目を閉じつつ右手の人差し指をピンと立てて演説を続けていた(左手は当然腰だ)。
「義理堅いお前としては私に礼の一つでも言わなければいられなかったのだろうが私は出発の準備で忙しい。気持ちはありがたくもらっておくからさっさと・・・」
ぎゅりぎゅりぐいいい・・・
「い、いひゃいいひゃいいひゃい!」
男はエルフの頬を両手でつまむとそのまま左右に引っ張った。
良く伸びる、おもしろい。
パチンと音を立てそうな勢いで指が外れた。真っ赤になってひりひりする頬を両手でさすりエルフは噛み付く。
「痛いではないか愚か者!コレがお前の礼なのかばか者!」
「バカはおめーだこのバカ!」
「!?暴力の次は馬鹿呼ばわりとは礼儀というものを知らないのか馬鹿者!」
「だから馬鹿はお前のほうだーっ!」
ぐいぐい
「いたいいたい、耳引っ張るな千切れる千切れるちぎれるぅっ」
涙目でエルフは男を睨んだ。何か言ったらまたいじめられると思ったらしい。
おそらく、次はこめかみにこぶしを当ててぐりぐりしてくるに違いない。
まさに問答無用。
なのに何故、エルフの耳はこんなにも生き生きしているのだろうか?
じーっと男を見るエルフに男は話しかかる。
「あの村でやらなければならないことはやり終わった。だから行きたい所に行くことにした、以上・・・どうした、なんで口から魂出してる?」
「いやちょっと、呆れ果てて」
「極めて客観的かつ明瞭に事実を述べたまでだが?こんどは何を痙攣している?」
「いやちょっと、お前の馬鹿さ加減に腹が・・・その拳骨を近づけるなっ!!」
エルフは叫ぶ。
「あの娘はお前を求めていた、お前は行った、なのに何故ここにいる?お前が愛しているのはあの娘だろうに!」
「ああ」
「ならばどうして私のところにいる!あの娘と契れ、これ以上、私を苦しめるな!」
「俺を捨てて散々苦しめた女が言っていいセリフじゃないね。・・・あいつのことは愛してる、妹としてね」
「妹といっても妹的存在だろう!」「妹的存在といっても妹なんだよ」
男はたたみ掛ける。
「お前が骨を折ってくれたことは良く分かってる。半分無駄にしてすまん。でも、お前に惚れてる。だから俺はここにいる」
「なっ・・・なっ・・・」
「妹をいじめるやつはやっつけた。お互い一人立ちすることにした。で、代わりにほっとけないヤツがいて、俺はそいつにベタ惚れ。ほら、何もおかしい所なんて無い」
「私のどこがほっとけないんだ」
「自分の幸せ差し置いて往復三日の距離を一日弱で往復するぐらい阿呆で健気なところ」
「・・・(赤面)」
「お前が俺のことを嫌いならあきらめる、で、そこで首をつって死ぬまで祟ることにする」
「・・・・・・なわけ・・・」
「?」
「嫌いなワケあるかー!」
そういって、エルフは男に飛びついた。
エルフは男の首に両腕を回し、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。顔がほてっているのが自分でも判るが気にしない。好きなものは好きだ。シンプルな理由がすべてを支配した。
「もう一生離さん!一生離れん!覚悟しておけ!」
「望むところだ。・・・ちょうどいい、ちょっとやりたいことがあるんだが」
そういうと男は有無を言わさずエルフを抱きしめ、首だけ泉のほうに向けてこういった。
「この女を妻とし、一生涯添い遂げます・・・ほい、お前の番」
エルフの答えは動的だった。背伸びをして男の口に唇を重ねた。男のほうが背が高いためエルフは爪先立ちになったコト、加えてあんまりにも勢い良く接吻したことと、
男が動転したことで二人ともバランスを崩してしまい、
ばっしゃーん
二人して泉に落ちた。
「ふふん、水も滴るいい男とすこぶるつきのいい女、絵になるな」満面の笑みを浮かべるエルフと、
「・・・おまえ、ちょっとハジけすぎ」苦笑いしつつもやっぱりうれしそうな男は、
はははははは、あはははははは
しばらくそのまま抱き合っていた。
濡れてぴったりと張り付く衣服越しに、互いのぬくもりが染み入ってくる。夜の泉の水は冷たい。だからこそ、お互いの暖かさがいとおしい。
そして二人は若かった。
「な、なあ」
「・・・わかった」
この時代この場所では、金属バックルのベルトはあまり普及していない。サッシュ―腰布―でズボンがずり落ちないように縛っているのだが、これが水を吸い込んで硬く締まりなかなか解けない。
加えて自分の臍をも下ろしながらでは作業がうまくいかない。結果として、
「くっ、固いな・・・」
「馬鹿みたいに走って来たせいで腹筋に押されて固く締まってるな」
浅瀬に仰向けになった男にエルフが乗り、互いの腰を目の前にして腰布を解きあうという、なんともまあエロティックナ体位になっていたのだった。
二人がそれに気付いたのは男がエルフのホットパンツを、エルフが男の野暮ったい長ズボン―下着ごと―を脱がし終わったときだった。
眼前にある愛しい異性の性器。
赤面する間もあればこそ、どちらともなく、それに唇を合わせた。
ちゅっ、ちゅる
「あっ」「くっ」
肌と、汗と、淫液の味が口内に広がる。客観的にはお世辞にも「美味」とは言いがたいその感覚を、二人は確かに「おいしい」と感じていた。