メエェェェ  
メエェェェ  
 
なだらかな草原に羊の鳴き声が響き渡る。ところどころに石や岩のある草原は標高2千メートルの高さにあり、空気はそれなりに薄く、ついでにかなり寒い。  
夕暮れ時ともなればなおさらである。  
羊毛のコートに身を包んだ男は白い息を吐きつつ、満足げに羊の群れを見つめていた。  
「おうボウズ、今日も一日ご苦労さん。そろそろ帰るとしようや」  
そんな男に親しげに声をかける中年が一人。耳こそ尖っているが、あまりにも「エルフらしくない」姿をしている。  
一般的にエルフといえば『長身、痩躯、凛々しい』といった感があるが、男は身長150センチそこそこ、恰幅のよい胴回りは樽に似ていて、おまけに糸目で(若干下品に)微笑みっぱなしだった。  
「ああ、おやっさん。そうですね」  
クラウス=耳=ハミルトン  
それはこの田舎風の気のいいおっさんのことあり、ついでに森の村で『獣』と呼ばれていた男の、エルフの村での後見人の名前である。  
「しかしまあボウズ、おまえさん弓はド下手糞だったが、牧畜には才能あったなあ」  
「これでも故郷では一番の狩人だったんですけどね」  
エルフの身体能力―特に視力と聴力、運動性―は人間をはるかに凌ぐ。エルフの村での男の狩りの腕は、15の子供―半人前―とほぼ同等だった。  
「今年生まれた羊、ほとんど生きてるしなあ。半分は死んじまうもんだと思ってたよ」  
「ちょっとした工夫なんですけどね。うまく行って良かったですよ」  
羊は元来臆病な動物である。ちょっとした物音でも散り散りに逃げていってしまう。  
トラブル時は羊を「逃がさない」ために牧用犬や羊飼いが囲い込むようにして一箇所に固めるのがこれまでのやり方だった。  
 
「羊を『懐かせる』にしても今までじゃあ20頭がせいぜいだったからなあ」  
「山羊のが頭いいし、根性ありますからね」  
無論臆病な羊は、信頼する相手がいればそこに向かって駆け寄ってくる。しかし羊の信頼を得るのは並大抵ではない。一頭一頭手間暇かけて世話をすれば懐きもするが、  
それは一度に飼える羊の数が制限されることも意味している。  
だから、男は羊と一緒に山羊を飼った。山羊は羊と同じ飼育法が使え、羊ほど物に動じない。故に有事の際群れの「芯」として機能する。何かあったら羊は頼りがいのある「従兄弟」の周りに集まってくるというわけだ。  
このやり方の適用で、男とクラウス二人で二百頭の群れを世話している。  
「ま、こんだけの成果がだせりゃあ、胸はって嬢ちゃんの夫だって言えるぜ、俺が保障するよ」  
「・・・初めは視線だけで穴が開くかって位ニラまれましたからねぇ」  
「『期待の新人(イイ女)がオトコつきだった』となれば若い衆は獲物カッ攫われたと思うわなあ。・・・俺ンときもそうだったしなあ。」  
うんうん、とうなずく人生の先達。  
「いやホント、お前らを見てると若いころの俺らを思い出すよ。ラブラブなところとか。ニヒヒ」  
「また一年前の話ですか?カンベンして下さいよ」  
好色オヤヂその物の目線と声でからかうクラウスと、ひたすら照れる男。  
「血相変えて『武器と鏑矢を用意してくれ』って嬢ちゃんが駆け込んできて一週間音沙汰なし。長が樹精に聞いても歯切れの悪い沈黙しか帰ってこない。  
さすがに心配になって見に行ってみれば、いちゃいちゃいちゃいちゃしやがってまあ、ホント俺らの若いころみたいだったよ」  
「え、あ、う。おやっさん、今だってハンナさんとらぶらぶじゃないですか。一ヶ月に一遍は『登山』行ってるし」  
「おおよ、うちのカァちゃんは世界一の女だからな。手を出さないでいられるかい。それに外でスるのは気分がいいぞ。雄大な大自然、最高の女。これぞ命の洗濯ってモンよ」  
「・・・それで次期村長になれなかったんでしょうに」  
かっかっか、と大笑するクラウス。やれやれと男は首を振り、口笛を吹いて山羊と犬を呼ぶ。  
 
――エロオヤジそのものといったクラウスだが、実は先代村長から「ぜひ後継者に」と推挙されていた、村の有力者にして英雄である。  
二十年前の戦争で義勇兵として出陣、野営地に夜襲をかけて士官多数を殺害、物資の大部分を炎上。結果敵は会戦時に右翼部隊を欠損。それにより戦力比逆転、中央部隊への包囲殲滅によりまさかの大敗を喫し、撤退。  
その結果この地方の村々が炎上を免れた、という華々しい戦績を持つ。その功績として村長の娘を娶ったが、放心、妻とののべつ間もない淫行などといった乱行も目だった。  
彼を変人として決定付けたのは「それでも当選確実」と言われた村長選出会議の日で、開始の時間になっても現われないクラウスを呼びにいった親友が「夏だと言うのに全身しもやけ」で臥せったクラウス・ハンナ夫妻を発見、  
目を丸くする親友に「万年雪はきれいでいいぞー」と一言。・・・昼食後ふと思い立って夫婦で登山、そのまま雪の中で情交をなしてきたと言うのだ(ちなみに二人の局部、陰嚢、妻の尻穴の順で重症。雪の中で妻の尻に氷柱を押し込みつつ騎上位で交わったせいらしい)。  
さすがにそこまでの奇行をなすヒトに村の長は任せられない、ということで彼は村長を落選(呼びにいった親友が村長拝命)、一種の名誉職である「相談役」を任されれることになったわけである。――  
 
「俺がな、お前は俺に似てる、と思ったのはな」  
「?」  
クラウスは糸目を見開き、男の奥底を見通すように見つめた。  
「あの時の、お前の目だよ。ありゃあ人を殺した奴の目だ」  
「!」  
男はエルフの村では詳しい話をしてはいない。ただ「彼女の夫だ、故郷は捨てた」とだけしか言っていない。  
「しかもその殺しはやりたくてやった類のものじゃあない。何をやったらいいか分からず、ただそうすることしか思いつかなかったから殺した。  
そいでもって、迷いとか後悔とかそういうモンで一杯になったあと、そいつを全部キレイに押し流した後に初めて出来る、透明な男の目だったよ」  
「わかるん、ですか」  
俺もそうだったしな。クラウスは小さく付け加えた。  
 
「それに村の『相談役』として、新入りのことについて調べないわけにもいくめぇ。南から来た奴については、樹精に聞けば丸分かりよ。若ぇのにずいぶんとヘビィな選択したもんだ。  
それでいてそんなにも暢気でいられるのも、嬢ちゃんのおかげだろうな。  
俺も、もしもカァちゃんがいなかったら、今頃おっ死んでるかマジモンの人殺しになってるよ。お前も多分そうだろ(こくん)。  
・・・罪も後悔もやりきれなさも、みんな許してきれいに流してくれる。へっ、お互いイイ女を妻にしたモンだよ」  
「はい」  
万感の思いを込めて、男はうなづく。  
「で、お前さんが捨ててきた故郷について、ちいっとばかし相談がある」  
薄暗がりの向こうに、村の明かりが見えてきた。  
 
「ただいま」  
「おかえり、遅かったな」  
家の戸を開ける。パチパチと爆ぜる暖炉の薪、妻の声。「家庭」のもつ暖かいぬくもりが男を出迎えた。  
「ちょっとおやっさんと話し込んでね。悪ぃ」  
「ふふん、その分じっくりシチューを煮込めた。今夜は自信作だ」  
彼の愛する妻は得意げに胸を張る。その胸は一年前とさして変わっていなかったが、下腹部は大きくせり出していた。  
 
食卓に対面で座る。  
じゃがいも、人参といった根野菜をぶつ切りにし、羊と山羊のミルクで煮込み、塩胡椒で味を調える。  
焦げ付かないよう、野菜が煮崩れしないようにゆっくりとかき回しつつ、じっくりと弱火で長時間煮込むのがコツだ。  
ライ麦、カラス麦を多分に混ぜた小麦のバケットに、これまた混ぜ合わせた羊山羊ミルクで作ったチーズフォンデュ。仕込んだ日によって味が毎回変わる。  
素朴だが暖かい田舎料理が、食卓の上に広げられた。  
ぐぅ・・・きゅるるるるるる  
男の腹の虫を聞いて妻はクスリとわらい、  
「では、食べるとしようか」  
「いただきます」即答。  
こうして夕食が始まった。  
 
かちゃかちゃ「お、美味い」「(得意げに笑う)」「さすがに腕を上げたなあ」「(もっと褒めろ、とばかりに耳が動く)」  
はぐはぐ「一年前はジャガイモも人参も丸ごと入ってたからなあ」「(ぴく)」「皮剥いたのって八ヶ月前からだっけ?」「(ぴくぴく)」  
もぐもぐ「パンも外はカリカリで中はふんわりしてる」「(耳がちょっと落ち着く)」「ちょっと前まで消し炭みたいだったのに、すごい進歩だよ」「(ピク)」  
ぱくぱく「ハンナさんの教え方がよかったんだろうな」「(ピクピク)」「でも」「(?)」  
がつがつ「いつもご飯食べるたびに『結婚したんだなあ』って嬉しくなってたよ、それに加えて今日はとっても美味しい」「・・・」  
 
「どした?なに赤くなってんの?」  
「・・・ばか」  
 
食後―ちょっと前まではふたりして「あ〜ん」とかやっていたから結構食事に時間が掛かっていたが、最近はそうでも無い―椅子を隣り合わせに並べなおしてホットミルクなんぞを啜る。  
そうして今日一日で何があったかを話し合う。  
 
「わたしは家畜小屋の寝藁を取り替えたぐらいだな。お隣のハンナさん(36)と向かいのドロレスちゃん(10)が手伝ってくれたな」  
「こっちは交易について非公式の打診があった」  
「交易?」  
男はクラウスの話した事を妻に語って聞かせた。  
 
――今この村では、東の村に羊毛や毛皮を下ろし、代わりに穀物、野菜を受け取っている。  
――今年はお前の改案のおかげで昨年以上に羊毛が取れそうだ。手すきの人間が増えた分、狩りの獲物も多い。  
――しかし東の村の生産量は去年と変わっていない。  
――となるといわゆる「過剰供給」に陥るわけだ。  
――だからここは新たに南にある森の村との取引を始める必要がありそうだ。  
――至高人でもないのに樹精に連絡を貰っている事と、一年かけてこの村の信頼を勝ち取ったことから、お前には人徳があると言える。  
――お前の古傷を抉る事になるかもしれないが、  
――その際の交渉役をおまえに任せられないか?  
 
「だそうだ」  
語り終えた夫を見る妻の目は厳しい。  
 
「で、お前はなんと答えた?」  
「『とりあえず妻とよく相談してみます』と」  
その答えを聞いて妻はほーっと長く息を吐いた。  
「それで、お前はどうしたいんだ」  
「俺は、やってみたいと思う」  
妻の目がまた厳しくなった。  
「森の村にはたいした特産品は無く、農作物も余っているとは思えないが」  
「"街"との中間地点として機能してもらうさ」  
「他の誰かにまかせられないか」  
「エルフの皆は"街"の人間が嫌いだからね。・・・戦争のせいでさ」  
「理由があったとはいえ、お前はあの村では殺人者だ。歓迎されるとは限らないぞ。遺族の感情も逆撫でするだろう」  
「だからこそ、俺が償わないといけないと思う。樹精達から聞いただろ、今、アイツが老け込んじまった村長の代理として村をまとめてるって。  
『臆病でよわっちくてかった者として、言いたい事も思うように言えない弱い人の立場にたってモノを考えることが出来る。  
どこまでも搾取され続けた身の上だからこそ、歪んだ強者が何故搾取に走るのかを汲み取ることが出来る。  
失った信頼を必死に取り返したからこそ、人の過ちを許すことが出来る』  
基本的にえっちにしか興味がない「あの」樹精達がこんなに褒めるぐらいアイツが頑張っているんだ。  
・・・力が足りなくて、俺は二度、アイツを助けられなかった。  
でも今はしてやれることがある。「妹」を見捨てるような真似はしたくないんだよ」  
妻の質問に夫が淀みなく答える。そのたびに妻の耳は角度を増して行き、瞳は不安げに揺れていく。  
それに気付かず、夫は語り続ける。  
 
「それにさっき言ったように「俺が」やってみたいんだ。なんと言っても俺の故郷だしね。可能なら豊かな村になって欲しいと思う。  
あそこ今は良くまとまってるみたいだけど、生産力が足りてないし、樹精たちが言うには今年の冬は厳しくなるそうじゃないか。  
質のいい羊毛がたくさんあれば、防寒具にも交易品にも役に立つと思う。  
村の知名度が上がれば人も集まりやすくなるだろうし、うまくいけばこのエルフの村以東の村々と"街"とだって仲直りできるかもしれない」  
男の目は遠くを見、口は夢を語っている。その様は楽しげというか、やり甲斐、生き甲斐を見つけたと言うように輝いている。  
それを見た妻の目線は床へと落ち、耳は力なく垂れていった。  
「そしてお前はまた、あの娘に会うのだな」  
「ああ、アイツなら話が通りやすいだろうし。・・・どした?」  
「いや、お前を少し、遠くに感じて、な」  
ぽつぽつと妻は夫に語りかける。  
「今、お前の目はどこか遠くを見ていた。隣に私がいるのに、な。  
今のお前には技術がある、それに基づく信頼もある。  
あの時みたいに、わたしがあれこれと世話を焼かなくても、きちんとやっていけるという事だ。それが少しさびしい。  
もし、このままお前が遠くに行ってしまったら、そこでお前を好いていた、今は村長代理のあの娘に、村の恩人として再会したらと思うと、不安になってな。  
・・・ダメだなわたしは。妻ならば夫を信じなければいけないのに、こんなにも心が乱れている。わたしは弱くなった・・・」  
そういって妻は隣にいる夫の肩に顔を埋めた。  
その小刻みに震える肩を右腕でそっと抱き、夫は妻に問う。  
「つまり浮気が心配だ、と」  
こくり。うなずきだけで、妻は答える。  
 
夫は空いた左の掌を妻の下腹部に当て、ゆっくりと撫で擦りながら語りかけた。  
「聞いてよマイベビー、お前のママはパパのこと信用してくんないんだよ〜よよよ」  
真剣な告白に対するおちゃらけた態度に、妻の頭に血が上った。  
「生まれてもいない我が子に泣き付くなっ」  
きっと睨む視線が、やさしい微笑みに絡まった。怒りが矛先を逸らされ、たじろぐ妻。  
「なあ」  
 
語りかける男の声は、あくまで優しい。なだめるように妻の腹をやさしく擦りながら、ゆっくりと語り始めた。  
「俺は確かに強くなったよ。一年前のようにお前に泣き付いたりしなくなったし、技とか信頼とか、そういうものも身についてきた。  
そうなれるよう意識してがんばってきた。それは何のためだと思う?  
お前に釣り合うような男になりたかったからだよ。あの日、支えて、守ってくれたお前を今度は俺が守ってやりたい、一緒に支えあって生きていく対等のパートナーになりたかったからなんだ。」  
妻の目が大きく見開かれ、じわり、と涙が浮かんだ。  
「この子ができたって分かった時からはさらにがんばったね。俺のオヤジは俺の誇りだった。小さかったころは『俺は村一番の狩人の息子なんだ』っていうのがおれのたった一つの誇りだったんだ。  
ロクに獲物が取れなくてハラ空かしてた時も、オヤジが死んだときも、そのこと考えてたからなんとか乗り切れた。  
この子が産まれたとき、誇りに思えるような立派な父親でありたい。だからやれることはしっかりとやり遂げたいんだ。  
お前とこの子は、俺の人生の目標なんだよ。だから・・・いてくれないと、困る」  
最後のほうはさすがに照れが入ったのか、頬を赤くして、そっぽを向きながら男は言った。  
そんな夫の胸に、妻は抱きついてしゃくりあげた。  
「・・・・・・わたしはバカな女だな。すぐ隣にいる、一番大切な人の気持ちすら見えていなかった」  
「いやまあ、女の人は妊娠中情緒不安定になるっておやっさんも言ってたし。・・・不安にさせて、わるかったな」  
 
嗚咽を漏らす妻の頭をよしよしと撫でつつ、夫は続ける。  
「お前を不安にさせると、俺が死ぬし。・・・妊娠一ヶ月目の悪夢の再来はなんとしても避けねば」  
「あれはお前が全面的に悪かった!あの時はホントに不安だったんだぞ!」  
目尻に涙を残しつつも、妻は顔を上げて反論する。  
「夕食が終わったらソワソワと外に出かけて、三十分ぐらいしたら妙にすっきりとした顔で帰ってくる!それを一週間も繰り返されてみろ。  
わたしは、ほんとに、自分の女としての魅力を、心の底から、疑ってしまったんだからな!」  
「妊娠初期の妻に余計な負担をかけないように、外に出て妻の艶姿を回想してヌいてた、夫の健気な気遣いじゃないか」  
「結婚して半年もしないで浮気なんてするようなダメ男に引っかかったかと思ってやりきれなくなったぞ!」  
「だからって、帰ってくると同時に弓引いて、心臓狙って、座りきった目と地獄の底から響くような声で『相手は誰だ』はないだろーに。心臓止まるかと思ったわ!」  
さっきの弱気は何処へやら、犬も食わないやり取りが開始される。その間も夫は妻の腹を擦り続けていた。  
「それに加えて『お前のえっちな姿思い出してヌいてました』っていったらお前なんていった?『そんなもったいない事するな!わたしに一滴残らず飲ませろ!』  
とかハズカシイセリフ大声で叫んだときには別の意味で心臓止まりかけたぞこのエロフ!」  
さすさす  
「なっ、それもこれもお前が毎晩のように、わたしにあんなことやこんなことやそんなことまでを、じっくりたっぷり気を失うまで繰り返しておきながら、  
ある日いきなりぱったりやめたからだろうが!責任取れヘンタイ!」  
さすさす  
「なあ、おまえの母ちゃんスゲエ無茶苦茶言いやんの。間違ってもこういうところ似るなよ」  
さすりさすり  
「だ・か・ら、産まれてもいない我が子に泣き付くなと言ってるだろう、にぃっ」  
さすりさすり・・・くちゅ  
妻の腹を擦る夫の手は徐々に下へと移動しており、とうとう下着の隙間にもぐり、会陰へと到着していた。  
「今までのやり取りで、もう濡れてるようなマジモンのエロフが言い訳しない」  
「そのやり取りの最中に、えっちなイタズラ仕掛けるお前こそ紛う事無き変態であろうに」  
 
妻は(頬を上気させつつ)「ふふーん」と夫を見下ろす。  
夫は(濡れた指先を舐めながら)「へっ」と妻をねめつけた。  
このやり取りはジャンケンでいう「最初はグー」にあたる。  
くわっ  
「純情ぶりっ子真性エロフ!」  
「アナルマニア大吟醸!」  
夫赤面、妻勝利、通算成績五勝七敗十三分けで妻優勢。  
第三者には理解し難いが、これがこの夫婦のコミュニケーションらしい。  
結論:二人とも変だ。  
「と言うわけで今夜はわたしが仕切る」  
「ああ、また今夜も「愛してるー」とか大声で叫ばされながら妻の眼前でオナニーさせられたり、ナニの根元と四肢をぎっちり縛られながら一時間ぐらい騎上位で責められ続けたりするのね」  
「・・・夕食をはだかエプロンで作らせて後ろから襲い掛かったり、あえておなかの掃除をさせずに後ろに入れる事を要求する男が純情ぶるな」  
・・・二人して相当過激なことをヤッてます。  
結論追記:二人ともいろきちがい。  
ぶちぶちと言い続ける夫に、妻は微笑みかけた。  
「でもまずは、優しくキスしてほしい・・・」  
そういって頬を染めて目をつぶる妻に、夫はどきどきしながら唇を寄せ・・・  
 
 
 
 
 
ガチャ  
「おむかいのおねえさーん、おにいさーん、おふろあいたよー」  
ほかほかと湯気を立てる向かいの家の少女の乱入に、赤面して離れた。  
 
傍に川や湖の無い村では、生活用水は井戸に頼っている。例外は風呂だ。  
温泉、より正確には冷泉が村の比較的近くに湧いていたため、引いてきたそれを入浴に使っている(不純物が多いため、飲泉にはあまり向かなかった)。  
風呂、とはいっても水量の問題があるため、熱した石に水をかけて湯気を出す、蒸し風呂の形式をとっている。三,四軒に一つづつ風呂棟を設け、交代で管理していた。  
「後から行く、先に入っていてくれ」という妻を残し、男は一足先に風呂に着いた。ちなみに今日は最後の組だ。  
室内は四畳ほどの大きさで、冷泉の流れと桶、炉とその上部の石と湯沸し用の鍋があり、芳しい木の匂いに満ちていた。  
入室前に石を熱する炉に薪をまとめて放り込み、中に入ったら冷泉を掬って焼けた石にかける。じゅううぅ・・・と音を立てて湯気が室内を満たし、瞬く間に男は大量の汗を噴いた。  
備え付けの白樺の枝を取り、浮き出た垢を叩いて落とす。ある程度垢を落としたところで湯を被って洗い流す。  
そうこうするうちに妻がやってきた。  
スラリとした長い足、下腹部の薄い陰り、妊娠線の浮き出た腹と、ほんの少しだけ大きくなった胸。その上の顔は目元をほんのりと赤く染め、長くしなやかな髪はそのすべてを恥らうように覆い隠していた。  
「背中を流そう」  
そういうと妻は固く絞ったタオルで丁寧に、力を込めて夫の背中をぬぐう。それは男がいつもやってもらっていることなのに、なんだか今日は妙にくすぐったい。  
照れ臭さに耐えていると、背後から暖かくて柔らかいものが覆いかぶさってきた。  
「おおきいな。おまえの背中は」  
妻は夫の背に顔を寄せ、いとおしそうにほお擦りをする。陽だまりの猫のような表情だった。  
「なんか今日はずいぶん甘えてくるじゃないか」  
「そういう気分なんだよ」  
湯気と流れる汗と鼓動だけが時を刻む時間。はたして五分か、十分か。  
「今度は俺が背中を流すよ」  
優しい沈黙に耐えかねたように夫は妻をそっと振り払い、彼女の身体を洗う。  
妊婦に白樺はさすがにまずいので、タオルを使い丁寧にぬぐう。  
 
首筋、脇、胸、背中、力を入れすぎないようにして腹、尻、股間、足。  
雰囲気が雰囲気なので男はエッチないたずらを仕掛けることはしない。と言うかできない。ふざけるてみせるにはあまりにもこの空気は優しすぎる。  
だからただ、丁寧に妻の身体を洗った。  
それでも妻は夫の手が敏感な部分を擦るたびに、ああ、ああっと小さく声を漏らす。湯気のせいだけでなく、頭に霞が掛かる。  
「なぁ・・・」  
「?」  
身の内から溢れ出る何かに突き動かされるように、妻は夫に語りかける。  
「その、まだ・・・キスしてもらってないんだが・・・」  
桜色に上気した顔で、夢の中にいるような蕩けた声で、女は男に口付けをねだる。それは男の中の「なにか」を綺麗に打ち抜いた。  
「は・・・むっ、ちゅっ、ん、んむっ」  
気がつくと男は女を抱きしめ、唇を重ねていた。  
やわらかい口唇と、あたたかい舌と、甘美な唾液が男をくすぐる。  
不思議と獣欲は起き上がってこなかった。  
身体を奪いたいのでも、快感を汲み取りたいのでも、思うが侭に自己を叩き付けたいのとも違う、不思議な欲求。  
強いて言うなら、包み込みたい、であろうか。  
「それ」に突き動かされるように、夫は妻の舌を優しく舐る。普段は遮二無二快感を貪り合おうとする妻は、ただ黙って舌を受け入れていた。  
交歓のあいだに溜まった唾液を流し込む。それをコクコクと飲み下し、妻はほうっとため息をついた。  
「続きはベッドで」  
耳に口を寄せて囁く。言葉と一緒に吹き込まれた吐息にゾクゾクと身を震わせつつ、妻がうなずいた。  
 
サウナ風呂でいちゃついてはならない。下手をすると脱水症状で命にかかわるのだ。  
・・・同じ間違いを二度繰り返すことを「間抜け」というのだ。たしか。  
 
風呂の熱気と興奮を逃がさないようにして寝室に入る。ダブルベッドしかない部屋だ。  
何も言わずに妻はベッドの縁に夫を座らせ、足の間に跪いた。  
半立ちの肉棒を取り出し、いとおしそうに頬擦りをする。  
「いっぱい、きもちよくしてあげる」  
そういって、行為を開始した。  
先端にちゅっと口付けし、亀頭部を含んでねっとりと舌で舐め転がす。刺激に反応して肉茎がそそり立ったところで唇を離し、舌を伸ばして全体をチロチロと嘗め回す。  
「は、あん、あむっ、ちゅっ、れろ・・・はぁん・・・はむっ」  
鈴口から付け根までまんべんなく唾液に塗れ、明かりを反射しててらてらと濡れ光る男根を、横笛でも吹くようにして甘噛みする。その間、抑えきれない快感の呻きが悩ましいメロディーとなって部屋を満たしていく。  
その間細くてしなやかな指は下にぶら下がっている陰嚢を優しく揉みほぐし、じわじわと快感の水位を高めていく。  
「ん、ふうぅっ、ああ、すごく、おおきくなってきた・・・」  
はあ、はあ、はあ、はあ・・・  
熱に浮かされたような妻のつぶやきに、夫の吐息が答える。不思議なのは、そこにはかすれたような響きが全くないことだった。  
 
――普段の性交は、一言で言えばもっと荒々しい。例えるならば、理性を火にくべ、燃やし尽くして出来た隙間を欲情で満たす、と言った感じである。  
しかし今の二人は、意識も理性もはっきりしたまま快感だけを高めていた。  
粘膜の接触の仕方も普通と違う。いつもの妻の行為は快感を高めるための「愛撫」の趣が強く出るが、今の行為はひどく遠回りである。  
男の性感をあおり、快感を引き出し、少しでも早く性交に至ろうとするのならば、感じるポイントだけを的確に突き、もっと鋭く昂ぶらせることが出来る。それだけの技術と経験、相性が彼女と男の間にはある。  
それに対して今の行為はまるで快感など二次的なものに過ぎないと言わんばかりだ。少しでも多くの種類の行為を行い、夫に愉しんでもらおうとするような妻の気遣いがある。  
あえて一言で表現するならば「奉仕」と呼ぶことができる――  
 
しゅる、にゅ、にゅる、ぬるっ、にゅるる・・・  
はむっ、はくっ、れろ、ちゅ、ちゅうぅぅぅ  
「はぁっ、あをっ、く、くぅぅっ」  
先ほどとは手と舌の位置を切り替えて、妻の奉仕は続く。陰嚢を含み、内部の睾丸を唇で捕らえ、舌を一杯に使って口内で転がす。右、左、右、左と見せかけて右。  
その間左手は大きく傘を張った亀頭を撫で、時折そのひとさし指で鈴口をくすぐる。陰嚢と男根への快感は先走りの液となってジクジクとしみ出し続け、いまや隆々とそそり立った男根を伝い流れ落ちていく。  
その粘液を先ほどの唾液と絡めつつ、右手は大きくリズミカルに茎を扱いてゆく。にちゃにちゃという情欲をそそる音が大きくなっていき、妻の手はべたべたした混合液でドロドロになっていた。  
それでもなお、まだ足りない、もっと感じて欲しいというかのように、妻の奉仕は止まらなかった。  
 
「ん、んむっ、ぷはっ」  
「うぅっ」  
しばらく時がたち、陰嚢までが淫液で濡れ光るころになって、妻はまた唇を離す。夫は射精のタイミングをずらされ、残念そうなため息をついた。  
その響きにクスリと妻は小さく微笑み、大きく口を開けると、男根を一気に飲み込んでいく。  
ずぬぬぬぬっ、んくっ、んくん・・・  
「あぁ、すごい、気持ちいいよ・・・」  
「ふっ、ふふっ」  
感極まって男は妻の髪を撫でる。しっとりと湿った金髪は男の指に柔らかく絡み、妻はその感触に目を細めて笑った。  
口唇が男根の付け根にぴったりと触れる。  
ちゅうううぅぅ、ちゅぼっ、ちゅばっ  
白い頬がへこむほど強く吸い、そのまま頭を激しく上下させる。力を入れた舌は裏筋を押さえつけるように舐め、喉奥を子宮口に見立てて亀頭を締め上げる。  
情熱的なディープスロートだった。  
 
「うっ、くうっ、くおぉぉぉッ」  
「ふっ、ふっ、ふっ、ふぅっ、んぐうぅぅぅうぅ」  
とろ火で炙られ続けるようなねっとりとした奉仕から一転した情熱的な口腔内性交に激しい快感に、夫は身を仰け反らせ、妻の髪を両手で掻き混ぜるようにして答えた。  
射精を堪えるためではない。あまりに激しすぎる快感に身体が思うように動かず、全身の筋肉を無秩序に震わせるのが精一杯だったのだ。  
放出という限界点を見失った快感は、天井知らずに高まっていく。どこまども、どこまでも・・・。  
いっそさっさと出してしまって楽になりたい、とすら男は思ったほどだ。  
「たぁっ、頼む、気持ち良過ぎてかえって、キツい・・・もう、もう、射精させて、くッ・・・れ・・・」  
ちゅぽん  
妻の唇がそそり立った肉棒から音を立てて離れ、唾液と先走りの混合液がパタパタとシーツに散らばる。限界まで膨張しきった肉棒が、ピン!と音を立てたかのように撥ねた。  
「あ、うう、あおうぅぅおぉ・・・」  
「何を言っているのか、わかんないぞ」  
目の前が真っ赤に染まるような快感の鮮烈な刺激に、夫はただただ呻くばかりだ。そんな最愛の人の醜態に、妻はただ微笑んでからかう。そして、  
「さあ、立って、わたしの後ろに回って・・・」  
囁くように、夫を促した。  
 
ベッド、妻、夫。  
東の窓から見て、三者の位置関係はこのように変化した。  
良く乾かした、日向の匂いのする干草の敷布に、妻はうつぶせに上体を預ける。  
そのまま膝を伸ばし、尻を高く持ち上げた。  
「はあぁっ、わたしを、見て・・・」  
そのまま両手で双臀を割り開き、前後の粘膜をさらけ出した。  
長く、情熱的な口奉仕に昂ぶったのは夫だけではない。トロトロと粘液を垂れ流し、ヒクヒクと小刻みに開閉する前後の淫口は、上の口にも増して雄弁だった。  
「あのときみたいに、いつもみたいに、わたしを感じて、確かめさせて・・・」  
血の昇り切った夫の頭に、妻の囁き声が染み込んでくる。「冷静な判断」から最も遠い桃源郷に逝ってしまっている夫は、操り人形のようにそれに従った。  
妻の細腰を、両手でしっかりと掴む。  
ずぷぷぷぷぷぷっ  
そのまま、己自身を濡れそぼった穴へと押し込んだ。  
「んはあああぁぁぁぁ」  
深く、満足げな女の嬌声が、まるで肉棒に押し出されるかように部屋に満ちた。  
 
ドクン  
下方からせり上がってきた鼓動と共に、男の意識が現実に返ってきた。  
幾度となく衝き立て、擦り、引き抜いて、注ぎこんだ女肉の感触が肉棒を包んでいる。無意識のうちに突き立てた場所は、  
アヌス、だった。  
妻の口により理性を失い、肉穴により現実に立ち返る己。  
ああ、男は感嘆した。そして二つの事実をはっきりと悟った。  
もしも自分が単なる生物として、雄として行動していたなら、突き込んだのは秘唇の方だっただろう。それが本能というものだ。  
だが、彼女は妊娠している。そこに挿入していたら、母体と愛児、両方を損なっていたかもしれない。  
しかし、そうはならなかった。  
やはり自分は、骨の髄まで、寝ても醒めても彼女の夫なんだ、ということと、最愛の妻もまた、今自分の腕の中でそれを確認しているところだ、ということだ。  
その確認を、最近少しばかり疎かにしすぎていたようだ。  
どんな思いも、きちんと形にしなければ伝わることはない。  
ならば、自分の思いの丈をきっちりと形にして、最愛の人に届けよう。  
その想いから、夫は律動を開始する。  
ずずずずずずずず、じゅぷぷぷぷぷぷぷ  
「ふ、んんんンンン、はあぁぁぁああぁ」  
ゆっくりと、力強く挿抜を開始する男根に、こなれ、火照り、ぬかるみきった尻穴は情熱的に答えた。  
進入時は締め付けを緩め迎え入れ、退出時はぴったりと張り付いて離そうとしない。時折上下、左右に振られては肉棒を刺激する。  
この一年で幾度となく繰り返されてきた行為だった。  
大粒の汗が混じりあい、全身を紅潮させて喘ぐ。  
何時しか夫の手は、地に引かれて若干量を増した妻の胸へと伸びていた。  
そのまま揉み解す。  
 
ぴゅっ、ぴゅっ  
「はぁああぁっ、おっぱい、吹き出して、るぅ」  
母乳は夫の両手に溜まってゆく。その白い液体に塗れた左手を自らの口に、右手を妻の口に運ぶ  
ぴちゃ、ぺちゃ、ぴちゃ  
「ふっ、ふむぅううぅぅ、あむ、あん」  
乳腺の働きによって変質した血液は、濃密な味を舌に伝えてくる。  
命の味がした。  
「ふふふ」  
妻は夫の指をしゃぶりながら、幸せそうに笑った。  
「わたしはお前によって女になり、恋をし、妻となり、嫉妬し、そして母になるのだな。・・・日々変化の繰り返しだ。」  
交歓を交わしながら、しばし過去に思いを馳せる妻。そんな妻をじっと見詰める夫。  
 
良く見ると、妻の肌を若干荒れていた。手には主婦の現実アカギレも目立つ。  
夫自身も日々獣糞に塗れ、日差しに焼かれている身だ。  
毎日の暮らしの中で、少しずついろいろなものが削られている。  
疲労、苦痛、不安。  
気楽さとはほど遠いものが、森の中ではなかったものがここには満ち溢れている。  
にもかかわらず、こんなにも幸せなのは何故だろう。  
尻穴で逞しい律動を受け止めつつ、次第に白くなってゆく意識の中で妻は自問した。  
 
光合成のかなわぬ身は日々の糧を求めて忙しく働かねばならず、有限のこの身はやがては老いて死ぬ。  
耳を噛まれつつ、身を仰け反らせる。  
でも、だからこそ、そう、だからこそ、  
洗いざらしのシーツに顔を押し付け、涎と「あっ、あっ」と言う喘ぎを漏らしながら、  
こんなにも「生きている」と言うことを感じられる。  
ビクビクと体内で暴れ始めた肉棒を感じながら、  
共に苦しみ、身を削る伴侶を、愛しい、と感じられる。  
その胸のうちを言葉にして伝えた。  
 
「射精して、わたしのなかを、貴方のでいっぱいにして」  
 
口奉仕から今まで、夫の精巣で溜め込まれ続けていた精液が妻の尻穴へと注がれてゆく。  
どくっ、どくどくどくどくどく・・・  
「あぁ、あったかいのが、すごく、たくさん、いっぱい、はいってく、るぅ」  
長い、長い射精だった。その精液を、入浴前にキレイにされた腸内は際限なく飲み込んでゆく。男根を受け入れる菊座は肉棒にぴったりと吸い付いており、内容物を一滴もこぼそうとはしない。  
一刹那ごとに腸内を満たしてくる白濁の感触に、妻のピンと仰け反った背中は小刻みに震え、眼裏は白い霧の覆われてゆく。  
「あっあっあっあっあっあっあっあっあっ・・・あぁぁ」  
最後の脈動が途切れ、夫の輸精管の中身が注ぎ終わったときに、妻は絶頂の中で気を失った。  
 
ぐったりとなった妻の身体を両手で支え、夫は男根を引き抜いた。コルク栓を抜くような音と共に結合は解かれ、注ぎ込んだ精液がこぽこぽと際限なく流れ出してゆく。  
夫はそんな妻の身体をベッドに優しく横たえ、溢れ出す精液をぬぐい続けた。  
敏感になった粘膜をやわやわと撫でられ続ける感触に、やがて妻は目を覚ます。  
「おはよう」  
「あ、えあ、う」  
夫の挨拶と行為に妻は赤面したが、力を抜いて最後まで身を任せた。溢れ出す物が無くなり、妻をきれいにし終えた夫も寝台にもぐりこんだ。  
「今日も、良かった。たまには優しくするのも、その、いいな」  
「命の洗濯、と言う言葉の意味が分かったよ」  
夫の腕を枕に交わされる睦言。ひどく満ち足りた気だるさが眠気を誘う。  
「なあ」  
その感覚に抗い、妻が語りかける。  
「わたしは、もう反対しない、好きにやれ」  
「いいのか」  
こくりとうなづく妻の目線はあくまで優しい。  
「いろいろ分かった。シてる時のお前は無口だったけど、言葉よりたくさんのものが伝わった気がする」  
「そうか」  
 
「もしかしたら単に欲求不満が解消されただけかもしれない。でも、なんでお前とするのがこんなに気持ちいいのか、そこまで考えたら答えは明白だった。」  
「・・・そうか」  
「それに、浮気を気にしてメソメソするより、お前の気持ちをわたしで釘付けにするほうが前向きだしな」  
「ソウデスカ」  
「お前が自分の望みのために生き、わたしもわたしの望みのために生きる。目線が違うところを見ていても、手を繋いで、寄り添って、確認して・・・」  
「そうだよな、だって俺たち」  
「夫婦だからな」  
二人は顔を見合わせて笑いあった。  
「あ、今、この子がぴくんって動いた・・・」  
 
「名前、考えなきゃなあ」  
男だったら、女だったら。ああでもないこうでもないと語り合ううちに、言葉は何時しか寝息へと代わっていた。  
「・・・んぅ、愛してる・・・」  
「・・・すー、わたしもだ・・・」  
 
この日から三日後、男はエルフの村の代理人として森の村に赴き、  
一月後、彼らの家は新たな家族を迎えることとなる。  
 
至高人 終  
 
 

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