『高校生にもなって一人で下着を買ったことがないなんてありえない』と言われたからといって、連れが実の  
兄であるのはありえないとは思わないらしい。  
 昨夜、妹の麻実に買い物に付き合ってくれと言われたとき、「土曜は野球の練習があるから無理だ」と断って  
いたが、その時麻実から「じゃあ練習がなかったら付き合えるってこと?」と訊かれた。俺は胸を張って「中止  
になるならいいぜ」と太鼓判を押した後、豪快にTVのチャンネルを回していたら天気予報が今日の大雨情報を報  
じていたのを観て血の気が引いた。すぐさまマネージャーの携帯に電話したら土曜は部活中止だと知らされがっ  
くりうなだれた俺の横で、色気もクソもない麻実は目を輝かせて勝利宣言した。  
 ちなみに麻実は今まで自分ではブラジャーを買ってなくて、お母さんに頼んでいたようだ。胸はどんどん大き  
くなるし出費もそこには使いたくないからと親を頼って、母親のチョイスしたブラジャーをつけていたという。  
それをクラスメートに言ったら手酷く馬鹿にされたという。  
 麻実は大雨だろうと台風が来ようとお店がやってるなら行くのだと意気込んで、それでいて一人で行くのは恥  
ずかしいから俺に付き合ってほしいと言ってきた。「一人で行けよ」と何回言っても「駄目。無理。お兄ちゃん  
がいないと、私お店入れないっ」と必死な顔で言われてしまい、仕方なく妹の頼みを受け入れた。  
 そして今朝、窓の外に降り注ぐ予想以上の大雨がアスファルトを叩きつけている横で、コラールピンクのトレ  
ーナーとアイボリーのティアードスカートを着た黒髪ショート少女がきゃいのきゃいの言ってご飯を食べては喋  
り、牛乳を飲んでは笑い、テレビで放映される朝の天気予報に「知ってます!」と返事しては笑いつつ、朝食に  
舌鼓を打っていた。それは降り注ぐ大雨に勝るとも劣らないテンションだった。  
「麻実、明日にしようぜ」  
 コップの牛乳を飲んだせいで上唇についたミルクを左手で拭きながら俺は言った。明日になれば間違いなく晴  
れるのだから、わざわざ今日行く必要はない。  
 麻実は首を僅かに左右に振って微笑んだ。「だめ」  
「もう台風みたいに降ってんだから、お前の…可愛い髪形が崩れちゃうぜ」  
「さんきゅーまいぶらざー。ばっとどんとうぉーりー。雨も滴る良い女」  
 誰がうまいことを言えと。  
「午後には止むって話だから、午後にしようぜ」  
 俺は食べ終わった食器を両手に持って台所に向かいながら言った。誰が好き好んで大雨の中、歩きにくい路面  
をお散歩するというのだ。ありえない。  
 途端に妹のブーイングが鳴り出した。「えー。ちょっと大雨なだけじゃなーい。バス停まで行けばあとは濡れ  
るとこないんだから」  
「そのバス停までが10分かかるだろう?」  
 
「頑張って、早歩きする!」  
 目を輝かせて麻実は返事する。  
「7分か…小雨だったらいいんだけどな」  
「小雨になる瞬間、きっとあるよ! じゃあ小雨になったらすぐ行こう」  
「お、おう」  
 俺はどもってしまった。別に麻実に言い負かされたからじゃない。ただ麻実の円らな瞳が眩しかっただけだ。  
 それから俺たちはいつ止むとも知れない雨音に耳をすませつつ、お昼のお握りを用意した。昼過ぎに出るなら  
作る必要もないのだが、午前11時くらいに出ると家で食べられなくなるから、簡単に早く作れるものを持って行  
こうという話になったのだ。  
 麻実は真剣におにぎりを作っている。喋らなければ麻実は可愛いと思う。顔は美形でスタイルも良くて、胸も  
大きいものだから男なら簡単に惚れてしまってもおかしくない。喋らなければ、だ。口を開けば延髄チョップし  
てきそうなほどのマシンガントーク、そのテンションに度肝を抜かれるだろう。我は強いし妹の癖に偉そうだし、  
テストの点数で俺に対抗してくるほど負けん気が強い。そもそも学年が違うんだからテスト範囲も違う。俺が95  
点で麻実が98点で「勝った」事にはならない。それでも麻実は勝つことに拘り、時にそのせいで相手を泣かせた  
り苛立たせたり怒らせたりしつつ、徐々に自分の気質は保ちつつも相手に暴言を吐かないようになっていった。  
そんな麻実がクラスメートの女子に子供扱いされたというのが許せなかったらしい。  
 別に麻実に女らしくなってほしいとは思わないが、相変わらず何に対しても本気で怒ったり悔しがったりする  
麻実を見ているとつい何か言ってしまいたくなる。  
 おにぎりを作り終えた時点で午前10時を過ぎた。雨は未だ降っているが、今朝方よりは雨足は弱まっていた。  
早ければ11時には止むかもしれない。「麻実」と声をかけようとして麻実の顔を振り向くと麻実はごはんのつい  
た手を口にもっていって、一粒一粒舐めて、食べていた。その仕草がナニをナニしてる年頃の女の子を想像させ、  
妹にそんな想像してしまう自分に生理的な気持ち悪さを感じて思わず目を閉じた。だが目を閉じてもありありと  
妹がごはんをその可愛らしい唇と舌で舐め取っている様が浮かび上がり、虚空に向かって手をバタバタさせてそ  
の映像を消そうとした。  
「何やってるの? お兄ちゃん」  
 麻実がぽかんと口を開いて俺に聞いてきた。この円らな瞳の妹の口が、さっきまで美味しそうにご飯つぶを食  
べていたのだとは考えてはいけない。「なんでもない。雨、止まないな」こんなことでごまかし切れるとは思わ  
ないが話題を強引に逸らすしか方法はない。  
「うん。でも、これくらいの雨だったら、私行ってもいいよ」  
 そういって麻実はジト、と俺を見上げてくる。麻実は狙ってこういうことが出来るタイプではないから自分の  
魅力に気付いてないのだろうが、こういう潤んだ目をされると、言葉に詰まる。  
「俺は、もう少し…小雨になってからのほうがいいな」  
 麻実は必死に俺を上目遣いで見続ける。ヤバい。こっちも胸がどきどきしてくる。「お兄ちゃん…いこ?」  
 声だけで十分に可愛い。でも可愛いって思ったら負けるからそういうこと思うのもやめよう。  
「それにね、雨がやんでから行ったらそのお店、混んじゃうから。すいてる内に行きたいんだ。今ならそんなに  
濡れないでしょ?」  
 満面の笑みを浮かべて微笑む麻実。だからいちいち可愛い顔すんな。ホントに。  
 俺はふと閃いて玄関に向かった。家族揃って傘を何本も無くしたり置き忘れてきたのだ。今も一本もない  
かもしれない。一本もなければこの雨の中、外に出られるわけがない。  
 玄関の傘入れに、傘は一本しかなかった。粉砕して投げ捨ててやろうかとも思ったが、後から麻実が駆け寄っ  
てきて「これなら大丈夫だねっ!」と俺に抱きついてきたので、俺の左腕は麻実の豊満な胸にむにょ〜と押しつ  
ぶされてしまった。柔らかすぎる感触が、俺の理性を飛ばす。  
「何が、大丈夫なんだ」  
 全然大丈夫じゃない口調で俺が言う。  
「この傘大きいから、二人入れるよ──あ」  
 そこでハタと気付いて俺を見上げる。「お兄ちゃんとひとつの傘で歩いたら、やっぱり駄目だよね。あ、さ、  
サングラスすれば兄妹ってばれない!」  
 二人してサングラスをつけたまま傘さして歩く姿を想像して吹き出してしまう。  
「わかった。わかったよ。行こうぜ」  
 そういった瞬間、麻実は目を輝かせて微笑んだ。「うんっ!」  
 俺はすぐに視線を逸らしてすべき事を麻実に告げる。  
「お金忘れんなよ。俺はおにぎりと水筒用意しとく。あと、10分後に出かけるぜ」  
 麻実は頷いて二階へ通じる階段を駆け上がる。急に離れた胸の感触を憂えてはいけない、じゃなくて。  
 俺はおにぎりに全て具を入れたか記憶になかった。多分入れたかもしれないが、入ってないのもあるかもしれ  
ない。麻実ももしかしたら忘れたのもあるかもしれない。念には念を入れて、具を別のタッパに入れた上で、我  
が家の紅一点を待ち受けた。  
「お兄ちゃんも念のためお財布持ってきてー。高いの買っちゃうかもしれないから」  
 階上から声が届く。その悪びれない口調に、俺は失笑した。  
 

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