「良いですか、私はまだ伯爵家の一員なのです。
本来ならば貴方がそのような口聞きをするのも許されぬことなのですよ」
「……くっ、うぅっ、お、おじょうさま」
「お黙りなさい。発言を許した覚えはありません」
「で、ですが」
「お黙りなさいと言っているでしょう!」
右手に握られた堅い扇で、胸を強く打たれる。深窓の令嬢の腕力などたかが知れている。大した痛みはない。
むしろ、痛みを感じているのは彼女の方だろう。
上擦った声。涙で潤んだ翠玉は月光に照らされ妖しく光る。だがそれは悲しい光だった。
麗しき一族に生まれれば、それ相応に麗しく在り続けなければならない。それが貴族の運命。
自らに見合った相手と契りを交わし、血と伝統を未来へと伝える子孫を残す。古今東西変わらず綿々と紡がれてきた貴族の務めだ。
一度汚れてしまったのならば、輝きは二度と戻らない。
そうは分かっていても、密かに心寄せていた者と何もなく今生の別れとなるのは嫌だった。
親に見定められた相手が、誉れ高い血の伝え手とは言え、醜男だというのも、彼女をこのような行動に走られた原因の一つかもしれない。
誰にも悟られぬよう、部屋を出るのは案外容易いことだった。自室から彼の部屋までの道筋は何度も何度も確認した。
昨夜も誰にも気づかれずに扉の前まで来ることが出来た。
自らの企ては面白いように成功した。天上におわす神が今宵だけは味方してくださったのだ。
数時間前、今夜で最後になりますね、との言葉とともに振る舞った茶には遅効性の睡眠薬を仕込んでいた。
部屋に忍び込んでも、執事は気づく素振りすら見せない。間抜けなほどに熟睡していた。
それだから、細腕の令嬢でも両手両足をあっさりと縛り付けられ、拍子抜けしたほどだった。
着衣を脱ぎ、初めて頬寄せた胸板は想定していたよりも厚く、それでいて滑らかでもあった。
自室に1冊だけある本の知識を頼りに、彼の首筋を甘く噛む。
豊満とは言えない胸を押しつけると、彼は夢うつつに唸る。感じているのだと嬉しく思った。
首から下腹部へと赤い道筋を付け、やっとの思いで付いた陰茎を小さな口に含む。
伯爵家に仕える若い執事はここで目を覚ました。
ここにはいないはずのお嬢様が、あられもない姿でとんでもないものを吸おうとしている。
止めなければと腕を動かそうとするも、両手両足は既に拘束されていて、どうすることも出来ない。
ならば言葉で解決するしかないと口を開けば叩かれる。彼には何の手段も与えられていなかった。
彼女の口遣いはとても拙いものだ。いかに尊大な口調であろうと未婚の令嬢に実力はない。
ただ、ここにいるはずのない、明らかな間違いであるこの行為に、彼の身体は興奮を覚えていた。
禁断の恋は燃え上がるというが、それは情だけの話ではなく、身体にも当てはまるのかもしれない。
そうして勃ち上がった彼の陰茎を、令嬢は満足気に見下ろす。
優美に微笑みながら、グロテスクなそれを撫でる。まるで犬の毛並みを撫でるかのように。
うふふ、と微かに笑い声を漏らしつつ、彼女は膝立ちする。
「お、やめください、それはいけません」
「何故?お前は私と交わるのが嫌なの?」
「なりません、お嬢様……っああっ」
止める間もない。令嬢は天井に向かい勃つ彼の陰茎を自らの入り口へとあてがう。
そのまま躊躇いもせず腰を落とす。紙一枚の隙間さえなく二人は繋がりあったが、その身分には大きな隔たりがあった。
彼のモノを全て呑み込んでしばらく、令嬢は痛みに耐えていたが、それが引いていくのを確認すると、あくまでもゆっくりと、動き出した。
「あ、う、あぁぁあっ、お、じょう、さま……!」
「ねえ、私の中は気持ちいいかしら?」
上下に腰を振る彼女は酷く淫らで、いつもの愛らしく気高い令嬢とは何もかもが違う。
そのギャップと、熱く膨張した自身からダイレクトに伝わる快感が、彼をさらに昂ぶらせる。
「あァ、うっ、お、じょうさま!」
「…………違う。違うわ、私の名を呼びなさい!」
執事は令嬢の名を叫んだ。この世に一つしかない、誇り高く可憐な彼女の名を。
それと同時に全てが決壊していく。白く滾る液体が彼女の中に注がれる。
自らの奥に熱いモノが解き放たれたのを確認すると、令嬢はまた妖しげに微笑み、
ぐったりとベッドに沈む彼の唇に自らの唇を重ね合わせたのだった。