マグダレーネ・マリア・クローデンは呟いた。
「…どうしたものかしら」
ほとんど囁きのようなか細い声だったが、同室の男には聞こえてしまったようだった。
「どうかなさいましたか」
「あ、…いいえ、何でも」
平静を装って外向きの笑顔で取り繕ったが、まさにその男のことである。
例えば今日のこの訪問だ。未亡人とはいえ一女性の館を訪ねるのに通常は、先に手紙なり使いの者を
寄越すなりして知らせるものであるし、確か以前はこの男――というより未だ若者と呼ぶべきこの人も
律儀に使いを出してきていた。
いつからか先触れも無く訪れるようになり屋敷の者達もそれがさも当たり前かのように迎え入れ、
客人というより身内のような扱いになっている気がする。
「今回の寄付は賛同者も多く、それは喜ばしいことですが、事務処理が大変ですね」
その心の内を知ってか知らずか、若者は精悍な顔に春風のような微笑を浮かべている。
「ええ、本当に…」
しかもこうしてタイミング良く困っていたところに現れるものだから、追い返す訳にもいかない。
寄付活動についてもそうだった。
当初は亡き夫、つまり親子どころか孫ほども年の離れたマグダレーネを実家への援助を餌に強引に
結婚を迫ったクローデン男爵から引き継いだ財産が、悪質で罪深い手法で稼がれたものであるために
手元に持っておくのが忍びなく、細々と始めたものだった。
それが今では、この若者との共同事業のようになっている。
というよりも、賛同者のリスト、出資金、出資先といった資金の流れについては、マグダレーネには
把握できない複雑さになっており彼の手を借りないことには成り立たない。
――どういう、つもりなのだろう。
夫とは結婚して間もなく、公式には心臓の発作ということになっているが実のところは腹上死で、死に
別れた。ほとんど買われたも同然ではあるものの神の御許で夫婦となったからには純潔を夫に捧げ、死後
の眠りが安らかなることを祈り、寡婦として社交界への出席も遠慮していた。
ゲオルグ・ジークムント・テオ・カルゼン・ブラッハと会ったのはそんな折、ミサに参加したとある
教会だった。マグダレーネが出資している孤児院に彼も出資したいと、それがきっかけだ。
慈善活動は確かに富む者の嗜みとされるが、皇室とも繋がりがある侯爵家の子息として生まれ、男らしい
が粗野ではなく気品ある顔立ちを父親から、光のように明るいブロンドの髪を母親から譲り受け、これから
貴族会での活躍を約束されているような若きブラッハ子爵にとって、未亡人とはそんなに珍しいものだろう
かと思う。
「今日は、どうされましたか。何か気になることでも」
「……え?」
いつのまにか後ろにいた子爵が、マグダレーネの机の上の書類を覗き込むような格好になっていた。その
せいでやけに距離が、近い。
「何でもありませんわ」
「そうでしょうか? マグダレーネ」
それは、距離以上に近しい呼び方だった。家族でも恋人でも無い女性の、ファーストネームは使わない。
「――子爵」
マグダレーネはつとめて冷静に、他人行儀に彼を呼んだ。ゲオルグ・ブラッハは時々、このような近しい
名で呼んだり体や顔を寄せたり、あるいは冗談のように意味ありげな甘い睦言を囁いて、マグダレーネを
困らせることがある。だけどたいていは、こうして拒絶の意思を示せばあっさりと引いてくれるのだ。
「あなたの考えていることを、知りたいのです」
が、今日は違った。
服の上からでもさぞかし逞しいと分かる腕が2本、マグダレーネの横に伸ばされて、机の上に到達した。
まるで後ろから抱き込まれているような格好だ。
どうかしたのは彼のほうだ。いったいどうして今日に限って、そう、よりによってどうして今日。
「どうやら体調が優れませんわ。書類はわたくしが整理して、また改めてご連絡いたします」
内心の焦りをうまく隠して、男を追い出そうとした。
これでも彼よりも何年も長く生きているし、大抵のことは冷静に対処できる。夫の死後、慎ましやかな
寡婦の生活が送れたのも、稀に未亡人の肩書きに物珍しく寄ってくる男性をこうして追い払ってきたから
だった。
「体調が? …それはいけませんね」
声は、耳の直ぐ後ろから聞こえた。
「……あなた様はもっと、賢い方だと思っていましたわ、子爵」
こんなことをされれば、強引に彼を切らなくてはいけない。
輝かしい将来を嘱望される若き子爵と金で買われたような年上の未亡人との噂を、社交界に流すことは
絶対に避けなくてはならないと、それは共同で出資を始めた頃からマグダレーネが心に決めていたこと
だった。
「私は只の愚かな男です、あなたの前では…」
篭った吐息が触れる。
そしてぬるっとした感触が耳の後ろを辿って、マグダレーネの耳朶をなぶった。
「……っ、悪ふざけが過ぎますわ!」
悲鳴を押し殺して椅子から立ち上がった。子爵は同時に机から片手を外したが、それでも二人の体の距離
は至近で、マグダレーネは思いがけないほど真っ直ぐで真摯な子爵の青い目を覗き込むことになった。
「お引取りを」
その目があまりにも真っ直ぐ過ぎて心が揺れそうだったが、断固として告げた。
それが彼の為でもある。
「嫌です」
「子爵!」
「ゲオグルと」
「あっ」
紙の束がばさばさと落ちていく音がした。
……背中が、痛い。
机の上に引き倒されたのだ。マグダレーネの両肩を子爵が抑えている。窓から入ってくる光に蔭になって
その表情は良く見えない。
「どうして、こんなことを……今日は、どうかしてますわ」
「あなたのほうこそ」
「え?」
「今日、私に会った時にあなたは少し動揺されたようでした」
「そんなこと……」
「いいえ、あなたのことは、あなたよりも私のほうが良く見ている」
男の指がそっとマグダレーネの額に乱れた髪を払い、男らしくけれど良く整った顔を近づけてきた。
青い目は、やはり真摯だった。少しの後ろめたさも乱れも無く、ただ信じた道を真っ直ぐに進む若者の
煌きさえあった。
ただ、いつもは見たことも無い、熱っぽさが見えるような気がした。
「あなたは、僅かに頬を赤らめ、目を逸らされた。それは初めてのことでした。私達が出会ってから初めて」
「気のせいですわ」
くすりと男が笑った。ほとんど唇同士が触れ合って、吐息が混ざるようだった。
「マグダレーネ……」
男は大切そうに、熱っぽく名を口に乗せた。
「私は、この日が来るのをずっと、ずっと待ちわびていました」
唇同士が触れるか触れないかの距離に身じろぎしてマグダレーネは顔を背けたが、そうすると首筋を
差し出すことになることに直ぐに気がついた。同じような焦れったい距離で、顎から首、鎖骨の線を男
の唇が辿っていく。
「やめ……っ」
思わず声が上擦った。
「あなたに少しずつ近づいて、少しずつ生活に入り込み」
優しげな唇の感触とは裏腹に、男の手は強引にマグダレーネの背中側に回り、ボタンを半ば引きちぎる
ように外していく。部屋着程度のドレスを着ているためにコルセットもしていないし、ペチコートも簡素な
ものだった。
そんなことをされれば、直ぐに全てを脱がされてしまう。
「やめて、やめて下さい、子爵…!」
「少しずつ、私が無ければ立ちいかないように」
はたして子爵は、ドレスを一気に肩から下へと剥ぎ取った。
そしてうって変わって丁寧な手つきで抵抗を全く気にせずに下着まで外してしまうと、マグダレーネが
隠そうとするのを許さなかった。
「そう、まるであなたの羽を少しずつ剥ぐように、あなたを私から離れないようにするように。そして
ようやくあなたは、今日」
夫以外の男性に見られるのは初めてだった。
子爵が身動きせずに見つめているのに耐え切れず、マグダレーネは強く目を瞑った。室内は適温に保たれて
いるのに、体温がじりじりと上がっていく。息が上手く吸えなくて、体を震わせながら細切れに吐き出した。
「……あなたは、美しい」
子爵の視線が、焼け付くように感じた。
「今なら……、何も無かったことにも出来ますわ」
マグダレーネは気丈に振舞った。
確かに未亡人となってから男性と触れ合ったことは無かったが、夫となった男爵は夜の生活は熱心だった。
老齢の夫から受けた屈辱とも言えるような恥ずかしい行為を思えばこれくらいは、生娘でも無いのだから
動揺を見せてはいけない。
子爵が笑った気配がした。
「無かったことに、ですか?」
「わたくしのような女を、……一時期の遊び相手としても選んではいけませんわ」
「何も、分かっていらっしゃらない、あなたは。ほら、ここ……」
男の長い指が、乳房の下からそっと螺旋を描くように撫でてくる。
「まだ触ってもいないのに、私に見られただけで、可愛らしく立ち上がっています」
指は、胸の形をなぞるように何度も円を描き肌を辿るが、頂点で硬くなった赤い乳首には触れなかった。
そう、見られているだけで。胸の先がじりじりと疼く自分の体を、マグダレーネは必死で諌めようとした。
「美しい。そして、とても、淫らだ」
子爵の声が、まるでマグダレーネの罪を責めているように聞こえた。
そして、子爵は突然に予想外の質問をした。
「この体を、ご自身で慰められることもありますか?」
何てことを――。
必死に唇を噛み締めて、息の乱れと動揺を押し殺した。
子爵が言っていることが、彼の日頃からは想像もつかない淫猥な内容だったからでは無い。マグダレーネが
まさに彼から目を逸らして、隠したい内容だったからだ。
子爵の視線が観察している。
心臓の音が彼にまで聞こえてしまうのではないかと思えた。
「ある、のですね」
「違…っ」
ちゅっと音を立てて初めて乳首に唇が触れた。そのままねっとりと舌が這わせられる感触がする。驚く
ほど敏感になっていたその先端への刺激のせいで、口から甘えたような声が漏れる。
だめ――
こんなに取り乱していては、自慰行為をしていたと認めているようなもの。
夫の死後、女の体は教えられた通りに疼いて、眠れない夜を迎えることがある。子孫を残す為ではない、
色欲に負けて一人で慰める行いは、いつも快楽と罪の意識が共存する。
人に知られては、生きてはいけないほどの羞恥だと思う。ましてや、この真っ直ぐな青い目で見下ろす
子爵に……
「さあ、正直に言ってください」
ゲオルグ・ブラッハ子爵、彼のことを考えていたら思わず手が夜着を捲っていた。
そんなことまで知られたら――。
「も、もう…お許し、ください…」
どうして、彼はどうして来てしまったのだろう。今までなら例え、仮に心の隅に少女の憧れに似たような
淡い気持ちがあったとしても、年上の未亡人と未来を嘱望される子爵として、二人の間に線を引くことが
できたのに。一人の女ではなく、一人の人間として彼と接することができたのに。
自分の指を使って浅ましく体をまさぐって、ついに彼の名を呼んだ次の瞬間深い快感と後悔に襲われて、
子爵の輝かしい未来の汚点となることにさめざめと泣き濡れたまさに次の日に、どうしてこんなことを。
「あなたは、…泣き顔も美しい」
瞼の涙を吸い取った子爵の唇が、頬を辿ってマグダレーネの唇を緩く啄ばむ。
彼への最大の後ろめたさを暴かれそうになったマグダレーネの抵抗は弱々しかった。これ以上の追求を
恐れ、交換条件のように口を薄く開いて、彼を受け入れた。けれど口の中をねっとりと隅々まで探られる
行為は、性行為ととても類似していて、子爵の逞しい物にまさぐられることを想像してしまう。
とろり…と体が蜜を零していた。
◇◇
子爵は強引だが優しく丹念に、マグダレーネの体の隅々までを検分した。
今は、机の上に仰向けになったまま脚を広げ、彼の目の前に女の割れ目を晒していた。窓からの明るい
陽の光が何も隠すことなく彼の目に映し出していることを考えると、恥ずかしくてそれだけで涙が溢れ
そうだった。
「私はずっと待ちわびていたのです。あなたが想像するよりもずっと、長いこと」
息苦しくて喉を反らせながら、体はどろどろに溶けてしまったかのように熱く、上手く動かすことも
できなくて、子爵の意のままにされていた。
ぴちゃ、ぴちゃ…と、はしたない水音がする。
「こうしてあなたが、体も心も開いてくれることを、ずっと…」
「も……う…」
「どうしましたか。…私が、欲しい? マグダレーネ」
マグダレーネは乱れた髪をそのまま、緩く首を横に振っていた。
もう分からなかった。この、苦しいまでの快楽から解き放ってくれるのなら、何をされてもいいと
思っているのに。いつもいつも男性を遠ざけていた心の習慣だけが、最後に拒否を示しているのかも
しれない。
子爵の骨ばった長い指が、マグダレーネの中を掻き回していた。緩く、浅く、深く、全てを明らかに
するように。
とろとろと、体の中から淫蕩な液体が溢れて男を欲情させる匂いを放っている。それが子爵の指を手を
汚して、臀部や太腿を伝い机にも溢れていることは見なくても分かっていた。
「い、や……です、……もう、ぁ、あっ」
「嫌? 嘘つきですね。ほら、あなたのここから、淫靡な蜜がこんなに溢れて」
「ぁっ…ん、んぅ…!」
「私の指を締め付けている」
子爵は膣の中をまさぐりながら、戯れのように剥き出しにされた陰核にもぬめぬめと蜜を塗して撫でて
可愛がった。そのくせ、マグダレーネが昇りつめそうになると、すっと手を引き狂わせるように焦らすの
だった。
「あなたの指とどちらがいいですか?」
「い、や……仰らないで……」
「もう、一人で為さる必要は無いのですよ。いつでも私が、咥えさせてあげますからね」
指が子宮の入り口近くまで入り込んで、膣壁をぬるぬると刺激する。
だめ。…もっと。力強く太い物で貫いて欲しい。
違う、そんなことを望んでは…。
思考が千々に乱れる。
「ここに、もっと奥まで……、ほら、欲しいでしょう」
満たされそうで満たされない。快感が達しそうで達しない。
「さあ、言ってください。可愛くおねだりできたら、入れて差し上げます」
子爵の優しく甘い、それでいて悪魔のように誘う声がした。
もう、だめ――
喘いでいるのか言葉を紡いでいるのか、それすらも分からないまま、マグダレーネは唇を震わせた。
「お願い、です。ここに、あなたの……」
くすりと子爵の笑みが耳に触れた後、マグダレーネの手は捕まれて、熱く脈打つ力強い子爵の半身に
触れた。
「それでは分かりませんよ。……あなたの手で、導いてください」
子爵は、マグダレーネの手で、その子爵の今にも暴れだしそうな肉棒を入れさせようとしているのだ。
その、はしたなさに淑女の部分がまた罪の意識にさいなまれそうだった。
けれど、もう――
頭の中まで熱におかされたみたいに、何も考えることはできなかった。子爵に押し倒されて脚を広げた
はしたない格好のまま、じゅくじゅく蜜を垂れ流している割れ目に宛がって、腰を浮かすようにして中に
沈めていく。
「ぁ、あっ……」
「そう、です。そう…」
「ぁっ…ん! 子爵、っ……ぁあ!」
半ばほどまで到達したあとは、子爵が覆いかぶさった体をそのままに、奥まで捻じ込んだようだった。
蕩けそうに快感に堪えていたマグダレーネの体はあっけなく絶頂に達していた。
感嘆のような苦悶のような子爵の息が、荒く聞こえる。
「夢のようです、マグダレーネ……、あなたの中は、とても善い」
「やっ、ン、…ぁ、子爵、ぁ…っ」
子爵の分身が、体の奥までみっちりと入り込んで緩やかな振動を送り込んでくる。
それはうっとりするほどの喜悦となって密着してる部分から、波紋のように体中に広がっていった。
「ゲオルグと、呼んで下さい」
「動かない、で……くださ……ぁ、あ、ダメ」
「どうして?」
「んぁ、……ァ、ゲオルグ…様、お願いっ…ぁ、ああっ!」
水の泡が弾けるように、マグダレーネの体は少しの刺激で歓喜を極めていた。体の芯に熱がとぐろを
巻いて快感を絡めとり、小さく何度も爆発を繰り返している。
勝手に体が快楽を貪って震えて、どうにもできない。子爵は優しくきつく抱きしめ、顔中に口付けを
繰り返した。
「男爵は、亡くなられて良かった」
「何、を……、ぁっ」
「あなたのこの体に触れた男がいるなどと、思うだけで……私の中の悪魔が暴れだしそうです」
「わたくしの、ことで……あなた様が、気を病むこと、など……ぁ、あっ、や」
子爵がマグダレーネの太腿を持ち上げたせいで、腰がより密着してしまった。マグダレーネから溢れた
蜜が二人の体の間でぬめり、ぬちゃ、ぐちゃと卑猥な音を室内に響かせる。
なんて、浅ましい――。
夫でもない男との交合に高まってしまう体を浅ましく思った。なのに、ふしだらな体は子爵の愛撫に
過敏に反応してしまう。
「あなただけです。私を狂わせて悪魔にもするのは」
「ひぁ、あっ……そのような、ぁ、ああっん」
「こうして、引き抜こうとすると、あなたの中が吸い付くように纏わりついて」
ぎりぎりまで浅いところに留まられると、膣の中が足りない何かにひくひくと疼いた。
「奥まで入れると、押し返されるように反発するのに、襞の一つ一つが絡んでくる」
「はぁぅ、…ン、ぁ、仰らない、で……っ」
言葉にされると本当に、マグダレーネのとろとろになった膣襞が、子爵の逞しい肉棒に触れて絡みついて
快楽を貪っているように思えた。
子爵が普段は見せない妖しいまでの微笑みで見下ろしている。
ああ――
子爵の中の悪魔――は、いるのかもしれない。
春風のように微笑む子爵しか知らなかった。
今日は、どこまでもマグダレーネを追い詰めてくる。体を若い力強さで支配し、心の中までも深く犯されて
しまう。
本当は、子爵との間にずっと一線を置いて接していたのは、自分のためだったとマグダレーネは思った。
さもないと、直ぐにきっとこの魅力的な若き子爵の虜になってしまうだろうと、初めて会った時から
分かっていたのだ。
「は、ぁん、……わたくし、っぁ、ンンッ」
「いいですよ、一緒に……あなたがあまりにも魅力的過ぎて、私も持ちそうにありません」
その意味を深く捉える間も無く、膣の中の肉棒が膨れ上がるような感触があった。
「だめ、ぁあっん、……、ぃ、……ぁっ、あっ、ああーーーーっっ!!」
「マグダ…、くっ」
膣の奥底で子爵が吐き出した精が満ちていく。子爵と繋がってる部分から蕩けるような感覚が広がると
同時に、トグロを巻いていた熱が体の隅々まで走り回って、頭の上から外と放たれていくような気がした。
とけて、しまいそう……。
深く強い陶酔感に恍惚となった。
少し、気を失っていたのかもしれない。マグダレーネが目を開けると、子爵が額にそっと口付けを落と
して微笑んだ。
「とても、幸せです」
果たして、これが彼にとって真実の幸せかどうか、マグダレーネは不安に捉われながらも微笑みかえ
した。が、直ぐに違和感に気づいて、目を瞬かせた。
「あ、あの……」
マグダレーネの中には未だ子爵が存在した。しかも、その大きさも力強さは少しも損なわれていなかった。
「まさか、一度で終わりだと思われていたのですか?」
「だって、あの…」
一度でいいと思えるくらい内容が濃かったし体が感じすぎてくたくたなのだとは、恥ずかしくて伝え
られなかった。
「今度は、先ほどよりも長くあなたを楽しませられると思います」
「い、いえ、わたくしは、あの、もう…っ」
「恥らう姿も、愛らしい。わたしの、マグダレーネ」
何とか止めようと身を捩り、息も絶え絶えに子爵からの愛撫を身に受けながら、マグダレーネは思った。
これが一時の子爵の気の迷いとしても、もう少し長い快楽的な関係を考えているとしても、子供を授かる
ことは避けなければいけないし、彼の未来のためにも決して人に知られてもいけない。
が、そのことを伝えられるのはいったい、いつになるのか……。
(終わり)