────閑話休題 
 
 
 
夜。 
月光は雲に隠れ、星の瞬きは息を潜めたく楽しめった袋小路に、くぐもった悲鳴が響く。 
 
「ん・・・くぅ・・あ、はぁ・・・!」 
 
 いや、それは悲鳴ではない。 
苦しげではありながらも、確かな快楽を伴った呻き声を、その女は上げていた。 
 
女が、男に犯されていた。 
 
「ん・・・かふ・・んぁあ」 
 
 女と言ってもまだ若い。 
無残に引き裂かれ、わずかに胸元を隠すのみとなったボロ布は付近の女子高校の制服であり、 
軽く化粧の施された顔には、いまだ幼さが残っている。 
 
 だが、その肉体だけは成熟しきった女のものだ。 
獣のように四つん這いにされ、後ろから荒々しく男根を突きこまれるとともに、豊かな胸がぶるぶると震える。 
肌と肌がぶつかり合い、混ざり合った精液と愛液が、粘着質の音を立てながら飛沫を飛ばしていた。 
 
「ん・・・がぁ、はぁ・・・ん!」 
 
 いよいよ耐え切れなくなったのか。 
両腕から力が抜けて肱をつき、男に対して尻を突き出すような格好になる。 
より突き込み易い体勢となったことによって、男の腰の動きがさらに鋭さを増した。 
 
「は・・・! んっ、んあっ、んぁあああ!」 
 
 揺れる二つの肉体は、獣の交わりそのものだ。 
じゅくじゅくと淫らな音は高く響き渡り、苦痛交じりの快楽の声は周囲の凍えた大気を振るわせる。 
 
 男が女に覆い被さった。 
 腰を揺するようにしながら女の体を抱き起こしたそこには、涎をたらし、完全に快楽の虜となった雌の顔があった。 
男は女の背中に己の胸元を押し付ける。 
 右手は腹に、左手は胸に。 
男の手のひらの中で柔らかな肉の塊が、ぐにぐにと自在に形を変える。 
指の隙間からまろびでるほどに、強く揉みしだかれている。 
 ずん、ずんと下からの突き上げとともに片方の胸が上下に激しく揺れる。 
男はすかさず両方の胸をまとめて揉みしだいた。先程よりもさらに激しく、固くしこった乳首を時たまつまみながら。 
 
女は、何故今自分がこうして犯されているかがわからない。いつものように夜遊びをしていて、この男に声をかけられたまでは 
覚えている。だが、彼の妙に赤味がかった瞳に覗き込まれたからの記憶が、頭の芯が痺れたかのように霞みがかっている。 
ただ確かなことは、この肉と肉のぶつかりあい―――愛液と精液が交じり合い、全身がとろけるような、それでいて下半身への 
衝撃だけが鮮明な―――強烈な快楽のみである。 
 
男と女の荒い吐息が、一つに重なりつつあった。 
 
「は・・・んぁ・・・だめ、もうだめ・・・!」 
 
 いよいよ限界が近づいてきたのか。 
女の白い肌が赤く染まっていき、いやいやをするように頭を揺らす。 
 
「こんな・・・もう・・はぁ・・・イく、イぐぅ・・・!」 
 
 男と女は完全にシンクロした。 
 女は背筋を仰け反らせ、男は渾身の一突きを最後に見舞う。 
お互いの腰がびくびくと震えるとともに・・・結合部からは、どろりとした白濁が漏れ出てきていた。 
くたり、と力が抜ける。 
 
「あぁ・・・。中に・・・」 
 
 呆然とした、女の声。 
そんな、女の背後で。 
女を抱きすくめたままの男の口が、がばりと下品なまでに大きく開かれた。 
 
そこには────子供の親指ほどもある、巨大な犬歯が生えていた。 
 
「がはぁ!?」 
 
 突如として首筋を襲った激痛に、女の体が電気ショックを受けたかのように大きく震えた。 
首筋に、男が牙を───この場合、そう表現するしかないだろう────突き立てたのだ。 
びしゃびしゃと、吹き出た血が男の口元を汚す。 
 
「あぐぅ! あがぁあああ!!」 
 
 あまりの激痛に暴れるものの、万力のように締め付ける男の腕からは逃れることは出来ない。 
 むしろ、暴れれば暴れるほどみしみしと骨が悲鳴をあげた。 
 
「んぐ・・・んぐ・・・」 
 
 血を吸うというよりはむしろ飲むといった風情である。 
傷口に直接吸い付いて、まるで母親の胸にすがる赤子のようにひたむきに血を飲み干していく。 
ごくり、ごくりと大げさに喉が動いている。 
 
 何が起こったのかわからない。 
 女はそんな顔をしている。半開きの口元をわなわなと震わせ、あらぬ方向を見つめ、ぶるぶると震えるその体から───徐々に熱が 
奪われていく。漏れでた鮮血に染まる半裸の肉体は、暗闇の中に浮き上がって異様なまでに扇情的だ。 
がふり、と血を吐き出した。 
 
───そしてふいに、周囲が明るくなった。 
 
空を覆っていた雲が去り、隠されていた満月が姿を表す。 
 
月光は暗闇を詳らかに照らし上げた。 
そこにあるのは三つの人影。 
 
 一つは女。 
陵辱の爪痕も生々しく、自身の血で真っ赤に染まった妖しくも無残な姿。 
  
 一つは男。 
口元を赤黒く汚し、ギラギラと光を放つ両の眼はもはや獰猛な獣。 
異常に発達した犬歯が、そこだけ真っ白に浮かび上がっている。 
 
そして最後の人影は───少女。 
 
 血の臭いと女の匂い漂う、薄汚い路地裏には似つかわしくない可憐な姿。 
月光を受けて煌く、肩で切りそろえられた銀髪。それとは対照的な闇に溶け込むセーラー服。 
肌は陶磁器と見まごう程に白く、月光に透けているかのよう。 
小ぶりながらも整った鼻筋と、桜色の唇。宝石のような煌きを放つ大きな瞳。 
───美しい、少女である。 
 
  
 だが、彼女を少女と呼ぶのは語弊があるかもしれない。 
体躯こそは小柄で華奢だったが、その身から放たれるのは冬の大気の中にあって尚周囲を凍えさせる 
冷然とした闘気。 
 恐ろしく整った顔立ちに浮ぶは無表情のみ、しかしながら人形のように感じないのは、その圧倒的な存在感 
のためだろう。 
 
「・・・」 
 
 血まみれの女をごみくずのように放り出し、男はゆっくりと身構えた。 
低く身を落とし、両腕を地面すれすれのところまでだらりと垂らす。 
 
まるで獣のような────否、獣そのものの姿勢で美しき少女を補足する。 
 傍目にもわかるほどギリギリと全身の筋肉が撓み・・・しかし、依然として少女は悠然と立ち尽くしたまま。 
 
「――――ッ!」 
 
そして、弾丸の如き勢いで男は少女に突進した。 
いや、それは突進などといった生易しいものではない。野生の獣もかくやという勢いで地面を蹴り進むその姿は、 
まさしく一陣の轟風。 
 
「っ!」 
 
しかし対峙する少女の動きも同じく、人間離れしたものだった。 
空気を切り裂いて迫ってきた男の腕をかいくぐり、地面すれすれの前傾姿勢で駆け抜ける。 
 男は振り返るが、そのとき既に少女はそこにはいない。 
 
漆黒のスカートがはためく。銀髪が、妖精の羽のようにふわりと広がる。 
少女の位置は男の側面。壁に向かって飛び上がり、男がそちらに顔を向けた瞬間には壁を蹴り込んで男の背後へと 
飛翔する。 
少女と男が交錯する、その刹那───闇を切り裂く銀光が、男の掌を貫いた。 
 
「ガァっ!?」 
 
それは、杭である。 
わずかな月光にギラリと光る、少女が投げ放った銀色の杭だった。 
細く鋭利なそれは掌を力点に男を引きずり、その片腕を壁へと縫いとめる。 
 
 少女は未だ空中にいる。 
しかしその体は制御を失うこともなく宙を舞い、ほとんど頭を真下に向けた状態で、二本目の杭を男へと 
投げ放ち───それもまた、もう片方の掌を正確に射止めた。 
 
「ギャア!」 
 
少女の動きは止まらない。 
着地するやいなや男へと突進しつつ独楽のように一回転し───遠心力たっぷりに、体ごとぶつかるようにして、 
三本目の杭を男の心臓へと縫いつけた。 
 
「ッ! ッ! ッ!」 
 
 それだけでは終わらない。 
懐から取り出したハンマーを振りかざし、杭をさらに体内奥深くへと打ち付ける。 
 
「ギャァアアアアアアアアアアァァアアアアア・・・!」 
 
 鼓膜を破りそうなほどの絶叫が響き渡る。 
しかし少女はそれに頓着せず黙々とハンマーを振り下ろし・・・男の絶叫が止んでからようやく腕を止めた。 
息一つ乱さない少女の前髪が、風にあおられてふわりと揺れる。 
 
「・・・」 
 
全ての音が消えた。 
ゆっくりと振り返った少女の視線の先には────倒れ伏す女の姿があった。 
 
「ヵ・・ァ・・・ッ・・」 
 
わずかに息は残っていた。 
しかしそのわずかな呼吸ごとに、口からは間欠泉のように血が溢れ、首筋から流れ出たそれは、冷たいアスファルトに 
赤い池を作っている。 
 
「貴方はもう、助からないわ」 
 
 鈴の音色のような声だった。 
血だらけで地面に放置され、股の間から大量の白濁を吐き出す、その無残な姿を見てもまるで表情を変えないままに、 
少女は女に語りかける。 
 
「だから、せめて楽にしてあげる」 
 
ハンマーの柄の底から、ジャキンと音を立てて刃が飛び出る。 
満月を背に近づいてくる少女を見ながら、女は寒さも痛みも忘れてその姿に見入った。 
 
───なんて、きれいなのだろう 
 
月光に染まる銀髪、返り血がわずかに付着した白い頬。漆黒のセーラー服。 
そして、閃く銀光。 
 
それが、女が最後に見た光景だった。 
 
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胴体から切り離された生首が、ゴロリと音を立てて地面を転がった。 
首の傍に座り込み、見開かれたままの眼をそっと閉じる。 
 
「で、今回もハズレだったわけかい?」 
 
そこに、場違いに陽気な声がかかった。 
 
「うん、ハズレ。『従者』のほうだった」 
 
 対して少女は振り返りもせずに答える。 
そこには、ひょろりと背の高い黒人の男が立っていた。 
分厚い唇と大きな鼻。鉄色の肌は闇から染み出てきているようで、笑みの形に広がった口の隙間から覗く白い歯と、紫煙 
だけが、ぽっかりと空間に浮き出ていた。 
 
「今回の『主』は、ハァずいぶんと慎重だぜ。あんだけぶっ放したってのに逃げられたし、しかも女の子が 
 一人注入されちまってた。まあ、くたばってるだろうけどな」 
 
「貴方はいつもぶっ放しすぎ。係の人が、もうちょっと丁寧に扱えっていつも嘆いてる」 
 
にこりともせずに語りかける少女に対して、黒人はどこまでも飄々としている。 
 
「まあそうは言うけどな、今回ばかりはぶっ放さないとやってらんねぇぜ。見ただろあの惨状。手ごわいぜ」 
 
「言い訳は聞きたくない」 
 
む、と黒人が黙り込んだその隙に少女は立ち上がり、さっさと袋小路の出口へと歩き出した。 
 
「おなかすいた。早く帰ろ」 
 
子供のような少女の言葉にやれやれとばかりに肩をすくめ、黒人は後へと続いた。 
立ち去りつつ、ごく気軽に背後にぽいと吸い殻を投げ捨てる。 
 
それは倒れ伏す少女と貼り付けにされた男との間に落下した瞬間────黄金色の炎を上げて燃え広がり、 
二つの死体を一瞬で包みこんですぐに消えた。 
 
やがてそこには、ちょうど二人の質量分の灰だけが残った。 
しかしそれも、やがて通り抜けた風に吹き飛ばされて儚く散った────── 
 
 
                              
                                            ──────閑話休題 完 

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