「貴志のヘンタイー!」  
「いっぺん死ね!」  
 飛んでくる給食袋をひょいひょいと避けながら、俺は「ひゃっひゃっひゃ!」と高笑いした。  
 ノーコンどもめ!  
 給食袋なんぞ、当たっても痛くも痒くもないがな!  
「……って、痛えぇぇぇぇぇ!」  
 なんだなんだ! 前方から火花が散りそうな衝撃が……。  
 額を押さえながら前を見ると、まったく同じ体勢で痛がっている山本の姿があった。  
 山本の後ろには、これまた同じように悪鬼の形相で追いかけてくる女子たちがいる。  
 カンチョーの山本。胸モミの俺。今日は風邪で休んでいるスカートめくりの田中。  
 三人そろって俺たち、五年の変態四天王だ。  
 一人足りないが、四天王って響きがなんかいいから問題ない。  
 無敗を誇る俺たち四天王は、今日は女子陣営にお縄となって、両頬にたくさんの紅葉スタンプをいただいてしまった。  
 しかし、敗北じゃない! 反省してないから敗北じゃない!  
 俺と山本は明日の再戦を誓い合った。  
 明日にはきっとスカートめくりの田中も復帰し、今日よりも白熱した戦いができることであろう。  
 
「よーし、明日もモミモミするぞー!」  
 公道で高らかにエロ宣言かます小学生。THE、俺。  
 社会に出てしまったおっさんのみなさん、あなた方の分まで頑張りますので成仏してください。  
「……貴志、なんでそんなにヘンタイになっちゃったの?」  
 おっと。  
 どうも冷たい視線を感じると思ったら、幼なじみの香織が後ろを歩いていた。  
「んだよ。人の趣味にケチつけんなよ」  
「人を怒らせる趣味なんて持つからだよ!」  
「おまえの耳は節穴か? どう聞いても、きゃーん♪ 貴志クンのえっちぃー♪ ってな、よいではないか調だっただろ?」  
「……死ねとか殺すとかばっかりだったよ」  
 ええい、ノリの悪いヤツだ。  
 しかしわからん。俺にはわからん。  
 なんで女子は怒るんだ。  
 いや、激怒して追いかけてくる女子をさばくのは正直面白い。あれがなかったら胸モミの魅力は大幅減。  
 しかし……。  
「あいつらのおっぱい、ペッタンコじゃん」  
「ペ、ペッタンコだって、女の子の胸なんだよ!」香織の眉がつり上がった。  
「……いや、俺だってよ、真美子先生のようなボインボインに触るのはエロ! と思うぞ? あれはもう大人の世界だ。赤ん坊を卒業してしまった俺にはレベル高くて触れねーよ。でもな、ペッタンコを揉むのはむしろボランティアじゃん」  
「た、貴志がそんなサイテーだなんて思わなかったよ!」  
 えー。真面目に話してんじゃん。冷静になれ、香織。  
「おまえらアレだよ、胸モミ=エロってのが合い言葉になってるだけだって。ホントはよくわかってないけど一応キャーキャー言ってるだけだろ? だろ?」  
 俺だって歴としたエロ行為だとはわかっているが、どうもエロエロな気分には届かないのだ。  
 動機の大半はどちらかというと知識欲。  
 あいつらのペッタンコが、どうやったらボインボインに育つのかと。不思議でしょうがない。  
 女子に追いかけられるのは楽しい。  
 が、正直胸モミ自体は気持ちよくもなんともなかった。  
 他のヤツらが触ろうとしない場所に触れている優越感? 興奮? そのくらいか?  
 真美子先生のおっぱいは揉んだら気持ちよさそうだけどなぁ。うへ。うへへへへ。  
「そんなこと……ないもん。貴志はまだ子どもなんだよ」  
 香織がわかったようなことを言った。  
「やれやれ。大人を気取るガキって恥ずかしいなー、おい。俺とおまえ、おんなじ歳だろーが。つーか、ペッタンコの分際で何を言う……!」  
「恥ずかしいのは貴志だよ! わ、私だって! 私だって……! もうブラジャーとか、してるんだから……っ!」  
「はあ……?」  
 香織ははっとして、自分の胸を腕で隠した。  
「はああ……?」  
「み、見ないで!」  
「いや、どう見てもペッタンコなんだけど? ブラって寄せて上げるんじゃなかったっけ? どんだけ不毛の地なんだよ、おまえの胸」  
「う……。ちょっとは膨らんでるもん! お母さんが、そろそろブラしなさいって、言ったもん……!」  
 げ。やばい。香織が泣きそうだ。  
「わ、わかった。……ク〜ル。ビーク〜ル。俺の目には全然違いがわからんが、おまえの胸は……えーっと」  
 いかん。フォローが思いつかん。  
 だってどう見てもペッタンコじゃん。大平原じゃん。むしろ荒野じゃん。窪地じゃん。  
 ええい。  
 
「揉んで調べたらあぁぁぁっ!」  
 ……モミモミ。  
 モミモミ。……モミモミ。  
 ……公道で同級生と向かい合って乳を揉む小学生。シュールだな、おい。  
 いかんいかん。固まっている香織に何か言わなければ。  
 ……ていうか香織、顔赤ぇーよ。すでに赤鬼だよ。  
 あー。もう別に何も言わなくてもいいかな。どうせすぐにビンタ……もとい紅葉スタンプが来るんだろうし。  
 ……モミモミ。  
 うぅーん、一応揉むだけの肉はあるな。頑張って贅肉かき集めましたって感じだけど。  
 モミモミ。  
 あれ。……ビンタこねーな。  
 俺はおそるおそる香織の表情を確かめてみた。  
 香織はぎゅっとくちびるを噛んで、リンゴのようなほっぺたを必死に背けていた。  
「え……っ」  
 思わず漏れ出た声が吐息に消える。俺はギクリ、としたが、香織には聞こえなかったみたいだ。  
 ……よ、良かった。今の声、なんか間が抜けてたからな。  
 つーか……。  
 モミモミ。  
 誰か止めてくれよ……!  
 た、助けてくれ! カモン、ビンタ! もういっそお巡りさんでも良いから誰か来てくれ!  
「か、香織……」  
「ふぁ……っ」  
 香織のうるんだ瞳に俺が映る。  
 こぼれ落ちそうな涙。震えながら開いたくちびる。  
 俺を見るのが耐えきれないといったように、すぐにうつむいてしまったキレイな髪。  
 染まりきった耳が、間からこっそりとのぞいている。  
「う……、う、う……っ」  
「……た、かし……?」  
 俺は叫んだ。  
「うがああああ! どんだけ揉んでもペッタンコはペッタンコじゃあああああっ!」  
 猛烈に顔が熱い気がするのは力いっぱい叫んだからだ!  
 もしくは日差しが急に強くなったんだ! そうだ。そうに違いない!  
「ていうか、なんだおまえは! なんでビンタしてこねーの! 痴女か! 痴女だな! 香織は痴女か!」  
 やっべ、エロい。  
「まあ、おまえがどうしてもって言うなら、幼なじみのよしみだ。この俺が毎日揉んでやっても……」  
 
 バチン!  
 
「……時間差とは。香織、やるな」  
 痛い。マジで痛い。しかしまぁ、何かが清算された感じだ。  
 俺は「これからの成長に期待してるぞ!」と、爽やかに締めくくろうとした。  
 しかし……。  
「う……っ。ひっく……」  
「え。おい。ちょ、か、香織さん……?」  
「う、ぐ……っ。貴志の……っ。貴志のバカあああああああああっ! ふぐ……っ。うぇ……っ」  
「お、おい……っ」  
 イヤ。ヤメテ。せめて「貴志のバカ」で終わってくれ。マジ泣きなんて卑怯ですよ……!  
「香織……っ」  
「ふ……、う……っ」  
 やばい。マジでやばい。  
 なんだっけこういうの、『泣く子と地頭には勝てぬ』?  
 ろくに言葉が思い浮かばねーし、香織全然泣きやまねーし!  
「と、とりあえず帰ろうぜ! な! な!」  
 こんな往来でどうしろっつーんじゃ。  
 俺は挙動不審な動きを繰り返して、なんとか家まで送っていった。  
「ご、ごめんな……っ」  
 香織は何も言わなかった。  
 
 家に帰ってまずしたことは、便秘のように「うーん、うーん」とうなることだ。  
 
 ……ったく、なんで泣いたんだよ。ペッタンコがそんなに悲しかったのか? それとも痴女扱いしたからか?  
 あんなのただのジョークじゃんか。  
 むしろ痴女、エロいし。大歓迎だし。体のレベルがエロさについていってないのが残念だけど。……いや、痴女じゃないんだっけか。  
 ……ああもうマジでなんで泣いたんだよ!  
 あいつあんなに打たれ弱かったっけ。わっかんねー!  
 机に向かって頭を抱えている俺を見て、母さんが「あら、今日は真面目に宿題やってるのね!」なんて笑っている。  
 あー、そうだ、明日提出だよ、計算ドリル。  
 しかし俺は今、人生の宿題の方で手いっぱいだ。  
 明日どんな顔して香織に会えっつーんだよ……!  
 くっそー。  
 ……あー、乳揉みたい。無性に揉みたい。揉んだら落ち着くような気がする。  
 習慣って恐ろしいなオイ。  
 えーっと、今日の戦果は……。  
 明日香ちゃんと、美由紀ちゃんと、響子ちゃんと……。  
 ……香織。  
「……母さん、俺、熱がある」  
 体温計貸してくれ、と手を伸ばしたら、  
「宿題多いからって仮病使わないの!」と怒られた。  
 マジなのに……。  
 
 次の日、香織はちゃんと学校に来ていた。  
 当然だよな、幼なじみと泣くほどケンカしたからって休ませてくれるような親じゃない。香織も、俺も。  
「お、おはよ……香織」  
 白い歯を見せて笑ったつもりが、毛虫でも見たような顔で目をそらされる。  
 俺はむっとした。  
 なんだよ。そりゃ俺が悪かったんだろうけど、ちゃんと謝ったじゃねーか。  
 また謝れってか? ああ?  
「おーい、はよっす!」  
 悩みなんてなさそうな声が俺の背中をバシッと叩く。  
 振り向くと、昨日風邪で休んでいた田中がイイ笑顔でそこにいた。  
「田中ふっかーつ! 今日もスカートめくりまくるぜぇー!」  
 教室のあちこちから怒声が上がる。  
「死ね!」「ずっと休んでれば良かったのに!」「帰れ!」  
「おお……! 我が友、田中よ! よくぞ戻ってきた!」  
 一人だけ喜んでいるのは言わずもがな。カンチョーの山本だ。  
 田中と山本は同じ下半身専門の変態なので、タッグを組んでいることが多い。  
 俺はロンリー……。いや、孤高の一匹狼……。  
 しかし四天王の一員として友の復活を喜んだ。  
 ……もういいや。香織のことは忘れよ。  
 そもそもなんであんなに過剰反応したのかよくわからん。  
 たぶん生理中だろ。終わったら元通りだ。そーだ、そーだ。  
「今日のラッキーカラーは赤だ! 赤いスカートを狙うっ!」  
 昨日よっぽど暇だったのか、田中はいつにも増してハイテンションだった。  
「いいね! ひらりと舞う赤いスカートの下、ずぶりと突き刺さる俺の指!」  
 山本も喜々としてそれに乗っている。  
「じゃ、ついでに俺も胸を揉む」  
 たまには組んでみるのもいいだろう。  
「おお、トライアングルアタックだな!」  
「今日のターゲットは幸運だな!」  
 教室中の女子から体育館シューズが飛んできたが、知ったことか。  
 俺は! 昨日から! ずっと!  
 胸が揉みたくて仕方ないのだ……!  
 付き合ってもらうぞストレス解消! ふふふ。ふはははは……!  
「で、誰にする?」  
 ひそひそ。俺たちは途端に真面目な顔になった。  
「はい! 真美子先生のおっぱいが揉みたいです!」  
 俺はやけくそな気分で手を挙げた。  
 田中と山本は目をさまよわせた。  
 
「……いやぁ、真美子先生はなぁ……。あのボディは犯罪っていうか……」  
「……やめとけよ。あれは聖域だよ。俺たちがかっちょいいサラリーマンになるまで、絶対に汚しちゃダメなんだよ……」  
 けっ。怖じ気づきやがって。  
「じゃあ誰にするんだよ」  
 二人は少し考えて、俺の顔をまじまじと見つめてきた。  
「……え。お、おい。俺にそのケはないぞ」  
「バーカ。……おまえの幼なじみ、いいよな」  
「はあ?」  
 何言ってんだコイツ、と俺は田中をにらんだが、山本はうんうん、とうなずいていた。  
「香織ちゃん、いいよなー。あの子、『バカ』とか『ヘンタイ』とかは言うけど、絶対に『死ね』とか『殺す』は言わないんだぜ」  
「優しいよな、香織ちゃん。……可愛いし。赤いスカートだし」  
「うんうん。……安産型だし!」  
 おいおい。  
「……どこで仕掛ける?」  
「渡り廊下とか、ギャラリー多くていいよな」  
 ……ちょっと待て。  
「……時間は?」  
 待てって。  
「俺としては、トイレに行った後とかが……」  
「よし、それじゃ……」  
「っっっっっざけんな、このヤローっ! 香織に手ぇ出すんじゃねーっ!」  
 俺は田中と山本をにらみつけた。  
「何が安産型だ! いやらしい目で見やがって! んなことしたらまた香織が泣くだろーがっ! あいつ泣かせたら、おまえらボッコボコにしてやるからな……っ!」  
 息切れを押さえながら、拳を固く握りしめる。  
 田中と山本は目を見合わせて、次の瞬間、にやりと笑った。  
「なーんだ、そうか! おまえ、そうだったのか!」  
「心配すんなよ! 仲間の女には手を出さねーよ!」  
 二人は俺の肩を叩き合って、同時に親指をぐいっと立てた。  
「香織ちゃんの胸も、スカートも、コーモンも、ぜーんぶおまえのものだ……!」  
「……っな、なっ、なっ」  
 ……なんでそうなる!  
 こめかみを冷たい汗が滑り落ちた。  
 やけに周囲が静まり返っているような気がする。  
 俺はそうっと教室を見渡してみた。  
 ……にやにや。にやにや。にやにや。  
 その中に、真っ赤になってしゃがんでいる香織の姿があった。  
 俺の方をちらちらと見て……。両耳をふさいでみたり、頬を覆い隠してみたり、左胸を押さえたりしている。  
 かっと血が上った。  
「ち、違う……!」  
「照れんなよ」田中が言う。  
「抱きしめてやれよ」山本が言う。  
「ち、違うって……! 違うって言ってんだろ! 俺は……っ。……あいつたぶん、生理中だから! 下半身触られたら大変なことになると思って! しゃーねーから心配してやっただけだああああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ……っ!」  
 ……え。  
 なんか、空気が一瞬にして絶対零度に……。  
「う……っ。ふぇ……っ」  
「か、香織……っ?」  
「わ、私、生理中じゃないもん! そんなのまだ来てないもん! 貴志の大バカああああああああああああああっ!」  
 香織は泣きながら飛び出していった。  
 田中と山本が親指をしまった。  
 教室中の女子から筆箱が剛速球で放たれた。  
「サイっテー!」「香織ちゃん可哀想!」「今度こそ死ね!」  
「……そっかー。香織ちゃん、まだなのか……」  
 山本は三発以上ぶん殴っておいた。  
 
 ああ、くそう、さすがに筆箱は痛い……。  
「死ね」「死ね」「死ね」  
 ……はいはい、わかりましたって。  
 ていうか、香織のヤツ、戻ってこねぇ。  
 おい、授業始まるぞ。一体どこ行ったんだよ……。  
 周囲の視線が「迎えに行きなさいよ」と唾を吐き捨てている気がするが、無茶言うな。……どのツラ下げて行けというんだ。  
 俺だって反省くらいする。  
 つーか……。  
「……マジギレで『大バカ』レベルなのかよ。あいつ、バカじゃねーの」  
 山本が呆れたように頭を掻いた。  
「……あれはさすがにおまえだからだろ」  
 反対側から、田中がやけに真面目な顔で詰め寄ってきた。  
「リア充爆発しろ」  
 その言葉に山本も乗る。  
「リア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろリア充爆発しろ……!」  
 男子一同も乗っかって、大合唱だ。  
 ……なんだよ。それって……。  
 それって……。  
 俺は口元を覆い隠した。  
 ……おいおい、幼なじみだぞ。  
 鼻水だだ漏れで泣いてたときの顔だって知ってるし、我慢できずにションベン漏らした衝撃の過去まで知ってるんだぞ。  
 あいつだって俺が一時期野糞にはまってたの知ってるし。つーか、俺、変態四天王だしよ。  
 ああ、わからん。  
 わからん! わからん!  
「胸、揉んでくる」  
 俺は走り出した。  
 拍手はヤメテ。お願いだから。  
 くっそー。揉んでやる。揉んでやる。揉んでやるぞ……!  
 もう揉まずにはおれん!  
 揉んで……。謝って……。  
 揉んで……。まぁ、頭とか、なでてやって……。  
 揉んで……。  
 揉んで……。  
 揉んで……。  
 ……えぇーっと、あれだ。  
 「おまえの胸、悪くないぜ」って言ってやろうじゃねーか。  
 いや、……いかん。これはダメだな。えぇと……。  
 そうだ、「これから毎日揉ませろよ……!」にしよう!  
 それから……。  
 それから……。  
 えぇーっと……。  
 ……とにかく、明日も、明後日も、香織といるのだ。  
 ずっと。  
 
 
おわり。  
 

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