お化け屋敷も3分の2を通過した。
お化けの出る各教室から出てくる度に、どんどん歩きづらくなっている気がするナガウチがいた。
「な、なんか歩きづらいんだけど」
「いいの、これで♪」
(な、なんでこんなにくっつかれてるんだろ?
お化けが出るところでくっつくのは分かるけど、廊下はお化けは出ないぜ?)
そうこう言っているうちに3階に到着。
「301教室に落ちているダイヤが、302教室への通行料」と、地図に書いてある。
よーするに、宝探しゲームと言ったところか。
その頃。
「準備出来てるか?」
「ああ。頃合いを見計らって、アクシデントを装って、この302教室にしばらく2人を閉じ込めれば……」
「はい、愛の巣窟の完成♪」
元々今回のお化け屋敷は2人の距離を縮めるために作られたものではない。
だが、どうせならこれを利用してしまおうと言う事で、ユカとユウジもグルになって計画の準備をしている。
301教室は、怪談の現場としては定番である、あまり使われていない理科室。
あらかじめ渡されていた懐中電灯を片手に、ダイヤを探しに右往左往。
もちろん、オサナイはナガウチの背中に隠れている。
「誰もいないのか、ここには?」
「ほんとだよね、なんの気配もしな……」
ヌボェ〜〜〜〜〜ッ
「きゃああああああああっ!」
「音付きかよ……悪趣味なびっくり箱だな;」
どうやらここには、ゾンビの代わりにトラップが仕掛けられているらしい。
その奇声が完全にトラウマになってしまい、顔をナガウチの背中に押し付けた。
「こ、怖いよっ、早くダイヤを見つけてよっ!」
「あ、ああ」
出来るだけトラップに引っ掛からないようにしながら、一番奥の机を見てみると、
……あった。いかにも偽物と分かる、バカでかいダイヤモンド。
「これだな」
「見つけた? じゃあ一刻も早くここを……」
そう言われつつ、ダイヤに手を伸ばした、……まさに、その時だった。
「な、なんだ!?」
「こ、これ……いやあああああああっ!」
「地震かっ!」
電燈が揺れる、教室内のトラップが、振動がトリガーとなって次々に発動する。
ゾンビや幽霊の効果音が、次々に耳をつんざく。
「いやあっ、いやあああああっ!」
「早く机の下に……お、おい、オサナイさん? オサナイ!?」
揺れは強いが、身動きが取れないほど強いわけではない。
だが、ナガウチの目に映ったのは、頭を抱え、叫びながら、恐怖に打ちひしがれるオサナイの姿だった。
「いやあっ! 怖い、怖いっ!」
「オサナイっ!」
ナガウチも必死だ。オサナイを抱きしめ、大丈夫だと繰り返す。
何度も何度も、耳元で叫び続ける。
「大丈夫、大丈夫だから、オサナイっ! ……うあっ!」
だが、不運にも落ちてきたフラスコがナガウチの右手に直撃。同時に破片も刺さり切り傷を負ってしまった。
それでも、ようやく声が聞こえたのか、オサナイがゆっくりと顔を上げた。
「……ナガウチ、くん?」
「大丈夫、俺が絶対に守ってやる」
「……(コクリ)」
「とにかく、机の下に隠れるんだ」
幸いな事に、机の下は広く、2人ともスムーズに入る事が出来た。
揺れと奇声の二重苦に、耳をふさいで苦しみながら必死に耐えるオサナイ。
「ナガウチ君、ナガウチ君っ!」
「大丈夫、俺がついてる!」
揺れはかなり長引いたが、1分を過ぎてようやくおさまり始めた。
トラップのネタも尽きたのか奇声も止み、床がぴたりと止まる。同時に、抱きしめていた腕を緩めた。
一度机から顔を出し、火が上がってないことを確認すると、視線を再びオサナイに戻す。
「オサナイ、さん? 大丈夫?」
「……て」
「え?」
ふるえながら、何かを小声で伝えようとしているようだ。
そして、オサナイの体が、ナガウチに預けられる。
「抱き……て」
「抱き締めて、って言ってるの?」
(こくり)
ゆっくりと抱き締める。
やさしく、背中をそっとさする。
「ナガウチ、くん……」
「大丈夫だよ、オサナイさん」
「……オサナイ、でいいよ」
「えっ?」
それって……と言おうとした瞬間、外から声が聞こえてきた。
『おーい、2人とも、大丈夫か!』
「その声……ユウジ!? ああ、俺たちは大丈夫だ!」
『少しそこに待機しててくれ。というのも、この教室のドアが壊れて、あかないんだ!』
「なんだと!?」
確かに、ギシギシガタガタと言う音が聞こえてくる。必死に開けようとしているのを嘲笑うような音。
おそらく、さっきの地震でドアが壊れたのだろう。
『ここは結構老朽化していたからな。ほかの教室は片方のドアは無事だったらしいが、ここはどっちのドアも全滅なんだ!』
「マジか……」
『万が一無理にこじ開けたら危険かもしれないし、余震の事もあるから下手に動くな!
先生が、業者を連れてきてくれるから、それまでじっとしていてくれ!』
「わかった!」
つまり、しばらく閉じ込められる、と言う事になる。
オサナイも絶望的な顔をしているが、頭をそっと2,3度、ポンポンとなでてやり、少し安堵した顔になった。
『というわけで、少し辛抱しててな!
……ところで、オサナイさんの声が聞こえないが? お化けが苦手みたいだから、なんかいやな予感がするんだが』
「心配するな、大丈夫だ。俺に任せろ」
『……そうか、了解! じゃあ、がんばってくれ!』
オサナイの事についてのやり取りは簡潔に終わらせた。
短いやり取りの中で、2人の間に何があったか、ユウジは大体悟ったらしい。
校舎は危険なので全校児童に退避指令が出て、児童はすべて校庭に集められた。
……残るは、教室に閉じ込められた、長内ペアだけ。
「みんな避難したんだな。廊下が静かだ」
「うん、そうだね。……ナガウチくん、その右腕!」
「え? あ、ああ。さっきちょっと実験器具が腕に当たって、切っちまった」
「そんな……」
「大丈夫だって、痛くねえし、血だってそんなに出てないぜ」
その言葉に反して、腕は相当痛んでいた。
傷口からは血があふれ、腕をつたっている。
「……わたしを……私をかばったから、ナガウチ君は……」
「よせよ、オサナイさんは何にも悪くないんだからさ。」
「わたしが、パニックにならずに、早く机の下に隠れてたら、こんな事には……!?」
「自分を、責めるなよ。」
もう1度抱きしめる。
今度は、さっきよりももっと強く。
「俺は、そうやってオサナイさんが自分自身を責めるのが、何よりも辛いから。」
「でも……」
「約束しただろ、君を守るって……。だから、こんな傷なんで、どうってことないさ、オサナイさん」
幸せだった。
好きな女の子を抱きしめて、堂々と守るって言えて、ちょっとカッコいい事も言えて。
「……オサナイで、いいよ」
「えっ。そ、それって……」
「分かってるくせ。……じらさないでよ」
頬で感じた、柔らかい感触。
一瞬だけだったけど、確かに感じた。
「い、今のって……」
「ナガウチ君が、もしよかったら、だけど……ダメ?」
首をぶんぶん横に振った。そして、ぎゅっと抱きしめた。
その反応に、嬉しさと安堵が半々にまざってこみあげてきた。
「転校してきて、一目見た時から好きだったんだ。
毎日ナガウチ君を見てて、ますます好きになったの。」
「え……俺の事を?」
「体育が出来て、料理も裁縫も上手で、手が器用で。ちょっぴり勉強が苦手で。全部好き。」
「も、もしかして、この前男子をフったのって……」
「ずっと、ナガウチくんを見てたから……」
全部話して、恥ずかしさが頂点に達し、そっぽを向いた。
「でも、ナガウチ君がみんなから、からかわれてたから、それで嫌われたって思ったけど」
「そんなことない!
俺の方こそ、俺のせいでオサナイさんに迷惑がかかって嫌われてたんじゃないかって……」
ちょっとしたすれ違い。
軌道修正してやれば、これ以上ないくらいに幸せなハッピーエンドを迎えられる。
「オサナイさん、可愛くて、賢くて、俺、すごく気になってて……」
「え、そうなの?」
「うん。だから、俺なんかでいい? ……オサナイ。」
「……う、うれ……」
心が通じ合って、いろんなものがこみ上げてきて。
「嬉しい」と言う言葉を最後まで言えずに、もう1度抱きついた。
「大好き、大好きだよっ!」
「……ああ」
真っ暗な教室の中で、ひたすらに抱き合った。
涙の止まらないオサナイの身体を、ギュッと抱き締め続ける。
「……たくさん泣いたな。」
「えへへ。引越しすることになったときも泣いたけど、あの時は最悪だった。
こんなにいい気分で泣いて、こんなにすっきりした気分になったの、初めて。」
「それにしても、こんなに怖がりだったなんてな♪」
「むー、うるさいなあ。」
「だから守りがいがあるんだけどね。すごく可愛いよ」
言ってて恥ずかしくなるセリフだが、言われた方はもっと恥ずかしかった。
可愛いと言われるのがこんなに嬉しいなんて今までは思わなかったし、怖がり屋な自分にも感謝していた。
そんな幸せな時間が、一時中断される。
「……な、なんだ?」
「きゃ、きゃあっ!!」
さっきのデジャヴ。床がまた揺れる。
オサナイは思わずしがみ付くが、今度は幸いな事に揺れは弱い。おそらくはさっきの余震だろう。
「ふう、もうおさまったよ……あれ?」
「怖いよ、怖いよぉ……」
「オサナイ、大丈夫、俺がついているよ」
今日何十回目か分からないくらいに抱きしめてあげる。
腕の中で震える愛しの彼女がたまらなく可愛かったが、当の本人は未だに揺れに怯えている。
「だ、大丈夫?」
「……う、うん、なんとか。 ……ごめん、抱き締め続けて。」
「あ、ああ。大丈夫?」
互いのぬくもりを感じながら、オサナイが口を開く。
「昔ね、大地震に巻き込まれた事があったの。
ほら、有名な『東部大震災』って、あったでしょ」
「そういえば、オサナイがもともと住んでいた県って、あのあたり……」
「わたしや家族は助かったんだけど、……友達が、3人死んじゃったんだ」
何も言えなかった。
以前の課外授業の地震体験コーナーで、揺れている最中に波乗りのマネをして遊んでいた自分に、腹が立っていた。
「だから、やっぱり怖いんだ。ごめんね、迷惑かけて」
「ううん。むしろ、オサナイを守る機会が増えて、嬉しいよ」
「ありがと。……ふぁ」
一つあくびをつく。
これだけパニックになって、たくさん泣けば、疲れて眠気が来ても無理はないだろう。
「大丈夫? 助けが来るまでまだ時間があるから、寝てていいよ」
「……うん、ごめんね。それじゃお言葉に甘えるよ」
床に座っているナガウチに背を向け寄り掛かり、ナガウチが胡坐をかいている場所に腰をおろした。
オサナイはナガウチより背がかなり低いので、文字通りナガウチの中にすっぽりと収まっている。
「すぅ、すぅ……」
「寝ついちゃったか、……おやすみ。」
暗闇の中でも、ハッキリと可愛い顔は見える。安心して眠るその姿を見ると、心が癒される。
この寝顔を、この2人きりの世界で永遠に守ってやりたい、とすら思える。
「可愛いなあ……ん」
だが、思春期の彼には、もう1つの彼女の魅力が映った。
彼女の顔のもう少し下、見事に谷間を形成した、2つのバレーボール大の、あれ。
(お、おっきい……)
助けが来るまでは、まだ少し時間があるだろう。