田中、佐藤、鈴木、その他いろいろ。
1億3000万人もの人間が集まれば、当然名前が被る、なんて事、奇跡でも何でもない。
そして、子どもたちはよくそれをネタにする。
「よお、オサナイィ!」
名前が同じ、それだけがきっかけですごく仲が良くなったり、名コンビだと言われたり。
大抵はプラスの方面に働くことが多い。
「うるせえっ!」
もちろん、全てが全てそうではないようである。
特に、名字が同じで、性別がまったく違う、となればなおさらの事。
「オサナイ君、早くオサナイ君になれってばぁ」
「殺すぞ、この馬鹿!」
その日。
全ての視線が、教室の1点に集められた。
「転校生を紹介します。……県からやってきました、長内薫(おさない・かおり)ちゃんです。
みんな仲良くしてあげてね。」
「おい、ナガウチと同じ漢字じゃねえか!」
両親の転勤でやってきた、見慣れない制服と、……見慣れない胸を付けた女の子。
そして、黒板に書かれた、見慣れない読み方の感じ。
「先生!それはナガウチって読むんじゃないの?」
「こう書いて、オサナイって読むのよ。長内君のようにナガウチと読む人もいるけどね。」
「じゃあ、2人は将来結婚すんのかよ?」
「はぁ!?」
クラスのいたずらっ子の余計な一言が、今の状況を作っている。
あたりまえだが、今でも俺は、長内さんになに1つ会話をすることができない。
……変な噂がたったら、もう耐えられそうにない。
そりゃあ、俺だって長内さんと仲良くしたいよ。
あれだけ可愛くて、……恥ずかしい話だけど、俺は大きなおっぱいが好きだ。
触りたいとまでは思わなくても、……その、仲良くなって、いっぱいしゃべって、いっぱい遊びたい。
一緒にいる時間が長ければ、それだけたくさん見られるし。
でも、当の本人はやっぱり俺を嫌っている。
普段から物静かな女の子だけど、俺とは特にまったく喋ろうともしない。
たまたま、ふと俺の方を向いても、いつもすぐに別の方を向いてしまう。
……当たり前だよね。同じ名字の男子って、気持ち悪いだけの存在に決まってる。
ハルちゃん、なっちゃん、あきちゃん、フユちゃん。その他いろいろ。
11年間生きていれば、仲良しの子もたくさんできた。
みんな『イブニング娘、』大好きで、よくユニットを組んで、放課後にステージをやったりもした。
「そんな、そんなぁ……」
でも、それを一瞬でぶち壊す方法がある。転校だ。
離れ離れになっても心は1つだよって言われたけど、悲しいに決まっている。
向こうで、もっと仲良しの友達が出来る自信はなかった。
けれど、少しの希望があった。
「転校生を紹介します。……県からやってきました、長内薫(おさない・かおり)ちゃんです。
みんな仲良くしてあげてね。」
「おい、ナガウチと同じ漢字じゃねえか!」
同じ名前の、男の子。
その長内君らしき子の方を見ると、なんだかキュンと来た。
少し荒っぽそうで、元気がよさそうで。名前が同じだったから……運命に、出会えた。
「先生!それはナガウチって読むんじゃないの?」
「こう書いて、オサナイって読むのよ。長内君のようにナガウチと読む人もいるけどね。」
「じゃあ、2人は将来結婚すんのかよ?」
すごく嬉しかった。
冷やかしのつもりだったのは分かってるけど、好きな人とそんな風に……
でも。
「はぁ!?」
彼のその顔は、嫌そうな顔、だった。
結局、長内君とは一言もおしゃべり出来ていない。
体育の時間、彼はすごくかっこいい。図工も、意外って言っちゃ怒られるけど、家庭科も。
すごくおしゃべりで、内気な私とは大違い。
その代わり、国語も、算数も、理科も社会も赤点。
これでも勉強は得意な方だから、教えてあげたいんだけど、
でも、当の本人はやっぱり私を嫌っている。
いつもいろんな子としゃべっているけど、私には口を全く聞いてくれそうにもない。
彼の事が気になって彼の方を向いても、笑った顔はしてくれない。悲しくなって、そっぽを向いてしまう。
……当たり前だよね。私が原因で、からかわれて、嫌な奴としか思われないのも。
「2組から、こんな招待状が来ましたー!」
学級代表が、ホームルームで突然こんな事を言ってきた。
それによると、あまり使われていない校舎で、お化け屋敷を開いてくれるそうだ。
「2人ペアになってお化け屋敷を回ってもらいます!
後日にペアの振り分けを行うので……」
……チャンス、だった。
偶然を装うには、これしか無い。
「……ねえ、ユカちゃん」
「ん?」
「お化け屋敷のペアって、そっちがランダムに決めるの?」
ユカちゃんは、この学校でできた最初の友達。
だからなんでも腹を割って話せる。
……私の恋心の事も、知っている。
「そうだよ。……なんでそうしたか、わかる?」
「えっ?」
にっ、と笑っていた。『そのお願い、頼まれた』……って、顔に書いてあった。
「よお、ユウジ」
「なんだ? 万年赤点のナガウチクン」
この、一言多い男子の学級代表は、昔からの俺のダチ。赤ん坊のころからの付き合いだ。
「実はよ、お化け」
「了解。」
「……まだ何も言ってねーんだけど」
こんな奴だ。
変なところで一言多いのに、変なところで端折る癖がある。
まあ、最後まで聞かなくても正確に俺の気持ちを把握できる点はありがたいんだけど。
「あー、そうだ。2組に無理言って、お化け屋敷は金曜から火曜日に変えさせたぜ。」
「へっ?」
「お前、知らないのか? 長内さん、2組のとある男子から告白されたんだってよ。」
バクンとなる心臓。
全てが消えてしまったような、感覚。
「安心しろ、フッたらしいからよ。
……けどお前、長内さんはあの顔にあの胸、あのスタイルだからな。」
な、何が言いたいんだよ!
って事が分からないほど、俺は馬鹿じゃない。
「……いつまでも、時間は待っちゃくれねえぜ。」
『覚悟を決めろ』、ってメッセージ。……確かに受け取った。
「ようこそ、2組のお化け屋敷へー!」
あまり使われていない旧校舎は、大抵こう言ったお楽しみ会に使われることが多い。
噂では、ここを待ち合わせにしていちゃついているカップルもいるとかいないとか。
「ペアの人は、お互いそばにいて待っていて下さいねー、では最初のペアの方、どうぞ―!」
ナガウチのペアは当然オサナイ。からかわれることを覚悟はしていたものの、意外な事に誰も何も言ってこなかった。
それもそのはず、連絡包囲網でユカとユウジが全員にそう頼んでいたからである。
その長内と長内の順番は最後になっている。
ちなみに、その最後から2番目は、ユカとユウジの学級代表コンビ。
ユカもユウジも、長内同士に悟られないように、互いの情報交換をしながら2人のアドバイスを送っていた。
〜昨日〜
「ようし、できたぜ!」
「うん、いい感じじゃない? 楽しみだなあ♪」
ユカとユウジとナガウチは、親との付き合いもあった影響で小さい頃からすごく仲が良い。
ナガウチはユカに対しては全く恋愛感情がなかったので、喧嘩することなくユウジはユカを手に入れることができている。
「でもさあ、もっとこう大胆な案も良かったと思うんだけど」
「それは結ばれてからでいいだろうが」
キスをしろとか、露出を高くしろとか書きたかったらしい。
そんな見え透いたことをしていては、かえってナガウチが混乱してしまうだろう。
……とかなんとか言っているうちに、マニュアルがプリントアウトされ……
〜現在〜
今がある、ということ。
お互いに、相手に気付かれないようにマニュアルを見ている。
幸い、プリント用紙のサイズは、2組から全員に配られたお化け屋敷の地図のサイズと一緒なので、
重ねて見ればバレることは無い。
待ち時間とは本来長く感じるものだが、マニュアルを完璧に覚えるのに必死で、むしろ時間が足りないくらいだ。
「ユカ、ユウジ! さあ、お化け屋敷にどうぞ!」
2人以外の全員がお化け屋敷に入っていった。
お化け屋敷が終わったペアは教室に帰るので、ポツンと取り残された長内ペア。
「えっと……ねえ、ナガウチ君」
「ん? どうしたの?」
「(あ、しゃべってくれた) えっと、その、楽しみだね!」
「え? うん。まあお化けは得意だから、任せておけよ。」
ナガウチ用マニュアルその1……
オサナイちゃんに何か話しかけられたら、普通に笑顔で話せ。無理にお前から話かけることはしなくていい。
オサナイ用マニュアルその1……
ナガウチ君に何か話しかけてみて。ちゃんと答えてもらえなくても、諦めずに何回かやってみて。
(よかった、ちゃんと話せた……うれしいなあ)
(話しかけてくれた……そっか、嫌われては無かったんだ)
(私の顔見て嫌な顔してたけど、今は大丈夫だった。この調子ね、うん!)
まずはお互いに無口だった状況を打開することに成功。
仕組まれたマニュアル通りに動かされ、2人の心は少しづつ開いていく。
「じゃあ、最後の2人、どうぞ―!」
ここで、オサナイには1つ心配事があった。
というのも。
〜数日前〜
「お化けが、苦手?」
「今思えば、長内君と一緒じゃない方がいい気がしてきてさ。
わたし、本当にお化けが苦手で、取り乱したら、嫌われると思うの……どうすればいいかな?」
「ばっかねえ。男の子は、女の子のそういうところが好きなのよ!」
「へっ?」
〜回想終了〜
オサナイ用マニュアルその2……
怖くなったら、ナガウチに泣きつけ! ナガウチはお化けにはめっぽう強い、男の子は女の子のそういうところに弱い!
(……と書いてあるけど、本当かなあ。)
未だに半信半疑。
だが、そこらへんのフォローもきっちりと行っているのが、カレカノ学級代表ペア。
(こう書いてあるけど、オサナイさんがお化けが苦手じゃないと、意味を成さないよなこれ)
ナガウチ用マニュアルその2……
オサナイちゃんが泣きついてきたら抱きしめて、優しい言葉をかけて安心させろ!
最初の部屋。
机が迷路のように並べられてて、この通りに進め、という事だろう。
「……大丈夫、オサナイさん?」
「う、……うん」
既にナガウチの背中にぴったりくっついている。
背中から感じる、潰れた胸の感触が心地いい。
周りにお化けがいるかもしれないと言う危機感より胸の感触に意識が行ってしまっていた。
「ノブェ〜〜〜」
「きゃああああああっ! ナガウチ君、は、早く進んでぇ!」
突如後ろから現れたゾンビ。だが、ナガウチの前に出ることもできないので、ナガウチをせかす。
「ブムォ〜〜〜」
「アゥブ〜〜〜」
「きゃあああああああっ、ナガウチ君、早く進んで、進んでぇっ!」
周りはゾンビ。進めと言われていては、抱きしめる暇もない。
なだれを打つように現れるゾンビを、オサナイから離すように手で制し続け、脱出。
教室のドアを閉めれば、もうこれ以上ゾンビが襲う事もない。
「ふぅ」
ゾンビなど全く意に介さなかったが、オサナイの事もあり若干疲れた様子。
そのオサナイはと言うと。
「……だ、大丈夫、か?」
「ぅ、ふぇ……」
地面に、へたり込むように座っていた。こちらを見上げ、今にも泣きそうな顔。
あまりにも心配になって、オサナイの前にしゃがんでやる。
オサナイからすれば、怖さが脳内を支配する中、目の前に見える大好きな男の子。
……マニュアルの事なんて、忘れていた。
「ナガウチ君っ!」
「!?」
それなりにたくましい胸板に、顔を押し付け、背中に手をまわした。
本当に泣きついてきた。その事実にも驚いたが、何より泣きついている相手は、好きな女の子。
わめいてこそいないが、大泣きしている。
嗚咽をしながら、涙をシャツにしみこませ、泣き続けている。
こんな時、どうすればいいのか。そう思った次の瞬間には、マニュアルの事も忘れて行動に移していた。
「っ!?」
「大丈夫だよ、オサナイさん」
マニュアル通りの行動だった。抱きしめ返して、安心させる一言。
だけど、お互いマニュアルの事なんて頭に入っていなかった。
お互いに、自分の意志で、自分の一番望んだことを行動に移しただけ。
お互いに気付かないだけで、両想い。そんな2人には、或いはマニュアルなんて必要なかったかもしれない。
「お化けだろうと、ゾンビだろうと、安心して。俺が守ってあげるから」
「オサナイ君……かっこいい、かっこいいね」
「そ、そうかな」
小さい頃からお化けや暗がりなどに異常なまでの耐性があり、何をしても怖がらない。
遊園地に連れていった親にも、驚かそうといろいろ思案していた友達にも、つまんないと不満を漏らされた。
少しぐらい怖がりな方がいいのかと思った。そんな鈍感な自分が少し嫌いだった。
でも今は、そんな無神経で図太い性格に、すごく感謝している。
「これからも、ずっと守ってね」
「う、うん」
恍惚とした表情で、恥ずかしさも無く、安心感に浸りながら何の迷いもなく全てを託したオサナイ。
流石にオサナイはまだ少し戸惑いと恥ずかしさが残っているみたいである。
ようやく2人が立ち上がった時、オサナイはマニュアルの3つ目を思い出していた。
「……ちょっ、オサナイさん!?」
「こうしていたいの。喜ぶって思ってさ」
「あ、えっと、その」
「えっと……ダメ、かな?」
「ぜ、全然いいよっ!」
声が裏返りながらも、OKの返事。
嬉しそうにマニュアルを遂行した。
「そ、その、恥ずかしく、ないの?」
「すっごく嬉しい!」
オサナイ用マニュアルその3……
ナガウチの腕にしがみついて歩け! さりげなくおっぱいをムギュってあててやると、喜ぶよ〜♪
103教室、201教室では、悲鳴は全く聞こえない。
201教室で行われていたのは、『算数屋敷』。
少し考えれば分かるちょっとした問題だが、周りのゾンビが作り出す恐怖感が、計算を妨害する。
「この問題を解けたら、通してやるぅ……」
「やべえ、全然わかんねぇ」
周りをゾンビが取り囲む中、黒板の問題と向き合う。
だが、困ったことにナガウチは元からかなり残念な頭をしている。
だが、ナガウチの腕の中にいるオサナイは、強気だった。
「任せて、ナガウチ君! ……守って、くれるよねっ」
「分かった、そっちは任せろ!」
別にゾンビが何か危険な事をするわけではないが、あまり近づかれるとオサナイが気絶してしまう。
近寄るゾンビをゆっくり手で払いのけながら、オサナイを守る。
ナガウチがそばにいることで、安心できる。回りは苦手なゾンビばかりだけど、問題に集中できる。
「1つ目は3、2つめは1000、3つ目の答えは……合同!」
「せ、正解ィ……グギャオオオオオオオゥ!」
どうやら、問題を解くことでゾンビが倒れると言う設定になっているらしい。
悠々と教室から出たが、この設定には少なからず笑みがこぼれたようだ。
「えへへ、やっつけちゃった♪」
「あぶねー。俺1人だったら永遠に出てこれなかったぜ」
「それはわたしも。……一緒にいてくれて、ありがと」
また胸を腕に寄せて抱きついた。
愛くるしい表情、柔らかい感触。何より、いっぱい話してくれる事が、この上ない幸せ。
「それじゃ、次行こうぜ!」
「うん! ……すこし、お化けが苦手じゃなくなったかなっ」