──羽山君……どこ行ったのかなぁ。  
 彼の席に目をやると、食べかけのままの弁当が広げてある。  
 その周りにいる数人の男子たちは、ゲームか何かの話をしている。彼らは羽山君がどこ  
へ行ったのか知っているのだろうか。  
 私の近くにいる子たちも知らないようだった。彼の事だから、誰にも言わずにふらっと  
出て行ったのだろう。どこへ行くのか聞かれても、ちょっとね、とだけ残して行ってしまう  
のだ。そんな光景が容易に浮かぶ。  
 大勢で盛り上がって騒ぐような事はない彼だが、私と違って孤立しているわけではない。  
それなりに親しい友人もいるようだし、そうでないクラスメイトともごく普通に会話を  
している。私のように、親しい友人もおらず、会話もほとんどないような人間とは違う。  
 私もそういう付き合い方ができれば良いのかもしれない。けれど、そのためには、自分  
独りではどうしようもないと思う。自分がいくら回りに声をかけたとしても、相手がそれ  
を好ましいと思わない以上、逆効果になるだろう。  
 ならば私は、独りで構わない──そう思っていた。  
──羽山君……。  
 胸がどきどきする。彼の事を想うと、落ち着かない。  
 彼に触れられた膨らみが、突起が熱を持ち、下腹部からもやもやと沸き立つ気持ちが  
抑えられなくなる。  
──こんな格好なのに……。  
 乳首が硬くなっていくのが判る。彼のタンクトップを内側から押し上げてゆく。  
 周りに人がいるというのに、教室でクラスメイトの視線に晒されているというのに、その  
気持ちを抑える事ができなくなる。  
──こんな格好だから?  
 私は、恥ずかしい姿を見られて感じてしまっているのだろうか。  
 羽山君に見られるのなら──興奮もするし、淫らにもなる。けれど、ただのクラスメイト  
というだけの間柄の者たちに囲まれて、そんな気持ちには──  
──羽山君とだって、ただのクラスメイト……。  
 いや、でも、私は彼の事を好きだったから──彼も私を好きだと言ってくれたから──  
──笹野先生は?  
 クラスメイトですらない、そして同じ女である笹野先生に、私は最後まで──  
 きっと、こんな事を考えている時点で、私はいやらしい子なのだろう。  
 他の子たちはどうなのだろう。教室でこんな淫らな事を考える事があるのだろうか。  
 男子たちは、あるだろうと思う。教室で女の子の身体の話をしている事もある。水泳の  
授業中だって、女子たちの水着姿をあれこれ批評したりしていたし、ちらちらと、時には  
じろじろと見られたりもする。  
 けど、女子はどうなのだろう。時々、そういう話をしているのを聞かないではないが、  
それは回りにほとんど人がいない時に限るし、男子のような、直接的な会話ではない。  
 私のように、身体を見られて淫らな気持ちになってしまう子もいるのだろうか。  
 ブラを着けず、乳首の浮き出るままに視線に晒され、見られる事で気持ちを昂ぶらせ、  
あそこを濡らしてしまう──そういう子もいるのかもしれない。  
 そんな子から見たら、私はどう映るのだろう。仲間意識を持たれ、一緒に愉しもうと  
誘われるのだろうか。ブラもショーツも着けずに人目に晒し、昂ぶった気持ちを慰める  
ため、お互いの火照った肌を見せ合いながら、笹野先生がしてくれたように──  
──ほんとに変態になっちゃう……。  
 まったく──私は何を考えているのだろう。  
 乳首が硬く尖ってしまっている。これ以上こんな想像を続けたら、秘処に触れている  
スカートが濡れてしまうかもしれない。表にまで染みてしまったら大変だ。  
 二度も達してしまったというのに、私の身体はどうなってしまったのだろう。もっと  
快楽を貪りたいというのだろうか。  
 クラスメイトに囲まれ、羞恥に身体を昂ぶらせ、尖った乳首や、濡れた秘処を晒して  
刺激に身を委ねてしまう──そんなふうになってしまうのだろうか。  
──あそこ……。  
 見られてしまったのだろうか。金森はどこへ行ったのだろう。羽山君も──  
 考えても判らない。今は目の前にある弁当をさっさと空にしてしまおう。  
「おっ、羽山どうしたん?」  
──羽山君……?  
 ウインナーを箸で抓んだところに、彼が帰ってきた。男子が声をかける。  
「いや、ちょっとね。ああ、深雪──」  
 彼は意味ありげに微笑んで、そばにいた女子──私を虐めているグループのひとりに  
声をかけた。  
 
「え?」  
 彼女が応える。深雪──木嶋深雪という名だ。  
 羽山君と彼女は、どうやら幼馴染みというやつらしい。小学校は違うようだが、幼稚園は  
同じ所へ通っていたそうだ。といっても、別段仲が良いようには見えない。  
 羽山君は彼女と二言三言交わすと、自分の席へと戻っていった。  
「お前どこ行ってたんだよ?」  
 羽山君に男子が声をかける。それは私も知りたい──  
「トイレだよ」  
「なんだ、うんこか」  
──えっ?  
 思わず、彼がトイレにいる姿を想像してしまう。  
──なに考えてんの私……。  
「そんなとこ」  
「弁当食い終わってから行けよ〜」  
「明日からはそうするよ」  
 確かに、食事中にトイレに立つのは行儀が良いとはいえない。  
 けど、きっとそうじゃない。  
 私が教室を出て、トイレで──用を足し、汚れたショーツを絞って戻ってくるまで、五分  
以上、十分近くは掛かっていただろう。既にほとんどの生徒が食事を終えている。食べ  
始めの遅かった私の弁当も残り僅かだ。きちんと時計を見てはいないが、十分は経過  
しているはずだ。  
 羽山君がいつ教室を出たのかは知らないが、いくら大きい方だとしても、そんなにかかる  
ものではないだろう。何か他の事をしていたに違いない。  
 金森が関わっているのだろうか。私の後ろの席の彼は、まだ戻らない。  
──見られちゃったのかなぁ……。  
 ふと横に目をやる。私にいつもちょっかいをかけてくるグループ──木嶋深雪たちは  
弁当を食べ終え、雑談に興じているようだ。  
 彼女らはどういう気持ちでいるのだろう。私の下着を奪い、どこかへ隠したのだろうが、  
どこにあるのだろう。更衣室のどこかに隠したのだろうか──  
──そっか、そうなら……。  
 私は急いで残りの弁当を食べてしまう。  
 昼休みはまだ十五分近く残っている。今ならまだ五時間目に使う生徒も、そこへは行って  
いないだろう。廊下や階段で、何人もの生徒と擦れ違うかもしれない。けれど、このままの  
姿で下校する事を考えれば──  
 更衣室を探してみよう。掃除用具を収めたロッカーや、水泳部員が使う個人用のロッカー  
もたくさんある──いや、個人用のものには鍵が掛かっているだろうから──とにかく  
探そう。見つかったらその場で着れば良い。そうすれば、もう問題は無い。  
 でも、見つからなかったら──  
 また、下着の無いままで教室へと戻らなければならない。何人もの生徒に見られてしまう  
かもしれない。ブラも着けずに大きな胸を揺らしながら歩く私は、他の生徒たちにどう映る  
のだろう。スカートを捲れば、そこが露になってしまうような姿で校内を歩く私は──  
 羞恥プレイ──そんな言葉が浮かぶ。  
──違う、私はそんな……。  
 言い切れるのだろうか。事実、四時間目の前に更衣室から教室へと戻る間、三年の先輩  
たちと擦れ違って、そして教室に戻ってからも、クラスメイトに見られて、気持ちを昂ぶら  
せていたではないか──  
──あれは、だって、擦れて……。  
 とにかく、更衣室へ行こう。とにかく、探してみよう。  
 空になった弁当箱を仕舞い、腰を浮かせる。  
 スカートの裏に淫らな染みができてはいないかと思う。手でさっとスカートの後を撫でて  
みる──大丈夫だ、濡れていない。  
 椅子を鳴らして立ち上がると、何人かがこちらを見た。胸が揺れて擦れる──  
 恥ずかしい。でも、我慢するしかない。  
 更衣室まで行く間、何人の生徒と擦れ違うのだろう。その度に、揺れる胸を見られるの  
だろうか。スカートの中がすうすうして気になる。少し濡れているのも判る。染みてはいな  
かったが、内側には少し付いてしまったかもしれない。  
──大丈夫、気づかれないよ。  
 出口へと歩きながら、羽山君に目を向ける。  
 私の位置は彼からは死角だ。当然私には気づかず、周りの男子たちと喋っていた。  
 ついて来て欲しい──そう言いたい気持ちを飲み込んで教室を出た。  
 
 廊下にも、階段にも、たくさんの生徒がいた。  
 羽山君のタンクトップのおかげで、多少の揺れは抑えられるが、それでも揺れてしまうし、  
先端が擦れて刺激されてしまう。  
 湿っているその部分が冷やされるが、火照った身体を冷ましてくれるわけでもない。  
 むしろ自分の姿を意識させてしまい、余計に熱を帯びてしまうような気になってくる。  
──恥ずかしい……。  
 擦れ違う生徒たちが皆、私を見ているようだ。心の中で、どんな事を囁かれているのかと  
思ってしまう。通り過ぎた後、いやらしい事を言われているのではないかと思ってしまう。  
 羞恥心が掻き立てられ、生地と擦れる先端と、ひんやりした秘処とともに私の心を蝕んで  
ゆくようだった。  
 長い階段を降り、更衣室へと続く渡り廊下へ向かう。  
 重たいドアを開くと、真夏のむっとした熱気に見舞われた。校舎内はエアコンのおかげで  
快適な温度に保たれていたが、一歩出ただけで別世界のような蒸し暑さだった。  
 私はどうやらあまり日焼けしない体質らしい。屋外での体育のあとも、多少肌が赤くなる  
程度で、他の子たちのように焼ける事は無い。私のような地味で内向的な子が、健康的  
な小麦色の肌をしているというのは、滑稽かもしれない。  
 そんな無意味な事を考えながら、気持ちを紛らわす。  
 ほんの数歩歩いただけで汗が吹き出てくる。天気予報では、三十五度を越すと言って  
いたのを思い出す。  
 汗が出れば肌着に染み込んでしまう。羽山君から借りたタンクトップに、私の汗が吸われ  
てしまう。それはとても恥ずかしい。  
 けれど、恥ずかしいだけでなく、どこか淫靡な、足を踏み込んではいけない世界へ続いて  
いるような気がしてしまう。  
 私の汗──体液が、彼の持ち物へ──彼の中へ染み込んでゆく──私の淫らな体液が  
彼の中へと──  
──またこんな事考えてる……。  
 校舎の外にも、たくさんの生徒がいる。渡り廊下の近くにも、運動部であろう生徒や、  
ボールで遊んでいる子たちが大勢いた。  
 そんな彼らの全てが私を見てるわけではない。だが、ブラも着けず、ショーツも穿かな  
いで、淫らな想像をしてしまう私は、どこかおかしいのだろうか。  
──羞恥プレイ……。  
 ほんとうは私はそういう行為を望んでいるのかもしれないとも思う。  
 羽山君に突然あんな事をされ、抵抗できなかった。たとえ羽山君であっても、密かに想い  
を寄せていた相手であっても、いきなりあんな場所であんなふうにされて──普通なら  
抵抗するのではないだろうか。  
 羽山君だったから──というのは言い訳にならないだろう。笹野先生にだって、される  
がままだったのだから。  
 彼の、彼女の指遣い、息遣い、温もり、快感──  
 燦燦と照りつける太陽は地面を焼き、空気を焼き、私の心まで火照らせてしまうようだ。  
 屋根があるとはいえ、うだるような熱気は遮りようがない。  
 汗が溢れて、胸の谷間を流れ落ちるのが判る。ブラをしていると、痒くなっていけない。  
汗疹ができてしまう事もたまにあった。  
 ブラが無ければそうはならないが、着けないわけにもいかない。ブラが無いというのは  
心細いものだ。今だって心細いのだ。  
 暑さの所為だろうか、身体が弛緩して、つんと張っていた乳首もおとなしくなっている  
ようだ。興奮して勃つ、というのは間違っていないと思うが、興奮していてもずっと尖って  
いるわけではないし、勃っているから興奮している、というわけでもない。どういう原理なの  
かはよく解からない。  
 それでも、私は今、性的興奮状態にあるのは間違っていない。  
 下着を着けずに人目に晒されて興奮している。  
 どうしてだろう。  
 私は羞恥心で気持ちを昂ぶらせてしまう、いやらしい子になってしまったのだろうか。  
羽山君と笹野先生に責められ、そういう世界に足を踏み入れてしまったのだろうか。  
 どうにもいけない。同じような事ばかり考えてしまう。  
 急がなければ。急いで更衣室に行って、下着を探さなければ。  
 足早に渡り廊下を進む。  
 胸が揺れて乳首が擦れる。  
 どうやら、スカートの中のその部分は、かなり濡れているようだ。  
 数人の男子と擦れ違う。こんがりと焼けた肌は、水泳部員だからだろうか。  
──恥ずかしい、恥ずかしいけど……。  
 
 女子水泳部員や、五時間目に使う生徒がすでにいるのではないかと思ったが、更衣室  
には誰もいなかった。  
 私は安堵した。人がいたら、何をしに来たのか詮索されるだろうし、そうでなくとも、  
私はこんな格好なのだ。何を言われるか判ったものではない。  
 と同時に、どこか物足りなさを感じてしまっているのも確かだった。  
──私、おかしい……。  
 恥ずかしいというのに、気持ちが昂ぶる。ほっとしているのに、満たされない。  
 ほんとうは、誰かがいる事を期待したのだろうか。恥ずかしい姿を見られ、羽山君や  
笹野先生にされたような、淫らな行為を受ける事を望んでいたのだろうか。  
──そんな事は……。  
 無いと断言できない。そういう気持ちがわずかでもあった事を否定はできなかった。  
 コンクリートにすのこを敷いただけの、簡素な床。四時間目に使っていた三年生たちが  
残した雫で湿っている。  
 三時間目の間ずっと、私のバッグが置かれていた場所まで進む。  
 更衣室の一番奥。コンクリートの壁に、明かり取りの型ガラスが填められていて、柔らか  
な光に照らされている。無造作に置かれた長テーブルには、所所に水滴が光っていた。  
 周りを見回す。いくつも置かれたロッカーが並んでいる。  
 私は一番隅にある、掃除用具の入ったロッカーの前に立った。ノブに指を掛けて、ぐいと  
引く。軋んだ音をたてて扉が開かれた。  
──うわぁ、くっさぁい。  
 饐えた匂いが鼻を突く。雑巾かモップか──日に干される事も無くずっと湿度の高い処に  
仕舞われているのだろう。こんなところに下着を隠されたのだとしたら、かなり嫌だ。  
 ざっと見てみるが、それらしいものはない。バケツやモップを取り出してみても、やはり  
無かった。  
──ここじゃないか。  
 とすると、個人用のロッカーだろうか。彼女らの中に水泳部員はいなかったはずだが──  
いくつかノブを引いてみるが、どれも鍵が掛かっているようだった。  
──どこだろう……。  
 ここではないのだろうか。更衣室に隠したのでないとすれば──彼女らのうちの、誰かの  
バッグに仕舞ってあるという事か。それとも、更衣室から教室に戻る間、どこか他の場所に  
隠したのだろうか。  
 だとしたら、探す場所は膨大に増えてしまう。更衣室から教室までの間に、どれほどの  
部屋、ロッカー、物置があるのだろう。もちろん入念に隠す時間があったとも思えないが、  
手当たり次第に探すというわけにもいかない。  
──どうしよう。  
 全てのロッカーを開こうとしてみるが、いくつか開いたところには、何も入っていないか、  
水泳部員の私物であろう細細したものが置かれていただけだった。  
 他に隠せそうな場所は──  
 コンクリート打ちっぱなしの殺風景な更衣室に、そんな場所は見あたらない。壁や天井を  
這うパイプ類の影にも、私のブラとショーツは無かった。  
──やっぱり、あの子たちが持ってるのかなぁ。  
 彼女らが持っているのだとしたら──やはりバッグの中だろうか。授業の前、私が水着に  
着替えて更衣室を出た後で、下着を抜き取り、そのまま自分のバッグに仕舞っておく。授業  
が終わって戻ってきた私は、下着が無いのに気づき──彼女らはくすくすと笑いながら  
教室へと戻った──  
 いくら自分のものでなくとも、女の子が下着を人目に晒すのは気が引けるだろう。ならば  
今もまだ彼女らのうちの誰かのバッグに潜めてあると考えるのが妥当かもしれない。  
──そうだ、羽山君……。  
 彼は、私が下着を着けていない事が、彼女らの仕業だと気づいていたようだった。  
 さっき、木嶋深雪に声をかけていたのは──  
 二人は幼馴染みらしい。そうでなくても、羽山君なら彼女らから下着を取り戻す事など  
簡単だろう。彼は女子に人気があるし、一目置かれてもいる。そんな彼が言えば、下着の  
隠し場所を吐かせる事ぐらい雑作もないだろう。  
 やはり彼に頼るのが一番なのだろうか。でも、それは彼の立場を悪化させかねない。彼女  
らが隠したというのは、推測に過ぎず、確定事項ではないのだから。間違っていれば、彼に  
迷惑が掛かる。  
──それでも、羽山君なら……。  
 私のためにしてくれるかもしれない、と思うのは、身勝手だろうか──  
 そろそろ次に使うクラスの生徒たちが現れるだろう。  
 そう思ったとき、ドアの外に、何人かの話し声が近づいてきた。  
 

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