正午を少し回ったターミナル駅は、驚くほどの人で混雑していた。  
 背の低い私には、ごったがえす人の群れを見通すのは難儀だったが、大きな柱にもたれて  
文庫本に眼をやっていた彼の姿は、すぐに見つけられた。  
 人波を掻き分けるようにして、足早に彼のもとへと急いだ。  
「お待たせ、恭也」  
 まだ少し言い馴れないが、私も彼を下の名で呼ぶようになった。  
 恭也は普段どおりの僅かな笑みを浮かべ、片手を上げた。  
「おはよう、夕菜。今日は一段と可愛いなぁ」  
 開口一番そんな事を言う。  
 真新しい洋服と、薄く施したメイク。似合っているのだろうか。  
「あ、ありがと……待たせちゃった?」  
「俺も今来たとこだよ」  
 そんなはずはない。彼は時間に正確だし、いつも十分前には着いている。急いだつもり  
だったが、十五分ほど待たせてしまった事になる。  
 でも──遅れたのには理由がある。  
「その服、着て来てくれたんだな」  
 うん、と言いかけた私は、次の言葉に絶句した。  
「ちゃんと、言った通りしてきた?」  
 今日から夏休み──私たちは、デートの約束をしていた。  
 そして、今朝起きてすぐに届いた彼からのメールはこうだ──  
『おはよう夕菜 今日のデート楽しみだよ 当然ノーパンだよな?』  
 まったく──朝っぱらからなんてメールを寄越すのだろう。  
 半ば呆れて、半ばドキドキしながら、私は返信した。  
『おはよう恭也 私も楽しみ でもノーパンはちょっと……』  
 二人とも、絵文字や顔文字はほとんど使わない。そんなもの使わなくても、お互いの  
気持ちは通じ合っていると思うから──  
 返事はすぐに来た。  
『あれ? 夕菜はノーパンでおまんこ濡らしちゃう エ ッ チ な 子 だよねぇ?』  
 わざわざスペースを空けて強調するのが意地悪で──  
「馬鹿……恭也の馬鹿っ」  
 顔が真っ赤になっているのが自分でもよく解かる。  
 そんな事をさせようとする彼はどうかしている。  
 けれど──それをしてしまう私も、どうかしているのだろう。  
 私は彼の言う通りに、ショーツを穿かずに来てしまったのだ。  
 今日も三十度を越す真夏日。汗が滲む──  
 上は少女趣味的な白のブラウスで、下は膝上十センチほどの、これまた少女趣味な黒い  
フレアミニスカート。以前、彼とデートした時に選んでもらった服だった。  
 こんなにも短いスカート──他の子たちにとっては短いうちに入らないかもしれないが、  
私にとっては十分すぎるほどに短い──を穿いて、しかも、ノーパンだなんて──  
 これでは公序良俗に反するのではないか。公然猥褻罪で捕まるのではないだろうか。  
 出かける直前、私は散々迷った。その所為で遅れてしまったのだ。十分かそこら待たせ  
ても、大した事ではない。恭也の自業自得だ。  
「ははは、夕菜は可愛いなぁ」  
 まったく──本当に、恭也はいやらしい。  
 こんなにいやらしいとは思っていなかった。  
 いや、あの日──今までほとんど口を利かなかった私にあんな事をしたのだから、予想は  
していたが──  
 それにしても、予想以上だ。  
 学校でも人目につかないところで私に淫らな事をしようとする。  
 私が抗えばやめてくれるし、私の気が乗らない時にはしようとしない。そんなふうに、  
私の気持ちを量ってくれる辺りは、彼らしいと言えるのだが──  
 言い換えれば、私にほんの少しでもその気があると、見抜かれてしまうという事だ。  
 学校では──あの日以来、達するまではされた事は無い。それは、つまり、中途半端な  
刺激で終わってしまうという事で──  
 私は人選を誤ったのかもしれない。私は人を見る眼が無いのだろうか。どうしてこんな  
男の子を好きになってしまったのだろう。  
 他の男子とは別格に見えた恭也。周りの子たちとは違う、大人びた雰囲気に惹かれた。  
 だがそれは、もしかしたら、大人びていたのではなく──  
 呆れて溜め息が出た。  
──オヤジくさいだけなのかなぁ……?  
 
「どうした?」  
 呆れ顔の私に、彼は鞄に文庫本を仕舞いながらきょとんとした眼を向けてきた。  
 きっとこれも演技なのだ。私が何を考えているかなんて、お見通しだろうから。  
「……なんでもない」  
「そう?」  
 面と向かって彼にオヤジくさいなんて言えない。言ったら、何をされるか解からない。  
 今この場で、公衆の面前で、スカートを捲り上げられかねない──さすがにそれはない  
だろうか──いや、でも、彼の事だから解からない。  
「恭也って……」  
 エッチだよね、と言うのに重ねて、駅のアナウンスが響いた。  
「え?」  
「なんでもないー」  
 はぁ──また溜め息が出てしまう。  
 落ち着かない。ミニスカートなんて滅多に穿かない。ミニスカート自体、これの他には  
一着しか持っていない。  
 こんなにも短いスカートを穿いているのに──  
「濡れちゃった?」  
「──ッ!」  
 周りには何人も、何十人もの人がいるというのに、なんて事を言うのだろう。  
「馬鹿っ……」  
 きっと私は、耳まで真っ赤だ。  
 しかし──彼の言葉は真実を言い当てていた。  
 私は家からここまで、およそ二十分ほどの間──いや、彼のメールを受信してからだと  
考えれば、四時間近くもの間、そこを潤ませていた事になる。  
 家を出る直前まで穿いていたショーツには、くっきりと染みができていた。とろりとした  
蜜を含んで、悲しいぐらいに濡れていた。当然今も、私のそこは潤っていて──  
「私……怖かったんだから」  
「まさか、痴漢とか──」  
「されてない」  
 されてたまるか。考えただけでもおぞましい。  
「そっか……よかった」  
 この駅に来るまでは私鉄を使った。混雑はしていたが、座席はいくらか空いていた。  
 だが、私は座らなかった。スカートに染みができてしまいそうで──  
「ちょっと、心配だったんだ」  
 心配ならこんな事初めからさせなければ良いのに、と思う。  
「夕菜って、なんか、抵抗とかしなさそうだしさ」  
 それは、否定できない。  
 痴漢なんて遭った事は無いが、きっと私には、大声を上げて助けを求めたり、駅員に  
突き出したりなどという勇気の要る事はできないだろう。羞恥と恐怖に耐えて、じっと  
しているだけだと思う。  
「恭也の馬鹿……」  
 それにしても、落ち着かない──こんな可愛らしい洋服は、私には似合わない。  
 白いブラウスは、ボタンに沿って小さなフリルがあしらわれている。よく知らないが、  
ロリータ系というのだそうだ。ウェストが絞られたデザインは、私の胸を隠すどころか、  
大きさを際立たせているように思える。恭也が選んだものだ、きっとそれを狙っての事  
だろう。しかも生地は薄く、白いブラがうっすらと透けている。  
 下は黒のフレアミニで、途中の折り返しが大きなフリルになっている。裾は白いレースが  
あしらわれていて、腰には大きなリボンがついている。  
 脚は黒のオーバーニーソックス。絶対領域がどうのと言っていたが、おそらく竜介から  
聞いた言葉なのだろう。というか、この格好は竜介に影響されたのではないだろうか。  
 竜介──私のすぐ後の席の金森竜介とは、時々話をするようになった。  
 恭也と彼が話す事が多くなったというのもあるが、恭也を間に挟まなくとも、私に話し  
掛けてくる事は多い。  
 以前なら無視を決め込んでいたのだろうが──変われば変わるものだと思う。  
 それはともかく──  
 はっきり言って、この格好は恥ずかしい。私が自分で選べばこんな選択は絶対に無い。  
 しかも、ショーツを穿いていないのだ。恥ずかしくないわけが無い。  
 まったく──それなのに、彼の望む格好をしてしまう自分自身に呆れて、また溜め息を  
ついてしまった。  
 でも、可愛いよ、と言われたのは嬉しかった。  
 
 たたんたたん、と刻まれる車輪の響きも、弱冷房のゆるやかな風も心地好い。  
 あの日、恭也に言われてからずっと伸ばしている髪は、まだ半月ほどしか経っていない  
のに、もう肩に届きそうなほどで、エアコンに撫でられてゆらゆらとなびいている。  
 履き慣れないショートブーツはややソールが高く、揺れる車内では不安定だが、いつも  
より彼の顔が近いのは嬉しかった。  
「ほんと、なんでこんなに人ばっかなんだろうな」  
「今日から、ん、夏休み、だし……」  
 少し詰まりながら、平静を装って言葉を返す。  
「やっぱり初日はみんな遊びたいもんなのか」  
「さぁ……んっ」  
 他の人がどうかなんて知らないが、私は恭也と一緒におでかけできるのが嬉しい。  
 今の格好は恥ずかしいけど──恥ずかしすぎるけど、恭也が望むのだから──  
 さっきは階段を降りるのが恥ずかしかった。  
 あの日、学校の階段でとんでもない事をした私だったが、あの時は周りに恭也以外誰も  
いなかった。突然誰かが現れるかもしれないという不安はあったが、しかしあの時の私は  
どこかおかしくなってしまっていたのであって、今のようにきちんと理性を──  
 いや、今も理性を保っていられているのかどうか、私には判然としない。  
 駅の改札を抜け、ホームへ降りる階段は──正面から何十人という人が登ってきて、  
たまらなく不安だった。彼がいなければ回れ右をして逃げ出していたかもしれない。  
 デニム地のトートバッグで隠しても、不安は消えなかった。  
 それなのに、悲しい事に──たぶん悲しい事だろう──私が感じていたのは、不安だけ  
ではなかったのだ。  
 私はあの日、あまりに強い刺激を短時間に受けつづけた所為か、どうやらこういった状況  
に興奮する身体になってしまったらしい。  
 それとも、もともとそういう性質を備えていて、開花してしまっただけだろうか。  
 どっちでもいい──とにかく私は、羞恥に性的な昂ぶりを覚えてしまうのだ。  
 家を出てからそろそろ三十分──  
 車内は混み合っていて、恭也とドアの間で小さくなって電車に揺られている私のそこは、  
自分でも判るぐらいに濡れていた。  
 しかも、しかもだ──どうして彼は私のそこに手を伸ばしているのだろう。  
「んっ、うぅ……」  
 剥き出しの秘処に彼の指が軽く添えられている。  
 車両が揺れると、彼の指が秘裂を撫でる。  
 おかげで、私はそのたびに声を上げそうになって、必死に堪えなければならなかった。  
──痴漢は恭也自身でしょっ!?  
 上目遣いに恨めしく睨みつけても、彼は余裕の笑みを返すだけ。  
 悔しい──なんとか反撃してやりたい。  
 幾度か彼に反撃した事はあったが、それはことごとく受け流され、または躱わされて、  
全くダメージを与えられなかった。  
──たまには手加減してよ……。  
「はぅっ、ううぅ……」  
 そんなところに触れられたら、私は恥ずかしい声を上げてしまう。  
 小さな蕾も、ぷくりと膨れ上がっているのだろう。彼はそこを責めるのが好きだった。  
 私が激しく身を震わせて、切なく喘ぐのがいいのだと言う。  
 本当に、彼はSなのだと思う。  
 いやらしくて、サディストで、変態で、まったく──どうしてこんな人を……。  
「夕菜、可愛いよ」  
「うぅ……」  
──そんな事言ったって、許してあげない……。  
 あの日以降、深雪や千穂、舞香とも言葉を交わす機会が増えた。今までは一方的に悪態を  
吐かれたり、なじられたりするだけで、普通の会話などほとんどしていなかった。  
 深雪はまだわだかまりがあるようだし──それはきっと、私と恭也が付き合っているから  
という事が大きいのだろう──、千穂も何を考えているのか解からない事が多い。  
 しかし、舞香の変わり身は、天地が引っくり返ったかと思うほどだった。  
 小学生の頃から私を疎外し、虐めていた彼女は、中学になってからもクラス中の全員を  
巻き込んだ張本人なのに──何かと私に声をかけ、私にはよく解からない芸能人や音楽の  
話をしたり、班分けなどでも私を引き込んだりするようになった。  
 メイクを教えてもらえたのは嬉しかったが、あまり付き纏われるのは、少々鬱陶しいと  
感じる時もある。  
 けれど、それが彼女の償いの仕方なのかもしれない──とは、恭也の言葉だった。  
 
 私は今日、少しだけお化粧をしていた。ファンデーションを塗り、薄桃色のリップを  
引き、薄く目元を撫でただけの簡単なメイク──  
 昨日の終業式の前、眉を整えてくれたのは千穂だ。そんなんじゃ羽山君に愛想尽かされ  
ちゃうよ、と言って、淡々と整えてくれた。  
 その横で深雪は、全部剃っちゃえばいいじゃん、と毒を吐き、舞香はきらきらした眼で  
覗き込んでいた。他にも何人かのクラスメイトに囲まれ、気恥ずかしかった。  
 彼女らとそんな関係になれるなんて、ひと月前の私には想像もできなかっただろう。  
 もちろんまだ、友達と言うには距離があると思う。舞香などはとっくに友達になった  
気分でいるかもしれないが──  
 それもこれも、恭也のおかげだ。  
 結局私は、恭也に頼りっぱなしなのだと思う。  
 彼がいたからこそ、私はクラスに馴染み始める事ができたのだし、自分でもそうなろうと  
思えるようになったのだから。  
 そんな、心の恩人とも言うべき恭也は──  
 あろうことか、私のそこにずっと触れているのだ。  
 私の感傷など知りもしないという顔で──  
 時折、彼の指が立てる小さな波が打ち寄せてくる。  
 スカートの中に触れるには、当然だが、捲り上げなければならない──私は電車の中で  
スカートを捲られ、そこをいじられているのだ。  
 車内は混雑し、人と人との間隔が狭い。捲られたところを見られはしないと思う。  
 しかし、声を漏らせばすぐに気づかれてしまうだろう。  
 そんな事になったら、どうしてくれるのだろう。  
 いっそ恭也の手を握り、この人痴漢です! と叫んでやろうかとも思う。  
 デイパックを肩に掛けた彼は、左腕を私の腰に回し、右手の指でそこを撫でている。  
 彼の指は私の蜜で覆われているだろう。指が触れた内腿は、私のそこがどれほど濡れて  
いるかを伝えてくる。  
 私もトートを肩に掛け、両手で彼のTシャツにしがみついていた。  
 何かに掴まっていないと、恥ずかしくて卒倒しそうだった。  
 いくら羞恥が興奮を湧き立たせるといっても、それ自体が消えて無くなるわけではない。  
恥ずかしいのは恥ずかしい。それにプラスして、官能が湧き──  
 ダメだ、こんな事を考えていては、彼の思う壺だ。  
 彼はこうやって私を虐めるのだ。  
 中学に上がってからずっと受けていた虐めとは違う、恭也だけの虐め方──  
 クラスメイトからの嫌がらせは、最近はあまり無い。ちょっとしたからかいの言葉を受け  
たりはするが、コミュニケーションの一環だと思えばどうという事も無い。  
 それに、からかわれるのは主に、恭也との関係についてなのだから──やっかみなのだ。  
そういうものは、軽く流しておくのが正解だと思う。  
 彼と私の噂は瞬く間に広がった。恭也は教師にすら一目置かれる存在だったし、私は  
クラス中から疎まれているような子だった。そんな二人がくっついたとしたら、私だって  
興味を覚えただろう。  
 それに、どうも恭也が──下品な言い方をすれば、巨乳好きという噂は以前からあった  
らしい。噂どおりに──学年一、胸の大きな私と付き合っているのだ、話題にならない  
わけが無い。  
『ご乗車ありがとうございます。間も無く──』  
 スピーカーから、車掌のアナウンスが聴こえてきた。  
「次だね」  
「う、うん」  
 列車がブレーキを掛けて減速し、駅の手前で左右に大きく揺れた。  
 慣性で乗客も揺さ振られ、私は恭也とドアに挟まれて潰れそうになる。  
「んっ! ううぅ……」  
 しかも、彼の指はここぞとばかりに私のそこを責め立てる。  
 最近ますます技巧を増した彼の指が、私の蕾を弾き転がす。  
「んぅ、んっ、んんッ……」  
 必死に声を押さえ込む。  
 周囲を人に囲まれているというのに、私はびくびくと震えてしまう。  
──ダメだってば、やめてってばぁ……!  
 そんな台詞、声に出すわけにいかない。もちろん恭也はそれを承知で私を苛んでいる。  
 酷い男だと思う。とんでもない奴だと思う。どうしようもなく、変態だと──  
 けれど、そんな彼に責められて感じてしまう私も、同類に違いない。  
 やっぱり私には、彼が必要なのだろう。  
 
 改札を抜け、駅を出た私たちは、横断歩道の信号待ちをしていた。  
「やー、大変だったね、夕菜」  
「……馬鹿」  
 大変にさせたのは自分ではないか──  
 恭也に腰を抱かれていなければよろめいてしまいそうなのは、履き慣れない靴の所為  
だけではない。私のそこはまだひくひくと疼いていた。  
 若者の集まる街──私がここに来るのは二度目だった。一度目は先週の日曜日、今私が  
着ている服を選んでもらった日だ。その時よりも十代の少年少女たちの割合が多いように  
思えるのは、夏休みだからか。  
 人込みは苦手だったが、恭也と一緒なら大丈夫──恥ずかしいところはいやらしく濡れ  
ているけど──たぶん、大丈夫。  
 ありふれたものから極彩色の奇抜なものまで、色とりどりの衣服に身を包んだ、十代から  
二十代、三十を超えているであろう男女様々な人たちでごった返していた。  
 スーツ姿の男性は仕事の最中なのだろうか。制服姿の女の子は、午前の補習授業に出た  
足で来たのだろうか。アイドル歌手かと見紛うほどの派手な衣装で歩いている子もいるし、  
ここには似つかわしくない地味な子もちらほらと見受けられる。真夏だというのに真っ黒な  
レザーという男性はバンドでもしているのだろうか。金髪を逆立てたり、形容し難い色に  
染め、珍妙なヘアスタイルをした者もいて、眼がちかちかする。  
 私の知らない世界──  
 この街は、刺激に満ち溢れていた。  
「夕菜?」  
 知らぬ間に信号が青に変わっていた。恭也に手を引かれて歩き出す。  
 彼は臙脂に白抜きでプリントのされたTシャツと、くすんでほつれたジーンズ。  
 履きくたびれた感のあるグレーのスニーカーは、左の紐が少し緩んでいるような──  
「腹減ってる?」  
「うん、少し」  
「じゃあ軽くなんか食うか──」  
 私たちは、恋人同士に見えるのだろうか。  
 くすぐったいような、どきどきするような、なんとも言えない気分。  
「それとも、カラオケでも入ってついでに食べる?」  
「どっちでも、いいけど」  
 カラオケに入るなら、彼の靴紐を直してあげよう──でも、歌は苦手だ。  
 大きな声を出すのが苦手なのだ。歌うのはあまり好きではない。  
「あー、夕菜ってカラオケ嫌いだっけ?」  
「……うぅん、大丈夫」  
 嫌いではない。聴くのは好きだ。彼の歌を聴くのは、大好きだった。  
「じゃあ、ちょっと店見てから、カラオケ入るか」  
 恭也の口元が、少しだけゆがんだ。これは──意地悪な笑みだ。  
「そっちも、疼いてそうだし」  
「──ッ!」  
 そんな事を言うから──極力それを意識しないようにしていたのに、彼がそんな事を言う  
から、そこの疼きが盛り返してくる。  
 彼はサディストなのだから仕方が無いのだろう。  
 そして私は、マゾヒスト──彼に虐められるのが、快感なのだ。  
 そういえば──数日前、保険委員の仕事とやらで恭也に付き合って保健室へ出向いた時、  
笹野先生に艶っぽい声で言われた。  
 彼に虐めてもらってる? ──と。  
 硬直した私に、たまにはあたしともしようよ、と、くすくす笑いかけてきた。  
 私は恥ずかしさと恭也への後ろめたさに──どうやら泣きそうな顔をしていたらしい。  
 恭也はそんな私を抱き締め、俺の彼女ですから、と言った。  
 柏原さんのおっぱい独り占め? ふたつあるんだからひとつぐらい──  
 ダメです。両方俺のもんですから──  
 なんという会話なのだろう。こんな教師と生徒のいる学校からは、とっとと逃げ出すべき  
なのではないかと思った。  
 彼女は相変わらずらしい。今日も誰かを──喰っているのかもしれない。  
「ま、それはあとのお楽しみ、っと」  
 恭也は私の頭を撫でた。彼はにやついている。この顔はそういう顔だ。  
「……馬鹿っ」  
 彼の脇に肘を打ち込んだ。いてて、と涼しい顔で笑った彼は、とてもこんな趣味を持って  
いるようには見えなかった。  
 
 恥ずかしくて死にそうだった。  
 人間が羞恥心で死んだという事例はあるのだろうか。その場合は、精神的ストレスに  
よるショック死とでも診断されるのだろうか。PTSDという言葉も時々聴くが、それが人を  
死に至らしめる事はあるのだろうか。苦しんだ末に薬物依存になったり、自殺してしまう  
という事はあるのかもしれないが、羞恥それ自体で人は死ぬ事があるのだろうか──  
 無意味に小難しい事を考えていなければ、どうかなってしまいそうだった。  
 駅前の横断歩道を渡ってすぐ、ほんの数百メートル程度の細路の左右には、数え切れない  
ほどの店が建ち並んでいる。その途中で交差する路地の奥にも、いくつもの店があり、主に  
ファッション関係──洋品店だが、その客を目当てにした飲食店も多い。  
 この街から広まった若者文化も多いという。流行に敏感な者から、独自のセンスで飾り  
立てた者まで──いったい何百人、何千人がこの細い通りを歩いているのだろう。  
 私は恭也と二人、そんな中の洋品店のひとつを物色していた。  
 若者向けのカジュアルショップ──らしい。  
 私には違いはよく解からないが、こっちはなんとか系で、こっちはまた別のなんとか系と、  
どうやら微妙な差異があるらしい。  
 そんな事はどうでもよくて──  
「恭也っ……んぅ、やっ……」  
 狭い店内は見通しが悪く、さらに奥まった場所で──  
 私のそこに、恭也の指が触れていた。  
 吊るされたシャツやスカートを眺めながら、彼はそこに手を伸ばしているのだ。  
 彼は今、私の服を選んでくれている。  
 片手だけで器用に服をよりわけて品定めしている。  
 しかし、もう片方の手は、私のスカートを捲り、露を溢れさせた秘処を撫でていた。  
 商品の吊るされたラックの向こう側には、別の客がいるのに──  
 私は羞恥に耐え、込み上げる刺激を堪え、声を抑えて震えていた。  
「ね、こういうのどう?」  
 彼が手にしているのは、デニム地のミニスカート。薄汚れた風合いの加工が施された、  
シンプルで誰にでも──私でも似合いそうなスカートだ。  
「……わかん、ない」  
「ちょっと、夕菜には短すぎるかなぁ」  
 そう言って、彼は私から指を離した。  
 刺激が止まり、疼きだけが残る。物足りない──と思ってしまう自分が恨めしい。  
 恭也が首を傾げて笑みを浮かべた。  
 私の心を悟られたのか、それとも、初めから何か考えて──  
「試してみなよ」  
「えっ?」  
「試着室、そこにあるし」  
 どうやら、後者だったようだ。  
 押し留める暇も無く──  
「すみませーん」  
「はーい、なんでしょう?」  
 小さな店だ。彼に文句を言う前に、店員が駆けつけた。  
「試着いいですか?」  
「はいはいどうぞー、こちらですよー」  
 私はおろおろしているうちに、彼と店員に連れられてしまう。  
 誰に助けを求める事もできず、スカートを手渡され、試着室に押し込まれてしまった。  
 カーテンが閉められ、大きな鏡と薄い壁に囲まれた狭い空間に立ち尽くす。  
──どうしよう……。  
 試着という事は、今穿いているスカートを脱ぐという事だ。  
 それは街中で、店の中で──ショーツを穿いていない下半身を曝け出してしまうという  
事ではないか。  
 もちろん、カーテンは引かれているし、誰にも見られる事は無い。  
 しかし──  
 心臓がどくどくと早打って、体温が上昇する。クーラーなんて意味が無い。  
「夕菜、どう?」  
 済ました声。しかし、私には解かる。恭也は興奮している。私にこんな事をさせて、彼は  
興奮しているのだ。  
「まだ……」  
「そう? ゆっくりでいいぞ」  
 とんでもない彼氏を持ってしまった──またしても私は、溜め息をついてしまった。  
 
 デニムのスカートを脇に置く。  
 黒いスカートのホックを外し、ジッパーを下げた。  
 ふりふりのスカートは、はらりと落ちて、足元に丸く広がった。  
 ちょっと、綺麗だと思った。  
 しかし──鏡に映し出された自分の姿は、なんていやらしいのだろう。  
 上半身は、うっすらとブラの透けた白いブラウス。ウェストできゅっとくびれていて、  
胸の大きさが強調されているように思える。  
 その下は──  
 子供っぽいままの腰周り。未だにほとんど発毛していない恥丘には、股の間から伸びた  
割れ目がくっきり見えている。ぷくりと盛り上がった小さな突起も覗いている。  
 彼の指が掻き集めた露が周囲を濡らしている。そこから、いやらしい匂いが立ち昇って  
くるようで──  
 どうして自分は、こんなにもエッチなんだろうと思う。  
 この街にひしめく、自分と同年代の少女たちは、きっとこんな格好はしないだろう。  
 ショーツを穿かずに街に出るなんて──そんな事をする子は私以外にいないだろう。  
 いや、少しぐらいならいるのかもしれない。もしかしたら、同じクラスにもそういう子が  
いるのかもしれない。  
 きっと、もっと過激な事をしている子もいっぱいいるのだろう。公園や建物の陰で恋人と  
絡み合っている子たちもいる。夜になれば、人目につくような場所で交わる大胆なカップル  
もいるだろう。  
 そんな人たちに比べれば、私なんてたかが知れているのかもしれない。  
 けれど、そうだとしても──  
「んっ……」  
 そこに触れる。淫らな露が溢れて、ぐっしょりと濡れている。  
 こんな状態で、試着なんてして大丈夫なのだろうか。商品についてしまわないだろうか。  
 バッグを漁る。ポケットティッシュを取り出して──  
「うぅ……」  
 鏡の中に、胸の大きな女の子がいる。彼女は、こんなところで、濡れた秘処を拭き取って  
いる。拭いても拭いても、その刺激でさらに溢れさせてしまう、とてもエッチな子だ。  
──あたし、ほんとにエッチだなぁ……。  
 周りは綺麗になった。その部分にスカートは触れないだろうから、大丈夫だろう。  
 汚れたティッシュを丸めて鞄に押し込んで、彼の選んでくれたスカートを手に取る。  
 脚を通して引き上げる。  
 タイトミニのスカートは、ウェストがぶかぶかだった。少し大きいのだろうか。  
 でも、彼は私のサイズを知っている。この前も選んでくれたし、こういうところは、彼は  
間違えない。  
 鏡を見る──股下五センチあるかないかだ。あまりにも短すぎる。  
──こんなの穿けないよ……あれ? もしかして……。  
 深雪たちから聴いた事がある。ウェストでなく、腰骨に引っ掛けるように穿くズボン──  
ではなく、パンツと言うらしいが──や、スカートがあるのだと──  
 おそらく、それなのだろう。という事は──  
 少しずらしてみる。  
 なるほど──ちょうどいい感じに、腰骨に引っかかる。  
 でも、落ち着かない。というか、それでも短すぎるように思う。  
 股下十五センチぐらいだろうか──  
 それに、こんなにずり下げて穿いたら、下着が見えてしまうではないか。腰から下着を  
覗かせている人もよく見るが、私にはそんな格好は無理だ。  
 でも──  
 恭也は、こういうのが好きなのだろうか。私がこれを穿いたら、彼は喜ぶだろうか。  
 彼が喜ぶのなら──恥ずかしくても我慢できるかもしれない。今日の上下だって最初は  
似合わないと思ったのだ。でも今は──気に入っている。  
 可愛いと言ってもらえるから。似合うと言ってくれるから──  
 黒いオーバーニーソックスが少し落ちてきていた。指を掛けて引っ張り上げる。  
 ブラウスの裾はそのままだけど──  
「恭也……どう?」  
 カーテンの隙間から顔を覗かせた恭也は、少しだけ眼を丸くし、微笑んだ。  
「いいね、似合うよ」  
「あ、ありがと……」  
 顔がほころぶのが自分でも判った。  
 今日はこれを買おう──  
 
「恭也の馬鹿っ、馬鹿ぁ!」  
「ごめん、悪かった」  
 部屋のドアを閉めるやいなや、私は恭也をなじった。  
 ソファに置かれていたクッションを投げつける。  
「馬鹿、馬鹿馬鹿っ、痴漢、変態っ、変質者っ!」  
「酷い言われ様だ」  
 ぽふっと受け止めて、彼は苦笑いした。  
 本当に悪いと思っているのだろうか。  
「酷いのは恭也だよ」  
 ははは、と乾いた笑いを浮かべてクッションを弄んでいる。  
「夕菜だって、どきどきしただろ?」  
「う──」  
 言い返せない。  
「しなかった?」  
「……」  
 本当に、どうしてこんな人を好きになってしまったのだろう。  
「……した。死ぬかと思った」  
「あはは、夕菜に死なれたら俺、悲しいな」  
「……馬鹿」  
 スカートは恭也が買ってくれた。自分で払うと言うと、俺が選んだんだし、と言われた。  
 その後、カラオケ店に入り、カウンターで部屋番号を告げられ伝票を受け取った私たちは、  
エレベーターに乗った。  
 そこで私は、あの日のように──スカートを捲り上げられたのだ。  
 他に二人乗っていたというのに──  
 いくらその二人が背を向けていたといっても、ショーツを穿いていないのだ。思わず声を  
上げそうになり、すんでのところで堪えられたから良かったものの──  
 まったく、なんて事をするのだ。セクハラオヤジだってそんな事はしないだろう。  
 はぁ──と溜め息が出た。  
「はい、これ」  
「うぅ……馬鹿ぁ」  
 クッションを放り出した彼から、ティッシュを渡された。  
 濡れたあそこを拭け、という事だろう。さっきの店でも拭いたが──また濡れていた。  
「スカート、汚れちゃうぞ?」  
 言われなくたって解かっている。  
「それとも──」  
「──ッ!」  
 抱きすくめられる──  
 温かい──外は暑すぎるほどに暑く、二人の汗ばんだ肌はべとべとしていたが、それすら  
心地好く感じてしまう。  
 彼の胸に私の胸が押し付けられている。  
 最近は、笹野先生に言われたように、胸の大きさに見合うブラを着けるようにしている。  
 なかなか気に入ったものは見つからなかった。  
 私に合うサイズのものがあまり無いし、あったとしても、大人っぽいデザインで、買う  
のは躊躇われた。  
 けど、今日着けてきたのは──  
 ブラウスにうっすらと透けている白いブラは、乳房を覆うカップが総レース。もちろん  
裏当てはあるが──1/2カップの、ちょっと大胆なデザインだった。  
「して欲しい?」  
「うぅ……やっ」  
 彼が片手で、ブラウスの上から乳房を包んだ。  
「夕菜の胸、柔らかいなぁ」  
「んっ……」  
 こうなるともう、私の負けだ。  
 大きな彼の手でも包みきれないほどの乳房を揉み解される。  
「はぁっ……」  
 既に頂点の突起は硬く尖っている。  
 電車でも、店でも、歩いているだけでも恥ずかしくて──そうなっていて当然だった。  
 彼の指先は、すぐにそれを探り当ててしまう。  
「こりこりしてる」  
 私は恭也に抱かれながら、彼の愛撫を受け入れた。  
 
 二人は立ったままキスをした。  
 乳房を優しく責められながらのキス。最初は優しく、次第に激しく──私の心をとろけ  
させるキスの嵐。  
 唇が離れると、二人の間には細く透き通った橋が架かって消えた。  
「そろそろ、ドリンク来るかな」  
「あっ──」  
 カウンターで注文したアイスカフェオレとアイスミルクティ。  
 この店に入るのも二回目だ。前回はどれぐらいで持ってきただろうか──  
 と思う間も無く、ドアがノックされた。  
 私は慌てて恭也から離れ、すぐ近くにあったマイクに手を伸ばして、今ちょうどマイクを  
取りにソファを立ったところですよ、といった小芝居を演じてしまう。  
 なんとなく、背後で恭也が笑っているような気がした。  
「失礼しまーす」  
 きぃ、という軋みと共に、可愛らしい女性の声がした。  
「お待たせしましたー。アイスカフェオレと、アイスミルクティになりまーす」  
 どうもー、と恭也が言った。  
 私は何も言えずに顔を背けたままだった。  
「ごゆっくりどうぞ〜」  
 定番の台詞を残し、店員は出て行った。  
 ごゆっくり、キスをどうぞ──そう言われたような気がして──ごゆっくり、もっと色々  
してくださいね──なんて、そんな言葉すら浮かんでしまう。  
「キスしてるとこじゃなくて良かったな」  
 後から抱かれ、びくっとしてしまう。  
 腰に──当たっている。  
「今の子、けっこう可愛かったなぁ」  
「えっ──」  
 顔はよく見ていない。声からすれば高校生か、もう少し上だろうか。  
「胸、大きかった」  
「え? あっ──」  
 両手が乳房に重ねられる。  
「でも、こっちの方が大きいか」  
「あっ! はぁぅ……」  
 下から持ち上げられ、揉まれてしまう。  
 大きな胸なんて要らないと思っていたけれど──笹野先生が言っていたように、きっと  
私の乳房はもっと大きくなるのだろう。  
 恭也が満足してくれるなら、もっともっと大きくなってもいい──そう思ってしまう  
自分が、なんだかおかしい。  
「ほんとに、おっきいおっぱい」  
「うぅ……あぅ」  
 彼の指が、ブラウスのボタンにかかる。  
 私は両手に一本ずつマイクを握ったまま、どうもできずにいた。  
 襟元から、ひとつ、ふたつ──よっつのボタンが外された。  
「んっ」  
 開いた隙間から、手が差し入れられる。  
 彼の指が、私の汗ばんだ肌に触れる。  
「汗、すごいな」  
「暑かった、から……」  
「身体も、熱いんでしょ?」  
「うん……」  
 それは恭也だって──  
 腰に押し付けられた硬さから伝わってくる。  
 おもむろに、彼の手がブラウスを広げてしまう。  
 ブラに覆われた大きな膨らみが露になった。お腹も肩も隠れているというのに、乳房の  
周りだけが晒されている。  
 ブラの上から彼の手に撫で回され、緩い刺激が浸透してゆく。  
 慈しむような指先に、私の身体はじわじわと侵される。  
 オレンジがかったルームライトは、柔らかく二人を照らし出している。  
 ふと思う──こんな事をしても平気なのだろうか。防犯カメラがあるのではないかと。  
 不安がよぎり、緊張してしまう。  
 こんな恥ずかしい姿を、店員に見られてしまったら──  
 
「大丈夫」  
 私の不安を察したのか、恭也が囁く。  
「ここ、カメラとか無いらしいよ」  
 そうなのか──  
 でも、どうしてそんな事を知っているのだろう。  
「先輩が言ってた。先輩の先輩が、したけど平気だった、ってさ」  
 した──というのは、つまり──  
「このブラ、新しい奴?」  
「う、うん……」  
 ブラの縁に沿って指が這う。  
「エッチなブラだなぁ」  
「あぅ」  
 恭也の指が、ブラに覆われていない、柔らかな傾斜を撫でてゆく。  
「おっぱい、はみ出してる」  
「うん……」  
 膨らみの下半分を斜めに──双丘の内側は低く谷間が強調されていて、外側を高く覆って  
いる、大人びたデザインのブラ。少しずらしてしまえば、淡い鳶色の突起が容易に窺える。  
 汗ばんだ谷間をくすぐられ、身じろぎする──と、指がブラの内側に侵入してくる。  
「あぅ、あっ──」  
 じかに触れられて、ぴくぴくなってしまう。  
 そんな私の反応を愉しむように、彼の指が乳房を責める。  
 撫でたり、抓んだり、押し込んだり──  
「夕菜のおっぱい、おっきくて、柔らかくて、ぷりぷりしてて……俺、もう手放せないな」  
「うぅ……んっ」  
「お持ち帰りして、ずっといじってたいぐらいだ」  
「あ、んっ……あっ」  
 突起の周りをなぞられる。  
 指に撫でられ、ブラの裏地に擦れ、二つの刺激に身体の震えが止まらない。  
 腰に当たる彼自身は、ますます硬く大きく反り返っているようにも感じられる。  
 あの日、学生ズボンの上から触れたそこ──それ以降も、幾度か同様に触れてはいた。  
 彼の部屋にも行ったし、私の部屋に招いた事もあった。  
 でも──  
 私の身体は隅々まで彼に晒されてしまったが──学校でも、家でも──脱がされ、責め  
られはしたのだが──  
 私はまだ、彼の全てを知らなかった。  
 彼のそれを見た事も無いし、じかに触れたことも無かった。  
 私たちはまだ、一度も交わっていない──まだ早いと思う気持ちもあるし、破瓜の恐怖も  
ある。妊娠という不安もあった。  
 けれど、見るだけなら、触れるだけなら──  
 そうは思いもしたのだが、私からは言い出せない。そんな事を言うのは──女の私から  
言うのは、恭也相手でも恥ずかしかった。  
 彼も言わなかった。見て欲しい、触って欲しい──彼からそう言って欲しいのに、彼は  
いつも言ってくれない。  
 私とはそこまでする気は無いのだろうかと、私を責めるだけで彼は満足なのだろうかと、  
彼の態度に、不安と寂しさを覚えてしまう事もあった。  
 でも、彼もしたがっている──それはよく解かる。  
 あの日、彼は触って欲しいと言った。  
 反射的に握ってしまった時も、そのままで、と言った。  
 恭也は、私を拒絶なんてしていない。ならば、私は──  
「……って、いい?」  
「ん?」  
 恥ずかしい──やっぱり、自分から口にするのは恥ずかしい。でも──  
「恭也の、お、おちん……」  
「俺の……何?」  
 顔から火が出そうだ。こんな台詞、口にした事など──当たり前だが、初めてだった。  
「恭也の、おちんちん……触って、いい?」  
 背後の恭也が、ぴくりと震えたような気がした。  
「夕菜はほんとにエッチだなぁ」  
「ううぅ……」  
 恥ずかしくて、でも、それが私を昂ぶらせて──  
 
「俺も──」  
 恭也の手が胸から離れ、私の肩に添えられた。  
「触って欲しい」  
 くるりとその場で半回転──  
 正面から向き合い──私は俯いてしまう。  
 眼を見ていられなかった。  
──すごく、エッチな眼……。  
 私がそんな台詞を言ったから──  
「やっと、言ってくれた」  
「あ、あぅ……」  
──やっぱり、そうだったんだ……。  
 彼は私が言うまで待っていたのだ。私が自分から、彼を求めるのを待っていた。  
 いや──私に言わせるよう、いやらしい言葉を自分で言うように仕向けていたのだ。  
 私は、まんまと彼の罠に嵌まったのだ。  
 上目遣いに睨む。  
 恭也は、意地悪で、嬉しそうな、優しい眼をして私を見下ろしていた。  
「恭也の馬鹿……」  
 悔しい──けど、満たされるような恍惚──  
「こっち来て」  
 手を引かれ、部屋の中央に置かれたテーブルを回り込む。  
 よっ、とそれを少し押しやってスペースを作った恭也は、私をそこに立たせると、自分は  
ソファに腰掛けた。  
「夕菜の好きなようにしてみて」  
「えっ」  
「夕菜がしたいように、ね」  
──そんな……。  
 したいようにする──そんなのは、恥ずかしすぎる。  
 だって、私は──彼のそれを、じかに見て、じかに触って、そして──  
「おっぱいって、見上げるのも良いもんだなぁ」  
「あっ──」  
 腰掛けた彼の眼の高さより少し上に、ボタンを外され、はだけた私の胸がある。  
 見上げられるのは初めてだ。何度見られても、恥ずかしいのは変わらない。  
「ブラ、ずらしてみて」  
「え……」  
「ずらして、さきっぽ見せて」  
「……うん」  
 言われるままに──  
 ブラの縁に指を掛け、斜めにカットされたカップをゆっくりと下げ広げる。  
 彼はその様を凝視している。瞳がオレンジ色のライトを反射して、期待に胸を躍らせる  
少年のようにも見えた。  
 事実、恭也はまだ、私と同じ十三歳の少年だ。この歳にして、すでに風格のようなもの  
すら漂わせている彼だが、中学一年生の子供なのだ。  
 好きな女の子──と自分で言うのは照れ臭い──が、眼と鼻の先で乳房を露にしようと  
しているのだから、そんな眼にもなるだろう。  
 彼も、私の胸を、何度見ても飽きないと──そう思ってくれているのだろう。  
 それは嬉しい事だった。  
 まだ付き合い始めて二週間と少し。もう飽きたなんて言われたら、ショックで寝込んで  
しまう──寝込むだけでは済まない。  
「乳首、見えた」  
「……うん、見えちゃった」  
 二つの膨らみの上に、ちょこんと乗っている敏感な蕾。  
 彼の指に刺激され、その以前から──朝からずっと私を苛んでいた衝動で、きゅうっと  
尖っていた。  
 カップを乳房の下に追い遣ってしまう──ただでさえ大きな膨らみが、より強調されて、  
恭也の口元を緩ませる。  
「ほんとに、おっきいなぁ」  
 自分でも思う。本当に、大きすぎる乳房だと──  
 学校でも、街を歩いていても、相変わらず周囲から向けられる視線は不快に思う。  
 でも、以前と違い、乳房そのものを嫌悪する事は無い。注目を浴びるのはやはり苦手だが、  
彼が好きだと言ってくれるから──自分でも、好きになれる。  
 
「んっ……あっ」  
 自分で乳房を揉む私を、恭也がじっと見ている。  
 四本の指を膨らみに沈ませて、浮き出た突起を残りの一本で弾き転がす。  
「はっ、ん……はぁ」  
 こんなところで自慰をしている私は、なんていやらしいのだろう。  
 自らの刺激に、彼の視線に、昂ぶってゆく。  
「すごくエッチだ」  
「うん、んぅ……」  
「夕菜はエッチな子だもんな」  
「うん……私、エッチ……」  
 恥ずかしいのに気持ちよくて、いやらしいのに止められなくて──  
 でも──彼にも感じて欲しい。彼にも刺激を与えたい。  
 私はその場に膝を突く。  
 膝まで覆う黒いオーバーニーソックス。せっかく彼に選んでもらったのに、汚れてしまう  
だろうか──  
 足元、解けた彼の靴紐が眼に入った。そうだった。あとで結んであげよう──  
 軽く開かれた彼の膝の間に身を落とし、彼の──それへと手を伸ばす。  
 ごわごわとしたジーンズが盛り上がっている。  
 彼も興奮している。私に恥ずかしい事をさせて、いやらしい私を見て──  
 両手でベルトを外す。幅広の黒い革のベルト。  
 震える指が、おぼつかない。  
 彼の顔なんて、恥ずかしくて見られない。  
 ここに、こんなに顔を近づけたのは初めてだ──そう思うと、私はいっそう興奮する。  
「ん……」  
 掌が盛り上がりに触れてしまい、彼が小さく吐息を漏らした。  
「恭也……気持ちいい?」  
 顔を上げずに訊く。  
「ああ、気持ちいいよ」  
 彼が感じてくれる──もっと、感じさせたい。感じて欲しい。  
 ベルトをぎこちなく外し、ジーンズの袷を抓んでホックを外す。  
「はっ、ぅ」  
 乳首がソファに擦れて、ぴくんとなってしまう。  
──気持ちいい……。  
 私も気持ちよくなりたい。  
 わざと、擦りつけてしまう。  
「はぁ、ん……はぁっ」  
「なにしてるの?」  
「あぅ──」  
 気づかれてしまう。当然だ──  
「ほんと、エッチだなぁ」  
 頭を撫でられる。  
 髪を伝って、恭也の掌の温かさが感じられた。  
 心地好さにうっとりしながら、彼を求めてジッパーに指を掛ける。  
「んっ──」  
 盛り上がったそこに掌を沿えると、彼が再び吐息を漏らす。  
 そのまま、ゆっくりと、降ろしてしまう。  
 自然と開かれたジーンズから、彼の下着──トランクスが、ぬっと突き出した。  
 ダークグリーンの地に、デフォルメされた動物たちの絵が散りばめられていて、そんな  
可愛らしい下着なのに、中央は突き上げられたようにそそり立っていて、そのギャップに、  
私はどぎまきしてしまう。  
 よく見れば、突端にじわりと染みができている。  
「なんか、恥ずかしいな」  
 照れた彼の声。  
「夕菜と同じだ。俺も濡れてた」  
「……うん」  
 恭也の興奮が染みた下着──  
 彼も私と同じ──興奮し、蜜を溢れさせていた。  
 右手の中指と、人差し指で触れた。  
「んっ──」  
 ぴくんとなった彼を、ちょっと可愛いと思った。  
 
 あの日──以外の日も、恭也は私を虐めながら、こんな風に溢れさせていたのだろう。  
 あの時、私は達してしまい、彼に抱かれたまま五時間目の終了のチャイムを聴いた。  
 それまでの間、放心した私の濡れたところを、汗に塗れた全身を、埃に汚れたお尻も、  
全部綺麗にしてくれた。  
 彼も刺激されたかったのだろうに、熱い滾りをほとばしらせたかっただろうに──彼は  
私を労わってくれた。  
 教室へ戻る途中、彼はトイレに立ち寄った。廊下で待っていた私のところへすぐに戻り、  
拭いてきた、と苦笑いしていた。  
 彼の部屋に行った時も、私の部屋でした時も、彼は私を悦ばせる事を優先していた。  
 私の快楽を最優先にするのは、彼がサディストだからなのだろうか。私が感じる姿を見て  
愉しむのが好きで──  
 どうなのだろう。よく解からない──サドはマゾを好きに弄ぶのではないかとも思うが、  
SMは愛と欲望が入り混じった複雑な愛情表現なのだという記事を、どこかのサイトで読んだ  
記憶もある。  
 とにかく──私はまだ、一度も彼に満足してもらった事が無い。  
 彼を満足させたい。満足して欲しい。  
 私にできる事なら、なんでもするから──  
「夕菜」  
 恭也の指が、頬を撫でる。  
「してくれる?」  
「……うん」  
 下着の上からそっと触れる。  
 ぴくんと、彼が震えた。  
 なんとも言えない匂いが漂ってくる。私の本能を刺激する薫りだった。これがフェロモン  
という奴なのだろうか。  
 指先で、硬く衝き勃った竿を撫でる。  
 しかし、ここまで来て、私にはどうすれば良いのかよく解からない──  
「握って」  
「う、うん」  
 彼に言われて、手に握る。  
 硬くて、太くて、大きくて──ぴくぴくと脈打っている。  
 温かい。これが彼の──  
 それなりの知識はあるつもりだった。  
 男の子はこんな風にすると喜ぶ──そういった記事の載った女性向けアダルトサイトを  
見た事だってあるし、雑誌や漫画にも性表現は溢れかえっている。  
 だから、知らないわけではないのだが──  
 染みが、広がっている。  
 汚れてしまう──脱がすのが良いのだろうか。それとも──男性用の下着には窓がある  
はずだから、そこから──  
 躊躇いながら、下着の窓を探る。手前が大きく割れていて、ボタンがひとつついている。  
 ここから──  
 ボタンを外し、左右に開く──  
「あっ!」  
 それが、ぴょこんと飛び出してきた。  
 これが、恭也の──恭也の、男性器──  
 思っていたより、グロテスクさは感じられなかった。  
 ぴくぴくと脈打つ、反り返った肉茎──先が茸の傘のように膨らんでいて、ピンク色で  
少し可愛らしい。ハートマークを逆さにしたようにも見える。ハートの中央から先端に  
かけては二つに割れていて、裂け目からは、とろりとした露が溢れていた。  
 茎に絡みつくように血管が浮いていて、これが彼の身体の一部なのだと感じられる。  
「そんなじろじろ見るなよ」  
「あっ、うん……ごめん」  
 照れ臭そうな恭也の声に、慌てて目を逸らす。  
 けど、すぐに戻してしまう。  
「やらしいなぁ、夕菜は……」  
「うぅ……」  
 恥ずかしい。けど──嬉しい。  
──恭也の、おちんちん……こんな風になってたんだぁ……。  
 無性に愛しくて──  
 私は衝動的に、口づけてしまった。  
 
「んぅっ! 夕菜……」  
「あっ──」  
 恭也の声に我に返って、唇を離す。  
 いきなり、私はなんて事をしてしまったのだろう──  
 顔が沸騰する。  
「夕菜、もっとしてよ」  
「えっ……」  
「キス、もっと、してほしい」  
「……うん」  
 唇を寄せる。  
 透明な蜜の溢れた先端に、キスをする。  
「んっ……」  
 咽かえりそうなほどの、彼の匂い──  
 恭也の先端と、私の唇が触れ合っている。  
 男の子の、恭也のこんなところに、私はキスをしている。  
 彼がぴくぴくと震えている。  
 気持ち良いのだろうか。彼も感じてくれているのだろうか──  
 上目遣いに見上げると、彼は優しく微笑みながら、頭を撫でてくれた。  
──気持ちよさそう……嬉しい。  
 もっと感じてもらいたい──  
 口を開いて、舌を伸ばした。  
 とろりとした蜜の膜を簡単に破り、彼自身に触れる。  
「ん、くっ……夕菜」  
「恭也……気持ちいい?」  
「うん、すごい……気持ちいいよ」  
「嬉しい……」  
 そこに舌を這わせる。  
「んんっ」  
 彼の身体がびくんとなって、吐息が漏れる。  
 彼が私の舌で、感じてくれている──もっと感じてもらおうと、私はそれに手を伸ばす。  
 私の小さな手では、包みきれない長さの彼──  
──これって、フェラチオ……だよね。  
 いきなりこんな事を、こんな場所でする私は、やっぱりエッチな子なのだ。  
 でも、彼が喜んでくれるから──  
 硬くて温かい竿を握り、先端を舌先でちろちろと舐める。  
「んっ、ん……夕菜、もっと……」  
「ん……」  
 彼の腿に、乳房が触れる。  
 乳首が擦れて、私も感じてしまう。  
 いや──彼の先を責めているだけでも、私は感じてしまっていた。  
 彼の昂ぶりを示す、塩気を帯びたぬめりが、私の舌に絡みつく。  
 敏感な舌先から、彼の熱と興奮が私の中へと入り込み、私自身を昂ぶらせてゆく。  
 きっと、フェラチオというのは、相手を責めながら、自らを責める行為なのだ──私は  
彼を刺激するだけでなく、自慰をしているのだ。  
 なんていやらしい行為なのだろう。  
「ん、んぅっ……夕菜、もっと……」  
 もっと、気持ちよくなって欲しい──  
 唇をさらに開き──彼を、含んでしまう。  
「あぁっ……すごい、夕菜」  
 彼がびくびくと震えている。  
 それが嬉しくて、私は深々と銜え込んでしまう。  
 口の中に、彼の匂いが充満する。  
 彼のぬめりはしょっぱくて、ほんの少し、苦味が混じっていた。  
 舌で傘の周りを撫でつけ──  
「んっ、くぅ!」  
 びくんと大きく震える恭也。  
 恥ずかしそうな、でも、気持ちよさそうな笑み──  
「夕菜……フェラ、すごい気持ちいいよ」  
 私の頭を撫でるのは、照れ隠しなのかもしれない。  
 銜えたままでは喋れない──私は眼を細めて頷いた。  
 
「はぁっ、うっ……」  
 再び、傘の周りを舌で一周する。  
 恭也がうめき、びくんとなる。こうすると、彼は感じてくれる──  
「それ……いいよっ」  
 同様に、何度も何度も繰り返す。  
 私の口の中で、彼の分身がひくひくと脈打っている。  
 くちゅくちゅといやらしい音が、頭の中に響いている。彼の露と私の唾液が混じりあい、  
淫らな水音を立てている。  
 奥深くまで銜えると、喉に当たってえづきそうになる。  
 けほけほと、咽てしまう。  
 それは、無理矢理彼に蹂躙されているようで──  
 私の口が──第二の性器が、恭也の性器に、犯されているようで──  
「ふぁっ! あッ……はぁっ」  
 左手で、自分のそこを、いじってしまう──  
 私の秘処は、たっぷりと濡れていた。  
「夕菜……何、してるの?」  
「んっ、ふぁ……んッ」  
 彼のものをしゃぶりながら──私は、自分の股を慰める。  
 口を犯され、下を自ら掻き乱し、乳房を彼に押し付けて──  
「やらしい、な……んっ」  
──恭也だって、やらしいもん……。  
「んッ、んぅ……」  
 そこを握った右手を、動かしてやる──彼は身体を震わせる。  
 舌で舐めながら、手で上下にしごく。  
「あぁッ、あっ……すごいって」  
 嬉しい──いっぱい感じてくれている。  
 彼は私の舌と手に、素直に快楽を表してくれている。  
 今までは私ばかりが受けていた。でもこれからは、私も彼を感じさせよう。  
 受け取るばかりでは意味が無い。彼にも受け取って欲しいのだ。  
 私が与える刺激に、身体を震わせて声を上げて欲しい。  
 男の子は、女の子のように激しく喘いだりしないのかもしれないが──  
「俺……んッ、そろそろ……」  
 恭也は腰を突き出すようにして、びくびくと震えている。  
「夕菜、やばい……んっ」  
「んぅ……」  
──イっちゃいそう……なの?  
 眼だけで問い掛ける。  
「俺、もう……出そうッ」  
──精液……出ちゃう?  
 恭也の限界が近い──それが私を昂ぶらせる。  
 彼を責めながら、自らをも刺激する。  
 恭也の精液──このまま続けていれば、私の口に──  
 私はさらに激しく責め立てた。  
 彼のそれを、受け止めたくて──  
 上の口から、下の口からも、水音を淫らに響かせる。  
 ぷりっとした滑らかな頭を舌で舐め回す。  
 握った手で、熱くて硬い竿をしごいてゆく。  
 自身の秘処から離した手を、さらに重ねる。  
「夕菜……夕菜っ、出してもいい?」  
 拒否する理由など何ひとつ無い──  
 こくんと頷く。  
「出るっ、んッ! くぅ──ッ!」  
 恭也の身体がびくびくっと震え──  
 びゅっ、びゅっ、と──  
 スポイトで口の中にぬるま湯を浴びせられたような──  
 咽てしまい、吐き出しそうになって、慌てて両手で彼のものごと口を覆う。  
 つんとした臭いが鼻を衝く。  
 なんとも言い難い──薬のような、どろりとした生温かい液体だった。  
 ひくひくと脈打つ彼のそれ──  
 恍惚の笑みを浮かべた恭也に、私も笑みを返した。  
 
 私は、口に残ったそれを、嚥下してしまった。喉に絡み付いて吐きそうになったが、  
ミルクティで流し込んだ。  
 恭也は苦笑した。そうすれば喜ぶと思ったのだが──変なビデオの見すぎ、と笑われて  
しまった。自分でも、そうなのだろうと思った。  
 それから、ソファに寝かされて、彼の愛撫に身を委ね、私も達してしまった。  
 食事を頼むのを忘れて淫らな行為に没頭し、疲れ果てた私は、少し眠ってしまった。  
 彼は、眠った私をずっと抱いていてくれたらしい。  
 結局、私は一曲も歌わなかった。彼も最後に一曲歌っただけだった。  
 彼が歌い終わってから、私はショーツを穿いた。鞄に一枚入れておいたのだ。  
 毎日ずっとノーパンにしよう、なんて言うから、頭を叩いてやった。  
 靴紐を結んであげていると、フェラさせながら結んでもらうのも良いかも、なんて言った  
から、紐を両方解いてやった。  
 冗談冗談、と笑っていたが、きっと半分以上は本気だったはずだ。  
 本当に監視カメラは無かったのか──カウンターで支払いをするのが恥ずかしかった。  
 カラオケ店を出て、ハンバーガーショップで遅い昼食を摂った。  
 彼が鼻の頭にテリヤキソースをつけていて、子供っぽくて笑ってしまった。  
 しかし、私も頬にタルタルソースがついていたらしい。二人してくすくす笑い合った。  
 その後、彼は古着屋で黒いジーンズを一本買った。けっこうな値段だった。  
 私のスカートも買ってくれたのに、お小遣いは大丈夫なのかと訊いたら、時々親戚の店を  
手伝ってバイト代をもらっているのだと言っていた。  
 そんな事をしているなんて、やはり彼はすごいと思った。  
 日も傾き、空が茜色に染まる頃、私たちは帰途に就いた。  
 帰りの電車も混雑していて、私はずっと彼にくっついていた。  
 彼はそっと私を抱いていてくれた。  
 私鉄にも一緒に乗ったが、私は恭也よりひとつ前の駅で降りた。  
 降りる直前、いきなりキスなんかするから、眼が眩んで車両とホームの隙間に落ちそうに  
なってしまった。  
 私は耳まで真っ赤な顔をして、ホームから、彼を乗せた列車を見送った。  
 見えなくなるまで見送った。  
 駅を出たところで、深雪と舞香に、ばったり出くわした。  
 真っ先に浮かんだのは、ショーツを穿いていて良かったという安堵だった。  
 舞香は眼を丸くして、デートデートっ? 羽山君と!? と私の手を掴んで振り回した。  
 その服可愛い、ちょー似合うー! などと大声ではしゃがれて恥ずかしかった。  
 しばらく三人で立ち話をした。  
 最近、明るくなったね、と言われた。自覚はあまり無いが──以前より、人と話すのが  
好きになったようには思う。  
 別れ際、深雪が厳しい顔で言った。  
 恭ちゃんの事、あたし諦めてないからね、と──  
 宣戦布告だった。  
 言葉を探していると、舞香が、あたしも恭ちゃんラブー! と言って深雪に叩かれた。  
 なんだか、安らぐ──そう思って、自然に笑みが零れた。  
 二人と別れ、家に着く頃、恭也からメールが来た。  
『今日は楽しかったよ またデートしような もちろんノーパンで!』  
 まったく──呆れながら、私はすぐに返信した。  
『私も楽しかった 今度は恭也がノーパンね』  
 玄関の鍵を開け、ブーツを脱いだところに返事が来た。  
『オッケー了解! って、マジで!?』  
 彼が下着を着けずにスカートを穿いているところを想像して、おかしかった。  
『マジだよー』  
 それからしばらく、メールのやり取りをしながら、夕食を作って独りで食べた。  
 両親の帰りは夜遅い。  
 あまり親の事は好きではないが、それでも少し寂しい。  
 でも、私には恭也がいる。  
 とんでもない彼氏だと思うけど──  
 私は恭也が好きだ。  
 深雪には悪いが、彼女に譲る気はさらさら無い。  
 これからどれぐらい彼との関係が続くか解からないけれど──  
──ずっと、一緒にいられたら良いな……。  
 
                      夕菜 ── a girl meets a boy ── fin.  
 

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