私の太腿を撫でる手が、スカートを捲りながら、腰に達した。  
「ふふ。綺麗な脚」  
 見えてしまっているのだろうか。  
 小学生の頃からほとんど変わりのない私の下半身は、女の子らしい身体には程遠い。  
華奢で肉付きが悪く、同級生の女の子たちは次第にふっくらとした丸みを帯びていくのに、  
私の身体は胸以外はほとんど変化が見られない。  
 当然、下腹部のなだらかな丘には、細く短い柔毛しか生えていない。  
「──ッ!?」  
 スカートが引き上げられる。咄嗟に手を伸ばし、押さえようとする。  
 そこを笹野先生の手が捕まえた。  
「ふふっ、だ〜め」  
 悪戯っぽく笑った彼女は、私の両手首を素早く掴む。私の腕は左右に広げられ、仰向け  
で大の字に押さえつけられてしまう。  
 同い年とはいえ男の子の羽山君にだけでなく、女性の笹野先生にも私の力は敵わない。  
 確かに私は華奢だし、運動も得意ではない。体育の成績だって悪い。だとしても──  
「羽山さん、まだ抜けきってないんでしょ?」  
 すぐ眼前に、彼女の──妖艶な笑み。  
 彼女が保健室へ戻る直前まで──正確には、戻った瞬間まで自慰に耽っていた。憧れ  
の少年の気持ちを踏み躙り、独り惨めに快楽を貪っていた。それが抜けきっていない。  
「羽山さんの匂い、エッチ」  
「えっ──」  
「下から漂ってくる」  
「そんなっ!」  
「保健室中に、充満してるよ?」  
「やだ──」  
──そんなの……やだ。恥ずかしすぎる。  
 私の発した淫らな匂いは、この部屋中に充ち満ちているというのか。  
「冗談」  
「え──?」  
「柏原さん、ブラもどうしたのかな?」  
「──ッ!」  
 次々に繰り出される彼女の言葉に、私はどう対処して良いのか解からない。  
「んっ!」  
 彼女の指が私の乳房に触れた。ブラウスと、羽山君の残したタンクトップを間に挟んで、  
彼女のしなやかな指が、私の乳房の形を確かめるように撫でてゆく。  
「大きなおっぱい。とても一年生に思えないよね」  
「……」  
「三年生にだって、こんな大きな子はいなかったと思うなぁ」  
 言わないで欲しい。そんな事は私が一番よく解かっているのだから。  
 彼女の左手が二つの膨らみを交互に撫でる。先端には触れず、ゆっくりと。  
 という事は、私の右腕は解放されているのに──私は彼女に抗いもせず、されるがまま  
になっていた。  
「カップは?」  
「え──」  
「ブラのサイズ。いくつ?」  
 ブラジャーのカップサイズは──Cだったろうか。  
 だが、母親の用意してくれたそれは、私の双丘には小さすぎる。きっともっと上のサイズ  
の方が私には合っているのだろうと思う。  
「Eカップは確実にありそうね〜」  
 Eカップ──そう言われてもぴんとこない。サイズの決め方というものを、私はきちんと  
理解していない。  
 複雑な笑みを浮かべた笹野先生は、私から手を離し、自らの乳房を包み込んだ。  
「あたしも今はこんなだけど、中学の時は、ぺったんこだったの」  
 男子生徒たちの間では、彼女はGカップだと噂されている。その言葉がどれほどの意味  
を持つのか解からないが、きっと男子生徒にとっては、刺激的で魅力的なのだろう。  
 彼女は女である私から見ても、じゅうぶんに魅力的だと思う。  
 そういえば、笹野先生──下の名前は、なんだったろう。さゆり、さおり、確かそんな名  
だったように思う。  
「あたしが中学生だったら、きっと柏原さんに嫉妬しちゃうなぁ」  
 蠱惑的な中にも、どこか温かみの感じられる、艶やかな笑みだった。  
 
「男の子なら、夢中になりそう」  
 そう言って、笹野先生は指先で再び乳房を撫でた。  
 羽山君のタンクトップを経由して、彼女の指の温もりがじわじわと染み込んでくる。  
「学校中の男の子たちが、柏原さんのおっぱいに夢中かもね」  
──そんなの……。  
「今年の一年に、すごく胸の大きな子がいるって、入学式の直後からみんな噂してた。  
男の子も、女の子も」  
 そんな事を言われても、どう反応して良いのか解からない。  
「女の子は羨ましがるのよね、おっきな胸」  
 そんな事を言われても、嬉しくもなんともない。  
 胸の膨らむ前から、人と関わるのが苦手で疎外される事が多かったが、こんなにも胸が  
大きくなってから、風当たりは一層強くなったのだから。  
「私は、別に──」  
「なりたくてなったわけじゃない」  
 彼女は、解かってるよ、と付け加えた。  
「ここであたしが、あなたの魅力を語って聞かせてあげてもいいんだけど」  
──私の、魅力なんて……。  
 ありはしない。少なくとも、私自身が、己に自慢できるようなものなど持っていない。  
「そんなのいくらあたしが語っても意味無いからね。自分の魅力には自分で気が付くべき。  
自分で磨き上げてこそ、光り輝く宝石となる──」  
 私の顔のすぐ上で、彼女は艶っぽい笑みを浮かべながら言った。  
 今時の女性にしては珍しい、漆黒の髪が垂れて、私の頬を撫でている。  
「なんてね。母親の受け売りだけど」  
 笹野先生は、ちょっと恥ずかしそうに笑った。  
──自分で磨き上げる、か……。  
 今の私には縁のない話だった。  
 彼女は、私にも人に誇れる魅力があるのだと言いたいようだが、もしそれが乳房の事だ  
としたら、それは私には受け入れる事のできない話だ。  
 私の乳房は、中学一年生としては異例の大きさだろう。それは確かに魅力となりうるもの  
なのかもしれないとは思う。現に羽山君は──  
 ちくりと心が痛む。  
──羽山君……。  
 ほんの少し前まで、ここには彼がいた。私は彼に抱かれ、彼と唇を触れ合い、彼の指に  
身を震わせていた。彼と二人きりでいた時間が、ひどく懐かしく思えた。  
「どうしたの?」  
 彼女の言葉に、羽山君の姿が掻き消された。  
「いえ……なんでも」  
「彼の事でも考えてた?」  
「え──」  
 くすりと微笑んだ彼女。  
 ほつれて垂れ下がった髪の陰から、彼女の黒い瞳が私を見つめている。全てを見透か  
されてしまう──そんな気にさせる、艶やかな双眸。  
──羽山君……。  
 羽山君がここにいた事を、彼女は知らないはずだ。いや、そもそも私が羽山君の事を  
意識していた事など知る由も無いのだ。  
 彼というのは、羽山君を指しているわけではないのだろう。年頃の女の子なら一人ぐらい  
気になる男の子もいるだろうという想定のもとでの、不特定の誰かを指す「彼」なのだろう。  
 そうは思うのだが、彼女なら、私の心を見透かすぐらい簡単なのかもしれないとも思え  
てしまう。  
 いや、見透かしたわけではないのかもしれない。私は彼女の入室に気づくのが遅れた。  
自慰に夢中だった私は無意識のうちに彼の名を呼び、彼女にそれを聞かれていたのかも  
しれない。  
──恥ずかしい……。  
 羞恥心に、身体中が熱くなる。  
 今日はなんて日なのだろう。こういうのを厄日と言うのだろうか。けど、羽山君に身体を  
触れられ、好きと言われ──  
 凶を吉に変えてくれるはずの彼を拒んだのは、他でもない私自身だった。  
 彼の姿、彼の言葉、彼の温もり、彼の──  
──全部忘れちゃえば、楽になれるのかな……。  
 けれど、それはとても悲しい事のようにも思えた。  
 
「なんだか寂しそう」  
 笹野先生が私の瞳を覗き込んでいる。  
 引き込まれてしまいそうな瞳だった。同性の私ですら、その瞳に魅了されてしまう。男子  
生徒たちが盛り上がるのも頷ける。  
──美人だな……。  
 改めて思う。結婚はしていないらしいが、恋人はいるのだろうか。きっとこれほどの美人  
なら、引く手あまたなのだろう。私などとは大違いなのだろう。  
 透き通るような肌。ほんのり色づいた頬。メイクの事はよく解からないが、あまり化粧っ気  
は無い。すっきりとした細い眉、薄く引かれたアイライン。年配の女教師のような毒毒しさの  
無い、きりっと引き締まった唇。  
──羨ましい。  
「柏原さん──」  
 不意に、彼女の指が私の唇に触れた。  
「キス、した事ある?」  
「え──」  
 ほんの数分前、いや、十数分前だろうか──時間の感覚が無い。  
 羽山君と交わした口付けを思い出す。それを読み取ったかのように、彼女は言った。  
「あるんだぁ?」  
「──!?」  
 笹野先生の唇が、私のそれへと重ねられた。  
「──んっ」  
 甘い香りに、鼻腔をくすぐられる。  
 笹野先生と──女性と、キスしてしまった。頭が混乱して真っ白になってしまう。  
「んっ……んくっ!」  
 彼女の指が私の膨らみを登り、頂きへと触れた。びくんと身体が弾む。  
「可愛い」  
「あっ──」  
 唇が一旦離れ、再び触れ合う。  
 私の唇を、彼女の舌がなぞる。恥ずかしさと心地好さに、目を開けていられない。  
「力を抜いて」  
「ん……」  
 温かく濡れた舌が、唇を割って侵入してきた。どうすればいいのか判らず、私は彼女の  
舌を受け入れてしまう。  
 くちゅ──  
 甘い香りが、口中を満たしていく。  
 前歯を舐められ、反射的に逃げようとした私を、彼女の舌が追いすがる。  
 気が付けば、二人の舌と舌とが絡み合っていた。  
──笹野先生と……女同士なのに……。  
 頭が回らない。くちゅくちゅと扇情的な音が頭の中に響く。  
 身体が震える。硬くなった突起を刺激され、大きな膨らみを揉みしだかれる。  
 彼女に翻弄され、自慰の残滓が膨れ上がってゆく。  
「んっ、ふぁ……」  
 口の中を、彼女の舌に掻き乱される。唇を啄ばみ、歯を舐め、舌と舌を絡ませ、唾液を  
混じらせて、私の口中を蹂躙する。  
 それどころか、彼女の唇に吸われた私の舌は、相手の中へと引き込まれてしまう。  
──すごい……キスって、こんなすごいんだ……。  
 笹野先生のもたらす陶酔感に蝕まれてゆく。  
 彼女の舌が別の生き物のように蠢いて、私はただただされるがままになっていた。  
 尖った乳首をブラウスの上から弄ばれ、いつの間にかもう片方の手が、露になっている  
下腹部へと伸ばされていた。  
──ダメ、恥ずかしい……。  
 それなのに、私の身体は小刻みに震えるだけだ。彼女に抗う事など、今の私にはできは  
しない。このまま身を任せてしまう以外に考えられなかった。  
「んっ……」  
 無毛の丘を指が撫でる。恥ずかしいのに、恥ずかしいけど、もっとして欲しい──  
 指が這い回る。しかし彼女の指は、肝心の部分になかなか触れてくれない。羽山君が  
してくれたストレートな刺激とは違う、遠回りな彼女の愛撫に、私は身を委ねていた。  
 激しい──大人のキスに掻き乱され、しなやかな指に乳房を刺激され、やわらかい指で  
下腹部を焦らされる。  
──もっと、して欲しい……。  
 
「んっ、ふぁ」  
「はっ、んぅ……」  
 唇が離れ、私は目を開いた。妖艶な笹野先生の笑みが眼前にあった。  
 恥ずかしくてすぐに目を閉じてしまう。  
「柏原さん、可愛い〜」  
「うぅ……」  
 制服の上から乳房を撫でられ、隠すものの無い秘処を指でなぞられる。  
 硬くなった乳首は、羽山君のタンクトップと制服のブラウスを内側から押し上げている。  
もっと触れて欲しいと自己主張するかのように突き出したそれは、彼女の指に触れられる  
たびに私の身体をびくびくと弾ませる。  
 私の脚は、彼女の膝によって開かれたままになっている。脚の付け根の秘裂はとろとろ  
に蜜を溢れさせ、彼女の指に絡み付いている。けれど、彼女はその周囲を撫でるだけで、  
肝心の部分へは触れてくれない。  
──いじって欲しい……。  
 求めているのに、してくれない。乳首だけでは物足りない。もっと強い、身体の芯から突き  
上げるような快楽に浸りたい。身体が刺激を求めて悶えている。  
 保健室の主である笹野先生は、こういう事に慣れているようだ。男子生徒たちが噂して  
いた、淫楽症──下品な言い方をすれば、ヤリマン──という言葉がよぎる。以前、彼女が  
気に入った生徒と保健室で淫らな行為に耽っているのだという、馬鹿馬鹿しい噂話を耳に  
した事があった。そんな事あるわけがないと、気にも留めていなかったが──  
 彼女のキスも、指の動きも、羽山君のそれとは段違いに──手慣れている。  
 羽山君の愛撫は、所詮は知識の延長線上のものに過ぎなかったという事なのだろうか。  
彼女のような経験に基づいた技巧とは比べるべくも無いと言う事なのだろうか。  
 乳首だけでももっと刺激して欲しい。撫でるだけじゃなく、抓んで、引っ張って、転がして  
欲しい。こんな弱い刺激じゃ物足りない。もっと強い刺激を与えて欲しい。  
──クリ、いじって欲しいよぉ……。  
 自慰の時はほとんど肉芽ばかりを刺激している。乳房や乳首でも快感を覚えるように  
なってきたが、それでも、そこが一番感じるのには変わりない。  
 もっとも、裂け目の中心、花弁の奥にまで指を入れたことはほとんど無い。何度か試した  
事はあったが、指先を入れたところで激痛が走り、とても続けていられなかった。  
 クリトリスがぷくりと膨れ上がっているのが自分でも判る。とめどなく溢れる露が、お尻の  
方まで垂れているのも自覚できた。  
──いじって欲しい、クリいじって……。  
「ひぁあっ──!」  
 びくんと大きく体が跳ねた。私の心に応えるかのように、一番敏感な蕾が刺激された。  
「可愛い声……もっと聞かせて」  
「ひっ、あっ、んゃっ」  
 集中的に責め立てられ、自分のものとは思えない喘ぎが漏れてしまう。  
「やっ、ひゃぅ! んぁっ!」  
 途切れる事の無い快感が私の身体を駆け巡る。  
「柏原さんのここ、いじり易くて良いね」  
「や、だっ……あぅ、ひゃ!」  
──羽山君にも言われた……。  
 私のそこがまだ子供のままだから──恥毛が全く生えていないからいじり易いと。  
 いじり易いのならば──こうして刺激してもらえるのなら、発毛なんてしなくてもいいの  
かもしれない。  
「すごい反応……気持ちいい?」  
「はいっ、んぁ……ふぁっ、はぁっ!」  
 気持ちいい。すごく気持ちいい。さっき達したばかりだというのに、私は再び頂上へと駆け  
上っていく。  
 先生の指は休む事無く蠢いて、私の花芯を刺激する。くちゅくちゅと淫らな水音が響いて  
いる。唇を奪われ、舌に蹂躙される。乳首が抓まれ、指で転がされる。蕾を弄ばれ、快楽の  
渦に翻弄される。  
 独りでしていた時とは段違いの波がいくつも押し寄せてくる。  
 それは、もうすぐそこまで来ていた。  
「イっちゃっていいんだよ」  
 先生の言葉に、私の意識は真っ白になった。  
「あぁぁ! ひぅ、ひぁぁッ──!」  
 突き上げられたように身体を仰け反らせ、二度目の絶頂に飲み込まれた。  
 恍惚とした陶酔感に身体を震わせながら、羽山君の顔を思い浮かべていた。  
 
 呼吸が落ち着いてきた。  
 その間、ずっと先生は私の頭を撫でてくれていた。  
──イかされちゃった……。  
 さっき自慰で達したばかりなのに。  
 羽山君にされた時も気持ちよかったが、それ以上の快感に包み込まれてしまった。  
──羽山君……。  
 彼がここを立ち去ってから、三十分以上は過ぎたように思える。彼はとっくに教室に戻っ  
ただろう。私を保健室に残して独りで戻ったと、あの気色悪い数学教師に伝えたのだろう。  
 私は彼の差し伸べた手を突き返し、自分の──殻に閉じ篭もった。  
 入学してから昨日まで、彼と交わした言葉などほんの僅か。私が一方的に彼に憧れを  
抱いていただけの関係でしかなかった。  
 それなのに、彼は私をずっと気にしていたと、好きだったと言った。私がクラスメイトに  
からかわれたり、虐められたりしていても、助けてくれなかったのに。本当に好きだった  
のなら、なんで助けてくれなかったのだ。自分も虐められる側に回るのを恐れて──  
──醜い……。  
 相手に責任転嫁するなんて──みっともない。  
 自分の言動に責任を持たず、全て他人の所為にして言い訳する。見苦しい。こんなだ  
から、私には友達ができないのだろう。  
 そんな事は判っている。解かっているけど──  
「あァん、いっけない!」  
 私の思考を中断させたのは、彼女の素っ頓狂な声だった。  
 彼女は飛び跳ねるようにベッドから降りると、ブラウスの上に引っ掛けた白衣をぱんぱん  
とはたいて、手串で髪を整えた。  
「柏原さんがあんまり可愛いから、つい意地悪したくなっちゃった」  
──意地悪……?  
「見えてるよ、柏原さんの女の子」  
「あっ──!」  
 私はあわてて、捲れあがったスカートを直した。  
 意地悪と言えば、今のセリフもじゅうぶんに意地悪だろうと思う。初めから捲れていたとは  
いえ、ここまで捲り上げたのは彼女自身ではないか。しかも、指で──  
「イった直後って、中学生でも色っぽいんだよね」  
「──ッ!」  
 何を言い出すのか──  
「悪戯したくなっちゃうのは悪い癖だわ」  
「え……?」  
「可愛い子には意地悪したくなっちゃうものなのよ」  
 そういうものなのだろうか。  
 そうかもしれない。好きな相手には素直になれないという事なのだろう。  
──私も……そうなのかな。  
 羽山君を好きだから、拒絶してしまったのだろうか。  
「下着、どうしたの?」  
「え──」  
「ブラもショーツも、着けてないみたいだけど」  
 正直に答えるべきなのだろうか。  
「何かあったの?」  
「……」  
 彼女は私に背を向け、窓のそばまで歩くと、少しだけそれを引き開けた。  
「言い難い事?」  
 こちらを向いた彼女は、煙草を手に持っていた。銘柄はよく解からないが、父が吸って  
いるものより細長いものだった。  
 金属製のライターで火を点け、ふうっと紫煙を吐き出した。  
「ほんとは吸っちゃいけないんだけどね」  
 それはそうだろう。生徒たちの健康管理を任されている保険医が煙草を吸うというのは、  
何か間違っている気がする。  
「まさか、そういうプレイってわけじゃないでしょうし」  
「プレイ?」  
 思わず訊き返した。  
「羞恥プレイ」  
──しゅうちぷれい……?  
 その言葉が言葉として意味を成すまで、わずかに時間を要した。  
 
 性行為──という言い方で正しいのかどうか判らないが、そういった──プレイがある  
という事はどこかのアダルトサイトで見た記憶があった。主に女性の羞恥心を煽って性的  
興奮をもたらす事を目的とした行為の総称──  
「そ、そんなんじゃ──」  
「解かってるよ」  
 やっぱり、彼女は意地悪なのだろう。きっと羽山君と同じ──Sなのだ。  
「プレイは冗談だとしても、ほんとにどうしたの?」  
 意地悪な笑みはすぐに消え、大人が子供を心配する顔になった。  
──羞恥プレイ……。  
 普通に考えれば、性的興奮をともなう行為は、一対一で行われるものだろう。けれど、  
羞恥プレイというものには、そうでないものもあるようだった。  
 今の私のように、ブラもショーツも身に着けずに外出するといったものから、衆人環視  
のもとでの性行為などといった過激なものも含まれている。もっとも、どちらかというと  
そういうものは露出プレイと言われるようだが──私はそれらを知った時、嫌悪感を抱く  
と同時に、ほんの少しだけ好奇心をそそられた。  
 もちろん、興味を覚えるというのと、実行するのとは全く別問題だ。  
 私は乳房の発達が著しく、周囲からからかわれている。これはある種の羞恥プレイとも  
言えるのだろうが、からかわれ、胸を触られたりしても、そんな事で性的興奮を覚えた事  
など無かった。  
 けれど今日、ブラもショーツも着けずに教室へと戻らなければならなくなった私は、実際  
にそういう状況になって私が感じたのは──  
「あの……先生」  
「ん?」  
「下着、無くしたんです」  
 私は身体を起こし、短めの髪を整えながら言った。  
「無くした?」  
 全て話してしまおうと思った。  
 身体を刺激され、達する瞬間をすぐそばで見られていた相手と向き合うのは恥ずかしい  
ものだった。彼女の顔を真っ直ぐに見る事ができず、目を伏せたまま言った。  
「はい……三時間目が水泳で、終わって着替えようとしたら──」  
 無くなっていた。  
 彼女が煙を吐き出す。煙が渦を描いてゆっくりと昇ってゆく。  
「誰かに盗られたの?」  
「……」  
 あいつらだ、おそらく。もちろん証拠は無いが。  
「心当たりはあるみたいね」  
 ふう、と煙が揺れる。  
「とりあえず──」  
 彼女は再び背を向けると、机の上に乗っていた箱ティッシュを手にして戻ってきた。  
「綺麗にしないと、匂っちゃうよ」  
「あっ……」  
「拭いてあげようか?」  
「えっ──」  
 この人は、やはり意地悪だ。  
「冗談。拭いてるところ、見ててあげる」  
「えぇっ──」  
「ふふ、こっちも冗談。後ろ向いてるから、ね」  
「……」  
 きっと冗談ではない。私の反応を窺っている──そんな感じなのだろう。  
──羞恥プレイ……これも?  
 そうなのだろうと思う。  
 調子が狂う。羽山君の時もそうだ。  
 小学生の時から、胸を触られたりする事はあった。その時は、ただ嫌だと、やめてくれと  
思っていただけだったのに。  
 冗談半分で、からかい半分でではない。彼も、彼女も、本気で私を性的に刺激しようと  
手を出してきた。  
 きっと私は、そういうのに弱いのだろう。  
 私は自分が思っているより淫らなのだろう。  
 そうでなければ、いくら憧れの相手とはいえ、交際もしていない男の子に、年上の女性に  
触れられて、淫らな気持ちになどなりはしないだろうから。  
 

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