竜介は夕菜の歩調に合わせて階段を登る。彼女が彼を引き離してしまいたいと、そうで  
なければ、さっさと追い越してもらいたいと思っている事になど、まったく気づかない。  
──やっぱりノーブラだ。ダメだよ夕菜ちゃん。  
 そんな格好で教室に戻ったら、みんなになんて言われるか判らないよと、要らぬお節介  
を口にしようとした時、夕菜が少し笑った気がした。  
「ど、ど、どうしたの?」  
 自分が背中を凝視している事を気取られたのかと思い、慌てて声に出してしまう。  
「べつに」  
「そ、そう?」  
──なんで笑ったのかなぁ。  
 素っ気無い彼女の言葉の意味が、竜介には解からない。  
 彼女は今、ブラジャーを着けずに大きな乳房を揺らしながら──背後の竜介からは見え  
ないが、きっとぷるぷるといやらしく揺れているに違いない。このまま教室に戻ったら、  
みんながそれを見て、彼女は恥ずかしい思いをするだろう。  
「き、き、気をつけてね」  
 それなのに、何故笑うのだろうか。  
 笑うという事は、楽しいと感じるからだ、それを好ましいと思うから──  
──もしかして、夕菜ちゃん……おっぱい見られて、感じちゃうの?  
 夕菜が大きな乳房を揺らしながら振り向き、竜介の視線を浴びて頬を赤らめる。いつも  
おとなしくて目立たない彼女だが、本当は淫らな嗜好を持った少女なのだ。  
 竜介は彼女の気持ちを満たしてあげるために、揺れる乳房を凝視する。  
 夕菜が、もっと見てと囁き、桜色の突起を尖らせた、ふくよかな乳房を曝け出す。  
 いいよ、見てあげる……夕菜ちゃんの大きなおっぱい、たぷたぷ揺れてるね。  
 うん、揺れてる……恥ずかしいのに、エッチな気分になっちゃうの。  
 エッチな夕菜ちゃんは、僕に見てもらうだけで満足なの?  
 見てるだけじゃ、やだ……触って欲しい。私の巨乳を竜介君に揉んで欲しいよ。  
 じゃあ揉んであげる。すごいね、柔らかいよ。ぷにゅぷにゅして気持ちいいよ。  
 私も気持ちいい。乳首もこりこりなの……虐めて欲しいよぉ。  
 乳首を抓んで、ぺろぺろしてあげる……美味しいね、母乳も出ちゃってるよ。  
 うん、気持ちよくて、お乳が出ちゃう……エッチだよぉ。  
 もっとエッチな事したいんでしょ? どうしたいか言ってごらん?  
 竜介君の……おちんちん、おっぱいで挟みたいの。  
 エッチだねぇ、夕菜ちゃん。もっともっとエッチになっちゃおうか。  
 うん……竜介君に、私をもっともっとエッチな女の子にして欲しい。  
 僕の事は御主人様と呼ぶんだ。夕菜は僕の性奴隷だよ、いいね?  
 はい、御主人様……夕菜をいやらしくてエッチな奴隷にしてください──  
──夕菜ちゃんtって、ほんとうはエッチだったんだね。  
 夕菜は彼の世界の中で、彼を御主人様と呼ぶ愛奴と化していた。  
 中学一年生とは思えない巨乳で彼の巨根──妄想の中ではそうなのだ──を挟み  
ながら、自分の乳首を指で転がして淫らに喘ぐ。乳首からは母乳を垂らし、身体中を  
乳白色に染めて身悶える──インターネットで仕入れた性知識は、フィクションとノン  
フィクションの区別もつけられず、彼の未熟な欲望を肥大させていた。  
 しかし竜介にも、それなりの一般常識というものはあった。  
──ダメだよ、こんなところじゃ……。  
 エッチな事はできないよと、股間を盛り上げ、下着を湿らせながらも、理性を働かせる。  
──夕菜ちゃんが見られて感じるなら、僕がずっと見ていてあげるからね。  
 彼女を他の奴らに見せるなんてできない。うちに来れば二人きりでエッチな事をいろいろ  
してあげられるよと、勘違いの独占欲を募らせている。  
 夕菜が、羞恥心に気持ちを昂ぶらせていたのは間違ってはいないが、彼女は竜介と  
そんな関係になる事を望んではいない。  
 夕菜にそういう趣味があるのなら、自分は彼女を愉しませなければならない。彼女の  
羞恥心を煽り、淫らな気持ちにさせてあげるのが、御主人様としての努めだ。だが、そう  
いった行為には危険がともなう。たちの悪い者たちに付き纏われないとも限らない。か弱い  
夕菜は、見知らぬ男たちに乱暴に扱われ、純潔を奪われてしまうだろう。  
──そんなのはダメだ! 夕菜ちゃんは僕のものなんだ。  
 主人たるもの、奴隷を守る義務がある。彼女を守らなければならない。彼女を守れるの  
は自分だけだ。  
 竜介の思考過程はまともな人間には理解できないものだったが、男は女を守らねば  
ならないという、一般的な結論へ行き着いていた。  
──そうだ、夕菜ちゃんは僕が守るんだ。  
 
「か、柏原さん、あ、あ、あのさ」  
 竜介はどもりながら、階段を登ってゆく夕菜を呼んだ。  
 言葉にしてから、どうしていいのか判らなくなる。  
──夕菜ちゃんに伝えないと!  
「し、した、し……の、ぶ、ぶ」  
 下着を着けていないノーブラのままで教室に戻るのは、恥ずかしいんだよね。竜介は  
そう言おうとしているのだが、上手く言えずにもごもごと口篭もってしまう。  
「なに?」  
 夕菜は立ち止まり、首だけをめぐらせて、苛立ちを隠せずに眉を顰めた。  
 竜介は、いつになく鋭い彼女の声に怯んだ。  
「あっ、いや、え、ええと」  
 だが彼は、彼女の声が冷たく聞こえるのは、こんなところで二人仲良く喋っているのを  
知られたら、恥ずかしいからなんだろうと解釈した。  
 確かに夕菜は恥ずかしがるだろう。もちろん竜介が考えているのとは逆の意味で。  
──それに、不安なんでしょ、夕菜ちゃん?  
 彼女は自身の性的嗜好が危険をともなう事は彼女自身も理解しているはずだ。独りで  
するのは怖いに違いない。きっとこんな風に学校でノーブラでいるのは、独りぼっちで寂し  
くて、誰かの気を引こうと考えているからなのだ。  
 そして、真っ先に気づいたのは自分なのだ──きっと真後ろの席にいる自分に気づいて  
もらいたくてノーブラでいるんだねと、竜介の思考は自分に都合よく展開されていた。  
──やっぱり僕が必要なんだね夕菜ちゃん。  
 自分こそが彼女に選ばれた人間なのだ。羽山のような女たらしより、自分のような誠実な  
男が選ばれるのは当然だ。  
──僕が、キミを守るよ!  
 その言葉がなかなかうまく言えない。  
「ぼ、ぼぼ、僕が、僕──」  
 彼にとってこんな芝居がかったセリフを言うのは、生まれて初めての事だった。  
「僕っ、が、ま、ま、守ってあげる……」  
 夕菜が複雑な表情を向けてきた。無理もない。  
──ああ、夕菜ちゃん……やっぱり可愛い。  
 全然関係の無い事を思いながら、彼は気持ちを昂ぶらせていた。緊張と興奮で耳が赤く  
染まり、鼻息も荒くなっていた。手を伸ばせば夕菜の白い頬に触れる事ができる。小さく  
艶やかな唇が開かれ、まるで自分の唇が重ねられるのを待っているようだ。  
──だいじょうぶ、だいじょうぶだから。  
 ノーブラでも大丈夫、僕がいるから。竜介は夕菜を守る事が自分の使命、そのために  
生まれてきたのだとまで思い始めている。  
「の、のー、ぶ、ぶら……」  
 夕菜の顔が顰められる。周りに生徒たちはほとんどいないが、それでもこんな場所で  
その言葉を口にされて平静ではいられない。  
 え? とだけ声に出した夕菜の気持ちも知らず、竜介は続ける。  
「だ、だからっ、ゆ、ゆ……」  
──夕菜ちゃん。  
「ぶぶ、ぶ、ブラ……ぼ、僕……まもっ……」  
 ブラをしてなくても、僕が守ってあげるよ。そう言ったつもりだった。  
 ブラを着けずに僕を誘う事なんてないんだ、僕はずっとキミしか見ていなかったんだから、  
キミの気持ちにはずっと前から気づいていたんだよ。  
──そう、出会った時から、僕はキミがこういう子だって知ってたんだ。  
 ついさっき思いついた空想に過ぎないというのに、そう信じて疑わない。  
 彼の記憶が書き換わってしまっているのではない。彼にとっての真実は、自分の頭の中  
で像を結んだ事だけだった。彼の見ている世界そのものが変貌しているのだ。  
 夕菜はじっと彼を見ていた。  
 こいつはどうしてこんな事を言うのだろうかと、彼女は竜介の考えている事が全く理解  
できず、ただ呆然とするしかなかった。  
「う、後から、見守って……」  
 後から見守ってあげるよ。その為に僕は君の後ろの席にいるんだ。  
「ぼ、僕がいるから、だから……へ、平気だよ」  
 竜介はにんまりと笑った。  
──夕菜ちゃん、さぁ一緒に教室へ行こう。怖いものは何も無いよ……。  
 彼女を守るという宣言を果たし、満足だった。これほどの充実感は久しぶりだった。  
 そんな彼の情動には興味も見せず、夕菜は再び彼に背を向けて階段を登り始めた。  
 
 スカートが捲れるのも気にせず、私は階段を駆け登った。膝上までのスカートだ。中が  
見えてしまうという事は無いだろう。  
 それよりも、揺れる胸の方を意識してしまう。やはりタンクトップでは私の乳房の揺れを  
抑える事はできなかった。激しく身体を動かせば乳房が大きく弾む。  
 先端が擦れて刺激されるが、今の私にはさほど気にならなかった。  
──あいつ、ほんとに気持ち悪い。  
 早く彼から逃れたかった。  
 私を追うように、金森の足音が響いてくる。  
──ここで、羽山君に……。  
 身体を責められた踊場を行き過ぎる。  
 こんなところで、私は淫らな責めに身体を震わせていた。彼に後から抱かれ、弄ばれ  
ながら切なく喘ぎ、秘処を潤ませていた。スカートを捲り上げられ、そこが子供のまま  
だというのも知られてしまった。  
 彼は知識だけだと言っていたが、私にはとてもそうは思えなかった。彼の指は的確に  
私を責めさいなみ、身体中に歓喜の渦を巻き起こしたのだ。  
 知識だけであんな芸当ができるのだろうか。知識というものは、経験がともなって初めて  
技術となるのだと思っていたのだが──  
 きっと彼は、天性のものを持っていたのだろう。それを行使する相手の第一号に選ばれた  
のだから、私はそれだけで幸福だと思っておくべきなのかもしれない。  
──羽山君……。  
 私が教室に戻ったら、羽山君はどういう顔をするだろう。彼を突き放してしまった私は、  
彼の前にどんな顔をして出ればいいのだろう。  
 彼は私をどう想っているのだろう。私の事を前から気にかけていてくれたという羽山君。  
私を可愛いと言ってくれて、大きな乳房を好きだと言ってくれた。刺激に喘ぐ声も、無毛の  
下腹部も、彼は気に入ってくれた。  
 そんな彼を拒絶してしまった私に、彼の事を想う資格など無いのだろう。私のような子は、  
彼のような人でなく、後ろからひいひいと喘ぎながら追いかけてくる金森のような男と一緒  
にいるのがお似合いなのだろう。  
 まだ五時間目、六時間目と残っている。昼休みもいれてあと三時間ほど、私はこのまま  
ブラの無いままで過ごさなくてはならない。その間ずっと金森に背中を見られる事になる。  
──見守って、か……。  
 彼の、聞き取り難い言葉が思い出される。金森は私をどう思っているのだろう。  
 彼の気持ちは読み難い。泰然とした羽山君とは違った読み難さだ。私の二人への印象が  
百八十度違うからというのも影響しているのかもしれない。  
 羽山君は感情の起伏を表さない。激しい感情を露にしたところをほとんど見た事が無い。  
私は彼に憧れていたし、階段や保健室では彼に身体を責められ、私は動揺して判断力が  
鈍っていた。彼の言葉の裏に何か隠されているのではないかと勘繰ってしまい、素直に  
受け止める事ができなかった。  
 彼が私を好きでいてくれたというのは、これほど嬉しい事は無い。だが、表面だけの態度、  
その場限りのものだったなら──浮かれた自分を嫌悪してしまう。  
 私は、結局──自分が可愛くて彼を拒んだのだ。相手に裏切られた時に覚えるであろう  
屈辱感から逃れる為に。  
 今更、ごめんなさい、本当は私も好きでしたなんて言ったら、彼はどう思うだろう。  
 いくら彼が大人びているといっても、やはり私と同じ中学一年生だ。小学生の時、私が  
突っ撥ねてしまったあの子のように、羽山君も私を攻撃する側に回るのだろうか。  
──彼なら、そんな事……。  
 しないとは言い切れない。けど、全ては私自身が招いた事だ。彼がこの先どういう態度を  
とったとしても、彼に責任を転嫁するのはよそう。これ以上惨めになる必要など無い。  
──あいつは、何を考えてたんだろう。  
 金森は、何を考えているのか解からないという点では羽山君と同じだった。けれど、羽山  
君のように、内心を見透かせないというのとは違っていた。  
 不可解なのだ。考えている事が理解できない。彼の言動からその思考過程を察する事が  
できないのだ。  
──私を守るって……どういう事?  
 彼自身、自分が何を言っているのか解かっていたのだろうか。ただ思いつくままに口に  
していたのではないだろうか。だとしたら、理解できないのは当然かもしれない。  
 けれど、もしかしたら彼にも彼なりの考えがあるのかもしれない。私には解からなくとも、  
彼の頭の中では筋道だった思考が展開されていたのかもしれない。  
 階段を登りきった私は、足早に廊下を歩いた。  
 金森との距離が広がっているようで、少しだけほっとしていた。  
 
 教室の後ろ側の戸は開け放たれていた。私はしばし躊躇ったが、中へ入った。  
 教室は、昼休みの喧騒に包まれていた。気の合う者同士で机をくっつけたり、椅子を持っ  
てきたりして固まって、弁当箱を並べている。いつも通りの雰囲気──ではなかった。  
「おっ、噂のウシハラが帰ってきた」  
 一人の男子生徒が私に気づき、声を上げた。ウシハラというのは、乳牛のような乳房を  
揶揄し、私の苗字と掛け合わせたあだ名だ。それよりも──  
──噂のって、まさか……!  
「ほらー、やっぱ、してねーじゃん」  
──ッ!  
 頭が真っ白になった。  
「うっわ、ほんとだ」  
「マジ、ブラしてないじゃん!」  
「よく見えねー」  
「おっぱい! おっぱい!」  
 あちこちで上がる声が私の耳を激しく叩いた。  
──やっぱりみんな知ってるんだ……。  
 羞恥心が一気に膨らんで、両腕で胸を抱いて隠す。  
 私の予想通り、彼女らが──  
 いや、言い触らす必要など無い。水谷に指名された私は、クラス中の視線を浴びていた。  
多くの生徒が私の姿に気づいた事だろう。そして、授業が終わり、昼休みになって誰かが  
口にすれば、それはクラス中に広がっていてもおかしくないのだ。  
──みんなが見てる……見られてる。  
 顔が赤くなる。やっぱり、恥ずかしい。みんなに知られているのは恥ずかしい。  
 私はいたたまれなくなり、くるりと半回転して、教室を出ようとして──  
「わあっ!」  
「きゃっ!?」  
 何かにぶつかって弾き飛ばされ、その場に尻餅をついてしまった。  
「痛ッ……」  
 お尻を強打し、顔がゆがむ。顔を上げると、金森がいた。  
 澱んだ目が見開かれ、見下ろすその先には──私の膝は肩幅よりも開いてしまって  
いて、スカートは、白い腿の付け根まで捲れ──  
──やだっ、見られたッ!?  
 顔がかっと熱くなる。咄嗟に膝を閉じ、スカートを手で抑えつける。  
──あそこ、見られちゃった……?  
 顔が上げられない。金森なんかに、見られてしまったかもしれない。  
 羽山君や笹野先生にも見られたばかりだが、二人に見られるのとは大違いだった。羞恥  
と、屈辱と、嫌悪と、恐怖と──様様な感情が込み上げてきて、身体が震え出した。  
「リュウ、おっせーよ! ちゃんと買ってきたか?」  
「ぶつかってんじゃねーよ、パン潰れるだろ!」  
「あ、あぁ……ごめん」  
 怒声を浴びた金森のセリフは、男子生徒に対してのものなのか、私へぶつかった事への  
謝罪なのか、それとも──私の秘処を見てしまった事への──  
「お前わざとぶつかったんじゃねーの?」  
「ノーブラ巨乳の感触はどうよ?」  
 茶化す男子たちの声が、金森ではなく私に向けられたものに思えてしまう。  
 心臓が破裂しそうだった。全身が震えて止まらない。  
──恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……。  
 今すぐ立ち上がって、出て行きたい。みんなの前から消えてしまいたい。  
 だが、震えが止まらない。力が入らない。ひんやりとした床が、お尻と腿に張り付いて  
いるかのようだ。  
──助けて、羽山君……。  
 彼は、羽山君はどこにいるんだろう。  
 いつもなら、教室の後の方、私の席の近くで、数人の男子生徒と固まっているはずだ。  
 でも、小さくなって震えている私は、彼を探す事もできない。探したところで──  
──助けてくれるわけない……。  
「ゆっ、か、かっ、ぼ、ま、まっ……」  
 金森がどもっている。何を言おうとしているのだろう。判らない。  
 金森でもいい。誰か、誰でもいいから──  
──助けて……。  
 次の瞬間、私の視界は真っ白になった。意識が飛んでいた。  
 

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