深雪は、眼の前で何が起きている事に我が眼を疑った。彼女だけでなく、この教室に  
いたほとんど全ての生徒は、何が起きたのか理解できずに硬直していた。  
 昼休みに入った直後に遡る──  
 昼食を摂りながら、思い思いに雑談に興じるクラスメイトたち。  
「そいやさー、あの巨乳、さっきノーブラだったよな?」  
 少し離れた位置にいた男子グループの一人が、そんな事を言った。  
「うそ、マジ?」  
「お、俺も思った」  
「マジマジ! 乳首透けてたよ!」  
 彼の一言が、多くのクラスメイトたちが感じていた違和感に火を点けた。  
「あー、やっぱノーブラだったのか」  
「透けてるってか、勃ってたな、ぜってぇ」  
「あー、あたしもそうかなって思ってた」  
「あたしもー」  
「マジで? 全然気づかなかったよ」  
「俺も気づかなかったなぁ」  
 下品な笑い声に呼応するように、男子も女子も夕菜の事を口にしだした。  
「水谷に指されて立った時とか、いつもよりすごい揺れてたし」  
「教室に戻ってきた時もなんかいつもと違うかも? って思ったよ」  
「でしょー? あれー、へんだなーって思ってたよ」  
「あいつさ、体育の前はブラしてたよな」  
「だよなー。なんでさっきしてなかったん?」  
「着け忘れたんじゃね?」  
「んなわけねーね」  
「じゃあ更衣室で落として濡らしちゃったとか?」  
「そういえば着替えの時、なんか遅かったよね」  
「なんで?」  
「知らないよ、いつも遅いから気にしてなかったし」  
「だよねー。いっつも着替え最後だよね」  
「乳が重くて着替えが大変なんじゃね?」  
「ばっかじゃない!?」  
「変態!」  
「ちょっ、俺は変態じゃねぇ!」  
 ほとんどのクラスメイトが、彼女の話題で盛り上がってゆく。  
──これって……うちら、やばくない?  
 深雪は自分たちの仕業だという事がばれてしまわないかと冷や冷やした。幾人かが自分  
たちの方を窺っているのにも気づいた。  
──黙ってれば大丈夫。何も言わなけりゃ気づかれないよ。  
 深雪は友人たちに目配せする。グループの全員が彼女と同様に考えているようだった。  
 深雪の考え通り、誰も彼女らに言及する事はなく、深雪はほっとしていた。  
 しかし、クラスメイトたちが口にしないのは、深雪たちの考えとは真逆であり、誰もが  
彼女らの仕業だろうと思っていたからだった。  
 深雪たちのグループが普段から夕菜にちょっかいをかけているのは言うまでもないし、  
体育の授業が始まる前、更衣室から最後に──夕菜よりも遅れて──出てきたのは  
彼女らだった。授業が終わった後の更衣室で、なかなか着替え始めない夕菜を見ながら  
くすくすと笑っているのを多くの女子生徒が見てもいた。さらに、いつもなら先頭に立って  
夕菜を貶めようとする彼女たちは、誰一人として加わらず、黙黙と食事を続けている。  
 深雪たちが、水着に着替えた夕菜のブラジャーを、隠すか盗るかしてしまったのだろう。  
だから夕菜は、体育が終わった後、ブラを着ける事ができず、ノーブラで教室に戻って  
きたのだろう──  
 そう結論付けるにじゅうぶんな状況証拠が揃っていた。  
 それでも深雪たちの事を誰も言い出さないのは、夕菜に対して多少の同情心はあっても、  
親しみを感じている者はおらず、自分に飛び火するのを恐れたからでもある。  
 男子たちの言葉はますます下品になってゆき、女子たちがそれに非を唱え始めた時──  
 夕菜が教室へ戻ってきた。  
「おっ、噂のウシハラが帰ってきた」  
 その声に顔を上げると、深雪たちが陣取っているところのやや斜め後、後ろ側の入り口  
から、夕菜が教室に入ってきたところだった。  
 戻ってきた夕菜は、やはりノーブラのままのようだった。ただ、ブラウスの下にもう一枚  
薄い肌着を着けているようにも見えた。  
 
 クラス中のほとんどの少年少女たちが、戻ってきた夕菜の胸に注目していた。  
 男子たちの卑猥な言葉があちこちから上がる。夕菜の顔が真っ赤に染まっていった。  
 もし自分が彼女の立場だったらと、深雪は思う。密かな愉しみを得るため、下着を着けず  
登校し、それがクラス中に知られてしまったら──  
──やだ、そんなの……変態って思われちゃう。  
 グループの子たちからも、奇異の目で見られることになるだろう。夕菜の下着を隠して  
しまおうと言い出したのは、自分にそういう趣味があるからだと知られ──  
 深雪ってこういうのが好きだったんだ?  
 じゃあ思い通りにしてあげるよ。  
 スカート捲っちゃえ!  
 へぇ〜、深雪って、こんなに毛深いんだぁ。  
 もう濡れてるんでしょ?  
 おまんこ、よく見えるように、机の上に座って脚広げなよ。  
 言われた通りやっちゃうんだぁ? 深雪っていやらしい子だったんだね〜。  
 俺にも見せろよ……うわすっげ、深雪のまんこ丸見えじゃん。  
 びちょびちょだよ、ここ。見られて感じてんの?  
 俺も見たい──  
 あたしも見る──  
──やだっ、あたし、なに考えてんの?  
 自分の性癖は、誰にも知られてはいけないのだ。知られてしまうかもしれないという緊張  
は、えもいわれぬ昂揚感を与えてくれるが、実際に知られてしまうのは絶対に避けなけれ  
ばならない。深雪はそれを理解していた。  
 それなのに彼女は、こんな事を想像して、淫らな気持ちになってしまっている。男女の  
経験はまだ無いが、知識だけは豊富に詰まっている。  
──お兄ちゃんの所為だ……。  
 兄に責任を転嫁したとき、夕菜の後から、竜介が入ってくるのが見えた。  
 タイミングが悪いのか良いのか──夕菜は彼に気づかず、真っ赤になった顔を俯けて  
教室から飛び出そうとし──ぶつかった。  
「わあっ!」  
「きゃっ!?」  
 夕菜の身体は反動でよろめき、すっと腰が落ちる。  
 プリーツスカートがふわっと広がり、夕菜の白い太腿が晒され──  
──あっ……!  
 深雪は、身体の芯まで凍りつくような感覚に襲われた。  
 尻餅を着いた夕菜は、両手を後に着いて転倒こそ免れたが、三角座りのまま両脚を開い  
てしまっていた。  
──M字……。  
 兄の成人向け漫画雑誌によく描かれている格好だった。  
 夕菜のスカートは脚の根元まで捲れ、竜介の位置からは──  
──見えちゃってる!?  
 断言はできない。しかし、あんな目の前ならば、おそらくは──深雪は夕菜に自分を重ね  
合わせて震えてしまう。  
 夕菜が脚を閉じ、手でスカートを抑えてぺたんと座り込んだ。彼女もまた震えていた。  
「リュウ、おっせーよ! ちゃんと買ってきたか?」  
「ぶつかってんじゃねーよ、パン潰れるだろ!」  
 深雪とは教室の対角線上にいた男子たちが、竜介を怒鳴りつける。竜介は、もごもごと  
聞き取り難い声で、ごめんと呟いた。  
「お前わざとぶつかったんじゃねーの?」  
「ノーブラ巨乳の感触はどうよ?」  
 野卑な言葉が飛び、あちこちから嘲るような失笑が上がった。  
 夕菜が倒れたのは教室の一番後ろ、入り口の手前だ。深雪と彼女のグループ以外の、  
ほとんどの生徒には、机や椅子、他の生徒たちの姿で視線を遮られ、夕菜がどんな姿  
だったのか判っていなかった。  
 突っ立ったままの竜介もまた、眼を白黒させて呆然としている。  
「ゆっ、か、かっ、ぼ、ま、まっ……」  
 だが、竜介は、どもりながらふらりと身体を揺らしたかと思うと──  
──えっ!?  
 深雪は自分の眼を疑った。  
 深雪と同じグループの少女たちもまた、呆気にとられてただ眼を見開くばかりだった。  
 竜介は、夕菜を床に押し倒した。  
 
 ごつっ、と鈍い音がした。  
 竜介までもが視界から消え、離れた位置にいた数人の生徒たちが、どうしたんだと言い  
ながら立ち上がった。  
 それを見た全員が息を呑んだ。  
 竜介が夕菜を押し倒し、仰向けになった彼女の乳房を鷲掴みにしていた。はぁはぁと息を  
荒げて、澱んだ眼を剥いていた。  
 夕菜はぐったりとしていた。後頭部を打ち、気を失っている。  
「え、なに?」  
「どうしたの?」  
「なんだぁ?」  
 教室の後で何が起きているのか確かめようと、次々に生徒が席を立つ。  
「やっ──」  
「きゃっ!?」  
 数人の女子生徒が悲鳴を上げた。  
──え? やだ、なに? なにこれ!?  
 深雪は我に返った。  
 さっきまで彼女は、夕菜が戻ってきたら意地の悪い事をして恥ずかしがらせてやろうと  
思っていた。しかし、さすがこんな場面を目の当たりにしてしまっては、そんな気は吹き  
飛んでしまっている。  
 だが、何故竜介はこんなところで夕菜を押し倒したのか、自分は何をすればいいのか  
さっぱり解からず、おろおろするばかりだった。  
「ん……ひッ!?」  
 夕菜が、声にならない悲鳴を上げた。  
 意識を取り戻した彼女は、自分の置かれた状況に、恐怖で身体を震わせた。  
 竜介から逃れようと身を捩って抗うが、彼は夕菜の肩を押さえつけて封じてしまう。  
 もがく夕菜の脚が床を蹴り、白い太腿が露出する。  
 このままでは、夕菜はレイプされてしまうのではないだろうか。クラスメイトの面前で、  
竜介は夕菜を好き勝手に弄んでしまう──そんな光景が深雪の頭を掠める。  
「やだっ、嫌ぁッ!」  
 夕菜が叫んだ。  
──やばいよ、これ……。  
 深雪は夕菜の事を心底嫌っていたわけではない。このクラスの誰もがそうだった。  
 彼女たちにも、なにかとストレスは多い。気の合う仲間と遊んだりお喋りをする事で  
それを紛らわすが、最も刺激的な手段のひとつは、誰かを攻撃する事だ。  
 気の合う仲間同士で、嫌いな人の名前を挙げて話に花を咲かせていると、大して嫌い  
ではない相手であっても、相乗効果で加速してしまい──最悪の場合、虐めへと発展  
してしまう。  
 最初はもちろん後ろめたさを覚えるだろう。だが、幾度となく繰り返される事で薄らい  
でゆき、周りにも浸透してゆくと、個人が感じるそれはますます軽くなる。  
 対象は孤独であればあるほど良い。一方的に攻撃できるからだ。対象が仲間を持って  
いる場合、反撃される恐れもある。  
 夕菜は小学生の頃から孤独で、虐めの対象になりやすかった。彼女の性格や態度に  
問題が無いとは言えないが、かといって夕菜だけが責められるものではないだろう。  
 深雪は小学生の夕菜を知らない。仲良くなった子が、夕菜はむかつく、あんな奴と同じ  
クラスだなんてと言った、それだけで夕菜を虐げるようになったのだ。  
 そんな深雪でも、心が揺さぶられていた。  
 早くなんとかしないと、とんでもない事になってしまうかもしれないと焦る。と同時に、  
夕菜を助ける事で、クラスでの、グループでの自分の立場が悪化するのではないかとも  
思ってしまう。  
 それもまた、深雪だけではなく、クラス中の誰もが同じだった。  
「たすけ……はやっ、……くん……」  
 途切れ途切れの夕菜の言葉を、深雪はよく聞き取れなかった。  
 がたんと、椅子の倒れる音が響いた。  
 深雪の視界を人影がよぎる──  
 恭也だった。  
 彼は立ち尽くす生徒たちを押し退け、真っ直ぐに二人の傍へと進み──  
 恭也の爪先が、竜介の喉元にめり込んだ。  
 竜介は蛙が潰れたような声を出して仰け反った。  
 さらに、側頭部へ──竜介の身体がくるりと半回転し、ロッカーに叩きつけられた。  
 ずるずると崩れ落ち、口から涎を垂らして痙攣していた。  
 
 
 ぐぇっという奇妙な音がして、私に圧し掛かっていた金森の身体がふわりと宙に浮いた。  
 黒い風が私の頭上を通り過ぎ、直後、がしゃんという大きな音がして、金森は動かなく  
なった。  
「立てる?」  
 いつも通りの、淡々とした声だった。  
 けれど、私を見る羽山君の眼は、春の日差しのように温かだった。  
──羽山君……助けてくれたの? なんで……?  
 身勝手なのは解かっていた。それでも、彼の名を呼んでしまっていた。  
 震えて声にならなかったというのに、彼は助けてくれた。  
──なんで、なんで私を……。  
 信じてもいいのだろうか。あの言葉を、信じてもいいのかもしれない。  
 差し伸べられた手を──  
「うん……」  
 私は差し出された手を握った。  
 彼の掌の温もりが心地良い。羽山君が、優しく微笑んでくれたように見えた。  
 ぐいっと引っ張られ、私は立ち上がった。  
「怪我は無い?」  
「うん、大丈夫」  
 まだ頭や胸がずきずきと痛んだが、大した事はない。  
「そう。よかった」  
 彼が指の力を抜いた。  
──離したくない。  
 ずっと握っていたかった。  
──でも、離さなくちゃ……。  
 手を離すと、彼は私の制服についた埃を払ってくれた。スカートも払われ、恥ずかしくて  
びくんと震えてしまった。  
「ありがとう」  
「ん」  
 足元に金森が転がっていた。  
 金森は横倒しになったまま痙攣していた。口からは涎も垂らしている。  
──まさか……?  
「平気だよ、これぐらいじゃ死なない」  
 私の心配を悟ったのか、羽山君はそう言って、金森の腹に軽く蹴りを入れた。  
 ぐうっとうめいた金森は、げほげほと咳をした。  
「けっこう頑丈だし、こいつ」  
 そうかもしれない。意外に腕力があるのは今ので判ったし、しぶとい男なのだろうと思う。  
「ちょ、羽山!」  
「恭也すげーじゃん」  
「何したの? よく見えなかった」  
「羽山君かっこいい!」  
 クラスのあちこちから声が上がった。何人かは駆け寄ってきて彼の健闘を称えた。  
「大した事じゃないって」  
 彼はそう言って軽く笑った。  
 床に顔をつけてもぞもぞと動いている金森を見下ろす。  
 見られてしまったのだろうか。こいつに、秘処を見られたのかもしれない。  
──それで、こんな事を?  
 彼は私のそこを見てしまい、理性の糸が切れてしまったのだろうか。  
 私に覆い被さってきた彼の目は、尋常ではなかった。濁った瞳がぎらぎらと鈍い光を  
放ち、奥にはどす黒い靄が渦巻いていた。  
 彼のような男は──私が自ら晒したのだと考えるのかもしれない。彼のような自分の  
世界だけで生きているような男は、きっとそんな風に勝手に解釈して行動するのだろう。  
 クラスメイトの言葉を浴びた時、一瞬でも金森なんかに助けを求めてしまった自分が  
恥ずかしくて──  
──私っ……!  
 安堵感に忘れていたが、今の自分の格好を思い出した。  
 私は今、ブラも着けていないし、ショーツも穿いていないのだ。こんな近くでクラスの  
みんなに見られるのは、あまりにも恥ずかしい。  
 こっそりと教室を出よう。  
「あれ? 柏原さん──」  
 クラスメイトの声が聞こえたが、私は無視して廊下へ出た。  
 
 私は人の疎らな廊下をトイレへと向かった。  
 ポケットに手を入れると、そこにはちゃんとショーツが収まっていた。  
──あった……よかった。  
 さっきの混乱で、ポケットから落ちてしまっていたらどうしようかと思ったが、天も  
そこまで見放してはいないようだった。  
 これを穿けば、少しだけ安心できる。ブラは無いけれど、服を脱がされない限りは、  
胸を見られてしまうという事は無い。ショーツがあれば、スカートが捲れても──  
 トイレの入り口で、他のクラスの女子と擦れ違った。緊張したが、彼女は何も言わずに  
去っていった。  
──よかった。  
 気づかれなかった。  
 一番奥の個室に入り、ドアを閉めて鍵をかける。  
 とはいえ、やはりブラを着けずに教室に戻るのは恥ずかしい。私がブラをしていないと、  
みんなが知っていた。このまま戻れば、また好奇の視線に晒される事になるだろう。  
──もう、諦めよう。  
 彼女らが下着を返してくれない限り、帰宅するまでこのまま耐えるしかない。  
 今はせめて、ショーツだけでも──  
──その前に……しちゃおっと。  
 私はスカートを捲り上げ、和式の便器を跨いだ。  
 まだ少し頭が痛い。くらくらする。  
 金森に押し倒されて頭を打ち、私はしばし意識を失っていたようだったが、失禁して  
しまうなんて事態にはならなかったようだ。もしそんな事になっていたら──  
 頭を振って想像を追い出す。考えたくもなかった。  
──トイレする時って、心細いなぁ。  
 腰までスカートを手繰り上げた私は、お尻を丸出しにしているのだ。もちろんそうしな  
ければ用を足す事ができないし、皆がそうしているのだけれど──  
──やっぱり、見られちゃったのかな……。  
 しゃがんで腰を落とし、下腹部を弛緩させる。  
 身体の中から溢れ出す感覚とともに、ちょろちょろと尿が滴った。  
 用を足している時というのは、ぼーっとして何も考えていないのだなと、改めて思う。  
 体育の前にもトイレに入ったからだろう、思ったほどは出なかった。  
 ロールペーパーを千切って拭いた。  
──羽山君……。  
 彼の指を思い出す。ハンカチでそこを拭いた彼──  
──助けてくれた……。  
 彼は、保健室であんな態度をとってしまった私を助けてくれた。  
 もし私が彼の立場なら、私は助けたりなどしなかっただろう。自分は相手に嫌われたの  
だから自分が助けても喜ぶはずは無いと、誰かが止めるのを待っただろう。  
 けれど、私はまた羽山君に助けられた。  
 今日まで彼は、私に興味があるような素振りなど全く見せなかった。でもそれは、彼も  
やっぱり他のクラスメイトたちと同じ、中学一年生の少年だったという事なのだろう。  
 私に気があるような態度をとれば、周りから白い眼で見られてしまうに違いない。それを  
恐れていたのだとしても、私は彼を責める事などできはしない。  
 どうしてもっと早く手を差し伸べてくれなかったのか──そんな、自分本位な気持ちを  
抱くのはやめにしよう。  
 彼の想いを素直に受け止めて──いや、自分の気持ちに素直になろう。  
──羽山君……私は、あなたが好きです。  
 私は羽山君が好きだ。彼が迷惑だと思わないのなら、ずっと一緒にいたい。いつも一緒  
にいて──何もしなくたっていい、ただ一緒に、同じ時を過ごしたい。  
 顔が熱くなってしまう。  
──恥ずかしい……。  
 個室でしゃがんだまま、私は何を考えているのだろう。吹き出してしまいそうだった。  
 私は立ち上がり、ポケットに手を入れた。  
 丸められた布を握って、引っ張り出す──  
 ぺちゃ、という小さな水音がした。  
 足元を見ると、丸まった白い布が便器の中に落ちていた。  
──えっ?  
 私は目を疑った。手には柔らかな布をしっかりと握っているというのに──  
 手に握られていたのは、ハンカチだった。  
 便器に落ちたショーツは、出したばかりの尿を吸って、薄い黄金色に染まっていた。  
 

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