──やっぱり、無い。  
 水泳の授業を終えた私は、クラスメイトたちの後に続いて更衣室へと戻った。水気を  
拭き取ったバスタオルを身体に巻きつけ、水を吸って重くなった濃紺のスクール水着を  
脱いでから、それに気づいた。  
 バッグの中に仕舞ったはずの下着が見あたらない。  
 ブラが無い。ショーツも無い。  
──これって……。  
 更衣室の反対側に陣取ってお喋りしながら着替えているグループを見やる。日ごろ  
から私にちょっかいをかけてくるグループだ。  
 虐めっ子グループとでも言えば解かり易いかもしれない。彼女らは人付き合いの下手な  
私をからかって、毎日のようにちょっかいをかけてくる。  
 中学生にもなってなんでそんな幼稚な事ができるのか私には不思議だが、彼女らは  
そんな事は微塵も考えていないようだ。  
──きっとあの子たちだ。  
 胸の前で合わせたタオルをぎゅっと握る。彼女たちの陰湿なイジメが、こんな形になる  
なんて思ってもいなかった。  
 今までは私の身体や性格の事を突いてからかう程度だった。  
 子供じみた下らない行いだと内心馬鹿にしていた私は、彼女らの行為を受け流して相手  
にしなかったわけだが、どうやらそれすらも気に食わなかったようだ。  
 どうも私の身体を、彼女らは羨ましがっているらしい。  
 こんな胸なんて、あげる事ができたらあっさりと手放したいぐらいだった。  
 タオルを内側から盛り上げる、大きな乳房。  
 今年の春、中学に進学した私は、小学生の時から乳房が大きく、男子と女子の両方から  
からかわれていた。人と会話するのが苦手で友達らしい友達のいない私は、イジメの恰好  
のターゲットだったのだろう。  
 中学生になってからもそれは変わらなかった。交通機関だってもう大人料金になったの  
だし、精神的にも成長しなければ恥ずかしい年齢だというのに、彼らはまだ下らないイジメ  
なんて行為を続けようとする。  
 馬鹿馬鹿しい。  
 下らない。  
 もっとも、人間社会なんてそういうものなんだろうとも思う。両親や周りの大人たちを見て  
いるとそう感じる事は多い。  
 口では人権だの平等だの言っていても、こういう役回りを引き受ける者がいないと、集団  
というものは上手く回らないのだろうと思う。私のような、ストレスの捌け口になる者が必要  
なのだ。  
 といっても、それを受け入れてまともでいられるほど私も強い人間じゃない。  
 何度か復讐の手段を考えた事もある。  
 ナイフで斬りつけてやろうか。食事に薬品を混ぜてやろうか。そんな事より私を虐めた  
人間の名前を記した遺書でも置いて学校の屋上から飛び降りてやるほうが効果的だろう  
か……。  
 結局私はどの手段も取れずに今まで過ごしてきた。受け流していればそのうち飽きて手を  
出してこなくなるだろうと思っていた。  
 だが、目の前に突きつけられた事態は、私の想像を越えていた。  
 ブラもショーツも着けず、制服を着るか、それとも、誰かにこれを伝え、助けを求めるか。  
 私には前者の選択肢しか選ぶ事はできない。  
 助けてくれる者などここには誰もいないのだから。  
 更衣室からはクラスメイトたちがほとんど出て行ってしまった。最後に残った例のグループ  
の連中が、私のほうを見ながらくすくすと笑っている。  
「どうするんだろね?」  
「どうするって、着替えるしかないんじゃん?」  
「あっは、そりゃそうだー」  
 やはり彼女たちの仕業のようだ。  
「夕菜、急がないと次の人たちが来ちゃうよ〜」  
「おっぱい見られちゃうよぉ、あはは」  
 彼女らは顔をゆがませて笑っている。  
 私はそれを無視して、タオルを外した。  
 大きな乳房が露になった。同性とはいえ、裸を見られるのは恥ずかしい。顔が赤くなる  
のが自分でも判った。  
 私はまだ湿り気を帯びた素肌のまま、ブラウスに袖を通した。  
 朝、制服の下にキャミソールを着なかった事をこれほど後悔するとは思っていなかった。  
 
「うっわ、制服着ちゃったよ」  
「あいつ、このあとずっとあのままのつもりかな?」  
「そうするしかないんじゃん? あっははは」  
 制服を着た私に、彼女たちは醜悪な笑いを向けてくる。  
 私だってこんな格好で授業を受けたくなんかない。そうせざるを得ないよう仕向けた  
のは自分たちじゃないか。  
 だが私は彼女らを無視する。笑えばいい。そうやって下らない優越感に浸っていれば  
いいんだ。  
 改めて自分の置かれた状況を確認する。  
 なんて心許無い姿なんだろう。  
 夏服の白いブラウス、グレー地に白いチェックのスカート、靴下、上履き。  
 つい先ほどまでは水着だったのだが、そちらの方が胸や秘部を直接覆い隠していて  
くれる分マシだ。  
 ブラウスの内側には、素肌のままの乳房。しっとりとした乳房はブラウスに張り付き、  
形が見て取れる。その頂にある褐色の突起が、ぷっくりと浮かび上がっているのも判る。  
うっすらと透けているようにすら思えてしまう。夏服でありながら、わりと厚手の生地で  
ある事を感謝した。  
 私は他の子たちのようにスカートを極端に短くしているわけではないが、それでも膝上  
までしか丈のないスカートの下には、何も身につけていないのだ。もし彼女らが、クラス  
メイトたちの前で私のスカートを捲り上げるような事をしたら……。  
──恥ずかしいよ……こんな格好で授業なんて……。  
 今はまだ三時間目が終わったばかり。四時間目、昼休み、五時間目、六時間目と、  
今日はまだ半日残っているのだ。  
 更衣室に近づく複数の足音が聞こえた。次のクラスの人たちが来たのだろう。確か、  
私たちの後は、三年の先輩達だったはずだ。  
「じゃ、うちら先行ってるから〜」  
「次なんだっけ、数学?」  
「あ〜水谷かぁ〜。あいつキモイよね」  
「絶対あいつ変態だって!」  
「あいついっつも胸とか見てんじゃん」  
「あたしケツ触られた事あるよ、マジキモイッ!」  
「この前なんか背中触られてさぁ、ブラにそって指動かしたりされたよッ」  
「うわぁ、キモ過ぎ!」  
「夕菜、ちょっと、大ピンチじゃん?」  
「そんなカッコで水谷の授業だって、うーわ最悪じゃん!」  
──水谷かぁ……最悪。  
 次の授業は水谷の数学だった。水谷は気色悪い。その点は彼女らと同意だ。  
 女子生徒を見る目が違うのだ。明らかに下心の篭もった卑猥な目をしている。  
 入学直後、どこで聞きつけたのか、私が虐めにあっているという話を耳にしたらしい  
水谷は、「いつでも相談に乗るよ」なんて優しい声をかけてきた事があった。  
 クラスの担任でもないのに、優しい先生がいるのだなと心を許しそうになったが、彼の  
手が肩にかけられた瞬間、こいつはダメだと本能で悟った。こいつは相談に乗る振りを  
しているだけで、本当の目的は、私の身体なのだと。  
 吐き気がする。中学に上がって間もない少女に手を出そうとする肥満体の男。確か  
三十前後の年齢だったと思うが、いい歳をした大人が幼い少女の身体を求めるなんて。  
 個人の趣味だから、幼女嗜好自体は構わないと思わないではないが、相手の気持ち  
を無視し、欲望だけを剥き出しにする連中を許す事なんてできるわけがない。  
──ほんと最悪。  
 いつの間にか例のグループは更衣室から出て行ってしまっていたようだ。入れ替わり  
に、三年の先輩達が入ってきていた。  
 私にちらと目を向け、眉をひそめて視線を逸らす。一年がいつまでも残ってるんじゃない  
と言わんばかりの態度だった。  
 だが、今の私にはそんな事はどうでも良い。  
 心拍数が上がる。  
 急いでここを出なければ。  
 気づかれてしまう。  
 ブラをしていない事に気づかれてしまう。  
 バッグを引っ掴み、小走りに駆け出す。  
──やだ、擦れて……。  
 私はピクンと震えた身体を押さえ込み、先輩達の間を縫って更衣室を後にした。  
 
──擦れて、恥ずかしいよぉ。  
 歩くたびに揺れる乳房。その突端がブラウスの生地に触れ、鈍い刺激を受けている。  
 プールそばの更衣室から、炎天下の渡り廊下を校舎へ向かって歩く私。  
 擦れ違う三年生の視線を意識してしまう。気づかれてはいないだろうか。いやらしい目  
で見られてはいないだろうか。  
 いつもならブラジャーのカップに覆われて、ある程度は固定さられている乳房も、今は  
ブラウスの下でほとんど自由にぷるぷると震えているのが判る。  
 なるべく揺れないように、ゆっくり歩くほうが良いのか、それとも、なるべく急いで教室へ  
戻ってしまうのがいいのか。急げば急ぐほど、乳房の揺れは激しくなり、刺激が強くなる。  
 少し前までは、服と擦れる弱い刺激だけでも、かなり痛みを覚えていたのだが、最近  
では痛みはさほど感じなくなった。  
 それは嬉しいのだが、別の感覚──性的な刺激を覚えるようになってきてしまった。  
 ただでさえ目立つ私の胸は、どうやら他の子たちよりそういった成長も早いようだ。  
 胸に違和感を覚えたのはいつごろだったろうか。小学生のころ、四年生か、五年生か、  
それぐらいだったと思う。  
 乳首の辺りが敏感になり、少し触れただけで痛みが走った。  
 徐々に突き出すように脹らみはじめた胸。気が付けばそれは乳房と呼べる大きさに  
成長し、母親の用意してくれたファーストブラでは窮屈になっていた。  
 あまり子供に感心の無い母親だったので、私が自分で言い出すまでそういった話は  
ほとんどしてこなかった。身体にとっても心にとっても成長の著しい私ぐらいの年頃は、  
きっともっと親子の会話というものをするべきなんだろうと思う。  
──だめ、やっぱり……。  
 難しい事を考えて気持ちを逸らそうとしても無駄だった。  
 擦れ違う生徒たちの視線を気にすると、それがかえって自分の姿を意識させてしまう。  
 ブラもショーツも身に着けず、制服を着て歩いている私。  
 渡り廊下から校舎へと入る。  
 校舎に入れば、開放された炎天下の渡り廊下よりも、多少は羞恥心が抑えられると  
思ったが、それは大間違いだった。クーラーの効いた校舎は、スカートの下に何も着け  
ていないというのをより強く意識させたのだ。  
──すーすーする……。  
 まだ湿り気の残る身体が、クーラーの冷気で急速に冷やされる。スカートの中のその  
部分も冷やされ、気持ちは抑えられるどころか、どんどん高まっていった。  
 さらに、一階にある特別教室へ向かう人も多い。擦れ違う全ての生徒が、私に目を向け  
ているように錯覚してしまう。  
──やだ、勃ってる……?  
 視界の下端に、ブラウスの両胸の脹らみからさらに突き出た突起がはっきりと映って  
いた。  
 刺激がさらに強まっていく。  
 硬くなったその部分と、ひんやりとした下腹部からじわじわともたらされる感覚が、私の  
心を蝕んでいく。  
──意識しちゃいけない……。  
 そう思えば思うほど。  
 廊下を折れ、階段を上る。  
 いつもならあまり気にしないのだが、今は違う。スカート丈は膝上数センチ。周りの女子  
たちと比べてかなり長い。それでも、今の私は下には何も着けていないのだ。  
 私の後ろから、いくつかの足音が聞こえる。見えるわけは無い。けど、もし見えてしまっ  
たら……。  
──ダメッ! 考えちゃダメ。  
 クーラーに冷やされているはずの身体が、次第に熱を持ち始めていた。  
 気づかれてしまったらどうしようと意識するたびに、刺激が強まっていく。  
──恥ずかしい……恥ずかしいよぉ。  
 擦れ違った生徒たちは私の痴態に気づいていて、今ごろ話題にしているかもしれない。  
「さっきの子、ノーブラだったよな?」  
「あんなに胸でかいのにノーブラだったぞ」  
「乳首勃ってたし!」  
 だめだ、考えちゃいけない。階段を上りきれば教室なのだ。教室まで行けば……。  
 けれど、教室に着いて何が変わるというのだろう。  
 ブラもショーツも着けないままで、あの気味の悪い水谷という教師の授業を受けなけ  
ればならないというのに……。  
 教室に入ると、四時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。  
 
 椅子に座ると、ショーツを穿いていない事を強く意識させられた。  
 スカートの裏地が直接肌に触れる。バッグを机の横にかけ、急いで数学のノートと教科  
書を机の上に並べる。  
 チャイムから約一分後、数学担当教師の水谷が現れた。クラス委員の号令で授業が  
始まった。  
 教室に戻ったところで、やはり何も事態は好転しなかった。周囲の視線が気になって  
仕方が無い。  
 どうやら例のグループの連中は、私が下着を身に着けていない事を他の誰かに喋って  
はいなかったようで、その点はほっとしたと言えるかもしれない。  
 だが、いずれ気づかれてしまうだろう。特に授業中ともなれば、真後ろの席の子には、  
私がブラをしていない事は一目瞭然だ。  
──恥ずかしい、絶対気づかれてる。  
 私のすぐ後ろは、金森という男子生徒だ。私と同じ、気弱で人付き合いの苦手なタイプ。  
 往々にしてその手の子は、漫画やアニメといった趣味を持っていたりするものだが、  
彼も例に漏れずそういう趣向の持ち主で、可愛らしいアニメキャラクターのグッズをいくつ  
か使っている。それを馬鹿にされてからかわれている姿もよく見るが、それでも使い続けて  
いる辺り、よほど好きなのだろう。  
 そんな事はどうでもいい。問題なのは、彼が私に時々向ける視線だ。  
 他の男子生徒とはまた違う、ただの性的好奇心とも異なった、不気味な視線。  
 まるで私の全身を舐めるような、そう、今教壇に立って授業を行っている水谷のような、  
濁った魚のような不気味な目だ。  
 考えてみれば、こんな奴の直ぐ前に座っているなんて、出席番号と男女互い違いの  
席順を怨まないではいられない。  
 彼はきっと、私がブラをしていないのに気づいているだろう。  
 そして、よからぬ想像をめぐらしているに違いない。  
──恥ずかしい。  
 どんな想像をされているんだろう。  
 背後から手を回し、乳房を揉む想像でもしているのだろうか。  
──やだ……あんな奴に触られたくなんかない!  
 じゃあどんな奴になら触られても良いんだ?  
──羽山君になら……。  
 羽山──私が密かに想いを寄せている男子生徒だ。  
 あまり目立つタイプではないが、先日の試験ではトップクラスの成績。周囲とは一線を  
画した大人びた雰囲気に惹かれている。  
 彼になら、そういう事をされても良いと思う。  
 彼となら、そういう事をしたいと思う。  
 けど、私にはそんな気持ちを伝える事はできない。私のような人間が彼と親しくなれる  
なんて思ってもいない。彼が密かに女子生徒たちに人気がある事も知っている。もし私  
なんかが近くにいたら、きっと彼に迷惑が掛かる。  
 だから、私は、妄想する。  
 彼との行為を。彼に身体を晒し、彼に身体を弄ばれる想像を。  
 彼が私の乳房に触れ、硬く収縮した突起をいじる。  
 私は彼の愛撫に身体を震わせ、淫らな吐息を漏らす。  
「じゃあ、次の問・4、柏原さん」  
──え?  
「柏原さん?」  
 水谷の声が一瞬で私を現実に立ち返らせた。  
「あ、はい」  
 上の空でいた私は、教科書から問・4を探す。公式を使ったごく簡単な問題だった。  
 だがそんな事はどうでも良いのだ。指名された私は、クラスメイトの注目を浴びる。  
「ほら、立って、答えて」  
──やだ、そんな……。  
 みんなの視線が注がれている。淫らな世界に飛びかけていた事が知られてしまうの  
ではないかという恐怖に駆られる。  
 そんな事はありえない。けれど、今の私は、ブラもショーツも着けない無防備な姿だ。  
 もうきっと何人も、私がノーブラだという事に気づいているだろう。今すぐ教室を飛び出し  
たくなるほど恥ずかしい。  
 視線が集中する。  
 顔が紅潮する。  
──恥ずかしい、恥ずかしいよ、こんなの……。  
 
「ん〜柏原さん、わからないんですか?」  
「いえ……」  
 教室のあちこちからくすくすと笑う声が聞こえる。  
 私が答えられないのがそんなに可笑しいのか?  
 いや、違う。きっとみんな、私の姿を笑っているのだ。  
 ブラも着けず、乳首を尖らせている私の姿を見て、笑っているのだ。  
 答えなんて簡単だ。ほんの十数秒で回答できる。  
 問題を公式に当てはめ、さっと計算する。  
「え、x=9です……」  
 机の上のノートを見たまま、小さな声で答えた。  
「えぇ? もういちど」  
 水谷も気づいているんだろうか。  
 きっと気づいている。  
 気づいているから、私をみんなの視線に晒すため、辱めるために、聞き取れなかった  
振りをしているに違いない。  
 私の声が小さいのは生まれつきだ。大きな声を出すのは苦手なのだ。その所為で自己  
主張が弱く、例のグループのような連中に付け込まれるというのだって判っているつもり  
なのだが。  
「x=9です」  
 俯いたまま、さっきよりも強く声を出す。  
「はい、正解。ちゃんと聞いていればすぐ答えられるんですからね」  
「……」  
 水谷の厭味には何も応えず、座ろうとする。  
「じゃあ、次の問・5も柏原さん、やってください」  
──そんなッ!  
 やっとクラスメイトたちの視線から開放されると思ったのに、もう一問解けと言うのか?  
 脂ぎった水谷が近づいてくる。  
──なんで……?  
 疑問に思ったのもほんのわずか。  
 きっと、私の姿をもっと近くで見ようという魂胆なのだ。  
 教室の窓際、真ん中よりやや後の位置にいる私の姿は、分厚い眼鏡を通してでは  
はっきりと捉えられないのだろう。  
 水谷が私のすぐ前で足を止めた。  
 顔を上げる勇気が無い。  
 小太りの青年。何も予備知識の無いまま水谷の姿を街で見かけたのなら、きっと気にも  
止めないような、ありふれた容姿だとは思う。けれど、この教師の印象は最悪だった。  
「ほらぁ、黙ってないで、早く解いてください」  
──近づかないでよ……見ないでよぉ。  
 顔を上げなくても判る。  
 水谷は、私の胸を凝視している。厚手のブラウスとはいえ、私の乳房の形や、乳首すら  
くっきりと浮き出ている。  
──恥ずかしい、恥ずかしい!  
 見られている。  
 気持ちの悪い男に見られている。  
 クラスメイトたちも、私を見ている。  
 顔を上げて、首をめぐらし、肩越しに、椅子を回して……。  
 きっと全員が気づいているだろう。私が今、ブラをつけていない事に。  
 恥ずかしくて顔が破裂してしまいそうだ。  
 恥ずかしくて、胸が張り裂けそうだ。  
 心臓の鼓動が早まり、呼吸が苦しくなる。  
 身体が熱い。  
 熱を帯びている。  
 乳首が、硬く尖っている。  
 スカートの中、いつもならショーツに覆われているその部分。  
──熱い、どうしよう……恥ずかしいのに……。  
 恥ずかしいのに、気持ちが昂ぶってしまうのはどうしてだろう。  
 びくんと身体が震えた。  
 敏感なところには触れていないというのに。  
 淫らな気持ちが湧き起こり、私の身体と心を侵食している。  
 じわりじわりと、欲望の露が溢れ出していた。  
 
──ダメ、別の事……そうだ、答え。ちゃんと考えないと。  
 問・5。  
 先ほどの問・4とほぼ同じ、公式を使った単純な問題だった。  
 自分で言うのもなんだが、成績はそれなりに良い方だと自負している。クラス単位なら  
おそらく五本の指に入るぐらいを維持しているはずだ。  
 人付き合いが苦手で、主張できるような特技も持たない私は、せめて勉強ぐらいは人に  
誇れるレベルを維持しようと思っていた。普段なら授業中にこんな空想をする事など無い。  
きちんと教師の話を聞き、ある程度の予習と復習を毎日欠かさない。  
 私のように、物覚えの悪い人間は、ある程度の努力をしなければ学力を維持できない。  
一通り教科書を読むだけで理解できてしまう子もいるようだが、私にはそんな力は無い。  
それなりの努力の結果として、今の学力があるのだ。だからこそ、ろくに勉強をしないくせ  
に、自分の成績の悪さを嘆いているような馬鹿な──私にちょっかいをかけてくる連中に  
腹が立つ。  
 腹が立つというのとは少し違うのかもしれない。私がもっと強い心をもっていれば、鼻で  
笑ってあしらう事もできるのだろう。けど、私にはそんな度胸は無いし、小学生のころから  
ずっと虐められ、阻害されてきたため、今更この対人恐怖症のような感覚を無くすことは  
できない。  
 心の中ではいくらでも罵倒できる。けど、言葉にはできない。声に出す事はできない。  
 はっきり言って私は自分が嫌いだ。表面はびくびくおどおどしていながら、内面ではこう  
やって他人を低く見て嘲っている。最低の人間だ。  
 いや、誰しもそうなのかもしれない。表面は取り繕い、内面は……。  
 顔を真っ赤にして羞恥に耐えている私。  
 けど、心のうちでは、淫らな想像をしている私。  
 いっそのこと、クラスメイトの前で、自分が今、下着を身に着けていないのだと宣言して  
しまったらどうだろう。大きな乳房を揺らして校内を歩き、ショーツも着けずに階段を上り、  
ブラウスの下で乳首を尖らせて授業を受けている淫らな子だと、声に出してしまおうか。  
恥ずかしいのに、身体はどんどん熱を帯び、ぴたりと閉じたその部分から、じわじわと蜜  
を溢れさせているのだと……。  
 ブラウスとスカートの下には、私を守ってくれるものが何も無い。  
 周りの子たちよりもはるかに大きく膨らんだ乳房。淡い褐色の突起は、少なくとも小学  
六年の秋の修学旅行の時には、周りの子たちとそれほど変わらない事に安堵した覚え  
がある。  
 今はどうだろうか。あの頃よりも、全体的に色合いが濃くなり、硬さも増した気がする。  
 しかし、そんなに成長の著しい乳房とは対照的に、下半身の発達はむしろ遅れている  
方ではないかと思う。  
 あまり脹らみの無いお尻に、未だに産毛以上の発毛が見られない下腹部。小学六年の  
修学旅行のときは、クラスの半分近くの子が発毛していたのを憶えている。  
 自分の身体は、とてもアンバランスだと思う。  
 どうして胸ばかり大きくなるのだろう。  
 時々自分で未発達のその部分を刺激する事もある。刺激を与えていれば成長するの  
ではないかと思いもした。  
 自慰を覚えたのはいつだったろうか。小学生の、五年か、六年か。  
 最初はそれと意識していなかった。インターネットのアダルトサイトでそういう行為なの  
だと知ってから、私は背徳感に苛まれながらも、週に一度か二度、それに耽っていた。  
──私、なんで、こんな……。  
 いやらしい。なんて淫らなのだろう。  
 クラスの男子たちが、女子たちの胸を話題にして盛り上がっているのを耳にした事が  
ある。一番大きな私の乳房。何人かの男子生徒に、私は触られている。  
「夕菜の胸、すごいよな。ちょーやわらけぇ」  
「何食ってたらあんなでかくなるんだよ」  
「直に触りてぇよな〜」  
 思い出される言葉の数々。その時は、下らないと聞き流していた。低俗で下劣で品性の  
欠片も無い会話だと。  
 けれどその晩、私は彼らに胸を弄ばれる空想に耽り、自慰をしたのだ。  
 空想の中で私は、男子たちに乳房を晒し、揉みしだかれ、尖った乳首を苛まれた。  
──いやらしい……私、エッチだ……。  
「柏原さん? どうしたの?」  
 水谷の声が私を現実に引き戻す。そして──。  
「先生。柏原さん具合悪いみたいだし、保健室に連れて行きますね」  
 有無を言わせない口調とともに席を立ったのは、保健委員の羽山君だった。  
 
──羽山君……どうして?  
 彼の席は教室の真ん中よりやや前。私は彼の背中をいつも見ている事になる。  
 けれどその彼が、今は私と水谷の間に割って入って、私の手首を握っていた。  
「ほら、行くぞ」  
 彼は教室の後ろへと踏み出し、私の右手はぐいと引っ張られた。   
「え? うん……」  
 何が起きたのか解からないまま、私は羽山君に手を引かれて教室の後ろ側のドアから  
廊下へと出た。  
 他の教室から響く、大きく張り上げた教師の声や、ざわめく生徒たちの声、可笑しそうな  
笑い声や、教科書を朗読する声、さまざまな音が飛び交っている。  
 私たちの学校の教室の廊下側には、明かり取り用のすりガラスが嵌められているため、  
人影は映るが個人を特定できるほどではない。  
 廊下に出た羽山君は、そのまま少し歩いてから、手を離した。  
「ごめん、こうするのが良いと思って」  
 どう答えたら良いのだろう。ありがとう? ごめんなさい? 判らない。  
 俯いたままの私の肩に彼が手を回した。  
──あっ!  
 びくっと身体が震える。彼も気づいているはずだ。私がブラを着けていない事を。  
「ほら、ゆっくりでいいから、保健室」  
 ぶっきらぼうに言った彼の手が下り、背中にかかる。  
 もう気づかれているはずだ。それでも、こうして手で触れられるのは……。  
「あー、んー……」  
 彼が口に出そうとして、出すに出せないでいる言葉は予想できた。  
 聞かないで欲しい。どうしてブラをしていないのかを。  
 でも聞いて欲しい。彼ならきっと私を助けてくれる。彼は他の男子たちとは違う。  
 私たちの年頃にしては、落ち着いて大人っぽい雰囲気の彼。成績も良いし、人当たり  
だって悪くない。ちょっと一匹狼的なところはあるが、かといって私のように周りを拒絶し  
て反発を招くような事も無い。  
──羽山君なら、きっと……。  
 だが本当にそう言い切れるのか?  
 たとえ彼が周りより大人びているとしても、それが私を助けてくれる事とイコールでは  
結びつかない。そんな簡単な事は、中学に上がってからのこの数ヶ月で理解している  
はずだ。  
 今までにも、彼がいる場で私がからかわれた事が何度かあった。その時彼は助けて  
くれたか? 我関せずと傍観していたではないか。  
 誰だってそうだ。虐められっ子に肩入れすれば、自分も虐めの対象になる事がある。  
事実、小学生の頃にはそういう事は多かった。だから、誰もが自己防衛のため、虐め  
を放置する。自分は関係ないと傍観を決め込む。  
──羽山君だって同じ……。  
 私は足を止めた。彼もつられて立ち止まる。  
「どうした?」  
──なんで今更……。  
 何故こんな、自分から敵を作るような事をするのだろう。私に肩入れしたって、何も  
良い事なんか無いのに。私を手助けしたと、陰口を叩かれるだろうに。私なんかと関わ  
ると後で酷い目に遭うというのに。  
「あのさ、柏原さん。その……し、下着どうしたの?」  
「……ッ!」  
 唐突な言葉に私は言葉を失った。  
「ああ、いや……えっと」  
 俯いたまま、上履きの爪先を凝視する。爪先と目の間には、大きく突き出した乳房と、  
尖ったままの突起。  
「えーっと、その……」  
 とその時、すぐそばの教室のドアが大きな音を立てて開け放たれた。  
「おい、授業中だぞ!」  
 名前はよく憶えていないが、山田とか山本とかいう厳つい顔の教師だった。  
「すみません。彼女が具合悪くて、保健室に付き添いです」  
 咄嗟の事態にも冷静に対処できる羽山君が羨ましかった。  
「そうか。そんなとこで立ち話なんかしてるんじゃない。さっさと行きなさい」  
「はい、すみません。行こう」  
 私は再び彼に背を押され、無言のまま廊下を歩き始めた。  
 

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