「ん、む……」
形を持ち始めた俺のモノを口一杯に頬張り、ユキさんが小さく声を漏らす。
柔らかな口腔の感触に先端を包み込まれ、堪え性のない愚息は早速びくびくと震え始めた。
快感に情けない声を上げる俺を見上げて、ユキさんは楽しげに目を細める。
「きもひいい……? しずるくん」
「ぅ……はい、すっげぇ、気持ちいいです」
俺の素直な返答に彼女はふふっと笑い、口にした一物を音を立てて吸い上げた。
不意打ちをまともに食らい、再び呻く俺。やべぇ、イっちまうかと思った。
「ちょっ……ユキさん、今のは…反則……!」
「ん、ろうして? しずるくん、きもちよくなひ?」
「いや、気持ちいいんですけど、気持ち良過ぎて色々やばいというか……ようするに男の面子の危機というかですね……っ」
早漏のレッテルを張られるのだけは勘弁と、必死に射精欲と戦う俺の心情を分かっているのかいないのか。
ユキさんは不思議そうな顔を浮かべたまま、肉棒を舌で唇で愛撫する。
桜色をした可憐な口唇に挟まれて、見る間に硬度を増していく雄の欲望。
口に含まれていない部分には代わりに彼女の指が絡み付き、陰茎全体が目の眩むような刺激に包まれた。
「あ、くっ……」
相変わらず、絶妙な舌使いおよび指使い。
抵抗することが馬鹿らしくなってくる程の気持ち良さに、つまらない男の意地はあっさりと屈服させられた。
荒い息を吐きながら、股間に顔を埋める恋人の表情を窺う。目が合った。
きっと興奮に赤くなっているだろう俺の顔をしばし眺め、彼女はまた笑う。心底嬉しそうに、幸せそうに。
いっそ無邪気でさえあるその笑顔に釣られ、俺の頬も自然と緩んでいた。
――叶わないよなぁ、ホント。
本格的に力が抜けた俺は、大人しく壁にもたれてユキさんの奉仕を受け入れる体勢になった。
ユキさんも俺の態度が従順になったことを察して、竿に絡む舌の動きをより激しく、熱を帯びたものに変えていく。
薄暗い部屋に、舌と肉棒が絡むいやらしい水音が響き渡る。
下を見れば、俺のモノを咥え込み、口唇で扱き上げるように動くユキさんの美妙な面。
そして、間断なく舐められ吸われ続ける、爆発寸前の怒張。
聴覚、視覚、触覚。それら全てで性感を苛まれ、俺はあっけなく限界へと追い込まれた。
「ゆ、きっ……さん」
さらりと流れる金色の髪に、指を絡ませる。
ユキさんは心得たとばかりに肉竿を深く咥え、奥にわだかまる精を絞り出すかのように強く吸い上げた。
直後、性器から脳天までを電流のような感覚が走り抜け、俺はユキさんの口の中に己の欲望を吐き出した。
「ん……!」
精液が喉に当たる感触に驚いたんだろう、ユキさんがかすかに声を上げる。
けれどそれも一瞬のこと。
彼女はすぐさま平静を取り戻すと、まだ射精を続ける肉棒を口腔のより深いところまで咥え込んだ。
普通の女性ならば息苦しさに呻くところ、しかしユキさんは動じない。
喉奥にじかに流し込まれる濁った体液を、苦しげな素振り一つ見せずに受け止め、飲んでいく。
それも当然だ。だって彼女は、端から呼吸なんてものする必要がないのだから。
「う、くぅ……っ!」
とろとろと流れ出る射精の名残を優しく吸われ、俺は心地良い気だるさに身を預ける。
背後の壁にもたれ、肩で大きく息を吐いていると、足元からくすくすと笑い声が聞こえた。
「ふふふっ、しずるくん、今日はたくさんだったね〜。いつもより多かったから、私びっくりしちゃった」
直前までの情事の名残など欠片も感じさせない爽やかな笑顔でそんなことを言われ、
賢者タイム真っ最中の俺はどうにも居た堪れなくなる。
「……久しぶりだからですよ」
「久しぶりだと、たくさん出るの?」
「…………出るんです」
「そうなんだぁ……でも、この間したの、一昨日だよね?」
「………………ユキさんもう勘弁して下さい」
無自覚の言葉責めにライフポイントを削り倒され、俺は力なく天井を仰いだ。
そのまま壁の時計に目線を走らせる。明日の講義は朝一からある、そろそろ寝ておかないとまずい。
俺の視線を追いかけて時計を眺めたユキさんも、「結構遅くなっちゃったねぇ」とのんびり呟いた。
「どうするしずるくん、もう寝ちゃう?」
「や、一応シャワー浴びてからにします。結構汗かいたし」
ティッシュで適当に拭った息子をしまい、俺はのろのろと重い腰を上げる。
それに続いてユキさんも立ち上がると、ぽんと両手を打ち合わせてこう言った。
「分かった。じゃあ、その間に着替え用意しておくね」
「いいですよ、そのぐらい自分でできますし」
「大丈夫。下着はタンスの一段目の左端でしょ? もうちゃんと覚えたんだから」
心持自慢げな笑みを浮かべ、ユキさんはえへんと胸を反らす。
嬉しそうなとこ悪いんですが、左端じゃなくて右端ですユキさん。
あと一段目じゃなくて二段目です。
俺の突っ込みにユキさんは小首を傾げ、「そうだっけ?」と目を瞬かせた。
のんびりとした性格が影響しているのか、彼女はこの手のドジが結構多い。
実際にタンスを開けてみてホントだー、と呟いているユキさんの横顔を、俺はなんとはなしに見つめた。
息が乱れている訳でも、汗をかいている訳でもない、平静そのものの顔付き。
ついさっきまで指や唇に付着していたはずの精液の残滓も、いつの間にか跡形もなく消えてしまっていた。
俺の恋人――ユキさんは人間じゃない。
彼女が一体どういう存在であるのか、詳しいことを俺は知らない。
分かっているのは、俺と同じ人間ではないことと、いわゆる動植物のような生命体ではないということだけ。
それしか、知らない。
外見だけを見るならば、ユキさんの容姿は人間の女性と何一つ変わらないのだ。
美しさの中にも少女のような可憐さを残す、色白の細面。
金色の長い髪は両サイドで結われ、彼女が動くのに合わせていつも軽やかに揺れなびく。
黒を基調にした丈の長いワンピースが、白い肌と細身の肢体をよく引き立てていると思えた。
しかし、衣服も含めてその姿はあくまで擬態でしかなく、仮に欠損したり汚れたりしても
――例えば、精液をかけられたりしても――少し時間が経過すれば自然と元の状態に戻る。
当然生命活動だってしていないから、心臓が鼓動することも、頬が紅潮したりすることも、
恋人と情を交わして性感を得る、ということも、ない。絶対に。
「しずるくん?」
はたと気付いて、いつの間にか俯いていた面を上げる。
形の良い眉を曇らせて、ユキさんがじっと俺の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの? なんだかとっても怖い顔になっちゃってるわよ」
「あ、いや、なんでもないですよ。ちょっと考え事してただけで」
心配そうなユキさんに笑って見せ、俺はつまらない考えを頭から追い出す。
正直なことを言ったところで、彼女を悲しませてしまうだけだ。
これ以上、ユキさんにそんな顔をしていてほしくなかったから、俺は笑顔でその場を誤魔化す。
「……そっか」
しばらく俺の顔を見つめ、ユキさんはこくんと頷いた。
何かを考えるような、その間が少し気にかかったが、結局問い質すことはできなかった。
「はい、どうぞ。下着とジャージ。寝る時はいつもこれでしょ?」
「どうも。じゃ、俺シャワー浴びてきますね」
綺麗に畳まれた着替え一式を受け取り、俺はユキさんに背を向けて歩き出す。
ドアを閉める直前、背後から聞こえた「いってらっしゃい」の声に振り返ると、
にこにこ笑顔のユキさんが俺に向かって手を振っていた。
――風呂場に行くだけなんだけどな。
大仰とも言える恋人の行動に、苦さ一割むず痒さ九割の笑みを浮かべながら、俺は今度こそドアを閉める。
その時――。
「――――ごめんね」
扉が閉まる音に紛れて聞こえた声は、いやに鮮明に俺の脳裏に焼き付いた。