七年前に北幌市に造られた北幌ドームは、来週クリスマスということもあってか、きら  
びやかにライトアップされている。  
 ドームから突き出た、市内を見渡せる展望室は、赤赤と光り。入場口にはモールのよう  
に電飾が下げられていたし。鉄と電飾で造られたクリスマスツリーは、六メートルもの高  
さだ。  
 ドーム内でも、今週は、今年リーグ優勝した地元球団の写真パネル展が開かれている。  
 華やかなドーム。  
 ――その、車道を一本隔てた駐輪場の横には、公衆トイレがある。  
 ドーム建設の際造らたものなのだが、整備がきちんとおこなわれているため綺麗な――  
と付けるのは妙であるが――トイレである。  
 入り口は開け放たれておらず、自動ドアがあり、車いす使用者用のトイレもある。  
 だが、ドーム内にも、歩いて十分足らずにある福角駅構内にもトイレがあるため。わざ  
わざ、このトイレを使用する者は殆どいない。  
 ――そう思っていたから、油断した。  
 
   ※※※  
 
 バイトからの帰り道、ドームから車道一本隔てた場所にある自動販売機で、缶コーヒー  
を買って飲むのが、最近の習慣だったのだが。  
 今年は雪が少ないとはいえ、かなり冷える。  
 そこへ、あったかーいではなく冷たい冷たいコーヒーを間違って買ってしまい。買った  
ものは仕方ないと、飲んだのだが。  
 失敗だった。  
 疲れた体、冷えた腹、氷みたいに冷たい缶コーヒー。最悪な条件が揃ってしまい、案の  
定トイレに行きたくなった。  
 だが、慌てることでもなかった。  
 直ぐ側にトイレがあるのだから。  
 俺は公衆トイレを設置してくれた市に感謝し、男子トイレへ入ったのだが……。  
 
「う……あ……あ……」  
 呻き声が聞こえた。  
 一つだけ使用されている、個室から呻き声が聞こえてきた。  
 随分踏ん張ってるが――正直、不気味だなぁ。  
 だが、個室にこもった奴が、どれだけ固いのを出していようと関係ない。  
 俺は小便器に向かい、ジーンズの前を開け、縮こまった陰茎を取り出し…………あとは  
まあ言わなくても分かるだろう。  
 しかし、出している間に、個室の扉が開き“彼女”が現れたのだから書かねばなるまい。  
 個室が開いたのを聞いて、どんな奴かと、ちらりと振り返ってみると。出てくるのが分  
かっていながら、驚くほど勢いよく人が飛び出してきたのだ。  
 しかも、その飛び出て来たのは、女――それも、全裸だった。  
「…………は?」  
 頭を疑った。俺の頭を。なに幻覚見てんだよと、ついでに目も疑った。  
「――あ」  
 飛び出て来た全裸女と目が合った  
 全裸女――訂正、ハイソックスだけを穿いた女は、俺を見るや悲鳴をあげようとしたが、  
自らの口を押さえ、叫びを留めた。  
 出てきた時と同じく、勢いよく個室に引っ込んでしまった。  
 俺はわずかな間、陰茎を出したまま、呆けていたが。  
 しまうと、何事もなかったようにトイレから出た。  
 危ない奴とは関わらないに限る。  
 
 
   ※※※  
 
 
 明日はクリスマスイヴだってのに、十二時間労働なんて腐った労働条件で、社会の厳し  
さを味あわされた俺は。味はいまいちだが、量はたっぷりな、ダブ飲みコーヒーを1缶開  
けると。  
 ふと、側にある公衆トイレに目をやった。  
 今にして思えば、美味しい状況だったのかもしれない。  
 男子トイレで裸になるような女だ、無理矢理犯しても文句は言わないだろう――という  
妄想が、この六日間のオカズになっていた。  
 あの時は、驚くことしか出来なかったが、思い出せばあの女、けっこうな美人だったよ  
うな気がする。  
 俺好みな巨乳ではなかったものの、スタイルも……  
 いや、やめよう。  
 クリスマスイヴイヴに、一人妄想でおっ勃ててるのも、もの悲しい。  
 
 ――と、考えながらも。未練がましい俺は。  
 あの女がいないものかとトイレに入った。  
 
 いやがった。  
 
 しかも、声をかけるのを躊躇わせるハイテンションぶりで。  
「あっ……だめ――めっ……いや……」  
 声、というか、悲鳴、というか、叫声。  
「だめ――いやぁぁっ」  
 壁一枚隔てれば路上の公衆トイレでよくやる――つーか、なにやってんだ?  
 個室の扉を開け放ったまま、あの女は、和式便器に顔を擦りつけていた。  
 むろん、一人で。  
 自分の割れ目に真っ赤なお鼻のトナカイならぬ、ぶっといピンクのローターをぶっ刺し  
ながら。  
 俺は――  
「いやぁぁぁぁぁぁっ」  
 ――見なかったことにした。  
 
   ※※※  
 
 クリスマスイヴだったってのに、二十五時間労働をした翌朝、俺は、いつ寝たのだろう?  
 本当にここは日本なのかと疑いながらも。  
 いつものように缶コーヒーを飲みながら、今日は弁当も買って食べていた。  
 寒空のした、弁当を食べているのが珍しいのか、目の前を通るおばさんたちの視線が痛  
い。というかガキんちょども、飴を恵んでくれるな、そんな優しさいらねえ。  
 俺がここで食べてるのは、部屋の暖房が壊れて、室内と屋外の記憶が殆ど変わらないか  
らってだけで、ホームレスじゃねえんだ。  
 ――と、そんなことを考えながら弁当を食べていると、泣きたくなってしまった。  
 俺は気分を晴らすため顔を上げた。  
 ライトアップされた光景だけが、俺の心を癒してくれる――あれ?  
 そそくさとした足取りでトイレに入っていく女――いや、少女がいた。  
「あの制服は……」  
 俺でも知っている、有名女子校――いわゆるお嬢様学校の制服だ。  
 腹の具合でも悪いのだろう、やけに早い足取りでトイレに入っていった。  
 ――しかし、  
「あの顔……」  
 俺は、なんとなく気になり、少女に続いてトイレに入った。  
 まず、少しばかりの勇気がいったが、女子トイレを覗いた。  
 誰もいないし、個室は全て開いている。  
 やはり……。  
 男子トイレへ向かうと、  
「うおっ」  
 俺は思わず声をあげてしまった。  
 女は、洗面台の上に乗っていた。  
 ――裸で。  
 鏡に向かって、股を開き、何かしていた。  
 俺が声をあげたことで、鏡に写った俺に、女は気づき――  
「え……へっ、うそっ、なっ――キャアッ」  
 慌てる余り、洗面台から転げ落ちた。  
 
 
「違うんです」  
 なにが違うのか、ハイソックス少女は立ち上がるや言い訳しだした。  
「これは、着替えてただけで」  
 そうかい。  
 しかし、ならなんで男子トイレで。  
「やましいことでは全然ないんです」  
 ほぉ、なら、その手に握ったバイブはなんなんだろうか?  
「だから、警察に連絡はせずともいいですし、私は全然学校へ行けます」  
 言うや、ハイソックス少女は、俺の横を通り過ぎていこうとした。  
 ――ん?  
「それでは、さようならでございます」  
 日本語がおかしいのはこの際無視だ。  
「待てっ」  
 女の腕を掴んで、引き留めた。  
「きゃっ、離して変態」  
 変態はお前だろという突っ込みもこの際無視。  
「その格好で、どこへ行く気だ」  
「……へ?」  
 ハイソックスだけを着た女は、ようやく思い出したのか。  
「ひゃっ」  
 悲鳴をあげてその場にうずくまった。  
 ……なんなんだ、コイツ。  
 
   ※※※  
 
 少女の説明は、まるで三冊くらいの本をランダムに一ページずつ読み進めていくかのよ  
うな、とっちらかった内容だったので、割愛する。  
 要約すると、実に単純な理由だ。俺の二十分を返せと言いたい。  
 一言で言える内容なのだ。  
 つまり、公衆トイレでオナニーするのが趣味なのだそうだ。  
 最初は、女子トイレで裸になり指でするだけだったのが。  
 男子トイレでするようになり。  
 誰かがした後だと妄想しながら、便器に顔をこすりつけるようになったそうだ。  
 いつもは帰り道でしているのだが。  
 今日は学校が終業式で、その際彼女がなんの因果か、壇上に立つそうで。気合いをいれ  
てバイブを仕込んだのだが、家を出た時からスイッチを入れていたせいで。気持ちよくな  
りすぎて、歩けなくなってしまい、ここで外すことにし。ついでにオナニーをしていたの  
だそうだ。  
 これだけでもSANチェックが必要な内容なのだが。  
 その上――俺の頭がおかしいのかと、思いたくなる内容を聞かされた。  
 
「ああそう」  
 正直、関わりたくない。  
 ハイソックス女は、いい加減服を着たらいいのに、裸のまま。  
「誰にも言わないでください」  
 言わないさ。  
 言ったところで、俺の頭が疑われる。  
 クリスマスイブの朝、全裸のサンタガールならぬ女子高生に出合ったなんて、宝くじが  
当たる可能性より低い。  
 前日にみたAVの影響で、えろえろな中学生ならまだしも。  
 今の俺が言ったら、ただの欲求不満の糞ヤロウ呼ばわりでフィニッシュさ。  
「それと……」  
 なんだ、まだ何かあるのかよ?  
「私のこと、レイプしてください」  
 まるで、バレンタインデーにあこがれの先輩に告白する、後輩のような顔で言う。  
 俺は、勿論、さわやかな笑顔で頷き。  
「嫌だ」  
 
   ※※※  
 
 俺はいつものように、缶コーヒーを飲んでいた。  
 バイト先は、法律に引っかかってつぶれた。  
 新しいバイト先を探しているため、金がない。最近は風俗にも行けていない、AVすら  
ゴブサタだ。  
 ――溜まっていた。  
 学生は冬休みだから、あの女が現れることはないというのに、俺はアイツを待ち伏せて  
いた。  
 アイツなら、タダでやらせてくれるだろうから。  
 それに、田舎から出てきて数年、バイト仲間以外に友達のいないこの町で、唯一顔を知  
っているのはアイツだけ。  
 人恋しいのかもしれない。  
「まさか、だよな」  
 鼻で笑い。  
 
 ふっとトイレを見た。  
 俺の頭に、一つの考えがよぎった。  
 
   ※※※  
 
 誰もいない女子トイレ。  
 裸靴下の俺しかいない。  
 大きな鏡に写る、股間を努張させた変態男。  
 アイツの真似をしてみた、結構興奮する。  
 立ったまま、鏡に自らを写してオナニーする。  
 アイツ以外入ったのを見たことのない女子トイレだが。女子トイレ、その響きに興奮を  
覚える。  
「く、」  
 片手を洗面台にかけ、スパート……――っ。  
 久々の心地よい射精感に、顔をあげる。  
 鏡に写った変態男――そして、あの女。  
 バシャッとシャッターが切られた。  
「おっ、おいっ」  
 アイツは愉しそうに歪んだ顔で、  
「この写真を蒔かれたくなければ、私の言うことを聞きなさい。この変態」  
「おまえが言えた義理か」  
 アイツはフフンと鼻で笑い。  
「どうするの? イエス、ノーどっち」  
 ヒラヒラと使い捨てカメラを振ってみせた。  
 ブブブブブと、何かが振動する音が聞こえた。  
 どうするかって?  
 決まってる。  
 俺は大股で女に近づき、その腕を掴んだ。  
「ちょっ、強引に奪うのは反則……っ」  
 何か言ってるが、聞いてやらない。  
 女の手を引っ張って、個室にひきずりこんだ。  
「な、なにするの」  
 今更怯えた声を出すのかよ。  
 ……ほんと、今更だろ。  
「おまえをレイプして、黙らせる」  
「――えっ」  
「おまえが、望んでたことだろ?」  
「それは……でも最初くらいやさしく」  
「やだね」  
 
   ※※  
 
 俺はいつものようにトイレにいる。  
「や、あ、くぅん」  
 最初に逢ってから約一年、俺はほぼ毎日ハイソックス女と会っている。  
「うう……あっ」  
 今日は、クリスマスイヴ。  
 バイト先で借りたサンタの衣装を着せているから、サンタ上着+ハイソックス女だ。  
 上着だけのため、ミニスカというより尻も前も隠せないと恥ずかしがったが。洋式便器  
に抱きついて、尻を突き出してる今は、そんなことを言わず。  
 先ほど俺が女の見ている前で用を足した、洋式便座に顔をつっこむ女は、何が嬉しいの  
かキャッキャッと悲鳴をあげている。  
 ――まあ、人のことは言えない、か。  
「む……射精そうなんだが、このまま、射精していいか?」  
「……う、うん…………飲む、から……待って」  
 
 俺の陰茎をくわえるハイソックス女を見ながら、俺はなんの気なしに言った。  
「今日はクリスマスだな」  
「ん? ――うん」  
「一緒に遊ぶ相手とかいないのかよ、彼氏じゃなくても」  
 言うと、女は俺を指さした。  
「俺は、一緒に遊ぶ友達ってわけかい」  
 苦笑気味に笑うと、なんか空しかった。  
 女が陰茎から一滴残らず精液を拭き終わるまで、どちらも喋らなかった。  
「……ねぇ」  
 今度は自らの性器を拭きながら、女は言った。  
「今度、デー……遊びに行かない?」  
「……どこに?」  
「それは、その、映画館とか、遊園地とか」  
 デートかよ、思ったが言わなかった。  
 代わりに  
「いいかもな」  
 ぼうっとしながら、俺は答えた。  
「でも、そんなとこでなにすんだよ。デートなんざしたことねぇよ」  
「そ、それは……」  
 口ごもったかと思えば、女は怒ったように。  
「セックスすればいいじゃないっ、アンタ好きでしょ」  
「そりゃ、まあな」  
 おまえもだろ、とは言わなかった。  
「なら、まず、初詣行くか」  
「――え」  
「混んでるだろうから、立ったままハメてても誰も気づかないだろうさ」  
 バカ、聞こえないほど小さな声で女は言った。  
「ただ、その前に訊いていいか?」  
「なに」  
「おまえの名前」  
 この一年、互いが互いの肉体を求め愛、情欲のまま躰を重ねてきたが。  
 俺はこいつの名前を知らない。  
 こいつは俺の名前を知らない。  
 ハイソックス女は頬を掻き、額にかかる髪を払った後  
「私の名前は――――」  
 
〜END  
 

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