今日も、世衣木市は地獄絵図と化していた。林立するビルは幾つも倒壊し、人々は叫び  
惑い我先にと何かから逃げていた。その何かが、醜く潰れただみ声を散り行くクモの子に  
投げかけた。  
「おらおらどうしたぁっ!? さっさと逃げねえとぶち殺すぞぉぉぁっっ!!」  
 トカゲを思わせる醜悪な外観に厚みのある外殻をしたそれが地を蹴り、逃げる男の背中  
を爪で引き裂いた。鋭利な刃物をさらに研磨したような爪は服の上からでもいとも容易く  
致命傷を与えた。男は転倒し、苦悶の叫びを張り上げた。背中から流れ出す血の量が男の  
容態を物語っていた。そんな彼を見下し、トカゲは何の躊躇いもなくその頭を踏み砕いた。  
頭蓋が割れる音と中の具が爆ぜる不快な音を聞き、トカゲは愉快そうに高らかに笑った。  
「いいねいいねぇ……もっと聞かせろよ! 肉の鳴き声をよぉ!」  
 人として最も必要な部位を欠いた肉塊を、トカゲは両手から伸ばした十の刃物で雨のよう  
に斬りつけた。かろうじて人らしい形容をしていたものは、たちまち無数の細切れの物体が  
混ざり合う血溜まりへと存在を変えた。  
 鼻をつき胸を焼く悪臭を深く吸い込み、トカゲは至極の愉悦に浸った。  
「いい……いいねぇ、この感じ」  
 酔いしれるトカゲは、しかしそこで顔を歪めた。視線を向けた先には、恐怖に引きつる表情  
をした少年がへたり込んでいた。  
「――ガキは嫌いなんだよ」  
 悪意とともに吐き捨て、長い爪を暗く光らせて一歩一歩少年に近づいていく。と、少年を守る  
ように女性が横から飛び出し、その子にしがみついた。母親だろうか、きつく抱きしめる腕は  
震え、閉じた瞳は死さえ覚悟しているようにも取れる。  
 普通の怪人ならば有無も言わずに母子もろとも斬り捨てるだろうが、トカゲ怪人は少し思案  
するな仕草を見せ、  
「おい女。ガキは見逃してやる」  
 そう言い放った声は、先程男を斬り刻んだ時と同じく狂気に、凶喜に満ちている。  
「え……」  
 思ってもいない台詞に女性は間の抜けた声をあげたが、すぐに身体を縮み上がらせた。  
「へへへっ。こいつの相手をしてくれたらだけどな」  
 
 トカゲ怪人の股間部を覆う外殻が開くと、そこから太く長い塊が粘液でぬめりながら、  
だらりと垂れてきた。  
「ひ……ッ」  
「最近溜まってんだよ。おらさっさとしねえか!」  
 トカゲ怪人は恐怖で引き攣る女性の顔正面に歩み寄り――歩み寄ろうとし、咄嗟に後方  
に跳んだ。  
 ほんの数瞬後、怪人と少年を抱きしめる女性の間に何かが降ってきた。  
 
 座ッ  
 
 砂利を踏みしめる音とともにそこに降り立ったのは、上背のある大きな人だった。――  
いや人と呼ぶには、それの姿はいささか……かなり違和がある。対峙する怪人の生物的な  
外殻とは逆の意味でそれの身体は厚い装甲のようなものに覆われている。つまり人工的な、  
人の意思が加えられたものだ。  
 それの外殻は赤と白を基調としており、形容は筋肉質な男性を彷彿とさせる。一際目を  
引くのはフルフェイスのヘルメットのような頭部の額に燦然と輝いている、揺らめく炎を模した  
エンブレムである。  
「て、てめぇ……!!」  
 驚く声をあげるトカゲを無視し、それは背後に目をやり、小さく身を震わす親子に声をかけた。  
「早く逃げて。巻き込まれないところまで」  
 親子は面食らった顔をしたが、すぐに頷いてその場を去った。それが正面に向き直ると  
先ほどの親子と同じようにトカゲまでも意外そうな顔――といってもその醜悪な顔がさらに  
少しだけ歪んだだけだが――をしていた。  
「その声……、てめぇ、女かぁぁ」  
 トカゲ怪人が言うとおり、それが発した声は若い女性のそれだった。女と知り、言葉の最後  
には卑下た笑いが混じっていたが、それは無視して周囲に視線を巡らせた。  
 無人の廃墟。つい先刻まで人が住み、賑わっていたとは到底思えない光景。視界の隅に  
小さな赤い池が映り、握りしめた両の拳をさらに強く握った。  
「――許さない。貴様の犯した罪、絶対に!」  
 
 左足を踏み出し、右肩を僅かに後ろに下げて左拳を突き出すように構える。これが彼女  
のいつものスタイルである。  
「へっ! てめぇをぶっ飛ばした後でその無骨な超甲を剥いで犯してやるぜぇぇ!!」  
 常人では捉えることさえ困難な異常な速さでトカゲ怪人が彼女に跳びかかり、その速度  
のさらに数倍以上の勢いで後方に飛ばされていた。  
 虫の潰れる音を口から吐き出しながら背後にあった瓦礫の山を突き壊し、終わることを  
知らないかのように吹き飛び、二百メートルほど転がった辺りでようやく大地に突っ伏した。  
 いつの間にか彼女の構えは変わっていた。左腕を引き、右腕を真っ直ぐ突き出す、いわゆる  
正拳突きというやつだ。右拳は熱を帯びているために赤く輝き、幾本か煙を噴いている。  
「――命をもって償ってもらう。貴様らエビル・ネイションの侵略、このバーンフォウスが  
許さない!!」  
 彼女――バーンフォウスと名乗った彼女が前方に大きく跳躍した。  
「とうっ!」  
 上空高く、放物線を描く軌跡のその最高点でバーンフォウスが身体を捻じり、右拳を背中  
まで引き絞った。狙いを定める。もちろん落下点で横たわるトカゲ怪人へ、だ。  
「バーニングゥッッ、ナッコォォォッッッ!!」  
 気合を込めた掛け声を張り上げると、突如として右腕が爆炎に包まれる。  
「はぁぁぁぁぁぁぁあああっっっ!」  
 灼熱の尾を引きながら必殺の一撃が轟々と唸りを上げる。上空から赤い衣を身にまとい  
迫りくるバーンフォウスを目にし、怪人は手を使い、四つん這いになって必死にその場から  
身体を動かした。  
 
 怒轟っっっ  
 
 大気を弾く音がなり、次いで熱風が吹き乱れ瓦礫を巻き上げる。宙に舞う瓦礫は粉塵と  
化し、そして膨大な熱量の中で蒸発し消え去った。  
 巻き上げられた白塵が次第に薄れてゆくと、そこにはバーンフォウスが穿った穴が、  
クレーターが出来上がっていた。地表面は赤い――正確に言うならばオレンジ色のどろり  
としたものに覆われている。マグマ、と説明した方が分かりやすい。  
 
「っば、化け物……っ!」  
 自分の容姿を見て言ってもらいたいものだが、ともあれ怪人は目の前の怪物に明らかに  
恐怖していた。脆弱な人間相手にとっていた残忍な性格はすっかり影を潜めている。  
 空気が焦げ、陽炎で揺らめくほどの熱の中、バーンフォウスは平然と歩み出し、横に逃れた  
怪人への距離を縮めた。  
「逃さない」  
 呼吸ができなくなりそうな熱さにも関わらず、彼女の声だけは絶対の零度を保ち、怪人の  
背中を縮み上がらせた。  
「んま、待て、待ってくれ!」  
 尻をついたまま情けない声で後退し、手で押さえた腹部からは緑とも青ともつかない粘着性  
の体液が、人間で例えれば血液に相当するものが流々と溢れていた。すでに初撃で致命的な  
傷を負っていたのだ。  
 それでも彼女は歩み寄る。眼下に這いつくばり、必死に命乞いをするそれを見下ろし、街を  
人を破壊した悪行への怒りに身体をわななかせた。怒りに呼応するかのように掌から炎が巻き  
起こる。先程大地に大穴を穿った時と同質の炎――バーニングナックルと同威力の灼熱が、  
腕ではなく拳に凝縮されている。濃密な熱量は赤ではなく、輝いていた。  
「ひっ、ひぃ――」  
 情けなく引き攣った声を出して大口を開けるトカゲ怪人のそこに、バーンフォウスの振り上げた  
拳が一気に突き刺さった。とどめの一撃が口内を蹂躙し、後頭部まで貫き、爆炎が立ち昇った。  
 轟々と燃え盛る炎の真っ只中、バーンフォウスは怪人を屠った一撃を放った格好のままで  
そこにいた。敵の姿はない。圧倒的な超高熱の爆炎に身体を内部から焼かれ、一瞬で炭化し、  
そして灰となり粉塵と化し消滅していた。  
「…………」  
 目的を終えた彼女は拳を引き、何事か呟いてから天を仰ぎ、小さく息を吐く仕草をしてみせた。  
彼女を中心に巻き上がる炎はようやく勢いを失い始めていた。  
 
 
「――ふう」  
 仕事を終えたという充実感から息を一つ吐き出し、青年はヘッドマイクを外した。紺色の  
スーツにだらしなく乱れたネクタイとワイシャツは、うだつの上がらないサラリーマンのような  
印象を与える。  
「五分二十三秒……か」  
 彼が呟いたのは何のこともない、ただ目の前で淡く光を放つディスプレイに表示された  
時間である。表示された時間はすでに止まっているもので、彼が口にした時間で明滅を繰り  
返している。画面には時間ともう一つ、バーンフォウスのモデリングが映されている。  
 彼は小さなディスプレイから顔を上げると、前方の壁一面に表示された別のディスプレイを  
見やった。そこには世衣木市を上空から捉えた縮図が、ところどころ赤いマークで染められ  
ていた。染められた箇所は今回のエビル・ネイションが送り込んだ怪人が破壊した地域と合致  
しており、それが映画館のスクリーン並みの大きさの画面に映し出されている。  
 日本防衛企業会社。それが彼の所属する機関の名称であり、ここはその司令室である。  
といっても彼は一平社員にしか過ぎず、この広い司令室には彼の他にも数名のスタッフ、  
オペレータが忙しく戦闘の事後処理に追われていた。  
 そんな彼らが蟻の子のように働いているところより数段高いところにある扉が音を立てて  
開くと、彼らは一時手を止め足を止め、そちらに向かって敬礼をした。  
「社長、お疲れ様です!」  
 全員の目の先に現れたのは、五十代半ば程の小柄な人物であった。口元に蓄えた髭に  
優しい目が少し不釣合いな彼の元に、時計をモニターしていた青年が机に備え付けられた  
コンピュータからディスクを一枚取り出してから駆け寄った。  
 
 
「社長、今回の戦闘の結果報告ですが――」  
 社長は他とは違う高級な椅子に腰掛け、青年の報告を黙って聞いていた。  
 
 ここでは社長ではなく司令と呼ぶように。  
 
 防衛業を十数年ぶりに再開した初めの集合でそう皆に告げたはずだが、今では誰一人と  
して覚えてはいなかった。そのことが少し悲しい社長であった。  
「――以上です。それで一応、煉さんにも目を通しておいてもらいたいんですが……」  
「煉君は……今は、あれだ」  
 社長があれと言い、青年はすぐに意を察した。  
「ではしばらくは……。でしたらまた後日、いや、そうですねぇ、明日にでも彼女の自宅に  
送っておきます」  
 社長は鷹揚に頷き同意を示した。  
 
 本社、特設シャワー室。熱いお湯を流すシャワーが一つだけあった。  
「…………」  
 壁に手をつき、頭からつま先までしとどに身体を濡らす彼女の名は穂村煉。  
「…………ぁ」  
 超甲と呼ばれるフルアーマーに身を包み、バーンフォウスとして闘いを繰り返している  
少女である。  
 いや、少女とするにはかなり大人びた雰囲気がある。整った顔立ちに切れ長の目、加えて  
なかなかの長身である。同世代の女子より肩一つ分は高く、細身の体型がその背の高さを  
さらに際立たせている。  
「……はぁぁ」  
 まだ高校生の彼女が熾烈な闘いに身を投じた理由は至って単純である。十七年前、ちょうど  
彼女が生まれた年にバーンフォウスとして命を落とした父の敵討ちである。  
「はぁっ、く……ッ」  
 亡き父の力を継ぎ敵を殲滅していくという険しき道を進む彼女に後悔の念は、ない。が、  
悩みはあった。何度も超甲を身につけている影響により身体の、主に筋肉が活性化してしまい  
徐々に筋肉が太くなってしまい、女性らしい肉体ではなくなってきていること。  
「ぃ、ぁあッ! りょぉ……、涼ぅッ」  
 そんなことを気にする理由はこれまた至って単純である。好きな男子に嫌われてしまうので  
はないかという危惧からである。ちなみにうわ言のように繰り返す涼とは、煉の幼馴染みで  
同級生の初恋の少年である。  
「ひゃッ、あ……あう――」  
 また超甲をまとうには強靭な精神力が必要となる。そのため除甲してしばらくの間は人間を  
人間たらしめる精神が極端に疲弊した状態に陥り、動物的な本能が剥き出しとなってしまう。  
殆どの場合、それは性欲として現れる。  
「りょ……うぅ、気持ちい、いよぉぉ」  
 シャワー室に閉じ篭もってから煉の息が荒々しかったのは今が自慰行為の真っ最中だった  
ためだ。社長と平社員間で行われたやりとりはこのことを示していた。  
 
 右手中指で秘部をほじるように激しく弄り回し、淫らな涎が絶えることなく内腿を伝っている  
はずだが、流れくるシャワーの湯に紛れてしまいどの程度濡らしているかはっきりと分から  
ない。熟々と鳴る卑猥な水音さえシャワーの音にかき消されている。  
「……あ……ダメ、ダメぇぇ」  
 しかし上の口から紡ぎ出される切ない声と、普段はきりっとした彼女からは想像もできない  
ほど快楽に眉をひそめた歪んだ赤い表情が、どれだけ彼女を淫乱な女性に変えているのか  
を教えている。  
 十分弱という短時間の戦闘であったが、たったそれだけの時間超甲をまとっていただけで  
下腹部は熱く焼け、衝動は歯止めの利かないものになっていた。  
「こんなッ……ちょ、っと……だけなの……にぃ」  
 壁についていた手だけでは、力が抜けがくがくと震える脚を支えることができなくなる。  
身体を反転させ背を預けると、腰がずるずると下に落ちていきそうになる。完全に落ちる前に  
シャワーを左手にとってから床にぺたんと尻餅をついた。  
「あぁ……、ッぁう!」  
 脚を開き右手で薄紅色に熟れた果実を押し拡げ、ノズルから勢いよく噴き出す温水を粘膜  
にあてがい突くような快楽に身悶え、狂乱した。  
 
「りょ……ぉぉッ」  
 小さく背を丸めて身をびくつかせる様はただの矮小な女性で、そして怯え震える仔猫を  
思わせる。  
 下腹部の、股の疼きはさらなる悦楽を求める。秘芽を包む薄皮を剥き、ぴょっこりと顔を  
のぞかせるそれに容赦なく無数の水針が突き刺さった。  
「はぁ――ッ!」  
 今まで一段と甲高い音が喉奥から響いたと同時、身体が跳ねるかというほど大きく強張  
らせ、絡みつくように熱く甘い吐息を漏らしシャワーが手から抜け落ちた。  
「…………ぁぁ」  
 
 また涼で、オナニーしちゃった――。  
 
 自己嫌悪に似た負の感情が胸の内で湧き起こるのだが、戦闘と、そして自慰行為による  
著しい虚脱感が煉に思案することを許さなかった。  
 堕ち行く意識の中、右手に微かに残る粘性の液体――ほとんど温水で流されてしまったが、  
それでもしつこく指に絡む自らの分泌液を目にし、やはり自分は女なのだと確認し、安堵する  
かのように息を吐くともに瞼を閉じた。  
 
 戦闘後、ようやく訪れた安息の時である。  
 
 
 
 
 
 
 

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