■■■には、とてもとても愛おしい兄妹がいる。  
 その人の総てを■■■は奪い尽くしてしまいたい――そう願っていた。  
 まるで、夜半の夢にみる夢の如く……。  
   
***  
   
「ねえ兄様」  
 花が笑うような声で、僕は現実に引き戻された。  
 新雪で多い尽くされたかのような、白一色のディスプレイに見切りを付け、振り向くと。  
考えに違わず、僕の妹――えせるがいた。  
 数学の教科書を胸にぎゅっと抱いた小さなシルエットに、思わず笑みをこぼしてしまっ  
ていた。その笑みをごまかすように僕は聞いた。  
「――ん? なんだい」  
 えせるはおずおずと、いじらしい動きで唇を動かし。  
「あのね。兄様。いま、お時間をいただいても大丈夫?」  
 僕の背後にある電源がつきっぱなしのPCを気にしたのだろう、或いは切り口が欲しかっ  
たのか。  
 まずえせるはそう言う。  
「ああ、丁度休憩しようかと思っていたところだよ」  
 天使のような妹の前には、茹で蛸のような顔の教授から与えられた課題など、採るに足  
らない些事だ。  
 それに煮詰まっていて、気分転換でもしようかと考えていたのには違いない。  
「そう、よかったぁ」  
 ほっと胸をなで下ろし、えせるはとことこと僕の元へ歩み寄った。  
 甘い、チョコレートのような臭いに、下腹が蠢く。  
 欲求を押し隠している等と、妹は解するわけもないだろう。  
 だから僕は僕を笑顔の下に殺す。  
「あのね。分からないところがあるから教えてほしいの」  
「へぇ、どこだい?」  
「ここっ」  
 えせるは言うや、僕の眼前に小学校四――いや、五年生の算数教科書を広げた。  
 指で付箋していたらしく、直ぐに開かれたページは教科書の中程だった。  
 書かれているのは、複雑な図形の計算問題だ。  
 基礎の繰り返しで解けそうだと思ったが、しかし、だからといって妹が馬鹿だというわ  
けではない。  
 その理由はとてもとても簡単だ。  
 これは、まだえせるには早い。少なくとも四月の新学期を迎えるまでは。  
 僕はえせるの勤勉さに舌を巻きつつ、笑みを深めた。  
「ほら、おいで」  
 座っていた椅子を妹に差しだし、二人きりの勉強会をはじめた。  
    
***  
 
 勉強は九時まで続いた。  
 結果をいえば、えせるは秋頃まで算数の授業は寝ていてもかまわない――と、言いたく  
なるほどだ。  
 それほどまでにえせるの飲み込みはよく、教える側は退屈なくらいだった。  
「……よし、今日はここまでにしよう」  
 えせるはまだ勉強したそうな雰囲気だったが、一年中算数の時間眠られていたのでは教  
師も面白くないだろうし。なにより子供が遅くまで起きてるのは、保護者の管理不行きだ。  
 両親共働きの家庭にあって、十歳年下の妹の面倒をみるのは兄の勤めだ。  
 それは四年前に父が再婚し、いきなり六歳の妹ができてより変わらない。  
 その可愛がり方を、シスターコンプレックスだと嘲笑するものもいたが。だからといっ  
て、僕は僕のあり方、えせるとの付き合い方を変える気は、毛ほどもない。  
「今日はもう、お風呂にはいってしまって寝よう。勉強はまた明日すればいいさ」  
 不承不承頷く――かと思えば、えせるはどこか嬉しそうにした。  
「お風呂! 兄様も一緒にはいってくれるんだよね」  
「勿論さ」  
 首肯と共に答える。  
 すると妹の喜びようは大変なものだ。  
「わーい、やったー」  
 椅子から勢いよく立ち上がると、  
「じゃ、早くはいろ」  
 僕の手をひっぱった。  
「おいおい、しょうがないなぁ」  
「いこ、兄様」  
 引っ張られながら、浴槽に水を張っていないことに気づくまで、一分とかからなかった。  
   
   
***  
   
   
 湯を張りながら、僕は自らの痩身を洗い、浴槽に湯が満ちるとえせるを呼んだ。  
 呼ばれると、えせるはわずかな間もなく風呂場に現れた。  
 幼い裸身をみて、ふと思う。  
 触れるだけで壊れてしまいそうなその姿、それを見て欲情し、過ぎれば汚したいとすら  
考える変態ども。その思考を僕は理解できない、したいとも思わない。  
 幼い少女を愛おしむ気持ちはまだ分かる。  
 だからといって、犯したいとは通常思わない。  
 そうとも、僕はそういう奴らとは違う――。  
「……どうしたの?」  
 不思議そうにえせるが聞いてくる。  
 僕は慌てて視線を反らした。  
「な、なんでもない」  
 慌ててしまったせいか、声が上擦る。  
 これでは、まるでえせるの裸を見ていたことを知られ慌てているようだ――いや、それ  
で間違いではないのだが。見ていたこと自体ではなく、あくまで声をかけられたことによっ  
て驚いた――ということにしておこう。  
 えせるはどうやら素直に受け取ってくれたようで、シャワーで汗を流し始めた。  
 それにしても、と思う。  
 えせるの肢体はどうにも細すぎるような気がする。きちんと三食食べ、健康的な生活を  
送らせているはずだというのに。  
 同年代の少女たちと比べても小さく、貧相な身体。  
 
 だが、  
 ――俺は改めてえせるを見た。  
 水に濡れたことにより、浴室の淡い光を帯びた少女の肢体は、まるで燐光を放つ人魚姫  
のようだ。  
 汗を流し終えたのか、シャワーのノズルを元の位置へ戻し、浴槽の傍に立って――ため  
らいをみせた。  
 どうしたのだろう?  
 ……と、考えるまでもなかった。  
 まだ身体の小さい妹にとって、浴槽にはいるのも少し大変なものがある。僕に似て、と  
いうわけではないだろうが、運動音痴なえせるなら尚更だ。  
 僕は一旦浴槽から出ると、  
「いい、掴むよ」  
 と言ってから、後ろからはがいじめにし持ち上げた。  
 あまりに軽いその身体に驚きつつも、肌の柔らかさ滑らかさにずっと掴んでいたい欲求  
にかられた。できるのならば、このまま共に……僕は、邪念を振り払い、えせるを浴槽内  
に入れてやった。  
 妹は若干眉根を寄せたが、それはほんの一瞬、すぐにいつもの優しい微笑みを浮かべ。  
 邪念忌まわしき感情、そのような汚い心根の僕にとって、えせるの笑みは眩しすぎるほ  
どだ。  
「ありがとう、兄様」  
「いいえ、どういたしまして」  
 えせるが浸かっている間に、僕は髪の毛を洗うことにした。  
 ふと気付き、下を見たが、自身に絶望を感じるような変化は兆しもみせていなかった。  
 頭を洗っている間、えせるは今日したことを報告してくれた。大学も小学校も休みだか  
らといって、一日中一緒というわけではない。  
 そうできればいいのだが、僕にも彼女にも予定や用事がある。  
 小学生にとって、友人とのコミュニケーションはとても大切だ。  
 今のえせると同じくらいの頃の僕は、友人が少ない、暗い子供だった。それは僕が友人  
を作る、維持するという努力をしなかったせいだ。  
 その点えせるは、過度にならない程度に人に好かれようと努力しているようで、友人も  
多く。保護者としては安心だった。  
「……ふうっ」  
 五分とかからず、一ヶ月前に切りに行って以来伸ばし放題の髪を洗い終えると、きつく  
絞ったタオルで顔から頭へ、水気を拭った。  
 髭を剃ろうかと考えたが、鏡をみて、まだ1mmと伸びていないのだからとやめた。  
「それでね、その子ったら一人でケーキを二つも食べちゃったの。みんな一個ずつだって  
言われてたのに」  
「……人数分しか用意されていなかったんだろう?」  
「うん」  
「なら、不足の一個――その子が多く食べてしまった分はどこから出てきたんだい」  
 言いながらも、えせるが浴槽から出るのを助けてやる――というより、強引に引っ張り  
あげてやる。  
 白い肌は湯船に浸かっていたことで、淡く上気していた。  
 不意に目に入ったなだらかな胸元、そこにつんと咲く、肌より色の濃い――けれど、ま  
だ鮮やかなピンク色をした乳輪。少年と変わらない、未発達の胸に。僕は少しほっとし、  
ナイフで切りつけられたかのように動揺した。  
 僕は無言でいるのを恐れ、  
「それで、誰がケーキを取られたんだ?」  
 訊いた。  
 
 すると、えせるは若干赤みがかった茶色い瞳をむけてきた。その愛らしい瞳には、悲し  
みが滲んでいた。  
 答えは聞くまでもなかった。  
「……そうか」  
 えせるはただ無言で腰掛に座った。  
 僕は浴槽の縁に腰掛、顎に手を置き、わざとらしく「ふむ」と言った後。  
「そのケーキの代わり、というわけじゃないけど。最近、大学の近くに喫茶店ができてね。  
個人運営だけれど、ケーキが逸品らしくてね」  
 僕はそう言いながらも、えせるの横顔を見て、我が寵姫の反応を窺いつつ言葉を続けて  
いく。  
「ただ、男友達といくような場所でもないし、一人でいくのも……まあ、視線が辛い。  
だから、不甲斐ない兄のために、今度時間ができたら一緒に行かないか?」  
 えせるの口元がほころび、顔が上がる、振り向いたその時にはもう笑顔だ。  
「兄様、大好きっ!」  
「はは、大げさだな」  
 と、唐突にえせるは、予測外の行動に出た。  
「大げさじゃないよ」  
 えせるは僕に抱きついてきた。  
 それも僕の下腹に顔を埋めるような体勢で。  
 それが、えせるの無邪気さからくる行動だとは理解できたが。だからといって、された  
側の同様は余りにも大きい。  
 これが、もし、股間を隠すようにタオルを置いていなければ――と考えると背筋が凍り  
そうになる。いや、この状況でも、それは変わらない。  
「お、おい……」  
 僕の体温をタオル越しに確かめるように、えせるはほお擦りしてくる。そうされるごと  
に、段々とタオルの下で僕の一部が硬度を増していくのが分かった。  
「わたし、兄様のこと好きだよ。一番好き」  
 そうして、えせるの頬が動くたびに痛みを感じるようになってようやく、えせるは身体  
を離してくれた。  
「じゃあ、身体洗っちゃうねっ」  
 元気良くえせるは言ったが、僕はタオルなんかでは隠しようもなく隆起した股間を手で  
隠すのに必死で、聞いていなかった。  
 しかし、手でなど隠せるはずもなく、湯船に飛び込んでことなきを得た。  
 えせるに気付かれていなければいいのだが。  
 楽観かもしれないけれど、ようやく二桁年齢になったばかりのえせるが、男性器の変化  
その意味について理解しているわけがない、あろうはずもない。  
 だから、大丈夫、そう、考えたい。  
 僕は湯船の中で気持ちを落ち着かせようとしたが、視線にはいってしまうえせるの裸身  
が、どうにも精神集中をかき乱す。  
 目を瞑っても、目蓋の裏で、先ほどの光景がリピートされてしまう。  
「兄様ー、一緒にいれてー」  
 えせるが髪と身体を洗い終えても、昂ぶりはそのままだった。  
 僕はいつものようにえせるを招きいれてやりたかったが、立ち上がれば、興奮しきった  
醜い物をえせるに見せてしまう。  
「じゃあ、入ってきて。一人で入る練習だ」  
「はいっ」  
 えせるは文句も言わず、素直に従ってくれた。  
 だが、失敗だったかも知れない。  
 
「よいしょっと」  
 えせるは脚を高く上げると、縁に足を置いて、そこで動きをとめてしまった。大きく股  
を開いた状態、どうしても、僕の視線は一点に行ってしまう。えせるの深い切れ込み、そ  
れを僕は凝視してしまっていた。  
 幼い頃はトイレが一人でできなかったえせるについていき、その様子を見守っていたし。  
身体を洗ってやるのも僕の役目だった。  
 だが、えせるが一人で身体を洗えるようになって、ここまではっきりと見たのが初めて  
だったからかもしれない、股間の隆起は一段増した。  
 僕は自らの首を絞めたくなる欲求を覚えた。  
 俯き、目を閉じ、深呼吸を繰り返した。  
「どうしたの? 兄様」  
 えせるは優しい声で問いかけながら、  
「いや、なんでも……っ」  
 悪魔のように惨酷な刃を向けてきた。  
 僕の上に、向かい合うようにして腰掛けたのだ。  
「……ない」  
 隠す隙などなかった。  
 興奮を諌める手段などどこにもなかった。  
 えせるは僕の上、正確には僕の勃起した股間の上に座ったのだ。  
「そう」  
 えせるは気にした風もなく、座る位置を確かめるように尻を動かす。尻の下にされた股  
間は痛いくらいだったが、背筋を電流が駆け抜けた。  
 えせるの行為はそれで留まらなかった。  
「あ、兄様。もっと傍に寄ってもいい? いいよね」  
 言うや、えせるは僕に抱きつき、胸元に顔を埋めた。  
「どうしたんだい、えせる。今日は、なにか変だよ」  
「……そうかな?」  
 とろんとした声で問い返すえせるに、僕は首肯した。  
「そうさ。普段はこんなに甘えん坊さんじゃないだろ?」  
 すると、えせるは「くすっ」と笑みをこぼした。  
「こういうの、きらい?」  
「そういうことじゃなくて」  
 こう言いあっている間も、えせるは座りが悪いのか――どうにも、そうした理由に思え  
ない。が、そんなのは僕の邪心だ。――腰を蠢かし、陰茎に股をこすりつけてくる。  
「えせるにこうされるのが嫌いだから言っているわけじゃなくて……」  
 その先は浮かんでこなかった。  
 僕は、何が言いたい?  
「いつも、こうして甘えていていいなら。ずっとこうしていたいな」  
「それは……」  
 その言葉の誘惑に、僕は、逆らえなかった。  
「……そうかもしれない」  
 
 えせるは顔を上げ、上目遣いで僕の目を一直線に見つめてきた。  
「兄様もそう思うんだっ」  
「……えせる」  
 ゆっくりとした唇の動きで言紡ぐえせる、その動きはまるでキスを催促するようだった。  
「わたしね、一度でいいの。一度だけでいいから、兄様と二人きりで、一日中ベッドの上  
で過ごしていたいの……たった、一度きりでいいから、兄様……」  
「えせる」  
 僕は、その言葉に導かれるように、えせるの顎を掴み、ゆっくりと顔を近づけ。えせる  
のまぶたが閉じられる、柔らかな唇が、何かを待つ。僕は、僕は……  
「……かぜをひいたらいけない。もう出よう、ね?」  
 僕はそう言っていた。  
 えせるの身体を引き剥がし、心を突き放した。  
 全てが誤解だと、僕の錯誤だと考えたかった。  
「…………」  
 えせるは僕のことをじっと睨みつけていたかと思うと、声なき声で呟いた。その唇の動  
きで、えせるが求めていたこととが理解できてしまった。  
 無言のまま浴室を去るえせるの小さなシルエットを見送って、僕は大きく息を吐いた。  
「いくじなし、か……」  
 僕は一人きりになった浴室で、その言葉の意味と、自らの行動の是非を噛み締めながら、  
隆起したそれを処理した。  
 射精する瞬間、僕の口唇は、間違いなく、えせると言っていた。  
   
   
***  
   
   
 今日こそ、と思った。  
 今日こそは、と期待した。  
 ――でも、わたしの期待はいつも裏切られる。  
 それはわたしが彼の妹だからなのだろうか? 幼いからなのだろうか? それとも全く  
別な理由でもあるのだろうか?  
 わたしは常に不安で、不満で、不安定。  
 けれど、今日、わたしは一つの安心を、満足を、安定を得ることができた。  
 だから、今日はここまでとしよう。  
 これからもわたしと彼は共にあれるのだから。  
   
   
 わたしの名前を囁きながら自慰にふける兄の姿を見て、えせるは妖艶な、あるいは純粋  
な笑みを口元に浮かべていた。  
 
 
***おしまい***  
 

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