教室に入り、夏海は冬香の隣の席に腰掛けた。
教室の後ろから二番目の窓際の席──右隣には、冬香がいる。
普段はどんな生徒が座っているのだろうか──椅子と机は、夏海にはかなり
高く感じられる。きっと、男子生徒なのだろう。
下着に包まれていない尻の頬が、スカートに直に触れていて落ち着かない。
──濡れてる……。
秘処が疼いている。
とろりとした蜜が、そこを潤ませているのが判る。
竹下に言われたように、自分は恥ずかしい格好をさせられて興奮する淫らな
少女なのだろうか。
──そんなんじゃないのに……。
そうは思うが、あの夜を思い出せば否定できない。
考えれば考えるほど、自分は竹下の言うとおりの、いやらしい少女なのだと
思ってしまう。
このままでは、スカートに露が染みてしまわないかと心配になる。
かといって、スカートが触れないようにすれば、椅子に直接そこが当たって
しまう。
おそらく男子のものであろう椅子に、自分のいやらしい露を滴らせることに
なってしまう。
──そんなの、ダメだよ……。
ちらりと隣の冬香を覗う。
彼女はシャープペンシルを指でくるくると回していた。
冬香が考え事をしているときの癖だというのを、夏海は知っている。
冬香は何も言わなかった──
スカートを短くして、泣き顔で戻ってきた夏海を迎えた冬香は、驚いた顔で
じっと見つめただけだった。
冬香は夏海の背中に手を回し、寄り添うようにして席へと導いた。
幾人もの好奇の視線を感じたが、夏海はずっとうつむいていた。
──そりゃ驚くよね……。
冬香のことだ、敢えて何も口にしないのだろう。
どうして夏海が泣いていたのか、スカートを短くしたのか──冬香がそれを
考えているだろうことは、夏海にはよく判った。
冬香に訊かれたらどう答えようかと考える。
──泣いてたのは……恥ずかしくて、かな……。
それだけで泣いてしまうというのは、納得してもらえるだろうか──
──スカートが短ければ、胸ばっかり見られないと思ったから、とか……。
きっと冬香は苦笑するだろう。
あんた馬鹿でしょ──普段なら、そんなセリフとともに頭をぐりぐりされる
ところだ。
そうやって笑われるほうがいい。笑い飛ばしてくれるほうが気が楽だ。
しかし、今はきっと無理だ。
いつもは、どこまでが冗談でどこからが本気なのか、夏海にはよく解らない、
不思議な言動の多い冬香だが、考え事をしているときの彼女は冗談の「じ」の
字もない。
「夏海」
「うん……?」
冬香が唐突に顔を上げて、にっと笑った。
いつもの、冗談を言うときの悪戯っぽい笑みだった。
「一緒にいるから」
冬香は片眼を瞑って言った。
夏海は、それだけで今までの不安が吹き飛ぶような気持ちになれた。
「うん……ありがと」
竹下から与えられる恥辱を、冬香には防ぐことなどできないだろう。
だが、彼女の存在があれば、心強い。
──だいじょうぶ……うん、だいじょうぶだよ。
彼女がそばにいてくれれば、きっと耐え抜くことができる──
サンダルの立てる軽い足音とともに、見慣れた国語教諭が教室に現れた。
国語担当は、普段から夏海のクラスを担当している、佐藤教諭だった。
白髪混じりの頭は、額が大きく後退している。黒縁の眼鏡をかけ、いかにも
中年太りという感じの、五十を過ぎた男である。
普段からやる気の感じられない教師であるが、今日は暑さの所為か、一段と
気の抜けた顔をしていた。
「はい、じゃあ立ってー」
今回限りのクラス編成であり、学級委員や週番などの纏め役はいない。教師
自らが声を上げて、起立を促した。
「はじめますよー」
生徒たちはばらばらに礼をした。お願いします、と声を上げたのは半分ほど
しかいなかった。
佐藤は手にプリントの束を収めたファイルを持っていた。夏期講習の前半に
行なわれたテストの、答案用紙である。
佐藤はファイルを教卓に乗せ、答案の束を抜き出してとんとんと整えた。
「それじゃあ、まず最初に……先週のテストを返します。みんな名前を呼ばれ
たら取りにきてくださいね」
──やだっ……テスト、返ってくるんだった……!
どくんと心臓が鳴った。
教卓まで取りにゆくということは、クラス中に自分の姿を曝すということに
等しい。今は極力他人の眼に触れられたくないというのに──
だが、答案の返却があるのは、あらかじめ判っていたことだ。失念していた
所為で、心構えができていなかったのだ。
夏海は、またもや自分の愚かさに気が沈んだ。
次々に名を呼ばれ、生徒たちが教師から答案を受け取りに前に出てゆく。
冬香が心配そうにこちらを覗きこんでいた。
冬香に自分の答案も受け取ってきてほしいと思ってしまう。
だが、そういうわけにもいかないだろう。
だいじょうぶだよ──そう眼で訴える。
普段のクラスの一組の生徒から順に呼ばれているようだ。
やがて、冬香が呼ばれ、立ち上がった。
夏海に笑みを向けてから受け取りにゆく。
次は自分の番だ──
「佐伯夏海さん」
立ち上がる。
乳房が揺れた。太腿が心もとない──
だが、行かなければならない。
まだ朝の八時半を回ったところだが、日差しは容赦なく照りつけている。
それを遮るよう、白いカーテンが引かれている。
風はほとんどない。時折、わずかにカーテンを揺らす程度だ。
夏海は窓際を歩く──心を落ち着かせるように、ゆっくりと──
机を二列挿んで反対側を、冬香が戻ってゆく。
急いで取ってきてしまいたいのだが、胸が激しく揺れるのではないかと不安
だった。
椅子に座っている生徒の顔が、自分の胸と変わらぬ高さにあることに改めて
気づき、羞恥に耳まで赤く染まってしまいそうだった。
クラス中の生徒が、自分を見ているような気がした。
恥ずかしくて、震えてしまいそうだった。
教師から答案を受け取り、すぐさまきびすを返す。
やはり、何人もの生徒が、こちらを見ていた。夏海と眼が合うと、あわてて
逸らす──夏海も逸らした。
好奇の視線だった。
大きな膨らみと、半ば以上が露出した太腿──どちらも年頃の同級生たちに
とって、強く興味を惹かれるものだ。
身体の奥が熱い。
あの夜からずっと燻っている火が、勢いを取り戻そうとしている。
夜見た夢の断片が、頭をよぎる。あの夜の出来事が、脳裏をかすめる──
──変なこと、考えちゃダメだよぉ……。
湧き上がりそうになる淫らな想いを、なんとか抑え込む。
席に戻ると、冬香が心配そうに眼を合わせてきた。
夏海は笑みを浮かべようとしたが、やはりうまく笑えなかった。
「はい、それじゃあ、おつかれさま」
生徒たちがばらばらに礼をして、佐藤教諭は教室から出ていった。
──あと三時間か……。
夏海は椅子に腰掛け、溜息をついた。
テストの返却時以外、一時間目は何事もなく終えることができた。
授業に集中していれば、羞恥を意識することもほとんどなかった。
「ふーっ。暑い暑い……地球温暖化やっほーい」
冬香はだらりと椅子にもたれて、下敷きを団扇代わりにして扇いでいる。
窓は開かれているが、風はほとんどない。
「エアコンぐらいつけてくれたっていいのにねぇ。夏海の小学校ってクーラー
あったの?」
「うん、あったよ」
「いいなー、やっぱ都会は違うねー」
「でも、中学はどうかなぁ? ないかもしれないよ」
夏海も冬香に倣い、下敷きで扇ぐ。
額には汗が浮き、ほつれた髪が肌に張り付いている。
ぴょこんと身体を起こした冬香が、夏海の下敷きを見つめる。
「夏海ってにゃんこ好きだよね」
「うん、可愛いもん」
夏海の下敷きにはデフォルメされた猫のイラストが描かれていた。
夏海は大の猫好きだった。家には大小さまざまな猫グッズがあふれている。
今日も髪留めは猫のマスコットだし、筆記用具も猫のイラストつきだ。
「猫も好きだけど、あたしは犬のほうが好きだな〜」
冬香は人差し指を立てて左右に振った。
「わんこって、構って構って〜って感じでいいじゃん? 夏海みたいだ」
「えぇ〜?」
にんまりと笑った冬香に、夏海は眉を寄せ、上目遣いに口を尖らせた。
「わたしって、そんな、構ってちゃんかなぁ……」
「さぁて、どうでしょう?」
冬香はおどけた顔で笑った。
確かに夏海は、無垢な子犬のような印象を抱かせるが、自分から相手の気を
引こうという言動をとることはほとんどない。
対して、冬香は相手が誰であろうと、自分からアプローチすることが多い。
夏海には、自分が構ってもらいたがりなのではなく、冬香が構いたがりなの
だと思える。
夏海だけではなく、ふたりと親しい者なら、誰でもそう思っているだろう。
「わたしも、わんちゃん好き。でも、にゃんこのほうが、もっと好き……」
まるで、眼の前に本当に猫がいるかのように、うっとりとした顔になる。
猫の見た目や仕草──そして、自由気ままなところが好きだった。
「わかるわー、そんな感じだもんね」
「どんな感じ……?」
「猫ちゃん大好きにゃーって感じ」
「えぇ〜? なにそれぇ……」
「わかんないかぁ」
「わかんないよぉ」
「んじゃ、夏海みたいな感じ」
「もう……答えになってないよぉ」
夏海は口元に手を当てて、くすくすと笑った。
冬香と話しているのが楽しい。冬香と一緒にいるのが楽しい。
友達に順位をつけるものではないだろうと思うが、やはり、一番好きなのは
冬香だった。
「猫好きなの? うち、ロシアン飼ってるの」
横から突然、見知らぬ少女が話しかけてきて、夏海はびくっと身を竦ませて
しまった。
眼鏡をかけていて、三つ編みのお下げ髪を垂らした、涼しげな顔立ちの少女
だった。背が高く、夏海には及ばぬが、胸の膨らみはなかなかのものだ。
夏海の右隣にいる冬香の机に、片手を突いている。
「えっと……誰だっけ?」
「岡本だよ、二組の岡本千月(おかもと・ちづき)。はじめまして、河合さん」
冬香の失礼な言葉など気にもせず、抑揚の少ない声を返した。
「それから、佐伯さんも。よろしくね」
「あ、うん……」
夏海は口篭ってしまう。初めて言葉を交わす相手には、いつもこうだった。
隣の冬香が、ぽんと手を叩く。
「あぁ! 確か、期末の数学と理科、トップだったでしょ?」
「まぁ、そんな感じ」
「すっごいじゃん。おめでとっ!」
「ありがと」
「ってか、なんでうちらの名前知ってんの?」
「有名だからね」
冬香は目立つ。容姿は優れているし、言動も突飛で、交友関係も広い。
夏海もまた、その特徴的な容姿で有名なのは言うまでもない。
ふたりとも、本人たちにはその意識はなくとも、有名人だった。
「そんな話は置いといてさ……佐伯さん、猫好きなの?」
千月は、冬香の言葉を軽く流し、涼やかな笑みを夏海に向けた。
夏海は声を出さず、小さく頷いた。
「いいよね、猫。うちの子は世界一可愛いんだ」
そんなセリフを淡々と口にする。
「光に当たって色が変わるの。綺麗なんだよ」
「なに、ロシアンルーレット? 知ってるよ、これでしょ?」
冬香は右手の人差し指と親指を立て、ピストルのような形にしてこめかみに
当てる。バーンと言って、指先を上に向けた。
千月は冬香を一瞥し、くすっと笑う。
「わざとやってるでしょう?」
「うん、わざと」
やれやれといった顔で肩を竦める千月と、指を彼女に向けて、バーンとやる
冬香──ふたりとも、初対面とは思えない。
「佐伯さんも猫飼ってるの?」
「え? うちは……」
夏海は再び自分に言葉を向けられ、動揺する。
「当ててみよっか? そうだね……シャムとかスフィンクスって感じじゃない
よね。アビシニアン? アメショー? んー、違うなぁ……」
「あの、わたしは……」
指折り数えながら捲し立てるような千月の言葉にどうしていいのか判らず、
冬香に顔を向けて助けを求めた。
冬香は苦笑しながら千月の前で手を振った。
「待って待って。夏海んとこはさ──」
「あ、全然関係ないんだけど、佐伯さんって――」
千月は冬香の声に彼女を一瞥し──思い出したかのように夏海を見た。
彼女が自分の胸元に視線を落としたのを、夏海は見逃さなかった。
そして、続く彼女の言葉に──
「いつもノーブラなの?」
「――っ!」
夏海は絶句した。身体中が凍りついたようだった。
冬香も、口を開いたまま、何も言えなかった。
周囲にいた数人の生徒たちは、それまでの雑談を止めて夏海を見ていた。
千月は、眉を上げて辺りを見回した。
沈黙は急速に伝播し、クラスの誰もが口を噤んだ。
時間が止まったようだった。
──やだ……やだぁ……!
夏海は忘れかけていた現実を叩き付けられた。
視線が痛い。教室にいる三十人あまりの生徒すべてが、自分を見ている。
──やだやだぁ……見ないで、お願い……。
夏海は小さく震えるだけだった。
「ノーブラだって?」
「あんなにでかいのに……」
「あの子、三組の……」
「すげー巨乳だよな」
「佐伯夏海だろ?」
「っつーか、爆乳じゃね?」
「うわ、マジかよ」
「引っ越してきたっていう子?」
「ブラ着けてないって……」
「恥ずかしくないのかな……」
そこかしこでそんな囁きが起きる。
──やだ……見られてる……。
夏海は眼を閉じ、唇を結んでうつむいていた。
下着を着けていない姿を、何人もの同級生に見られている。
緊張と羞恥と、恐怖が襲ってくる──と同時に、あの夜の淫らな記憶が頭を
よぎり、身体がかっと熱くなる。
突然──真横で、がたんっという激しい音がして、夏海は眼を開けた。
椅子を蹴飛ばして、冬香が立ち上がっていた。
千月を睨みつけ、教室を見渡し──
「うるせぇよお前らっ!」
ばん、と机を叩いて鬼のような形相で声を張り上げた。
夏海はびくんと身が竦んだ。
誰もが顔を見合わせ、教室はしんと静まり返った。
「冬香ちゃん……」
夏海は消えそうな声をもらし、彼女の手に自分の手を重ねる。
夏海の怯えた眼に、冬香は気まずそうな笑みを返し、椅子を戻して腰掛けた。
触れていた夏海の小さな手を握り、千月を再び睨む。
「無神経だね、あんた」
鋭すぎる眼光に、千月はうろたえて後退りした。
「ごめん……」
冬香の剣幕に気圧され、引き攣った笑みを見せる。
冬香は、ふんと鼻を鳴らした。
「あたしに言っても意味ないでしょ」
冬香は呆れた顔で言い放つ。
「ごめん、佐伯さん」
千月は夏海に向き直り、顔を引き攣らせたまま、片手を立てて言った。
「……うん」
「あんたねぇ――」
冬香がまた立ち上がりかけたが、夏海は彼女の手をぎゅっと握って制した。
冬香は眉を寄せて、夏海をきっかり二秒間見つめると、しょうがないなぁと
いう顔になって溜め息をついた。
そして、一度顔を伏せ、天井を仰いでから、教室を見渡す。
何人かが冬香と眼が合い、慌てて逸らした。
千月はもう一度、ごめんと言うと、もといた席へと戻って行った。
「ったく……なんだよあいつ……」
呟いた冬香は、握った夏海の手に、もう片方の手も重ねた。
「夏海……?」
「うん……平気だよ」
──冬香ちゃんがいるから……。
その言葉は口にはしない──照れくさかった。
冬香は穏やかな笑みを浮かべて、夏海の頭を撫でた。
母親が生きていれば、きっとこんな感じだろうか──そう思ったが、冬香に
失礼かもしれないと考え直す。せめて、姉がいたら、と思うべきだった。
夏海が笑みを零したのを見て、冬香もほっと息をついた。
そろそろ次の授業が始まる──
教室は再びざわめきを取り戻していた。
夏海を揶揄するような言葉は聞こえない。冬香の怒声が利いたのだろう。
しかし、居心地はあまりよくなかった。
下着を着けていないというのが大きな要因だし、座り慣れない椅子の所為も
あるだろう。
冬香は、携帯電話を操作していた。
千歳からのメールに返信をしているようだ。
夏海は、ぽつんと席に着いた千月の背中を、ぼうっと見ていた。
――悪気があったわけじゃないよね……。
彼女はきっと、こんなに大きな反応があるとは思わなかったのだろう。
気になったから訊いた――それだけのことだったのだろう。
だが、本来は別のクラスである千月も、夏海の名を知っていた――それほど、
夏海の名は知られているのだ。
都会からやってきたという、大きすぎる乳房が特徴的な同級生――
夏海がこのクラスに割り当てられたことには、多くの生徒がホームルームの
時点で気づいていた。
何人かは、彼女が下着を着けていないことにも気づいていたし、答案用紙の
返却のときに気づいた者も多かった。
だが、誰も軽々しくは口にしなかったし、まじまじと眼を向けてくるような
無作法者はいなかった。
それが当たり前の態度だといえる。
――羨ましいなぁ……。
さばさばした感じで、冬香とはまた別の意味で、誰に対しても態度の変化が
なさそうに見えた。
きっと彼女は、細かいことを気にしないタイプなのだろう。
夏海が自分の胸の大きさを気に病んでいることなど、知らないはずだ。
千月もなかなかの膨らみの持ち主だが、彼女は自分と違って、胸の大きさを
気にしてなどいないのだろう。
さっぱりしていて、人の眼を意識しない性格だから、あんなセリフも平気で
口にできたのだろう──そう好意的に夏海は解釈する。
──わたしとは、違うんだ……。
彼女は大きな胸に眼を向けられても気にしない。ブラジャーを着けていなく
ても平気──そんな子なのだろうと夏海は思った。
羞恥心が欠如しているわけではないだろうが、自分のように強すぎるという
わけでもないのだろう。
──きっとあの子は……。
羞恥に身体を火照らせるようなことなどないのだろう──
「はい、送信完了っと!」
夏海の頭にあの夜のことが浮かぶと同時に、冬香が声を上げた。
「おまたせ、夏海」
「あ、うん……」
気のない返しに、冬香は心配そうな顔で、夏海を覗き込んだ。
「どした? だいじょぶ?」
「あっ、うん、平気平気……だいじょうぶだよ」
あわてて手を振ると、二時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
「ならいいけど……」
「うん、だいじょうぶ。もう平気……」
本当は全然平気ではなかった。
思い出したくなくても、思い出してしまう。
羞恥に昂ぶり、淫らな刺激に翻弄され、官能の高みへと至ってしまった夜を、
夏海は忘れられるはずもなかった。
あの夜から、自分は変わってしまった──
身体の奥で、何かがずっと燻っていて、ふとした弾みで燃え上がってしまう。
それを鎮めるには──
しかし、学校でそんなことをするわけにはいかない。
──学校で、そんなこと……できない……。
夏海は、秘処からぬるりとしたものがあふれ出すのを自覚した。
授業に集中して、淫らな気持ちを追いやるしかなかった。
ぐんぐんと上昇する気温の中で、授業は続けられた。
教室の壁にかけられた温度計は、三十二度を示している。
「もうダメ……リタイヤしていい?」
二時間目が終わると、冬香はだらしなく机に突っ伏した。
背中に下着のラインが透けていて、夏海はどきっとしてしまう。
「もういいじゃん……こんな中で補習とか意味ないって。頭入んないもん」
「そうかも……」
じっとりと滲んだ汗を拭いながら、夏海は苦笑する。
冬香は、もう限界だとぼやきながら身体を起こした。
夏海は暑さだけでなく、身体の疼きでも限界に近づいていた。
「水飲もう、水……夏海はどする?」
「んと……」
いつもなら、夏海も行こう、と冬香は言っただろうが、今日の夏海は人目に
触れられない格好をしている。
ひとりで残るか、冬香とともに行くか──判断に要した時間は短かった。
「わたしも行く」
「ん……じゃー行くかー」
よっこらしょ、と年寄り臭い言葉を吐いて冬香が立ち上がった。
夏海も一緒に席を立つ。
二時間目は社会だった。学期末と補習の前半に行なわれた試験での、とくに
重要な部分の復習をした。
夏海たちのクラスは、社会が苦手な生徒の集まりだった。
とはいえ、夏海も冬香も社会が苦手ではあるのだが、特別点数が悪いという
わけでもない。敢えていえば、という程度のものである。
一時間目は授業に集中することができたが、二時間目はそうはいかなかった。
直前の休み時間でのこともあったからだろう──疼きは治まらず、抑えよう
とすればするほど、さらに疼いてしまったのだ。
授業を受けながら、秘処が熱を持ち、淫らな露があふれるのを感じた。
大きな乳房の頂上が、肌着とこすれて鈍い快感を訴えていた。
──トイレに行こう……。
水分補給もあるが、そちらが主な目的だった。
トイレに入り、潤みを拭き取ろうと考えたのだ。
立ち上がったときに、さりげなくスカートの上から尻を撫でた。
どうやら蜜がスカートに染み込んでいる様子はなく、少しほっとした。
夏海は冬香とともに廊下に向かう。
──見られてる……。
クラスメイトの視線が痛かった。
ちらちらと自分に向けられる眼は、好奇に満ちている。
ブラジャーを着けていない乳房はどれほど揺れるのだろう──そんな卑しい
期待に染まった視線が、いくつも突き刺さるのを感じる。
廊下に出ても変わらなかった。
背も低く、身体つきそのものは幼いのに、胸の膨らみだけは同級生の追随を
許さない。自然と眼を集めてしまう。
それに、スカートも普段より短くしている。
半ば以上が露な太腿にも、視線が向けられる。
下着を穿いていない。剥き出しの秘処はとろりと濡れている。
──だいじょうぶ、気づかれるわけない……。
顔に出ないよう平静を装ってはいるものの、身体の熱は抑え切れなかった。
「あぁー、水みずミズ……水っ!」
教室ひとつぶんを歩き、本来夏海たちが所属している三組の前にある手洗い
場に着いた。
ふたりと同様に、何人もの生徒が渇いた喉を潤していた。
冬香は空いている蛇口に飛びつき、ごくごくと水を飲みはじめる。
前屈みになった彼女のスカートが持ち上がって、脚の付け根ギリギリまでが
露になってしまっている。
──やだ……だいじょうぶかな……?
夏海は躊躇した。
夏海は背が低い。冬香ほど腰を屈ませなくとも、水を飲めるだろうが──
──だいじょうぶ……。
冬香の隣で、夏海も蛇口をひねった。
スカートを片手で押さえ、蛇口に唇を寄せた。
予想よりも水が冷たくて、夏海は少し驚いた。
おかげで、身体の熱が少しは治まるかもしれない。
こくこくと水を嚥下し、背を起こす。
「水、美味しいね」
「ん……」
冬香はまだ飲んでいる。よほど喉が渇いていたのだろう。
ただの水道水だが、都会のそれとは比較にならぬほどに澄んでいると夏海は
常々思っていた。
生まれ育った街は、都心に近い住宅街だった。水道の水は薬っぽい味がして、
飲めたものではなかった。
──いいなぁ……。
片手で長い髪を押さえる冬香の仕草が、大人っぽくて羨ましい。
自分は胸の膨らみばかりが目立つだけで、他はなかなか成長してくれない。
大人になることへの漠然とした恐怖感もあったが、それでもやはり、もっと
バランスの取れた身体つきになりたいと願う。
開けっぴろげな性格の冬香は、ときどき身体についての話もする。
無駄毛の処理や、女性特有の身体の変化について──そんな話題に、夏海は
ついていけない。
もっと直接的な、性に関する話を持ち出すこともある──
──冬香ちゃんって、エッチだよね……。
その手の話題を切り出すのは、いつも冬香だった。成人向けの雑誌を持って
きたり、アダルトDVDを見ようと言いだしたのも彼女だった。
彼女も自慰をしているという。
自分は今まで、本当の自慰を知らなかった。絶頂を味わったこともなかった。
夏海はあの夜、それを知ってしまった。
それどころか、冬香も知らぬであろう異常な快楽に浸ってしまった。
そして、今もあの男の所為で、恥ずかしい姿をさせられて昂ぶっている。
──冬香ちゃんが知ったら、なんて言うかな……。
つらい目にあったね、と優しく慰めてくれるだろうか。
それとも──
「くはぁーっ! 生き返るねぇ」
十二歳の少女とは思えないセリフを口にして、冬香は顔を上げた。
「ちょっと、おトイレ……」
手の甲で口を拭った冬香に苦笑しながら、夏海は眼を伏せて言った。
──拭かなくちゃ……。
秘処のぬめりが気になってしまう。
まだ二時間目が終わったばかりだ。あと二時間──このままでは、あふれた
蜜がスカートに染み込まないとも限らない。
「んじゃ、あたしも行くかねぇ」
ぽんと夏海の肩を叩いて、冬香は歩きだす。
夏海も冬香に続いてトイレに向かった。
冬香の歩幅は広いが、彼女は夏海のペースに合わせて歩いてくれる。
そんな些細な気配りも好きだった。
トイレには二時間前と同じく、何人かの女子生徒がいたが、ちょうどふたつ
個室が空いていた。
「トイレも暑いねぇ」
冬香はそう呟くと、夏海に手を振って奥の個室に入った。
夏海も手を振り返し、ふたつ手前のドアに入った。
ふう、と溜息がもれた。
ドアを閉めて鍵をかけ、和式の便器をまたいでスカートを少し持ち上げる。
――恥ずかしい……。
誰かに見られているはずなどないのに、不安になってしまう。
スカートの中に手を入れ、そこに指で触れた。
――やだ、こんなに……。
夏海の小さな裂け目は、露をたたえて熱く潤んでいた。
柔らかな堤を指でなぞると、閉じていた秘唇が開かれ、官能の蜜がとろっと
あふれ出す。
滴り落ちてしまうのではないかと思い、蓋をするように指をそえる。
反対の手で急いでロールペーパーを引き出し、秘処へ当てた。
絡んだぬめりごと指を包み、拭い取る。
「んっ……!」
ごわごわした紙が蕾に触れて、びくんと震えてしまう。
――やだ、ダメ……。
ずっと抑え込んでいた疼きが、急激に身体中に広がってゆく。
堪えていた欲求が――快楽を求める淫らな想いが膨らんでしまう。
ほんの少し指を曲げれば、とろけるような気持ちが味わえる。
小さな突起を指先でいじるだけで、この上ない快楽が得られる。
――ダメだよ、そんなの……。
鼓動が激しくなる。呼吸が荒くなる。
欲望がアクセルを踏み、理性がブレーキをかける。
夏海の中で、ふたつの想いが激しく火花を散らしていた。
ずっと我慢していたのだ。少しぐらいはいいではないか――
そんなことは許されない。自分はふしだらな子ではない――
――でも、わたし……。
自分は、ふしだらではないといえるのだろうか。
あの夜、竹下に責め立てられ、淫らに喘いで、恍惚に飲み込まれてしまった
自分は、とてつもなくふしだらな少女なのではないだろうか。
その日から、何度もひとりで慰めていた自分は――
夏海の理性が揺らぐ。
びくんと身体が震えた。脚がふらついた。
隣の個室には人がいる。ふたつ奥の個室には、冬香もいるのだ。
――ダメっ、ダメなのに……。
「ふぁっ……!」
指が動いてしまうのを抑えられなかった。
――気持ちいいっ、ダメだよぉ……!
まだかまだかと待ち構えていた衝動が、一気に解き放たれた。
自分の指でもっとも敏感なところを撫でた。
小さな蕾が刺激され、快感の波が次々に押し寄せてきた。
「んっ、ぅ……」
吐息がもれてしまう。
艶めかしい喘ぎが零れてしまう。
──ダメダメっ、ダメなのっ!
これ以上しては、声を聞かれてしまう。
そうは思うのに、指が止まらない。
拭いたはずの指も秘処も、あっという間に蜜にまみれてしまう。
「はぁっ……んぅっ!」
あふれ出す淫らな露を絡めて、未熟な蕾を刺激する。
下からすくい上げるように、左右に振るわせるように──
学校のトイレで、秘処に触れた指を、快楽を求めて動かしている。
欲望に侵されて、理性を失って、淫らな行為に耽ってしまう。
「んぅ、ぁっ……」
くちゅっという小さな水音が聞こえた。
立っていられないぐらいの激しい快楽が湧き立っていた。
竹下は廊下を歩きながらメールを打っていた。
──あと一時間か……楽しみだなぁ。
これから始まる三時間目の授業が終われば、次はついに夏海のいるクラスで
の授業が待っている。
もちろん授業中に彼女に手を出すことはできないが、教師として不自然では
ない手段でも、彼女を羞恥に震えさせることはできる。
ちょっとした悪戯のようなものだが、それが彼女を昂ぶらせるだろうことを
竹下は解っていた。
今回の課外講習──まだ若い彼に、生徒の配属先と担当クラスを決める権利
などありはしない。
夏海のクラスを担当することになったのは幸運だった。
恥らう彼女の姿を、少しでも長く見ていられる。
ずっと彼女を傍に置いておきたいが、そんなことはできっこない。
ならば、彼女との短い逢瀬の時間を、大切にしたい。
社会人として生きている以上、表面上はまっとうな教師でいる必要がある。
本性を表すのは、ごく限られた時間だけ──
その限られた時間を有効に活用するためにも、仕込みが必要だった。
──楽しみだよ、夏海ちゃん……。
チャイムが鳴ると同時に、最後の一文字を打ち終えた。
竹下はメールを送信する。
眼鏡の奥の瞳が、暗く揺れていた。
──ダメだよぉ! やめないと……!
このまま最後まで続けてしまいそうなほどの衝動と、必死に戦っていた。
夏海の理性は大声で、もうやめろと叫んでいる。
家に帰れば好きなだけできるではないかと訴えている。
なにも今ここですることはないと──
それでも、指は止まらない。
快楽を求める卑しい情動が、消えてくれない。
──冬香ちゃんもいるのに……。
ふたつ奥の個室には、大切な友達がいる。
彼女に気づかれたら──
「夏海って、そんなやらしかったんだ……サイテー」
──ダメっ! そんなのやだぁっ!
彼女にだけは嫌われたくない。
嫌われないためにも、一秒でも早く指を止めなければ──
隣の個室から、水を流す音が聞こえてきた。
その向こう──冬香がいるだろう辺りからも、からからというロールの音が
響いてくる。
──どうして……なんで……?
指だけが別の生き物になってしまったかのようだった。
悔しくて、泣きたくなってしまう。
ずっと燻っていた淫らな疼きは、盛大に燃え盛っていた。
業火を鎮める術は自分にはない。このまま、すべてを燃やし尽くして自然に
鎮火するのを待つしかないのか──
膝が震えて崩れそうだった。
くしゃくしゃになった紙を握ったまま、個室の壁に手を突いて支える。
ぷくりと腫れた秘蕾を指が刺激するたび、夏海の身体が激しく弾む。
──気持ちいいよぉ……ここ、すごい……。
あの夏祭りの夜のことを思い出していた。
夏海は、竹下に浴衣をはだけられ、瑞々しく張りのある乳房を曝していた。
捲られた裾を自分の手で持ったまま、竹下の指に秘処を責め抜かれた。
手を導かれた先には、隣の男の反り返った男根があった。
尻には竹下のモノを押し付けられ、自分はただ快楽だけを求めていた。
──やらしい、エッチだよぉ……気持ちいいよぉ……。
次第に理性の声も小さくなる。
周りの音も耳に入らなくなっていた。
あの夜のように──快楽だけに支配されてしまいそうだった。
「おーい、夏海ー?」
──冬香ちゃんっ……!?
その声に、夏海は全身を硬直させた。
「夏海〜? なつみちゃーん」
ドアの外から、冬香が自分を呼んでいた。
指が──ようやく止まった。
意識が現実に引き戻される。
秘処から指を離す。とろりとした蜜が白く濁って纏わりついていた。
慌ててロールペーパーを引き千切り、ごしごしと指を拭った。
たっぷりと潤んだ秘処も拭う。
痛むほどにこすって、快楽の残滓もろとも、便器に投げ落とした。
「あれー? もう帰っちゃったんかな……」
「あ、あっ……いるっ、いるよ……」
声が震えていた。
「なんだ、まだいるんじゃーん」
「うん……ごめんね……」
「急げよー。そろそろ次の──」
冬香が言いかけたとき、ちょうど三時間目の始業を告げる鐘が鳴った。
「っとぉ……始まった始まった」
水を流し、スカートを急いで確認する。どこにも淫らな染みはないようだ。
まだ震える手で鍵を外し、ドアを開け──
「よっ、おつかれさん」
おどけた顔の冬香が立っていた。
「長かったねぇ──って、うわっ?」
夏海はドアから出ると、飛びつくように冬香に抱きついた。
「夏海!? ちょっと……どしたの?」
「冬香ちゃん……」
夏海は冬香の胸元に顔を押しつけ、ぎゅっと抱き締めた。
「夏海……?」
震える夏海の身体を、冬香は優しく抱き返した。
彼女らの他には、もう誰もいなかった。
廊下を走る生徒たちの足音が聞こえてくる。
始業の鐘は鳴った。急いで戻らねば、教師がやってくるだろう。
そう思いはしたが、冬香は黙って夏海を抱いていた。
やがて、夏海は顔を上げた。
「ごめんね、冬香ちゃん……」
夏海は小さく微笑む。
冬香も笑みを返し、夏海の艶やかな黒髪を撫でた。
「いいって……気にするな」
「うん……ありがとう」
頷いた夏海は、再び冬香の首筋に顔を埋めた。
「やっぱ……気になる?」
冬香は彼女の細い腰を抱き、頭を撫でながら、躊躇いがちに訊く。
「その……下着が、さ……」
「あ、うん……ちょっとね……」
夏海は曖昧に頷いた。
もちろんそれは気にならないわけではなが、それよりも──トイレで自慰に
耽ってしまったことのほうが、今の夏海には重圧だった。
「だよなぁ……今だって、なんかあたし、変な気ぃ起こしそうだしぃ?」
「え……?」
夏海の思考が止まった。
二秒後、自分の膨らみが、冬香に押し付けられていることを理解する。
「えぇっ!?」
夏海は慌てて顔を上げた。
すぐ眼の前に、にっと笑った冬香の顔があった。
「うははっ、かわゆいかわゆい」
にんまりと笑った冬香は、夏海の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「もう……変な冗談言わないでよぉ……」
「あははははっ、ごめんごめん」
夏海が口を尖らせると、冬香は豪快に笑った。
冬香は手を洗いながら、鏡越しの夏海に、にやりと笑う。
「もう、エスケープしちゃおうぜ」
「え……?」
夏海も石鹸をつけて手を洗った。淫らな匂いを消し去るために──
「エスケープって……」
「サボるんだよ」
んっふっふ、と奇妙に笑った冬香を、夏海は眉を寄せて見つめる。
「サボるって……授業を?」
「知ってる? サボるって言葉、サボタージュっていう英語がもとなんだって。
次は英語だし、ぴったりじゃん?」
よく解らない理屈に、夏海はぷっと噴き出した。
正しくはフランス語だと夏海は知っていたが、敢えて言わないでおく。
──冬香ちゃんが、助けてくれた……。
トイレで自慰に耽ってしまった淫らな自分を、冬香は救ってくれた。
もし彼女が声をかけてくれなければ、自分はきっとあのまま最後まで続けて
いただろう。そして、もっと深い後悔に襲われていただろう。
自分の奥に芽生えた、快楽を欲する劣情は、日に日に大きくなっている気が
していた。
あの夜を境に、自分は別の人格を持ってしまったのかとも思う。
あれから毎晩のように自慰をしているし、ちょっとしたことで淫らな気分に
なってしまう。
今もまだわずかに、そんな気持ちが燻っている。
炎は消えたが、身体の中心で、じりじりと燻り続けている。
このまま教室に戻り、クラスメイトの視線に曝されることを考えると、また
この疼きが勢いを取り戻すのではないかと不安になる。
──だいじょうぶ……きっと冬香ちゃんが助けてくれる……。
入学式の日に、声をかけてくれた彼女──今まで何度も助けられた。
男子生徒からからかわれたときも、女子生徒にからまれたときも、上級生に
睨まれたときも──いつも冬香が助けてくれた。
助けを求めて、冬香が応じなかったことなど──
──あのときだけ……それは、しょうがないよ……。
冬香はあの夜、夏海のそばにはいなかった。
はぐれてしまったのは自分の落ち度だ。下着を着けずに浴衣を着ていたのも
自分の意思──冬香の所為ではない。
「あー、なんか、言ってたら本気でサボりたくなってきたわー」
「え〜?」
冬香はおそらく、自分のことを心配して言ってくれているのだろう。
夏海が羞恥に昂ぶってしまうことなど、冬香は気づいていないだろう。単に、
恥ずかしいだろうから人目につかないように、と思ってのことだろう。
──でも、あんまり頼ってばっかりなのもダメだよね……。
夏海は眼を伏せ、深呼吸する。
鏡越しに、上目遣いに冬香と眼を合わせた。
「ダメだよ、冬香ちゃん」
「んー?」
「サボったら、怒られるよ」
冬香は、やれやれという顔をして、水を止めた。
「しょーがないねぇ。ここは夏海様の御意見に従うとしますか」
「もう……大袈裟だよぉ」
ふたりはくすくすと笑い合い、手を拭いてトイレから出た。
そこに──
──先生……っ!
ちょうど、別の教室に向かう途中であろう、竹下が現れた。
夏海には、彼が自分のスカートに眼を向け、にたりと笑ったように見えた。