催眠術に成功した。正直、自分でも驚いている。本当にかかるものだとは思わなかった。  
 京子は呆けた眼で振り子を見つめている。  
「あなたはこれから10分間、裸を隠すのは恥ずかしいことだと感じるようになる。3、2,1・・・・・・はい!」  
 和人が手を叩くと、京子は我に返った。  
「あれ、なんだか眠くなって・・・・・・もしかして今、かかったの?」  
「ああ」  
 和人は頷いて、京子の体を見下ろした。  
 白のタートルネックにチェック柄のスカート、膝丈のスカートから伸びた脚はタイツに包まれている。  
 裸ではない。裸は服に隠されていた。  
 京子はぴくりと身を震わせる。  
「え、なにこれ。あんた・・・・・・私になにをしたの?」  
「ちょっとな」  
 爪先から首元までを視線で撫で上げた。  
「裸を隠すのが恥ずかしいことだ、って感じるようにしてみたんだ」  
「な、バカじゃないの!? は・・・・・・はやく、解きなさいよ!」  
「恥ずかしいのか?」  
「変態!」  
 両手を広げながら京子は罵った。多分、手で体を覆うことや身を隠すことにも羞恥を感じるのだろう。体を見せつけるような格好で、肩を震わせながらも視線から逃げようとはしない。  
「御免、五分間はこのままなんだ。我慢してくれないか」  
「・・・・・・っ」  
 京子は赤面しながら歯を食いしばる。  
 普段はそう簡単に和人の言うことを聞きはしない彼女だったが、暗示の影響で体を隠そうとすること全般に羞恥心を覚えるようになっているようだった。  
 彼女と付き合いだしてから半年。一緒にいて気恥ずかしさを感じることも、なくなってきていた今日この頃。滅多に見られない表情だった。  
 貴重な機会を逃すわけにはいかない。  
 
 胸を見た。手で掴める程度の大きさ。凝視しながら、涙目になっている顔を横目に捉えつつ、不規則な吐息に耳を傾けた。  
 苦しそうに吐き出される空気は、恐らく熱いのだろう。上気した顔には汗の玉が浮かび、幾筋かの水滴が首筋まで流れていた。  
 和人は視線を下げて、腹を経由し、腰に目を遣る。  
「・・・・・・く、うぅ」  
 心地悪げに腰を捩らせた。  
 太股がもぞもぞと動き、戒めから逃れようとするかのように腰部を微動させる。  
「なあ」  
 和人は一つの提案をする。  
「服で隠すのが恥ずかしいなら、スカートくらいは捲り上げていいんじゃないか?」  
「なっ・・・・・・バカ、そんなこと!?」  
「その方が楽だろう。辛そうだぞ」  
「後で、みてなさいよ・・・・・・」  
 京子はスカートに手をかけた。  
 裾を両手で握り、ゆっくり引き上げる。布に隠れていた脚が大腿まで露わになった。  
 以前陸上部にはいっていた京子の脚は細身ながら肉が締まっている。  
 タイツだと思っていたのは薄手のニーソックスで、膝上10センチの辺りからは地肌が覗いていた。  
 そこまで捲ったところで京子の手は止まる。  
「やっぱり、駄目・・・・・・見せた方が楽になりそうだって感じるけど、本当はその方が変だって頭ではわかるっ」  
 震える声で呟いた。両目からは涙がこぼれそうになっている。  
「本当は見せたいんだろう?」  
「そんなわけないじゃない! 催眠術のせいよ、あんたがやったじゃないの!」  
 和人の眼は京子が掴んでいる裾をじっと凝視している。手は震えていた。  
 今の京子にとって、下着を露出しないと言うことは、平時に下着を露出することと同意義なのだ。  
 京子はスカートを捲り上げたい衝動を、必死に押さえているに違いない。  
「無理せずにパンモロしていいんだぞー」  
「あ、あと少しで五分経つわ。目が醒めたとき32分だったから。それまでくらいなら耐えられるわよ」  
 
 すぐ傍に置かれた時計を見ると、5時37分まであと40秒といったところだった。  
 時計に遣った目をスカートの裾に戻して、和人はしばらく凝視を続ける。そして心の中で50秒数えてから、言った。  
「さっきのは嘘だ。本当は15分間効果は続くんだ」  
「・・・・・・え?」  
 凍り付いた声。愕然と口を開いて、京子は聴き直す。  
「そんな、に?」  
「ああ。あと十分、耐えられるか?」  
 京子の表情から力が抜けた。観念した様子で、裾にかけた手をさらに上へ引き上げる。  
 薄ピンクの下着が目前に晒された。  
 黒いニーソックスの上方に白い太股、付け根には薄桃のショーツ。  
「いい画だ」  
「頭、おかしいんじゃない・・・・・・?」  
 スカートをたくしあげた格好で京子は力なく吐き捨てる。先程までより余裕ができた様子だった。  
 落ち着かなげにそわそわ動く大腿が可愛らしく、欲を誘う。  
 和人はそのまましばらくその光景を眺めた。  
「じゃあ次は、胸だな」  
「なっ!」  
 視線を胸元に移されて、京子はたじろいだ。  
「こっちもなのっ?」  
 答えずに無言で凝視する。  
「・・・・・・わかったわよ」  
 今度はタートルネックの裾を掴んだ京子は、一気にたくしあげた。  
 臍、脂肪が薄く細い腰、脇腹、と順番に空気に晒し、ショーツと同じ薄ピンクのブラジャーが露出した。  
 脇腹の辺りは汗にまみれ、ブラも多少湿っている。  
「こんなの見てなにがいいのよ」  
「そうだな。もっと脱いだ方がいい」  
 
「え?」  
「上半身裸になればいいんだ。ブラだって嫌なんだろ?」  
「・・・・・・そん・・・なのって・・・・・・」  
「パンツだってもう捲ってるんだしさ、いいだろ」  
 ブラに焦点を絞った。  
「・・・・・・くっ!」  
 自棄になったのか京子は服を脱ぎ捨てた。背中に手を回し、ホックを外す。肩紐から両腕を外して床に落とす。  
 綺麗な椀状の胸を隠すものは既になにもなく、小さな乳輪が惜しげもなく露わになった。  
 上半身裸になった京子。はだけた胸を手で隠すこともせず、背けた顔に悔しそうな表情を浮かべて震えている。  
「せっかくだからスカートも外そうよ」  
「わかたわよ、わかったわよ! 脱げばいいんでしょう!? バカっ!」  
 スカートのホックが外され、乾いた音を立てて布が床に落ちた。  
 残っているのはショーツとニーソックスだけ。体が隠れないような、ファッションモデルに似た姿勢で立っている。  
 その姿をじっくり鑑賞した。  
 鎖骨、肩、胸と視線を移動させ、臍、脇腹、丘陵、太股と巡らせる。舐めるように自然を這わせた。  
 そうこうするうちに10分が経過する。  
「・・・・・・!」  
 起きたまま、さらに目を覚ました。とでも表現すればいいだろうか。  
 京子は一瞬呆然。それから自分の格好を認識して――悲鳴を上げた。  
「いやぁ!」  
 両手で胸を覆って座り込む。  
「すまん、15分っていうのも嘘なんだ。実は10分だった」  
「どうでもいいわよスケベ! 最低、もう知らない!」  
 泣きながら服をかき集める。  
「着るの手伝おうか?」  
「さっさと部屋を出て行って! もう二度と私に顔を見せるなぁ!」  
 手近にあるものを片っ端から投げつけつつ、怒鳴り散らす。追われた和人は部屋を出て行った。  
 陶製の灰皿が頭に直撃して瘤ができたが、あまりにも自業自得なので文句も言えない。  
 
 
 それから二ヶ月間、京子には口をきいてもらえなかった。  
 
 

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