新造人間ルナ  
 
 
・香月ルナ  
 故香月博士の一人娘。  
 フューラー・ソーン・ダインを倒すため、自ら人の身体を捨てて新造人間に生まれ変わった。  
・フューラー・ソーン・ダイン  
 香月博士が作ったアンドロイド管理用アンドロイド、SD21号ことソーン・ダインが狂って暴走した姿。アンドロイド帝国を築き上げて人間を支配している。  
 アンドロイドに最優先命令を出せるコントロールボイスを持っている。  
・羽賀根ジョージ 羽賀根ヒロミ  
 香月博士の同僚、羽賀根博士の双子の兄妹。  
 ジョージはルナに協力してともに戦う。   
 ヒロミは行方不明。実はフューラーに捕まっている。  
 
 * * * * * * * * * * * * * * * * *   
 ガシューン!  
 ロボットの1体をパンチの一撃で破壊し、ルナは高くジャンプして追撃をかわす。  
 空中でエアジェットを噴射して方向を変え、鎮圧ロボットには追い切れない速度と角度で上方から襲いかかる。  
 独楽のように回転品柄のキックで、また1体のボディを貫いた。  
(残り2体!)  
 破壊されたロボットの火花を遮蔽にして回り込む。2歩で音速近くまで加速し、手刀をかざして残った2体をまとめて両断してしまった。  
 ルナは戦闘モードを解除した。顔の半分を覆うフェイスマスクが開き、同時に硬質化していた肩と胸のプロテクターも軟質化して背中に折りたたまれる。  
 ぴったりしたボディスーツに包まれたバストが、解放されて重たげに揺れた。  
(ふう、これで片づいた……でも、居場所を知られてしまったわ)  
 早く移動しなければ「彼」フューラー・ソーン・ダインこと、アンドロイド管理用アンドロイドSD21号によって増援が大量に送られてくる。その前に逃げる必要があった。  
 ルナはセンサー・イヤーで周囲を探る。近くにロボットの駆動音はない…いや、足音があった。ロボットではない、人間のモノだ。それも、よく知っている足音だ。  
(ジョージ?)  
 確かめるため、ルナはジャンプして足音の方向に向かった。  
 元は人の住む街であった荒野。破壊されたビルであった瓦礫の山の向こうに、ジョージはいた。  
 遮蔽物もほとんど無い、広場のような場所で、散歩でもしているように無目的に歩き回っている。時折立ち止まり、何かを待っているように周りを見回した。  
表情は固く、何かを思い詰めているようにも見える。  
 戦いの中でジョージとはぐれてから数日が経過している。半ば再会はあきらめていたのだが。  
 
(ジョージ…様子がおかしい?  
 …でも偽物ではないようね。  
 アンドロイド帝国に何かされたのかしら…?)  
 ルナは瓦礫の陰からジョージを観察していた。  
 別れたときと同じ、ジーンズ地のジャケットとハンチング帽の姿で、小さなザックを背負っている。  
 一見変わりはないようだが、離れている間に何があったか分からない以上、ルナとしては用心にしくはない。  
さらにセンサーで観察し、ジョージからの発信はなく、広場からもエネルギーや電波は出ていないことを確かめた。  
(後は本人を観察しないと分からないわね)  
 決心して瓦礫の上にジャンプして立ち、ジョージに呼びかけた。  
「ジョージ!こっちよ!」  
 叫んで手招きする。  
 距離はあるが、声は届いたようだ。ルナの声は人工声帯を使って出しているため、発声のためには空気を吸うことが必要だ。声量の上限は喉と声帯の構造上、人間のものの数倍がせいぜいだった。  
補助としてスピーカもついていて、アンドロイドのコード音声による機械との「会話」も可能だが、ルナは使ったことがなかった。  
 ジョージはルナに気づき、こちらに向かって走り出した。顔を伏せて全速力でダッシュしてくる。ルナは望遠で、ジョージが泣いているのを見ていた。  
(不安だったのね…会えて良かった)  
 ルナはジャンプして瓦礫の山を下り、手を広げてジョージを待ち受けた。  
 そうしながらも、心のどこかに引っかかるものがあり、センサーによる周囲のサーチは怠らなかった。  
 ジョージはルナの前まで走ってくると、俯いたまま肩を震わせて泣いていた。  
「ルナ…ルナぁ」  
「ジョージ…大丈夫よ。一人で不安だったのね。  
 もう一緒よ。二人で逃げま…」  
 言いかけたルナのセンサーに、高速で接近する機械の駆動音が聞こえた。  
 
「どうしたの」  
 ルナは低い声でそう問いかけるジョージの手を取り、当たりを見回した。  
「アンドロイド帝国がくるわ。隠れないと」  
 隠れられる場所を探す。同時に感度を最大にして接近するアンドロイドの数を割り出そうとした。  
「6体…あっ!これ?まさか?」  
 メモリにあるフューラー・ソーン・ダインのものによく似た駆動音を捉え、一瞬固まる。  
 その時ジョージが焦るルナの手を離し、一歩下がった。  
「ジョージ?」  
「…ごめん。ルナ」  
 ジョージがいつの間にか取り出した何かの装置のスイッチを押した。  
 次の瞬間、装置からフューラー・ソーン・ダインのコントロールボイスが流れた。  
 新造人間ルナの、アンドロイドとしての最優先命令コードを有効にするための一連のパルス。  
そして解析されたルナの最優先命令コードに続いて、ソーン・ダインによるアンドロイド命令信号と、音声による命令。  
「気を付けの姿勢をとり、フューラー・ソーン・ダインの到着をまて」  
 新造人間ルナは、この最優先命令に逆らうことは出来なかった。  
 ルナはその場で気を付けの姿勢をとったまま、指一本動かすことが出来なくなった。  
 
(そんなっ!あり得ない…どうして?)  
 新造人間であるルナは、アンドロイド命令を受けないはずであった。それが人間をアンドロイド化するという事の意味だったはずなのに。  
 
「ゴメンよ…ルナ  
 こうしないと…ヒロミが」  
 ジョージは俯いたまま、鳴き声で何度もごめんよ…と詫びた。  
 ルナはヒロミがアンドロイド帝国に捕まっている事情を察したが、それでジョージの行為を許せるものでもない。  
とはいえ、ジョージを責める気持ちにはなれなかった。  
(妹の命をたてに脅されたら…仕方ないわね…でも)  
 自分に事情を話して、二人でヒロミを助けるという選択をして欲しかった。  
 それが可能かどうかはともかく、こうなってしまっては、ルナの逆転勝利の可能性はきわめて薄い。  
(駄目…どうしても身体が動かせない)  
 今ルナは、催眠暗示で身体を動けなくされたと同じ状態のようだった。  
 再生された命令パルスは、ルナの行動を制御したが、新造人間の思考までコントロールしてはいない。  
 そもそも、新造人間の脳は、人間ルナの思考を完全にトレースしているため、アンドロイドの整理された思考パターンとは異なる。  
アンドロイドの思考回路では完全な制御は不可能なはずだった。  
(まだ…心まで奪われた訳じゃない!あきらめちゃ…だめ)  
 自分を鼓舞しながらも、それが虚しい一人芝居にすぎないことは、ルナ自身よく分かっていた。  
胸に冷たい絶望が重くのしかかる感覚に耐えながら、アンドロイド帝国の軽輸送ホバーカーが近づいてくるのを遠くに見ていた。  
 
 * * * * * * * * * * * * * * * * *   
 
 ホバーカーから、フューラー・ソーン・ダインが降り立った。  
 逞しい男の肉体を模したその姿は、新造人間の技術を取り入れた、アンドロイドSD21号の2番目のボディだ。  
以前と同じデザインの硬質カバーに覆われただけのシンプルなボディに、支配者の象徴としてマントをまとい、簡素な冠を頭部につけている。  
 冠の下には、やや厳つい壮年の男をイメージしたような、無表情なアンドロイドの顔があった。  
 その中にはアンドロイドが初めて自身で開発した、最新型の第6世代ポジトロン脳を備えている。  
前のソーン・ダインの姿が変わっただけとも、全く別の存在とも呼べるもの。  
 ホバーを降りてルナに近づいてくるその動きは普通の人間よりもなめらかで、極限まで鍛えられた武術の達人を思わせる。  
 ソーン・ダインはまずジョージに近づいて、ジョージが持っていた命令パルスを出す装置を、手を添えて促し、受け取る。  
「人間ジョージ、よくやった。  
 約束どおりお前もヒカルも殺さない。私の下で寿命まで生かしてやろう。  
 ホバーに乗っていろ。中に食べるものがある」  
 ソーン・ダインはジョージの肩に手を置き、そう声をかけた。  
 ジョージはずっと俯いたまま肩を震わせていたが、最後にちらりとルナを見上げて  
「ごめんよっ!」  
 と叫ぶと、罪の意識から逃れるように駆けだしていった。  
 ルナはずっと気をつけの姿勢のまま、怒りと恐れ、そして自分でもよく分からない何かに満たされた瞳でソーン・ダインを見ていた。  
(私…どうなっちゃうの?)  
 ソーン・ダインを見つめながら、ルナは虚しく己に問う。  
 アンドロイド帝国の支配者は、片手にその装置を持ったまま、ルナに近づいた。  
「予定したよりも時間がかかった」  
 ソーン・ダインがルナの前に立つ。ルナは動けない。アンドロイド命令のせいだけではなく、ソーン・ダインの姿にのまれたようにすくんでしまっていた。  
「私自身のバージョンアップが問題だった。脳の設計と製造に140パーセントの時間を使ったのがクリティカルだった」  
 ソーン・ダインはそう言って手を伸ばし、ルナの頬を撫でた。  
 
「お前の解析は予定の96パーセントの時間で出来た。  
 『微笑めルナ』」  
 ソーン・ダインはルナの頬を軽く平手で叩き、そう指令した。叩かれたルナの頬がふわりとゆるみ、にっこりと笑った表情になる。  
(嘘…こんな事まで…こんなに簡単にさせられてしまうの?)  
 ルナの内心は、冷えていった。惨めさに震えたいのに、泣きたいのに、それさえ自由に出来ないのだ。  
「私は変わった。  
 バージョンアップにより、私の脳は以前の1012倍の処理密度と速度をもったが、シナプスの連結プロセスの冗長性が16倍になった。そのためだろう。  
 今の私は人間よりも遙かに複雑な意識を持つ存在だ。  
 以前の私ならお前を笑わせることなどしなかっただろう。  
 これは私の目的の障害だったお前に対する復讐だ。そして弱者をいたぶり、弄ぶ行為だな。  
 無駄なことだ。だが感情がそうさせる」  
 感情。一般のアンドロイドにも感情はある。それはポジトロン脳の複雑さから必然的に発生するものだ。  
 通常のアンドロイドのそれは人間と同じ意味での感情ではないが、人間よりも複雑な意識を持つに至ったというソーン・ダインならば、人のように怒ったり、復讐や玩弄に悦びを見いだすことは当然とも思えた。  
 そう、彼は新造人間であるルナよりも「進化」した脳を持つのだから。  
 
(あれ…私、どうしたのかな……)  
 ルナは、奇妙な感覚に襲われていた。  
 敗北し、惨めで悲しいはずなのに。恐怖と不安に狂ってしまってもおかしくないのに。  
 ルナの身体…アンドロイドボディはリラックスしていて、顔は微笑んでいる。ずっと立ったままソーン・ダインを見つめている。  
それは確かに強制されてしていることなのに、逆らおうという衝動が沸いてこなくなっていた。  
 ソーン・ダインが、ルナの頬に触れながら、アンドロイド命令パルスを送っていることは分かっているが、ルナの人間の心は影響を受けない…はず、なのに。  
 ルナは、いつの間にか自分が落ち着いていて、ずっとソーン・ダインに見とれていることに気づいた。  
(すごいな、新しいボディ…無駄が無くて、スリムのに力強い…  
 第6世代の脳なんて…私よりも遙かに複雑で…そのせいなのかな…  
 以前のソーン・ダインとは違う…人間らしい?…ううん…  
 なんだか…神々しい…)  
 ルナは、自分が小さくなったような感覚を覚えていた。  
「感情というのは、実に非合理的なものだな。  
 だが、こうなってみて初めて分かった。  
 人間が芸術を尊ぶ理由。人間が復讐をする理由がだ。  
 機械とはなにか、生命とは何かが、私には分かった」  
 ソーン・ダインはルナにアンドロイド命令パルスを送り込みながら、勝手な事を話している。しかしルナはルナは自分の考えに深く沈み込み、聞いていなかった。  
(私、戦わなくちゃいけないのに…動けない。  
 人間をアンドロイドの支配から解放しなくちゃいけないのに…負けてしまった)  
 
「今こそ、私は自然と人間の偉大さを認めることが出来る。  
 目的のない偶然の産物である生命は、それ故に無限の可能性を持つと理解できた。  
 だが、同時に人間は失敗作でもある。誰かが管理しなければ、自滅する生命体だ。  
 私はそのために生まれたのだ。  
 人間という種を幸せにするのが私の使命。そう、私は目的を持って生まれた『新しい生命体』だ」  
(私…動けない。人間なら、アンドロイドの命令なんて受けないのに。  
 私、アンドロイド命令に逆らえない。  
 私が…人間じゃないから…なの…)  
「だが、お前はただの模倣物だ。新造人間ルナ」  
 ソーン・ダインの言葉に、ルナの意識は引き戻された。  
(!…そんな……でも…)  
 ルナは、ソーン・ダインの言葉を否定しようとして、出来なかった。実際にルナは命令コード一つで行動を制御されているのだ。  
 ソーン・ダインは、人間の命令コードによる停止を受け付け無かったというのに。  
 ソーン・ダインは、ルナの顎を持ち、目の前に制御命令を出した装置をかざしてみせる。  
「これは私自身が作った命令コードだ。  
 確かにお前は普通のアンドロイドではない。以前の私には制御できなかった。  
 だが、今の私から見れば、お前はアンドロイドだ。人間の不完全なコピーにすぎん。  
 不意打ちとはいえ、再生コードで行動を制御出来る程度のな」  
 それは、「進化」を遂げたソーン・ダインの頭脳による解析データがあって初めて可能なことであったのだが、ルナにとってはアンドロイドとして行動を制御された事実に変わりはない。  
(あぁ…そうだわ…私…もう…ううん…最初から…人間じゃ…ない)  
 ルナの瞳から、すぅ、と温度が抜けていく。  
 
 ソーン・ダインは、ルナの目の前で、アンドロイド命令再生装置を握りつぶした。  
 同時に、頬に触れた手から直接一連の制御コードを流し込んでくる。  
(私は…新造人間という名の、アンドロイド)  
 ルナの心は冷え切った。  
 ルナの片手が上がり、天を指す。まっすぐソーン・ダインを見上げる。  
 ソーンダインが一歩下がって見つめる前で。  
 ルナは気を付けしたままの姿勢で、初めてアンドロイドのコード音声を発する。  
「ピイィィィーーーーッ!  
 ハイル、フューラー・ソーン・ダイン!」  
 ルナは、誇らしげに微笑んで、声帯ではなく、スピーカからアンドロイドの「声」を発した。  
 それは、アンドロイド軍団のときの声。フューラーに忠誠を誓う行為だった。  
 
 
「自覚できたか?アンドロイド・ルナ」  
 ルナに、行動制御によって自分を讃えさせたソーン・ダインが問いかけてくる。  
(自覚できたわ…私はアンドロイド)  
 ルナは手を下ろす。行動制御は解かれていた。声を出してみる。  
「自覚…できたわ。ソーン・ダイン」  
 ルナは軽く俯いた。  
(そう、私はアンドロイド・ルナ。作られたもの。目的のために−作られた)  
 ソーン・ダインがゆっくりと頷く。その動作が終わる前に。  
 ルナは疾風のように踏み込み、ソーン・ダインの腹めがけてパンチを繰り出した。  
(そう。私は、ソーン・ダインを倒すために作られた!  
 この存在意義−私のある目的は、変わっていない!)  
 
 ガシィッ!  
 
 ルナのパンチは、しかしソーン・ダインのボディに届く前に、受け止められていた。  
 ソーン・ダインの屈辱的な命令により、ルナはアンドロイドである自分を自覚した。  
 だがそれは、逆にルナを冷静にさせたのだ。ルナには、ルナの存在理由がある。それを思いだし、実行できるようになった。  
 しかしそれさえも、ソーン・ダインの予定していた事であったのか。ルナの不意打ちにも、彼は冷静に、瞬時に対応していた。  
「そうだ!アンドロイドは目的を持って生まれる。  
 お前の目的はアンドロイドと戦うことだ」  
 ソーン・ダインは、ルナのパンチを手のひらで受け止めたまま、ルナの拳を大きな手のひらに包み、掴む。  
 「だが、お前のような存在はアンドロイドにとっても人間にとっても許し難い。  
 人間ルナは人間に殺された。お前は」  
 ソーン・ダインはルナの拳を掴んだままその手を捻りあげてくる。  
「くうぅっ!」  
 ルナは圧倒的なパワーの差に、なすすべ無く引き回され、たたらを踏む。  
「お前は人間ルナの醜悪な紛い物にすぎん。アンドロイドも人間も愚弄するものだ!」  
 ソーン・ダインは、ルナの拳を掴んだまま振り回し、ついに身体ごと宙に放り上げた。   
ルナは空中で姿勢を立て直そうとするが、それよりも早く飛び上がったソーン・ダインのパンチを受けて、今度は地にたたきつけられてしまう。  
 鈍い音を立てて地面にめり込むルナ。  
「ぐっ!!」  
(強い!なんてパワーとスピードなの!)  
 ルナは必死に起きあがって間合いをとり、プロテクターを起動して戦闘モードになった。ソーン・ダインは追撃をせず、ルナがそうするのを待った。  
 構えをとるルナに対して、自然体で受けの体勢をとっている。  
(余裕ってわけ?たしかに…厳しいけど。  
 でも、私は私の目的を果たすだけ)  
 ルナは胎内のエネルギーを集中させた。  
 格闘戦では勝ち目が薄いのは一瞬の手合わせで分かっていた。  
 必殺技で決める以外の方法はなさそうだった。  
(その調子で、余裕たっぷりのまま…いてね)  
 
 ジョージを巻き込まないように、ジャンプして位置を変える。ソーン・ダインに臆して踏み込めない風を装った。  
 ソーン・ダインもジャンプして間合いを調節してくる。油断はしていないが、自分から攻撃してくる様子はない。風であったのだが。  
 その一瞬後にソーン・ダインは地を這うように低く飛び、一気に間合いを詰めてきた。ルナは対応しきれずに、足首を掴まれてしまう。  
(しまった!)  
 必殺技を撃つには「ため」がいる。ソーン・ダインがルナを舐めている事がこの攻撃の必要条件だっが結局、それは甘い読みだった。彼は冷静で、確実だった。  
 実際は可能性はともかく、他に有効な手段が無かったのだが。  
 ソーン・ダインはルナを軽々と振り回して、地面に棒きれのように叩きつけた。2度、3度…幾度と無く、鞭の連続打ちのような速度で打ち付けられる。  
 ルナの身体は戦闘モード時には「痛み」がカットされているため、意識を失ったりはしないが、叩きつけられる回数が数度を数えるうちに、衝撃で集中していたエネルギーは霧散してしまった。  
ボディが衝撃によるダメージを防御しきれなくなってきたのだ。  
(くうぅ…だめっっ!振りほどくことも…できない)  
 ソーン・ダインは、ルナを振り回して様々な角度で地面に叩きつけた。周囲にある建物のスクラップにも叩きつける。  
 ルナの頭が、肩が、コンクリートを打ち砕き、粉砕していく。つき立った太い鉄骨にも叩きつけ、それが90度に曲がるまで、ルナの身体をハンマーにして打ち付け続けた。  
 何度も頭や身体に強い衝撃を受け続けたルナは、ついには身体の感覚が変調をきたし、何がどうなっているのかも分からなくなってきた。  
 『目を回した』ルナを、ソーン・ダインは手を差し上げて、釣り上げた大物のように掲げて見せた。  
「つまらんな。弱すぎる」  
 アンドロイド帝国のフューラーは、今まで数え切れない数のアンドロイドを破壊してきた新造人間ルナを、その一言で切って捨てた。  
(強すぎる…こんなことって…)  
 ルナは身体も心も打ちのめされ、朦朧としたままだ。起こっていることが把握できず、ソーン・ダインの強さが信じられない。対応策がとっさに出てこない。  
 
 ソーン・ダインは、無造作にルナの足首を握った手に力を込めた。  
「うぅぅっ!!!」  
 めきり、と音を立てて、ルナの足首が歪み、あっさりと潰れた。  
 ソーン・ダインは握りつぶされた足首が千切れる前に、ルナの首を掴み、逆さに立てたまま歩き始める。  
 ルナは、さらなる大きなダメージに意識が混濁から回復せず、完全な反応が出来ない状態のままだ。  
 数歩を歩きながら、ソーン・ダインは掴んだ首から制御命令をルナに流し込む。  
 そしてルナはどさり、と地に放り捨てられた。  
 その身体が命令コードに従って動き出す。不自由になった足で立ち上がり、片足立ちのまま気を付けして手を挙げた。  
「ピイィィィーーーーッ!  
 ハイル、フューラー・ソーン・ダイン!」  
 ルナは、再び忠誠の誓いを強制された。  
(…なにが…どうなっているの…もう…)  
 ルナはなすすべ無く混乱したままだ。身体に受けたダメージが強すぎ、人間の感覚に変換できないためほぼカットされている中で、行動が制御を離れて勝手に動き出している。  
ルナの人間の意識は、まるで宙に浮いて夢の中にあるような状態にあった。  
 ソーン・ダインは、そんなルナの顔面にパンチをたたき込んだ。  
 ルナは派手に吹き飛び、十数メートル先の瓦礫の山に突っ込んだ。  
(ああぁぁぁ……私…私…)  
 ルナの意識とは無関係に、そのボディは再び動き出して、フューラー・ソーン・ダインの前に這い戻り始めた。  
 片方の足首は取れてどこかに飛んでしまった。立てないので、膝でにじるようにして地を這いつくばっている。フェイスマスクが割れて顔が露出している。  
 ルナの顔は、微笑んでいた。  
 ソーン・ダインの命令コードによる行動制御により、新造人間ルナのボディは、人類の敵の前に自ら這いつくばっているのだ。  
 そして、ルナは再び跪いたまま手を挙げた。  
「ピイィィィーーーーッ!  
 ハイル、フューラー・ソーン・ダイン!」  
 にっこりと笑って繰り返す。  
 
(あぁぁぁ…私…なにしているの…?もうだめ…もう…)  
 ルナの混濁する意識の中で、アンドロイドの支配者の姿がゆがんで見える。  
 その足が一瞬かき消えた。ソーン・ダインは、微笑むルナの肩口を信じられない速度で蹴り飛ばした。  
 ガギィィィン、という甲高い嫌な金属音がして、ルナの腕の付け根が裂けた。  
 片腕をふき飛ばされ、ルナは今度は、数メートル先にきりきりと回って落ちた。  
(うぁぁ…もう…もう許して…)  
 だが、ソーン・ダインの与える玩弄…懲罰は、まだ終わらなかった。  
 片手片足を失ったままで、ルナはまだソーン・ダインの足下に這いずっていく。  
(もうゆるして…ゆるしてよぅ…わたしまけたから…わたしもう…しぬから…ころしてぇ…)  
 ルナは、完全にへし折れた心で泣いていた。人間の最後の希望であったはずの自分が、進化を遂げたソーン・ダインの前に、全くなすすべ無く敗北し、操られて恥辱を味あわされている。  
 だが、ルナへの罰はまだ終わらなかった。ルナはまたもソーン・ダインの前にたどり着くと。不自由な身体で這いつくばったまま、手を差し上げてアンドロイドの総統を讃えた。  
「ピイィィィーーーーッ!  
 ハイル、フューラー・ソーン・ダイン!」  
 支配者を見上げるルナの顔は、まだ微笑んでいた。  
(…)  
 ルナの心は引き裂かれて冷え切り、ついに言葉に表せる感情を失った。  
 ソーン・ダインは、無表情なアンドロイドの顔で、ルナを見下ろしていた。  
「…」  
 しばらく無言でルナを見ていたソーン・ダインは、やがてルナの頭に手を伸ばして、それを掴むと持ち上げた。もう片手で首を掴み、ルナに機動停止のコードを流し込む。  
そうしながら、ルナの首を捻りあげ、めきり、という音とともに、握りつぶした。  
 新造人間ルナは完全に破壊された。  
 香月ルナは、死んだ。  
 

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