自分以外誰もいない教室、彼は鞄に忍ばせてきていた文庫本を読んでいた。
最近流行のライトノベル、秋頃にアニメ化されると聞いて、どんなもんだろうと読み始め
たがいまいちのめりこめない。
彼は文庫本を閉じると、黒板の上にかかっている時計を見て小さくため息をついた。
三時間目の授業はまだ始まったばかり、クラスメイトたちが教室に戻ってくるまで、まだ
一時間以上も時間がある。
いつもならばうるさいと思うだけの相手であっても、こうして暇をもてあましていると寂
しく思ってしまう。
彼は椅子から立ち上がると窓際へと向った。
今日は一段と眩しい夏の日差しがグラウンドを焼いている、彼はわずかに目を細めて校庭
の隅へ視線を向けた。
屋根のついていない開けっぴろげのプール。
プールサイドには彼と同じ学年の少年少女たちが水着姿でいる。
そうこの時間、彼のクラスはプール学習の授業を受けているのだが、彼は体調不良を理由
にして教室で自習ということになっていた。
口をへの字に曲げてプールを見下ろしていた彼は、やがて「ふんっ」と鼻を鳴らして窓際
から離れた。
気にいらなかった。
自分がいないところで楽しんでいるクラスメイト。
自分にできないことを易々と成し遂げてしまうものたち。
彼は勉強はできたが、運動神経には恵まれていなかった。
それを彼は「天は二物を与えないってことさ」と言ってはいたが、表面での涼やかさとは
裏腹に、内心では悔しくてしょうがなかった。
彼はきまってプール学習の時間は自習している。
理由は病気であったり、怪我であったり、学校を休んだことすらあった。
彼は家に篭りがちで色が白く、そのことからも周りからは病弱だと思われている
だが、実際には違った。
彼がプール学習を休む理由は別にあった。
それは、とても単純なことだったが。自尊心の強い彼にはとても許せないことだった。他
のクラスメイトが全員できているというのに、自分だけできないというのが許せなかった。
その上、練習という恥晒しな行為をする気にもなれなかった。
だから彼はプール学習を休んでいる。
――泳げないから。
「くそっ」
苛立たしげに自分の席へ戻る途中、誰かの机にぶつかってしまい、机の上に置かれていた
ビニール製のバッグが床に落ちてしまい、中身が散乱してしまった。
彼は舌打ちして中身を拾い集めていき、あるものを見つけた。
田舎にあるといって差し障りのない場所にあるこの学校では、プール学習の際には男女一
緒に教室で着替えており。私服から水着に着替えプールへ向った後には、脱いだものが残さ
れている。
彼は床に落ちているそれを見て、ごくりと唾を飲んだ。
その瞬間、ガラっと勢いよく教室の扉が開かれた。
「っ!?」
彼はそれを掴むと、ポケットの中に忍ばせた。
「ええっと、このクラスにゃ一人――おお、いたいた。ちゃんと自習してるかー?」
扉を開いたのは教頭先生だった。
彼は乾いた笑いをあげ。
「あはは、今からしようとしていたところです」
「そうか、それならよーし」
そういって教頭は扉を閉め、立ち去った。
彼は自分の席に戻り、呼吸を落ち着けるために算数の教科書を開いた。
一ページ分の問題を解いたら、ポケットにしまってしまったものについて考えようと思っ
たが、まったく頭が働かなかった。
彼はポケットからそれを取り出して、膝の上に広げた。
それは少女もののパンツだった。
***
新井芳乃(あらいよしの)にとって小学校の授業とは、体育が全てだといえた。
机に向ってシャープペンシルを走らせているよりも、身体を動かしているほうが好きで。
実際、彼女の身体能力は同年代の少年少女たちの中では抜きん出ていた。
「芳乃ちゃん凄いね、また泳ぐの速くなってない?」
「え? ……そうかな?」
クラスメイトの言葉に、芳乃は首を傾げた。
「うんうん、タイム計ってみたら二秒速くなってたよ!」
らんらんと瞳を輝かせていうクラスメイトに、芳乃は軽く笑った。
「そんなの誤差じゃない」
「でもでも凄いよ!」
「はいはい」
苦笑しながら吉野はプールサイドに座り込んだ。
褒められるのは嫌いではなかった。
勉強よりも身体を動かすことのほうが好きになったのも、国語や算数じゃ褒めてもらえな
いけど、体育だとみんなから褒めてもらえるからだった。
「じゃ、今度はわたしの番だからいってくるね!」
「うん、がんばって」
そういって手をぶんぶん振って立ち去るクラスメイトに、控えめな笑顔を返しながら芳乃
は小さく体育座りした。
芳乃は顎を膝に乗せて、伏せ目がちに周囲を見回した。
それで誰も自分を見ていないと理解すると、ほっと息をついた。
新井芳乃にとってプールの授業は憂鬱な時間でもあった。
(泳ぐの嫌いじゃないけど、……せめて男の子とは別にしてほしいなあ)
脚に押し付けるようにして隠しているふたつの肉の塊の感触に、芳乃はうんざりしたよう
に肩をため息をついた。
芳乃はクラスメイトたちよりも発育がよく、そのことで悩んでいた。
クラスメイトの大半はまだ平らなままか、少し膨らんでいる程度なのに、自分だけ胸の形
ができてしまっている。
それがくっきりとでてしまう水着姿でいるのは、芳乃にとっては苦痛だった。
自意識過剰だと分かっていても、見られているんじゃないかという疑念が過ぎる。誰かと
視線があったら、身体を見られていたのではないかと不安になってしまう。
一度、クラスの男子が陰で
『新井の胸がでかいのは頭の中がエロエロだからなんだぜ』
と言っていたのを聞いて以来、その不安は大きくなってしまった。
(そんなことない。ただの個人差よ)
「ね、どうだった?」
「――え?」
水に濡れたクラスメイトが戻ってきて芳乃の隣に座った。
「『――え?』じゃなくて、わたしの泳ぎ。どうだった?」
芳乃は見ていなかったとは正直に言えず、少し逡巡してから答えた。
「ええと、よかったんじゃないかな?」
「ほんと?」
子犬のように見上げてくるクラスメイトの少女に、芳乃は自分もこういう風に小さくかわ
いく産まれることができたらよかったのにと思ってしまった。
「うん、ほんとほんと」
「よかったぁ」
芳乃は笑いながらも、早く終わらないかなあと考えていた。
芳乃はプールの授業が終わり、タオルを身体に巻きつけ教室へ帰ってくると、黙々とノー
トになにやら書いている同級生の姿を認め、わずかに胸を高鳴らせた。
名前を古里裕太(こざとゆうた)という、その少年は芳乃にとって気になる存在だった。
病弱らしく体育の時間は殆ど見学しているばかりで、去年あった登山学習の時も途中で帰
ってしまうほど。
身体の発育もよくなく、吉野よりも拳ひとつ分背が低い。
前髪を伸ばしているからかどことなく少女的な容貌をもっており、芳乃は常々自分もああ
いう風にかわいらしく産まれたらよかったのに、と思うことがある。
芳乃の視線に気づいたのか、裕太は顔を上げた。
視線があってしまい、芳乃はぎこちなく笑ったが、裕太は顔を赤らめると顔を伏せてしまった。
「……ん?」
なんだろう?
芳乃はわずかに考え、思い至った。
(も、もしかして……)
自意識過剰だと理解していたが、裕太が顔を赤らめたのは自分の胸を見たからではないか、
芳乃はそう思い恥ずかしくなった。
タオルで隠れているとはいえ、その大きさははたから見てもありありと分かる。
(やだ。もうなんで、わたしこんな胸してるのよ)
芳乃は両腕を組んで胸を隠しながら歩いて、自分の席へと向った。
タオルの中で水着を脱ぐと、プールバッグの中からビニールの小さな袋を取り出し、その
中へ入れ。衣服を取り出そうとして、芳乃はある異変に気がついた。
「……あれ?」
あるはずのものがなかった。
(おかしいな)
家を出るとき、ちゃんと入れたはずなのに。プールの授業があるからと水着を服の中に着
てきて、下着はバッグの中に入れた――そのはずだった。
しかしいくら探しても、入れたはずの下着がない。
芳乃は周囲のクラスメイトたちに気づかれないようにしたが、落ち着いているのが無理だ
というほど、動悸が早くなっていくのを感じた。
(あれ? あれ? なんでないの? どうして、嘘だ。なんで)
探しても探しても見つからない。
芳乃は誰かにこのことを伝えたほうがいいんだろうかと周囲を見渡して、裕太と目があった。
裕太はどことなく赤らんだ顔で芳乃のほうを見ていた。
しかし、直ぐに顔を逸らしてしまった。
(……パンツ忘れたこと先生にいえば。でも、替えのパンツなんてあるのかな。あっても、
誰か知らない子が履いたのなんて嫌だし。それに、そのことが男子に伝わったら……)
芳乃は周囲のクラスメイトたちが着替えを終えていくのを見止めながら、決断しなければ
ならないと思った。
最悪にも今日はスカートを履いてきてしまっている。
これで下がズボン類だったらよかったのに、そうは思ったが今更なことだった。
芳乃はタオルの下からスカートを履き、すっぽり被るようにしてTシャツをタオルの上か
ら着て、タオルを引き抜いた。
学校が終わるまであと二時間、たった二時間我慢すればいいんだ。
芳乃はそう決めた。
***
(……気づかれたんだろうか?)
裕太は忍ばせているパンツのことを思いながら、その持ち主である芳乃と何度か視線があっ
たことに、どうしようもなく気持ちがやきもきしてしまうのを感じた。
だが、芳乃はどうしたことか、パンツがなくなっているというのに騒いでいない。
予備のパンツがあったのだろうか?
だとすれば、問題にされるのは明日以降となる。
裕太は自分でも馬鹿なことをしてしまったと後悔しはじめていた。
プールの授業中、教室に居たのは一人、そんな状況下パンツが盗まれた。
――容疑者は一人だ。
言い逃れはできそうにない。
なんとかしなければならないと思いながらも、裕太はどうすることもできないでいた。
だが、とりあえず確認しなければならないことがある。
芳乃のスカートの中身だ。
予備のパンツがあればいい、しかしなかったとしたら……?
とても困るのではないだろうか。
だから、確認しよう。
そう理由づけて裕太は行動に移ることにした。
理由の中に、女の子の股間がどうなっているのかという興味もあったが、裕太は考えない
ようにしていた。
確認方法は簡単だ。
給食の時間中、班ごとに机を固めて食べるのだが。いつもどおりであれば、裕太と芳乃は
向かい合って座ることになる。
その時に理由をつけて、机の下に潜り込んで確認すればいいだけだ。
(……よ、よしやるぞ)
そうと決めていたのに、なかなか行動に移せなかった。
裕太は給食を食べながら、こそこそと芳乃のほうを盗み見ていた。
パンツはいていないであろう芳乃は、裕太からすれば涼しい顔で給食を食べている。
ちゃんと身体を拭かなかったのか、Tシャツが身体に張り付いていて、胸の形があらわに
なっていたが。誰もそのことについて言っていない。
(でも、芳乃さんのパンツでよかったな)
裕太は芳乃の整った顔立ちを見ながら、そう思った。
芳乃の母方の祖母はロシア人らしく、芳乃はその血を継いだのか、とても肌が白く、瞳の
色が青みがかっている。
裕太が思わず見とれていると、芳乃と目があった。
「ん? どうしたの古里くん。わたしの顔、なんかついてる?」
「へっ、ああ、いやっ、なんでもない」
裕太は驚いてスプーンを取り落としてしまった。
「ちょっと大丈夫?」
心配そうな芳乃の声へ、裕太はおざなりに答え、ようやくチャンスが来たというように、
スプーンを取るために机の下に潜り込んだ。
芳乃に勘付かれる前にと、直ぐに真正面にある芳乃の下半身へ目をやると。
「!」
裕太は予想していながらも、実際見れるとは思っていなかったせいで驚いてしまった。
無防備に開かれた脚の合間にわずかに見えるスカートの中身。
だが、どうなっているのかはよく分からなかった。
直ぐに芳乃が脚を閉じてしまったからだ。
裕太は「あったあった」と言いながら身体を机の下から出した。
芳乃の顔がわずかに赤らんでいて、何かいいたげに裕太のほうを見ていたが、裕太は別な
クラスメイトに向って話しかけた。
話しかけながらも頭の中では、どうやって事態を収拾しようかという考えばかりだった。
***
――見られた。
芳乃は給食を食べ終えると、女子トイレに篭って、一人頭を抱えていた。
(最悪だ)
なんで今日に限ってパンツを忘れてしまったんだろう。
なんで今日に限って古里くんスプーン落としたんだろう。
なんで、なんで、なんで――
繰り返される思考の中、芳乃は不意に思い立ったことを実行に移してみることにした。
手鏡を使って、開いた脚の間からどれくらい見えるのだろう?
という実験を。
その結果、見える部分は極僅かだと分かったが。
「……でも、ぱんつはいてないってこと知られちゃったよね」
芳乃は叫びたくなる衝動をこらえて頭を抱えた。
相手が悪かった。
これが女子ならよかった、まだ言い訳とかできるから。
他の男子だったら単純に嫌だ。
だが古里雄太という少年に見られてしまったのが、芳乃的には問題だった。
少年でありながら、どことなく柔らかい少女のような容姿。引っ込み思案っぽくておとな
しそうな性格。やさしい声。
芳乃の中にある古里裕太少年像は、芳乃がパンツをはいていないことを知っても、それを
誰かに話すことはないだろう。ただ、自分のうちに秘めておくだけで。
――それが問題だった。
芳乃の中で裕太は特別だった。他のクラスメイトたちからは一線を画していた。その感情
のことを芳乃は正確に把握し切れていないが、これが恋なのかもしれないと思っていた。
その相手との間に、こんな妙な事柄が挟まれるなんて。
パンツを忘れた自分の間抜けさに腹がたってしょうがなかった。
芳乃は昼休みが終わることを告げるチャイムが鳴るまでトイレに篭っていた。
教室に帰り教科書を出そうと、机の中に手を入れると、一枚の見慣れない紙がはいっていた。
芳乃はそれを開き、血の気が引いていくのを悟った。
その紙には、こう書かれていた。
『パンツ返して欲しかったら。
放課後、体育倉庫ウラまで来て。』
***
謝罪しよう。
裕太はそうと決めて芳乃を呼び出すことにした。
ポケットの中に芳乃のパンツを忍ばせ、芳乃が現れるのを待った。
芳乃は裕太が体育倉庫裏に着いてほどなくして現れた。
「……え、古里くんなの? わたしを呼び出したのって」
裕太は無言で頷いた。
校舎と体育倉庫の合間にあるこの空間は人目につきにくい、ここならば芳乃も裕太のこと
を思い切り罵倒できるだろうし、裕太自身もその場面を誰かに見られるがなく、都合がよかった。
芳乃は胸の前で手を組み、裕太を睨むように見つめていた。
「それで」
「ああ、それはいま――」
裕太はまず返してから謝ろうと、ポケットからパンツを取り出そうとした。
だが、
「それで、どうしたら返してくれるの?」
芳乃はそんなことを言った。
裕太は予想外の言葉に「え」と手を止めて、芳乃の顔を見返した。
「古里くんがそんなことする人だと思いたくないけど、そういうことなんでしょ」
「え、えと」
何か勘違いしている。
裕太はそうと理解しながらも、口が回らなかった。
「お願い。なんでもするから、パンツ返して……」
今にも泣きそうな声で芳乃は言う。
それはそうだろう、同じクラスの男子が自分のパンツを持っているなんて、考えたくもな
いはずだ。
裕太は直ぐに返そうと思ったが――違う考えが頭を過ぎってしまった。
(……これは、利用できる)
ここで何事もなく返してしまえば、芳乃の口から裕太がパンツを盗んだことがクラス中に
露見してしまう可能性は高い。最低限、それだけは避けなければならない。
しかし、口約束で話すなと言っても、それが守られる保障はない。
あちらはパンツさえ奪還できればいいが、裕太側はパンツを返却してしまえば、芳乃に対
して優位に立てるカードはどこにも存在しないのだから。
裕太は唾を飲み込み、頭を働かせた。
折角降りてきたチャンスだ、これは利用しない手はない。要は芳乃に他人に話せないよう
なことをさせればいいのだ。
裕太は口を開いた。
「よく分かってるじゃないか」
その口元には薄く笑みを浮かべている。
裕太は考えながら、ゆっくりと喋った。
「そう、僕の言うことを聞けば、きみのパンツを返してあげよう」
「……どうしたらいいの?」
芳乃の目元はもう赤くなってしまっている。
「とりあえず」
裕太は視線を芳乃の下半身へと向けた。
「見せてくれないか」
「え?」
「本当にパンツをはいてないか」
芳乃の大きな空色の瞳が見開かれた。
「そ、それって……」
「スカートを脱いで」
(もう、後戻りできないな……)
裕太は覚悟を決めるように拳を握った。
芳乃はふるふると首を横に振った。
当然だろう、まだ幼い小学生といえど少女としての意識は芽生えている、肉親以外の前で
脱ぐことに抵抗はあるだろうし。屋外で、というのも辛いだろうし。なにより、裕太は知ら
なかったが芳乃は自らの身体にコンプレックスを持っていた、それを見せるのは酷く恥ずか
しいことだった。
「ほ、他のことじゃダメなの?」
裕太はゆっくりと頷いた。
芳乃は裕太の瞳を真っ直ぐに見つめ、しばらく考えていたようだが、やがて。
「だ、誰か来たら、ちゃんと古里くんが説明してね」
「ああ、勿論」
(誰かが来たら、自分の学校生活は終わるだろうな)
裕太は他人事のように思った。
芳乃は大きく深呼吸して、意を決したようにスカートに手をかけ、ホックを外し、ゆっく
りとした動作で脱いだ。
脱いだスカートを胸の前で片腕で大事そうに抱え、もう片方の手で下腹部を隠して芳乃は
言った。
「こ、これでいいの?」
裕太はわずかに芳乃ににじり寄り。
「それじゃあ見えないから、手をどけて」
「や、やだ、恥ずかしいよ」
「もう脱いじゃったんだから、変わらないでしょ」
裕太がそういうと、芳乃は俯いて、両腕でスカートを抱いた。
初めてみる少女の陰部は、前からだとどういうものなのかよくわからなかった。
男との違いは付いてないだけのように見えて、裕太は肩透かしを食らった気分だった。
「ね、もういいよね。スカートはいてもいい?」
「ちょっと待って」
裕太はそういうと、芳乃の傍まで行き、しゃがみこもうとした。
そうしたほうがよく見えると思ったのだが。
「え、ちょっ、そんな近くで」
芳乃は裕太の突然の行動に驚いてしまい、二三歩後ろによろめいたかと思うと、転んでし
まった。
「……いたた」
尻餅をついた芳乃は転んだショックから抜けると、不意に気づいた。
裕太の眼が、ある一点を凝視していることに。
「え……」
なんだろうと思い、視線の先を追うと。
「きゃああああああああああ!!」
転んだ拍子に芳乃は大きく股を開いてしまっていた。
慌てて脚を閉じると、その瞬間裕太に口をふさがれた。
「なに考えてるんだ、そんな大きな声出して。誰かにみつかりたいのか」
「ふぇ、でも、だって」
裕太に思い切り自分のまんこを見られてしまった。
芳乃はショックで涙を滲ませながら、くすんと鼻をすすった。
「……はずかしくて」
裕太は芳乃を落ち着かせなければならないなと思い。
「別に汚いものを見せたわけじゃないんだから、そんな大きなリアクションするんじゃない」
「で、でも」
「これは契約なんだ。君は僕からパンツを返してもらう代わりに、今回のことは一切話さな
い。そのためにきみのおまんこを見せてもらったんだ」
「え、ええと……?」
裕太は自分で自分の手の内を晒してしまっている馬鹿さ加減を悟りながらも、芳乃に語り
かけた。沢山の言葉を聞かせれば、内容を理解しようとして、少しは頭が落ち着くんじゃな
いかと思ったのだ。
「つまり、古里くんがわたしのパンツを盗んだことを、わたしが話さないために、わたしは
古里くんに恥ずかしいところみせたの……?」
「そういうことだ」
裕太はそう言いながらも肘にあたっている芳乃の胸の感触に、思わず気をとられてしまい
そうだった。
「じゃあ、わたしが古里くんの前でスカートを脱いだってこと、古里くんが誰にも話さないっ
てことにはならないよね」
「それは……」
きみのパンツを盗んだことを話されたらまずいから、こちらもきみがスカートを脱いだこ
とを言わない。
そう、言おうとしてためらった。
盗んだ。
その言葉の負のイメージが強くて、場合によっては芳乃にリードを奪われるかもしれない。
そう逡巡している間に、芳乃が言った。
「なら、古里くんも裸になってよ。お互い裸になったら、お互い誰にも今日のこと言わない
でしょ」
「それは、」
裕太は躊躇ったが、パンツ泥棒の罪への罰には丁度いい代償だろう、そう思えた。
「いいだろう。僕も服を脱ぐ、見ていろ」
そういうと、裕太は靴と靴下以外の全ての衣服を脱ぎ去った。
自分がパンツ泥棒などという汚名で呼ばれさえしなければ、もうなにも要らなかった。
陰茎がいつもより膨らんでいるような気がしたが、その理由は裕太には分からなかった。
芳乃は短く悲鳴を上げ両手で顔を覆った。
「……」
だが、男の子の身体がどうなっているか、それに興味がないわけでもなく。芳乃は恐る恐
る指の間隔を広げ、覗き見た。
裕太の身体は細く、少し青白い肌の色をしていて、虚弱そうな身体つきだった。
裕太の病弱設定が彼の見栄だと知らない芳乃は、彼の身体を見て、少しだけかわいそうに
なった。
無駄に元気で健康な自分の身体。
その健康さを少しでも分けてあげることができたら――と。
しかし、そういった同情の念は直ぐに消え去った。
「――っ!」
視線を裕太の身体の上で這わせていって、下へ下へ、そこで芳乃は初めて肉親以外のおち
んちんを見た。
ソレは父のソレとは違っていて。
毛が生えておらず、色も浅黒くなく、肌色のミミズみたいだった。
「さ、さあっ、僕も脱いだ。きみも脱げっ!」
裕太は陰部を隠すことなく、身体の横で拳を握って芳乃に言った。
芳乃は裕太の勢いに呑まれ。
「うん……」
と首を縦に振り、Tシャツを脱いだ。
本当ならば、もうブラジャーをしたほうがいいのだが。ブラジャーを着けるということが、
どうにも芳乃には恥ずかしいことに思えて。未だに着けていない。
Tシャツから出た乳房はぷるんっと揺れた。
芳乃は手で隠そうかと思ったが、一切隠そうとしない裕太をみて、自分だけ隠すというこ
とはできなかった。
「おおきい……」
裕太の口から、言葉が漏れた。
芳乃は頭が沸騰しそうになるのを感じた。
同世代の少女たちの中でも、自分の胸が大きいのは理解している。だがそれを誰かから直
接、しかも同じクラスの少年から言われるとは。それも、お互い衣服は脱ぎ捨て、靴と靴下
だけの姿で、だ。
顔が、顔がというより、身体全体が熱くなっていく。
芳乃は無言でいることに堪えられず。
「そ、そうかな……」
控えめにそう応えた。
「うん」
裕太の即応。
(そんなにはっきり肯定してくれなくていいのに)
裕太の視線が痛いほど注がれている。それも自分のもっとも恥ずかしい部分に、だ。
なのに芳乃は恥ずかしいという感情をそれほど感じていなかった。
変化が起きていた。
(な、なんだろう、この気持ち……)
裕太は隠しているわけではないのだろう、自分の陰部を片手で握りながらもじもじとしは
じめていた。興奮しているのだということは、その表情だけでも理解できる。
裕太の視線。
裕太が自分を見て興奮している。
(……わたしのおっぱいをみて……)
恥ずかしいという感情は、別なベクトルへと変化し始めていた。いや、恥ずかしむ気持ち
が消えていっているわけではないのだろう。
それは、言うなれば――芽生え。
芳乃は下腹部、子宮のある位置に疼きのようなものを感じた。
「ね、ねえ、芳乃さん」
裕太の言葉に芳乃は「なあに?」と少し上ずった声で応えた。喉がひりひりに渇いていて、
うまく声が出ない。
「さわってもいい?」
芳乃はどう応えようか迷った。
しかし、
「……うん、いいよ」
裕太に触られたら、もっと『よくなる』ような気がした。
今ある感情の昂ぶりが、更に強くなるんじゃないかと。
「でも、痛くしないでね」
「う、うん」
裕太は頷くと、直ぐに芳乃の胸に手を伸ばした。
先ほどまで自らの陰茎を触っていた手で、触れる。
(あ……古里くんの手、震えてる)
裕太は強い緊張のせいと、頭がふらつきそうなほどの興奮のせいで、自分の手が震えてい
るのもわかっていなかった。
しかし、それも芳乃の胸を触っているうちに消えた。
大きくやわらかで弾力のある乳房の感触。
裕太はそれを撫でるようにしていとおしむ。
「ど、どう?」
芳乃は裕太に聞いた。
主語のない、目的もない、ただの質問。
裕太は答えた。
「すごくいい」
「……そっか」
それだけで十分だった。
裕太は芳乃の胸を両手で触ると。
「抱きついてもいい?」
なにをしても拒否しない芳乃、断らないと思って聞いた。
「抱きつくって」
「おっぱいに顔埋めてもいいかな?」
「それくらいなら、いいよ」
「やった」
裕太は少年らしい喜び方で直ぐに芳乃に抱きついた。
芳乃の胸は裕太顔が埋まるほど大きくはなかったが、それでも顔中におっぱいの感触を味
わえて満足だった。
(古里くん……赤ちゃんみたい)
抱きついてくる裕太をみてそう思った。
身体同士が密着していても、不思議と恥ずかしさはもう感じなかった。
ただ、裕太が太ももに硬いものを押し付けてくるのが気になった。
(古里くんだって触ってるんだし、いいよね……)
芳乃は太ももに押し付けられるソレを掴んだ。
(え、……熱い)
充血し硬直した陰茎の肌触り。
芳乃はその形を手で確かめるように手でもんだ。
(男の子って、こんなのぶらさげてるの……?)
こんなのがあるんだったら、男の子たちは服を着ていても股間の辺りをもっと膨らませて
いてもいいのに。
だが、自分がそこまで意識的に男の子の股間を見ていたわけではないことを思い出し、考
えを改めた。
(今度からよくみてみよう……って、男の子のそんなとこばっか見てたら変態だよっ!)
芳乃は首をふるふると横に振った。
「……ん? どうしたの? 痛かった?」
「あ、いや、なんでもないっ」
芳乃は真っ赤な顔でそう答えた。
「そう、ならいいけど」
裕太はそう言いながらおっぱいを愉しむのに戻った。
芳乃は裕太のその姿を見ながら思った。
(男の子と女の子って、どうしてこんなに違うんだろう……)
胸のあるなし、股間の違い、その他にも様々な違いがある。
いつか、そうしたことを授業で教わったような記憶はあったが、よく思い出せなかった。
(胸は膨らむか、膨らまないかの差だけだけど……ここは全然違うよね)
そう思いながら、自らの下腹部に触れた。
すると――
「えっ……」
「ん?」
裕太が顔をあげた。
「……新井さん?」
(え、なにこれ、うそ、まさか、おしっこ? ちがうよね)
トイレをする時と、お風呂にはいって洗う時以外触れたことのなかったそこが、指先で触
れるとぬるっと滑ってしまうほど濡れていた。
「新井さん?」
呼びかけてみても、芳乃は返事をしなかった。
裕太はどうしたのだろうと思いながらも、放心状態の芳乃をみて、今ならなにをしても大
丈夫だろうと思い。
「はむ」
芳乃の乳首を咥えた。
赤ちゃんはここからおっぱいを吸う、母乳がどんな味なのか興味があっただけなのだが。
「ひゃうんっ!?」
芳乃の身体がびくんと震え、芳乃はその場に崩れた。
「あ、芳乃さんごめん、痛かった?」
「え、ああ……ううん、だいじょ――」
――だいじょうぶ――
そう答えようとしたのだが。
座り込んだことによって、体中に張っていた気が抜けていってしまい、その影響か――
「ンっ……ふぇ……?」
「あ」
大きく開かれた芳乃の股。
尿道から勢いよく黄金色の液体が放出された。
アーチを描いて飛ぶその射線上には裕太。
裕太は突然のことに避けることもできず、ただただ芳乃のおしっこを浴びてしまった。
「ふぁっ、ご、ごめん、今止めるから」
慌てて自らの股間を押さえる芳乃だったが、そのせいで尿は拡散してしまい、被害は更に
甚大なものとなってしまった。
***
「……ほんと、ごめんなさい」
芳乃は謝った。
身体を洗いたかったが、人目につかず使えそうな水源がなく、仕方なく砂埃と自らの尿で
汚れたまま服を着た。
「いや、気にしてないよ」
裕太はそう笑っていたが。
裕太の全身は雨が降ったわけでもないのに濡れていて、服も濡れてしまっていた。
二人ともからアンモニア臭がぷんぷんとただよっている。
「これは秘密だ」
裕太は改めて言った。
「今日のことは誰にも言わない、話さない、聞かれても答えない――いいね?」
最初は裕太の情欲を隠すだけの誓いだったが、今では二人ともが他者に知られたくない秘
密を抱えている。
芳乃は頷こうとして――首を横に振った。
「え?」
裕太が驚き、目を見開く。
芳乃はくすっといたずらっぽく笑うと。
「『今日』だけじゃなく、『これから』も秘密にしようよ」
芳乃の言葉の意味が判らず、裕太は一瞬ぽかんとなってしまったが。
賢い少年の頭脳は、直ぐに少女の意図に気が付き――笑った。
「ああ、『これから』も僕らは秘密の共有者――共犯者だ」
「共犯者か……いいね、それ」
芳乃もやわらかい笑みを浮かべた。
裕太は芳乃の笑みを見ていて、不意に思い出したように
「忘れていた」
そう言ってポケットから奇跡的に汚れずに済んだ、芳乃のパンツを取り出すと、芳乃に渡
した。
だが
「……」
少女は返却されたパンツを少年のほうに差し出し、スカートをつまみあげて言った。
「はかせてくれる?」
〜おしまい〜