春から始まった高校生活、そして憧れの一人暮らし。
それは私にとって、もう一つの”きっかけ”だった。
親も居ないから門限も無いし、通販だって気兼ねなく頼める。
そして全部の条件が揃った今夜、私はその願望をついに実行することに決めた。
「あーいいお湯だったー……」
お風呂上りのお約束の台詞は誰に言うでもなくて。
ただ、緊張を紛らわしたいだけだったのかもしれない。
タオルで身体を拭いていた時から、私の心臓は期待に高鳴り続けていた。
(……………よしっ)
心の中で掛け声を一つ、私は勇気を振り絞る。
そう、ずっと前から決めていた事なんだから。
今の私は裸にバスタオル一枚を巻いただけの姿。
お風呂上りの直後だからこそ許される格好だ。
けど………そんな格好で、私は今から部屋のドアを開ける。
ドアを開けて、その向こうの夜の街へ……
考えるだけで、それだけで私のお腹の奥はじわじわと熱を持ちはじめる。
だけど、それと一緒に私の剥き出しの脚は恐怖に竦んでいて……
今までもそうだった。”もし見つかったら”という恐怖から、私は次の一歩を踏み出せずにいた。
だから、その恐怖を乗り越えるために、私は一つの道具を用意した。
キッチンの流し台の上に置いておいたソレを、私は手に取る。
ジャラリ―――
重い音を立てて私に応えたのは金属製の手錠。通信販売で海外のサイトから買ったものだ。
警察で使っているものと同じだから、私の力では壊せないし専用の鍵が無いと絶対に外すことは出来ない。
手錠のリングは既に開錠され、半月状に開いた状態になっている。
私はそのリングを手首に宛がう。まずは左手から。
環を握る右手に力を入れると、チキチキチキ……と音を立て、手錠のリングは締まってゆく。
ある程度を締めた所で確認すると、既に私の左手は手錠の環から抜くことが出来なくなっていた。
その事実に胸の奥がドクン、と大きく跳ねる。
――けど、まだだ。まだ右手が残ってる。
そして同じように右の手首にもリングを宛がい、私はその環を絞めてゆく。
ステンレスのリングを痛いくらいに手首に食い込ませた時、私の両手は完全に手錠で拘束されていた。
もう鍵が無い限り、私がこの拘束から開放される事は二度とない。
これで……もう、後戻りはできない。
「あ……ほんとうに… やっちゃったんだ………」
腰に力が入らない。バスタオル姿のまま、私はヘナヘナとキッチンの床に座り込んでしまった。
力の抜けた両手首には、鋼鉄製の手錠ががっしりと嵌っている。
それは私自身の意思で嵌めた手錠。だけど、私の意志では外せない手錠だ。だって……
だって、その鍵は今、ここから1キロ先の公園のトイレにあるのだから。
そこまで行かない限り、私は永遠にこの手錠を外すことができない。
学校にも行けないし、そもそも着替えることだって出来ない。
恐怖と後悔で剥き出しの肩が震えている。
(でも、行くしかないんだよね…… 見られるかもしれないのに、こんな恥ずかしい格好で……)
そう思うだけで、お腹の奥からはドロリ、と熱い液体が零れ落ちた。
身体中が熱い。頭に血が上ってなんだかフラフラする。
そう、行くしかない。私は熱に浮かされた頭で判断した。
手錠の嵌った震える手で靴下を履いて、学校に行くのと同じ革靴を身に着けて。
ガチャリ、と部屋のドアを開ける。秋の冷たい夜風が私を包み込む。
素肌にバスタオル一枚を巻いただけ、両手には手錠を嵌められて。
不自由な両手でタオルの胸元を押さえながら、私は夜の街を歩き出した。