「ただいま」  
「おかえり」  
 俺達は無言で向き合った。  
 えーっと……これって……  
「さつき、何してる?」  
「……別に」  
 ここで状況を説明する。  
 今日も今日とて、部活でヘトヘトになった身体を引き摺って、帰宅したオレなんだけど。  
 ドアを開けるなり、制服にエプロンのさつきが出迎えてくれたわけで。  
 思わずフリーズしてしまったではないか。  
「あらお帰り、大介」  
 母さんがニヤニヤしながらキッチンから出てくる。  
「……母さん……これ何?」  
「これ言うな」  
 殴られましたよ。  
 
「ほら、さつきちゃん家は共働きでしょう。今日は両親揃って家に帰れそうにないらしくってね。  
 で、夕方スーパーで買い物してるさつきちゃんに会ったものだから、せっかくだからと思って」  
 嬉しいでしょー、何て母さんがカラカラ笑っている。  
「……」  
 ちらっとさつきを見ると  
「……」  
 我関せず、とばかりにみそ汁をすすっている。  
「……大介」  
「ん?」  
「……とって」  
「へいへい」  
 醤油を渡してやる。  
「ん」  
 さつきは黙々と食べ始める。  
「いつ見ても息合ってるわねぇ、あんたたち」  
「そうかぁ?」  
「……」  
 さつきはというと相変わらずのダンマリである。  
 ちなみに、さつきは普段からこんなノリである。  
 
 夕飯を終えて、まったりとテレビを見ている。  
 さつきは後片付けを手伝おうとしたのだが、  
「休んでなさいって」  
 という母さんの一言でおとなしく引き下がった。  
 というわけで、いま二人並んでテレビを見ているわけなんだけど……  
「……」  
「……」  
 お互いまったく会話が無い。  
 気まずいとかそんなんじゃなく、これが普段のオレ達。  
 さつきは、無口というか『寡黙』という言葉がぴったりなやつで。  
 オレもお喋りじゃないから、一緒にいるとほとんど会話が無い。  
 ちっちゃい頃なんか、同じ部屋で一日中、会話も無く本を読み合っていた事がある。  
 こんなさつきなのだが部活のときは喋る。  
 それはもう喋るし、大げさな身振り手振りもするし、すごく可愛い笑顔だって見せる。  
 ちなみに、演劇部だからなのだが。  
 だが、オレの前では、部活で見せるような表情はしない。  
 いまみたいに無口で無愛想で……  
「……」  
 オレって、嫌われてんのかね?  
 クテッと不意にさつきがもたれかかってきた。  
「んぉ?」  
「……」  
 静かに寝息をたてている。  
「あら? さつきちゃん寝ちゃった?」  
 母さんが手を拭きながらやってきた。  
「客間に布団敷いて、寝かせてあげなさい」  
「……いいのかよ?」  
「なんなら、あんたの部屋でも良いわよ」  
「おいっ!」  
 親が不純異性交遊を促進させてどうする!!  
 
 母さんが深い深ぁい溜息をついた。  
「まったく、このヘタレが。  
 男だったらガッツンガッツン行っちゃいなさい」  
「どこにだっ!」  
「……ん〜」  
 さつきが呻く。  
「……」  
 起きる気配は無かった。  
「いま、ホッとしただろう〜?」  
「う、うっせえ」  
 母さんがニヤニヤと笑っている。  
「ほら、とっとと運びなさいって。  
 夏姫(さつきのお母さん)にはあたしから電話しとくから」  
 結局、有無を言わせずに押し切られてしまった。  
 眠ってしまったさつきを抱き上げて、部屋に運ぶ。  
 言っておくが、ちゃんと客間であってオレの部屋ではない。  
「……」  
 と、溜息をついた。  
 自分の臆病さに嫌になってしまう。  
 今だって、「母さんに言われたから」なんて自分に言い訳している。  
 本当はすごく嬉しいのに。  
 さつきと少しでも一緒にいられる時間ができた事、こうやってさつきに触れていられる事に。  
「……」  
 言い訳無用で、ヘタレだよなぁ、やっぱし。  
 
 客間に布団を敷き、さつきを寝かす。  
「……ん〜」  
 さつきは軽く身動ぎをしたけど、起きそうに無かった。  
 やや乱れた前髪を整えてやる。  
「……」  
 暫くさつきの寝顔を見つめる。  
 いつからこいつに惚れちまったのやら……  
 きっかけは間違いなく、去年行われた演劇部公演。  
 そこにはオレの知らない、今まで見たことのないさつきがいた。  
 どの出演者より、主役よりも、オレにはさつきのほうが綺麗に見えた。  
 ずっと一緒だったさつきの、まったく気づきもしなかった一面を見せられて、  
 それから、さつきのこと目で追うようになっていって……  
 気づいたらもう、引き返せないほどさつきのことを好きになってしまっていた。  
 何度もさつきに告白しようと思ったさ。  
 でも、その……さつきのやつ、オレの前だとまったく昔のままなんだよ……。  
 無愛想というか、素っ気無いというか、淡々としてる、というか……。  
 オレって、こいつにとってその程度の存在なのかなって思うと恐くて……。  
「はぁ……」  
 さつきは静かに寝息を立てている。  
 
 あまりに無防備な、その唇を凝視してしまう。  
「……」  
 そっと、指で触れてみた。  
 すごく柔らかい。  
 ゴクリ、と唾を飲む音がやたら大きく聞こえる。  
 オレは、ゆっくりとさつきの唇に顔を寄せて……  
「……」  
 危ういところで我に返った。  
 とっさに自分の頬をぶん殴る。  
「つぅ〜」  
 意外と大きな音をしてしまった。  
 けど、さつきは相変わらず起きなかった  
「……」  
 我ながら、なんてアホだ……。  
 二三度首を振ると、部屋を出ることにした。  
「おやすみ、さつき……」  
 静かに襖を閉じると、オレは自室に戻るのであった。  
 
 
 ………………………………………  
 静まりかえった客間。  
 寝ているはずのさつきの口が、微かに動いた。  
「…………………………………………………………ヘタレ」  
 無論、その言葉がオレに届くはずなかった。  
 

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