この日、さつきに告ろうと決意した。  
 
「延ばせば延ばした分だけ、幸せが遠くなっていくぞ」  
 
 何て、龍に脅されたからじゃないぞ。  
 ……たぶん……きっと……  
 と、ともかくっ、オレはさつきに言うんだっ、絶対っ!!  
 たとえ玉砕したって……したって……したって……  
 
「ま、これで砕け散ったら、残りの学園生活ずっと欝になるけどな」  
 
 うっさいわっ!!  
 
 なのに……  
 こういう日に限って、さつきと二人っきりになるチャンスが全然無いのである。  
 登校も別々だったし(普段は一緒になる事が多い)  
 休み時間はあっという間だし、  
 昼休みではさつきの姿を見失うし……  
「……」  
 き、今日は日が悪いのかな……あ、明日に……  
 て、ダメだダメだっ!!  
 今日するって決めたら今日じゃなきゃ、ダメなんだ。  
 決心が鈍らねぇうちにしなきゃ、オレって人間はこの先絶対告れねえっ。  
 
 そういうわけで、オレは部活を終えた後、さつきが来るのを待っていた。  
 さつきが部活を終えるのも同じくらいだし、それから家に着くまでは誰の邪魔も入らない。  
 そういうわけで、校門脇で緊張しつつ待ってるんだけど……  
「お、遅え……」  
 とっくに部活は終わっているはずだ。  
 さっき、演劇部の見知った連中が帰るのをオレは見ているし。  
 仲間とくっちゃべってるのか……?  
 ああ……せっかく  
『たまたま同じ時間に部活が終わったから一緒に帰ろうぜ』ていう計画だったのに……  
 これじゃ明らかにさつきを待ってたとしか……  
「……」  
 こ、こんな姑息な事考えてるから、オレって奴はダメなんだあああああああああああああっっっ……  
 
 なんて、一人でアホな事をして悶々としてたんだけど……  
「……」  
 さつきの奴、遅すぎないか……?  
 最終下校の放送はとっくに流れた後だ。  
 演劇部公演間際でもない限り、こんなに遅くなるなんて絶対に無いはずなのに……  
「……」  
 胸騒ぎがしてきた。  
 何かあったのか……それとも入れ違ったのか……  
 オレは校舎に向かった。  
 だんだん胸騒ぎがひどくなってくる。  
 そして忌々しい事に、こういう時の勘は何故か良く当たるのだ。  
 
 昇降口の前に着いたところで、  
「さつきっ!」  
「あ……」  
 良かった、さつきはいま靴を履こうとしているところだった。  
「大介……どうしたの?」  
「え、あ、いや……」  
 オレは口篭ってしまうと、  
「……待ってて、くれたんだ」  
「べ、別に……」  
 何か言う前に、ズバリ言われてしまった。  
 言い訳しようと思ったんだけど  
「……」  
 何だろう……? さつきの様子がちょっとおかしい……。  
 オレを見てホッとしてるというか……。  
 結局、  
「……ま、まあ、そんな事より、帰ろうぜ」  
「……うん」  
 強引に話を逸らして、さつきに帰りを促すのだった。  
 
「……」  
「……」  
 二人、黙々と歩いている。  
 お互いに会話が無いのは今に始まったことじゃない。  
 オレはというと、告ろう告ろう、と思ってさつきを横目で見るんだけど……  
「……」  
 ダメだ、何というかタイミングが掴めない。  
 それに、先程からさつきの様子がおかしい。  
 ボーっとしてるというか、上の空というか……  
 だけどこのままじゃラチがあかねえ。  
 家の近所の公園前まで来たとき、オレは意を決して、  
「さつき」  
「大介」  
 ……………………  
 何で、二人同時になんてベタな事をしちゃいますか、オレ達。  
「あー……さつきからどうぞ」  
「大介からで、いい……」  
 オレ達の間に沈黙が降りる。  
 オレは、さつきの顔をじっと見つめて、  
「さつき、その……何かあったのか? さっきから様子がおかしいけど……」  
 
 って、何を言ってるんだ、オレええええええええええええええええええっっっ!!  
 
 自分で自分にツッコミを入れるけど、もう遅い。  
「まぁ、言いたくないなら別に……」  
「大介……」  
 さつきが、ポツポツと喋りだした。  
「うん……」  
「さっき……部活の後で……」  
 
 さつきの表情は困ったような、途方にくれたような、  
 オレはこんなさつきを見るのは初めてである。  
「どうかしたか?」  
「うん……その……先輩に、告白された……」  
「……は?」  
 
 告白された……された……された……  
 
「な、な、な……」  
 なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっっ!?!?  
 
「ど、ど、どこのどいつだっ!!」  
「だ、大介……?」  
 さつきがオレの剣幕に驚いている。  
「あ、わ、わりい……その……」  
「……」  
 オレは息を整えた。  
「だ、誰なんだよ、そいつ……」  
「だから……部の先輩……」  
「先輩、ね……ん?」  
 あれ……? えっと……?  
「あ、あのさ……先輩って、演劇部の、だよな……」  
「……ん」  
 さつきが頷く。  
 いや……でも……演劇部って……  
「女子しかいないはずじゃ……」  
 オレはさつきの顔を見つめた。  
「……」  
 マジかよ。  
 
「うぁ……」  
 思わず目まいがした。  
 さつきがさっきからボンヤリしてた訳が分かった気がする。  
 第3者のオレでもよろめきたくなるのだから、さつきが受けた衝撃は相当なものだろう。  
「じ、冗談とかじゃないのか? からかわれたとか……」  
 さつきがげっそりとした表情でオレを見た。  
 
「それだったらどんなに良いか」  
 
 と、言葉以上に目が雄弁に物語っていた。  
「マジモンの告白?」  
「……ん」  
 さつきが頷く。  
「その人、副部長なんだけど……完全にそのケの人で……部じゃ有名……」  
「副部長って……髪の長い、背の高い人だったか?  
 去年の公演で、女子からキャーキャー言われていた……」  
「……ん」  
「そ、それで……お前、何て答えたんだ?」  
 これで、『告白を受けた』なんていわれた日には……。  
「後で……返事をしますって……。  
 今は頭がパニクってまともに考えられないからって……」  
「……」  
 口には出さないが、その場で断れよ、ってオレは心の中で呟いていた。  
 我ながら身勝手だとは思う。  
「私……私ね……その人のこと……  
 部の仲間とか、先輩後輩とか……そういう意味では好き……。  
 でも……」  
 
 言うまでも無いが、そっちのケはさつきには無い。  
 が、さつきはポツポツと喋りだした。  
 その人には入部当初からすごく面倒を見てもらったこと、とか  
 すごく尊敬してる人だ、とか  
 これで断って、今後部内で気まずくなったりしたら、とか……  
 
 さつきはまだ混乱しているのか、心の整理がつかないのか、  
 何度も同じ事を口にしたり話題が戻ったりと、話がなかなか進まない。  
 オレは辛抱強くさつきの話を聞いてたんだけど……  
「……」  
 次第に腹が立ってきた。  
 いや、当然さつきに対してではない。  
 今日という、一大決心をしたそんな日に  
 こんなとんでもないイベントというかトラブル、を用意しやがった運命というか  
 そういうものに対して猛烈に腹が立ってきた。  
「それで、それで……」  
「さつき」  
 オレはさつきの言葉を遮った。  
「……」  
 さつきはオレを見つめた。  
 オレもさつきを見つめ返す。  
「お前は、その人のこと……そっちの意味で、好きなのか?」  
「……」  
 さつきは頭を振った。  
「なら……」  
 オレは毅然と言い放った。  
「断っちまえ」  
「……」  
「好きじゃないなら断ればいい……つーか、絶対断れ」  
 
「……」  
 さつきが怪訝な顔を俺に向けた。  
 何でオレにそこまで言われなくちゃならない、と書いてある。  
「大介……なんで……」  
 
「オレはお前のことが好きだからだ」  
 
 言った。  
 言ってしまった。  
 もう止まらない。  
「ちょ……だい、すけ……?」  
「オレは、オレの方がさつき、お前のことが大好きだからだ」  
 あまり感情を表さないさつきが、思いっきり狼狽している。  
「ちょ、ちょ……じょ、じょう……」  
「冗談なんかじゃないっ!   
 女なんかに、いや、他の誰にも、さつきを渡したくないっ!!」  
 オレの口調が次第に激してくる。  
「な、な……なんで、きゅうに……」  
「急なんかじゃないっ!! ずっと……ずっと前から悩んでた。  
 言おうと思って、でも、決心つかなくて……。  
 だから、今日絶対言うんだって。それで、お前が来るのをずっと待っててっ!!  
 だっつうのに、何でこんな相談受けなくちゃなんねえんだっ!!」  
 …………………………  
 我ながらとんでもない告白だと思う。  
 後になって思い返せば返すほど、恥ずかしくて死にたくなってくる。  
 が、この時は完全に頭に血が上っていた。  
「えと……その……ごめ……」  
「別にさつきに怒ってるわけじゃないっ!!  
 オレは……オレは、ただ……」  
 
 この時点で、ようやく俺の頭は冷めてきた。  
 そして、たぶん、この時の今度のオレは顔面蒼白になってたと思う。  
「ぅぁ……」  
 オレは……オレってやつは、何つー事を……。  
 他にも言い様ってもんが……いや、そんなことより……  
「さつ、き……?」  
 恐る恐るさつきを見る。  
 さつきは……  
「……」  
 完全に固まっていた。  
 目を見開いて、口をポカンと開けて……  
「あの……さつき、さん……?」  
「……」  
 さつきは、突然回れ右をするなり、  
「はやっ!?」  
 猛ダッシュでオレの視界から消えたのだった。  
 オレは……  
「……」  
 後を追えなかった。  
「……」  
 オレってやつぁ……オレってやつぁ……  
 ……すっげえ欝だ……  
 
 それから、どうやって家まで戻ったのか、記憶に無い。  
 夕飯も断り、部屋のベッドにうつ伏していた。  
「……」  
 思い返すほど、恥ずかしさやら後悔やらが湧き出てくる。  
 オレなんかに相談を持ちかけるくらい混乱してたさつきに、  
 さらに追い討ちをかけるようなことをしてしまって……  
 他にも言いようがあっただろう、とか  
 今日じゃなくて、後日でも良かったじゃないか、とか  
 そもそも告ろうとしたこと自体間違いだったんだ、とか……  
「うわぁぁ……」  
 明日からどんな顔してさつきに会えば良いんだ……。  
 そんな、後悔の念に苛まれながら、オレは何時の間にかまどろんでいった……。  
 
 ………………………………  
「う……」  
 寝苦しくて目が覚めた。  
 嫌な夢を見ていた気がする。  
 まあ、飯も食わず、着替えもせず、部屋の明かりもつけたまま。  
 では寝苦しいのも当然か……。  
 オレはゆっくりと部屋を見渡して、  
「うわあぁっ!?」  
 危うくベッドから転げ落ちるところだった。  
 いや、だってその、さつきが、さつきのやつが  
 ベッドのすぐ横で正座して俺の顔を覗き込んでいるものだから。  
「さ、さ、さつきっ!?」  
 すっげえ心臓に悪いぞ、おいっ。  
「ん……おはよう……」  
 いつもの、ごく淡々とした口調。  
 
「い、いつからここに?」  
「……9時。おばさんに上げてもらって」  
 ちなみに、今は11時。  
「起こせよ」  
「……ん」  
 つーか、こんな時間になっても帰さんのか、うちの親どもは。  
 いくら幼馴染みだからって……  
 いや、まあ、そんな事より……  
「……」  
「……」  
 二人して、沈黙してしまう。  
「あ、あの、さ……」  
 さっきのこと……なんて言えばいいんだ?  
 ごめんて謝るべきか、あれは全部冗談とでも言えば良いのか……  
 えっと……  
「……」  
 言葉が続かなくなったオレに、さつきは  
「……びっくりした」  
「……」  
「……本当に驚いたんだからね……」  
「う……」  
「ただでさえ混乱してたのに、急にあんなこと言われて……」  
 まったくもって、さつきの言うとおりなわけで  
「その、ごめ……」  
 謝ろうとするオレに、  
 
「ここに来る前に、先輩に電話した」  
「……」  
 俺の言葉を遮り、さつきは淡々と言う。  
「『ごめんなさい』って。『そう言ったお付合いはできません』って」  
「あの……さつき……オレの言葉、そんなに真に受けんでも……」  
 ぶんぶんと、さつきは強く頭を振った。  
「それで……それで、ね……」  
 まだ、何かを言おうとするさつきの前に、オレは沈黙する。  
 
「『私には、もう、好きな人がいます』って」  
 
「……」  
「……」  
 …………………………  
 さつきが、オレを、上目遣いでじっと見つめている。  
 オレは、ちょっとたじろぎ、そして  
「……さつき」  
 しっかりと腹を据えた。  
 ベッドから降り、さつきの前に正座して向き合う。  
「改めて……オレは、ずっと前からさつきの事が好きなんだ。  
 ……オレと、付き合ってほしい」  
 さつきは俯き、ややあって顔を上げて、  
「私も……私の方が……もっと前から大介の事、大好きなんだから」  
 そういって、涙と一緒に笑顔を浮かべるさつきの顔は、  
 オレの知るかぎりで一番の笑顔だった。  
「……さつき」  
 喜びとか、幸福感とか、とにかくいろんな感情で、胸が一杯になる。  
 オレはたまらず、さつきを抱きしめた。  
「……ん」  
 さつきは黙ってそれを受け入れてくれる。  
「さつき……さつきぃ……」  
「大介……」  
 さつきの体はすごく華奢で、柔らかくて、良い匂いがして……  
 まあ、さすがに、親のいる自宅でアレまでしようとは思わないけど……  
 キスぐらいなら……  
「さつき……その……」  
 じっと、さつきの顔を覗き込むと、さつきは……青ざめていた。  
 
「大介……後ろ」  
「うし、ろ……?」  
 壮絶に嫌な予感がして振り返ると案の定  
「か、母さん……おばさんまで……」  
 オレ達の母親ーズが、ものすんごい笑顔を浮かべて立っていた。  
 
「帰りが遅いから迎えに来てみれば……」  
「いいもん、見させてもらったわぁ〜、だ〜い〜す〜けぇ〜♪」  
 
「あ、あははははははははは……」  
「……」  
 もう、笑うっきゃねえや、こんちくしょう……。  
 
 こうしてこの日、オレとさつきは幼馴染みから恋人同士となった。  
 その日のうちに親バレというオマケつきで。  
 
 

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