「というわけで、私たちは温泉旅行に行ってくるから、あんたはお留守番ね」  
「いきなりだな、おい」  
 GWに入る3日前のことである。  
 夕飯時にいきなり母さんに言われた。  
「お父さんと二人っきりでイチャイチャするんだから、あんた邪魔」  
「実も蓋もねえな、おい」  
 まあ、別にいいけど。  
 いまさら親と一緒に旅行って年でもねえし。  
 それにGWは部活があったりと、どっちにしろ余裕なんて無い。  
「ま、そういうわけだから気楽な一人暮らしでも満喫してなさい」  
「へ〜い」  
 それから、火の元注意しろーだの、ちゃんと飯食えよーだの、耳たこなくらい言われて、そして  
「あー、そうそう」  
 母さんがわざとらしい声を上げた。  
「夏姫達も旅行だって。さつきちゃん、一人でお留守番らしいわよ〜」  
 にやぁ〜と母さんが笑う。  
「……だ、だから何だよ」  
「……」  
 ふっふーんと母さんがオレを見て笑っている。  
「心配よねー。年頃の女の子が一人でお留守番だもんねー」  
「……さつき、旅行に行かないのかよ」  
「あんたと同じ理由。部活だって」  
「そうかよ……」  
「誰か信頼できる人が側にいれば安心よね〜」  
「おい……母さん……」  
 
 つーか、裏で示し合わせてないか、あんたら。  
 
「父さん……何か言ってくれよ、このダメ母に」  
 先ほどから静かに食後のお茶を啜っていた父さんは……  
 
「大介……男になって来い」  
 笑顔とサムズアップをオレに送ってよこした。  
「……」  
 
 オレの両親、揃ってダメ人間です。  
 
「お前らっ! 子供に不純異性交遊を進めてどうすんだよっ!!」  
「……何の気兼ねもなくさつきちゃんとイチャつけるチャンス、本当に嬉しくないの?」  
「すっげえ、嬉しいっすっ」  
 
 しまった、つい本音が。  
 
「あんた……やっぱりウチの子ねぇ」  
「そうだな」  
「……」  
 ……すっげぇ敗北感……。  
 
「なんて事があった……」  
『……』  
 夕飯後、さつきと携帯電話で話していた。  
 あれ以来、夜電話でいろいろお喋りするのが日課になっている。  
 ちなみに、オレとさつきの家は三軒ほど離れているのでさすがに、  
   
 窓を開けたらこんにちは  
 
 ではない。  
『私も……けしかけられた……いろいろ……』  
「そ、そっか……あはははは……」  
 もう、乾いた笑いしか浮かばない。  
 
「まあ、なんだ。バカ親ーズのお膳立てに乗っかるのもなんか癪だし」  
『……』  
「ご飯くらいは一緒に食べるとして……後はまあ、その……」  
 
 そういや小学校の低学年くらいまで、頻繁にお互いの家に泊まり合ってたっけ。  
 本音を言えば、二人でずっと昔のように、それこそ一日中一緒にいたいけど……  
 でも、さすがにそれは……オレたちはもうあのころのような無邪気な子供じゃないわけで。  
 泊まるということがどういう事になるか、もう、言うまでもないわけで……。  
 
『……』  
「あの……さつき、さん?」  
『……』  
 さつきはさっきから全然喋らない。  
「……そのさ、お前、オレんちに来たい、とか……?」  
『……』  
「ま、まさか、な。あはは……」  
『うん』  
「はは……は?」  
『休みの間……ずっと、大介のとこに、行くから』  
「さつ、き……」  
『それとも……大介が私の家に来る?』  
「……」  
 オレは……まともに言葉を出すことが出来なくなっていた。  
「さつき……お前……」  
 本気か、といいかけて……  
『……お、お休みっ』  
 いきなり切られてしまって……  
「……」  
 オレは……  
 携帯を持ったまま、何時までもアホみたいに呆けていた……。  
 
 そうして、GW当日を迎えることとなる。  
 
 
 その日の朝。  
「それじゃあ、行ってくるから。さつきちゃんに迷惑かけないように」  
「……なんでさつきが来るって決め付けるんだよ?」  
「……」  
「ああ、もうっ! とっとと行っちまえっ!!」  
「大介」  
 父さんがまじめな顔で言った。  
「……父さんたちの寝室のタンスの一番上の段にあるからな」  
「何が?」  
「コンドー……」  
「お願いですから、もう行ってくれません?」  
 
 神様、涙が止まりません……  
 
 散々からかった挙句、楽しそうに腕なんか組んで出かけるウチの親ども。  
 まったくもって腹立たしい。  
 
 それから、入れ違うようにやってくるさつき。  
「……ん」  
「……やっぱり、来るんだな」  
「……迷惑?」  
「全然」  
 勝手知ったる何とやら、何時ものようにさつきは家に上がる。  
「……おばさん達に何か言われたか?」  
「ん……」  
 さつきの顔が徐々に赤く染まる。  
「……知らない」  
 さつきはそっぽを向くと、先に行ってしまった。  
「……」  
 からかられたな、散々……。  
 んでもって、さつきはそのまま  
「オレの部屋に来んの?」  
「……ダメ?」  
「いや、まあ……別に良いけど。  
 とりあえず何か飲みもん持ってくるから。適当にくつろいでてくれ」  
「……ん」  
 
 オレは台所から飲み物とお菓子を用意しつつ……  
「……」  
 何か緊張するな。  
 今までだってさつきは気軽にオレんち来てるし、二人っきりな時だって幾度もあったけど……  
 その……こ、恋人同士になって二人っきりというのは……  
「……うわぁ」  
 なんちゅーか、恥ずかしいと嬉しいが絶妙に混じり合って  
 ……転がりてえ。  
 弾みそうになる足取りを必死に押さえ、部屋に戻る。  
「うぃ、お待たせ」  
「……ん」  
 さつきは本棚を見ていた。  
「大介、本増えた?」  
「ん? まあ」  
 オレとさつきはかなり本を読む。  
 たぶん学校でもオレとさつきの読書量はトップクラスだろうという自信はある。  
「好きなの読んでいいぞ」  
「……ん」  
 さつきは適当に本を取り出すと、床に座り込んで読み始めた。  
 オレは苦笑して、  
「ほらさつき、今テーブル出すからそこで読め」  
「ん」  
 なんちゅーか……緊張してたオレが馬鹿みたいだ。  
 
 ……………………  
 二人して黙々と本を読んでいる。  
「……」  
 ちらりと顔を上げると、真正面に相変わらずの無愛想なさつきの顔。  
 何か今までとあまり変わらない関係……いや違うか。  
 昔のノリに戻ってきているというべきだろうか。  
 今でこそオレはバスケ、さつきは演劇部と結構身体を張った事をしているけど  
 昔のオレ達はあまり外に出ない子供だった。  
 お互いの家に行っても、やる事といえば二人で本を読んでいた。  
 夕暮れまで読みふけっていたことすらある。  
 で、見かねた親たちによって外に放り出されると  
 二人でそのまま市の図書館に行って閉館まで本を読む、そんな日々だった。  
 おかげで、活字離れという単語からかけ離れた最近の若者、となってはいるが。  
 それはともかく、オレが中学でバスケ部に入ったころからだろうか。  
 お互いの部屋にまで行き来しなくなり、一緒に本を読む事もなくなっていった。  
 程なくしてさつきも演劇部に入部して、お互い部活で忙しくなって、  
 ますます気軽に一緒にいることは無くなっていったのだ。  
「……」  
 そんな昔の事を思い出しつつ、じーっとさつきを眺めていた。  
「……なに?」  
 訝しげにさつきが顔を上げる。  
「別に……お前に見惚れてた」  
 からかうように言うと、  
「……馬鹿」  
 さつきが横を向いてしまう。  
 そんなさつきがとても可愛らしくて、ついニヤけてしまう。  
「……」  
 さつきが上目遣いでオレを睨んでくる。  
 そんなさつきがすごく可愛いと思ってしまうオレがいる。  
 何となく良い気分になってお茶を啜っていると  
 
「……大介」  
「ん?」  
 静かな口調で、さつきが話し掛けてきた。  
「……さっき本棚見てたら……こんなのが挟まってた」  
「ぶはっ!!」  
 思いっきりお茶を吐いてしまった。  
 さつきがテーブルに置いたのはDVDケース。  
 タイトルに『女子校生』だの『巨乳』だの『濡れ』だのが書かれた……。  
「いや、あの、その……」  
 さつきは冷たぁ〜い視線をオレに向けてくださりました。  
 あ、あうぅ〜……しまったぁぁ〜〜……  
 悪友から借りっぱなしのやつだ。  
 大量の本の中に紛れさすとバレないから、そのままにして忘れてしまったのだ……。  
「……他にもまだありそう」  
「な、ななな、何をオッシャイマスカ?」  
「……カバーと中身が違う本とか、ありそう」  
 ギクギクギクゥッッ  
「……」  
「……」  
 背中が冷や汗でべったりである。  
「次ぎ来るまでに処分すること」  
「ぅ……はぁぃ」  
 うぅ……もう、本棚は安全圏じゃないのね……。  
 
 …………………………  
 はあぁ〜……  
 なんかどっと疲れてしまった……。  
 べたぁ〜とテーブルに突っ伏すと、さつきが呟くように話しかけてきた。  
「……ねえ」  
「……ん〜?」  
「……それ……面白いの?」  
「……え?」  
 さつきは本に目を向けたまま訊いてくる。  
 それって、やっぱり……アレのこと?  
「いや、面白いとか……そういうのとはちょっと違うと言いますか……」  
 何故かオレ、敬語。  
「……」  
「……見たいの?」  
「……別に」  
「そっ、そーだよな……はは……」  
 二人、読書を再開する。  
「……」  
 だ、だめだ……集中できねえ……  
 本の内容が頭に入ってこない。  
「……ねぇ」  
 さつきに話しかけられた。  
「な、なに?」  
「……」  
 さつきはそれ以上何も言ってこない。  
 な、なんだろう……  
 不思議な緊迫感が部屋を支配してて……さっきから胸の動悸が止まらない。  
「……やっぱり、その……」  
 ようやくさつきが口を開き、  
「……見て、みたいかも……」  
「……」  
 
 オレ達、何をやってるんだろう……?  
 二人並んでテレビの前に正座してエロDVD鑑賞って……。  
「……最初から、見てみたい」  
「いや、あの……こういうのってストーリーもへったくれも無いぞ」  
「じゃあ……クライマックス?」  
「……」  
 嫌な表現だ。  
「ま、まあ、適当なところで……」  
 再生ボタンを押す手が震える。  
 やべえ……すげえ緊張する……。  
 初めてエロメディアを見たとき以上の緊張感に襲われる。  
 ちらっとさつきを見ると、きちっと正座してテレビを見ている。  
「じゃ、じゃあ……いくぞ」  
「……ん」  
 再生し、適当なチャプターに合わせると……  
 
 
『んっ、あ、あっ、はあぁっ!!』  
 
 
「……ぁ」  
「……」  
 もろ、直球ど真ん中なシーンでした。  
 さつきは一瞬息を飲み、ふぅと息をつく。  
 それから、オレ達は無言で鑑賞を続けた。  
 
『ん……んぅっ! スゴイの……スゴイのぉっ!!』  
 
 
 画面の中では文字通りクライマックスが近づいている。  
 チラっとさつきを見ると、俯きがちに顔を真っ赤にして、それでも画面を真剣に見ている。  
 うぁ……かなり、その……ヤバイ……。  
 このDVDよりも今のさつきの方が遥かに興奮する……。  
 
 
『ああっ、ダメッ、ダメエエエッッ!! あ、あ……はあああああああああああああああああっッッ!!』  
 
 
「……ぅぁ」  
 画面で、女優が絶頂を迎えて、そして……  
 
 
『ん……あむ……チュ……』  
 
 
 所謂、その……フェラなシーンなわけで……  
「……」  
 ほふぅ……とさつきがため息をついた。  
「……モザイク」  
「……モザイクしなきゃ、犯罪だろ……」  
 当たり前だけど、フェラシーンで男のアレが写ることなんて無い。  
 見たくも無いけど。  
 それを言ったら女のも写ることは無いわけで……。  
「な、なあ……もう見るの止めるか……」  
「……」  
「き、気分転換に外でメシでも……」  
「……」  
 さつきは画面を、フェラシーンをじっと凝視している。  
 それから、オレを見て、また画面を見る。  
「さ、さつき……?」  
 
 部屋の空気がなんだか粘っこく感じて、喉が乾いた。  
 いつのまにか、オレ達は見つめあっていた。  
「……ねぇ」  
「……」  
 さつきがおずおずと、口を開いた。  
「……大介の、見せて」  
「……う……」  
 微妙な沈黙が支配する。  
「だ、だったら……その……」  
 オレの意図を察したのか、さつきの顔が、真っ赤になる。  
「……ん……私も……見せる、から……」  
「……」  
 二人して顔を真っ赤にして俯いた。  
 いつのまにか、DVDが終わっていた……。  
 

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