それは人類がずっと待ちこがれていたものでしたが、やっとで、そして突然のお便りで
した。 かつてなんどか、人類が他の星に住む知的生命体に向けて送ったラブレターの
返信を、世界中の天文台や電波観測所が受信しはじめたのです。 最初は皆、半信半疑で、
「何かの間違いではないか」とか、「大掛かりなイタズラではないか」など、いぶかしげ
に眉をひそめたりしましたが、いろんな学者さんや、技術者の人たちが力をあわせて、
その返信─── 規則的な電波のパルスを解読していくうち、それが間違いなく宇宙
から送られてきている事や、
「私たちも、この広い宇宙で貴方たちのような知的生命体に出会えて嬉しい。これからも
連絡を取り合おう」
という、交際をOKしてくれる内容だと言う事がわかってきたので、人類は次第に、
まだ見ぬ星の人たちへの思いが強くなって、不信や不安を流していったのでした。
おおぐま座のラランド21185というちょっと素っ気無い名前の恒星。その星を回る
宇宙望遠鏡ハッブル三世でも確認できない小さな惑星。そこからの返信である事が
わかったあたりで、人類はさらに胸の鼓動を大きくしました。 何故かって?
そう。その星は地球からあまり遠くないところにあったからです。
遠くないといっても、8光年。光の速さで8年です。ですが、他の天体と比べれば、
格段に近い星なのです。 『逢いたい』と、みんなが思い始めるのも無理がありません。
太陽系のほとんどに、やっつけ仕事ながら足を伸ばしていた人類なら、
例えると日本の小学生が、必死にアルバイトをして旅行費を作り、アフリカの文通相手に
会いに行くくらいの労力で何とかなりそうだったのです。
今度はもっと大掛かりに、世界中から国籍、人種を問わず、いろんなエキスパートが
集まりだしました。 そして彼等は協力して、おおぐま座の人たちに逢いに行くための
方法を考えていきました。
なだらかな上り坂の、照明に満ちた明るいトンネルを思わせる廊下。
ブロックの境になるのだろうか、そこは廊下がふくれた形になり、ソファーと
自動販売機とがおいてある一種の休憩スペースとなっていた。
往来は少ない。今は一人の日本人女性がソファーに深く腰をおろしているだけだった。
「お疲れ様であります。どうぞ、これを」
通りすがったロケット担当の宇宙技師であるポポルスキーが、コーヒーの入った湯気の
立つ紙コップを手に言った。 ソファーの白衣の女性は、膝の上の書類に目を落としたまま、
手を差し出すだけでそれを受け取る。
「起きぬけでありますか」 大きな身体に不釣合いな笑みでポポルスキーが訊ねると、
「ええ」と抑揚の無い口調で彼女は返す。うなだれた際に肩へ掛かったポニーテールを
後ろに跳ね上げて、眼鏡のズレを治す仕草に、のったりとした疲労の色が覗える。
「名波女史はまだ、二人へのレクチャーが残っているのでありますか?」
「そうね、残っているといえば、残ってるんだけれど……」
名波女史と呼ばれたその女性は、その問いに小さく答えた。そしてすこし紙コップを傾け、
コーヒーを口にして続けた。
「そっちは、どう?」
「順調です。各機器の最終点検は終了し、目下射出に対しての問題は一切ありません」
「そう」 名波は、仰け反るようにして背に位置する窓に目をやった。
窓の先は漆黒の宇宙。赤い光を点滅させながら火星間定期便シャトルが横切るその先に、
太陽に照らされた半分の月が大きく、輝く。ガガーリンが宇宙に赴いてからおよそ
二世紀以上たった現在、もはやこの宙域は人類にとってのフロンティアではなかった。
大小さまざまな建造物が点在し、その合間を縫うように船が行き来する。
だが、ここ数ヶ月のせわしなさは、宇宙進出のブレイクポイントとして歴史に記憶されるに
違いなかった。 『ラランド・クルーズ計画』───
人類が初めて、物理的に地球外生命と接触する壮大な計画の、偉大な一歩として。
彼女達は計画の前線基地である宇宙ステーションに居た。その窓からの景色は、
一定の速度で右に流れ、程なく青い地球を背景に浮かぶ銀色の筒が姿を表す。
「思ったほど、大きくないのね……。 でも、流石ね。一年で形にしてしまうなんて」
人類の英知、太陽系中の資源を集結させ作りあげた計画の核。恒星間亜光速遣宙船
ラランドクルーズ号を目にして名波が声をあげた。その視線を見やって、ポポルスキーは
自信あり、と胸を張って答えた。
「若干無骨な作りではありますが、シンプルイズベストであります」
「そうね……。 私は、問題なくあの子たちをおおぐま座まで運んでくれれば、なにも
文句は無いわ。 あなたみたいね。無骨ってところが特に」
そう言われたポポルスキーは、かっ、と踵をあわせて敬礼をする。
「お褒めに預かり、光栄でありますッ!!」
「……そうじゃ、ないんだけど……」
名波はちょっと苦笑して、今度はぐっとコーヒーを飲み干した。
「コーヒー、ありがと。 仕事、してくるわ」
「はっ! あ、コップ捨ててきます」
「ええ。 ありがとね」
依然、直立不動のポポルスキーにコップを渡し、名波は
ゆっくりソファーから立ち上がった。 腰のあたりをぽんぽんと拳で叩き、すこし伸びを
した彼女は、気遣う瞳を向けるポポルスキーに少しの笑顔を向けて、
「コリオリ力のせいかしらね、ちょっと、身体のあちこちが凝ってるみたい」
と首を回す。
「あと少しの辛抱であります。70時間後には一段落つくでありますから」
「大詰めですものね。 お互い、頑張りましょ」
名波はそう言って、黒い髪のポニーテールを揺らしその場を後にした。
名波は、博士とか技師、ではなかった。言うなれば、先生だった。人類の送り出す
おおぐま座への親善大使、すなわち搭乗員に地球の成り立ちや人類史、果ては道徳観念など、
人類の代表せしめる知識を教育する役目を担っていた。 タイムスケジュールからすると、
もう全てのレクチャーを終了させ、あとは搭乗員の心理的なケアに留意するくらいのはず
だったのだが──
「名波女史、まだお仕事ですか」
廊下を歩く彼女に、インドから来た数学者のラジャが挨拶する。名波は軽く手を上げただけ
で無愛想にそこを通りすぎた。
ある考え事が、彼女の思考のほとんどを占めていたからだ。
──ああ、やはり、教えておくべきなの、かしら──
んー、と口を結んで、歩きながら思案するうち、狭い宇宙ステーションである。名波は
搭乗員が待機する部屋の前に付く。
「彼等の顔を見て考えるとしましょう……」
思いはまとまらぬまま、ドアが自動で開いた。
部屋の中には、誰も居ない。ただ、中心に位置するテーブルの上に、ドールハウスの
ようなリビングの模型があるだけだ。 名波はそれに近寄って、テーブルを指でとんとん、
と叩いて言った。
「メウイル、フィーネ、出発を目前に控えて、気分はどう?」
少しの間をおいて、返事があった。
「おはようございます。ママ」
「ママ、おはよぅ〜」
「二人とも寝てたの?」
小さなリビングの、右奥にある小さな扉。そこがかちゃりと音を立てて開くと、
淡いブルーの洋服を纏った小さな、人形のような少年と少女が姿を現した。
さて、「ロケットを飛ばして、おおぐま座の人たちへ会いに行こう」という計画を、
人類は打ち立てました。 目標ができると、けっこう頑張ってしまうのが人類です。
科学者が考え出した理論は、職人気質の技術者たちが形にします。
そのために必要な材料は、太陽系のいたるところから集められました。
いろんな人たちの、さまざまな努力のおかげで、どうやら、とても速く進むロケットが
作れそうなことは判ったのですが、ちょっと問題が生まれました。
誰が、このロケットに乗るのか、ということです。
これまでは、行ったことのない宇宙の探索には、まずロボットが使われていました。
ですが、この計画において、はたしてそれが適正であるかどうか、みんなは少し首を
かしげました。 知的生命体に逢いに行くのだから、やはり人類の代表が、大使として
行くべきではないか、という考えからです。 ですが、ロケットが安全におおぐま座に
到着したとしても、長い時間がかかるのは間違いありませんし、おおぐま座から地球に
帰ってくる事も、できるかわかりません。
やっぱり、人間をロケットに乗せるのはとり止めになりました。
そのかわり、人類はある方法を採用したのでした。
それは、極めて人間に近い有機ロボットを、ロケットの搭乗員にしよう、というもので
した。いや、極めてという言い方は違うかもしれません。 なにせ、その有機ロボットの
大きさは、人間とくらべて、とても小さく設定されたからです。
それには訳がありました。搭乗員を小さくする事によって、必要な装備がコンパクトに
なるので、ロケットの性能がより安定するのです。
地球で、宇宙で、さまざまな所でロケットの製作のため準備が始まったころ、時を同じく
して、アメリカのとある研究所では、二組の小さなセラミックの骨格が完成していました。
それは、少し大きめの、乳白色の液体が入ったビーカーに、静かに入れられました。
それから、小さじ一杯分の魔法の粉── といっても、ナノマシンが、さらさらと
混ぜられました。 骨格に埋められたマーカーを頼りに、ナノマシンは人工たんぱく質を
決められたとおりに組み上げていきます。
一日のうちに乳白色の濁りは薄まり、二日、三日と日を進めるうちに、ビーカーの中に
満たされていた溶液は、澄んだ無色の水となり、最初に入れられた骨格は、小さな
男の子と女の子になっていたのです。
身長が10センチほど二人でした。 褐色の肌、黒いくせ毛の男の子は、アフリカ系と
アジア系の人たちの特徴を多く含んでいました。男らしいりりしい顔立ち、締まった
体つきに、よく発達した筋肉は、オリンピックに出場するアスリートを思わせていました。
そして、白い肌にブロンドの髪の、とてもやさしそうな顔の女の子は、中世ヨーロッパの
絵画の中の裸婦像のようで、美しく健やかでした。
この二人が、科学が産んだ人類の代表なのです。 男の子はメウイル、女の子はフィーネ
と名づけられました。 ですが、この二人、まだ頭の中はからっぽ、人間の赤ん坊と
同じです。 ですから、教育が必要です。
名波女史は、研究員としてその場に居ました。 かつて日本の小学校や、障害のある
子供達の先生をしていた事のある彼女は、この科学の子らの精神的育成の担当で、
二人の先生に選ばれていたのでした。
それからというもの、名波女史は一生懸命に、二人へさまざまなことを学習させて
あげました。それはつきっきりで、コンピューターの力を借りながらでしたから、
二人はどんどん、おりこうになっていきました。
名波女史はいつも二人と一緒でした。地球上のさまざまな自然遺産や、文化遺産を一緒に
見に行ったり、サッカーのワールドカップでは、おそろいのフェイスペインティングを
したりしました。 三人でいろいろな国の偉い人や、普通の人や、子供たちと会いました。
美味しいごはんを食べたら、三人はニコニコしておかわりをしました。
面白い映画を見たときは、三人で笑いました。 名波女史が、悲しい小説をメウイルと
フィーネに呼んで聞かせると、気が付くと三人とも涙を流したりしていました。
いつしかメウイルとフィーネは、彼女のことを親しみを込めてママと呼ぶようになって
いました。 同じように、名波女史も結婚はしていませんでしたが、この二人がにとても
可愛く思えて、本当の母親のような優しい気持ちで、接していったのです。
「さっき、ポポルスキーが言ってたわ。君たちのロケット、準備万端だって」
名波は椅子を寄せて、テーブルに少し身体を預ける姿勢をとって腰をおろした。
「そうでなきゃ困ります。失敗したら、僕等はなんのために生まれたんだか。ねぇ、フィーネ」
「そうよぅ。 失敗したら、ママたちの事、恨むからね〜」
彼等専用の小さなソファーに並んで座って、メウイルとフィーネはおどけた口調で
名波に言った。 本来ならば、名波はこの時点でネガティブな思考を誘発させかねない
話題を、すぐさま切り替えなければならない教育上のプログラムを把握していたが、
名波に杞憂は無かった。彼等の性格、思考は十二分に理解しているという自信が、
自然体な対処を名波に選択させる。
「ふふ。 そうねぇ。 まぁ安心して頂戴な。人類の科学力で、ロケットに乗って
目が覚めたら、ラランドの重力圏内まで途中下車無しで連れてってあげるわ」
名波は目を細めながら二人に語りかけ、笑顔を付け足した。 アカシックスマイル──
この優しく柔らかい笑みは、統計的に対象者の心理的な落ち着きを強くもたらすという。
名波はそういった細やかな表情にまで気を配り、彼等に接する術を心得ている。
だが。 少しだけの懸念。さっきからのそれを、どうすべきかの迷いが名波の心を
よぎった。
「これからですよね、ママ。 僕等が出発のための凍結睡眠に入るの」
メウイルの声は名波に届かなかったらしい。 首をかしげ、フィーネがさらに声をかける。
「ママ、どうしたの」
「……っ、あ、ごめんなさい。 うん。で、何?」
「おかしいね。ママ。 僕等になんか、隠し事でもあるの?」
「あっやしぃ〜」
フィーネはにやにやしながら名波を指差した。
「やだ、本当に隠し事なんて……」
「いや、ママおかしい。じゃぁこうしよう」
メウイルは少年の強引さで、名波に言った。
「僕等も隠し事を言うから、ママも正直になってよ」
「え?」
メウイルの言葉に名波は驚きを隠せなかった。 かつて彼等が、名波に隠し事をしたこと
など、一度も無かったからである。 そして何故か、意を決したメウイルの隣りの
フィーネは頬を赤くして、俯いた。
「実はね、ママ。 一週間くらい前のことなんだ。 ベッドで日記を書き終えて、僕は
横になってさ。うとうとしてた。 で、しばらくしたら隣りのベッドで寝てる
フィーネが、ちょっと苦しそうな声を上げたんだ」
その言葉を聞いて、名波は青くなる。 彼等の性格からすれば、計画の遂行がまじかに
控えている今、体調不良など無理をし黙ってしまう可能性は十分にありえる。
迂闊だったわ、と名波は自身を責めた。 だが、今はフィーネの状態がどうなのか、
すぐさま把握する必要がある。
「本当? フィーネ、どこか具合が悪いの?今、マトゥザレム先生を呼ぶわ。
一度、スキャンしてもらって」
「……ううん。 ママ、違うの」
俯いたままフィーネは言った。
「私、具合悪いんじゃないの。 メウイルに、見られちゃっただけなの」
「ちょっと、まって? 見られたって何を?」
名波は、彼等が何を言いたいのか、まるで判らなかった。
素早く、今までの経験則から二人の真意を読み取ろうとするも、皆目見当がつかない。
そのクエスチョンにメウイルがフィーネの替わりに答える。
「まぁ、その」
若干、口篭もりながら、
「オナニーだよね」
「うん……」
「──っ?! え、あ、う、うそ」
衝撃的な告白。 彼等に、性的な衝動が存在する
というの? 資料に、そういった記述はあった? 軽いパニックに陥りそうな彼女に、
メウイルは困った顔をして立ち上がった。
「ごめんママ。驚かないで」
さらに。
「ぅんとね、その時、メウイルにばれちゃって、私、凄く、恥ずかしかった」
フィーネが続ける。
「でも、逆に聞いたの。『メウイルの、するの?』って」
そう言って、傍らに立つメウイルの手にフィーネは腕を伸ばしてきゅっ、と掴んだ。
「そう。僕も、した事あったんだ。 オナニーをね」
フィーネを見やってから、メウイルは言った。
「ママの隠し事って、こういったことなんじゃない? 僕らはママには内緒で、
ライブラリーを調べたんだ。 コンピューターを操作して、エッチな事を検索した事を
バレないように」
メウイルは易々と大それた事を言ってのけた。 表情を穏やかにし、二人に緊張を与えない
様に気をつけていた名波だが、
「う、うん……」
と、頷くのが精一杯だった。
完全に見透かされていた。 名波の懸案とは、おおぐま座に旅立つ二人に「性愛に関して」
の事項を教えるべきか否か、だったのである。
彼等二人は、巧妙に、人間に模して作られている。 製作時に使われたナノマシンが
細胞で言うところの核となり、人造細胞が組織、器官を構成している。
それらは人間の生理現象を忠実にトレースしているのだ。 しかし、脳の一部や、
生殖細胞までもが、完全に『擬態』しているかまでは、観察によって把握するしか
なかったのある。 ただ、今はっきりしたことは、彼等に性的衝動があるということだ。
「メウイルの、言うとおりよ……。 そういうこと、教えるべきか迷ってたわ……」
名波の言葉に、メウイルは安堵の表情で言う。
「良かった。 もし、僕の勘が外れてたら、恥ずかしい思いしただけ損だもんね」
しかし、『オナニーをしていた』という事実は名波に強い衝撃を与えた。 それは
母親が、自分の子供の性的熟成を目の当たりにした時に感じる困惑である。
そして、ともすれば、というIFを名波は連想した。 この二人、もしかして───
思案に耽る名波の耳に、フィーネの声が響く。
「ねぇ、ママ。 Hな事しちゃった私たちって悪い子かなぁ……」
「そんなこと、無いわ」
落ち着いて、名波は頭を切り替えた。年頃なのよ、人間のティーンエイジャーとなんら
変わりない精神を持っている二人なら。
「ママだって、したことあるもの。気持ち良かった?」
と笑ってフィーネに返す。
「うん……」
フィーネは頷いて、メウイルに言った。
「見せ合いっこもしたよね」
「ええっ……? じゃ、」 メウイルが名波の言葉を遮った。
「セックスは、まだしてないよ。ママ」
再び、名波の思考を先読んだ形で、しかも、
「でも、これからするんだ。 僕はフィーネと話し合って、二人のセックスをママに
見てもらおうって、決めたんだよ。 いいよね、ママ?」
会話の主導権はメウイルに握られていた。 言葉無く頷く名波の前で、メウイルとフィーネ
は、淡いブルーの洋服をいそいそと脱ぎ出していた。
名波は両の手を水を掬う形にして、テーブルの上に置いていた。 それは二人の要求で
あった。 急ごしらえのベッド─── 名波の手の上で初体験をしたい、という二人は、
名波の右の親指を枕にして、横たわる。
最早、名波は二人に声をかけることは出来なかった。ただただ、自身の掌の上で行われる
メウイルとフィーネの性交を見届けるのが、彼等の教育に携わった自分の使命なの
ではないか、という気さえ起きてくる。 名波はふと思った。 愛の営み、そうである。
二人にDNAは存在しない。すなわち、子を成すことは不可能である。
純粋な性的快楽を得る手段としてのセックス。 それは卑しく、はしたない行為か?
それは違うと、名波は強く思った。 パートナーと深くわかり合いたい。 パートナー
とだから、一緒に気持ち良くなりたい。 そう思うのは人として当然の帰趨ではないか。
名波の困惑は依然として頭の片隅に残っていたものの、半面嬉しく思える感情が
芽生えているのを感じた。 メウイルとフィーネがここ数ヶ月の間に、いつも身近に
いる友人同士という感情から、ともに好意を抱いてるという状態にステップアップした
事を名波は日記や日々の仕草から感じ取っていたからである。
だったら、これは、当然なのだ。 名波はそう結論した。
「フィーネは柔らかいね……。 マシュマロみたいだ」
「うン……」
フィーネの身体に半身をかぶさる形で、メウイルは片手を何処となく這わして言った。
「メウイルの身体はごつごつしてるね。私と全然違うのって面白い……」
「そうだね。 これが、男と女の違いなんだろうね。 だからほら」
「ぁぁッ……」
「おっぱい、ふくらんでてその先っちょは気持ちいいポイントだよね?」
「う、うん……」
お腹を擦りあげていた手をそのまま上に滑らせて、メウイルはフィーネの胸のふくらみ
にあてがった。そして人差し指と中指で、小さく可愛らしい乳首を挟みこんだ。
「あぅ…そう、気持ちいいの……」
「見せ合いっこの時、くりくりって、やってたよね」
かつて見たフィーネの自慰を
真似ているのだろうか、挟む指に動きを与えた。
「ぁぁ、う、ぅ」短い嬌声。
性感帯は人間のそれと遜色なく存在しているのだわ、と名波は注目した。
「私ばっかりじゃ、不公平よぅ……」
横這いのメウイルの股間に、フィーネがそっと手をあてがう。
「私だって、見てたもの。 この棒をごしごしするとイイんでしょ?」
「…、う、あ、ごめんフィーネ強すぎっ」
「え? や、やだ……ごめんなさい」
屹立する男性器を握り締めたフィーネは、『強くした方が気持ちいいのでは』という錯覚を
持って、渾身の力を込めていた。 メウイルは苦笑いしながら、フィーネに言う。
「フィーネになら、触られてるだけでも気持ちいいんだ」
「不思議。私もそういう感じかも」
そういってフィーネはメウイルの胸に顔を寄せる。
「肌と肌が触れ合ってるだけで、すごく、落ち着くね」
「僕もそう」
メウイルの手が、今度はフィーネの下腹部に伸びた。体毛の無いフィーネのスリット
に、指がそっと、あてがわれる。
「ここは、もっといいんだよね。このあいだはフィーネ、ここを触ってびしょびしょに
なってた……」
「ぅん。 でもやだ、すごく、恥ずかしい……」
身を少し捩って、見つめるメウイルからフィーネは顔を反らす。
「触られるのやだ?」
「や、じゃないけど……(ちゅく)ひ、ぅぅ」
指はスリットに沿って擦りあげられる。 フィーネのあわせた太腿が、すこしもじもじと
動いた。
「やじゃ、ないけど、なんか、(ちゅ、ちゅつ……)ん、ン、怖い、かも」
愛撫を止めず、
「大丈夫。僕を信じて?」
メウイルは優しく言いフィーネの乳首に唇を寄せる。
「は、ぅぅンッ!」
舌で転がして、一度、二度吸って、息継ぎ、
「ぷは、フィーネのこと、大好きなんだ」
「私も、メウイルの、ことっ……!」
フィーネの秘所にあてがわれた手は、いつしかリズミカルな愛撫に切り替わっていた。
「ああぁ、ぅぅ、好き、すきだよぅッ! んん、んぅッ!」
頬を上気させかぶりを振ったフィーネがぴくぅ、ぴくんと身体を震えさせた振動が、
名波の手に、つたわる。
「二人で勉強したオーガズムだね、フィーネ……」
「うん……」
メウイルの指がフィーネの秘所から離れるとき、そこが明らかに潤って
いる証に、部屋の照明を反射したダイヤのような輝きを名波は垣間見る。
受け入れる、準備。
「今度は、僕といっしょで…… いいね?」
「ぅん……」
恋人同士の睦み合い。それとまったく変わらない。 名波はふと想起した。この二人の
セックスを経過せねば、ラランドクルーズ計画の完成は無いのではないか、と。
今のメウイルとフィーネは、人類の最小のコミュニティー、夫婦と捉えられないか。
正しく、人類の代表足るべき二人ではないか。 人類のもつ愛や、慈しみを、この二人
ならきっとおおぐま座の人々に伝えることができるだろう。 だからこそ───
「ママ、僕らこれから、セックスします。見てて……」
名波は無言で頷いた。
メウイルは、立膝の姿勢でフィーネの両足の間に身体を移す。
「いいよメウイル……」
「うん……」
メウイルの上体が覆い被さり、
「そぅ、そこだよ…… フィーネの大事なところ」
「痛かったら言って?」
接点。 メウイルのペニスが、僅か、フィーネのスリットに潜った。
「いくよ」
「うん、(ぐっ…)んんぅ……」
腰を進めたメウイルの頭に、フィーネが
腕を回す。(ちゅくくく……)
「フィーネの中、いきなり気持ちいいよッ、くっ!」
「メウイルのおっきいの、私のお腹を進んでるの、(づ…、)わか、る……」
お互いに首をすくめたとき、おでこがこつんと当たって二人は見つめあって笑った。
そして、キス。
「大好きだ」
「私も」
「動いていい?」
「いいよぅ……」
ストライドを大きく、まずはゆっくりな抽送だった。
「あぁ、ん、ぅ……」
「フィーネ、痛くない?」
気遣うメウイルにフィーネは答えた。
「全然、痛く、ないよぅ…… もっと、動いて、いいよ? うふふ」
「本当? 良かった、僕、実はもっと君を突き上げたかったんだ……」
名波の手に伝わる感触。二人の重みが揺れているのが、よくわかる。
メウイルが腰のピッチを上げ、フィーネを愛していた。
「あ、ぁ、あ、あ、メ、メウ、イルぅゥっ!」
「は、は、ぁッ! く、はぁ」
そのリズムは丁度、心拍数の上がっている名波の鼓動と、シンクロした。
(どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ…………)
「はぁっ、ん、んぅ、いっ、メゥっ、イルぅぅッ!!」
「僕、も、もうッ!!」
フィーネが顎を反らし、固く眼をつむった。 メウイルの足が強く突っ張り、
踏みしめる名波の手に食い込むほどに───
「くァっ!!」 (どくんどくんどく、ん)
「ひぅぅ、 ん───ッ!!」
形容するならば、迸りが。 激しい壮美感を伴うエネルギーが電流のように二人に走った。
人類に作られた彼等が、自然の生命と同じように、自身をジェネレーターとして
無から衝撃を発生させたのだった。 その姿を見やり、名波は感動すら、覚えた。
「ママ……」
「ママぁ……」
はぁはぁと息をする二人は、ぐったりと折り重なり、
名波の名を呼ぶ。
「……僕ら、はぁ、ん、はぁ、どう、だった?」
「綺麗だったよ。ママね、嬉しかった。君たちが本当に、大人になったんだな、って」
「うふふ…… 気持ちいいことして、誉められるなら、もっと早くやってれば良かったね」
「フィーネのいうとおりだなァ。あはは……」
「ふふふ………」
一度、メウイルとフィーネはシャワーを浴びた。 そして裸のまま一緒の毛布に包まり、
彼等専用のソファーの上で名波と向き合っていた。 時間が、近まっていた。
「もう、ふたりとも服を着ないの?」
嗜める名波にメウイルは笑って答える。
「はは、だってもうじき、凍結睡眠にはいるんでしょ? その時は服着ないんだよね」
「もう…… メウイルったら……」
名波は苦笑した。 だが、あと僅かで長き眠りに就く二人の我侭にしては、可愛らしい
ものだと、名波は思った。
「ねぇママ」
「なあに、フィーネ」名波はいつもの柔らかい笑顔をフィーネに向けた。
「正直、言うと、おおぐま座になんて行きたくなかったの。私たち………」
「え……?」
そんな。彼等はいつも未知なる冒険に胸をときめかせていた筈、いつも
そう言っていたし、日記にだって─── と名波が思うより早くメウイルが続けた。
「フィーネの言うとおりなんだ。 でも、僕らはそのために生まれたわけだからね」
「ママが好きだったから、ママに嫌われるようなことは言いたくなかったの」
「そして、ママと離れたくなかった」
「二人とも、ずっとそう思ってたの……?」
名波の声は震えていた。
「うん…… それで、辛くて、フィーネと一緒に抱き合って泣いたこともあった」
「怖かったの。 失敗したらって。 成功しても、ママと二度と会えないかもって」
俯いた二人はこれまで名波に黙っていた心情を、次々に吐露していた。
名波は恥ずかしかった。 メウイルとフィーネ、この二人の事なら、全て把握している、
という自負。それがなんら確証のない錯覚であったという事が。
「ごめんね…… ママ、二人のそんな気持ち、全然判ってあげてなかった……」
名波の、瞼の震えが止まらない。 眦に涙がこもっていく事を感じても、止める術すら
無いのがまたもどかしく、「泣かないで、ママ」というメウイルの言葉でもう駄目だった。
「ごめん、なさい、ぅぅ、あ、ごめ、ぁぁう、ないて、ごめん、なさ、いぅぅ…」
「大丈夫。ママ。僕らはもう大丈夫なんだ。 だから、セックス、したんだ」
メウイルがフィーネを抱き寄せる。 彼等もまた目を潤ませていた。 だが。
「そうよママ。 二人だから行けるの。おおぐま座へ」
「この計画が無かったら、僕らは生まれてもいなかった。だから、感謝してるんだ」
二人は立ち上がった。毛布がぱさりと、落ちる。 ソファーからリビングの中央に歩むと、
床の一部分がブロック状に静かな音を立ててせりあがった。それは透明な浴槽を思わせる。
「とりあえず、お別れだよ、ママ。これまで育ててくれて、ありがとう」
「またね。 次に会う時は、弟か、妹が欲しいなぁ。 ぅふふ」
二人はその浴槽に並んで横になった。底に点在する穴から、みるみる液体が溢れ出し、
その浴槽を満たそうとしていた。 思わず、名波が叫ぶ。
「ま、まって、ママも、別れたく、ない、のッ!!」
計画に携わる者の言葉では無いだろう。
しかし、衝動的に口をついたそれは名波の偽り無き本心だった。
「ママ、いってきます。 またね……」
メウイルの言葉。
「ばいばい、ママ」
フィーネが。
透明なケースは液体で満ち、二人はその中で抱き合った。それからキスをした。
そして、二人は、重ねたくちびるをほどかないまま、長い旅のための眠りに就きました。
液体は電気信号であっという間に固まりました。 このケースは、強い衝撃に耐え、
メウイルのフィーネをおおぐま座に安全に運ぶための装置だったのです。
名波女史は、二人の入ったケースをとりあげて、大切そうに胸に抱いて、
部屋を出て行きました。 彼女の仕事が、終わってしまった瞬間でした。
それから、そのケースはロケットに搭載されました。準備は整ったのです。
やがて程なくして、カウントダウンが始まりました。 そして世紀の瞬間が訪れたのでした。
ロケットの発射の様子は、地球からもよく見えたそうです。 皆さんも知っていますか?
そうです。 超電磁射出カタパルト、メガモノポールリングは、この計画のために
作られたのですよ。 メウイルとフィーネを乗せたロケットは、このリングでものすごく
加速されて、一気におおぐま座に向かったのです。 その時ロケットは、とてもとても
輝いて、昼間の空でも、あけの明星のように見えたそうです。 とはいえ、先生も
この時はまだ生まれていませんでしたから、実際に見たわけではありませんがね。ははは。
さて、いくぶんか、授業が長くなってしまったようですね。先生のお話は、今日は
ここでお終いです。 えー、で、明日から先生は、先生のお父さんとお母さんと一緒に、
国連宇宙ステーションに行くので、来週まで、アッピアー先生が代わりに皆さんの授業を
受け持ちます。 顔が怖いですが優しい先生です。 ははは。そう。大丈夫ですよー。
えー、今、お話したメウイルとフィーネが、おおぐま座から帰ってくるのです。
はいはい、静かにー。 通信によると、おおぐま座でも二人はたくさんの人と逢って、
友達になったそうです。先生はとても素敵なことだなぁ、と思いますね。 そして、
その二人にインタビューする役目をまかされたのですから、先生は、感動しています。
いろんな事を聞こうと思います。 また、帰ったら、その時の様子を皆さんに教えて
あげようと思います。 先生、とてもドキドキしていますよ。 なにせ、長い間、
会いたかった二人のお兄さんとお姉さんに、初めて対面できるのですからね───。